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夏、殷(商)王朝を語ろう。

1 :671:03/10/22 08:35 ID:xM5aoF+D
紀元前の前半の中国を支配していた夏、商王朝を語ろう。


2 :2:03/10/22 09:19 ID:pXsFkZRS
人稲杉

3 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/10/22 13:04 ID:z5QNCBAy
卜鷂貞自今日有記入哉
卜鷂貞自今日無記入哉
                         鷂曰「知〜らない」

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/22 15:04 ID:3voOc8Vy
>紀元前の前半の中国を支配
って変じゃない?

5 :出土地不明:03/10/22 15:08 ID:aJfwpyVj
2chで一番の過疎板はここですか?

6 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/10/22 16:10 ID:nJ80AuXr
さっそく>>5に羌をハケーン! さあさあ神前に献上
(w

7 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/10/22 22:36 ID:nJ80AuXr
どこから始める?
夏王朝の有無? 青銅器? 殷墟? 甲骨文? 立て逃げ?

8 :出土地不明:03/10/23 23:19 ID:Op87B+mO
ヤパーリとりあえず有無からだろう。歴史学者は実在しない伝説という意見が主流じゃなかったか?

9 :出土地不明:03/10/28 23:05 ID:v+dmUUIJ
age

10 :出土地不明:03/11/01 14:27 ID:weteX02T
揚子江流域文明

11 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/01 15:04 ID:LxHZozLl
仰韶文化と殷を結びつける遺跡が出てこないことには何とも。
龍山は位置的に違うし…。

12 :出土地不明:03/11/02 12:19 ID:om9X9YHo
せっかくの中国スレだから太郎ごっこでもしようか。

13 :出土地不明:03/11/02 14:27 ID:WoLmTO2r
とりあえず、このサイトが詳しい
http://kohkosai.web.infoseek.co.jp/kaisetu/index.htm

14 :出土地不明:03/11/08 21:30 ID:0txKxODn
今思いついたけど

インダス文明⇒イン⇒殷

文明にはつながりがある法則を発見

15 :出土地不明:03/11/08 21:38 ID:WbXJBdBP
殷夏帝国

16 :出土地不明:03/11/09 02:06 ID:tOUF0/A2
>>14
えーと、殷ってその時代には
「商」だったんだよね?

17 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/09 14:57 ID:YWNqtY04
>>14
目の付け所はいいんだけど、
殷て、In じゃなくて Yin なのよね…マジレスしちゃうと。
>>15
んまい!

18 :出土地不明:03/11/09 15:06 ID:NW9MigMN
なぜ誰も「インダス」のほうに突っ込まないのか・・・

19 :出土地不明:03/11/18 18:09 ID:uG2RnIHx
>>16
第20代盤庚の時に、都を殷に移してから滅亡までの国号。
それ以前は商で正しいよ。

20 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/11/18 21:21 ID:jwaTkRxG
殷墟は、城壁址が見あたらなかったり、大規模な地下墓地がある事から殷王朝の首都では
なく祭祀場だったのではないか、という説がありますが、まだ城壁址は見つからないんですかね?

21 :出土地不明:03/11/18 21:45 ID:i4b7+uOt
あれ?殷は周の呼び方じゃないの?

22 :出土地不明:03/11/18 21:46 ID:i4b7+uOt
なんか書き方がまずったような
周が商を呼ぶときに、殷って言葉使ったんじゃないの?って意味ね。

23 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/18 22:15 ID:C5kKRY2v
>>22
その辺詳しくないので、軽く読み流してもらいたい。

漢語林には>>19氏の説明のごとく書いてある。信憑性は別として。

討伐した王朝を周が貶めて呼ぶにしては、
「殷」という字はえらいポジティブな意味を持ちすぎのように思えるが。

24 : :03/11/18 23:27 ID:62qk09vA
殷の地下墓はまるで逆ピラミッドだな。
もう、甲骨文書いてある骨は彫り尽くされたのか?

25 :よろずこ:03/11/19 06:09 ID:AGMlfQ5L
>>23
「殷」という字は白川静によれば妊婦を叩く形だ。
怪しい儀礼をおこない、へんなドラッグ(酒)を服用する、敬遠したいような国だったんじゃないの?
周とか羌にとっては。

26 :鷂@携帯:03/11/19 12:20 ID:Ug1qBHxC
>>25
るまた自体が「棒を持つ手」で叩く意味を持つので、最もシンプルな解釈ではそうなる。
漢語林では「身ごもらせ大きくするさま」を表す会意文字と解釈し
角川中辞典では「武器を手に舞う舞」を表す形声文字と解釈している。
まあ基本的に、ネガティブな意味合いは薄い字ではあるな。

27 :出土地不明:03/11/19 13:58 ID:piHthVXP
殷と商は地名じゃないの?
だから首都を変えると国の呼称も変わる、と。

28 : :03/11/19 16:20 ID:u8zzdQAC
http://www.isis.ne.jp/

http://www.maromaro.com/

http://www.tomita.net/

本を読もう

29 :出土地不明:03/11/23 16:56 ID:XCUyD8CV
>>27
国号というか王朝名は滅亡まで「商」で一貫してる。
なぜ「商」かというと、始祖の契が封じられた地なので。

初代の成湯が都を置いたのは亳。盤庚までは兄弟間相続が多く、その度に都が変わった。
初代成湯(亳)→11代中丁(敖)→13代河亶甲(相)→14代祖乙(耿)→17代南庚(奄)→
→20代盤庚(亳)→28代武乙(朝歌)→滅亡
成湯と盤庚が都を置いた「亳」の別名が「殷」であり、史記の影響もあって後世そう呼ばれた。

30 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/25 22:06 ID:7w6XpkB4
>>24
自分はこのスレを見捨てていないので、話題を変えて亀レス。

甲骨文はまだ発掘される余地がある。
殷墟の墓にしても、どの墓が誰の墓か判明するほど発掘されているわけではないから。
殷の卜辞とは別系統の周時代の卜辞も辺境から見つかっているので、
殷の方国(周辺国)がまねた卜辞も出てくる可能性は残っている。

それにしても、漢方薬の「龍骨」として胃袋に消えた甲骨や化石は数知れない。
考古学者や古生物学者にとって怒髪天を突く物だな。
もっとも、薬局に甲骨が並んだからこそ、甲骨文が見つかったわけだから皮肉だ。

31 :出土地不明:03/11/25 22:31 ID:R64bzPp3
>>20についてはなにかないですか?


32 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/25 23:50 ID:7w6XpkB4
>>31
その辺の発掘調査は、現在進行中の模様。
今年5月の記事で「史上最大の発掘」ということだが。
ttp://www.china-news.co.jp/culture/2003/05/cul03050802.htm

33 :出土地不明:03/11/26 00:42 ID:hV/xCsyv
殷の銅鉞は、実際に首を一刀両断できるだけの切れ味があったのか?

34 :鼻つまみ者:03/11/26 11:40 ID:SMVN+yQ5
>>33
殷期の刃は「研ぐ」というより「削る」に近い。
鉞にしろ矛にしろ、殴り負傷させる得物。

35 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/26 17:05 ID:IVVvlV5a
>>34
とはいえ、供物に捧げられる奴隷とか墓に供える殉死者の首を
何で斬り落としたかを想像してみる必要はありそうだ。
やはり青銅の武具が最も可能性が高いわけだが。

36 :出土地不明:03/11/27 00:48 ID:RgZOitEc
>>32
ども

それ読むと、都城だというのが既定路線みたいだけど、
“都城”といえる何かが出てるのかなぁ・・・・・・・

>>33
出土した人骨を調べれば、『一刀両断できるだけの切れ味』を持った刃物か、
なまくらなもんでぶった切ったかわかるんじゃないの?

37 :出土地不明:03/11/28 12:42 ID:h2Rv9FXF
>>35
あの人面文大鉞って実際首切りに使われたのかな。
間近に見て非常に恐怖を感じたもんだったが。
脂肪酸鑑定はされたのだろうか。
諸星大二郎作品ではないが、悪夢見そう。

38 :出土地不明:03/11/28 12:43 ID:h2Rv9FXF
>>35
あの人面文大鉞って実際首切りに使われたのかな。
間近に見て非常に恐怖を感じたもんだったが。
脂肪酸鑑定はされたのだろうか。
諸星大二郎作品ではないが、悪夢見そう。

39 :37:03/11/28 12:44 ID:h2Rv9FXF
ごめん。二回も入っちゃった。

40 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/11/29 01:46 ID:+J531Mqx
結局、素人には向こうの成果というものが届かないわけで
うじうじと妄想するしかないわけよ(´・ω・`)

しかしまあ、王の悪夢の呪詛返しごときに羌を10人も献上してしまう大盤振る舞い。
効率よく首をはねる得物はやっぱり必要なわけで((((((( ゚д゚))))
王が代わるたびに貞人から甲骨の書記官までが入れ替わってしまう謎も生贄で説明がつくって
とんでもない国ではあるな。
           あ、ソースは書道のお手本の釈文から妄想してみたよん♪

41 :出土地不明:03/11/29 02:37 ID:dywphcW2
かなりまとまった文庫本が1年ほど前に出てる。
学術文庫でタイトルはそのまま殷夏帝国だったかな。


42 :出土地不明:03/11/29 08:52 ID:nf8fhATD
「古代中国」ですね。
貝塚先生と伊藤道治教授の共著。
大変いい本です。文庫ながら写真も豊富。
大墓発掘の詳細など、読んでて気が狂いそうになってくる。
あまり知らない人は覚悟して読んで下さい。

43 :出土地不明:03/11/29 11:33 ID:XF4JWU40
殷の銅鉞は、ヒツ(柄を差し込むための穴)が開いておらず、
紐を使って柄に結びつけているようだ。
このような不安定な装着法の鉞で、人の首を斬れるのか?

諸星の漫画では、100人の羌人の首を一気に刎ねていたが
その間研がなくとも大丈夫なのか?

44 :出土地不明:03/11/29 15:07 ID:07C35ysU
>>43
まあ漫画ですから(w
大墓に埋められた生け贄の姿など、まさしく古代のホロコースト。幼児五人を
生きたまま穴埋めにしたと思われる写真は、一人の口が泣き叫ぶ形でカッと
開いて骨になっている。完全にトラウマ。
出土する青銅器の大半が酒器。王と王族は「神と一体化」した気になって、
たっぷり鉛の溶け込んだ酒にのべつ浸ってた酔っ払い帝国。
アル中兼鉛中毒患者の支配する狂気の国。
どうしてそんな時代の美術品がああも素晴らしいんだか。わからん。

45 :出土地不明:03/11/29 15:43 ID:XF4JWU40
>44

古代ローマも鉛中毒ワイン中毒残酷芝居中毒ながら、素晴らしい建築技術が
あるじゃないか。

ところで、「酒の池」の遺構は発見されたのかな?

46 :出土地不明:03/11/29 15:48 ID:XF4JWU40
あと、諸星の漫画では殷人は弁髪を頭に巻き付け、羌人は後頭部に垂らし、
周人はいわゆる中国式の髷を結っていたが、これらの髪型設定は
根拠があるのかな?

47 :出土地不明:03/11/29 17:05 ID:aKCupuKs
>>46
殷代の人を象った玉が殷墟から出土してるけど、頭髪
は頭部の横を剃ったオカッパ頭。なんだかイメージが
違うけど。

48 :出土地不明:03/11/29 17:40 ID:Arrqy3bv
>>45
「酒池肉林」はやはり伝説でしょう。
「酔っ払い帝国」なら近い事はやってたかもしれんが。

49 :出土地不明:03/11/29 18:32 ID:COdaRCov
始皇帝の地下宮殿が発掘され水銀の海も発見されたから、酒の池や肉の林もあったかも。
ただ、普通に土に還って見つかりっこなさそうだが。


50 :出土地不明:03/11/29 19:01 ID:m/uVQxNL
しかしただ地面を掘って酒を入れただけではすぐに吸い取られてしまう。
多分石を敷き詰めたプールのような物が「酒池」だったのだろう。

それだったら、遺構も発見されるかも。

51 :出土地不明:03/11/29 19:15 ID:3BmgHXcs
そういえば少し前に前漢時代の米酒が完全な状態で見つかったっけか。

>酒は腐敗や蒸発を防ぐため気温4度に保った地下冷蔵庫に密封保管されており、
>実物を見ることはできなかった。その代わり孫所長は写真を見せてくれた。
>酒は鮮やかなエメラルドグリーン色。
>文献によると、漢の時代には緑や黄、白、琥珀(こはく)色などいろいろな色の酒があり、
>本来薄い緑色の酒が容器と化学反応を起こして変色したらしい。

>試飲した人の話では、漢方薬のような香りがし、
>口に含むと辛さのあとでまろやかな味が広がったという。
ソース ttp://www.mainichi.co.jp/hanbai/nie/mitearuki030728.html

・・・・・・青銅と化学反応を起こしたエメラルドグリーンの酒を飲ん…だ?
すごいな中国の考古学者。

52 :出土地不明:03/11/29 23:33 ID:RW8q4m3I
>>51
そりゃ酒じゃなくて完全に毒です。「試飲」だから吐き出したとは思うけど、
呑んでりゃ多分死にます。
それと医学板で訊くべき事とは思うけど、三千年間地中に埋まっていた亀の
甲羅とか牛の肩甲骨とか、「龍骨」と呼ばれた漢方薬、マラリアの特効薬と
されていたらしいんだが、効能があるからこそ大量に消費されてたんだよね。
そのへんは医学的にはどうなんだろうか。




53 :出土地不明:03/11/30 11:29 ID:5RtVqyu0
化学的な効果がなくても、思い込みという作用も十分効果があるぞ。


54 :出土地不明:03/11/30 13:46 ID:ZnQ0PynP
よく古銭屋に貝貨って売ってるけど本物なんですか?


55 :ハヤタ:03/11/30 15:02 ID:81iJHgoZ
饕餮文の起源については諸説があるが、これ

http://202.102.202.102/qt/new_page_188.htm

を見ればM78星雲の光の国からやって来た超人を
模したものであることは明らかであろう。

56 :出土地不明:03/11/30 15:28 ID:vGJBi3WT
>>55
ページを紹介してくれたのには感謝しますが、考古学板で特撮ネタや
トンデモをやってもらっては困ります。
それを言うのなら宇宙怪獣ギララのデザインの原型は青銅器の爵・・・

57 :出土地不明:03/12/03 22:28 ID:5i7R/HjY
ま、アホレスは放置と。
貝塚先生の「古代殷帝国」によると、殷の「獣葬墓」には実に様々な動物が
葬られていたそうな。

水牛・牛・鹿・豚・犬・羊・山羊・鼠・兎

ここまでは生け贄兼食用なのが理解できる。

狐・熊・豹・犀・猿・象・鯨

当時の中原は現代より遥かに温暖で、野生動物が多く生息する、森と草原の
豊かな地域であったらしい。
だから豹や犀や象がいても別に不思議は無い。
しかし最後の「鯨」は何だ。
山東省の海岸から安陽までは三百キロは離れている。
手元の資料ではこの「鯨」の大きさは判らない。
だが海豚程度の大きさのものをよもや「鯨」とは表現すまい。
まさか喰うために鯨一頭運んだ訳ではないだろう。
(ああその可能性も否定できないのが恐ろしい)
「観賞用」に生きた鯨を三百キロ奥の内陸まで運搬するとすれば、水路だ。
鯨を入れたプールを乗せて、巨大な船が黄河を逆走。殷王の庭園に設けられた
動物園には、海水を満たした湖のような池が待っている。その横を犀や象が
のしのし歩く。到着した鯨を池にどんぶらこ。潮吹く鯨に歓声を上げながら、
酒池肉林の裸の男女が・・・

気が狂いそうな光景だ。




58 :ハヤタ:03/12/04 14:42 ID:vW0lHSig
まあ、少し真面目な話をすると、>>55の胄の出土地の新干県
大洋洲は江西省吉安市。長江流域の内陸部だけど、春秋期に
は呉に属していた。呉と言えば太伯伝説なわけだけれど、こ
れは殷代の周や中原などの華北の文化の江南への伝播をある
程度伝えているのかも知れない。

59 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :03/12/04 23:02 ID:jQ1oGz6Q
帝辛の暴虐伝説はどこまで暴かれたのであろうか?
少なくとも神事を蔑ろにした記述は甲骨から否定されたが。

酒池肉林など、発掘からわかりそうなものだが…。

60 :出土地不明:03/12/05 22:56 ID:scFrUc65
>>55 饕餮文の起源は長江文明の玉器文様では・・・・

61 :出土地不明:03/12/05 23:18 ID:vbPJHVSY
良渚の人面文か…どうなんだろう。>>55の新干県大洋洲商墓からは
別に青銅製の人頭像が出土している。こちらは確かに良渚の人面文
に通じるところがあるように見える。

http://art.enorth.com.cn/ysbwg/tbzt/guobao/gb2-10.htm

62 :出土地不明:03/12/06 15:03 ID:Jssz+ULB
>>61
大洋洲商墓の人頭像というと、あの不気味極まる双面人首神器の事ですか?
(ページ開いてみたらいきなり出て来たのでのけぞってしまった)
55氏の指摘する同じく大洋洲出土の胄は前13~11世紀のもので、起源云々は
冗談話ですからお間違いなく(w
饕餮文の起源はやはり長江・良渚文化の玉器の文様でしょう(前3500~2500)。
実物を五分程睨みつけて(目が血走っていたと思う)こりゃ間違いなく饕餮文の
原型だわいと一人で納得していた記憶がある。
ところでUFOマニアの類いが間違いなく、あれは宇宙人の姿を模したものだと
叫びそうな、三星堆遺跡の立人像・人頭像・凸面仮面はどうだろう。
以前四川省出身らしい中国人の学者が書いた、これぞ三星堆文明なり、山海経
の記述がこれで裏付けられた云々という、かなり電波がキてた本を読んだ記憶
があるけど、その後の研究で材料の成分が殷の青銅器とほぼ同一という事が
判り、「文明」という程の独自性は怪しくなってしまった訳です。
しかしあの造形の独自性は疑いようがない。高島屋の展示会で凸面仮面とにら
めっこしてたら脳の回線がショートしてしまった(w



63 :出土地不明:03/12/06 15:54 ID:H0YTw/oS
そういえば、殷墟出土の玉器は骨董品として良渚のものを殷人
が収集したものだという説があるそうな。確かに根付に最適(w
もっとも龍などはともかく、着服した人物などは殷独自のもの
に思えるけど。

64 :出土地不明:03/12/06 20:01 ID:6xkU9gWI
え、徐朝龍の山海経ネタは考古学的に否定されてんの!?Σ(゚д゚|||) 

65 :62:03/12/07 00:26 ID:GW/GzkL0
それはこちらも知りたい。
神殿であの凸面仮面に大蛇の胴体がうねうねなどという記述を読んで悪夢を
見そうになったから。
その後の調査経緯をご存じの方は?


66 :62:03/12/09 14:04 ID:BR87LeWf
あ。今気がついた。
凸面じゃないや凸目だ。
どうも失礼しました。

67 :62:03/12/09 21:27 ID:bMlbCqJC
えー三星堆でレスがストップしてしまいましたので、責任を持ちまして、今の
ところ判明している事を簡潔に述べたいと思います。
64氏のいう「徐朝龍の山海経ネタ」というのは、奇書山海経の記述をあの青銅
器の造形にかなり強引に結び付けたもので、他に説得力のある説も無いらしく、
「ーという説もある」という感じで紹介されていて、読み返してみてもやはり
魏志倭人伝を「分析」して邪馬台国の位置を特定しようとする「研究者」と何
か似た電波を感じて引いてしまいます。
というかこの人は最初から「伝統的な中原中心歴史観に対して否定的な立場」
と宣言してしまっている人なので、客観的な分析という事では今ひとつ説得力に
乏しい。
えーとりあえずここまで。続きはまた後で。



68 :62:03/12/09 22:23 ID:LkD4Az51
徐朝龍によれば三星堆の青銅器の銅原料の産地は、四川省南部会理と雲南省
北部東側一帯らしいという事です。(1999)
殷墟で出土した青銅器の原料の産地は湖北省の銅緑山。
ところが東京国立文化財研究所の分析によれば、三星堆と殷墟の銅成分はほぼ
完璧に一致したそうです(2000)。
「三星堆文化」としての独自性は確かでも、「文明」といえる程のものかどう
かはこの点で疑わしくなってしまう訳です。
まあこんなところですか。
では三星堆にこだわらず続きをどうぞ。


69 :出土地不明:03/12/11 00:31 ID:/kErkH4x
1はスレッド立ち逃げするつもりなのか。
ほっといてもレスのつくようなテーマじゃないのは初めから判っている事
じゃないのか。
この時代の文物が好きな香具師は少数派だが根強い。
1もその一人だからこそスレッド立ち上げたのだろう。
当方この過疎板で他のスレ立ち上げて、頑張ってレス伸ばしているのだから、
少しはやる気を見せて欲しい。


70 :出土地不明:03/12/12 12:52 ID:inHSphUG
長江文明は無いの?

71 :出土地不明:03/12/12 15:56 ID:CmDri+6j
>>20
遅レスだけど、河南博物院の過去の考古学ニュースで、
城壁ではないけどこんなのを見つけた。

http://www.chnmus.net/site/yin%20ruin/yr0.htm

官庁の遺跡かもしれないとのこと。

>>70
スレが下の方に埋もれてます。発掘してあげてください。

72 :出土地不明:03/12/12 16:24 ID:sWKZdAxY
長江文明スレは洪水でずいぶん流されてしまったようです。
こちらと合流させたらいかがでしょう。
黄河文明との合流によって真の中国文明の曙となるのです。
徐朝龍みたいな人が長江文明の優位性を主張し始めたら面白いですよ。
歴史板並みに荒れたりして(w


73 :出土地不明:03/12/12 19:10 ID:l7K5Iwi8
合流といえば、このスレは?
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1029917690/

いずれにしても、過疎は免れそうにないが…。

74 :出土地不明:03/12/12 19:11 ID:uvnKLcaN
長江文明と黄河文明が合流…ってまるで古代エジプトみたい。
あれも上エジプトと下エジプトが統一されて古王国が始まるんだよね。
中国なら秦まで待たねばならんかな・・・。

75 :出土地不明:03/12/14 10:54 ID:f3+iHlBa
>>73
三星堆が文明か文化かというのはとうに論じられていた訳ですな。
青銅器すなわち神器の造形の特異性のみで「文明」を論じても、古代蜀国に
ついての史書が事実上存在しない以上、それはトンデモの域を出ないという
事です。


76 :出土地不明:03/12/15 20:54 ID:sAjemT+s
華陽国史以上のものが出ればなぁ・・

77 :出土地不明:03/12/15 22:07 ID:HfX+xiND
徐朝龍って研究者やめて京セラに就職しちゃったんでしょ?

78 :例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/12/16 21:31 ID:xihS3/mR
>>71
おお。しかしますますアヤしくなってくなー。
チャタル・ヒュユクのように建物ごとの防壁?かと思ったが、同時代の遺跡には城壁跡が
確認されているから、やっぱ殷墟は都市じゃなかったのかね。

79 :出土地不明:03/12/20 03:28 ID:664zr4d+
急に話が止まっちゃったよ。

80 :出土地不明:03/12/20 14:03 ID:N4idYHwD
殷も夏も皇帝が支配していた
だからインカ帝国という

81 :略)屯田兵@携帯:03/12/20 14:59 ID:pOgsu4NV
せっかくのネタだが
どっちも皇帝でなく王が支配していたんだが。

82 :出土地不明:03/12/20 22:15 ID:JfJDuEsO
夏殷の陰惨な人身供儀は遠く地中海沿岸まで伝わって
最初の殺人者カインとして聖書に記述されることとなる

83 :出土地不明:03/12/21 00:29 ID:IVKDtYAq
>>80
 >>15

84 :出土地不明:03/12/27 16:50 ID:5/3Xm1Q3
hoshu


85 :出土地不明:03/12/28 14:57 ID:PWCCE77w
>>77
徐朝龍という人は結局アカデミズムから外れた民間研究者(F事件以来すっかり
悪いイメージが定着しちゃったなぁ)な訳でしょう。
「民間研究者」の言う事は全部妄説でアカデミズムこそが正論なんて言うつも
りはまったくない。だけどアカデミズムの「退屈な正論」がきちんとあってこ
そ、それに対する刺激的な異論が存在意義のあるものとなる。
三星堆遺跡については文献資料があまりに乏しく、発掘物の異常性が突出して
いるせいか、「極論」が先行して「退屈な正論」がほとんど伝わって来ない。
だから議論にもならないのである。
「退屈な正論」というのは結局「古代蜀国も殷王朝の支配下にあった」という
レベルの認識以上のものは何も無いのだろうか。詳細を知りたい。

86 :出土地不明:03/12/28 20:00 ID:coyZ67vX

http://www.allthingsflash.com/cliff.swf
http://216.40.211.216/web/goppa/oniichan-n.html

87 :出土地不明:03/12/28 23:27 ID:JhJjjr0h
三星堆蜀はアレだろ?司馬遷が史記でまるっと無視したせいで正史に入ってきてないんだろ。
漢代の資料で蜀の諸王の記録とかもあるし、漢字文化圏じゃなかったからハブられたんだろうねぇ。

88 :出土地不明:03/12/29 11:48 ID:6ILjjnbo
F事件って何?

89 :出土地不明:03/12/29 12:52 ID:Z5ZuwVu0
この板に三つもスレが並んでる白髪頭の親父が起こした事件だよ。

90 :出土地不明:03/12/29 13:09 ID:TJX98kad
司馬遷が古代蜀について触れているのは、周の武王が殷王紂討伐前、牧野で諸
侯に各自の名を挙げて呼ばわる場面だけと思う。蜀は庸・羌ら八つの「蛮族」
の二番目として名を挙げられている。これと諸王の名前の記録と伝説に毛が生
えた程度のものしか残っていないのでは、徐センセの如く言葉の断片とあれら
青銅器類の印象を掛け合わせ、想像力たくましく(ほとんど妄想)するしか方法
はないという事か。とほほ。


91 :出土地不明:03/12/29 14:22 ID:Bd0ICbOc
先祖が侵略した地域なんで、都合の悪いことを隠滅したとか。

92 :出土地不明:03/12/29 14:25 ID:Bd0ICbOc
直接手を下した人間の子孫で、しかも歴史家なら興味を持たない方がオカシイよね。

93 :出土地不明:04/01/06 22:07 ID:LFYWqMIO
殷も夏も当時の街が見つかっただけで、王朝は確認されていない。


94 :出土地不明:04/01/06 23:00 ID:qbkDzq9t
>>93
殷墟甲骨文発掘の最大の学問的成果の一つが董作賓による殷の王統の
復元で、これによって若干の訂正のもとに史記の王統の記述が確認さ
れたんだが。

95 :出土地不明:04/01/08 15:00 ID:hQDACy1t
また河南博物院のニュースからいくつか関連ネタを。このサイト、
恐ろしく重くなってる。
http://www.chnmus.net/information/C-news/2004/c2004-1.htm

・殷墟で鋳銅遺址を発見。殷墟西方で半地下式の村落の遺址も。
時代は今のところ不明らしい。(2004/1/7)
・陝西岐山で周代の甲骨文発見。これまでで最多の字数。(2004/1/1)



96 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

97 :出土地不明:04/01/09 20:13 ID:unuEaGzp
>>94
董作賓じゃなくて王国維だった。「殷卜辞中所見先公先王考」

98 :出土地不明:04/01/11 02:27 ID:3x+3kW9x
http://ef.cdpa.nsysu.edu.tw/ccw/02/year2.htm

99 :出土地不明:04/01/12 02:44 ID:AaJEkriX
【海南】跪いて謝罪する「東条英機像」を製作(写真)
ttp://www.people.ne.jp/2004/01/10/jp20040110_35732.html

海南省のあるホテルに8日午前、日本のA級戦犯である東条英機が中国の人々に
跪いて謝罪する彫刻が登場し、市民の注目を集めている。

彫刻は、ホテル側が「現代の若者が歴史を忘れず、中華民族の再興という使命を
担っていくように」との願いを込めて特注したものという。(編集UM) 

「人民網日本語版」2004年1月10日


100 :出土地不明:04/01/18 19:41 ID:wVIswPpx
青銅器で、鼎と呼ばれる器種がありますが、黄河中流域一帯の中原からは
定番のように出土しているのに、殷王朝の影響をばっちり受けていた三星堆
からは鼎が出土しないなんて・・・不思議ですね〜


101 :出土地不明:04/01/18 21:58 ID:cb+Sts5u
>>100
まだ発見されていないだけかもしれない。
巨大仮面や青銅像に混じって、殷王朝で使用していたのとほとんど同じ型の酒
器が発掘されているから。
それより三星堆から甲骨の発見報告が聞かれない事の方が不思議である。
神事で占いをしなかったとは考えられないが、あの青銅像と同様の、殷とは完
全に異なった精神文化を背景に、独自の方法で行ったのか。

102 :出土地不明:04/01/19 09:43 ID:X0Gy1QgP
その酒器も微妙に中原と異なっているから、三星堆の青銅礼器文化、
というか青銅器文化全体で中原と華南があまりにも異なっているのは
土着文化があまりにもキョウーレツだったんでしょうね。
新干大洋洲も方鼎や円鼎が見つかっていますが虎がくっついていたりしますし。
文字を媒体としなくても神権政治はできるんじゃないかな。
インカ文明だって文字がなくても神事や卜占はしていたし。
ただこの例だと時代の差がありすぎますね・・・
だいぶ前の書きこみで、饕餮文の起源はやはり長江・良渚文化の玉器の文様でしょう
とありますが、それははっきり違いますね。饕餮文は中原独自の文様であるし文化でもありますし、
目紋や雲紋が段段と擬体化していったものでしょう。大御所の林先生が
良渚文化の玉器だとおしゃっているからそう思われる方も多いですけど、
青銅器をたくさんみれば違いますし、二里崗文化から青銅器紋様の変遷を図集で
見ていくだけで分かりますよ。

103 :出土地不明:04/02/28 23:34 ID:b8bbrmky
age


104 :出土地不明:04/04/11 23:33 ID:XJVg2pSN
つーか殷周の建物とかってどんなのだったの?
横山光輝の漫画みたいに立派じゃないよね?

105 :出土地不明:04/04/13 17:59 ID:/VksQVPB
甲骨文が競売に出されるらしい。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20040413AT3K1300H13042004.html

106 :出土地不明:04/04/20 07:17 ID:UubK6CHR
「夏商戦、今年はどうか」なんて記事を見るとドキッとするw

107 :出土地不明:04/04/20 10:54 ID:VB4RnRDQ
今年の桀は気合が入っていますね〜

108 :出土地不明:04/04/21 23:17 ID:93Jb2S9D
>>42
読みつつあるが、いまさら人類の平行進化を信じている人が書いた書籍なんか
薦められてもなあ。考古学者ってみんなこんなに頭悪いの?

109 :出土地不明:04/04/22 21:07 ID:OZXRYAiH
加藤常賢の説だと「商」という字の語源は
「後ろ向きの女の陰部に針を刺す子授けの儀式」
なんだそうな・・・

私はこれを読んで白川静 派に鞍替えしましたw

110 :出土地不明:04/04/22 23:53 ID:FUHKdNky
栄えた興ったなんつって
こんな大昔なんだから集落程度だろ?

111 :出土地不明:04/04/23 12:20 ID:4iI6lLKW
>>110
エジプトもそうだが、古代中国も過剰に美化されるというか
実体以上に立派に描かれる傾向があるからな。
宮殿跡の復元図なんか「ほんとかよ」と思うぐらい立派なことが多い。

112 :出土地不明:04/04/23 12:24 ID:4iI6lLKW
>>108
前期旧石器をやってる人以外は、現生人類以前の人類進化の過程なんて
ほとんど興味がないからね。
正直どうでもいい。

113 :出土地不明:04/04/24 16:03 ID:gRFS+gpX
>>112
知らないことを数十ページも書くなよ。他の記述の信頼性も低下する。
自分の専門外の記述なんて全然信用できないってことだな。

好奇心もないアホが多すぎるな。

114 :出土地不明:04/04/24 19:13 ID:ZT544v3l
読んでないからあれだけど・・・・

その本て、文庫としての発行は新しいけど、復刻本でしょ。
貝塚茂樹は考古学者じゃないし、昭和62年に死んでる。

もう一人の伊藤なんとかって人はよく知らない。

115 :よろずこ:04/04/30 01:16 ID:JNisTK59
>>106
定期戦か。

早慶戦みたいなもんだな。

先鋒 禹VS湯

大将 傑VS紂

116 :出土地不明:04/05/03 21:03 ID:YoCKGr2S
中国では「黄帝の遺跡か?」とか「炎黄大戦の証拠」とか
真面目に議論されてるんだからちょっと呆れるね。
下劣な愛国教育の悪影響がじわじわ出てきてる。

117 :出土地不明:04/05/03 22:29 ID:X0hj10XU
国が公式に「神武天皇陵」とか言っちゃってるような連中に言われたかないと思うけれど。
向こうさんも。

118 :出土地不明:04/05/05 20:18 ID:FTVZRaa1
司馬選時代すでに、唐虞以前は「薦紳先生は之を言うを難んず」だったのに


119 :出土地不明:04/05/06 19:21 ID:X5X3DJPR
初めて発見された夏代早期大型城跡、河南“新砦遺跡”

2年間にわたる河南省新密市“新砦遺跡”考古発掘は重要な収穫を得た。考古学者は“新砦遺跡”を、広大な規
模の内外三重の濠と大型建築で構成された夏王朝(約紀元前22世紀の末期或いは紀元前21世紀の初期〜約
紀元前17世紀初期)早期大型遺跡であることを確定した。遺跡の中に初めて夏文化時期の城壁を発見したが、
これは改めて夏文化早期集落形態を確認し、夏文化の上限時期を確定するための重要な意義を持っている。
発掘業務を担当した中国社会科学院考古研究所の趙春青研究員は「新砦遺跡は、原始社会末期の典型的な民
族集落の中心で、龍山時代と夏文化の間を繋ぐ役割を果たしており、考古学上“新砦期”と呼ばれている」と説明
している。
“新砦遺跡”の総面積は100万平方bで、外濠、城壁、内濠の三重防御施設を持ち、中心区は大型建築が建設
された大型城跡である。城跡の東壁と北壁はクリークの内壁を整備し盛土突固め工法で建造されたもので、西
壁と外濠は人工構造のものである。北壁から220 b離れたところには人工構造と自然的の川溝の組合わせ濠
渠があり、つまり外濠は東西方向へ長さ1500b、南北方向の幅は6―14b、深さは3―4bの濠である。城跡西
南部の地勢は比較的高く、内濠が建造され、西、北、東の三面が現存しており、内濠に囲まれた地域が城跡の
中心地区である。
城跡中心区で東西50余b、南北14.5bの大型建築の基礎部分を発見された。すでに一部の突固め建築法によ
る城壁、柱穴、燃焼赤土、活動痕跡など重要な遺跡が整理され、銅容器残片、二里頭文化青銅図案装飾器蓋、
?龍模様を刻んだ陶器円形脚など高度な仕様規格の遺物が整理されており、該区が貴族の住居であったことを
示している。説明によると、“新砦遺跡”発掘業務は中国「第10期五カ年計画(2001〜2005年)」の重点科学技術
プロジェクトであり、“中華文明の源を探る予備研究”の重要な構成部分になっている。
“中華文明の源を探る予備研究”は華夏文明の起源、形成及び早期発展を解明することを中心テーマとし、計
11テーマを課題としている。その中の一つは、豫(河南)西(部)晋(山西)南(部)地区の龍山時代(新石器時代
後期)から夏代早期に至る集落形態に反映されている社会構造というテーマ課題であり、国家専門家によって
河南省新密市の古代城塞跡と新砦遺跡、登封市王城崗遺跡及び山西省の陶寺遺跡がこのテーマ課題解決の
ための重要地区として確定されている。


120 :よろずこ:04/05/16 20:54 ID:+RFdTf9l
>>119
ソースがはっきりしないんだが。

中国の人は、大昔の遺跡が見つかると、なんでも
「夏」の遺跡にしたがる。

「夏」のアイデンティティとはなにか?
いまは、殷・商より古いというだけじゃないか。

121 :出土地不明:04/05/16 21:02 ID:lqpletUp
今の中国は疑古派が衰退して、夏はもちろんのこと、
三皇五帝を全部史実として認めようという動きが盛ん。

「メソポタミアもインダスも全部偉大なる中華文明が
伝わったもの」とか言い出す日も近い。
捏造集団中国共産党ならではの歴史政策ですな。

122 :出土地不明:04/05/16 23:56 ID:/zzzp9uq
安徽省の六安市で漢代の墓を発見

安徽省六安市の文物部門はこのほど、前漢(紀元前206〜紀元220年)の墓を発掘し、玉の飾り、銅壷、
銅鏡、秦の時代の銅銭などの珍しい文物が出土した。

この墓は六安市の経済開発区にある某会社の建設工事現場で発見されたもので、完全な形で保存さ
れている。墓の輪郭の長さは3.2b、幅は2.5b、深さは3.5b。

六安市文物管理局文物科の楊先鋒科長によると、玉の飾りは彫刻の模様が非常に精緻で、質も良く、
精細をきわめたものである。また、銅壷などの文物から見ると墓の主は身分のかなり高い人で、完璧に
保存されており、盗掘された痕跡はない。六安市にはこのような完全な形で保存されている古代の墓は
これまでまれに見るもので、出土した文物もかなりの研究価値がある。

「チャイナネット」2004/05/12



123 :出土地不明:04/05/17 00:17 ID:8ENG53mp
>>121
彩色土器なんか未だに中国オリジナルっていってるしな。
弟(高校)の教科書にも「西アジアに起源」て書いてあるご時世に。

学者が愛国心のために真実に盲目になってどうすんだか

124 :出土地不明:04/05/17 00:26 ID:N4trVmyX
中国の学者は「学問とは(だけじゃないが)共産党支配に
奉仕するもの」という教育をたたき込まれているから、
それで出世できたり金になるなら、学術的に糞とわかっていても
何でもやるよ。


125 :出土地不明:04/05/17 12:52 ID:AiuEFZzc
新聞報道レベルの話をもとに何を知ったかぶって中傷しているのやら。
お前らそんな態度で、他人の捏造をとやかく言えるのか?

126 :出土地不明:04/05/17 21:21 ID:u/ajbLd5
意味出土地不明

127 :出土地不明:04/05/18 00:22 ID:ANtTa1Or
批判されて知能障害を起こしたらしい。

128 :出土地不明:04/05/18 06:33 ID:MlSLS0bM
とりあえず、疑古派きどってる連中は
最新の考古学の本を読んでおく事をお薦めするよ。
中国の考古学の発展の結果、
疑古派が衰退した理由くらい知っておいていい。

>>123
それ何十年前の学説か知ってる?

129 :出土地不明:04/05/31 17:23 ID:RTq2dwzU
<周王朝>王墓群とみられる大遺跡 西安の西方で発見

 約3000年前に誕生した中国の古代王朝、周(?〜前256年)の王墓群とみられる大陵墓遺跡が西安の西方
に位置する周の古都・周原地域の陝西(せんせい)省岐山県で見つかったことが、中国の調査関係筋からの情
報で31日明らかになった。殷墟(いんきょ)の殷王墓とほぼ同規模。周は古代王朝の中でもその王墓が不明で
考古学上の謎とされており、20世紀初頭の殷墟発掘に次ぐ最大級の発見として発掘が期待されている。

 調査を実施したのは、北京大学考古系調査隊と陝西省考古研究所。今年5月初めから、考古調査のための
ボーリング調査が進められた。岐山県城から西北へ約7.5キロの周公廟近くにある丘陵の斜面で、12基の大
墓が確認された。それを取り囲むように厚さ10メートルの城壁が東側長さ700メートル・北側300メートル・西側
500メートルの計1500メートルにわたって見つかり、墓域は少なくとも約20万平方メートルに達することが分
かった
さらに発見された12墓のうち7基が東西南北方面に4本の墓道を、1基は3本の墓道を備え、2本と1本の墓道
をもつ墓がそれぞれ2基あった。

 最大の墓は、南北に幅4メートル、長さ約30メートル、東西に幅約2.5メートル、長さ約20メートルの墓道を
もち、墓室は約80平方メートルあった。
 墓域内からは7基の車馬坑が、周辺では「周公」(周公旦?)、「新邑」(新しい「都市」の意味)など周の前半で
ある西周期のものとみられる文字が刻まれた甲骨700片も発見されている。
 遺跡が見つかった周原は周王朝ゆかりの場所であり、4本の墓道を備えた規模や12基もの大墓を擁する広
大な墓域などから、関係筋は「西周期の王陵群の可能性が大きい」とみている。
 司馬遷の「史記」に登場しながら、殷、周の古代王朝は一時存在が疑われていた。そのうち殷は甲骨文字の発
見がきっかけとなって1928年からの発掘で確認され、西周期の王墓が古代史の大きな空白となっていた。【荒井魏】

 ◇王陵の可能性高い

 北京大学の調査隊の責任者、徐天進・同大学副教授の話 今月7日に初めて大墓が確認されて以来続々と12
の大墓が見つかった。考古学上、中国で四つの墓道をもつ墓は、王の墓以外にない。それからみて王陵の可能性
が高いと言える。
 松丸道雄・東大名誉教授(中国古代史)の話 周原ではこれまで多くの諸侯・陪臣の遺跡が発見されたが、王宮、
王墓は未発見だった。その地域に大規模な墓葬群が発見されたわけだから、西周の王たちの墓域である可能性が
極めて高い。殷王墓でも4本の墓道をもつ王墓は限られており、墓の格式からも王墓群の可能性が大きい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040531-00001076-mai-soci


130 :出土地不明:04/05/31 17:26 ID:Q2sL35B1
記事丸ごと貼っつけるのやめれ

131 :出土地不明:04/05/31 19:13 ID:0f79gl4+
すごいニュースだね。なんかワクワクする。
イラクのジグラドみたいに西周の都城も復元すればいい観光材料になるのに

132 :出土地不明:04/06/01 21:34 ID:/FJPcLfp
・史記によれば、
周の太祖の子が呉国の祖である。
・魏志倭人伝、他 によれば
倭人は、呉の太夫と後裔である。
(太夫とは皇系の臣の事)
つまり、倭人は
周の太祖の子にして呉国王の後裔 の民族であり、
今回の周王墓とはつまり、天皇家の祖先の墓と言う事である。

信憑性はともかくとして、史書にはそう書いてあるのが驚きである。

133 :出土地不明:04/06/01 23:51 ID:EMfJiSOx
とりあえず偉い人の子孫ということにしてしまう、という極東の
文化を考えれば、別に驚きでもなんでもないが・・・

134 :出土地不明:04/06/02 07:02 ID:FAlqED6o
いやいや、中国通史側が、倭人の風体をみたうえで、現地民の話から
代々中国正史に倭人の紹介として書き続けているのだから
相当な信憑性があるだろう。
まして、当時の倭人が、呉の太夫という歴史事項を知っている事が
驚きだろう。 ちなみに殷や周は、倭人伝と同じ占政主義だ。
そこにも一貫性がある。

135 :出土地不明:04/06/02 18:51 ID:pzLUDL2o
         ナ ゝ   ナ ゝ /    十_"    ー;=‐         |! |!
          cト    cト /^、_ノ  | 、.__ つ  (.__    ̄ ̄ ̄ ̄   ・ ・

:::ミ:/ ,,..__ ゙     ~~´  ゙ミミ! '"';:' ;'::'゙:゙::;゙ fミ ノノノ/ili!ヽ::;, /`ヾ .: :.:..:: ミ、
:ミ:/  u  `ヽ、  ゙ , ;, ,; u u゙ミi  ,. ,. ,, ., ., .:i -..,ゞ、ノツソ ,.ヾ;i ,.,  ,..,,.,.   ミ
:/ u    ,.-一‐ヾ 、_;,.;,.,; _,,,;;-'''i/メ、ノノil!))ヾ、 .i ゙;._f5゙`ー;:,.'e-゙:!,.ゞ、_ソツノ;,ヾ;;ヾ゙
     '´  (・) `ー=t"r.` ./;'"r。゙ーt ,;-='´iu""._ u ゙ゞ゙ー' i.._G_,゙;:/t'a`i/i
  u   ゙ー--一,,.::  トー--'::! ゙-一u i、,゚,,ノ.i,j ./" `ヽ. ン u.i、u__ノ´, ゞ、.ィ'
          u   ゙'ヽ ゙`i u ,.:‐-、 ;.ノ  i .i'.._ ゙ー-/  .ノ ./- 、゙7 u 丿
  u    ,.-‐- 、.._ τ/ u ! f--...___7 u丿.i、.:__ヽ / /ヽ. i、___,ソ ./
      /__   `゙ー, u  ノ、 i、 ゙ ゙̄/ ./ ヾー--',ィ'._   `┬‐'´; ゙ヽ
.、     /,,..._" ̄ ゙̄/  /  ゙ヽ二ニ/ ゙`ヽ.   `T'"  `ー、 .,;i  ;   ,イ
;;;;\   i    ゙: ̄ヾ./ /;;;゙、   i::: : :.    ゙i  .,;i  ';.   ゙i ノ  ;' ;/ :i

136 :出土地不明:04/06/02 21:35 ID:MGRMo99i
>・魏志倭人伝、他 によれば
>倭人は、呉の太夫と後裔である。
>(太夫とは皇系の臣の事)
>つまり、倭人は
>周の太祖の子にして呉国王の後裔 の民族であり、
>今回の周王墓とはつまり、天皇家の祖先の墓と言う事である。


それは倭人伝のどの個所を指しているんですかね?
抜粋してここに書いてみて下さい。

137 :出土地不明:04/06/02 23:35 ID:XOKQJx0i
>>132
漏れも知りたいので、具体的にそのテキストを書いてみそ。

138 :出土地不明:04/06/03 00:40 ID:tfsunMAm
晉書卷九十七
自謂太伯之後,又言上古使詣中國,皆自稱大夫.

しかし、これをどう誤読すれば「たゆう」がでてくるんだろう。

139 :出土地不明:04/06/03 02:11 ID:+mZtSb2y
なるほど・・・。
中国へ詣でた倭人はみんな大夫を称したとしか読めませんね。
これがどうして132になるのか不思議。

140 :出土地不明:04/06/03 07:04 ID:+DTR/F4S
>>132
今の天皇家の祖先の墓は沿海州のどこかだと思うぞ。

141 :出土地不明:04/06/03 11:00 ID:MgPZO2P9
>>139
そこに出てくる『太伯』というのが、古公亶父の子で、周の文王の父である季歴の長兄。
季歴に王位を譲るために、次兄・虞仲とともに南に出奔し呉の祖となったと伝えられる。

従って、倭人が『太伯之後』と自称しているのは、
自分たちが周王家の血筋のものであると主張していることになる。

で、これにある種のフィルタをかけて第三波動で別の時空に送ってやれば、>>132になるんではないかな?


142 :出土地不明:04/06/03 12:54 ID:IOyjq1r/
祭りだ。早く来い。

センバツV済美が名誉棄損で告訴へ
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-040603-0004.html

問題のスレ
http://sports7.2ch.net/test/read.cgi/mlb/1085915986/

143 :出土地不明:04/06/03 16:03 ID:zhzUs+uD
対馬の卜部の話は本当なのだろうか?
2000年間卜占を伝え続けてきた一族で、度々時の天皇からの使者が送られているとか。

144 :出土地不明:04/06/03 17:53 ID:fdfwPr7L
卜部家に関しては大正帝の即位の際に卜占を命ぜられて、亀の背の方の
甲羅を焼いていくらたっても亀裂が生じないで困った、という話を読ん
だことがあるけど、出典が思い出せない。藤枝晃氏の書物かな?1912年
だから、甲骨文発見から十年程の時期だね。

145 :出土地不明:04/06/03 21:27 ID:bRLKZ6Yf
>男子は大小と無く、皆黥面文身す。古よりこのかた、その使の中國に詣るや、
>皆自ら大夫と称す。夏后小康の子、会稽に封ぜらるるや、断髪文身して以て
>蛟龍の害を避く。 今、倭の水人、好んで沈没して、魚蛤を補う。文身は亦
>以て大魚・水禽を厭う。後やや以て飾りとなす。諸国の文身各々異なり、
>あるいは左にしあるいは右にし、あるいは大にあるいは小に、尊卑差あり。
>その道里を計るに、当に会稽の東治の東にあるべし。

>その風俗は淫らならず。男子は皆露かいし、木綿を以て頭に招け、その衣は
>横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし。 婦人は被髪屈かいし、衣を
>作ること単被の如く、その中央を穿ち、頭を貫きてこれを衣る。 禾稲・紵麻
>を種え、蚕桑緝績し、細紵・ケンメンを出だす。 その地には牛・馬・虎・豹
>・羊・鵲なし。 兵には矛・盾・木弓を用う。木弓は下を短く上を長くし、
>竹箭はあるいは鉄鏃、あるいは骨鏃なり。有無する所、タン耳・朱崖と同じ。

146 :出土地不明:04/06/03 22:06 ID:bRLKZ6Yf
魏志倭人伝の作者の陳寿は倭を会稽東治の東、つまり江南から福建省の東、
具体的に言えば琉球・台湾付近にあると誤認している。

そして倭の動植物の生態系や倭人の戦闘の武器をタン耳・朱崖と同じ、
つまり海南島と同じだと言っている。

全ては魏志倭人伝の作者の陳寿が倭に行った事がある人から伝聞した事を
彼の独断も織り交ぜながら書かれているに過ぎない。

当時の中国人の認識など、所詮、この程度のものなのである。

この程度のものに、倭人は、やれ呉の太夫だとか後裔だとか、
やれ周の太祖の子にして呉国王の後裔の民族だとかと、
妄想するだけ無駄なのである。

147 :出土地不明:04/06/04 00:48 ID:OeJ714Fc
あのぉ・・・・・・

ここは、夏・殷を語るスレなんすけど・・・・・

【考古学】板の・・・・

148 :出土地不明:04/06/04 11:36 ID:6HQa0HGJ
>>132
は、尤もな指摘なのに、何故皆反論してんの?
最後行に、信憑性はともかく・・そう書いてあるのが驚き
ってあるじゃん。

魏志には、倭人が、
「太白(周王家の初代長兄)の後裔で、大夫(王の血を引く家臣)である」
と自ら言った。 と書いてある。

魏志を書いた奴が電波ってのは判けどね、魏略でもその後の史書でも
倭人の紹介 といったら同様の記述がある。

149 :出土地不明:04/06/04 11:48 ID:V+sY1bkN
自演ごくろう。

150 :出土地不明:04/06/04 16:31 ID:HjPBLvYy
いくら検索しても三国志にそういう記述が見つからないんだけど。
晉書と梁書と北史に、倭人が太伯の子孫だと自称してるだけ。
仮に太伯の子孫が海を渡ったとしても、日本が無人島だったわけでなし、
どうして天皇家と接続できるのかわからん。

151 :出土地不明:04/06/04 23:23 ID:HAGkWidT
大夫の解釈も間違えてる。士大夫って言葉を知ってるか?
何を意味するのか分かるなら132のような理論にはならないよ。

152 :出土地不明:04/06/04 23:35 ID:OeJ714Fc
(´-`).。oO(釣られてるのにきづかんのか・・・・・)

153 :出土地不明:04/06/04 23:35 ID:j78EuT2N
倭人が、「太白(周王家の初代長兄)の後裔で、大夫(王の血を引く家臣)
である」というのは、華北人の後裔と言っているだけで、
呉国王の後裔なんてどこに出てくるんだ?

154 :出土地不明:04/06/05 00:26 ID:GNnq5O1n
えーと、夏、殷(ry

155 :出土地不明:04/06/05 03:08 ID:EdOIdvEj
二里岡遺跡と二里頭遺跡ってややこしい
どっちがどっちかわからなくなる

156 :出土地不明:04/06/05 09:32 ID:EZ6zQ2C5
>>150
あのー一応、3世紀の倭は天皇家の祖先という事になってます。
ヤマタイ別系等諸説はややこしいでしょ。

>>153
太白ってのは、800年に渡る周王朝の初代長兄。
この長兄、三男が後継と決まると自ら、呉に落ちて
呉国を建国した。 つまり 太白=周の祖先&呉の祖先
>>151
士大夫? そんな勿体ぶった言い方するのは何故かな?
大夫に、皇族皇胤系の臣以外の意味はいないよ。そもそも血によって階級が決まるところ、
学によってその理を超えて大臣になるから士太夫
太夫 と言ったら 周の後胤の血のある臣だ って自称してる
って書いてあるのと同じ。 逆にそれ以外、わざわざ「自ら○×と名乗り」
と掲載する意味がない。





157 :出土地不明:04/06/05 15:27 ID:YdaFHzXp
> 大夫に、皇族皇胤系の臣以外の意味はいないよ。

「大夫」が「皇族皇胤系の臣」…

> 学によってその理を超えて大臣になるから士太夫

「士太夫」…

> 太夫 と言ったら 周の後胤の血のある臣だ って自称してる

「たゆう」…


158 :出土地不明:04/06/05 15:34 ID:5pBjZzEY
っていうか、
>太白
金星かよ!

159 :出土地不明:04/06/05 15:35 ID:YdaFHzXp
ついでに言っておくと「士大夫」は元来「士」と「大夫」のこと。
周代には諸候、大夫、士という三階級があった。後に官職をもつ
者の意味に転じた。

160 :出土地不明:04/06/05 18:59 ID:uQm3zWJd
私もさっぱりです。そこでちょっとGoogleで検索してみましたところ、
反日デムパでその名も高き反日城、もとい、半月城通信でその辺の
話題が出ているのを見付けました。


引用始め〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

- FNETD MES( 8):情報集積 / 歴史の中の政治 98/05/30 -
00509/00509 PFG00017 半月城 宮内省の守護神
( 8) 98/05/30 18:18 00479へのコメント

  ぺくすこんだるさん、はじめまして。

 #479、ぺくすこんだるさん
> 話しのついでに思い出したんだけんどよ、もとの上司が宮内庁に出向し
>ていて、東宮大夫(だいぶ)という肩書きなんだとさ。ただこれは対外的
>名称で、宮中では「てーぶ」と呼ぶらしい。これ韓国語の発音と全くおん
>なじ。ともかく、あそこは電話の受け答えからして浮き世離れしてるんだ
>よなぁ。

 #482,ざ・ふぁろすさん
>韓国語は詳しくないのですが、宮中言葉には韓国語に良く似たものがたくさ
>んあるとのことです。(実際日本語とは思えません)
>まあ、当たり前と言えば当たり前なのでしょうか。

  時代をさかのぼればさかのぼるほど、皇室と韓国との関係は深くなるので
すが、今でも韓国語らしき言葉が宮内庁で使われているとは意外でした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用終わり


161 :出土地不明:04/06/05 19:00 ID:uQm3zWJd
まさか天下の(藁)ニューズウィーク様がこの程度のソースをもとに
記事を書いたりはしないだろうと思いますので、他にもっとまともな?
ソースがあるのではないですかねぇ。私は知らないけど。

 しっかし、「大夫」を「テーブ」と読んだくらいで皇室用語=朝鮮語とは、まさに
恐れ入谷の鬼子母神ですな。ai→e:という音変化は何も朝鮮語の専売特許
ではありません。朝鮮語に限らず、日本語にもいくらでも例が指摘可能です。
江戸っ子の言葉なんか有名ですね。彼等は大根をデーコンと発音します。
この論理で行けば、江戸っ子は全員朝鮮系ってことになりますな。

 ま、ニューズウィーク誌には親韓反日の記者が揃っているそうですから、
今回も例によって例の如く根拠らしい根拠もないただの韓国の提灯持ち記事
なのではないでしょうか。

ついでに言えば、京職や修理職、中宮職、東宮坊の長官である「大夫」を
「タイフ」と読まず「ダイブ」と読むのは、五位の位階を持つ者に対する尊称
である「大夫(タイフが普通だがタユウと読む場合もある)」と区別するため
とも、八省の次官の「大輔(タイフが普通だがタユウと読む場合もある)」と
区別するためとも言われていますが、前者の「大夫」を「ダイブ」と読むのは
少なくとも中世の頃から続いている伝統的な読み癖です。ご参考までに。


162 :出土地不明:04/06/05 19:00 ID:uQm3zWJd
『後漢書』東夷伝でも、奴国の使いが「大夫」と自ら称していることが
記載されていますからね。奴国も邪馬台国も、使いが自身を「大夫」と
称していたことは確かのようです。「大夫」が周代の職名であることは
おっしゃる通りで、これは更に上大夫・中大夫・下大夫の三等に分かれ
るようですが、秦・漢代には爵位の一つ(第5等)としても使用されていた
ことが『大漢和辞典』等の辞書類に記されています。思うに、『魏志』や
『後漢書』の「大夫」は後者の意味で使用されているのではないでしょうか。
これが官職名としてなら倭の使いが自身を「大夫」と称するのはさぞ妙に
感じたことでしょうが、爵位としてなら、中国は古来異民族にもそれ専用
の爵位(子爵・男爵。呉子や許男など、『春秋』で子爵・男爵で呼ばれて
いる国々はもともと異民族だったと推定されています)を与えてきた伝統
がありますから、それなりに許容出来たのではないかと思います。

 次に、「大夫」の日本における読み方ですが、奴国や邪馬台国の時代
には上古音が使われていたはずですから、中国側は[dad-pιuag]
乃至[dar-pιuo]と発音していたと推定されます。尤も、このような複雑
な発音が当時の倭人(通訳は除く)に出来たとは思えません。上代日本語
においては語末の子音や連母音一切許容されておらず、子音+単母音
の音節乃至単母音のみの音節しか存在しなかったことがわかっています。

163 :出土地不明:04/06/05 19:01 ID:uQm3zWJd
また、語頭濁音も擬声語・擬態語の類を除いては許容されませんでした。
当時の倭語もこれに近い状態であったろうと推定されますので、おそらく
倭人は「大夫」を[ta-pu]とでも発音していたのではないかと思われます。
この発音がそのまま定着していれば、「大夫」の読み方はタフになって
いたでしょうが、その後呉音や漢音が怒涛のように日本語の中に流入して
来ましたからねぇ。現代の日本漢字音には上古音由来のものはほとんど
存在しないと言ってもいい状態でして、辛うじて推古遺文と言われる6〜7
世紀の文献の万葉仮名の発音として残っているくらいです。そんなわけで、
「大夫」の読みもタフから速やかに呉音読みのダイフや漢音読みのタイフに
置き換えられたものと思われます。東宮などの長官の「大夫」がダイブと
フがブに濁っているのは不審ですが、連濁と考えればまぁ納得出来ない
こともないかと。


164 :出土地不明:04/06/05 23:36 ID:NfglwlwR
>>162
ここで続けるのはいささか後ろめたいものがありますが・・・・

>奴国や邪馬台国の時代には上古音が使われていたはずですから、

奴国はともかく、邪馬台国の時代が上古音だというのはどこからでてきましたか?

中国語音韻学の森博達氏によれば、邪馬台国の時代(魏志倭人伝の倭語の多くが音訳された時期)は
上古音から中古音の過渡期で、音の変遷は前漢から後漢の間が一番大きいとされているようですが?

165 :出土地不明:04/06/06 02:34 ID:X09E8piA
ってか倭は今の日本なのは確実なの?

166 :出土地不明:04/06/06 10:18 ID:f68Fy/kg
我々が魏志等から想像するシーンは、文明圏から非文明圏の倭との接触である。
しかし実際は、
 倭は 中国通士に妄言と思わせる事なく、
1・太白の後  (周の歴史が倭人が知っている)
2・古から大夫という  (周代の宮廷知識を持っている)
という報告を本国に行わせる事に成功しているのは、
倭が相当な文明的状況であった事を表している。
 とくに大夫と称するという記事の意味は、
当時の倭が古代中国との血縁を自ら強調しているというトピックであり、
太白や夏氏少康 ともに、中原から長江下流に落ちて呉越王となった伝説から、
「周王朝からのゆかりか、さらに古く夏王朝からのゆかりか」
とロマンに含みをもたせて、倭人のルーツを報告してるのであろう。

167 :出土地不明:04/06/06 10:39 ID:f68Fy/kg
古語拾遺 というAC800年頃成立の 日本の史書がある。(忌部氏)
氏は、天皇家の神事を取仕切家で今も全国の神社に影響を持つ
この古語ジュウイツに、興味深い一説がある

「日本の神代の伝説(日本書紀)は、盤古の伝説と似ていて、
今の人には中々信じる事ができないものであるが・・・」
(盤古とは古代中国(夏のころ?) の事である。)

800年頃、日本で尤も古を知る立場でも、古代中国の伝記と日本伝記の
類似性を、不思議に思っているのだ。


168 :出土地不明:04/06/06 21:31 ID:lFduylBz
弥生時代というと、卑弥呼の時代はぎりぎり入るか入らないかというあたりですね。
仮に卑弥呼の時代を弥生時代に含めるとしても、存在するのが漢字で記された外国
資料で、しかも固有名詞がほとんどですから、言語資料としては甚だ貧弱なものと
言わざるを得ません。新羅語の場合は、同じ漢字資料と言っても、国内資料であり、
且つ地名語源説を利用して一般名詞を再構でき、且つまたそれを補う吏読などの
資料もありましたからねぇ。3世紀及びそれ以前の日本語に限って言えば、条件的
には一層厳しいものと言えるでしょう。まぁそれでも、固有名詞を解析することで、
「ワ(我)」「ヒ(日)」「ミコ(巫女)」「ヒコ(彦)」「ヒナ(鄙)」「モリ(守)」等、若干の一般
名詞を再構することは可能ですし、借音表記として使用された漢字に[-p][-t][-k]
等の韻尾が付いていないものが多く選ばれていることから、当時の日本語の音節
構造は奈良時代以降と同じ開音節(音節末が必ず母音で終わるもの)であったという
こともある程度推定可能ではありますが。

 hの音については、「卑弥呼」を「日+巫女」と分析する私の立場から言えば、奈良
時代同様、3世紀の日本語の音韻体系の中には存在しなかったということになります。
日本語の子音で声門摩擦音hに最も調音点が近いのは軟口蓋破裂音kですから、
上代から中古にかけての日本人がhの頭子音を持つ漢字音をカ行音で受け入れた
ように、3世紀の日本語においても、kはもちろんのこと、hの頭子音を持つ漢字音も
基本的にカ行音として捉えるべきでしょうね。

 ただ、同じh音でも、唇音的介母-u-を含む漢字の場合は、ワ行音を音写した可能性
がありますので注意を要します。5世紀後半の金石文である「稲荷山古墳鉄剣銘」と
「江田船山古墳太刀銘」に見える「獲」の漢字音は[hua]のようなものであったと推定
されますが、日本語のワの借音として使用されていますからね。

169 :出土地不明:04/06/06 21:31 ID:lFduylBz
奴国のナの語源については、確かに私は前スレだか前々スレだかで古い一人称
代名詞起源説を挙げたことがありますが、あれはこういう考え方も出来るんだよ、と
いう程度のものでして、可能性としてはともかく、実際に私がそれを積極的に支持し
ているというわけではありません(^^;。お説のように、「ナ(大地)」に語源を求めると
いうのもありでしょうし、奴国の植民地云々はともかくも、半島の地名を構成する要素
として知られるra(羅)やその変化形ya(耶)と結び付く可能性もなしとは言えません。
ただ、所謂「奴国」とそれ以外の「奴」を含むものとは別扱いする必要があるかも知れ
ないということだけは申し上げておかなくてはならないでしょうね。何となれば、「奴国」
という表記は他のものと違って一時代前から使用されていたものだからです。

 『後漢書』によれば、「奴国」は西暦57年に後漢に使いを送っています。即ち、この
国の漢字表記として「奴」が宛てられたのは57年の話なわけです。一方、「狗奴国」
以下の国名の方は『三国志』魏志東夷伝倭人条に登場するのが初めてなわけです
から、これらの漢字表記の成立時期は『三国志』の成立年代から言えば3世紀末、
邪馬台国が魏に使いを送った時期まで遡らせたとしても239年の話です。結局、
約200年ほど「奴国」の方が先行するわけですね。漢字音は時代によって変化し
ますから、1世紀の漢字音と3世紀のそれとがまったく同じである保証はありません。
一般に、発音は変わっても表記は固定する傾向が強いことを勘案すれば、「奴国」の
「奴」が上古音[nag]によってナと読めるからと言って、魏志倭人伝の「奴国」以外の
国の「奴」もまたナと読めるとは限らないのです。場合によっては中古音[no]に従って
ノと読むべきかも知れないわけですね。もし「奴」をノと読めれば弥奴国=美濃説に
とっては甚だ具合がよいということになります。しかしそうすると今度は「卑奴母離」が
「ヒナモリ」と読めなくなって、「鄙守」説が破綻してしまうことにもなりますが(^^;。
ことほど左様に魏志倭人伝は扱いが難しい資料なのであります。


170 :出土地不明:04/06/06 21:34 ID:lFduylBz
【電波系大道芸】
http://www.soutokuhu.com/bbs/test/read.cgi/korea/1044079995/

171 :出土地不明:04/06/07 04:11 ID:lMzgBl1u
>>129から170のほとんどは完全にスレ違い。レスも遠慮お願いします。
他の歴史系板でスレを立てて討論して下さい。

もう夏ですねぇ・・・夏の実在が証明されると面白くなりそう。

172 :出土地不明:04/06/07 04:52 ID:Rj3OEJnP
多少、回り道だが 殷夏につながるよ。
ネタとして、傍流だがこの際仕方ないだろ。

例えば魏志は、夏氏少康の流れを倭人伝に掲載してるだろ

173 :出土地不明:04/06/07 08:14 ID:lMzgBl1u
夏后少康之子封於會稽斷髪文身以避蛟龍之害

「流れ」ね…物は言いようだ。太夫クンは倭人伝のこの辺りが好きみたい。
釣られてゴメン。もう自らあぼ〜んするよ。

174 :出土地不明:04/06/07 08:38 ID:Rj3OEJnP
>>173
まてまて早まるな
だって、前レスに夏后少康の話ないのは、夏殷スレとしておかしいでしょ。
夏で尤も有名な話でないの?

175 :出土地不明:04/06/07 14:58 ID:VJhD9eyy
>>172
呉越の系譜を裏付ける考古学的事実はないし、
そもそも昔から全く信用されていない。
回り道どころかこのような飛躍が必要。

ってかさ、長江文明スレでも似たような論陣張ってた人でしょ?
そういうのまとめて「華南と倭の関係」ってなスレでも建ててくれ。

176 :出土地不明:04/06/07 18:07 ID:BcKKjLX0
>>175
はあ?
呉越とか長江とか、なんで出てくるのか分け判らんのはこちらの方です。
太白や大夫の話は周と倭をつなげる話なのであって、 
呉越などはどうでもいい話。
長江文明なんて全く関係なし。 被害妄想なの?
夏后少康もまた、倭と夏をつなげるな話なのであって、
経由地の呉越など、このスレと何の関係もない。



177 :出土地不明:04/06/07 18:20 ID:yDDLaTmt
まあ、伝説だけで論じるなら可能性じゃなく妄想だな。

178 :出土地不明:04/06/07 18:53 ID:VJhD9eyy
>>176
あなたの語りたいテーマは面白いと思うけど、
2段の詐称である「倭人の自称」だけを根拠に
ここで論陣を張られても迷惑です。

ここは二里頭、偃師商城、鄭州商城、殷墟といった
夏商時代の考古学を語る場所なんで。

179 :出土地不明:04/06/07 19:11 ID:mcG3dU7d
>>173が言いたいことはこうだよ。
夏の少康の子が会稽に封じられたが、その会稽の住民は髪を切ったり
刺青をしたりして水中生物からの被害を避けるという描写があるのみ。

別に、少康の子がそんな風習に従ったとは書かれてない。
ましてや、少康の子が倭人と血縁関係があるなんてどこにもない。
風習が似てるから会稽の例を持ち出しただけ。
そんなに倭人を語りたいなら日本史板にスレを立てた方がいいよ。

180 :出土地不明:04/06/08 09:49 ID:dVyp39Pr
伊尹って実在したんスか?

181 :出土地不明:04/06/08 10:58 ID:WJ6QpsLe
>>179
倭人との関係があるなんてどこにもない?

夏朝の呉に渡った王子をワザワザ登場させて、倭人の特徴とリンクさせ、
彼らが大夫を名乗ってる事を紹介して・・・ 
でも関係を表現してないってどういうこっちゃ?

古の周や夏のころの絶滅民族を倭人とダブらせた、ロマンの記述だろ。
漢のころには、大陸には倭人の俗習はないので。
 もし仮に、倭人のルーツが夏や周の華北系なら、
夏や周の、占政や治水や王政の名残が、
卑弥呼の記述や天皇家の古いしきたりにないかを推測するのもオツだろう。





182 :出土地不明:04/06/08 12:13 ID:j63mk2GA
太夫君はなぜそんなに必死なのか。

183 :出土地不明:04/06/08 12:47 ID:AqRA7QPK
プライドが邪魔して自分の論理の欠陥を認められないの。
学問に向かないやつっているんだよ。

184 :出土地不明:04/06/08 13:09 ID:0ZoQ7uwq
まあ、太夫君のおかげでこのスレが生き返ったと思えば…。

>>180
甲骨文で祭祀の対象となってるので、まあ、実在したんじゃないかと。

185 :出土地不明:04/06/08 13:25 ID:7QrFuXiU
古今東西、文化の僻地を見て古の慣習を探り古に浸るもの

魏志倭人伝の主旨は、倭人風習をネタに古の中国の姿を想像してみたりしてという
漢代の中国人の考古学的エッセーのようなものなの

そんな、漢代の中国人のオツな文章を肴に、周や夏を語るつもりが、
長江起源説オタといっしょにされたら、腹も立つな



186 :出土地不明:04/06/08 20:49 ID:Uhlu9si6
正解。
単に陳寿の個人的意見が入った伝聞録。

187 :185:04/06/08 21:34 ID:7QrFuXiU
>>186
賛同してくれてありがとう。 でも俺が大夫くん何だが・・・
誤解が解けたということかな


188 :出土地不明:04/06/09 01:12 ID:fIzlOnjx
ひとりの分かり易い輩のお陰でスレが活発になってきましたね

189 :185:04/06/09 07:52 ID:JpvsZzQa
まあいいや、

魏志倭人伝伝えるところ(または陳寿の見解)をそのまま信じると、当時の倭には
古の中国とのかかわりが深そうである。なんせ 自称大夫である。
であれば、生きるガラパゴス天皇家の姿に、周の時代以前の
王朝の姿を発見できるというものである。
太白の後裔ならば、先日発見された周王家の墓は天皇家の祖先の墓である
可能性もある。 少なくとも太陽信仰や神政・祭祀など夏や殷や周などの
なごりが天皇家に残ってる可能性もある。
中国古来の封神の儀式は山頂に社を設けておこなうが、日本の古神社に
それを見る事ができるかもしれない。
というネタである



190 :出土地不明:04/06/09 10:05 ID:F1VsWuus
禹は帝位を譲られた立場なのに、何で夏の祖になるんですか?
以前から集合体自体はあった、ってことですよね?
譲った人は帝なのに、なんで夏は王朝なんですか?
それまでは神がかった人で、禹から人間になったんですか? 舜も、少なくとも家族はDQNな人間
丸出しだし、逆に禹の奥さんは人間とは思えませんが?

191 :出土地不明:04/06/09 10:46 ID:jWPgf0kE
>>190
王朝っていうのは王家の血筋によりその王位・帝位が受け継がれていくもの。
だから、血統とは関係なく優秀なものが帝となるたてまえの禹より前は王朝ではないってことかな。


192 :出土地不明:04/06/09 12:01 ID:fIzlOnjx
王朝かどうかの目安のひとつに「太子」がいる事が判定になるかな。
血統による次期後継者の意味ある訳だし>太子の存在
この基準を厳密にすると、禹の子、啓が夏の祖になってしまう。
夏本紀を読むと、禹→益→啓の順になっている。益は三年で啓に譲ったようだ。

193 :出土地不明:04/06/09 12:02 ID:F1VsWuus
なんだか儒家の理想と王家の神格化が主張しあった末の、妥協の産物みたいなお話ですね。

194 :出土地不明:04/06/09 12:19 ID:F1VsWuus
>>192
その3年は喪の期間だから、何もしないうちに、ってことでしょう。

195 :出土地不明:04/06/09 14:45 ID:hBsO5ivj
啓は明らかに他の夏の諸王とは別格の扱いを受けている。
山海経とかではその傾向が顕著。
啓を祖とする夏王朝の伝説と、堯舜禹といった神々の神話があって、
それが益と啓の説話でもって結ばれてるのでは、って気もする。

ところで、二里頭に匹敵する規模を持つ龍山文化後期の都城遺跡で、
付近が堯の伝説の地である事から、
堯の都城かと噂されてる陶寺遺跡についてどう思う?

196 :出土地不明:04/06/09 19:51 ID:B78Zv5s9
世界遺産で玉龍山見たけど、いいねぇ。

197 :出土地不明:04/06/09 20:06 ID:73GRMokE
雲南省、納西族、玉龍雪山・・・
夏・殷となんの関係が???

198 :出土地不明:04/06/10 01:34 ID:cYNg1Gd9
黄帝の姓は、公孫
堯の姓は、伊キ

って、元は何の出典か判る人いますか?

199 :出土地不明:04/06/11 18:03 ID:mZ/3dzbu
なんだか世襲=王朝って話がしっくり来ません。イエ、定義自体には異義はないんだけど。
夏王朝は、(伝説の)最古の王朝とは言っても、その意味合いは、実は最古の国家形態、ってこと
だと思っているからだな、だから五帝の話も奇怪に感じられるんだ。

もともと三皇五帝の話っていうのが、夏を尊崇していた墨家に体する儒家の対抗手段、と言うか、
両家でエスカレートさせた話、という説があるそうで、だとしたら元々は啓を夏の始祖とする話が
あって、優勢に立った儒家が、そこに堯、舜、禹の禅譲の話をひっ被せてしまった、ってことも
あるんじゃないの?、とか思うのですが、どうなのでしょう>詳しい方々

200 :出土地不明:04/06/11 18:40 ID:bVjiafA5
> 黄帝の姓は、公孫

『史記・五帝本紀』が初出だと思う。

黄帝の姓は「姫」というのが一般的で、こちらの初出は『国語・晋語』。
漢人の始祖として崇められている黄帝の姓が「公孫」じゃ、
どうにも意味をなさない。

前漢代に帝室に取り入って、五行説や黄帝神話を盛んに
吹き込んだ方士が斉・魯の公孫氏だった。たぶんこいつらが
自分の家系に箔をつけるために作った話でしょう。

黄帝神話の形成過程は複雑で、いまだにすっきりした定説はない。

201 :出土地不明:04/06/11 18:41 ID:bVjiafA5
> 堯の姓は、伊キ

晋代の『帝王世紀』まで下るかもしれない。

実際は、西周武王が堯の後裔を探し出して「祁」に封じた、
というのが由来だと思うけど、これの初出は何かな?知らない。

この手の話してもなかなか「考古学」まで行かないから、世界史板の
三皇五帝スレでやった方がいいよ。

202 :出土地不明:04/06/11 19:34 ID:lpIJnH3j
>>199
三皇五帝が伝説なら、架上説は仮説。
どっちを信じすぎるのもよくないかと。
龍山末期の都城群の発掘が三皇五帝まで話を持っていけるくらいの
成果を挙げる事を期待しておきましょう。

203 :出土地不明:04/06/11 21:21 ID:q2RHBaa5
山西の陶寺遺跡は堯の遺跡だとか、
遼河流域の紅山遺跡群は黄帝の遺跡だとか、
最近の中国考古学はいいかげんなトバシ多すぎ。

204 :出土地不明:04/06/11 23:56 ID:lpIJnH3j
大風呂敷を広げて発掘の予算が確保できるなら、三皇五帝も大いに結構。
そもそも、日本だって似たようなものだろうが。

205 :出土地不明:04/06/12 00:13 ID:0PLuP7B1
第二の藤村も大いに結構、ってか
日本の考古学って終わってるね

206 :出土地不明:04/06/12 02:41 ID:RmWTbHKF
>>184
甲骨文ってことは、王朝公式の記録、ってことだよね?それしか発見されていない
はずだし。臣下の分際で官製の祭祀で祭られていたってこと?
そんなことあり得るの? 介推だって関羽だって、祭ったのは民間でしょうに。

もしかしてあれじゃない? 天神様パターンで、実は恐れられて祭られてたんじゃ
ないの? たしか、4代目を追放するか何かしてたよね。あれってやっぱり当たり前
にクーデターだったとか。

さもなくば、大政奉還が見せかけで、実は5代目は伊尹の息子だったとか。4代目
も伊尹より先に死んでいるよね。

207 :出土地不明:04/06/12 05:36 ID:TE39T9tl
>>204
大風呂敷を広げまくって、実際に予算がついてる
「ムー帝国の遺跡=与那国海底遺跡」なんかは
大いに結構なわけだ。

208 :出土地不明:04/06/12 08:10 ID:P0XXo0yS
>>205
捏造と大風呂敷は話が別なんだが。
中国の考古学者が捏造をしでかしたとは聞いたことないな。

>>207
村おこしで予算がつくからね。考古学は強い。

209 :出土地不明:04/06/12 08:16 ID:JwMKIFnj
http://www.clash-j.net/memo/korea02.html
韓国国宝274号事件
黄某(海戦遺跡発掘団団長)による、遺跡捏造事件
92.9.4に指定された国宝274号は(95.6月)捏造が発覚。
その後、彼による遺跡捏造が次々発覚

韓国国宝274号事件は、国宝指定のための鑑定はなんと30分しか行われず、韓国歴史学会を
代表する錚々たる学者で構成される文化財委員会において、引き揚げ後わずか4日で国宝
指定が議決されていたことが発端。国家ぐるみである。

韓国は国家ぐるみで捏造ですね。

210 :出土地不明:04/06/12 09:28 ID:9bpnQip6
>>206
伊尹は、商王家の神官の祖として祠られていたらしいよ。
大乙(湯)と伊尹の名前が一緒に刻まれている甲骨片もあるそうな。

211 :出土地不明:04/06/12 12:18 ID:RmWTbHKF
>>210
神官ですか。その伊尹は何から御神託を受けていたんですかね?
普通に鬼神とか水神とかって話だとロマンがないなぁ。 

212 :出土地不明:04/06/12 19:34 ID:NmOnZhlC
特に長野県では差別戒名の種類が多く、「畜」「賤」「ト」「草」「朴」「僕」「非」「革」「鞍」「似」「皮」「栴陀羅」「婢」「隷」
などの文字が使われ、なかには「穢」という字の入った墓石もあり、「庭男」と書かれた戒名もあった。


213 :出土地不明:04/06/13 13:30 ID:f2ECW5gD
伊 のつく姓 って

日中とわず
神話系に多いのは偶然なのかなー・・ 漢字の根源だとなんだろ

214 :出土地不明:04/06/13 23:04 ID:irwOqW8h
>>211
商(殷)に関する本ならどれでも書かれていることだけど、
卜占でお伺いを立てる相手は、主に「帝(上帝)」。

特定事項の卜占では、それぞれ担当の諸神にお伺いを
立てる場合もあった(たとえば、雨乞いの日取りについて
雲の神=帝雲にお伺いを立てる、など)。

王朝後期には祖霊を帝と同一視するようになり(実際は
王系に帝を取り込んだ)、ついには王自身が帝と称する
ようになってしまう。

215 :出土地不明:04/06/15 06:13 ID:8yRxt4rV
>>206
> 臣下の分際で官製の祭祀で祭られていたってこと?

『楚辞・天問篇』と同じこと言ってら。
二千年たっても人間の考えることって変わらないのね。

216 :出土地不明:04/06/15 20:01 ID:n8rFqZug
『孟子』『尚書・太甲(偽古文)』『史記・殷本紀』では、太甲は素行不良で伊尹に追い出され、
3年後に反省して復位したことになってるが、『古本竹書紀年』では7年後に伊尹を殺して復位
したことになってる。伊尹の息子二人もグルだったらしい。

『尚書』『史記』の聖人君子話よりもリアリティがあるね。まあこの辺の話はどれがホントか
わからんけど。

217 :出土地不明:04/06/16 00:30 ID:ZZHSbfqa
>>216
おお、それなら、
伊尹のクーデター→伊尹を討ち取って復権→天変地異か何かで伊尹の祟りを恐れる
→伊尹を祭る
のパターンがあるかもしれない。けど、中国に死人の祟りとか言う考え方あるのかな?

218 :出土地不明:04/06/16 00:49 ID:FkvWEZt3
>>216
なんだか、夏初の[綻と寒促を連想させる逸話だ
            [廾]

219 :出土地不明:04/06/16 00:52 ID:sG8Q3PZd
西周の脂、が追放された共和時代の話がオリジナル
かもしんないね

220 :出土地不明:04/06/16 08:09 ID:NHatGqs7
商の先王の名前と夏の諸王の名前の類似性を指摘して、
商は自らの系譜の上に夏の系譜を無理矢理組み込んだのでは?
という説があるらしいですね。さてはて。

221 :出土地不明:04/06/16 15:50 ID:2ASZarib
>>215
屈原と同じ感性!
というより、やっぱり当たり前の疑問だよな。

222 :出土地不明:04/06/16 15:56 ID:2ASZarib
>>220
であれば、伊尹は実は前時代の人であり、臣下を祭る、という不自然さは弱まる、とも考えられますね。

223 :出土地不明:04/06/16 22:22 ID:9vJxLQe3
>>217
伊尹の祭祀に関する卜辞は数が少なく、怨霊として特に恐れられていた
という証拠は今のところない。古典史料でもない。まあいろいろ自由に
想像するのも楽しいけどね。

224 :出土地不明:04/06/16 22:25 ID:9vJxLQe3
>>220
陳夢家の説ですな。

「夏王系と似ている」といわれる商王遠祖(先公)は、もともと自然神で
卜辞では王系に結びつけられていない。これが夏王系からの
借用とは考えにくい。

自然神を王系に取り込む時点 (時期は『史記』以前のいつか)で、
夏王系を参考にした可能性はあるかも。

逆の可能性もある。夏王系完全版の初出はたぶん『竹書紀年』で
商王系の出現よりも時期が後、それ以前は断片的にしか伝わっていない。

『史記』がネタにした史料ができるころに一部混同が起きた
可能性の方が高いんじゃないかな。「夏の履癸」=「商の示癸」、
「世代数が14世代で同じ」あたりは、どっちかが真似したかもね。

225 :出土地不明:04/06/21 02:07 ID:XymYj2km
【夏王朝】歴史の証明【伝説】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1087694006/

おまえら世界史板のスレでも発言汁

226 :出土地不明:04/07/04 10:31 ID:ykh8LTlv
age

227 :出土地不明:04/07/09 23:10 ID:IqaPOeGu
中国文学科教員 問題言動集(1)

N.S教授・・・・・授業中に、
          「人間は働かなくても生きていける」
          「(自分のことを棚にあげて)中国語学科の学生は
          常識が無さ過ぎる」
          「一般教養など必要ない」
          「セクハラというものはその行為を行う本人に
          悪意が無ければセクハラには当たらない」
          「大学教授は世間を知らなくて当然だ」
          etc迷言多数
H.T教授・・・・・授業中に当時の総理大臣の暴言を擁護した。
          数年前まで、
          「中国のことなんか本だけ読んでいれば全部分かる。
          だからわざわざ中国まで行く必要などない」
          と豪語していたはずなのに、
          大学の仕事で実際に中国に行った途端に、
          「本に書かれている中国と実際の中国は全く違う。
          だから皆もできるだけ早いうちに実際の中国を
          観ておいたほうがいい」
          と主張を180度転換させた。
          試験を受けなかった学生に「B」評価を与えた。

228 :出土地不明:04/07/09 23:10 ID:IqaPOeGu
中国文学科教員 問題言動集(2)

W.Y助教授・・・・同じく授業中に、
          「第123代天皇は精神異常者」
          「N.K(D大名誉教授)、F.N(T大教授)、
          H.I(N大教授)、I.S(作家・都知事)、
          K.Y(妄想漫画家)は人間の屑」
Y.Y助教授・・・・退学願を提出した学生に、
          「私の言う通りに行動すれば、君の主張が
          通るように私が裏で話をつけておいてあげよう」
          という内容の取引を持ち掛けた。

以上のように、中国文学科はキ○ガイ教員の巣窟です。
これから大○文化に入学・編入を考えている皆さんは、
中国文学科にだけは絶対に出願をしないようにして下さい。

229 :出土地不明:04/07/20 22:21 ID:JntHs64I
【歴史】伝説の夏王朝に大規模宮殿か=中国最古の都市跡と認定
http://news13.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1090327394/


230 :出土地不明:04/07/21 23:13 ID:agHuFbAS
河南:中国最古の夏王朝が実在?車輪跡も発見
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/china/news/20040721org00m030117000c.html

231 :ひろさん ◆EriosvaGhM :04/07/24 16:41 ID:EtvWeW3W
       ∧_∧    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 シコ   (@∀@/"lヽ<  オマイラ全員駄目人間!オマイラ全員駄目人間!
      /´    ( ,人)  \__________
 シコ  (  )手塚 |  |
      \ \__, |  ⊂llll
        \_つ  ⊂llll
        (   ノ  ノ
        |  (__人_)\
        |   |   \ ヽ

232 :出土地不明:04/07/24 19:22 ID:DXi85X+q
これは?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040724-00000745-jij-int

233 :出土地不明:04/07/24 19:30 ID:36xneEFW
>>232
> 「酒池」は実在した?=殷遺跡から、「史記」と酷似−中国

池らしきものが見つかっただけで「酒池?」って短絡的すぎないか?
まして、偃師商城って商代初期の遺跡とみられてるんでしょ?
紂王とは関係ありそうにもないし、第一「酒池」の話は『呂氏春秋』
以前には現れない怪しげな話なのに・・・。

最近の中国古代史学・考古学は、史料批判がおろそかすぎないか?

234 :出土地不明:04/07/24 20:06 ID:Kri+rCy5
マスコミが読者受けするような事書きたててるだけじゃんか。

それとも、>>233は中国古代史学・考古学界の関係者で、
その実情を目の当たりにして真剣に憂えているとでも言うのか?

235 :名無しさん@社会人:04/07/24 22:56 ID:bFwDIUjs
http://news13.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1090659885/l50

236 :出土地不明:04/07/25 07:27 ID:5MqZxiBw
http://www.china-news.co.jp/culture/2004/03/cul04032301.htm

237 :出土地不明:04/08/10 12:31 ID:VSXbjV9+
城壁って横山漫画に出てくるような立派なやつじゃないよね?

238 :出土地不明:04/08/10 19:56 ID:sIgxE+Be
殷周時代はまだ版築が主流でしょう


239 :出土地不明:04/08/10 21:35 ID:7CKG2Bev
新浪網の特集記事の鄭州商城。これがわかりやすいと思う。

http://image2.sina.com.cn/dy/c/2004-04-07/U414P1T1D3105301F21DT20040407134017.jpg

こちらがそのサイト。重いので注意。
http://news.sina.com.cn/c/2004-04-07/13403105301.shtml

下の「図文」とついたリンクから他の写真が見られる。

240 :出土地不明:04/09/05 22:07 ID:ze+FUHXz
夏代の住居や墓、大量発見=伝説王朝、「実在」強まる−中国
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040904-00000109-jij-int

241 :出土地不明:04/09/15 01:38:08 ID:FcmbLe19
「もう夏もおわりだな」

242 :出土地不明:04/09/19 23:47:37 ID:DIadvSSv
岡村さんはどーなのよ・

殷墟に行ったけど、新しく公園みたいになってつまらん。
青銅器も全部レプリカだし。

243 :出土地不明:04/09/28 01:44:20 ID:pr/2sM9n
殷廃の近くに城の瓦とか売ってないの?
中国の歴史故地って万里の長城みたいに与太商売やってる人多そう……

244 :X?X:04/10/10 01:20:57 ID:l3fwLmfr
また中国で夏の時代の遺跡が出たとかいっていたが、何回夏の時代の遺跡発見といっているのだろう。
何回も発見とか言っているところを見ると、何回も否定されているのかな
何を持って夏の時代と断定されるのだろうか?
何が出てきたら確実だとされるのだろうか?
これが邪馬台国だと、親魏倭王の金印がどこかの古墳から出たら確実だということにされるのだろうが
誰か教えて


245 :出土地不明:04/10/10 07:07:51 ID:kLCyzCjl
> 何回夏の時代の遺跡発見といっているのだろう。

そりゃたくさん出てくるからだよw
ただし「夏王朝の遺跡」と証明できたものは一つもない。
たいていはせいぜい「夏時代の遺跡」と言える程度。
「夏時代」とする根拠は、土器の編年とか炭素年代測定だな。

最近は断代工作で「夏時代=2070BC〜1600BC」という
年代がかなりいいかげんに国家的に決めてしまったから、
今後ますますこの時代の遺跡を「夏時代=夏王朝」と
ホラ飛ばす連中が続々と出るだろう。

246 :出土地不明:04/10/10 12:20:32 ID:Uj2MJcf4
>>245
やっぱり、日本の弥生時代の環壕集落に、邪馬台国傍の21カ国だかを
当てはめているようなもんなわけね。
どうしても文字資料がないんだから、それしかできないわな。
しかも、後の中国の伝統とは違う、焼き肉大好き民族だったわけでしょ、
えっと、二里頭あたりの人たちって。
じゃあ、殷虚の商の人たちとも無関係だったりして。
とすると、中国の文明は「文字以降」として、商代後期以降が歴史時代
なら、メソポタミアよりは、2000年も遅れて、線形B文字のギリシア
よりも遅いかもしれない。これのどこが、四大文明なのか、って思う。
#べつに、三内丸山を古代文明にしろとはいわんが。

247 :出土地不明:04/10/24 17:04:49 ID:ToPZJLQD
やはり縄文時代の東アジアの中心は日本だったと思われ。

DNAから見ると、朝鮮人の血の37%、中国人の血の28%は
日本から渡った縄文人のもの。

縄文人たちは朝鮮だけじゃなくて中国にもバンバン渡っていたようだ。
中国の大昔の王が縄文人だったというのも単なる妄想でもなさそう。

http://www.kumanolife.com/History/dna.html

248 :出土地不明:04/11/14 10:03:59 ID:vFg9Qkhy
ほとんど真面目な議論ないのは残念だが
今後の証左研究の進展を待つとするよ

249 :出土地不明:04/11/14 10:54:23 ID:Ahet2Lpf
>>248
もうマトモナ研究結果を期待するのは無理かもね。
大学の研究室や研究所は朝鮮系の帰化人で牛耳られている。
ちなみにマスコミも宗教もね。

250 :出土地不明:04/11/22 00:59:56 ID:Bx/fNlxT
>>245
二里頭文化の遺跡だから夏の遺跡と言ってるのだろうが。

>>246
商とは別の民族の遺跡だから夏の遺跡だろうと言われてるわけで。
元々は、二里頭を商の遺跡とする説があったが淘汰された。

251 :出土地不明:04/11/26 21:01:13 ID:KqBemYtX
> 商とは別の民族の遺跡だから

それは根拠は何?思いこみと違う?

252 :出土地不明:04/11/27 02:03:02 ID:Tk5/ajgP
>>250
251とは別人だが。
なんで「二里頭文化」だと「夏」の遺跡になるの?

253 :出土地不明:04/11/27 13:48:16 ID:JAIEHZ2J
>>251
出土物。

>>252
他に有力な候補がない。

254 :出土地不明:04/11/28 00:45:15 ID:TWAF+WgI
>>253
だからそれが夏だと断定できる根拠は?
殷以前の遺跡=夏とは限らないのでは。


255 :出土地不明:04/11/29 00:00:02 ID:zNWC0tIY
誰も断定してないんじゃないの。
断定してるバカを見つけたら、ソース貼れ。

256 :出土地不明:04/11/29 01:35:17 ID:NyWGR8sN
>>255
>>250の口調は断定だろ。

257 :出土地不明:04/11/29 16:00:11 ID:zNWC0tIY
> 夏の遺跡と言ってる
→なんか断定っぽい

> 夏の遺跡だろう
→なんか断定ぽっくない

言葉尻捉えてあげつらっても、建設的な議論にはならないという
典型的な事例。

258 :出土地不明:04/11/30 01:08:54 ID:c4fWpzSF
言葉尻にまで気をつけて発言するようにすればいいじゃん。

259 :出土地不明:04/12/04 20:53:57 ID:J1eD0omc
>>255
主語を意図的に誤読して難癖をつけるわけですな。
ご要望にお応えしてきちんと書き直してやろう。

新聞が「夏の遺跡発見」と報ずるのは、
発見された遺跡が夏と推定される二里頭文化に属するからだろう。

それより、魅力的な対案はまだですか?

260 :出土地不明:05/01/15 18:58:06 ID:corUfJdW
書籍名 夏王朝 王権誕生の考古学
ISBNコード 4-06-212165-4
http://books.yahoo.co.jp/bin/detail?id=31307723

誰かこれ読んだことある?

261 :出土地不明:05/01/15 23:33:00 ID:q0gy7H/z
>>260
読んだよ。面白いよ。
ただ、なんといっても、文字(甲骨文字でも金文でもいいけど)が
出てくるのは、殷虚からだからね。殷虚以前に、王都といってよい
遺跡がいろいろある。で、そのうち、いっちゃんでかいのを、年代
順にならべると、殷虚の前に、殷前期のものがあるとかで、その前
は、夏だろうってことだよね。それだけ。夏時代とされる遺跡では、
住民はみな焼き肉を食べていたらしいよ。その後、蒸しものに変わ
るとか。
まあ、甲骨文字の発達は、殷虚の段階で、すでに十分に発達した、
音節文字になっているので、それ以前のはずだが、その系譜にあた
るものが、見つかっていないのが問題だね。まあ、たぶん、殷代
前半にどこかで起こったのだろう。

ところで、エジプト文明は、紀元前3000年ごろの「ナルメル王」
というのが文字記録の最古のもので、これがエジプトの考古学的に
みた歴史時代の始まりってことになっているが、でも、そのナルメル王
は、ギリシア語でミーニュスとか伝わっているのと同一人物ではと
いわれていて、だとすると、この王は、上ナイルと下ナイルを統一した
王だということになる。だとしたら、紀元前3000年よりもずっと
前から、エジプトには王朝が存在したはずだ。そのことは、確実だが、
だからといって、紀元前3000年よりも前の、新石器文化の遺跡を
初代エジプト王朝だ、とか、これが上ナイルの王の都市だ、とか
いうことは、ないと思うんだ。だから、やっぱり夏王朝ってのも、
文字記録が出てこない限りにおいては、たんなる新石器時代、あるい
は銅石器時代の文化であって、歴史時代には入らないと思うよ。

262 :出土地不明:05/01/15 23:40:18 ID:xOS5QtoO
>>260
中共の愛国主義政策に追従した断代工作に何か言いたげなのに
奥歯に物がつまったような書き方してるのが一部気にくわない。


263 :出土地不明:05/01/19 10:22:48 ID:nAAs6sxk
>>261
青銅器の出てる二里頭遺跡を新石器だの銅石器だのとはねぇ。

264 :出土地不明:05/01/19 23:27:18 ID:oJbTtWQ0
>>263
じゃあ、青銅器時代か?
青銅器時代は歴史時代っていう認識があったもので。
ちなみに、エジプト文明も、古王朝時代は銅石器時代か、
あるいは、単なる新石器時代だけどね。文字もあったし、
広大な土地が王によって支配されていたことが明らかでは
あるが。まあ、あそこは青銅器はなかったからな。

265 :出土地不明:05/01/19 23:42:41 ID:+wDiiJ/T
新石器時代だの青銅器時代だのという区分に今どき意味があると本気思ってる?

266 :出土地不明:05/01/19 23:59:38 ID:oJbTtWQ0
>>265
思っている。っていうか、この板では、邪馬台国問題から、
ヨーロッパ系の話も、ネアンデルタール人も人類600万年も
全部相手にしているからね。時代の切れ目は大事だよ。
たとえば、現代は、全世界的に鉄器時代以降なんだよね。
アフリカの狩猟採集民も、みな鉄器時代に突入している。
これはすごいことだ。

267 :出土地不明:05/01/20 20:13:56 ID:/g5Ggng2
>>264 >>266
ならば、先史時代、と訂正してもらう事にして。

夏を先史時代と分類する事に異存はないが、
商の武丁の時にすでにかなり完成された形となっていた文字が
どの程度歴史を遡るものなのかは全く謎のまま。
夏を先史とするのは、しょせんは機械的な分類であるという事は忘れてはならない。

268 :出土地不明:05/01/20 22:03:47 ID:Ffgtb1Qd
>>267
甲骨文字(あるいは金文も含めて)が、どういうものなのか
は非常に難しいですね。周代になっても、どうやら文字の伝統は
一部の人たちの門外不出のような伝統があって、周王の工房だけ
で、文字入りの青銅器が作れたようなところがある。
殷代でも、甲骨文字が出るだけで、一般的に利用されていたとは
思えない。だとすると、ものすごい少数のひとだけがそれを作り、
つかっていた。エジプトあたりが、碑文やらなにやらで大々的に
つかっていたのとは違うようです。
シュメールの文字は、トークンから始まって(新石器時代にすで
にはじまっているらしい)、経済的な記録として発達したので、
おおくの商人、交易人たちも、また農民も部分的につかっていた
ようで、逆に、王の偉業を伝える碑文のようなものの発達が遅れた
部分があります。非常に普及していた。だから、文字もいろいろな
民族が使うようになり、広まった。エジプトは、どうやら、王様
の偉業を記録するためのもののような感じがして、でもすぐに
一般的に広まっていった。「二日酔いで休暇」なんて記録が、
ピラミッド作りの職人たちの勤務記録に現れたりするわけで。
中国はそういうことがないようです。じゃあ、少人数だけで、語り部
的な存在だけが、文字を管理することができるか、っていうと、
現代の例では、トンパ文字なんかがありますね。まあ、これは、漢字の
影響がありますが。

269 :◆53cmjHPmWw :05/01/21 02:40:22 ID:NvYesMed
甲骨文には5つの段階があって、
王の交代と同時に、易者や書記官までもが入れ替わる「断代」現象が見られます。
先王の呪術団は追放か殉死かしたのかもしれません。
その間に次王の呪術団は、何らかの形で教育訓練を受けていたのでしょうかね…。
あと、金文の銘をたぐると、商末あたりから「私は功を立て、王より褒美を受けたので金の器を作る」
という文言が現れるので、諸侯のオーダーに応える職人集団も増えてきつつあったろうなと思いますよ。

270 :暇つぶしにみてます:05/01/27 12:19:31 ID:akKjRbFd
漢字は表音文字としての性格と、
(方言ごとに実現が違う
 抽象的な音素かもしれない、
 アルファベットのR音みたいな)
および指示=シンボルとしての性格
(これは完全に抽象)が基本。

いまでも、
へん+つくりのように両者を
合わせたものがほとんどとか。

271 :暇つぶしにみてます:05/01/27 14:26:47 ID:akKjRbFd
(話の流れが強引かなー)
感覚と反応と言語は
基本概念の時点で
もうちがうと思う。

基本文字、辰と申と辛の音声的代用は
同義ではなく競合問題が回避可能と推測。
※以下は同じ理に依り分業されるかも、の
 参考。義を定めそうな文脈。定義もどき。

「分業」はたぶんある。=発音が同じでも、
「表現」時に「競合」を避けられる「はず」。

視覚空間的後頭葉的処理系は使用中。

辛は言語や辞など。定義・構造系「自我」
義務と権利のような相互の「裏」。疑?
総合なら連合野。ドライな印象は言語で
同じ側頭葉を使う湿量処置系との競合?

272 :暇つぶしにみてます:05/01/27 14:27:41 ID:akKjRbFd
伸長など蓄積・力量系は上位互換性による
情報取捨評価選択の申=バネ。音・振動・
繰り返し=閉路=記憶「表現・参照の自己」
大小比較=湿量=容器。側頭葉〜海馬?

辰、分類上の混乱が義を定める文脈なら、
感覚経験集合操作処理(人格等)の主役
近接性と推定。辛さなど味。「焦点の自身」
前頭葉〜嗅脳。頭頂葉前側の担当分も?

⇔中国は戌=記述計算の乾量(1≠0.999…)
座標・位取り記数法。分(ぶん)。「分離可能」
並列化可能=回転や移動等空間処理向き。
「所与・責任の自分」頭頂葉、特に後部…?

ヅラだけがあった(独立・一致=離散距離系)
頭髪は混然と地肌を覆ってた(図と地の競合)
はげ=領土宣言(参照・位置指示・対比対照)
⇔残るじげ(地毛)(表裏=依存・疑問と解決)

※危険なので直接引用はしてませんw

273 :暇つぶしにみてます:05/01/27 14:32:21 ID:akKjRbFd
あやしいぜんていのうえのけつろん:

商のうえが辛だとしても痛い話にする
必要ないとおもわれ。
・・・しゅみ?

商業取引・経済収支などの記録に使う
文字体系が多くの民族を一つにしたかも
くらいでいいのでは。

アルファベットほど発音などの具体に
結びついていないだけで、歴史は同様
というわけ(より政治的統治的としても)

274 :出土地不明:05/01/28 01:41:52 ID:4PWKgNM8
>>269
まあ、トンパ文字みたいなものだったわけですねぇ。
普段、どうやって、練習していたんだろ?
「英雄」っていう映画では、砂の上に字を書いていたけれど。
甲骨文字は、原則、象形文字っていうよりは、かなり音節文字
に近いです。当時の漢字音は、非常に複雑で、しかも、屈折が
あったようなので、音節の数も大量にあったはずで、そうなると
文字の数も、必然的に増えて、結局、意味と文字が強く結びついた
ために、そこから、逆に表意的な意味が増えてきたと思うわけです
が、ただ、金文などの文字をみると、白川説のいうのも正しそう
な感じがしますけれど、うーん、本当かな。


275 :出土地不明:05/01/29 14:06:28 ID:RPGOQ9tP
史記では殷は衰退して周に滅ぼされたとされているが、しかし実際に殷の遺跡を幾ら調べてもその時期に殷が衰退した根拠は見出せない
むしろ繁栄を裏付ける根拠ばかりが見つかるそうだ。
そのことから殷の衰退は兵力の中核だった異民族の兵士達が周に呼応して反乱を起こしたからだとも言われている。
兵士達にしてみればどんな手柄を立てても奴隷のままだし。
それどころか何かあれば生贄にされて首を刎ねられる。そんなのはたまったものではないから反乱したのだろうってことだけどさ。。

本当のとこはどうだろうね?
史記が正しいのか研究からの推測が正しいのかだ。
私は司馬遷が基本的に好きなんだけどね。彼のおかげで日本では神話でしか伝えられない時代のことがかなり正確に伝わっているのだからな
そんな偉人を疑いたくはないのだけど

276 :出土地不明:05/01/29 14:43:00 ID:d2c/RkFP
>>275
殷(商)の王の系図の類は、史記と、甲骨文字の解読によるものが、
一カ所をのぞいて、同じだったとされているので、たぶん、しっかり
はっきり残っていたのだろうと思う。ただし、文化人類学などの研究
でも、系図は口承でもかなり残るとされている。世代の数などはまち
がえにくい。それぞれが、自分の先祖をしっかり暗唱している場合が
ほとんどだ。20世代くらいなら、かなり記憶できるらしい。
ただ、エピソードは残りにくい。
殷(商)における文字使用は、かなり限定的で、占いとか、そういうの
が主体。あるいは、青銅器に書き込むとかが中心っていうのが一応の
考古学的な成果で、まだまだ、木簡や竹簡の類がみつかっているわけ
ではないので、そこから考えると、普段の行政文書などがどれだけ
あったのかっていうのが疑問。記録も限定的だったとすれば、1500
年くらいの時間で、物語はいろいろ付加されていって、伝説のように
なり、当初の殷周革命のありようとは違うものになっていたと思う。
つまり、史記は、伝承をかきあつめたものではあっても、けっして、
記録をベースにしたものではないと思うのだ。

277 :出土地不明:05/01/29 15:48:54 ID:QChyFyXT
殷周革命のエピソードは殷側じゃなくて周側に残った
文書がネタ元でしょう。後に尚書にまとめられたような。
殷時代のエピソードは宋にけっこうあって、後に散佚したん
じゃないかな。

278 :出土地不明:05/01/29 18:49:44 ID:RJStC5J3
司馬遷で思い出すのが、五帝や黄帝を史記にいれるかどうか
迷った話。黄帝信仰がある土地を訪れると、明らかに中華文明としての
類似点が見られ、他の土地にはそれが無い。
よって黄帝の話は何らかの歴史的事実を反映したものと
推測される、と。

279 :出土地不明:05/01/29 18:54:29 ID:fGmee6aU
黄帝神話なんて戦国時代より古い史料はない。
五行説ができてからの話だよ。

280 :出土地不明:05/01/29 23:07:29 ID:/P+BPg5A
>>275-276
史記の古い所はほとんど尚書春秋国語その他の丸写し。
司馬遷に文句を言っても仕方ないかと。

>>279
今の黄帝説話は戦国時代発祥かもしれないけど、
黄帝自体はそれ以前からいたようですが。

281 :出土地不明:05/03/09 17:18:11 ID:t4DhteGG
      巛彡彡ミミミミミ彡彡
       巛巛巛巛巛巛巛彡彡
   r、r.r 、|:::::           | 
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  | )   ヽノ |.  ┃`ー-ニ-イ`┃ 
  |  `".`´  ノ   ┃  ⌒  ┃|  
  人  入_ノ´   ┃    ┃ノ\ 
/  \_/\\   ┗━━┛/ \\
      /   \ ト ───イ/   ヽヽ



282 :出土地不明:05/03/10 06:51:55 ID:qmkpOU0/
「夏」の前は、当然、「春」だろう。

283 :出土地不明:05/03/10 07:45:50 ID:+SWEn+EK
>>280
黄帝は普通名詞。いろんな地方のいろんな神がごっちゃになってる。

284 :出土地不明:2005/04/06(水) 00:13:47 ID:LVmUlu/A
>>282
残念ながら、「春秋時代」は、周の途中からだ。

285 :出土地不明:2005/04/08(金) 19:12:13 ID:D1HVGLIw
あとは冬だけだな

286 :出土地不明:2005/04/10(日) 16:18:57 ID:2fryJQsl
殷の王の宮殿ってどんなのだったの?


287 :出土地不明:2005/04/13(水) 16:04:23 ID://cYlEZ7
歴代の中国王朝の宮殿と変わりなかったようです。
更に夏と仮託されている遺跡も中華文明の類似点ありまくり。

288 :出土地不明:2005/05/06(金) 12:13:56 ID:7zGJmppl
系図を希望

289 :出土地不明:2005/05/06(金) 14:43:08 ID:7ubV5sd9
史記でも読んだら?

290 :出土地不明:2005/05/13(金) 01:26:03 ID:voKDJyRn
禹━━啓━┳太康                                  ┏不降━━孔甲━━皋━━発━━履癸
          ┃                                ┃
          ┗仲康━━相━━少康━━杼━━槐━━芒━━泄━┻?x6243;━━?x53aa;


291 :出土地不明:2005/05/15(日) 05:54:50 ID:tonFytKy
最近になってこの年代に興味を持ち始めたのですが、初心者向けの本を教えてもらえませんか?


292 :出土地不明:2005/05/22(日) 13:47:54 ID:xWCNL/Pk
>>291
宮城谷の小説くらいが無難じゃないかね

293 :出土地不明:2005/05/28(土) 15:36:54 ID:GlhXY+mG
馬車出ました。2頭立て2輪で馬ごと殉葬らしい。横木と轅もあります。
右の写真をクリックすると、手前の馬車の後ろに人骨。奥に人が立っ
ていて大きさが比較できます。

http://j.peopledaily.com.cn/2005/05/27/jp20050527_50407.html

294 :日本@名無史さん:2005/05/28(土) 18:07:21 ID:4On0FrgL
ところでこの馬車って木製だよね?
こんな綺麗に出てくるもんなんだ・・・

295 :出土地不明:2005/05/28(土) 22:32:06 ID:GlhXY+mG
木製、の筈です。スレタイ絡みで話題を振ると、ニ里頭の轍の
幅が殷の馬車の車幅とは違うから、ニ里頭は少なくとも殷後期
とは異なる文化だろう、という話がsるようです。

296 :出土地不明:2005/05/29(日) 10:02:18 ID:NkwUHAAV
>>293
年代から言って、夏殷並存の証拠になるのかな。

297 :出土地不明:2005/05/29(日) 10:46:14 ID:FZsCVM6U
>>291
夏に関する本は、最新の研究も踏まえてある
↓が手頃じゃないかな。疑問点がないでもないが。

ttp://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=03061216
夏王朝 王権誕生の考古学 / 岡村秀典
講談社 本体1900円 20cm 249p 2003.12

最近こんなのも出たが、まだ読んでない。

http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=05023247
夏王朝は幻ではなかった 1200年遡った中国文明史の起源
岳南 著 朱建栄 訳 加藤優子訳
柏書房 本体2800円 276p

現在の中国での、自分にだけ都合のいい歴史認識(古代〜現代までずっと)は
ご存じの通りなので、全部真に受けない方がいいよ、たぶん。

殷の本はたくさんあるから省略。

298 :出土地不明:2005/06/07(火) 14:56:11 ID:VycN2P1q
建前はともかく考古学はしっかりやってるように見受けられるが、その辺りはどう思う?

299 :出土地不明:2005/06/07(火) 16:53:50 ID:c0vJ3dRg
というより高度経済成長の開発ラッシュで
遺跡が自動的に見つかってるだけ>中国

300 :出土地不明:2005/06/07(火) 20:43:35 ID:VycN2P1q
ということは、自動的に発見された遺跡をきちんと調査してるんだな?
予算や工期の都合で遺跡を隠蔽・破壊してるどこぞの国とは大違いじゃないか。

301 :出土地不明:2005/06/07(火) 22:18:47 ID:0/Gfw2se
ある種の国威発揚政策として考古学に力を入れてるという面はあるんじゃ
ないの?もともと歴史好きな民族だし。衣食足りて礼節を知る、ってわけ
で経済に余裕が出てくれば文化に関心が向かうのはどこでも同じかと。

302 :出土地不明:2005/06/09(木) 07:32:49 ID:NEiXQCf6
その代わり今ある文化財の保護にはあんまり力を注いでいないという現実がある。
万里の長城だって悲惨の状態らしいし、
共産党の若手の幹部候補生に、中国らしいところを案内してくれと頼んだら
上海の高層ビル群を案内したという話があるくらいだ。

303 :出土地不明 :2005/06/10(金) 09:30:32 ID:LHX8Ir9x
中華共産主義帝国民族を抹消する際に一族郎党を皆殺しにし各自の墓を数代に
渡って暴くという方式で中華共産民族の純潔性を保つというのが国策だろうから
上海の高層ビル、オーナーが蛇頭というのはありえるね。共産党史というのは常に
罪人を書き換えるわけでから何時見ても斬新であり最近の台湾製のお葬式の
花輪のようにパチンコやの開店と同じでなくっちゃならないわけだろう。靖国が嫌い
なのはそういう歴史の書き換えができない思想には反対ということだろう。

304 :出土地不明 :2005/06/10(金) 09:33:10 ID:LHX8Ir9x
こないだの反日運動で弾みがついて天安門事件が再発した方が帰ってよかった
のかもね。

305 :出土地不明:2005/06/14(火) 22:11:47 ID:yRjLm1fp
http://www.asahi.com/international/update/0614/003.html
だって

306 :出土地不明:2005/06/14(火) 22:50:17 ID:cHvLOyIB
>>305
その記事読んでて違和感感じたのだが、
中国の研究者なら当然の如く夏があったという前提の
物言いをするかと思いきや、何か違うし。

実は中国人も信じてないの?それとも朝日の意訳?

307 :出土地不明:2005/06/15(水) 00:39:16 ID:SvftItIc
夏で考古学の論文を検索したところ、夏王朝とあるのは一件だけで、
あとはみな夏文化となっていました。
ということはあれか、ビキニのねーちゃんとかか。

308 :出土地不明:2005/06/15(水) 01:05:18 ID:TgOh53/m
新華社もそんな調子だったね
どうしたんだろう中国・・・

デンパたれ流さない中国なんて中国じゃないやい

309 :よろずこ:2005/06/16(木) 23:47:23 ID:7XlRJT2B
>>307

ttp://www.butsuyoku.net/shokugan/okinawa/images/15.jpg

ここも中国だ!
とかいいそうだが。

310 :出土地不明:2005/06/17(金) 02:35:56 ID:RoyZXIo+
ネット上では「沖縄を解放せよ、中華大家族への復帰を」
なんていう妄言が盛んだよ>当然共産党工作員の扇動

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