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編年 編年 土器編年

1 :出土地不明:04/01/06 01:38 ID:1/w1DeZB
さぁ、おまいら、日本考古学の保守本流、土器編年について
ぜひぜひ語って下さい。ホント、オネガイシマスヨ〜

2 :出土地不明:04/01/07 03:45 ID:O1laifss
土層は土器にまさる

3 :出土地不明:04/01/07 07:00 ID:UO4g9obJ
でも土層では新旧関係しか決められないよ
考古学の世界では。

4 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/07 09:19 ID:ZI2ed3Qz
>3
層序による編年も、型式による編年も、新旧関係しか決定できないのでは?
まあ、型式の場合は新旧関係というか、序列ということでしょうね。
  A→Z  or Z→A
そこも踏まえて、新旧関係を決定し、その序列を検証できる要因として、
層序は型式に優先するということでしょう。

5 :出土地不明:04/01/07 13:05 ID:bS+jDkzj
名前: 出土地不明
E-mail:
内容:
〔公明党最高指導者池田大作氏レイプ訴訟(信平訴訟)−本稿では時効として門前払いされた昭和48年の事件についてのみ論じます〕「事件の真相は不明。真偽の程は不明」
フランスでは、創価学会はカルト教団であると認定されています(1995.12仏国民議会において認定)。
そのカルト教団が日本では公明党という政党を有し、与党となって国政を動かしています。
世界の先進国からみれば笑いもの以外のなにものでもないと思います。
ところで、1996年2月、創価学会の元女性信者が公明党の最高指導者池田大作氏から受けた、
昭和48年、昭和58年、そして平成3年、の3度にわたったレイプ行為を告白しました。
そして、同年6月、レイプ行為などで精神的苦痛(恥辱)を受けたとして、池田氏に対して損害賠償請求訴訟を起こしました。
ところが、東京地裁民事二十八部(満田明彦裁判長)は、原告の求める事実審理、証拠調べを一度も行なわないまま、
原告らが求めている請求のうち、信平信子さんの請求分全部と、信平醇浩さんの請求分のうち、
昭和48年の強姦に基づく請求分を弁論から分離し終結、平成10年5月26日、3回の強姦は「除斥」「時効」にあたる(信平信子氏の請求分)とする中間判決を言い渡しました。
本稿では、事実審理・証拠調べが一切行われないまま時効として門前払いされた昭和48年の事件に焦点を当てて論じます。
以下、ご参考に原告の元信者の手記を一部掲載します(「週刊新潮」平成8年2月22日号 信平夫人の手記より引用)。
池田が大沼に初めてやってきた日から三日目、昭和48年6月27日の夜のことでした。
それから起こる恐怖と屈辱の体験など、察知する由もなく、私は、自分の仕事として、それまでどおり午後9時に、池田の布団を敷くため三階に上がっていきました。
すると、初日も二日目もその時間には部屋にいなかった池田が、寝室隣の執務室にいて、何か、書きものをしていたのです。
私は、「失礼します」といって中に入り、邪魔をしてはいけないという思いから、寝室と執務室の間のふすまを閉めようとしました。
ところが、池田は、「そのままでいいよ」と言うのです。
私が、池田に背を向ける形でシーツを整えていた時です、池田は、前かがみになった私の背後から、いきなりのしかかってきたのです。アッという間のできごとでした。
池田は、私を押さえつけたまま、肩の方から手を伸ばし、私のブラウスのえりとスリップのひもを一緒に引っ張りました。
夏物の薄いブラウスですから、ひとたまりもありません。ボタンがバラバラとちぎれ落ちました。 スカートもビリビリに破られました。
池田は、「ハッ、ハッ」と荒い息を吐き掛けながら、「下着は一枚だね」 と言って、私の下着の中に手を入れてきました。
ものすごい力で押さえつけられた上に、恐怖で声も出せないでいる私に、池田は後ろからグッと突いてきたのです。
あがき、もがいて、抵抗を続けていた私は、目の前が真っ暗になり、うつぶせになったまま、失神してしまいました。
どれほど時間が経ったでしょうか。気を失った時はうつぶせだったはずなのに、寒さを感じて気がついた時、私は、仰向けで布団の中に寝ていたのです。
私が這(は)ってドアまで行こうとすると、池田はしつこく追いかけてきました。
ドアに頭をぶつけ、心臓はドキドキして、ここで殺されるのではないかと、本当にそう思え、大変な恐怖でした。
ようやくドアを開けて、二階にかけ降りると、トイレに飛び込みました。激しい吐き気に襲われ、それはしばらく続きました。
そして、気持ちを鎮め、下腹あたりについている体液を何度も何度も拭きました。皮膚が赤くなっても、なお拭き続けました

6 :出土地不明:04/01/07 18:15 ID:wfS2D76S
>>4
土器なら、他遺跡と比較できます。
他遺跡と比較して意味のある土層は非常に少ない。

7 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/07 19:06 ID:wpHLKnk7
>>6
土層は〈交差編年〉には使えないという意味でしたか。


8 :出土地不明:04/01/07 20:12 ID:n0R7YBJa
編年に限らず、用途は土層よりも土器の方が多いでしょうね。
属性が非常に多いので、新旧の比較や類似性の判定に使いやすい。

とはいえ、攪乱や捏造を見抜く目があれば土層はウソを付かない。

9 :出土地不明:04/01/07 22:21 ID:2vzN54wo
土層も土器も嘘をつく。

10 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/07 22:36 ID:wpHLKnk7
遺構も遺物も嘘はつかない。
間違えるのはいつも人間。
嘘をつくのもいつも人間。

11 :出土地不明:04/01/07 22:47 ID:nz/SPpsO
そうだよなぁ。
遺物や遺構や覆土にいかに語らせるかってのが重要だよなぁ。

12 :出土地不明:04/01/08 02:38 ID:eEb+9vLw
いいんだよ。つじつまさえ合えば、理屈さえこねくりまわせれば
遺物をと遺構、遺跡を縦横にかたることができるぜ!

13 :出土地不明:04/01/09 19:00 ID:Le1jTEAY
>>12
でもそれじゃあ面白くない

14 :出土地不明:04/01/09 19:08 ID:EUjt0Z7O
>>12
捏造じゃなくて、暴走する解釈か?

15 :出土地不明:04/01/09 19:58 ID:9JNJDE4u
>>12
それこそ歴史の捏造。

でも、事象を解釈をする以上、意識的にではないにしても
みんな、その事象に自分の中にある物語を投影しているわけだ。


16 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/01/09 21:04 ID:BAhh94Dz
間違えるのはいつも人間。
嘘をつくのもいつも人間。

17 :出土地不明:04/01/21 23:04 ID:q8rt4ys+
age

18 :出土地不明:04/02/03 02:02 ID:o8otk1hz
土器編年なんて結局思いつきだよな。
思いつきは正しいときもあるしそうでないときもある。

19 :出土地不明:04/02/16 23:42 ID:wowoQs5V
おい日本考古学の保守本流落ちちゃうぞ

20 :7colors:04/02/17 00:00 ID:ti1cMgp8
落ちちゃえばいいじゃん。

21 :7colors:04/02/17 00:01 ID:ti1cMgp8
別に関係者以外、誰も困らないよ。

22 :出土地不明:04/02/18 00:38 ID:aZovlOfz
保守





ネタが無さそうなので皿仕上げ

23 :出土地不明:04/03/03 01:12 ID:d/LraYOS
ooi

24 :出土地不明:04/03/24 05:25 ID:/xkQ2XxT
共伴遺物。木簡とかは見ろって言われましたが。そこから他遺跡と比較。
地域性もあるし、かなり混乱しましたけど。

25 :出土地不明:04/03/24 11:36 ID:i1mQpXsD
思いつきか?
文章どうにかしてくれ。

26 :出土地不明:04/03/24 21:25 ID:jRP0EoHX
この時期に木簡ってことは、アレか?

27 :出土地不明:04/03/25 00:54 ID:QdKIX95a
>>24
かなり混乱してそれでどうなった?

28 :出土地不明:04/04/24 12:58 ID:Hru5/znh
スルーかYO!

29 :出土地不明:04/06/11 16:42 ID:ubNRjW/u
age

30 :出土地不明:04/06/19 13:12 ID:KltGyYRa
弥生土器の方々に質問。
論叢神奈川の最新刊読んだ?
ど、どうなの?
スゲー、怒ってるのはわかったんだけど・・・。

31 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :04/06/19 13:14 ID:er5xKxOH
>>30
概略ぐらい、教えてくれ。

32 :出土地不明:04/06/19 18:51 ID:KltGyYRa
>>31
スマソ。
小田原式土器の復権を主張されています。
宮ノ台という型式名の妥当性についてなども
問題にしてられました。
あとは、行政発掘はよくない、とか・・・。

33 :出土地不明:04/07/07 22:35 ID:CuOEBxt/
フル0ってどうなってんの?

信用できるの?

34 :出土地不明:04/07/14 00:03 ID:AUUNmQ0n
何をどう信じたいの?

35 :d:04/07/14 03:03 ID:puIVlIjQ
トヨタ尾行自動車ですか トヨタ交尾自動車ですか
トヨタ社員によると三菱車は放火だろうと 
トヨタ社員でなければいいが。

36 :無名武将@お腹せっぷく:04/07/16 21:31 ID:OFBcMSl7
とにかく信じなさい。

さもないと、学会から無視されるよんw

37 :出土地不明:04/07/17 00:21 ID:DTto6+tY
>>36
関西だけだろ。信じないとヤヴァイのは。

38 :出土地不明:04/07/17 09:09 ID:AFXqmvJP
そんなことない。発掘現場逝ってみ。どこでも良いから。

39 :出土地不明:04/07/17 11:32 ID:53cfsi7W
関西は確信犯、気づいていない香具師、触らぬ神〜
も含めて相対的にヤヴァイと思う。

40 :出土地不明:04/07/18 21:58 ID:iR2cGW4/
藤村氏が偉いさんでイパーイいるから下手に物が言えないのよ・・・・・・・ (;´Д⊂)  

41 :出土地不明:04/07/28 23:31 ID:XQMt/6z/
>>36


42 :出土地不明:04/08/04 19:47 ID:jUKxeFKw
>>33
何事にも絶対は無い。地方の研究者のように大阪・奈良の行政内研究者が
個人の脳内で作った編年に盲従するようなことだけはしてはいけないのさ。
何事も疑ってかかれ。正直個人の編年なんてどうでもいいんだよ。

43 :出土地不明:04/10/08 15:14:43 ID:ff3eMnvn
実は最近こんなことがありました。
20年ぐらい前子どもの頃に使っていた食器や家具等が、
おさがりとして祖母の家で今もまだ現役で使われていたのです。
懐かしーと思いました。

土器ってこういう風に若い世代は最新のものを使い、
古くなった使えるものは上の世代の家庭に持ち込まれて使われという感じで、
残っていったのでしょうか。

44 :出土地不明:04/10/16 21:01:04 ID:JVa9QFwd
関西圏の須恵器編年と九州(特に南部)の須恵器の編年は
年代において一致するんですか?
例えばTK47が5C末〜6C初に比定されていたと思いますが、
それは九州や他地域においても同時期に比定されているのでしょうか?


45 :出土地不明:04/11/16 18:37:37 ID:JqxtlQv5
九州は、というかほとんどの土器は編年で年代比定されるから、わかんね。

でも、九州については編年よりかなり古い物が次々出現してるから、考古研も困ってたりする。
それも土器に限らず、遺構等も。

46 :出土地不明:2005/03/22(火) 21:13:55 ID:fsal65UH
保存処理済

47 :出土地不明:2005/03/22(火) 22:59:32 ID:WPPd9ERC
土器はそれほど持ちがよくないみたいだから、使い捨てに近いようだね。


48 :出土地不明:2005/04/11(月) 10:33:00 ID:DxdF+SlO
              / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
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49 :出土地不明:2005/04/11(月) 12:27:09 ID:TVhtQlXb
>>47
一致する。TK47はどこにいってもTK47。年代も一緒。

ただ、地方にいくと、「TK23的な要素を残したTK47」とか、
「TK208的な要素をひきずっているTK47」という須恵器がありえるから、
そんなのは古い須恵器だと誤解されがち。
古い要素を残した新しい土器、というのをどれだけ正確に見分けることが
できるか、これが優れた研究者の鑑識眼。

50 :出土地不明:2005/04/11(月) 13:44:12 ID:vb0fJkBE
カブトムシの糞を、炭化した米と間違うヤツらに何がわかる?

51 :出土地不明:2005/04/11(月) 15:55:22 ID:pvjhYCp8
炭化した米と間違った人なんていませんが何か?

52 :出土地不明:2005/04/13(水) 21:29:57 ID:M9XRBeDi
耐震 耐震 新耐震 おまけに耐震促進法!
窓とかに鉄骨補強入れられると、部屋が一周り狭くなるんだよね。
資料室の真ん中の作業スペースが10畳から6畳になっちゃったよ。

53 :出土地不明:2005/05/14(土) 23:29:13 ID:i6Vqz3yd
編年が考古学の本流かどうかは別として、考古学的な手法にによる編年研究

は必要。いわゆる「型式論」が話題に載らないのはちょっと寂しいか。

型式論はそれ自身で相対年代を決められない。大前提して、層位が必要となる。

つまり、原則的に、型式論は新しい地層から出土した考古学的事象と古い地層から出土した

考古学的事象を結びつける方法なのだが。例の前・中旧石器遺跡捏造問題の時

に、層位の実年代が重視された科学的な考古学の影に隠れてしまった。科学的な

考古学にしようと地質学をストレートに導入したところに、落とし穴があった。

 また、考古学の論理性がないと揶揄された。考古学は型式学的な方法で

相対年代をまず重視した後に、実年代を問題にすべきだった。

ネットの世界で有名な難波先生も、問題点を取り違え、訳のわからん

議論になった。 考古学は本来の手法、まさに生まれた時から持っている

古典的な手法である型式論を見直す必要があるのだ。

最近、はやりそうなポストもポスト・プロセスも、編年を抜きには

成立しえない。

 この板では、型式論を突き詰めて、類似と多様性を出現させる考古学的事象を

の意味を読み取らなければならないと思う。

 考古学徒よ 臆することはない。自らの手法に立ち返ろう。そうすれば。

差異とか差異の戯れなど現代哲学と連動した 人文学的な考古学への

道が開かれる。科学的なという言葉に惑わされるな。人文的な言明が

科学を支えているのだから。

僕はこの板に賛成する。 敢えて言う、科学主義などに惑わされるな。

54 :出土地不明:2005/05/14(土) 23:41:14 ID:i6Vqz3yd
 最近、こうした掲示板を読むことを覚えた私なので、なかなか流儀

が判らないが、考古学とは意気消沈している。これもあの忌まわしい

前中期旧石器遺跡捏造事件に直接的な原因があるが、その遠因は考古学が

徒が考古学を信じていないからだ。もう一度原点に戻ろう。

55 :は?:2005/05/15(日) 00:28:28 ID:gyERRMsb
53 :出土地不明 :2005/05/14(土) 23:29:13 ID:i6Vqz3yd
>ネットの世界で有名な難波先生も、問題点を取り違え、訳のわからん
>議論になった。
54 :出土地不明 :2005/05/14(土) 23:41:14 ID:i6Vqz3yd
>最近、こうした掲示板を読むことを覚えた私なので、

キャラクターの統一に失敗してますよ、おっさん

56 :出土地不明:2005/05/15(日) 01:40:32 ID:NJ0C0PSL
55さん ありがとう 結構反論はうれしいものですな。いやー やっと ここの

一員になられた気分。おっさんは まだキャラクターの統一の意味が

わかりませんが。



57 :出土地不明:2005/05/15(日) 08:11:01 ID:Civ5wfuU
>>56
ようするにあなたが、件の「先生」ではないのか、ということだ。

Nせんせの大活躍  →過去
あなたのネット生活 →最近
過去ログほじくってきたかor御本人か。
いずれにしても面白いので「HN変えてもいい」ので化旗鼓してください。

58 :出土地不明:2005/05/15(日) 09:50:55 ID:+EJ25GFZ
>57「青森県遺跡探訪掲示板旧石器捏造事件ログ」を友人から

   コピーしてもらいました。結構な量でしたよ。





59 :出土地不明:2005/05/15(日) 10:25:58 ID:+EJ25GFZ
> 57さん 私は難波先生ではありません。
  
  N先生は最初の頃。○○は××だ。△△は○○だ。だから

  △△は××だという 話の組み立てでした。

  しかし、最初の○○は××だという定義が、「帰納」の方法なのです。

  帰納法は窓の外通った百匹の猫は黒猫だった。だから、百一匹目の
  
  猫も黒猫だと普遍化することですので、話が前に行きません。

  ところが、本人は このことに 気付かれていない あるいは

  知っていても 表にださなかった。不毛な議論がつづくといった

 ところだと思います。

  というように、科学的なお話ではなく、哲学的なお話だと思います。

  それは、あまりにも人文学的な事柄ではありませんか。「HV」を

  変えるというのは コナーを変えるということでしょうか。

  私は 1番さんの「小さな文字」に、考古学をしている人の、今の

  状況が良く表現されているので、ここでいいんじゃないかと 思って

  いますが。
  
  面白かったというのは、具体的な命題の形で、表現して意いただければ。
  話はそれてしまいましたが、
  

60 :出土地不明:2005/05/15(日) 14:40:31 ID:+EJ25GFZ
土器の新旧関係を一覧表にするのが、今のところ 型式論。

この土器の新旧をどう利用するかは、少し 次元のずれる問題。

土器を新旧の一覧表は土器自身の分析もあるが、その大前提が層位。

ここまでは、みんなの意見がほぼ一致している。

問題は一覧表を支える根本原理。一覧表に整然と並べる方法は

単純に 層位的事実の積み上げではなかった。少なくとも、

これまでの土器編年は。

そこには、多様性をどのように 単純化するか。 単純化することができるのか

これまで、提示された 一覧表の仕組みに問題はないのか。

土器の多様性はこれまでの一覧表だけで説明できるのか。

様々な 読み取りが可能であり、問題提起ができる。

だから、昨今のC14年代測定法を用いたいわゆる科学的な編年研究は

考古学の手順を間違えていると思う。 キー層だけで、編年してしまった

例の事件と同じ構図を見て取るのは私だけだろうか。

保守本流には、やることがあるのだ。

そこで、聞きたい そもそも 型式論を支える 前提とは なんだ。

そこから、次のステップが見えてこよう。


61 :は?≠57:2005/05/15(日) 15:36:11 ID:ukxuIUij
53さん、すまんかった。昔からネットでオチしている人のイタズラかと
誤解しました。N氏ではあっても奥○○さんだったのですね。

どうぞご発言をお続けになってください。ただ、1行あけはかえって見づらいので普通に詰めて書いていただけますよう願います

62 :出土地不明:2005/05/15(日) 18:25:33 ID:rOtZ1yEF
>>61さん ありがとうございます。私はそんなに メジャーじたないので
きっと 違う人だと 思います。 

>>1さん 何か 書き込みを マジだっていいじゃないですか。
お願いしますよ。

63 :出土地不明:2005/05/16(月) 19:40:40 ID:ofwK5/Ml
新地平編年(?)っていうの。縄文中期をすごく細かく段階区分してるけど
あれについての評価はどんな感じなのでしょうか。賛成、反対、傍観、良くわからない
とまどい。

64 :出土地不明:2005/05/16(月) 20:25:04 ID:ofwK5/Ml
(縄文土器の場合)土器編年に言及する際には、学史的な脈絡から、型式論を考慮しなければならない。しかし、編年という側面を重視すれば、「多様な土器を時系列に置き換える手法」
と言い替えることができる。しかし、現実の土器の多様性は時間に起因したものばかりではないはずだ。ここに、層位的事象では把握できない縄文土器の編年という分析の意味があると考
える。型式論の存在理由はここに由来するといって良いだろう。しかし、ここで注意を喚起しておきたいのは、型式の概念が一様ではないという点である。このことが、土器の多様性を型
式という用語で整理する際の共通認識を妨げている。
まずは「型式とは何か」という陳腐な疑問を投げかけたい。そのことが、63で述べた問題と連鎖してこよう。

65 :出土地不明:2005/05/16(月) 22:33:42 ID:r1RXtOdc
むかし「型式」について「現代人の認識における分類の一単位にすぎない。したがって,過去においてこれにいかなる既知の人間集団を当てはめることもできない」と書いたら、全文削除されて違う奴の文章が掲載されていたことがあったなあ。
遠い昔の話ですが。
別に杉原荘介でもチャイルドでも張光直でもいいんだが、「型式=人間」という理解は止めてもらいたい。

66 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :2005/05/17(火) 10:36:48 ID:g/UpipK+
>>65
「型式=人間」
どっちかと云うと「型式=集団」のイメージかな…

67 :出土地不明:2005/05/17(火) 18:16:32 ID:qIsNzdTV
65さんの意見が正しいと思うけど、型式論には66さんのイメージもある。
これは日本考古学における「型式」論の学史に問題がある。山内型式論における
型式は単なる編年の単位・・・連続する多様性を任意に区分したものと定義される。
一方、杉原荘介氏は型式の背後にその本質=固有の集団とみなした。ところが、
用語が同じであったため、それを使う人は両者を混同してしまった。

68 :出土地不明:2005/05/17(火) 18:25:01 ID:qIsNzdTV
↑ 蝙蝠発言だけど、原則的には「型式」の定義は65さんの立場。
しかし、多様性をまとめる共通性が形成されるとすれば、そこのに伝統を共有する
集団という発想を生むことも可能だ。多様性を共通性でくくる良い方法が必要だが、この手法が
まだ曖昧としている。類似しているという用語だけでは、不十分だと思う。


69 :65:2005/05/17(火) 19:57:06 ID:WeMaSDXg
↑ その「集団」の内容が昔々「手帖」なんかでも問題とされたんだよね。
伝統(というとまた別に定義が必要となるけど集団と絡めるとトートロジーになりそう)を共有する集団とは一体何なのか?
考古学上の仮想概念に過ぎないのか?人類学的に既知の人間集団とどう対応するのか?
今はどうなっているんだろうね。

70 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :2005/05/17(火) 20:01:12 ID:g/UpipK+
>>67
分類単位と編年単位を、常にゴッチャにするのは、日本考古学の特徴

71 :出土地不明:2005/05/18(水) 18:13:20 ID:oN+4pRdE
>>70
分類単位と編年単位を別にするいうところもう少し詳しく説明していただけ
たらと思います。分類するという手続きを経ずに、編年単位にいたることが
できるのでしょうか。

72 :出土地不明:2005/05/18(水) 18:29:27 ID:oN+4pRdE
>>65
 同感です。物質文化と集団を結びつける根拠がないんだよね。
 イアンホダーのシンボル イン アクションでは、部族(?)を表象する物質文化とそうでない物質文化の
アイテムがあると報告されているという話(私は読んでいない)を聞きましたが。
もし、そうだちすると土器は集団を表象するアイテムなのかとかいうことも問題になりますよね。
 これって、ミドル・レンジセオリーではカバーできない課題だと思うしね。
 まさにトートロジー的課題。

73 :岩屋山亜式 ◆CAT9FZUkUk :2005/05/19(木) 10:23:03 ID:tHe2ldBr
>>71
いや、「編年のための分類」に偏りすぎていると云うことです。
「土器分析論=編年論」ではなかろうと…

74 :出土地不明:2005/05/19(木) 18:26:29 ID:etxoOv00
>>73 書き込みありがとうございます。確かに、編年のための分類に偏り過ぎている漢字は否めません。
私も土器の分析=編年だけではないと認識しております。ただ、このコーナーが編年をテーマにしていると考えたものですから。
ここことについては、69さんも指摘されていますが、考古学手帳の高橋護氏も指摘されるとおりだと思います。
私も、縄文時代の単位集団を把握する方法を模索しております。
しかし、いわゆる型式論における「型式」という用語に、その両者を含ませることには反対です。

75 :出土地不明:2005/05/30(月) 16:52:39 ID:r5+c+s+q
>>74
最近はその辺の問題は比較的認識されるようになってきて、
土器に見られる地域色=何らかの人間集団を反映したもの、と単純に捉える
見方は減ってきているような気がしますが。
むしろ土器屋さんは集団論とか社会論は極力避けて、ひたすら分類に没頭しているような印象を受けます。

76 :出土地不明:2005/05/31(火) 18:51:57 ID:nthSaO6n
土器屋さんは分類のための分類ですか。何の為に分類しているのでしょうかね。


77 :出土地不明:2005/05/31(火) 20:49:46 ID:z3dUhbdv
>>76
それをいうと売るセーバかとかアタマデッカチとかいわれるので話にならない。

78 :出土地不明:2005/06/01(水) 12:57:17 ID:MpVBf775
>>76
そこに土器があるから。
分類できる限りは分類し続けて何が悪い。

79 :出土地不明:2005/06/01(水) 18:30:17 ID:DEgGJk8T
>>78
なぜ、分類できるのでしょう。分類できる限りとはどういう意味でしょう。
まさか、土器を構成する粘土分子の配列の仕方まで分類するの。
それとも、色で分類するの

80 :出土地不明:2005/06/01(水) 19:40:42 ID:DEgGJk8T
>>79
いやー、きっと重さで分類するんじゃない。

81 :出土地不明:2005/06/01(水) 19:42:53 ID:DEgGJk8T
ところで、ちょっと気になるんだけど。
土器編年ってどういうテーマなんだろう。

82 :出土地不明:2005/06/01(水) 19:48:01 ID:DEgGJk8T
>>77
 がんばって、話にしましょうぜ。
 78みたいな意見もでてきたし。

83 : :2005/06/01(水) 20:01:54 ID:f2E2JuaX
土器編年研究は、あくまで時空間単位の細別化(場合によっては大別化)
の研究と割り切っている場合が多いのでは?前に出てきた「新地平編年」にしても、
それ以前の神奈川シンポや埼玉事業団編年にしても、その時点で先端といわれてい
る編年研究は、たいていの場合、空間的には最初から狭い範囲を区切っていて、
その時点における究極的な時間的細別を標榜し、数値・記号による時期設定をして
いることからみて、「型式」区分にもこだわってないようにも見える。
型式=集団論なのは、土器研究では「系統論」や「類型・タイプ」を論ずる細別屋
さんか、土器よりむしろ住居型式や集落論・セツルメント論の方に多いかも?

84 :出土地不明:2005/06/01(水) 22:33:09 ID:DEgGJk8T
土器の時間的細分が限定された地域で行われる(地域的偏差の要因を出来うる限り
排除するために)のは手続き的に賛成です。山内型式論でいうところの縦の構造は
それで良いとして、縦の構造を「横の構造」にも反映させる必要があると思います
が、そのあたりはどうなんでしょう?
%

85 :出土地不明:2005/06/02(木) 18:47:05 ID:NZRby+hv
>究極的な時間的細別を標榜し、数値・記号による時期設定をして
いることからみて、「型式」区分にもこだわってないようにも見える

私流に解釈すると、型式論で云々する時代は終わった。今は、型式という用語に
付与されている様々な概念や予測から離れて、純粋に 土器の推移を記述するという
意味でいいのかな。とすれば、土器の変化の記述は土器そのものから離れて、遺構
の切り合いなど、土器の変化の外部に、細分(区分)の基準を求めるということに
なののかな・・・・。うううううむ。

86 :85:2005/06/02(木) 19:11:55 ID:NZRby+hv
83氏の問題提起の意味は大きい。なぜなら、私の解釈が正しければという保留つきだが、
土器の多様性や共通性を時間や地域差、場合によっては集団差に置き換えてきたのが、こ
れまでの土器研究だった。常に土器が主役だった。そのことを転換しようという意味合い
が込められていると私は読む。土器の外部から土器の変化を記述する。それはこれまでの
土器による編年研究とは全く異なる研究の脈絡の中にある。それは何を意味するのか。
遅ればせながら、やっと新地平編年の持つ奇妙な違和感が言葉になった。土器は編年の基
準ではないということか。


87 :85:2005/06/02(木) 19:15:14 ID:NZRby+hv
まさに、反型式論だな。

88 :85:2005/06/02(木) 21:03:03 ID:NZRby+hv
C14年代測定法による細かな年代が得られ、それによって土器が時間軸に沿って並べられたとしてもその意味を読み解くのはC14年代ではない。そこには、改めて差異と類似、分類の問題が再浮上するだろう。
物理的な方法による年代測定には抗し難い魅力がある。しかし、これは、キー層の問題と同質ではないか。考古学研究における「差異」と「類似」に意味を論理的に付与し、考古学的な事象を読み解くことが必要ではないのか?
自問自答になってしまうが、編年の意味が、なぜ、時間の軸に沿って事象を並べることが必要なのか。時間の経過に沿って事象を並べる事の意味とは?


89 : :2005/06/02(木) 23:48:23 ID:YcrN0+Fs
>84
横の構造=地域間の関係(集団間の関係する研究者もいるでしょう)は、
1つは大別型式間の相互作用の研究(小杉(鳥浜等)、羽生(諸磯)、小
林謙(阿玉台))や、型式論と胎土分析を関連づけようとする最近の動向
(歴博研究報告120など)と、型式と別に類型(山口逸弘など)・タイプな
ど、細かな地域性を集団指標と解する研究(可児通宏とか、小林謙の真光
寺タイプとか)があるかと。
ただし、ホダーなどを引いて土器=集団ではないことを積極的に論ずるもの
として、古城、小林正史などの論文も興味深いと思います。



90 :174:2005/06/05(日) 18:16:26 ID:IWZpT5vs
>89
 当然、横の方向の研究も注目されるのではなく、横の方向も同時に整合的に
すすめられなければ、保守本流の編年?にはならないのでは?

 

91 :出土地不明:2005/06/05(日) 23:28:07 ID:c3FoORWw
土器そのものを研究する人は型式=人間(集団)でなくてもかまわない。
分類して編年が出来ればそれで満足。
集落や社会論をやる人が型式=人間と捉えることが多い。
もし型式が何らかの分類単位にすぎないとしても,その分類に人間(集団)をあてはめようと試行錯誤する。これも当たり前。
でも人骨のmtDNA分析しても当時の人々を既知の集団分類にあてはめることができないのに,どうして分類=人間集団と解釈できるのか


92 :出土地不明:2005/06/05(日) 23:33:22 ID:c3FoORWw
土器における考古学的分類=人間集団との解釈を可能とする適正な検証方法は存在するのか?
誰か教えて欲しい。

91は「当たり前の」位置がおかしかった。前の文章の後にくっつけてくれ


93 :出土地不明:2005/06/06(月) 00:18:14 ID:V7sU7y/F
狂気の法案を拉致問題の安部晋三先生と阻止しよう!!【■■2ちゃんねるが消滅します】

とんでもない言論弾圧法案=「人権擁護法」が国会に提出されようとしています!!!
この法案の真の狙いは@政治的には、在日参政権反対の自民右派の消滅であり、
A社会的には、2ちゃんをはじめとしたネット世界の一般人の小うるさい言論の圧殺です。
民族(朝鮮・中国・韓国)社会的身分(同和)、他一切の差別的発言を禁じるという狂気の法律です。
一刻も早く安部先生達に国民の援護射撃を!
http://blog.live door.jp/no_gestapo/
アドレスにスペースをはさんであります、消去の上、どうか必ずご覧下さい!!

94 :出土地不明:2005/06/24(金) 18:10:37 ID:h9Iq3rOQ
土器の分類=人間集団 を結びつける論理的な言明はないと思う。ただし、小林
達雄氏の「実体化仮説}はそれに該当するかも

95 :出土地不明:2005/06/24(金) 18:26:11 ID:h9Iq3rOQ
分類=集団を論理的に説明する方法は、研究者の論理構成による。文化史学派
によればスタイル=集団とされ、これを疑う研究者の数は少ない。
類似と差異がどうして、物質文化の中に生じているのか。こうした類似と差異の
構造で物質文化を見ることに大きな間違いがあるのかも

96 :出土地不明:2005/06/25(土) 05:33:24 ID:4MdaEKgX
このスレ的にはこの話題はどうなの?

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/archive/news/2005/06/16/20050616dde014040006000c.html

97 :出土地不明:2005/06/25(土) 18:35:01 ID:g+cu0ADy
記事を見る限り二つの問題が分けて考えなければ、(1)別の遺跡の土器を運び込んで
新しい遺跡をつくる。(2)遺物そのものを加工し、捏造する。
どちらも、それが捏造されたものだと断言することは難しい。すくなくとも私にはでき
そうもない。

98 :出土地不明:2005/06/27(月) 18:57:09 ID:YDoRKLLU
山内の型式編年が無かったら、今のような土器型式編年ができているのだろうか。
考古学を勉強する際に最初に、山内型式論が刷り込まれているからだということ
はないんだろうか。不安にならない。

99 :出土地不明:2005/07/01(金) 19:43:13 ID:0rAbiBRK
編年研究というと聞こえが良いが、畢竟 土器の年代と分布を記述すること。
どの土器が古くて、どの土器が新しくて、これらの土器はこの地方に分布している
かを記述すること。これ以上にでもなく、これ以下も意味しない。このことが、現在性から要求
される知識なのか。たしかに、型式編年の軸座標がなければ、考古学的な事象を位置づけること
はできない。しかし、これとても、考古学的な事象の編年を組織しているにすぎない。
時間は永遠に細分されるだろう、そう微分学的に。土器が時間とともに変化するとすれば、それは
永遠の細分となり、まず九州でAという土器がつくられ、次に関東の○○遺跡のあの土器がつくられて
という記述になる。いわゆる縄文土器の時間的な細分とはこうしたことを意味していない。そこに、ある種の
ごまかしがある。系統とか地域という概念である。この概念はすでに、細分すべき土器がある意味を内包している
ことを前提にしている。系統とか地域とかといった概念は何を意味するのか。おそらく、細分される土器群を造った
人々は同じ文化に所属するする。あるいは生物の親子関係のような系譜があることを前提している。


100 :出土地不明:2005/07/01(金) 19:58:38 ID:0rAbiBRK
↑分類が次々に細かに分類されるということは、類似と差異が新に構成されていることであり、それ以前とその分類の
間には何の脈絡もない。もし、その分類がそれ以前の分類よりも精緻であり、より正しいものだとすれば、土器ないし土器群は
何かの本質を表現するものとという思い込みがあり、唯一絶対客観的な分類に至ることになるという確信が必要である。

101 :出土地不明:2005/07/01(金) 20:11:08 ID:0rAbiBRK
↑すなわち、編年の細分は永遠に微分学的である。となり、1メートル離れた地点の土器との交叉編年が必要となる
日も来るだろう。細分という意味を表象的にとらえれば。細分はなんら純粋に何かを見つけ出す、発見する好意では
ない。新たな類似と差異を構築することの不可思議さ。これは新資料の発見に由来するのみではなく、これまで見慣れてきた
土器群にも生じる。この不可思議な類似と差異の戯れは、編年研究のために起こっているのだろうか?
モノと観察主体と観察と観察する行為のコンテクスト。

102 :出土地不明:2005/07/02(土) 00:29:49 ID:yf/CK1TR
編年研究などつまらない。 もっと大きな目で考古学を見つめよう。 
土器を作った人の生活、なぜそのように作ったのか? 
結局、土器編年の研究は世界では1960年代以前の考古学研究の主流。
日本の研究者は世界の考古学に目を向けるべきだ。世界は日本を見つめているのに、日本からは何も出てこない。
日本ではビンフォードのニューアーケオロジーを無視しているかのようにも思える。
ごめんよ、悲観的で。 

103 :出土地不明:2005/07/03(日) 21:04:00 ID:A3Woz6uk
問題の根底にはつまらない編年研究がなぜ必要だという点にある。これは十分に語られなければならない問題
だと思う。
しかし、編年研究の方法は土器の変化を用いたものばかりではないだろう。C14年代測定法など様々な方法が
考えられるのではなかろうか。

104 :出土地不明:2005/07/03(日) 21:17:55 ID:A3Woz6uk
>>102 土器を造った人々の生活や文化を知り、それを歴史学的に研究するために
編年が必要だというのが「編年研究」をする理由だと皆思っているのではないだろうか。
いわゆるニューアーケオロジーを「反歴史学的な考古学」と評価することもできると私
は考えている。その意味ではニューアーケオロジーでは当然なことだが、土器を造った
人々の生活や文化が強調される。
 文化史学派→プロセス→ポスト・プロセスの流れの中で、文化史学派の歴史間とは異
なる歴史主義が登場しているのではないだろうか。
 今、2000年代の初頭の考古学の行方は、プロセス学派の人類学的考古学という視点が
生み出した成果を批判的に評価し、新たな歴史主義的考古学へというのがトレンドでは
なかろうか

105 :出土地不明:2005/08/09(火) 21:38:44 ID:ozSl7dnS
土器を分類して編年するわけだけど。
そもそも、なぜ分類できるのだろうか。
なぜ、類にわけるのだろうか。
極論を言えば、同じ作り手において、造られた土器は全て
時間差に還元されるだろう。
類化ではなく、一つ一つの土器の製作時期に行き着くのでは
類似ではなく、究極の差異化が土器編年の帰着点になるのでは



106 :日計 常世:2005/08/29(月) 19:48:12 ID:c1jP+Yc6
ごめんなさい。初心者の一言です。
類に分けるという発想で私は編年を意識していません。
どんなに分類したとしても時間差はあるもので、時期の確定にこだわらない
編年を意識してました。
難しい事を考えるよりどんな交流の果てにその技術を得たのか?とか。
その時間は想像以上にえらく時間がかかったでしょうけど。
おおまかな時代特定出来るということは始めたばかりの人には編年って
重宝かもしれませんね。


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