2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ゴビ砂漠が湖だった頃

1 :出土地不明:04/06/21 15:53 ID:GdhPQTYX
そのほとりには、高度な文明があったらしい

2 :出土地不明:04/06/21 16:04 ID:7q1vtMqb
おしえてくれてありがとう

3 :出土地不明:04/06/21 21:13 ID:toj7nXWM
ブラバツキーね、はいはい。考古学的な証拠は皆無ね。
オカ板でどうぞ。最近新スレはオカルトものばっかり。

4 :出土地不明:04/06/23 02:21 ID:pkM9Qckq
ホータン

5 :出土地不明:04/06/23 05:46 ID:hsEkRDD9
サハラ砂漠が緑の森だった頃

その脇には高度な文明があったらしい

6 :出土地不明:04/06/23 21:28 ID:LfYWHjcf
へえ〜

7 :出土地不明:04/06/24 00:28 ID:U2MxG5ux
>>5
マジレスすると乾燥化でナイル流域に牧畜民が移住して
農耕民の文化と融合してエジプト文明が誕生したとも。

8 :出土地不明:04/06/26 08:36 ID:gUEi2Loj
>サハラ砂漠が緑の森だった頃

緑の草原ぐらいだろう

9 :出土地不明:04/07/04 07:42 ID:tJMEv1Ca
タッシリ・ナジェール

10 :出土地不明:04/07/05 18:19 ID:Bj+lRxeu
チンパンジーの壁画にはたまげますた

11 :出土地不明:04/07/05 19:50 ID:iPq6JrD4
ゴビ砂漠が湖だった当時アーリア系のスキタイ人は遊牧生活を営んでいました。
その頃モンゴル人はタイガの中で狩猟生活を営んでいました。
マンモス狩りの名残です。
しかしゴビが干上がるにつれアーリア人は西に移動しゲルマン人や
スラブ人となりました。しかし彼らの文化はその後にゴビの住人となった
モンゴル・トルコ人に引き継がれました。

12 :出土地不明:04/07/06 21:11 ID:zaLakOrl
黒海とカスピ海とアラル海とバルハシ湖がひとつづきの巨大湖だったってほんとすか?

13 :出土地不明:04/07/07 17:29 ID:UPRR3bi/
それはいつごろの話?
新人がユーラシアにわたった後?
なんかいいサイトないだろうか?
しりたんい興味津々

14 :出土地不明:04/07/10 11:04 ID:5YQ7a/47
チョウザメの一種が黒海、カスピ海、アラル海に分布しているから
大昔はつながっていたんだろ

15 :出土地不明:04/07/11 22:25 ID:rm2WWk53
漏れが湖だったころ、
親父は熱帯雨林でお袋は照葉樹林だった

わっかんね〜だろ〜な〜

16 :出土地不明:04/07/11 22:49 ID:Buf+Td7+
松鶴屋ちとせハケーン

17 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :04/07/12 00:14 ID:+q/UZVcO
>>12
テチス海のことですか?
だとしたらホモ=サピエンスいませんね。

>>15
へぃへぃへ〜い…何度カキコを思いとどまったことか…。

18 :出土地不明:04/07/12 00:36 ID:z8wtRUa5
ここはオサーンだらけのインターネッツですね

19 :出土地不明:04/07/12 19:21 ID:8viSkzxB
松鶴屋ちとせネタはある一定の年齢以上の人間は
おそらく頭をよぎったに違いない。

シュビドゥビ〜

20 :出土地不明:04/07/12 20:00 ID:sULEcmJe
俺は35だが言われればのレベルだな。
それより上なのか?


21 :出土地不明:04/07/13 01:58 ID:UdZYtACU
ネタは分かるが名前は思い浮かばなかった
そんな俺は今年21歳

22 :出土地不明:04/07/19 09:33 ID:MS5XyPjH
アマゾンが海だった頃・・・・

23 :出土地不明:04/07/20 08:58 ID:rUdHhyf4
南極大陸に文明があった

24 :出土地不明:04/07/20 10:28 ID:qeMDhPRd
友達が地中海は昔、湖だったっていってたけど

アフリカとスペインが裂けてジブラルタル海峡できて
海水が地中海に流れ込んだって
地図を見せて説明してくれたんだけど本当なのか?

25 :鷂@軍板からの屯田兵 ◆Kr61cmWkkQ :04/07/20 19:14 ID:aGO2JWNC
>>24
「テチス海」「地中海」でぐぐると、この話はけっこう出てきます。
テチス海は大陸移動説でいうゴンドワナ大陸とローラシア大陸の間にあった海ですが
アフリカ大陸とインド亜大陸の北上で潰されてしまいます。
イベリア半島とアラビア半島にはさまれた古地中海がかろうじて残るわけですが
600万年前頃に、孤立した古地中海の水がすべて蒸発して砂漠化し、
やがてジブラルタル海峡が決壊して現在の地中海になったとする新説です。
地中海の沿岸や海底に、水分の蒸発によって生成される岩塩や石膏が分布することが
新説の根拠となっているようです。

真偽のほどや詳細については、地球科学板の方に尋ねたほうがいいかと思います。

26 :出土地不明:04/07/21 02:40 ID:OBGYJaLB
古代から現代に至る変化をパソコンでみれる地図欲しいよね。
誰か作って!

27 : :04/08/22 20:21 ID:iF4cQwBb
語尾尾

28 :出土地不明:04/08/24 00:05 ID:P+P5jSgO
スレ全部が推測なのか?

29 :出土地不明:04/08/25 20:31 ID:a0V+VjBD
橋の市のことね

30 :出土地不明:04/09/05 06:43 ID:oUwTN6rI
ゴビ砂漠って貝殻たくさんあるんだってね

31 :ソドム ◆sDm/FNEfwE :04/09/22 05:21:06 ID:5+nxbTZL

   Ψ_Ψ
 ⊂(◎ ◎)⊃ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・★
   (仝)
 _/ つ/つ  <こんな黄昏たスレが好きです。
 ~て ) _)
  ∪ ∪
 ////
ωω



32 :出土地不明:04/10/14 17:13:35 ID:93vWe3ZS
この前Nスペシャルでこの地域特集してた
インド大陸の圧力が原因だろうね
湖が干上がったのは

33 :出土地不明:04/10/16 20:39:49 ID:IV9gnTXF
>>30
貝殻でないでない。

34 :出土地不明:04/10/18 07:01:34 ID:azG8diz8
ゴビの西のアル鯛の湖は干上がると塩が大量に蓄積するらしい
あの辺が海だった証拠の一つ。
インド大陸の圧力で盛り上がったわけだけど、あの付近は
古代は世界でももっとも豊かな土地であり生物の多様性を
作り上げたとされる。

35 :◆Kr61cmWkkQ :04/10/18 20:26:01 ID:pQWFqj2c
>>34
ん〜アルタイ山脈付近に限らず、砂漠・ステップの尻無川や湖は塩水なんですが…。
いわゆる「塩」を構成するナトリウム・カリウム・マグネシウム・カルシウム等は、
普通に土壌に含まれています。
それが雨で溶け出して湖に流れ込み、砂漠で濃度が高まるわけで
ソルトレークや死海みたいに造山運動の激しい砂漠の湖は言うに及ばず
アフリカやオーストラリアなど安定陸塊上の砂漠の湖も塩湖ですって。

造山運動でひたすら隆起し続けているキルギスのイシククルはどうなんでしょうかね…
ミネラル分は多いらしいですが。

36 :出土地不明:04/10/19 06:12:46 ID:YixsVA85
そいはしてるョ。
でもNHKが言ってたから、海なんでしょ
問題はいつまで大きな湖があったかって事なんだけどね
世界のカモシカはあの付近の豊かな自然で進化し世界に広がったとか
もしかすると人間も?!
って事を考えるとロマンがある。

37 :出土地不明:04/10/19 08:14:20 ID:In/7f0TY
ロマンだとか夢だとか

ほとんどの場合は毒でしかねぇな

38 :出土地不明:04/10/22 18:41:08 ID:tmLgFaMF
>>36
NHKの言うことにも誤りがある:ということを知る機会を得たわけです。
自分で探求する心を忘れずに。おかしい、と感じる常識(感覚)を持とう。

39 :出土地不明:04/10/22 20:15:30 ID:h50/eAqB
塩の量が半端じゃない。
まるで塩湖のようでした。
湖に溜まる塩分にしては多すぎるとおもった

40 :出土地不明:04/10/26 18:52:09 ID:xgv64iP/
ようは、今のアラル湖みたいなもんだべさ

41 :出土地不明:04/10/26 18:53:30 ID:/oU4NDmE
はぁ。遺跡を移籍。

42 :出土地不明:04/11/02 14:56:24 ID:ieRTGri+
>>39
砂漠の湖、塩湖多いよ。
もうちょっと勉強してごらん。

43 :ある女:04/11/12 13:24:39 ID:x8884Aqy
おもしろい。
先日、モンゴル人(ウランバートルのハルハ族?)に告られたけど、その人は
すごい自分の民族の優位性みたいなのに自信を持ってる感じした。
ロシアとも中国とも独立してる。
調べてみると、意外と国土も広いし、古代には優れた文明が栄えたっぽい。
今はひちゃかめっちゃかのモンゴルが世界をリードする日がまた来るのだろうか。

44 :出土地不明:04/11/12 18:30:22 ID:LW/EBJOi
>>43
そのまえにアルヒをやめないとね。

45 :出土地不明:04/11/12 22:38:15 ID:5Ug8VjNY
>>43
そういえば、新潟中越地震に対して、モンゴル人が必死で
援助金を募金しているらしい。あの地震の話は、海外では、
モンゴルで、例外的に取り上げられ、多数の人たちが、
募金に応じている。

46 :出土地不明:04/11/13 03:15:49 ID:ZLJ9NGij
>>45
スペインでもテレビニュースの冒頭で大きく取りあげられてたらしい。
スペインは原爆の日でも毎年特番あるそうな。
日本人は忘れるのが早すぎるね。

47 :出土地不明:04/11/14 15:17:48 ID:D9KESw2O
>>45
問題は、その義捐金が新潟に届けられるかどうか?が問題。

48 :出土地不明:04/12/03 21:35:25 ID:sV8YzJ8/
義援金の使途報告書って出てるんじゃないの?

49 :出土地不明:04/12/09 20:32:33 ID:NyWBp0Gn
>>48
モンゴルで集めてい義援金のことだろう?よしんば報告書があったとしても、信用できないね。
ちょいちょいと、作って終わりでしょう。

50 :出土地不明:04/12/22 00:36:26 ID:Ayt+229+
ちょいちょいと、作って終わられたらたまんないね


51 :出土地不明:04/12/27 10:17:59 ID:A/k43+oH
インドがアジアにぶつかる前は
サハラとかも砂漠じゃなかったんでしょ?

ヒマラヤ山脈が出来たおかげで気候が変わったってどこかで聞いた

52 :出土地不明:04/12/27 10:35:42 ID:usMCeyqq
サハラ砂漠で拾った木の化石持ってるよ。

53 :鷂@出先:04/12/27 17:07:25 ID:+XvjEz3s
サハラの砂漠化はアルプス造山運動のかかなりあとで、まあ現在進行中なんですが
先史時代まで緑の大地だったことがタッシリナジェールの壁画から伺えますね。

54 :出土地不明:05/01/03 15:17:59 ID:WVP9UV/r
楼蘭(ローラン)のコーカソイドたちは
このゴビと関係あるんじゃねーか?

55 :出土地不明:05/01/03 22:58:15 ID:KJ3f1PP8
たくらまかんじゃないの?

56 :出土地不明:05/01/04 00:11:35 ID:xCZfI1uq
>54
>55
どっちでもいいけど、研究すすんでるのかな?
たくさんミイラがでたってやつでしょ?

なんだか馬車とかと関連があるってきーたよーな。

ゴビとローランとタクラマカンでは離れ過ぎ?

57 ::05/01/04 00:38:32 ID:bam0aLmd
ゴビとタクラマカンの間には天山山脈が立ちはだかっているので、直接交流は難しいかと。
ゴビは中原やトルキスタンに接してるので、侵略なり交易なり、そちらが手近ではないかと。
ローラン・クチャ・ミーランなどタクラマカン砂漠のオアシス国家が並ぶ天山路は、
トルキスタン経由の「草原の道」が切断された時のバイパスだ…とか嘘八百言ってみます。

58 :出土地不明:05/01/09 08:02:42 ID:EJ5gZA5p
1万4千前ごろ最後の氷河期が終わってその溶け出した水が湖になっていたのかも
タクラマカンやゴビが昔、石器時代の終わりごろに牧畜をして暮らす人たちが多くすむところだったことはまず間違いないと思う。
黄土高原や天山山脈なんかも侵食された地形だし、はじめは氷河の溶ける水を後には乾いた砂をこの地方にもたらしたかもしれない。
漢語とインドヨーロッパ語の関係もつながりは深いようだし
西や東や南へ家畜を連れて移動していった。
最後の最後まで残ったのが楼蘭かな?
高度な文明といってもピラミッドを作れるほどの高度な文化の蓄積はなかっただろうけど
遊牧民も多くいただけに戦闘にはつよかっただろう。

59 :出土地不明:05/01/09 21:58:13 ID:ooOpNxj8
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
まあ、こいつをじっくりみて、先史の人々の移動を考えようや。

60 :出土地不明:05/01/09 22:20:15 ID:EJ5gZA5p
つまり新石器時代に漢語・インドヨーロッパ語族がそこにいて
牛・馬・羊などの家畜化はそこがおそらく発祥だったのだろう
砂漠化が進行しだした5,6千年まえあたりからユーラシアの各地に拡散して言った
ということだ

61 :出土地不明:05/01/10 01:46:31 ID:YTWMkYOd
漢族はもっと南だろう。基本的に東南アジア系だからな。言語的
には、って意味だが。

62 :◆53cmjHPmWw :05/01/10 19:31:14 ID:K97MDq5K
>>60
牛と馬では伝播ルートが違いますよ。
馬は北半球全土に分布したので問題ないのですが
アジア牛はインドのモンスーン地帯が原産地です。
(近東で家畜化が始まったヨーロッパ牛と別種)
牛は大量の水が必要なので、インドから中国にたどり着くには
大陸横断よりインドシナ迂回ルートが妥当に思いますが。

63 :出土地不明:05/01/10 20:53:42 ID:SIxkBUVr
馬は、なんとなく、もっともっと昔から家畜化されていた
と思うね。たぶん、氷河時代から。
轡とハミが登場して以降でないと、考古学的には検証不可能
だが、もちろん、歯に現れる痕跡も、ハミの使用を前提として
いる。たんに、馬の顔にロープまわして、手綱にしていた時代
のものは、全く痕跡も残さず、ってことになるからな。
で、現状、野生の馬は、染色体本数は違うが交配可能な、
プルツェヴァルスキー馬以外にはないので、これもたぶん、
現代の家畜馬につながる野生馬ではない(可能性が高い)ので、
馬の起源は不明。牛は、ユーラシアからアフリカまで広い範囲に
いるので、あっちこっちで別個に家畜化されたんだろう。
中国の漢族ってのは、たぶん、もと稲作農耕していた長江流域の
人々の中で、北方にいって、そこらのインド・ヨーロッパ語族か
なんかしらないが、そのあたりの連中から、麦作を習った連中
かもしれないな。だから、もともとの漢族には、白人系も多く、
その純粋なのが、山東半島にすみついた春秋時代斉国の白人集団
だろう。

64 :出土地不明:05/01/10 23:22:58 ID:c3nFopDe
>>62
タクラマカンもゴビもインドではなく中国だろう。
インドとの間には高い高い山脈がある。(中国中心部との間にもいろいろあるけど)
中国語がインドヨーロッパ語と近いか遠いかは知らないけどさ。

65 :出土地不明:05/01/10 23:37:56 ID:u7MKfnwc
>>64
中国語とインド・ヨーロッパ語はかーんんんぺっっききききーに
無関係。ただ、殷以前の民族形成時に、中原には、かなりの量の
白人(インド・ヨーロッパ系である証拠はないが、ほかの事情で
その可能性がある)が、大量にいたことはわかっているので、
そいつらと、中国人がどういう関わりをしたのか、ってのが
おもしろいところ。
中国人にいわせれば、長江流域の稲作は紀元前7000年に始まって
いて、その時代に使われていた文字が、フェニキア文字そのものなの
で、おそらく、シルクロードなどで、中国から、メソポタミア、
レヴァントに、文字が伝わったのだろう、といっている。
まあ、そのBC7000年の文字ってのが、文字なのか、たんなる
土器にくっついた記号なのか、部族を表す記号なのか、そのあたりは
わからないが、ただ、形がフェニキア文字と完全一致するというのは
事実ではある(もっとも、方向もわからんからな)。ようするに、
ヨをみて、英語のEと同じといっているようなものだし。

66 :◆53cmjHPmWw :05/01/11 01:47:12 ID:oEK8IT6S
>>63
家畜からのアプローチはこれで最後にします。
馬の家畜化は、定説どおりの年代でいいと思います。
羊みたいに生きる間じゅう毛をくれるわけでなく(革は一生1枚で打ち止めだし)
乳なら癖はあるものの山羊や牛が上質なのを出してくれるし
農耕するなら牛のパワーにはかなわない(後世のペルシュロン種は例外
豚みたいに食い物なら残さず平らげる効率性もない。
馬の特典はあくまでも高速移動であるから、
ある程度農工業がさかえて、略奪や商売ができる社会でないと使いづらい家畜だと思います。
あと、駱駝も重要な家畜となりますが、砂漠越えをともなう大規模貿易が成立して初めて活かされる家畜ですね。

67 :出土地不明:05/01/13 19:47:09 ID:mTAL/WbD
江戸時代頃に京都に今は無い、でっかい池があったんでしょ?

68 :出土地不明:05/01/13 21:43:57 ID:Y3c3ubve
漢語とインドヨーロッパ語は文法的に近いと思う。


69 :◆53cmjHPmWw :05/01/13 21:56:51 ID:cPo0wbDI
>>67
巨椋池ですね。
琵琶湖と同じ頃にできた池らしいですが
江戸時代どころか、昭和16年に干拓完了するまで残ってました。

70 :出土地不明:05/01/14 00:19:48 ID:m/iuJC4b
>>68
素人的にはな。たぶん、SVOとか、そういうあたりだろ。
まず、英語を思い浮かべる場合が多いだろうが、英語は、
インド・ヨーロッパ語の中では特別な存在だ。一応、
インド・ヨーロッパ語の古い形をかなり保っている例と
しては、ロシア語がよいと思う。あるいは、ラテン語
ギリシア語でもよい。ラテン語は、基本的にSOVだった。
前置詞が後ろにおかれる場合もある。

インド・ヨーロッパ語の特徴とされるものは多数あるが、
かなり厳密な議論ができているので、それらと中国語を
比べた場合に、共通点は全くない。

71 :出土地不明:05/01/19 22:11:25 ID:1hh7PazG
中国の山東半島には、
紀元前500年ごろまでは、ヨーロッパ系、地中海
系の人々がわんさか住んでいて、墓からでてくる
骨のミトコンドリアDNAはほとんどヨーロッパ系なの
だが、そこの人々がとくに皆殺しになったわけでは
ないのに、500年後の漢代になると、ヨーロッパ系
の比率が半分になる。現代では、ヨーロッパ系は痕跡
すらない。つまり、現代中国人にも、基本的に
ヨーロッパ系がかなり色濃く入っているのかもしれない
が、ミトコンドリアDNA的には、まったくその痕跡はない。


72 :出土地不明:05/01/19 22:18:11 ID:1hh7PazG

http://www.geog.or.jp/journal/back/pdf111-6/p832-839L.pdf


73 :出土地不明:05/01/19 23:28:35 ID:oJbTtWQ0
>>72
さんくすです。このURLを探していました。
ダウンロードはしたんだけど、ブックマークしてなかった。
でも、実際は、もう少し細かい分析のデータがほしいけど。
ハプログループもかかれていないし。

74 :出土地不明:05/01/22 07:58:51 ID:uAwE6r/g
インドヨーロッパ語族の遺伝的な子孫はヨーロッパ人と考えるのはおかしい。
むしろペルシア人のが近いだろう。
ヨーロッパの原住民たちは他の言葉を話していたし今もその形跡は残る。

75 :出土地不明:05/01/24 06:34:01 ID:CSXXCKUj
>>72
問題は中国の春秋
戦国時代と漢代の2 集団である。前漢末期の臨
集団が,現代東アジアから離れて,中央アジアの
集団の中に入り込んでいる。さらに,春秋戦国時
代中期の臨集団は,明確にヨーロッパ集団と近
い関係となっている。

てあるね

76 :出土地不明:05/01/24 07:02:34 ID:ZxB7wMDr
>>74
なるほど、そうきたか・・
それもありうるな。
ペルシャ、エフタル、スキタイ、他欧米人って
感じで農耕が広まったように言葉も広がったのかも

77 :出土地不明:05/01/24 18:03:29 ID:BRUm6JIT
こてこてのモンゴロイドであるにもかかわらず
ペルシャ語をしゃべるハザーラ人は上の突厥語をしゃべる
コーカソイド顔のウズベク人と正反対である。

78 :出土地不明:05/01/24 21:37:23 ID:6gHCB8tz
中国山東半島の2500年前の白人系集団の話は、
どうやら、否定されてしまったようです。
以下そのソース。単なる南アジア系集団だったとのことです。
http://mbe.oupjournals.org/cgi/content/full/20/2/214

79 :出土地不明:05/01/25 07:51:17 ID:Ey12mW9v
今わかっている最古のインドヨーロッパ語はトルコにいたヒッタイトの言葉?
彼らはコーカサスのほうからトルコに来たといわれているけど元はどうなんだろ?
神話なんかはメソポタミアのものを受け継いでるけど牛を神聖なものとみなしたり

80 :出土地不明:05/01/25 15:22:51 ID:dxd6MM+s
ヒッタイトがどこから来てどこへ去ったかはよくわからないけど、
「鉄を生み出した文明」によるとカスピ海のほうからきたようだ。
カスピ海からならイランにも行くのも自然だしね。
ただその前にタクラマカンのほうにいたということを証明するには遺跡でも出ないとな。
しかし神話のような当時の文化の根本をメソポタミアから一方的に影響受けているぐらいだからたいして高度な文化は持って無かっただろう。
牧畜に関しては優れていたかもしれないが

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/25 17:15:19 ID:KXYrxCOW
馬鹿は静かにしてとよ。

うくく。

82 :出土地不明:05/01/25 21:44:10 ID:Ey12mW9v
>>80
遺跡が出たところで難しいと思うよ。
現在わかっている最古のインドヨーロッパ語族の文字はトルコから出土したヒッタイト語の
楔形文字の粘土板だ。
それは何を意味するかというとインドヨーロッパ語族はもともと文字を持たず
メソポタミアとの交易の中でヒッタイトがメソポタミアの文字を学び取り入れたということだ。
つまりヒッタイト以前のインドヨーロッパ語族の遺跡があってもそこには文字はないということだ。

83 :出土地不明:05/01/25 21:54:00 ID:6dP3EYH5
最近の説では、インド・ヨーロッパ語族は、アナトリア起源って
ことになりつつあるようだけどね。いずれにせよ、黒海の南と、
東(これはカフカスだな)と、多少はカスピ海にもかかるかって
ところあたりの広い範囲が考えられそうだけどね。
よくわからないけれど、ヒッタイト語の語彙の形は、ぱっと見て、
英語やラテン語などと結びつくってのがあるので、ヒッタイト語は
ケントゥム語派だっけ?

84 :出土地不明:05/01/25 22:52:16 ID:Ey12mW9v
>>83
アナトリア(トルコ)にはもともとプロトヒッタイトというヒッタイトとは民族的にも文明的にもまったく違う人たちがいた
製鉄の発明もプロトヒッタイトによるものらしい。
ヒッタイトが繁栄できたのも製鉄を行うプロトヒッタイトと高度な文明を持つオリエントとの交流ルートを独占できたからだろう。
インドのサンスクリット語の文字もギリシア・ロシアのキリル文字もローマのアルファベットも
起源をたどればレバノンにいたセム語族のフェニキアの文字に行き着く。
インドヨーロッパ語は独自の文字を持たなかったのはまず間違いない。
甲骨文字などにかすかにその可能性があるのかもしれないが

85 :出土地不明:05/01/25 23:04:32 ID:5mqBn3yD
フェニキア文字と中国の紀元前7000年ごろの新石器時代の
土器やらについている記号が同じだとかいう説ですかぁ?
まあ、いいけど。
インド・ヨーロッパ語族と鉄、インド・ヨーロッパ語族と
騎馬って結びつくようで結びつかないところが不思議。
たとえば、ギリシアの青銅器文化ってのはあるけれど、鉄器
文化の時代は、いわゆるドーリア人の侵入後のことでしょ。
ってことは、線形B文字でギリシア語を書いていた連中は、
青銅器文化段階、いや銅石器かな、そんな時代。
ペルシア人は、騎馬民族っぽいけれど、でも、本格的ではなく
やっぱり、スキタイ系とかの騎馬民族が先にあったらしい。
もっとも、スキタイ系がどういう系統なのかは謎だが。
新石器時代初期に、ヨーロッパから文字らしきものが出ている
わけだが、これについては、インド・ヨーロッパ語族到来
以前かもしれないしなぁ。
歴史的にみて、インド・ヨーロッパ語族の拡散と活動によって
西アジアから東ヨーロッパ(ギリシアもふくめて)あたりが、
鉄器文明で、馬使うようになったのは事実なんだが、どうも、
どちらについても元祖じゃないんだよね。不思議。

86 :出土地不明:05/01/26 11:44:42 ID:v2QmaY00
つまりタクラマカンやゴビに後期石器時代の文明があってそれがインドヨーロッパ系の言葉を使っていたとしても
文字すらないようでは高度な文明など起こり得ないだろ。
ピラミッドをみれば天文や測量や建築の専門家が何人もいたことがわかる、文字を使うようになって少なくとも百年は経ないと作れるものでは無いだろう。

87 :出土地不明:05/01/26 14:15:55 ID:KhhBWaOG
やたら難しく考えることはないんじゃないか?
俺はカフカス付近、北欧やスペインの非印欧語族
のコーカソイドに見られるように単に言語だけ、文字だけが
人種の枠組みを超えて広がったと考えるのがわかりやすいし
自然だと思う。
また、アフガンのハザーラ人のように普通のモンゴロイドが
ペルシャ語しか喋らないのもわかりやすい例として挙げられる。
そもそも、なぜ印欧語がこうまで広がったかはわからないが、
アラム文字がやたら広がったのと同様に単に利便性が高かったとか
で血統とは無関係だと思う。
そもそも語族なんて枠組みだって人間が作った定義であって、普遍性のある定義ではない。
麦農耕族、米農耕族とか遊牧族とかあってもいいしなw
つまり語族にあまり拘る必要もないだろうって事。

88 :出土地不明:05/01/26 22:52:29 ID:KNPNc5do
最近では、インドヨーロッパ語族といっても、最初の祖語の
段階から、サテム語派とケントゥム語派は違ったのではないか
っていうような議論もされているようだし。
まあ、サテム語派のなかにスラブ語も入っていたりするのだが。
mtDNAの系譜からすると、場所からして、ハプログループUの新しい
タイプが、どうも、インド・ヨーロッパ語族と関係しそうには思う。
ようするに、半遊牧半猟的な東側、北側の一派と、半猟半農の
西側の一派は、最初から、民族的には相互交流しつつ言語も似ている
が、かなり別、っていうような状況が紀元前7000年から4000
年くらい前の段階に設定できそうに思う。まあ、カフカス近辺には、
アルメニア語のような特殊なのも残っているので、だいたい、
アナトリアからコーカサスとカスピ海沿岸くらいが彼らの拡散の
ベースになった場所だろうとは思うけれど。

89 :出土地不明:05/01/26 22:57:12 ID:qUXDXFuJ
文字すら持たず文明的にはたいしたことがなかったインドヨーロッパ語だが
言語は民族の壁を越えてゲルマン人やアングロサクソンなどヨーロッパ人にも広まっていった。


90 :出土地不明:05/01/26 23:29:04 ID:KNPNc5do
>>89
言語版でやるべき話かもしれないけれど、なんか、単純に、
インド・ヨーロッパ語が「かっこいい」言語だったんじゃないっすか?
耳慣れていないせいもあるけれど、なんか、聞いていて、ぐにゃぐにゃ
べったりばったりしている言語って結構あるじゃないですか。
まあ、インド・ヨーロッパ語の中では、ロシア語なんてちょいとその
傾向あるけど、以前、ベンガル語のネイティブの人にベンガル語の
テキスト読んでもらったけど、かっこいいのね。響きが。
そういうのないかな。

91 :暇つぶしにみてます:05/01/27 11:45:25 ID:akKjRbFd
ぎゃくでしょう?
外来語由来の「単語」が大量にあるだけ。
科学技術面では輸入メインのはず。
音声上は宗教などで「朗読される言語」
という性格からくるものだと思いますよ。

新規・分類・概念などの造語力の高さから、
古代のラテン語やギリシア語をいつまでも
使っていたわけだけど、日本で同様の役割の
漢字体系はもともと「書き言葉」だから。

92 :暇つぶしにみてます:05/01/27 11:47:48 ID:akKjRbFd
技術的には高山の鉱石と森林の燃料など、
異質な由来と歴史を持つ同士の協力が
欠かせないが心情的でなくても良いなら
方言等が反映されない書き言葉が有利。

音楽のようには心を揺さぶらないけどw

93 :出土地不明:05/01/27 14:52:32 ID:RCmmkY9t
俺を含めみんな日本語おかしいと思う。
考古学はただでさえ、主観的になりがちで
他人に伝わりにくいのだから、わかりやすく
書くことをこころがけてほしい

94 :出土地不明:05/01/28 00:29:28 ID:HZLQ6+aa
いやその、90ですけど、大昔の話をしているんだけど。
ラテン語の抽象語彙だって、ラテン語の古典期においては、
けっして抽象語彙ではなかったのであって、たとえば、nature
なんていうのも、ラテン語時代の natura は、すっごい動的
で衝動的で感動的で、感傷的な語彙だったのだから、この語彙
を聞いただけで、ラテン人は、むらむら来たのであって、だから、
そんなに、抽象語彙ばっかりなんてこともないし、学問だって、
そうだし、だから、むしろ、発音のかっこよさ、みたいなのが
さきにあって、はやったとか、。

95 :出土地不明:05/01/29 23:30:05 ID:m7ZiMXOm
ペルシア、ギリシア、ローマなど侵略好きの民族性がインドヨーロッパ語を広めたのだろう。
フェニキアは侵略好きとは程遠かったがフェニキアの文字は文字を知らなかったインドヨーロッパ語族の人に取り入れられ広まった。

96 :出土地不明:05/01/30 00:32:02 ID:V5EvHZes
>>95
インド・ヨーロッパ語族にかぎれば、
1)ギリシア人は、古来線形B文字などの古い系統の文字があった。
2)ヒッタイトは、アッカド語のくさび形文字でヒッタイト語を
  記述していた。

のだから、なにもフェニキア文字を採用する必要なんてなかったわけ
で、それなのに、あーそれなのに、それなのに、neverthelessでも、
フェニキア文字を使うようになってしまったのは、よーするに、
よっぽど、使うに簡単、かつ、むちゃくちゃ普及していた、ってこと
につきるように思う。

97 :出土地不明:05/02/02 20:07:15 ID:8pozEFu4
今年のはじめにNHKでタクラマカンにロウランより千年さかのぼる墓地の発掘を放映していたが
当時そこは砂漠ではなく草原だっただろうことそしてそこに住んでいたのは「コーカソイド」的な容姿なこと
皮革工芸は優れているが文字らしいものはでてこないことが紹介されていた。
恐らく砂漠化からトルコやイランやイタリアに移住する前の印欧語族がそこにいたのだろう。
日本人の俺からするとイラン人もイタリア人も識別できない。
ギリシア人はスラブ的な鳩胸体型で違いがわかるけど
タクラマカンから東へ行った人たちもいたはずで

98 :出土地不明:05/02/10 05:09:28 ID:mN9SRcRV
サハラ砂漠が草原だったころそこには高度な文明を持った人たちもいたはず
エジプトなんかもその流れを汲むものかな

99 :出土地不明:05/02/12 01:27:48 ID:kvKiKvMc
>>98
サハラ砂漠は、かなりずっと、長いこと、砂漠だったようだよ。
mtDNAの系譜で考えても、サハラ以南とサハラ以北では、明確に
系統が違う。サハラ砂漠の縦断(南北方向)というのがほとんど
ここ数万年にわたって、なかったということのようだ。現在、
サハラ以北の地中海沿岸には、主に、西アジアから、あるいは
ヨーロッパから入った人々の系統が多い。mtDNAのハプログループ
では、Uとか、Hとかの系統だ。もちろん、かなり南方系のL系統も
多いのだが、うーん、やっぱりかなりサハラ砂漠はずっと隔離して
いたんだろうと思う。

100 :◆53cmjHPmWw :05/02/13 14:26:27 ID:E6INSXWV
>>98
タッシリナジェールの壁画にあるように、牧畜・農耕を手がけた人達がいたのは間違いないですが
サハラ全体が草原となることはありえないです。
タッシリナジェールの草原は、地軸の首振り現象によって中緯度高圧帯から外れた恩恵であって
サハラ全体は中緯度高圧帯に制圧されている以上、完全な草原は発達できません。


101 :出土地不明:05/02/14 15:57:17 ID:6Hkr4jKP
でもエジプトはメソポタミアとは全く別の成り立ちでかなり高度な文明をいきなり築き上げているでしょ
サハラにいたんだけど砂漠化でエジプトに来たというならわかるんだが

102 :出土地不明:05/02/14 23:32:22 ID:hl2BNVD8
>>101
エジプトは、最初に銘文を残したというナルメル王の時代から、歴史
時代というのだけれど、それ以前がよくわからない。エジプトの年代記
としては、ナルメル王は、「南北のエジプトを統一した王」ってこと
になっているらしいから、たぶん、それ以前に南北に分かれていたんだ
ろう。文字記録もないのだけれど、ナルメル王の銘文にしても、それ
以前の段階の文字ってのがなくて、いきなり、唐突にマトモな象形文字
がでてきちゃう。
そこいくと、メソポタミアは、文字が始まる数千年前から、トークン
とか、いろいろなプロトタイプがあったことがわかっているし、おなじ
く、中国も、甲骨文字の登場は唐突なんだが、それ以前の刻印などは
新石器時代の初期にさかのぼるものがでている。まあ、漢字との関係は
全く不明だけど。
エジプトの場合、なぜ、唐突に文化が始まるのか、は、たしかに不思議
だな。実際には、一つに、ナルメル王などの時代が普通いわれている、
紀元前3500年とかではなく、もっと古いっていう話がある。
そうかもしれない。

103 :出土地不明:05/02/19 20:41:47 ID:d/cMW7gN
そのタクラマカンの墓地の人のDNAとかはわからないのかな?
G.I.グルジェフというヘディンとほぼ同じ時代に中国西部からコーカサスの遺跡を探検し研究した人によれば
メソポタミアからはじまる有史以前の文化の拠点はアフリカとインドとタクラマカン・ゴビだったらしい
タクラマカン・ゴビには大きな湖がありそこに多くの人が暮らしていたが
砂漠化とケシの麻薬で衰退し文字を使える聖職者などは東へ、羊飼いなどは西へ移住したらしい。

104 :出土地不明:05/02/20 00:13:21 ID:ZmSb/kSm
>>103
いろいろ苦労して探したけれど、中国語の文献がみつかっただけで、
ただ、
http://www.smth.org/pc/pccon.php?id=110&nid=107928
において、以下の文章がある。で、中の参考文献の部分について、
私は、オックスフォード考古学という雑誌は読めないので、
どなたか読める人がいたら、簡単な紹介をしてくれるとうれしいので
すが。

  新?展中最重要的,如几位西班牙、英国和意大利学者在今年5月7日的
《?敦皇家学会会?》B?(Proceedings of the Royal Society of
London, Series B )上?表?文,?哈?克斯坦的公元前1500年至
公元5世?的36具骸骨的牙?中的mtDNA?行了分析,?明最古老的
?品具有典型的欧洲人特征,与??在地中海地区的mtDNA?品相同,
但从公元前7世?之后,来自??的影??始逐??得重要。作者之
一、巴塞?那大学的??学家L. Lalueza―Fox?:DNA?据清楚?
明早期的中?居民―?我?留下了白人干尸和?言学?迹(吐火??)
,是来自欧洲的,只是在后来才逐?与??民族混合起来。?于?个
??,并?参?:John Sheldon, The Ethnic Identity of the Mummies
Found in the Tarim Basin, Asian Ethnicity, 5, 1, 2004, 122-128.
但?新疆古尸与吐火?人的?系,也存在不同意?,?参?:
Christopher P. Thornton and Theodore G. Schurr, Genes,language,
and culture: an example from the Tarim Basin, Oxford Journal
of Archaeology, 23, 1, 2004,83-106; Brian E.Hemphill and J. P.
Mallory, Horse-Mounted Invaders From the Russo-Kazakh Steppe
or Agricultural Colonists From Western Central Asia? A
Craniometric Investigation of the Bronze Age Settlement of
Xinjiang, American Journal of Physical Anthropology, 123,2004,
199-222.

105 :出土地不明:05/02/20 00:30:50 ID:ZmSb/kSm
ついでにいろいろあたったけれど、どうも、Google で探すと、
Tarim Basin mtDNA あたりだけれど、トカラ語との関係をとりざた
しているサイトが目立つね。
まあ、上に上げた、中国語の文章の中でも、「典型的欧州人特徴、
地中海地区的mtDNAと相同とかいうから、うーん、mtDNAのハプログループ
としては、K とかHとかのあたりだろうか。

106 :出土地不明:05/02/20 00:34:16 ID:ZmSb/kSm
http://mentai.peko.2ch.net/whis/kako/995/995992088.html
ここでも話し合われていたな。元記事となったページは
アクセスできないのだけれど。

107 :出土地不明:05/02/21 00:47:45 ID:cZsphGSa


◎人類は1人の女性から生まれた?

細胞の呼吸をつかさどるミトコンドリアという小器官があります。
ミトコンドリアは核にある遺伝子とは違って、細胞質遺伝をしますから
(精子には細胞質がありません)母系遺伝をします。この遺伝子を解析
して人類の起源を探ると、人類はアフリカにかつていた一人の女性に帰着
するといいます。ところが現人類が持つHLAの多様性は人類が進化した
数百万年でできたとは到底考えられません。人類発祥のときにすでに
「もとになる」HLA多様性は存在したに違いありません。
人類は「多発的」に発祥したとしか考えられない、・・・
これがHLA多様性の進化から考えられる唯一の結論です。

http://www.marrow.or.jp/NWJ97/bank-hla.html


108 :出土地不明:05/02/21 07:37:17 ID:PEtEK19Q
トカラ語ということはていうか検索してみてはじめてわかったけど
トカラ語はインドヨーロッパ語族
ヒッタイト(トルコ)と同じぐらい古いインドヨーロッパ語族がタクラマカンにいたということで桶?

109 :出土地不明:05/02/21 10:44:14 ID:0KGjUZRF
トカラ語は一説によると西方印欧語に近いらしいけど
もしかするとギリシア人の末裔、あるいはそれに近い人
ってことはないのだろうか?
所詮この言語の存在を確認しているのは7,8世紀頃らしいから



110 :出土地不明:05/02/21 21:52:14 ID:KOKxSir4
>>108-109
トカラ語は、ケントゥム語派に属するって一応出ていた(WEBでさがした
結果)。で、インド・ヨーロッパ語は、100を表す語彙から、大きく
ケントゥム語派と、サテム(あるいはサタム)語派に分かれるとされる。
ラテン語では、100は、centvm (ケントゥム)であるし、英語も、
hundred の hun などをみると、まあ、k, h あたりが対応するとして、
おおむね k のままなのだが、ロシア語、インド・イラン語などでは、
satem とか、satam という形で、*kentum が、tsentum -> setem ->
satem のような変化をしている。ようするに口蓋化という。
で、これがそれなりにかなり古い段階からあったらしいということで、
インド・ヨーロッパ語を最初に大きく二つに分けるときに使うわけだ。
トカラ語は、ケントゥム語派だから、ヨーロッパ語(スラブ語以外)
ということになる。mtDNAでは、北欧系に近いなどと出ているという
ことだから、HとかVとかの系統だろうかね。
ギリシア人の末裔っていっても、このあたりの人々が住み着いたのが、
たぶん、紀元前1500年から2000年とされていて、最終的には、
紀元前500年ごろまで、ってことになるから、トカラ語の時代は、
もっとあとなので、重ならない。ただ、可能性はあると思う。
ギリシアは、紀元前1500年ごろには、すでにギリシアの付近に登場
しているわけだが。
まあ、白人系ってことになると、あのあたりなら、正体不明の、
コーカサス系民族(グルジア人とか)や、フィン・ウゴリックの可能性
もないことはないが、うーん、やっぱりインド・ヨーロッパ系の可能性
がもっとも高いのかもしれない。

111 :出土地不明:05/02/21 23:52:22 ID:hDRrceLe
トカラ語はトカラ列島の言葉だろう。
その名の由来については、沖縄・奄美地方で沖の海原を意味する「トハラ」から派生したという説。
宝島に乳房の形をした女神山があることから、アイヌ語の乳房を意味する「トカプ」に由来するという説。
また、「宝島」の「タカラ」から派生し、列島全体を指すようになったという説などさまざまですが、決め手になるものはありません。
古くは、「日本書紀」で述べられているのが初見である。
近世に入り、三島村を含めた有人十島をあわせ「じっとうそん」と呼んでいたが、昭和27年の日本復帰後は、三島村の三島と分離し、七島だけを「としまむら」と呼ぶようになった。

112 :出土地不明:05/02/22 03:20:51 ID:9+09ntOC
ケントゥム語派と、サテム(あるいはサタム)語派に分かれるのと
遺伝的な距離とは分けてか考えた方がいいと思うね。
現代スラブ人は外見的には明らかに西欧系に近いから


113 :出土地不明:05/02/22 03:21:58 ID:9+09ntOC
で、この口蓋化ってのは具体的にどういうことをいうのですか?


114 :出土地不明:05/02/22 12:38:55 ID:g03tJwNV
「西欧系な外観」というのもよくわからないな?
スカンジナビアのほうの人は完全にヨーロッパ的な外観だけど彼らはもともとラップ語とか使っているんでしょ。
印欧語はもともと中央アジアからコーカサスの言葉でヒッタイト→ギリシア→ローマと
だんだん西に移動していったんじゃないの?

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/22 13:17:15 ID:eHqDhypn
ばかの上塗りだ
谷口と言う人が
90歳で雪の中を民俗を保持していたんだな。

79才か。

案内した垣内さんは偽物だ。

馬鹿ではないか
東北に唐土だと、じ日本ジュウガ唐土だわ。
レベル以下。

馬鹿レポータアーと
馬鹿爺を騙してどうする?

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/02/22 13:19:06 ID:eHqDhypn
本とに
もう少しマシな方法を考えろ。

情けない。

117 :出土地不明:05/02/22 20:47:52 ID:g03tJwNV
七天使とかミトラ教とか歴史以前の印欧語族が信仰していたものの名残じゃないかと思うんだが、
ヒッタイトの神話はメソポタミアの神話をそのまんまだけど(文化水準の圧倒的な違いからヒッタイトはそれまでの信仰を捨ててしまったのか?)
ペルシャ・イランではゾロアスター教の下地になり、
インドやヨーロッパでもそのなごりらしきものは見受けられる。
欧米の研究者達は自分たちの文化がアジア起源だとは思いたがら無いだろうけど
アジア人の俺からするとローマ人はペルシアから西へ追いやられたアジア人で
ギリシア・スラブ人は

118 :出土地不明:05/02/22 22:26:44 ID:i6+IRekZ
つまり欧州でもともと話されていたのはウラル諸語で
アジアから出て行ったインドヨーロッパ語族の人たちがギリシアやイタリアに移住し
彼らからすると未開の地だった欧州で半ば強制的に言葉を広めた。
とするとゲルマン人は?

119 :114:05/02/23 04:38:28 ID:q3kVFtrz
つまり、ケントゥム語派、サテム語派何れも
印欧語族の起源はカフカス近辺でローマ、ゲルマン、ケルトは
それを受容したに過ぎないといいたいのですね。

そうかもしれん、しかしそうなると俺の理解を超えている、
暇なとき妄想してみて考えが纏まったらまた書き込むよ。

で、口蓋化って何?


120 :出土地不明:05/02/23 14:44:33 ID:Rn9bZFlm
バスク人には、mtDNAのハプログループHが多いんだよね。
Hは、ヨーロッパ人全体でも40%以上をしめるもっとも繁栄
したくちだから、これは、バスク人のことを考えると、
インド・ヨーロッパ語ではない、ってことになる。
インド・ヨーロッパ語は、Uだろうと思う。

121 :出土地不明:05/02/24 08:00:49 ID:P0501EK7
>>109
>トカラ語は一説によると西方印欧語に近いらしい

昔は、西のほうからトカラ語の話者がやってきたとする説もありました。しかし
「k/s の対応はもともとは k であって、印欧語の分裂後にインド・イラン語派
で s に変化した。それ以外のバルト・スラブ語とかはインド・イラン語派に隣
接していたので影響を受けた」いう考えかたもあります。なんにせよケントゥム・
サテムの分岐だけを頼りにするのは危険です。

>>118
>つまり欧州でもともと話されていたのはウラル諸語

ウラル語族にはインド・イラン語派との言語接触の形跡があるのでこれはまずい
です。ここで話題になっているケントゥム・サテムについても、フィンランド語
では百をsataと言い、サテム語派から借用したものと考えられます。



122 :出土地不明:05/02/24 21:21:56 ID:wNNQOnVr
印欧語が印と欧に分かれる前に文字は無かったしもともとどういう発音だったのか、方言というか地域ごとの違いや共通点はどのていどだったのか
わかりようもない。
日本でも近畿を中心として同芯円的に言葉の分布があったりするし
決定的なことはわかりようもないよ。
確実にいえることは最初に文字を残した印欧語はトルコにカスピ海のほうからきたヒッタイトということ
そして状況証拠からタクラマカンにはそれと同じ位古い印欧語族がいたということ。
オリエント比べればたいした文明ではなくても当時の欧州に比べればずっと高度な

123 :出土地不明:05/02/24 21:59:07 ID:ZsOlznNB
まあ確かに「高度な文化はギリシァから」「コーカソイドはギリシァから西の人たち」
みたいな客観的事実と相容れようも無い電波を欧米人たちは垂れ流すが
彼らがそういうことを言うのはまだわからんでもないがアジア人である日本人がそんな電波発言してたらおかしいな。

124 :121:05/02/25 06:31:16 ID:EsMxjDT3
>>122
「印欧語が印と欧に分かれ」たわけではありません。インド・イラン語派は、
ゲルマン語派・イタリック語派・トカラ語派などとおなじ語派のひとつにすぎ
ません。

文字が無かったから発音がわからない、ということはありません。というか比
較言語学は文字のない時代の言語を復元する学問ですので、その前提をくずさ
れると学問が全面的に否定されることになります。

トカラ語はほかの印欧語と地理的にはなれすぎていて、ナゾが多いです。地理
的にいちばん近いのはホータン語(イラン系)ですが、それでも遠い上に、ト
カラ語とホータン語はぜんぜん似ていません。むしろいちばん西の端にある
ケルト系の言語と似ている所があるので、周圏論を考えたくなるところです。

>>123
おっしゃることがよくわかりませんが、初期の比較言語学では何でもインドが
一番原形を保っていると考えていました。学問が進むに連れて、インドが意外
に新しい形態を持っていることが分かってきたのです。


125 :出土地不明:05/02/26 01:11:46 ID:Dn6GmOzd
>>124
まだ、情報がとれませんが、タクラマカン砂漠のタリム盆地の
みるからに白人系のミイラのmtDNAについては、たんなる白人系
というのではなく、どうも、北欧や地中海ということがいわれて
いるので、U,Hなど以外にK,T,Vなどの系統を含んでいると思われ、
その意味でも、インド・イラン語派とは違うということではない
かと思うのです。インド・イラン語派の系統ですと、アジア系を
のぞくと、U,Hなどの典型的白人一般のものが出てくるはずです。
何体かあったので、いろいろな系譜がでてきているのではと思います。
ですから、トカラ語がケントゥム語の一派で、サテム語の一派では
なく、西欧的っていうあたりなどとも付合するのかもしれません。
いずれにせよ、タリム盆地の白人ミイラについては、そのもとに
なった時期が、紀元前1500年以前に住み着き、紀元前500年
ごろまでロウラン近辺にいたということですから、紀元前2000年
ぐらいに、インド・ヨーロッパ語族の中の後にヨーロッパに向かった
一派の一部(それこそ、もっとも古いヨーロッパ系はケルト系では
と思うのでケルトに近い一派とか)が、東にすすんで中国近辺まで
入ってきたということになるのかもしれません。

126 :出土地不明:05/02/26 23:45:19 ID:LGWWCgg4
えっと、今日、書店にいったら、NHK新シルクロードの書籍が
並んでいましたね。で、買うのもなんだから、ちらっと立ち読み。
mtDNAは、ケンブリッジ基準配列と1塩基違いで一致とのことです。
まあ、Hかなんかですかね。かなり西欧系に近いっていう印象の
話ではありますね。
で、さらに、トカラ語との関係も一応ここで議論した程度のことは
かかれていました。

127 :出土地不明:05/02/27 02:37:25 ID:g0EM8yMi
西欧系とおぼしき民族で西に移動した順番は
ケルト、ギリシア、ラテン、ゲルマン。

128 :出土地不明:05/02/27 16:22:28 ID:Wq/8XkB4
>>127
言語的にみて、未発達なのも考慮すべきかもしれませんが、
ケルト、ラテンは、語派などは違うものの、語彙の形がかなり
似ていて、ラテン語の語彙からケルト語の語彙が推定できるよう
なものもあります。ラテン語とギリシア語の関係もかなり近い
印象があります。
とすると、ゲルマンだけはちょいと違うので、このケルト、
ギリシア、ラテンは、比較的にたようなところから、比較的
にたような時期に、比較的になような感じでヨーロッパにやって
きたのでは、とも思えます。

129 :出土地不明:05/02/28 02:07:24 ID:2B2IgC9o
ヨーロッパには「来た」というより「行った」だろ。
アジア人からすると

130 :出土地不明:05/02/28 21:52:43 ID:1ENhH8pB
九州語やヨーロッパ語的には「来た」でいいんだけど

131 :出土地不明:05/03/01 15:15:55 ID:qZ5GJpw8
七天使て七福神みたいなもの?


132 :出土地不明:05/03/01 17:04:06 ID:SzZ+yEx8
七英雄だな。


133 :出土地不明:05/03/01 17:25:05 ID:7TwV0MF8
七天使ってなんだけ?
飛天だと、ギリシア、ペルシア、インド、日本以下東洋にもある。

134 :出土地不明:05/03/08 21:43:56 ID:5e1RP2AK
だいぶ遅くなりましたが、ローランのミイラは、ケンブリッジ基準配列との
間で、一塩基違いとのことなので、一応、ケンブリッジ基準配列のハプログループ
を調べたところ、Hでした。
以下のページの系統樹の中の、Cam revise という配列がケンブリッジ基準配列です。
http://www.pnas.org/cgi/reprint/100/1/171.pdf

ということで、ローランのミイラの系統はHですから、ヨーロッパで最も
多い系統であり、かつ、バスク人に多く、西ヨーロッパに頻度の高いタイプ
ってことになります。ただ、コーカソイドの場合は、基本的に、H,Uの頻度が
高いので、これは、アジア系(インド、イラン系や中近東系)もこのタイプ
が多い。ただ、一塩基違いっていう意味では、西ヨーロッパ系に近いって
ことでしょうね。


135 :出土地不明:2005/04/07(木) 01:08:04 ID:QmMzvkTZ
このスレ、面白いのに、だれも書き込みがないので、あげ

136 :出土地不明:2005/04/22(金) 08:36:42 ID:g/lTEvQe
密かな名スレ発見!しかし私ごときの知識では邪魔になるので

とりあえず、あげ

137 :出土地不明:2005/04/22(金) 18:23:33 ID:0r5uYyre

◎HLA遺伝子 B52-DR15(B52-DR2)の頻度



本土日本人 8,6%、 沖縄人 1,5%、 アイヌ人 1,0%、
韓国人 1,4%、 中国朝鮮族 2,2%、 モンゴル人  5,9%



日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人

138 :出土地不明:2005/04/22(金) 21:57:47 ID:Nycm3kIw
>>135-136
ちょっと話題がとぎれているので、なんか、面白いとおもったところで
疑問があれば、それを新たに話題のきっかけにしたいと思います。

後半の話のまとめですが、

タリム盆地の楼蘭(ろうらん)近辺の砂丘に、3500年ぐらい前から
2500年前ごろまでの人々の墓が多数発見されて、およそその数は、
1000以上にのぼるというのがNHKの新シルクロードで紹介されま
した。墓の人骨からは、あきらかに白人的な形質が認められ、そこで、
その系統などが話題になっているわけです。考古学的には、ムギ作の
農民であり、当時、タリム盆地は緑豊かな草原であったとされ、さら
に、牛を飼っていたこともわかっています。
時代はずっとのち10世紀かそこらには、この地域に、トカラ語という
言語を話す民族が住んでいたことが知られていて、かれらの言語は、
インド・ヨーロッパ語族ですが、近隣のインド・ヨーロッパ語族の
多くが、インド・イラン系である(この系統は古くはサテム語群に
属する)のにたいして、トカラ語はケントゥム語群に属し、西ヨーロッパ
系との関連が示唆されるものの、トカラ語とヨーロッパの言語との
関係も明白に近いものはなく、トカラ語の民族自体が不思議な民族と
いうわけです。
さて、そうなると、タリム盆地の墓の白人系民族ももしや、トカラ語
との関係はないか、という話なのです。
そこで、タリム盆地の墓から出た人骨のmtDNAを調べたところ、それ
は、ハプログループH型に属し、とくにケンブリッジ基準配列という
ものに対して1塩基しか違いがありませんでした。そのことから、
西ヨーロッパの人々と非常に近い関係にありそうだということが示唆
されました。
というあたりまでが、まあ、今わかっていることです。

48 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)