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中国共産党崩壊・民主化までのシナリオを予想

1 :名無的発言者:2005/08/16(火) 05:19:28
もう中国が共産主義なんて言う嘘は通用しないし
共産党の独裁も崩壊すると思うんだけど今後どのような変化が?
中国の民主化は出来るのだろうか!


2 :名無的発言者:2005/08/16(火) 05:35:21
やはり共産党の内部からの崩壊だろうね。
もうやっていけないのは分かってるから
それを狙って改革開放を今以上に進め
勢力を拡大するグループが出てくるんじゃない?


3 :名無的発言者:2005/08/16(火) 05:39:27
日本の靖国問題や教科書問題に端を発した反日運動は、
成都や重慶などの地方都市ばかりではなく、
首都北京や中国最大の経済都市上海でも発生し、
暴徒化した民衆は日本大使館や領事館へと押し寄せて破壊活動をおこなった。また、
中国全土へと広がりをみせた反日運動で暴徒化した民衆は、
各地で日本人や日本企業を標的とした襲撃事件を発生させる。中国政府は暴徒化した民衆に対して冷静を訴えるが、
彼らは「愛国無罪」のスローガンを掲げることによって、
政府が強行手段による運動の制圧ができないことを理解しており、
さらに軍や警察の一部に支持者が広がっていることなども悟っていた。
 また、
反日運動の扇動者の中には、
天安門事件での民主化運動を支持していた人々もおり、
政府の黙認を利用して巧みに反日運動を民主化運動へと転換させようと画策するグループも現れるようになる。
 一方、
日本政府は表面的には強硬に中国政府に対して抗議するものの、
中国に莫大な資本を投下している産業界の圧力によって、
実質的には決めてを欠いた曖昧な対応しかとれず、
北京オリンピックや上海万博を間近に控え、
国際社会の批判を浴びることを恐れる中国政府と余儀なく妥協することとなる。
 しかし、
根底には中国経済のゆがみにある中国民衆の怒りの炎は、
沈静化するどころかますます激しさを増し、
曖昧なかたちで日本と妥協した中国政府への反発へとしだいに変化していく。

4 :ネオ生茶 ◆ARCR34htR6 :2005/08/16(火) 07:46:16
CASE1
中国と日本との間で戦争勃発。フランカー及び潜水艦が沖縄に侵入しアメリカ軍に
補足される。しかしフランカー等は無視し発砲。小規模被害が出るものの在日米軍の協力もあり
排除。これにより中国共産党の責任が問われ崩壊。

CASE2
中国の都市にてバイオハザードが発生、死者は述べ50万人を超え大惨事となってしまう。
これを危惧したIOCは中国オリンピックの中止を決定し共産党の威信が根底から崩れる事態となる。
CASE3
アメリカとの貿易摩擦によりアメリカからの人民元切り上げ要請に対し中国が挑発的な態度をとり
アメリカが対中制裁を行い景気悪化。中国で飢餓が発生し日本企業も撤退。ODAだけが頼りになる。
こうなっては先進国家として3流であるという見方をされ共産党崩壊。
CASE4
反日ムード高まる中国で相次いで日本人殺害事件が発生、しかしミスを犯したチャンコロは
事も在ろうに日本以外の外国人を多数殺害してしまう。これを野放しにしていたことが判明した共産党は崩壊し、
中国への観光客は殺人事件の影響で激減してしまい、地元経済にも大打撃を食らいスラム街が
出来るなどの悪影響が発生する。
CASE5
地元住民がイスラム教徒を殺害、中国で相次ぎテロが発生、これを食い止められない中国政府は根底から揺らぎ崩壊してしまう。

5 :名無的発言者:2005/08/16(火) 11:58:13
重複しま栗

6 :名無的発言者:2005/08/16(火) 12:18:39
民主化は無いな

7 :名無的発言者:2005/08/16(火) 14:00:46
どっちみち崩壊するしかない国だな。
今年中かそれともこの10年以内か・・・

8 :& ◆fEkT2WKoa. :2005/08/17(水) 12:53:04

中国の民主化は、北朝鮮の崩壊をきっかけに始まるという見方が
有力です。歴代王朝は、東北・満州部の騒乱が発端となって、
瓦解し、王朝交代していますが、今回も、東北が鬼門となります。
東北をまず騒乱状態に追い込むことが、北京の恐怖心をかき立て、
判断ミスを誘います。
そのシナリオは、こんな具合です。
 2007年10月、北の軍事クーデターをきっかけに、北の民衆は、
決起し、ついに金正日を絞首刑に処します。ルーマニアのチャウ
シェスクと同じ末路をたどります。しかし、経済は、相変わらず
困窮を極め、難民のほとんどは、近い延辺朝鮮族自治区になだれ
込みます。これを阻止しようとする中国軍が、難民の弾圧と虐殺
を行い、激昂した民衆は、韓国の支援を得て、大高麗共和国を建設
しようと動き始めます。世界各国も、中国の虐殺を非難し、
オリンピックをボイコットします。
こうして、共産党政府は、完全に威信を失墜し、民主化を求める
学生・知識人たちのデモが天安門広場はじめ全国で展開されます。
今度は、軍部も出動を拒否、警察も様子見を決め込みます。
胡政権の有力幹部は、この日に備え、海外に資産を逃避させていた
ので、次々に逃亡、香港経由でカナダ、オーストラリア、シンガ
ポールなどに移住します。危機感を抱いた軍部(陸軍)は、クーデター
を決行、胡総書記は、進退窮まり、自殺を遂げ、ここに中国共産党
の恐怖・密告政治は、終わりを告げます。
 覇権を握った軍部は、しかし、税収の落ち込みと国営企業の不良
債権処理のため、国債を乱発し、極度のインフレを招きます。
外資も逃げ出し、人民元は急落し、輸入インフレが生活を圧迫します。
こうして、軍部の内紛が起こり、東北部、中部、南部の軍管区が
独立を宣言し、再び、中国は大混乱と停滞の10年間に突入する
ことになります。




9 :名無的発言者:2005/08/17(水) 21:37:04
天安門以降、民衆の不満が自分たちに向かうことを恐れるようになった共産党。
その矛先を変えるべく、国内の反日感情を加速させ各地で官制デモを実行させた。
しかし、その行為は皮肉にも国民の政治参加の欲求を増大させることになり、
開放経済の下で民主主義の息吹に触れた人々は次第に共産党に疑念を抱き始める。

 2007年6月
反日ムードの中、日本首相の靖国参拝により沿岸部で大規模な非官制デモが発生。
「愛国無罪」を叫ぶ民衆に対し、政府は強攻策を採れずついに邦人殺害事件が起こる。
これに慌てた政府は民衆に冷静を呼びかけるが、行き過ぎた反日感情を抑えられず、
あろうことか、一部市民が日本大使、領事館や邦人会社を襲撃し始める。
各国からの非難を浴び、孤立を恐れた中国政府は異例の賠償案を日本に提示したが、
怒り極まった日本はこれを拒否する。
この一連の出来事は中国国内では伏せられていたが一部の市民がこの情報を入手し、
「共産党は小日本になめられている!」といった風潮が広がり始める。
そして風潮は次第に大きな流れとなり、大陸を呑み込んでいく。

つづきまつ




10 :名無的発言者:2005/08/17(水) 22:28:31
>>9の続き
 2007年9月
五輪に向け施設造営を続ける政府は大規模な増税を発表。
先の豚連鎖球菌で甚大な被害を受けたっ四川省で大規模な農民を中心とした蜂起が発生する。
その根底には増税苦と、先の疫病で十分な治療を受けられなかった不満が存在していた。
政府は直ちに周辺基地の人民解放軍を派遣。武力鎮圧に乗り出した。
しかし、今度は手薄になった派遣元の地域で蜂起が発生、次々に飛び火していく。
そしてついに福建省の一地域に於いて民衆側が勝利を収め、北京政府と、
人民解放軍の権威は地に落ち、ついには一部の反日意識の強い部隊は民衆に加担し始める。
華北、華中では正規軍と反乱軍の壮絶な戦闘が続き、外国企業は戦火を恐れ撤退してゆく。
この混乱に乗じて、東トルキスタン解放組織がウースーで蜂起、チベットでも反中運動が巻き起こった。
氾濫を起こした武装兵団との戦闘で余力の無い新疆駐留軍はウルムチを防衛できず撤退。
東トルキスタンの再興が宣言され、ウイグルの人々は中国への復讐戦争を開始する。
手駒が尽きかけて来た人民軍は、兵力確保のため内蒙古、西蔵量自治区からの撤退を決定し、
長きに渡る中国による侵略の歴史が幕を下ろした。
完全につきを失くした共産党は杭州、南京の会戦で破れついには優勢だった東北部でも主導権を失う。
四面楚歌、進退窮まった政府では主席を含む高官たちが次々に亡命し、命令系統を失った人民軍は、
各地で反乱軍に降伏。
そして2008年1月、反乱軍が北京市内に突入しここに共産党による中国統治は終わりを告げた。

またつづきまつ

11 :名無的発言者:2005/08/17(水) 22:52:59
がんがれ 法輪功

12 :名無的発言者:2005/08/17(水) 23:11:28
>>10訂正 氾濫→反乱

共産党政権崩壊後、中国各地で地方軍を母体とした軍閥が誕生し群雄割拠の時代となる。
南方ではインドがマクマホンラインまでの国土拡張のため陸軍5個師団が越境。
また日和見をしていた国府軍が台湾海峡を超え国土回復を宣言。
福州、アモイ、香港と次々と都市を陥落させ、南下する国府軍を恐れ人々は中越国境を越え始める。
事態を重く見たベトナム政府は軍による国境封鎖を決定。数十万の人々が国境を越えられず、
10日以上悲痛な泣き声が消えなかったという。これは後に「徳天滝の嘆き」と呼ばれるようになる。
一方、東北部ではロシアが国境を封鎖したが軍事境界線に主力を置く北朝鮮は部隊移動が遅れ、
大量の難民が流入。国境警備隊が銃撃で阻止しようとしたが弾がなくなっても難民は越境を続け、
逆に激昂した民衆により虐殺される「鴨緑江事件」が起こる。
大量の難民流入に耐え切れず北朝鮮は崩壊。金一族は国民裁判に掛けられ銃殺刑となる。
北朝鮮崩壊により更に増した難民たちは今度は韓国に流入し、韓国経済は崩壊した。
そして一部の難民たちは世界2位の経済力を持つ日本を目指し、命がけで対馬海峡を渡ることになる。
日本政府はあらゆる手段を講じたが完全な遮断はできず日本の経済、治安に大きな影を落とした。
「もっとも、陸続きでなかったからこの程度で済んだんだけどね。」とは、当時の首相の言である。
こうして、共産党崩壊後の中国は東、東南、南アジアに暗い闇を撒きながら、
戦乱と停滞の時代を迎えることとなる。

まだつづきまつ

13 :名無的発言者:2005/08/17(水) 23:57:48
>>12
2015年8月国民党政府と他軍閥との和平が成立。「中華戦争」が終結した。
中国は江南の中華民国、親印の四川、北京周辺の渤海、親露の満州、
そして西蔵、東トルキスタンの6カ国に分裂した。(内蒙古はモンゴルに併合)
圧倒的な軍事力の民国が全土制圧を諦めたのは、他国や元自治区への賠償から逃げるために、
わざと国内を分裂させ責任の所在を有耶無耶にするためであった。
2015年9月国連は中華地域へのPKOを派遣。そこで彼らは見たのは凄まじい荒廃を見る事になる。
「屠城」された都市、虐殺され白骨化した大量の死体、川から漂ってくる腐臭、
そして略奪や強姦、殺人を平然と行う軍閥兵士。中華の伝統的な戦争の図であった。
「いわゆる」旧日本軍の蛮行と酷似しているがここでは言及を避けておく。
一方、朝鮮半島では「日本が併合して復興すべき」との意見もあったが、
日本は「日本の植民地支配は悪だった」という史観に則り辞退。未だ復興のめどは立っていない。
こうして、反日に端を発した戦乱は民主化の訪れではなく軍閥支配への逆戻りを招き、
多くの中華の人々の命が失われ、東アジアの荒廃をもたらして終結したのである。

結論・・中国はムカツクが崩壊するとまじヤバス・・と、思いマスタ。わたすは

以上、長いですがチラシの裏でした。



14 :名無的発言者:2005/08/18(木) 00:04:40
>>10
量→両
オレダメポ・・・・orz

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