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ブルース・ナウマン【真のアーティスト】

1 :1:05/03/04 00:44:54
現代の若手アーティストたちにカリスマ的な影響を与えた、20世紀後半の最も独創的で
最も重要なアーティストである、ブルース・ナウマンのスレです。

ブルース・ナウマン Bruce Nauman 現代美術作家
略歴
1941年、アメリカ・インディアナ州フォート・ウェインに生まれる。
1964年、ウィスコンシン大学卒。
1966年、カリフォルニア大学大学院修了。ロサンゼルスで初個展。
1968年、ニューヨークで個展。カッセル・ドクメンタに出品。
1972年、ロサンゼルス、ニューヨーク、ヨーロッパで回顧展。
1979年、ニュー・メキシコに移住。
1981年、西ドイツなどで回顧展。1986年、オランダなどで回顧展。
1991年、イギリスなどで個展。1992年、カッセル・ドクメンタにビデオ作品で参加。
1993年、ワシントンDCなどで個展。彫刻を対象とするイスラエルのウルフ賞受賞。
1994-95年、ニューヨーク近代美術館などで「大回顧展」。
1999年、ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞。
2004年、テイト・モダン美術館で個展。米誌タイムで、「最も影響力のある世界の100人」に選ばれる。
    第16回高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)受賞。


2 :1:05/03/04 00:45:26
第16回高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)受賞。
http://www.sankei.co.jp/databox/pi/html/040608_02.html

http://www.sankei.co.jp/databox/pi/html/041019.html
|世界文化賞の秋 演劇・映像 キアロスタミ氏 ナウマン氏来日
|また、同賞の彫刻部門を受賞したアメリカのブルース・ナウマン氏(62)がこの日、
|香川県・直島の美術館「ベネッセハウス」を訪れた。
|代表作「100生きて死ね」が展示されており、自作との約10年ぶりの“再会”を楽しんだ。
|直島で美術をテーマに町づくりを展開しているベネッセ・コーポレーションの福武總一郎会長兼CEO(最高経営責任者)が
|古くからナウマン氏のファンで、約10年前、「100生きて死ね」を購入。同美術館のメーン展示として一般公開してきた。
|生と死に関する100の言葉が青や赤、白などのネオン管で表示され、不規則に点滅して人の一生を象徴する。
|ナウマン氏は「アメリカからはるか遠く離れた日本の小さな島に、自分の作品が展示されていることに感激しています」と話した。


3 :1:05/03/04 00:50:28
ARTFACT.NETのアーティストランキングによると、ブルース・ナウマン 
Bruce Nauman(1941-)のアーティスト・ランキングは、以下のようになってます。
まさに、真のアーティストですね。
12位(2000年)→12位(2001年)→4位(2002年)→5位(2003年)→4位(2004年)
http://www.artfacts.net/index.php/pageType/artistInfo/artist/3205

4 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/04 01:08:51
いいねえ。ナウマン。
映像作品見るにはどうすればいいんだろう?

アップリンクのビデオ以外で。

5 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/04 02:05:59
今年の1月に金沢21世紀美術館でナウマンを紹介するドキュメンタリーヴィデオ
《ブルース・ナウマン−Make Me Think》
(監督:ハインツ=ペーター・シュヴェルフェル/1996年/51分)
の無料上映が行われたようです。
http://www.kanazawa21.jp/ja/04event/event_one.php?id=45
僕は某所で、このヴィデオの劣悪なコピーを見ました(ヨーロッパ某国の教育テレヴィで放映されたもの)が、
コスースや、レオ・キャステリなどの証言や、『アーティスト化粧』、『ピエロの拷問』などなどの、
ナウマンのヴィデオ作品のさわりの部分は見ることができました。できれば私も入手したいのですが・・・。


6 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/04 03:11:10
だからそれがアップリンクから出ている。
大きなTSUTAYAにレンタルがあります。

7 :5:05/03/04 04:05:49
>>6
>だからそれがアップリンクから出ている。
アップリンクからではなく、ユーロスペースから出ています。
|「ブルース・ナウマン―MAKE ME THINK」 ESV-025
|ハインツ=ペーター・シュヴェルフェル \4572
通販できるようです。
http://www.eurospace.co.jp/artdoc.htm

TSUTAYAでレンタルできるんなら便利ですね。

8 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/04 04:14:38
ナウマンの初期のヴィデオ作品の動画が、下記サイトにあります。

http://www.vdb.org/smackn.acgi$artistdetail?NAUMANB

9 :1:05/03/04 04:58:58
>>8
"Bouncing in the Corner, No. 1"( 59:48 , 1968年)
"Bouncing in the Corner, No. 2"(59:58 , 1969年)
どちらもナウマン自身の肉体を使った、パフォーマンス的ヴィデオ作品。
両作品とも、自分のスタジオのコーナーに自身の背中をぶつけて、バウンドさせる単調な運動の反復を、
固定カメラで撮影している。
顔と足先は、フレームから外されて、肉体の匿名性が強調されている。"No.2"ではナウマンの口までがときどき
映されるが、鼻から上はフレーム外。
コスチュームは白いTシャツとジーンズという、この時期のナウマンのユニフォームである。
2つの作品の違いは、"No.1"では、カメラが横向きにナウマンの正面に固定され、身体が横倒しの形で再生される
のに対し、"No.2"ではカメラが逆さまに、ナウマンの正面斜め上に設置され、身体が逆さま、かつパースペクティヴが
強調されて再生されている点である。
<考察>
四角い部屋のコーナーに注目したアーティストとして、バターの山を置いたボイス、さらにキャンディーの山を
置いたゴンザレス=トレスの作品との関連性を考察せよ。

10 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/18 21:51:24
>>1
>>1964年、ウィスコンシン大学卒。
大学では数学、物理学とアートを学び、非公式に音楽(ベートーベン、
シェーンベルク、ウェーベルン、ベルクなど)を学び哲学(特に
ヴィトゲンシュタイン)を学んでいたという。こういう経歴は、
ナウマンの視覚美術へのアプローチの独自性の理由だと思う。
後期ヴィトゲンシュタインへの着目という点では、たぶんコスースに先行
しているのでは。

>1966年、カリフォルニア大学大学院修了。ロサンゼルスで初個展。
>1968年、ニューヨークで個展。カッセル・ドクメンタに出品。
初の個展が、1966年5月のNicolas Wilder Gallery(LA)で、
2度目の個展が、1968年1月のレオ・キャステリ・ギャラリー(NY)ってのが
凄い。この年にコンラート・フィッシャー(デュッセルドルフ)でもヨーロッパでの
初個展をやってる。
レオ・キャステリの慧眼にも驚かされる。


11 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/18 23:12:04
ヴィトに注目したから偉いってわけでもあるまい。


12 :1:05/03/19 07:26:38
>>11
>ヴィトに注目したから偉いってわけでもあるまい。
いや、それが偉いんですよ。ヴィトゲンシュタインの『哲学探求』は、本人の死(1951年)後、
1953年に出版されてますけど、1960〜64年頃に、ナウマンは、「言語ゲーム」とか「家族的類似性」といった、
後期ヴィトゲンシュタイン的な考え方を受容し、直後にアートへ応用してるんだから。
この頃の時代思潮は、マルクス主義と実存主義なわけでしょ?
事実、ミニマリスト達にせよ、アルテ・ポーヴェラのアーティストにせよ、批評家にせよ、
社会主義的、階級的歴史観に捉われていたわけじゃないですか。
ナウマンがアート活動を本格的に開始した1965年には、彼は既にアートを相対化する、
メタ・アート的な視点を持っていたし、言葉と身体性を自身のアートの中心にすえていた。
現代美術はデュシャンを祖父とし、ナウマンを直接の父として現に動いていると言えます。
日本でのナウマンの紹介が不十分なのは、実に残念ですね。そのために日本のアートは、
欧米のアートのメイン・ストリームから遊離しちゃってると言っても良いです。


13 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/19 10:52:05
> この頃の時代思潮は、マルクス主義と実存主義なわけでしょ?

フランスではそんな感じでしょうね。
アメリカではミニマリストはポンテのような現象学に大いに感心をもっていたりして、
日本のもの派の作家もそこら辺について言及してたりしてますけど、






14 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/19 14:14:39
>>12
分析哲学だらけのアメリカでヴィトに注目することは、
単に周囲の風潮に乗っていただけとも取れるから、
そこを取り出して褒めるのは筋違い。

言語哲学への着目なら、
ラインハート経由でのコスースも侮れないだろう?

君の回顧はちょっと現代的視点からのものに偏っている。
しかも現象学の影響力をよく掴んでいないようだ。

俺もナウマンの意義は圧倒的だと思うが、
もう少し正確に頼みますよ。

15 :1:05/03/19 22:07:15
>>13
>> この頃の時代思潮は、マルクス主義と実存主義なわけでしょ?
>フランスではそんな感じでしょうね。
>アメリカではミニマリストはポンテのような現象学に大いに感心をもっていたりして、
>日本のもの派の作家もそこら辺について言及してたりしてますけど、
ちなみにカール・アンドレとか、当時も今も政治的な左派であり、当時はマルクス主義者だった
はずです。歴史に進歩という概念を見出す点で、モダニズム芸術とマルクス主義は同じ歴史意識を
共有していました。所詮、現象学は、ヘーゲル・マルクスと同じく、主観性の哲学の最終形態にすぎず、
グリーンバーグの批評同様、近代的なパラダイムの域を出ていないと思います。メルロ・ポンティの視野にあった
美術は、セザンヌからジャコメッティ(1950年代の現代美術)までであって、いずれもモダニズムのアートです。
ナウマンはポスト・モダニズムのアートを開拓したパイオニアの中で、最も重要なアーティストであり、
何故ナウマンが、1960年代半ばに、アートの世界と歴史をメタレヴェル的視点で、相対化できたかというと、
ヴィトゲンシュタインの後期哲学を受容していたからだと考えます。
言語ゲームならぬ、アート・ゲームとして、アートを捉える視点であり、それはデュシャンが切り開いた道でもあります。


16 :1:05/03/19 22:30:11
>>14
>言語哲学への着目なら、
>ラインハート経由でのコスースも侮れないだろう?
別にコスースを侮るつもりはないし、たぶん間違いなく、『1つまたは3つの椅子』(1965年)とか、
ネオン管の作品とかでも、初期のナウマンに大きな影響を与えてると思いますよ。
でも例えば言葉を使った作品について、ナウマンとコスースの作品を比較すると、コスースは真面目なだけで、
諧謔もウィットも無いのに対し、ナウマンはデュシャンの"BLACK WINDOW"なんかの洒落気を継承していて、
ずっと面白いと思うわけです。そういう変な魅力が、現代の多くのアーティストに影響を与えてるところだと思います。

17 :1:05/03/19 22:43:23
>>14
>分析哲学だらけのアメリカでヴィトに注目することは、
>単に周囲の風潮に乗っていただけとも取れるから、
>そこを取り出して褒めるのは筋違い。
ヴィトというと「アコンチのこと?」と誤解されますよ。
ヴィトゲンシュタインの後期思想は、分析哲学とも現象学とも
別の発想だと思います。コスースがこれに着目するようになるのは、もっと
後のことのような感じがします。『1つまたは3つの椅子』(1965年)というのは、
マグリットの『これはパイプでは無い』(1929年)と類似の構造を持つ作品であって、
「意味」についての考察を促すものだと思いますが、インスタレーションの手法が、
当時としては新鮮だったというだけで、今となっては、あんまり波及力があった作品とも
言えないのではないでしょうか?


18 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 00:16:14
ナウマンの意義を否定なんかしていないって。
ヴィトゲンシュタインに無理に関連付けるのをよすべきだ。
しかも現象学=モダン=古いという連想も良くない。

ナウマンには、ミニマルから継承した身体の問題があるのは明白。
ミニマリズムの作家たちがメルロ=ポンティの読者だったことは言うまでもない事実。
マルクス主義や実存主義が嫌いなのはわかったからさ。

19 :1:05/03/20 00:54:24
>>18
>ヴィトゲンシュタインに無理に関連付けるのをよすべきだ。
>しかも現象学=モダン=古いという連想も良くない。
別にナウマンの発想の起源の全てが、後期ヴィトゲンシュタイン哲学だなんて
言うつもりはありませんよ。例えば、数学、物理学を大学で学んでいた点も、彼の作品の
一部にあるマトリックス的な傾向を理由付けると思います。

>ナウマンには、ミニマルから継承した身体の問題があるのは明白。
>ミニマリズムの作家たちがメルロ=ポンティの読者だったことは言うまでもない事実。
「ミニマルから継承した身体の問題」と言われて、思い浮かぶのはロバート・モリスぐらいなんですが、
彼の身体性への関心は、デュシャン、ジャスパー・ジョーンズからの継承だろうと思いますが?
アンドレもジャッドも、具象的なもの、シンボルを作品に持ち込むことを決してしない連中でしょ。

>マルクス主義や実存主義が嫌いなのはわかったからさ。
別に嫌いじゃないって。偏見をもってるのは、あなたの方だと思いますが。

20 :1:05/03/20 01:08:44
1950年代のジャスパー・ジョーンズの作品の、1960年代のアーティストたちへの影響は、
きわめて大きい。ステラのブラック・ストライプ・ペインティングの発想の起源は、
星条旗のシリーズのストライプの反復だったらしい。
"Target with Plaster Casts"(1955)などの、鼻や耳などの人体のパーツの型どりした
作品も、直接的にモリスやナウマンに影響を与えたはず。もちろん、ジャスパーは
断片化された人体というアイデアを、デュシャンから影響されているわけだけれど。
メルロ・ポンティに影響されたのは、批評家たちが、批評言語を得ようとして、
引用したに過ぎないだろう。
ちなみにメルポンは、デュシャンを著書の中でアートの劣等生呼ばわりしている。


21 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 01:15:12
セラを忘れてますよ

22 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 01:18:50
>ちなみにメルポンは、デュシャンを著書の中でアートの劣等生呼ばわりしている。

キュービズムの落ちこぼれだからね。デュシャンが示したのは、絵をやめた絵描きの余生の過ごし方。

23 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 01:26:02
1もちつけ。
ナウマンを褒めるために色々な香具師を貶しすぎる傾向がある。

24 :1:05/03/20 01:54:47
>>16
>諧謔もウィットも無いのに対し、ナウマンはデュシャンの"BLACK WINDOW"なんかの洒落気を継承していて、
間違えました。"FRESH WIDOW"(1920)でした。すいません。
ttp://www.nw-museum.de/zweites-og/DUCHAMP/widow.html

25 :1:05/03/20 02:09:36
>>23
>1もちつけ。
>ナウマンを褒めるために色々な香具師を貶しすぎる傾向がある。
ご忠告ありがとうございます。
自分としては、貶すつもりは全くなく、このスレでナウマンの作品に対して、
多角的にアプローチしていきたいと思っていて、その端緒として他の固有名と比較対照したり、
影響関係を言及してるつもりです。単なる叩き台ですから、批判して頂くのは歓迎です。
煽りの類は相手にしませんが。

26 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 02:10:21
>>25
あんたが煽りに回っている気がする。

27 :1:05/03/20 02:59:43
>>19
>別に嫌いじゃないって。偏見をもってるのは、あなたの方だと思いますが。
この1行は、中傷に近い表現を、ついうっかりしてしまいました。
>>18さん、申し訳ありませんでした。>>26さんも、私の表現が、ご不快だったことと思います。
大変反省しております。当分謹慎します。


28 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 07:39:37
ブルースナイマンってううのか?

語りたい奴って批評会のブルースナイマンになりたいのね。

29 :わたしはダリ?名無しさん?:05/03/20 19:27:36
ナウマンって結構いろんなことしているよな。
ホワイトリードなんてもろ真似してるし、
日本でまとめて作品を見れるところないかな?

30 :1:2005/03/21(月) 11:36:34
下記のURLにも、ナウマンの紹介があります。
短いながら作品の映像を4つ見ることが出来ます。
Model for "Stairway"、"Setting a Good Corner"、
"Read-Reap," & "Hanging Carousel (George Skins a Fox)"、
"Mapping the Studio (Fat Chance John Cage)"
ttp://www.pbs.org/art21/artists/nauman/#

31 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/21(月) 12:00:08
動画見れるの?


32 :1:2005/03/21(月) 12:06:45
>>21
>セラを忘れてますよ
リチャード・セラは、ナウマンと同じくポスト・ミニマル世代のアーティストですよね。
身体性に着目するヴィデオ作品も残してるし、ガスマスクを着けたパフォーマンスも有名ですね。
巨大な「彫刻」作品でも、鑑賞者を作品の内部に引き込み、物質的に圧倒することを狙っているように
思います。僕は49回(4年前)のヴェネチア・ビエンナーレで、渦巻状の作品に接したことがあります。
ナウマンとも1970年頃に一緒の展示をやってたように記憶します。
他にもダン・グラハム、ヴィト・アコンチ、デニス・オッペンハイムなんかと比較していくと、面白いかもしれませんね。
アコンチは活動の初期に、ナウマンからの影響を受けたらしいです。

33 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/21(月) 12:07:23
セラはメルロ・ポンティの読者ですよ


34 :1:2005/03/21(月) 12:13:02
>>31
>動画見れるの?
下記URLのページの左下のMULTIMEDIAの文字の下の:
"VIDEO"という青い文字をクリックすると、動画を再生します。
再生画面の上のメニューでQUICKTIMEなどのメディアを指定してください。
www.pbs.org/art21/artists/nauman/#

35 :1:2005/03/21(月) 12:32:27
>>33
>セラはメルロ・ポンティの読者ですよ
セラはミニマリズムの作家なのでしょうか?
僕の考えでは、セラはミニマリズムとポロックの「アクション」という矛盾するような
2つの遺産を継承したアーティストであって、こうしたジェスチャーによるテクスチャーは、
ステラやジャッドなどのミニマリストたちからは、排除されたものであり、
そうした要素を復活させたセラのアートは、ミニマルに似て非なるものに、
発展していったと思ってます。ダン・グラハムの透明な環境彫刻も、ポスト・ミニマルな作品だと思います。
他方でナウマンは学生時代にポロックでは無く、デ・クーニングが、具象と中傷のハザマに
留まって、ピカソを乗り越えていったという点を評価していたそうです。
ということで、「ポロック&セラ」対「デ・クーニング&ナウマン」という構図が描けるような気もします。


36 :1:2005/03/21(月) 13:12:34
ナウマンの作品でも、高い壁で狭い廊下をつくり、鑑賞者を内部へ取り込むたぐいの
作品は、なるほどメルポン的な現象学を説明の道具に、つい使いたくなりそうですね。
でも僕の印象では、こういう身体を囲う種類の作品は、モルモットを使う行動主義的心理学の
実験設備と似てるように思います。監視カメラという道具も、権力装置を具現している意味も
あるような気がします。檻の中の檻なんてのも、カフカ的なメタファーが意図されている
ように思うし。どうもナウマンの場合、メルポン現象学的な関心より、肉体への拷問や監視など、
制度的なものが生々しく発現する体験を、作品で作ろうとしているように思えます。
もうちょっとよく考えてみます。

37 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/22(火) 00:42:51
メルロ=ポンティには当然、制度の視点がありますよ。


38 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/22(火) 01:00:30
ポンテのいう制度とフーコーのいう制度と微妙にずれると思う。



39 :1:2005/03/23(水) 01:15:22
>>29
>ナウマンって結構いろんなことしているよな。
>ホワイトリードなんてもろ真似してるし、
"A Cast of the Space under My Chair"(1965-68)という作品ですね。
ご指摘のように、ホワイトリードは、ほとんど同じアイデアの作品を90年代に
作ってますね。
椅子ではなく机の下の空間をセメント詰にして、3×3個に並べたもの。
廃屋をセメント詰めにする作品も、完全にオリジナルではないようですが。
作品を綺麗に見せることにかけては、長けてるアーティストだと思います。

40 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/25(金) 00:54:29
日本にもいるよね。
椅子だの机だの下の空間にコンクリ流しこんで塊をつくる若い女彫刻家。
作る方も作るほうだけど、評価する方も知ってて評価してるみたいだ。
あと、会場に複数スピーカーを設置してを歩くにつれて聴こえる内容が変わってくるような音響彫刻を作ってる作家もいたりする。


41 :1:2005/03/26(土) 02:12:27
ナウマンの初期の代表作、『手から口まで』(1967年)は、ワシントンDCのヒルシュホーン美術館にあります。
最初の奥さんの型を取ったそうです。1968年のレオ・キャステリ・ギャラリー(NY)での個展で展示されてます。
蜜蝋のオリジナル1点しか作られていないのでしょうか?柔らかく熱に弱い素材なので、保存が大変だと思います。
"From Hand To Mouth" (1967) Wax over cloth 28 x 10 1/8 x 4 in. (71.1 x 25.7 x 10.2 cm.)
http://hirshhorn.si.edu/collection/record.asp?Artist=Nauman%20Bruce&hasImage=1&ViewMode=&Record=1

"From hand to mouth" のためのドローイング (1967年)個人蔵
http://www1.uol.com.br/bienal/24bienal/nuh/enuhnauman03i.htm


42 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/26(土) 02:40:32
>『手から口まで』
どう観たらいいんだろう?
現物を観たら、それなりに説得力はありそうなんだけど、
単に、アートの特権的なモチーフである人体を、人体から直接かたどりして作っただけということでもないんでしょう?



43 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/26(土) 02:40:43
そういう保存しにくい作品って保存しないといけないもんなの?

44 :1:2005/03/26(土) 03:06:29
>>42
>>『手から口まで』
>どう観たらいいんだろう?
>現物を観たら、それなりに説得力はありそうなんだけど、
>単に、アートの特権的なモチーフである人体を、人体から直接かたどりして作っただけということでもないんでしょう?
ナウマンがこの作品をつくった1967年においては、人体は既に「アートの特権的なモチーフ」では無くなっていました。
ミニマリズムのような抽象彫刻か、オルデンバーグのチーズバーガーようなポップアート彫刻が、当時の前衛だった
わけです。
ナウマンの、この作品は、人体の断片であり、目鼻を奪われ、暴力的に引きちぎられたような形の、口と右手だけの、
匿名化された人体です。それが、鑑賞者の目線の高さの壁に掛けられて展示されました。
ナウマンの初期作品は、先行するミニマルとポップを踏まえた上で、それらから外れた、アーティスト自身の個的な
アイデンティティを原点に、アートを問い直すものだと思います。同時に発表された他の作品と、あわせて鑑賞する
ことで、作品の理解が進むでしょう。僕自身は、ある種の詩的な美しさを、この作品から感じます。


45 :1:2005/03/26(土) 03:29:12
2001年のクリスティーズの競売で、$9,906,000 で売れた作品。
話題になった村上の作品は、$567,500でしたから、桁が違います。
"Henry Moore Bound to Fail ", 1967 Wax over plaster
(下記URLの右側のイメージの5番目をクリック)
http://www.christies.com/departments/exceptionalprices.asp?DID=20

上記の彫刻作品の元になった写真作品(11枚の連作中の1枚)
"Bound to Fail" 1966-67/1970
From a portfolio of 11 color photographs. 19 3/4 x 23 1/2 inches.
The Heithoff Family Collection, Minneapolis.
http://www.hammer.ucla.edu/exhibitions/9/work_129.htm


46 :1:2005/03/26(土) 03:33:01
>>43
>そういう保存しにくい作品って保存しないといけないもんなの?
同じ時期につくられたナウマンの同様の重要な作品が、クリスティーズで
10億円以上の価格がついています。
貴重な美術品ですから、大切に保存しないと非難されます。


47 :sage:2005/03/27(日) 01:11:48
>>19
>「ミニマルから継承した身体の問題」と言われて、思い浮かぶのはロバート・モリスぐらいなんですが、
彼の身体性への関心は、デュシャン、ジャスパー・ジョーンズからの継承だろうと思いますが?

初期についてはそう。でも有名な「彫刻に関するノート」(65年)になると、明らかにメルロ=ポンティの
発想を取り入れてる。

>>35
>セラはミニマリズムとポロックの「アクション」という矛盾するような
2つの遺産を継承したアーティストであって、

 モリスはもともとパフォーマンス畑の人だから、身体/空間の関係に興味をもっていて、
それを作品と著作の両方で前景化していた。一見ジャッドに似て見える65年頃の幾何学形態の
作品も、元はと言えばパフォーマンスの舞台装置として作った作品が元にある。それとアンドレも
例の床に金属板を敷き詰めた作品なんかは観者/作品/展示空間の関係を意識化させる装置として
考えられてる。ミニマリズム=ジャッド+ステラという発想はちょっと狭いんじゃないか。
 ただし、ジャッドとモリスの間に、違いというか葛藤みたいなものがあるというのはその通りで、
たとえばジャッドは、むしろモリスの作品を批判していた。でも発言やテキストはともかく、
ジャッドも作品には現象学的な関心(観者の空間性と時間性が作品の知覚にどう影響するか)が現れ
てると思うがな。
 
>>41
>ヒルシュホーン
ハーシュホーンと発音する。



48 :47:2005/03/27(日) 01:27:04
補足。モリスとアンドレの話はジェスチャーじゃなくて身体と空間の関係についてね。
二人とも確かに身振りの痕跡みたいなものは(60年代の作品では)排除してるからな。
だけどセラの70年代以降の作品(ヴェネツィア・ビエンナーレの例が挙がってるが、
ああいう鉄板のやつ)はジェスチャーとは直接関係ないし、むしろかなり直接的に
ミニマリズムが出した問題を引き継いでるよな。おっしゃる通り批判的にだけど。


49 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/27(日) 02:03:44
>彼の身体性への関心は、デュシャン、ジャスパー・ジョーンズからの継承だろうと思いますが?

『手から口まで』という作品は確かにそういう感じですね、ジョーンズを洗練させたように見える。
というか、どの作品もとっても洗練されてるように見える。

50 :1:2005/03/27(日) 06:47:41
>>47
> モリスはもともとパフォーマンス畑の人だから、身体/空間の関係に興味をもっていて、
>それを作品と著作の両方で前景化していた。一見ジャッドに似て見える65年頃の幾何学形態の
>作品も、元はと言えばパフォーマンスの舞台装置として作った作品が元にある。
明日モリスの回顧展を見に行くつもりなので、何か発見があるかもしれません。
舞台の上の箱の中に人が入っていて、突然倒れるというパフォーマンスをしたそうですが、
幾何学的キューブの作品と別に、人間が箱に入るという発想の作品も平行して作ってた
ようですし、後の世代と共通するネオダダ的資質を持ってるアーティストのような気がしてます。

>それとアンドレも
>例の床に金属板を敷き詰めた作品なんかは観者/作品/展示空間の関係を意識化させる装置として
>考えられてる。ミニマリズム=ジャッド+ステラという発想はちょっと狭いんじゃないか。
過日アンドレの金属板の新作を見たり、本人と話したりしましたが、そういう装置として作品を作っては
いないと思います。彼のサイト・スペシフィックな作品は、展示空間を含めて完璧な統一体となることを
意図しており、コンセプチャルな多義的解釈の遊びを拒否するものだと思いました。
彼自身、コンセプチャル・アーティストではなく彫刻家であって、言葉や論理で説明できないけど、
深い感動を与えるものを表現したいということでした。信念を変えない立派なアーティストだと思いましたね。


51 :47:2005/03/27(日) 09:25:12
>>50
アンドレと会ったのかい。そりゃ貴重な体験だ。

>展示空間を含めて完璧な統一体となることを
意図しており、

なるほど。ただジャッドの場合と同じく、作家の発言と、作品から引き出せる
解釈は一応分けて考えた方がいいと思うんだが。

>コンセプチャルな多義的解釈の遊びを拒否するもの
これはナウマンのことかい? それともコスースとかルウィットとかウェイナーとか
ボクナー等々を含めて?


52 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/27(日) 13:50:18
1はコンセプチュアルに対して否定的すぎるんじゃないかね

53 :1:2005/03/28(月) 07:09:19
>>51
>>>コンセプチャルな多義的解釈の遊びを拒否するもの
>これはナウマンのことかい? それともコスースとかルウィットとかウェイナーとか
>ボクナー等々を含めて?
「コンセプチャルな多義的解釈の遊び」という部分が、ナウマン作品だけの特徴と僕が思っているのか、
それとも他のコンセプチャル・アーティストもそういう傾向を持つのかという、ご質問だと思いますが、
とりあえず、言葉を扱ったアーティストとして、ナウマンとコスースを比較すると、前者はアナグラム的な言葉遊びを
積極的に作品に取り入れたり、コミュニケーション、言語行為としての声を素材としたり、多義的な解釈を鑑賞者に許す
作風のように思え、後者は、少なくとも初期においては、より厳密かつ簡潔な表現で、言語と認識、意味作用をテーマとして
いたように思います。

54 :1:2005/03/28(月) 07:19:51
>>47
>初期についてはそう。でも有名な「彫刻に関するノート」(65年)になると、明らかにメルロ=ポンティの
>発想を取り入れてる。
きょう、モリスの回顧展で60年代から2002年までの作品を観てきました。
この人はハンターカレッジで美術史を教えた経歴もあり、現象学だけでなく、デヴィッドソンやチョムスキーや、
様々な思想家から影響を受けて、作品に反映させてきたアーティストということだそうで、思想的変遷があるせいか、
実に多様な作品を作ってますね。この人をミニマリストとして扱うのは、やっぱり違うと思いました。ミニマリストに
一時的に擬態していただけだと思います。


55 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/28(月) 17:04:27
               ____________________
               | ___________________
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           彡 ̄ | |XXX|XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
∧_∧  (⌒) 彡    | |XXX|XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX  
(   `)/ /       | |XXX|XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
(    `つ/       | |XXX|XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
 \  __,ノ        | |XXX|X X ヽ(´Д`;)ノ 上に蹴られたら届かないのさ〜
  / /彡        | |X / ̄ ̄ ̄(___) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
  (_)          | |/      |   |〜〜
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◎ ̄ ̄◎ ころころ〜 ̄ ̄ ̄ ̄      




56 :1:2005/03/28(月) 22:43:54
>>44
>ナウマンがこの作品をつくった1967年においては、人体は既に「アートの特権的なモチーフ」では無くなっていました。
>ミニマリズムのような抽象彫刻か、オルデンバーグのチーズバーガーようなポップアート彫刻が、当時の前衛だった
>わけです。
60年代の人体表現として、ジョージ・シーガルの作品についても、いちおうコメントが必要でしょう。
シーガルは、ポップアートのアーティストとみなされることが多いようですが、シーガルにとってもまた、
人体は「美」が顕現する特権的な場所という意味を、全く否定されています。
主に都市に生活する社会的な人物類型を意味する物として、着衣の人体の石膏型が使用されているのだと思います。
シーガル作品には、ナウマン(あるいはジャスパー)のような、人体の断片化という発想は無さそうです。
日本でも三木富雄が、耳のシリーズを作り始めたのが1963年からだそうですし、世界的に、そういう表現が
関心を集める時代背景が、あったんだろうと思います。

57 :1:2005/03/29(火) 03:38:41
グッゲンハイム美術館のサイトにある、モリスの経歴を部分的に訳してみました。
ttp://www.guggenheimcollection.org/site/artist_bio_115.html
ロバート・モ リスの略歴(1)
|1931年2月9日、ミズーリ州、カンサス・シティに生まれる。
|機械工学を学んだ後、アートとアート批評に戻り、1966年に、ハンターカレッジ(ニューヨーク)でブランクーシに
|関する論文で修士の資格を得た。
|その後、モリスは影響力ある批評エッセーを書き続けた。その中の4つは、彼の最も重要な仕事とみなされている。
|すなわち、タスク志向のダンスについて(“Some Notes on Dance,” 1965)、
|ミニマル彫刻について (“Notes on Sculpture,” 1968)、
|プロセス・アートについて (“Anti Form,” 1968)、
|アース・ワークについて (“Aligned with Nazca,” 1975)である。

|1950年代、ダンサー兼振付師であった、妻のシモーヌ・フォーティとともに、サン・フランシスコで暮らしていたモリスは、
|しだいにダンスに興味を持つようになる。
|1959年のニューヨーク転居後、ジャドソン・ダンス・シアターとして知られる、前衛ダンスの連盟に、夫妻で参加。
|モリスは、このシアターのために、たくさんの作品の振り付けを行い、『アリゾナ』(1963)、『 21.3』 (1964)、 『Site』 (1964)、
|『 Waterman Switch』 (1965)などの作品を演出した。

ジャドソン・チャーチ・ダンス・シアターの活動には、1960年には、ラウシェンバーグも参加していたり、
ナウマンと関係が深い、メレディス・モンク(Meredith Monk)も、60年代にダンサーとして関わっていた
ということです。僕はダンスには不案内ですが、
「ジャドソン派はN.Y.のジャドソン教会を拠点にカニングハムやアン・ハルプリンの弟子筋が中心になって、
ダンスを徹底的に革新した連中なのだが、(略)、伝統的な身振りの技法をとりあえず拒否し、即興を導入しつつも、
身振りを生成するための方法論、そして形式性の再獲得を含んでいた意味で、ジャドソン派の作業は重要である。」
ttp://www.adachitomomi.com/j/a/diary.html
というような意見もあるようで、モダンダンスの歴史においては、常に言及される存在らしいです。


58 :1:2005/03/29(火) 04:00:28
モリスはナウマンより10歳年長ですが、なんとなく傾向の近い作品を作ってると
思います。その理由の1つは、50年代にサン・フランシスコで暮らした経歴の中で、
当然ながらNYとは違う西海岸のアートの環境と親しく接したはずで、そういう影響も
あるんじゃないかと思います。

ナウマンの最初のインタヴューは、1965年のものですが、それを読むと、ナウマンだけでなく、
とりあげられた4人のサン・フランシスコで活動するアーティスト(そのうち2人はナウマンの先生だった)
の共通特徴として、ミニマルでもポップでもない、日常的なものをモティーフに使う、多義性、特定の素材に
こだわらない、映像作品を手がけるなどの傾向が指摘されていて、当時勃興しつつあった西海岸のアートは、
ニューヨークに比べて、有力なコレクターがいないなどの理由で、むしろ売れることを意識しないラディカルさが
あったという風なことが書かれていました。
それで、20代の頃に、ここにいたモリスも、そんな傾向に染まってたのかもという気もします。

59 :1:2005/03/29(火) 07:37:17
ロバート・モ リスの略歴(2)
|モリスは、1960年代、70年代の3つの主要なアート運動、ミニマル彫刻、プロセスアート、アース・ワークの定義において
|中心的役割を演じた。実際、モリスの最初のミニマリズム的オブジェ群は、彼が演出したダンス・パフォーマンスの小道具
|として作られ、続いて簡素な木製の箱のような形をした立体が作られたが、これらは、ジャドソン・ダンス・シアターが、
|表現よりも機能を強調したことを反映している。1964年と1965年に、モリスは、こうした、さえない建築的な立体を、
|ニューヨークのグリーン・ギャラリーの全ての展示室に展示した。1960年代の後半、モリスは、より綿密な仕上げの、
|工業的な加工を、彼のミニマル彫刻のために探求し、アルミや鉄の網目のような素材を使用した。

|これらの工業的な製造と同様に、1960年代にモリスが制作した、ネオ・ダダ的な一連の彫刻群もまた、「芸術的な
|自己表現」という神話に挑戦するものだった。これらの作品には、彫塑された脳と、脳派を打ち出した紙から構成される、
|皮肉に満ちた「自画像」も含まれていたし、その他の作品は、マルセル・デュシャンの科学っぽい知覚の実験や測定の
|作品から、直接に発想されたものだった。


60 :1:2005/03/29(火) 08:19:30
ロバート・モリスの作品
『無題』 (Corner Piece) 1964. Painted plywood and pine, 72 x 102 x 51 inches
http://www.guggenheimcollection.org/site/movement_work_md_Minimalism_115_1.html
『無題』 (Pink Felt) 1970. Felt, dimensions vary with installation.
http://www.guggenheimcollection.org/site/artist_work_md_115_2.html
『I(私)彫刻』
http://web.nwe.ufl.edu/~gulmer/SB97/tneff/morris.html
『Eles』 (1965-88)
http://www.obraporobra.com/Diccionario/Imagenes/minimal.asp
『迷宮』"Labirinto",1974.
http://www.artelab.it/cultura/enciclopedia/correnti/minimalart/zoom/robert_morris01.htm
『赤いフェルト』"FeltroRosso",1960.(たぶん1970の間違い)
http://www.artelab.it/cultura/enciclopedia/correnti/minimalart/zoom/robert_morris00.htm

"Blind Time V "(Melencholia) 1999 、"Blind Time IV" (Drawing with Davidson] 1991、
Threadwaste with Mirrors", 1968、(Untitled) Portland Mirrors, 1977、Mirrored Cubes,1963、
L-Beams, 1965 など。+をクリックすると拡大画像を見ることが出来ます。
http://www.rosifontana.it/pagina.asp?azione=immagini&idev=97
実は、この展示を見てきたんですが、例えば下記URLの画像の奥に見える、
"Untitle"(Pine Portal with Mirrors)1961.なんていう作品など、鑑賞者が門型の作品の中をくぐると、
両側に合わせ鏡があって、無限のイリュージョン空間が見えるという、まことに劇場的な作品です。
鏡のキューブは、この作品の後に作られていますから、モリスの関心は、鑑賞者の動く身体を
作品の中に取り込むということにあったことは、間違いないと思います。
http://www.rosifontana.it/scarica.asp?id=688&tipo=alta&azione=ctr&idev=97


61 :1:2005/03/29(火) 08:27:01
>>60
このフェルトの作品は、みんな同じ長さのフェルト片を、ぐしゃっと
展示してるわけですが、同じ大きさの素材をつかっても、整然と並べずに、
こういうカオスな形で見せちゃうところが、ミニマルへの皮肉にも見える作品だと思います。
間違いなく、デュシャンの『3つの停止原器』から着想を得た作品だと思います。

62 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/29(火) 17:18:18
三木富雄か、、思いっきり昔の話のように思えるな。

63 :1:2005/03/30(水) 00:10:26
>>62
>三木富雄か、、思いっきり昔の話のように思えるな。
昔のアートの話でも、当時最先端であったアートであれば、現在のアートとの接続が、
完全に切れてはいないと思っています。
ハイ・レッド・センターが、帝国ホテル旧館340号室で行った『シェルター計画』
(小野洋子、ナム・ジュン・パイクらも測定対象として参加)は、
1964年のパフォーマンスでした。
人体を前後左右上下から写真撮影し、等身大キューブにするというアイデアは、
当時の世界のアートの先端水準であったと思います。
また実際に再評価も進んでいると思われます。

64 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/03/30(水) 13:00:47
ハイレッドセンターに三木が居たのか?


65 :1:2005/03/30(水) 23:24:57
>>64
>ハイレッドセンターに三木が居たのか?
もちろん、違いますよ。赤瀬川の『東京ミキサー計画』とかを読むと、三木も読売アンデパンダン展
などで、赤瀬川たちと近い場所で活動していたらしいですけど。
そういう意味じゃなくて、1960年代の身体のイメージを扱ったアートとして、『シェルター計画』を
1つの例として、あげたんですが、説明不足でした。申し訳ありません。



66 :1:2005/03/30(水) 23:58:36
『手から口まで』("From Hand to Mouth")という作品について、また少し補足します。
ナウマンの作品を鑑賞する場合、特に題名に注意する必要があると思います。
この題名"From Hand to Mouth"は、おそらく英語の2つの慣用表現、
"from hand to hand"(手から手へ、人から人へ)と、"from mouth to mouth"(口から口へ、口づてに)
が、合成されたものであり、この奇妙な日常的意味を逸脱した言葉の表現を、
視覚化してみせようという意図で、制作されたのではないかと思います。
たぶん英語を母国語にしてる人には、題名から直ぐに奇妙さを感じて、むしろ作品から滑稽さも感じるんじゃないか
と想像します。ですから、「暴力的に切断された身体の断片」ということを先に書きましたが、そういう
風にも受け取れる視覚的イメージを、題名のユーモアが緩和しているのかもしれません。
うつむき加減の口元とか鎖骨とか、けっこう美学的にも綺麗な作品だと思います。

67 :1:2005/03/31(木) 00:12:16
>"from hand to hand"(手から手へ、人から人へ)と、"from mouth to mouth"(口から口へ、口づてに)
前者は、物の所有者が次々に移り変わるさまを、「手」の比喩で表現し、
後者は、話された言葉によって、情報が次々に伝わるさまを、「口」の比喩で表現しています。
こういう慣用表現が、実際に使われる場面では、誰も手や口のイメージを思い浮かべないでしょう。
ところが、"from hand to mouth"と言葉が置き換えられると、一挙に比喩が機能せず、意味不明な
表現に変わります。

68 :1:2005/04/04(月) 03:50:12
引き続き、ナウマンの素晴らしい作品を見て行きましょう。

『壁の中に沈んでゆく棚、その下の空間に銅色に塗られた石膏型をともなって』
"Shelf Sinking into the Wall with Copper-Painted Plaster Casts of the Spaces
Underneath"(1966)
Painted wood and plaster unconfirmed: 1778 x 2134 x 152 mm
Lent by the Froehlich Foundation, Stuttgart 1997

|うつろな空間が、この作品の、変な格好で壁にくっついている棚と、その下部の石膏型に結びつくことで、
|中身の詰まったオブジェへと変形されている。この作品は、銅みたいに似せて着色された石膏型のせいで、
|故意に粗い外見となっている。こうした粗野な特性は、綺麗に仕上げられ、工業製品のように、アーティストの
|手の痕跡を消し去った彫刻を作っていたミニマリスト達と、ナウマンとの隔たりを示唆している。
http://www.tate.org.uk/servlet/ViewWork?cgroupid=999999961&workid=22009&searchid=8380
(イメージをクリックすると、やや大きい画像を見ることが出来ます)


69 :1:2005/04/04(月) 03:54:20
アーティストの肉体の断片的な型を利用した作品で、有名なのがマルセル・デュシャンの
『私の舌を私の頬に入れながら』(1959年)ですが、デュシャンもジャスパー・ジョーンズから逆に
刺激を受けたのかもしれません。素晴らしいドローイングだと思いますが、皆さんどうでしょうか?
"Avec ma langue dans ma joue", 1959
platre, crayon, papier monte sur bois 25 x 15 x 5,1 cm
http://annie.gautun.free.fr/pagesmaxisfiches/represen_du_corps/duchamp_langue_joue.htm


70 :1:2005/04/04(月) 03:59:01
>>69
デュシャン本人が、頬を舌で圧迫したままで、石膏が熱を帯びて固まるまでの、
数分間を耐え続けたということ、そしておそらく、頬の無精髭が、石膏をはがすときに、
ブチブチと抜けて、さぞや痛かっただろう、などと想像してみるのも楽しい作品だと
思います。


71 :1:2005/04/04(月) 04:33:00
>>68
この『壁の中に沈んでゆく棚・・・』という作品は、言うまでも無くミニマル彫刻、直接にはジャッドの壁に設置する作品を、
意識している作品だと思います。ミニマル彫刻は、それが設置されるホワイトキューブの空間と、一体に提示されるものです。
この作品もまた、壁とその下の空間と一体のインスタレーションとなっていますが、ミニマル彫刻と違って、棚という日常的な
レディ・メイド的な物体が使われている点で、フォーマリズムの極北としての、ミニマリズムの美学に反旗を掲げています。
ここでナウマンが表現しているのは、例えばダリの溶ける時計のような、シュルレアリスム的な、空間が時間とともに奇妙に
変容してゆくという、変な感覚なんだと思います。もちろん絵画的空間のイリュージョニズムが、とっくの昔に否定された
時代ですから、即物的なインスタレーションの形を用いていますが、床の上にころがっている棚は、銅色の絵の具が、
無造作に塗られていて、石膏の表面には、手形さえ見て取れます。

僕が面白さを感じるのは、壁の白さと同化したような石膏を塗られた棚は、物質性が希薄になって、壁の内部へと沈み込んで
ゆく一方で、銅の塗料を塗られた棚の石膏型は、壁から落っこちたような形で、物質性を主張して、ごろんところがっているという、
そういうあからさまな対比が、なんだか錬金術を連想しそうな、胡散臭げな象徴性を匂わせつつ、鑑賞者を挑発しているように
見えるように思われるところです。(実物を見たことがありませんので、想像に過ぎませんが)
そういう多義的な解釈を許すような、空想を刺激する、フシギな魅力のある作品だと思います。


72 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/05(火) 01:49:29
いいんだよ、
だけど、既視感があるんだよな。

73 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/05(火) 01:52:41
既視感があるからこそ、ここまで有名になったんだと思うよ

74 :TRUE ARTIST=1:2005/04/11(月) 05:12:27
『真のアーティストは 神秘的な真理を明かすことで 世界を助ける(窓または壁の広告)』
"The true artist helps the world by revealing mystic truths (Window or wall sign )" 1967
fluorescent tubes  no. 1 from an edition of 3  149.9 (h) x 139.7 (w) x 5.1 (d) cm
ttp://www.nga.gov.au/International/Catalogue/Detail.cfm?IRN=115577&SiteID=1

『窓または壁の広告』は、ナウマンがサン・フランシスコの使われなくなった雑貨店に、自分のスタジオを構えていた頃、
1966年から67年の冬に制作された。この作品は、スタジオの正面部分にあった、商店の大きな窓のために、店の正面近くに
掛けられる、ネオンの広告サインに似たように設計された。

この作品のコンセプトに言及しつつ、ナウマンは次のように語っている、
「私は、アートの消失であるようなアート、おそらく、ほとんどアートらしく見えないアートを、自分は作ることができると思っていた。
そうした場合、人々は、それに注意を払わない限りは、実際のところ、そのアートに気づきはしないでしょう。そして、その文字を
読んだときに、彼らは、その言葉の意味を考えなければならないでしょう。」

「私がこの作品を作るにあたって、最も苦心したのは、文章でした。それはある種のテストのようなものでした。自分がその言葉を
信じているかを、自分自身で確認するために、何かを大声で言ってみる時のようなテスト。いったん書かれた言葉を見た時に、
この文句は、ある面では、全く馬鹿げた考えだと思えたけれど、別の面では、私はそれを信じていました。それは真実であり、
同時に真実ではないのです。読んだ人自身が、いかにその言葉を解釈するか、いかに真剣に、その言葉を受け止めるか、
それ次第なのです。私にとっては、その言葉は、依然として、とても強い考えなのです。」
(Brenda Richardson, Bruce Nauman: Neons, Baltimore: Baltimore Museum of Art, 1982 (exhibition catalogue), p.20)


75 :TRUE ARTIST:2005/04/11(月) 05:25:51
>>66
>この題名"From Hand to Mouth"は、おそらく英語の2つの慣用表現、
>"from hand to hand"(手から手へ、人から人へ)と、"from mouth to mouth"(口から口へ、口づてに)
>が、合成されたものであり、この奇妙な日常的意味を逸脱した言葉の表現を、
>視覚化してみせようという意図で、制作されたのではないかと思います。
その後の調べで、"live (from)hand to mouth"という形で、その日暮らしのような貧乏な暮らしをする
という意味があり、どうやら当時のナウマンの貧乏な境遇を、アイロニカルに表現している
という解釈が妥当なようです。

76 :TRUE ARTIST:2005/04/11(月) 05:41:20
>>72
>いいんだよ、
>だけど、既視感があるんだよな。
>>73
>既視感があるからこそ、ここまで有名になったんだと思うよ
その既視感は、デュシャンやマン・レイなんかの、ダダイストの作品につながる
ものなんでしょうか?
70年代のナウマンは、アメリカではナルシズムだという批判記事もあったりして、
必ずしも好意的な評価ばかりじゃなかったようですが、むしろヨーロッパ全般で、
大きな評価を得ていました。ボイスの次にヨーロッパのアーティストに最も影響を
与えたのがナウマンだと言われてます。つまりナウマンのアートは、
ニューヨーク派とヨーロッパ旧大陸との対立、前者が後者を乗り越えたという、
戦後のアメリカの多くのアーティストが信じた嘘の神話、イデオロギーから、
最初から自由であり、脱フォーマリズム、ポスト・モダン的であったゆえに、
当時のヨーロッパで、いちはやく認められ、今日の世界的な名声があるのでは
ないかと思います。


77 :TRUE ARTIST:2005/04/12(火) 03:28:37
"The true artist helps the world by revealing mystic truths (Window or wall sign )" 1967
下記URLの画像のほうが鮮やかでした。
http://www.flickr.com/photos/seuss/3441119/

78 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/12(火) 03:40:33
>>69
この題が英語の某定型表現のもじりになっているという点はいいよな?

79 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/12(火) 03:51:12
1はイタリア在か。それはうらやましい。

ナウマンにばかり熱を上げてないで地元話でもしてくれよ。ブルースは君がここで
やたら持ち上げなくても充分巨匠だから、既に。

80 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/12(火) 13:48:20
久しぶりに来てみたらスレが以上に伸びてたのでざっと読んでみた。基本的に1の
独演会だね。よく勉強されてるようで。

しかしさ、ナウマンが下敷きにしたはずの50〜60年代の流れに関しては、ちょっと理解が
抽象的すぎるんじゃない? まあこれは今までにもいくつもレスがついてることではあるが、
それに対する1の反応が教条的なんで、みんな書き込まなくなってきてるような感じがするよ。

前にも言われてたが、ミニマリズム解釈についてとくにそう感じる。1の殿堂に入れられる人たち
=ナウマンに直接・間接に関係のある作家(モリス、セラ、アンドレぐらいかな)はみんな、まさしく
ナウマンと関連づけることができるという点で「ミニマルとは違う」と。結局ミニマリズムは、
乗り越えられるべき過去の一頁にすぎない、というわけか。しかしそれはちょっと目的論的に過ぎるんじゃないかな。
戦後アメリカの美術の展開はナウマンにおいて頂点を迎える、みたいなさ。


81 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/12(火) 14:08:02
あと、哲学と美術の関連、それから美術と美術批評の関連についての考え方もどうかなと
思うところがあるよ。>>20で、60年代のアメリカ美術へのメルロ=ポンティの導入は
「批評言語を得ようと」した批評家たちが作家とは離れたところで勝手にやったみたいなことを
言うけれども、直接『知覚の現象学』とかを読んだかどうかは別として、現象学的と言って差し支えない
ような関心というのは、63年ごろから、作家たち自身が作品を通して示していると思う。それに、ジャッドやモリス
に代表されるように、この世代の作家たちって自分で大量にテキストを書いているわけで、たとえば抽象表現主義
の頃みたいにきれいに〈作る人/語る人〉を分けられないという事情もある。

あとヴィトゲンシュタインについては、60年代初頭には広く作家たちの間で読まれていた、と 批評家のバーバラ・ローズ
が、65年に証言している。ローズの「ABC Art」(ミニマリズムを総括しようとした最初の試みの一つ)で、
ダンス(カニンガム、ライナー)や音楽(ケージ)も視野に入れながら、ヴィトゲンシュタインだけでなくて、当時の美術
(ミニマリズム)とヌーヴォー・ロマンやベケットとの関連を考察している。
まあ1の「ナウマン史観」からすると、60年代初頭の作家たちはただ読んでただけで、ヴィトゲンシュタイン哲学の含意を
理解もしなかったし、作品にそれを応用しもしなかったってことになるんだろうし、それは事実なんだが、しかし本当に
ナウマンとヴィトゲンシュタインをそこまで結びつけられるのかな? 

82 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/12(火) 20:37:04
80と同意見だ。
バランスを欠いたナウマン愛はいいとして、
他の作家が生け贄として捧げられすぎている。
セラ、ジャッド、コスース等々。

83 :1:2005/04/12(火) 23:59:28
>>78
>>>69
>この題が英語の某定型表現のもじりになっているという点はいいよな?
貴重な、ご指摘をいただき感謝申し上げます。
このデュシャンの『私の舌を私の頬に入れながら』(1959年)の英語の題名は、
"With My Tongue in My Cheek" ですが、これは英語の "speak (with) (one's) tongue in (one's) cheek"という、
「皮肉を言う」、「からかう」という定型表現を下敷きにしております。ですから、身体のパーツを使った日常的な
フレーズを題名とし、それを視覚化する点で、ナウマンの『手から口まで』("From Hand to Mouth")と強い関連性を
持った作品であることは明らかでしょう。この作品は、『死者の拷問』"Torture-morte(Still Torture)"(1959)と、
『死んだ彫刻』"Sculpture-morte(Still Sculpture)"(1959)とともに、一種の3部作になっているようですね。

デュシャンのカタログを見直すと人体の部分を型にとる作品は、ジャスパーより以前から、ずいぶん手がけていた
ようなので、デュシャンがジャスパーから刺激を受けたという前言は撤回します。


84 :1:2005/04/13(水) 00:12:05
>>79
>ナウマンにばかり熱を上げてないで地元話でもしてくれよ。ブルースは君がここで
>やたら持ち上げなくても充分巨匠だから、既に。
世界的には「充分巨匠」にもかかわらず、日本での知名度は異常に低く、日本語でナウマンを紹介してるサイトは、
ほとんど無いと思われ、また個人的にナウマンを集中的に研究する必要もあったので、このスレを立ち上げてみたわけです。
すでに、このスレが最もナウマンの紹介に熱心な日本語サイトであると思われます。そういうわけで、このスレでは、
ナウマンを中心としつつ、デュシャンからレイチェル・ホワイトリードなどの現役のアーティストまで、現代美術に関する話題全般を、
柔軟に議論してゆきたいと思っています。イタリア人のアーティストでいえば、カテランの初期作品には、明らかにナウマンに
影響されたように見えるものがありますし、パオラ・ピーヴィもナウマンに影響されたと本人が語ってましたね。


85 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/13(水) 00:14:03
1って研究者なの?
趣味人にしてはよいまとめだけど、
研究者としてはちょっと問題ありだね。

86 :1:2005/04/13(水) 00:47:25
>>80
>基本的に1の独演会だね。よく勉強されてるようで。
僕は種まきをしているつもりです。いろいろな方々に、つっついていただけると励みになります。

>しかしさ、ナウマンが下敷きにしたはずの50〜60年代の流れに関しては、ちょっと理解が
>抽象的すぎるんじゃない? まあこれは今までにもいくつもレスがついてることではあるが、
>それに対する1の反応が教条的なんで、みんな書き込まなくなってきてるような感じがするよ。
おっしゃるように、「ナウマンが下敷きにしたはずの50〜60年代の流れ」については、自分も勉強不足で、
アメリカにおける思想の受容史について、未だによく見えていません。ナウマンの教師たちは、おおむね
マルクス主義を信奉していたようですし、ナウマン自身は、マルクス主義者ではなかったと思いますが、
社会主義者を、モラルの点では高く評価していたようです。
教条的な反応をしたつもりはないのですが、実存主義やマルクス主義が、アメリカにおける時代思潮ではなく、
現象学が広く読まれていたとは、どうも納得できなかったのですね。自分的には。まあ、言い方がきつかったのは、
反省していますけど・・・。実存主義ってフランスと日本だけで流行してたんですかね?
例えばマッカーシズム(1950〜54年)とかが、ハリウッドだけでなく、美術界にも影響を与えたのかどうかとか、
僕には不案内なことだらけです。 フランス構造主義やドイツの批判理論が輸入さえる以前の、アメリカの時代思潮と
いうか、アーティストの指針というと?要するにグリーンバーグということなのでしょうか?

87 :1:2005/04/13(水) 01:01:52
>>80
>前にも言われてたが、ミニマリズム解釈についてとくにそう感じる。1の殿堂に入れられる人たち
>=ナウマンに直接・間接に関係のある作家(モリス、セラ、アンドレぐらいかな)はみんな、まさしく
>ナウマンと関連づけることができるという点で「ミニマルとは違う」と。結局ミニマリズムは、
>乗り越えられるべき過去の一頁にすぎない、というわけか。しかしそれはちょっと目的論的に過ぎるんじゃないかな。
>戦後アメリカの美術の展開はナウマンにおいて頂点を迎える、みたいなさ。
ナウマンら60年代後半に活動を開始したアーティストたちへの、ミニマリズムの影響は絶大だったと思ってます。
それはナウマンの作品にも如実に現れてますよね。無駄な要素を切り捨てていくところも、あるいは展示空間そのものを、
考察させる作品を作っている点でも、影響は顕著だと思います。ミニマリズムは、彼らにとって、「乗り越えられるべき壁」
だったはずです。つまり批判的に継承するということです。古くなった流行のように、否定するのではないのです。
ランドアート、パフォーマンス、プロセスアート、コンセプチャルなどなど、60年代後半に始まったこれらのムーヴメントは、
すべてポスト・ミニマリズムとしての試みだったわけで、ミニマリズムが忘れ去られたわけではないのです。
ミニマリズムについては、まだまだ論じ足りないので、別途に機会があれば議論してゆきたいと思います。

88 :1:2005/04/14(木) 00:12:30
>>81
>あと、哲学と美術の関連、それから美術と美術批評の関連についての考え方もどうかなと
>思うところがあるよ。>>20で、60年代のアメリカ美術へのメルロ=ポンティの導入は
>「批評言語を得ようと」した批評家たちが作家とは離れたところで勝手にやったみたいなことを
>言うけれども、直接『知覚の現象学』とかを読んだかどうかは別として、現象学的と言って差し支えない
>ような関心というのは、63年ごろから、作家たち自身が作品を通して示していると思う。
このスレで何度か言及されてきた、「現象学」という意味は、本家のフッサールの思想ではなく、あくまでもメルロ=ポンティが、
現象学的アプローチを用い、ベルクソン哲学や、ゲシュタルト心理学などを素材にして、身体的主体や生きられた空間(時間)
という独特な概念を展開した、『知覚の現象学』(1945年、英語版の出版は1962年)などで表明された思想を意味している
わけですよね。そもそもメルロ=ポンティを持ち出して、セラなどの彫刻を論じたのは、たぶんロザリンド・クラウスが最初なんじゃ
ないかと思うんですが(違ってたら訂正してください)、例えば"The Originality of the Avant-Garde and Other Modernist Myths"
に収められたリチャード・セラ論には、冒頭から『知覚の現象学』の文章が引用され、他にも頻繁に引用されてたりします。
でも、僕がモリスの作品を観た限りでは、「現象学的と言って差し支えないような関心というのは、63年ごろから、作家たち自身が
作品を通して示している」という、ご意見には、賛成しかねます。モリスの鑑賞者の身体を巻き込む、劇場的な効果を狙った
作品は、『知覚の現象学』の英語版が出版された1962年よりも、さらに数年遡ることは明白だと思います。


89 :1:2005/04/14(木) 00:42:44
>>81
>あとヴィトゲンシュタインについては、60年代初頭には広く作家たちの間で読まれていた、と 批評家のバーバラ・ローズ
>が、65年に証言している。ローズの「ABC Art」(ミニマリズムを総括しようとした最初の試みの一つ)で、
>ダンス(カニンガム、ライナー)や音楽(ケージ)も視野に入れながら、ヴィトゲンシュタインだけでなくて、当時の美術
>(ミニマリズム)とヌーヴォー・ロマンやベケットとの関連を考察している。
ヌーヴォー・ロマン(特にロブ・グリエ)とベケットはナウマンが愛読し、いくつかの作品に投影されていますので、いずれ
紹介するつもりです。それからナウマンの政治的制度的な関心の源泉は、カネッティの『群集と権力』のようです。

>まあ1の「ナウマン史観」からすると、60年代初頭の作家たちはただ読んでただけで、ヴィトゲンシュタイン哲学の含意を
>理解もしなかったし、作品にそれを応用しもしなかったってことになるんだろうし、それは事実なんだが、
ヴィトゲンシュタイン哲学でも、『トラクタトゥス』と『探求』とでは、全くスタンスが変わっていますし、芸術に対して、
より生産的なのは後者の思想だと思います。別にコスースのヴィトゲンスタインの理解が浅いとかいう意味ではなく、
着眼点が両者は違っていたというだけのことですが。

>しかし本当にナウマンとヴィトゲンシュタインをそこまで結びつけられるのかな?
別に僕の個人的な思いつきではありませんよ。ウィトゲンシュタインの著書に、ナウマンが強い興味を持っていたという事実は、
"Bruce Nauman: Exhibition Catalogue and Catalogue Raisonne"(Neal Benezra 他著, 1994.)のナウマンの経歴にも
書かれていますし、言うまでも無く、ナウマンの有名な作品、"A ROSE HAS NO TEETH"(1966年)の語句は、
ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』からの直接の引用です。


90 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/14(木) 02:03:59
>セラなどの彫刻を論じたのは、たぶんロザリンド・クラウスが最初なんじゃ
ないかと思うんですが(違ってたら訂正してください)、

たしか、そのクラウスが書いた所によると、20年遅れで翻訳されたポンティを作家達が読んでいたということになっているのではなかったっけ、
といいつつ自信がないな、、暇があったらもう一度あたってみるわ。

もちろん、グリーンバーグもローゼンバーグも元は左翼のトロッキストらしいけどね。


91 :梅田総一郎:2005/04/14(木) 03:10:22
形と丸暗記ばっかり。もういい。

92 :1:2005/04/14(木) 07:53:21
>>82
>80と同意見だ。
>バランスを欠いたナウマン愛はいいとして、他の作家が生け贄として捧げられすぎている。
>セラ、ジャッド、コスース等々。
貴重なご批判をいただき感謝申し上げます。
セラ、ジャッド、コスース等々を、ナウマンの生け贄として捧げたかのように、受け取られたことは、僕の表現に
配慮が欠けていたためと思われます。申し訳ありませんでした。
>>85
>趣味人にしてはよいまとめだけど、研究者としてはちょっと問題ありだね。
恐れ入ります。問題点を具体的に、ご指摘頂ければ、改善に努めさせて頂きたいと存じます。
なにとぞ、ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
>>91
>形と丸暗記ばっかり。もういい。
ご期待に沿えず、失礼いたしました。僕は何も暗記しておらず、本を読んだり、英語のサイトを読んだりして、
メモをもとに投稿をしております。間違いも多々あって恐縮です。さらにナウマンの良い作品を紹介し続けて
いこうと思いますので、よろしかったら、またご感想をお寄せください。


93 :1:2005/04/14(木) 08:18:55
>>90
>たしか、そのクラウスが書いた所によると、20年遅れで翻訳されたポンティを作家達が読んでいたということに
>なっているのではなかったっけ、
僕も、さきほど、ちょっとクラウスの文章を読んでみましたが、良いこと書いてますね。なんか、切れ味が鮮やかで、
批評のお手本だと思いますね。でもこういう文章を読むと、作品を観ないで、わかった気になっちゃうという人も出てきそうな
気がします。
さて、このセラを論じた文章は、1982年のポンピドー・センターでの、セラの展覧会カタログのために書かれたものだという点に、
留意が必要でしょう。(つまりフランス人に馴染みのメルロ=ポンティを、メインに引用したという意味合いもあったのでは)
おっしゃるように、1950年代にアメリカでは、サルトルの翻訳は行われていて、状況のなかの人間存在という、
倫理的な問題としての実存主義は、よく知られていたけれど、メルロ=ポンティの翻訳は、20年遅れたとクラウスは書いてます。
で、ミニマリスト達は、1962年に英語訳が出た『知覚の現象学』を読んでいたとも書いてあります。

でも誰が読んでいたかという具体的な名前はあがってません。実際のところは、たぶん誰か批評家が読んで、書評と抜粋を
美術雑誌に、のせたりしたのが、当時のインスタレーションや、その後のランドアートの状況を説明するのに便利だという点で、
理論に強いアーティストたちの注目を集めたのだろうと思います。
セラの70年頃の文章も引用されてましたが、確かにメルロ=ポンティを既に読んでいるような表現と、受け取れなくも無い書き方
もされているように思いました。
モリス、ジャッド、セラあたりは、部分的にせよ、読んでいてフシギではないと思います。彼らの当時の文章を、そのうち探して
みようと思います。バーバラ・ローズは何か『知覚の現象学』に言及してないんでしょうかね?


94 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/14(木) 19:16:15
逆にアメリカにおける実存主義の受容というものはどんなものだったのでしょう?
フランスや日本にはそれぞれ固有の問題、ドイツによる統治とそれへの共産主義者の抵抗とか、
日本の場合だと戦前、戦中における軍部への共産主義者の抵抗ということがあり、戦後の一時期は共産主義が聖化とはいわないまでも犯さざるべき存在になっていたという状況もあり、
サルトルの人間主義もそれに対する批判という一面もあるようで、日本においても戦後文学、椎名のような実存主義文学などとも言われるものなどを読んでおりますと、共産党を離脱した人たちによる状況批判のような面も大いにあるようにも思われます。
その点、アメリカではマルクス主義がそこまでメジャリティをもっていたことはないようで、サルトルはどのように受容されたのかということに大いに興味をかきたてられるのです。
そもそも、ボイスとノーマンの違いといいますか、前者にはアンガージュマンを感じますが、後者にはそのような印象はないのです。

95 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/14(木) 23:50:50
アメリカの左翼知識人の系譜を知らずに美術を語るのは危険。

96 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/15(金) 00:08:23
そりゃアメリカにも当然 先鋭的な左翼知識人というものはいるのでしょうし、
それこそ、ヨーロッパ大陸から移住してきた左翼学者もいたでしょう。
ただ、それが言論を抑圧するようなレベルにまで至ったことがあったのかというと、思い浮かばないのです。

97 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/15(金) 00:59:44
そりゃあ、そう。
イギリスとは全然違う。
でもグリンバーグが「パルチザン・レヴュー」の書き手だった事実は無視できないのでは?

98 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/15(金) 01:28:23
> でもグリンバーグが「パルチザン・レヴュー」の書き手だった事実は無視できないのでは?

そのグリーンバーグの評価した作家達って、同時代のパリでもてはやらされていたフォートリエとかデビュッフェに比較すると、実存主義の匂いがしないと思うのですよ。
ニューマンをさして、本質存在に対する事実存在の優位なんて語ることは難しいわけですし、

99 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/15(金) 01:53:21
そこでローゼンバーグですよ
サルトルにも影響与えていますよ

100 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/15(金) 10:17:34
なるほど、”アクション”ですね。

101 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/17(日) 18:50:17
>>89
"A ROSE HAS NO TEETH"(1966年)の語句は、
ヴィトゲンシュタインの『哲学探究』からの直接の引用です。
"A ROSE HAS NO TEETH"ってかっこいい言葉で、
ナウマンってすごいと思っていたら、引用だったのですね。
でも、ちゃんと勉強しているんだなぁ。


102 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/17(日) 19:13:48
もともとアメリカのアーティストってインテリだらけだし。

103 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/19(火) 01:09:22
あの、デ・クーニングでさえ、ヴィトゲンシュタインがどうのって、インタビューでは語ってるけど、
日本に来たときは、東野と一緒にストリップを観にいったらしい。

でもって、皆さんはヴィトを読んでるの?

104 :1:2005/04/20(水) 07:27:28
>>68
>『壁の中に沈んでゆく棚、その下の空間に銅色に塗られた石膏型をともなって』
>"Shelf Sinking into the Wall with Copper-Painted Plaster Casts of the Spaces Underneath"(1966)
またまた誤解に基づく誤訳をしてましたので訂正します。
この題名の"Plaster Casts of the Spaces Underneath"は、「棚の下の空間を象った石膏の鋳造物」
という意味でした。ちょうど"A Cast of the Space under My Chair"(1965-68)のように、日常的家具の
直下にある、何も無い空間の形を可視化したものです。したがって、この作品の題名は、
『壁の中に沈んでゆく棚、銅色に塗られた棚の下の空間を象った石膏の鋳造物をともなって』
という感じだと思います。1970年のインタビューで、ナウマンは、この作品の入念な題名から、この鋳造に
使われた型を鑑賞者が想像できるだろうと言ってます。本人は、かなり気に入っている作品だそうです。


105 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/20(水) 08:19:30
1はイタリア在住ってほんと?

106 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/22(金) 21:25:43
104は、ナウマンのそれらの作風がレイチェル・ホワイトリードにつながっていると言いたんでしょ?

107 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/23(土) 02:41:30
"From Hand to Mouth"は、指し示してる対象がまさに言語的にリテラルであるにも関わらず、パッと見て、そうは見えない。
つまり、怪物的に見える、というところが大事だと思うのですが。
それがまさに、指示対象と指示する内容のズレを言語とものそれじたいの関係で二重に現しているというか。
違うかなあ。

108 :1:2005/04/23(土) 22:52:03
>>106
>104は、ナウマンのそれらの作風がレイチェル・ホワイトリードにつながっていると言いたんでしょ?
実際にレイチェル本人が、1982年だかのロンドンでのナウマンの回顧展を観て影響されたと
認めているらしいです。

109 :1:2005/04/23(土) 22:56:59
>>107
>"From Hand to Mouth"は、指し示してる対象がまさに言語的にリテラルであるにも関わらず、パッと見て、そうは見えない。
>つまり、怪物的に見える、というところが大事だと思うのですが。
>それがまさに、指示対象と指示する内容のズレを言語とものそれじたいの関係で二重に現しているというか。
その通りだと思います。さらに常套句としての"Live from hand to mouth"という意味をも、ユーモアの感覚をともなって、
異化しているという点も、重要だと思います。

110 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/24(日) 16:15:53
テイト・モダーンのナウマン展、見たかったよおおお。
ここまで来ると、なんで音声を使ったインスタレーションを作るか、よくわかるよね。


111 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/04/25(月) 03:45:33
>>110
>テイト・モダーンのナウマン展、見たかったよおおお。
5月2日までじゃなかったですか?
私はボイス展と一緒に、ギリギリに見に行く予定だったんですが??
まさか終わっちゃったの?

112 :1:2005/05/05(木) 01:35:40
テート・モダンのナウマンの展示を観て来ました。
常設展示でも"MAPPING THE STUDIO II (Fat Chance John Cage)"の
ヴィデオ・インスタレーションをやっていて、こちらも見ごたえがありました。
参考画像は下記URLにあります。
ttp://www.speronewestwater.com/cgi-bin/iowa/exhibits/related.html?record=136&info=photos&view=seq

今回のナウマンの声と言葉によるインスタレーションは、タービンホールの全域を使った大掛かりなもので、
ある意味で、彼の過去の言葉を使った作品群の集大成といえるかもしれません。教会の中で説教を聴いているような
雰囲気でしたが、子供の声や男女混声や、様々の声が錯綜して、本当に面白かったです。
ttp://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/nauman/

113 :1:2005/05/10(火) 06:28:20
ロンドンのバービカン・ギャラリーで、クリスチャン・マークレー展を観ましたが、予想以上に、
たいへん素晴らしい展示で、非常に感心しました。
ttp://www.barbican.org.uk/gallery/Marclay.htm
ナウマンの"From Hand to Mouth"を、パロディ化した"From Hand to Ear"(1994)という作品も
展示されてました。文字通り、手から耳までの人体型を壁に引っ掛けて展示してました。
僕が特に感銘を受けたヴィデオ作品、"Video Quarted"(2002)の作品紹介(日本語)が下記にあります。
ttp://www.fogless.net/artreview/030730_wc_cm/marclay.htm
マークレーの作品画像。
ttp://www.philexin.org/2002phlmuse4.html
マークレーのインタビュー(日本語)。
ttp://homepage1.nifty.com/A-ito/VOID2/marclay/marclay_00.html
ttp://homepage1.nifty.com/A-ito/VOID2/marclay/marclay_01.html

114 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/05/11(水) 04:46:25
ある日停滞気味の板に1が新しいスレを立てた。
周囲からは賛否両論ながらも、ものめずらしさから人が集まった。
人が集まったおかげでimenuが大もうけをした。
1の主張はますます研ぎ澄まされていった。
1独特の主張はもう誰にもまねはできない。
気が付くと周囲には誰もいなかった。
そしてimenuはもっと新しいスレを望んでいる。

115 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/05/12(木) 01:17:25
憶測と断定、、

いやちがう、時代はポストモダーンなのだ、
そう、ナウマンはポストモダーンを代表する作家なのだ、
いや、ポストモダーンを代表する作家でなければいけないのだ、
現象学はモダーンだからナウマンにはふさわしくない。
ヴィトだ、ヴィトこそ、ナウマンにふさわしい哲学なのだ。

ああ、輝けるポストモダン、そしてブルース・ナウマン

僕は観た、
イタリアで、ニューヨークで、ロンドンで、
君は輝ける真のアーチスト。


116 :1:2005/05/25(水) 04:51:42
独力で1000を目指すつもりで、このナウマン・スレッドを始めたのですが、ここらへんでROMに切り替えようと思います。
意味のある投稿に対しては、引き続き誠実に対応していく用意はありますので、質問なり反論なり、ご投稿頂ければと思います。

ナウマンと言えば、この「自画像」を誰もが思い出すくらい有名な(欧米では)写真の作品を紹介して終わりにします。
『泉としてのセルフ・ポートレイト』"Self-portrait as a fountain" (1966-1967 )
ttp://www1.uol.com.br/bienal/24bienal/nuh/enuhnauman03a.htm

松井みどり氏は、その著書で、この作品をコミカルなものと断定してますが、キリスト教的な礼拝の姿勢
(たとえば聖フランチェスコが聖痕を得た場面の伝統的図像とも類似)を引用していることは、きわめて
明瞭であり、ナウマン的な複雑な要素を持った作品といえます。
即興的滑稽さと宗教的厳粛さ、アーティストの若々しい挑戦する態度、デュシャンが陶器に変容させた泉を、
再びアーティスト自身の、生きた肉体へと再生させた歴史認識、それらが一体になって強いエネルギーを持った
イメージを提示していると思います。1966年当時、写真をアート作品とすることは、かなり異例なことであり、
未だ写真はアートではないと、多くのアーティストは認識していました。
この作品は、『真のアーティストは驚くべき光り輝く泉である』"The true artist is an amazing luminous fountain"(1966)
という作品(ナウマンの最初のスタジオ(元雑貨店)の窓に掛けられた半透明のシェードに、このメッセージが書かれた)と
セットにして理解されるべきものです。


117 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/05/25(水) 06:39:13
>>116
>独力で1000を目指すつもりで、このナウマン・スレッドを始めたのですが、
>ここらへんでROMに切り替えようと思います。

始めたからにはちゃんと1000まで行って欲しいな。
この板なら何年かかっても別に構わないんだから。

ところで、
ttp://www.ubu.com/sound/nauman.html
ここでサウンドアーティストとしてのナウマンに触れることができる。
当時のヤングやケールの活動と表面的には似てるけど、彼らはやはり音楽家な訳で
このような異常なまでにcrudeな感触は彼らの作品には見いだせない。
このレコードの実物見たことありますか?>>1さん
ずっと探してるんですけど、いまだにかすったことすらないんです、私は。
たしかベルリンのGelbeMusikが出したBroken Musicにも未収だったと思います。
実物は↓こんな感じらしいです。
ttp://collections.walkerart.org/item/object/482



118 :1:2005/05/25(水) 14:51:15
>>117
>このレコードの実物見たことありますか?>>1さん
いや、僕はレコードの存在すら認識してませんでした。
D・E・A・Dを奏でてるんでしょうか?彼自身は、ヴァイオリンが
弾けなかったと言ってます。実際は弾いてますけど、我流なんでしょう。
ナウマンは、ミニマル音楽に強い影響を受けてるようです。
形式として、フィルムでもヴィデオでも、始まり−終わりが無い作品を意図
していたようです。

>ずっと探してるんですけど、いまだにかすったことすらないんです、私は。
>たしかベルリンのGelbeMusikが出したBroken Musicにも未収だったと思います。
>実物は↓こんな感じらしいです。
>ttp://collections.walkerart.org/item/object/482
100枚限定じゃ、まず実物を見る機会はなさそうですね。
音だけ映像から切り離してしまうことに、必然性が無いように思えます。
テート・モダンで今回のナウマンの展示のCDを売ってたけど、買う気になりませんでした。
買わなかったことを、あとで後悔するかも・・・。

119 :1:2005/05/26(木) 18:31:28
>>94
>そもそも、ボイスとノーマンの違いといいますか、前者にはアンガージュマンを感じますが、後者にはそのような印象はないのです。
ボイスとナウマンは世代がちょっと違いますが、ヨーロッパとアメリカの現代美術を再接続させた点で、彼らを比較してみると面白い
ような気がします。ナウマンは1968年のドクメンタやコンラート・フィッシャーギャラリーでの個展などで、
ドイツを訪れたとき以来、ボイスの作品に関心を寄せていたようです。
また、ロバート・モリスはナウマンよりも前にデュッセルドルフでボイスのスタジオで製作したりした関係があり、
フェルト素材の使用などで大きな影響を受けています。モリスつながりで、ボイスとナウマンは関係があったといえるのでは
ないでしょうか。

120 :1:2005/06/21(火) 00:51:21
ナウマンの話題が何も出ないようで、残念です。
さて、私はヴェネツィア・ビエンナーレのオープニングの折、ナウマンの
"Shit in Your Hat - Head on a Chair"(1990)を観ることができ、さらに
アートフェアーの折に立ち寄ったバーゼルのティンゲリー美術館で、
思いがけずナウマンの"Carousel"(1988)が回転する様を観る事が出来ました。
どちらも素晴らしい作品だと思います。海外のメジャーな現代美術を語る
スレがないので、そのうちスレを立ててみようかとも思っていますが・・・。


121 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/06/21(火) 00:55:10
イラネ

122 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/06/21(火) 00:57:16
Two Ballsって一度見てみたいんだけど

123 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/06/21(火) 00:57:56
>>120
マシュー・バーニーのスレとかに書き込めよ

124 :1:2005/06/21(火) 00:58:28
ナウマンのヴィデオ・インスタレーション作品『お前の帽子の中に糞をしろ』の画像が下記に
ありました。女性の道化師のパントマイムが観客の笑いを誘っていました。
Bruce Nauman's Shit in Your Hat -- Head on a Chair (1990),
a 62' 25" video installation (from the collection of Fundacio la Caixa, Barcelona)

ttp://www.artnet.com/Magazine/people/venice/venice6-14-25.asp

125 :わたしはダリ?名無しさん?:2005/07/09(土) 11:03:03
Two Ballsって、キンタマをポンポンとはじくフィルムの作品のことかな?
あれは凄いぞ。素晴らしく美しい。
ナウマン以外のアーティストって、いらなくね?

126 :TRUE ARTIST:2005/07/12(火) 12:01:45
>>125
>Two Ballsって、キンタマをポンポンとはじくフィルムの作品のことかな?
Two Ballsの正式名称は、
"Bouncing Two Balls Between the Floor and Ceiling with Changing Rhythms"
(1967-68, 10 min, b&w, sound, 16 mm film)です。
スタジオの床にテープで描かれた正方形の枠の中に2個のボールを弾ませるフィルム作品です。
ttp://www.eai.org/eai/tape.jsp?itemID=3859

自分のキンタマをポンポンとはじく作品は、上記作品のアイロニーとして作られたとも
解釈される作品で、"Bouncing Balls" (1969, 9 min, b&w, silent, 16 mm film)というものです。
ttp://www.eai.org/eai/tape.jsp?itemID=1835

>あれは凄いぞ。素晴らしく美しい。
僕はどちらの作品も未見なので是非とも見てみたいですね。


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