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太平洋戦争は共産主義者の陰謀

1 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 23:12:45
共産主義者の尾崎らが軍部を操り日本を全体主義国家に仕立て、太平洋戦争への道を突き進ませた。

間違いない。

2 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 23:17:17
そういえば終戦直前には、近衛ら重臣グループと軍部の間で、お互いを共産主義だとする、ののしりあいが繰り広げられましたねw

国旗強制に難色を示す現天皇もアカ認定されることでしょうなw

3 :日本@名無史さん:2005/07/11(月) 23:19:37
最後の元老西園寺公望の孫の西園寺公一も尾崎の親友の共産主義者で、逮捕されてるしね。
尾崎を側近にした近衛ってかなり重罪だろw

4 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 00:27:01
だけどその近衛はんは、陸軍統制派を共産主義者だと
本当に思い込んでいたお人やからなぁ

近衛はんが、皇道派に好意を持ってはったのは
統制派が連中が策定した国家総動員法等の法律は
日本赤化する為だと思っていなはった

5 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 00:30:02
>>3
西園寺公一はんが、共産党党員だったのは事実やね
ただし中国派として、宮本顕治によって党を除名されてしもうた

6 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 00:33:40
田中隆吉は、著書の中で転向左翼の狂信的暴走を指摘していたが、なるほどと思った。

7 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 10:59:21
赤の尾崎とか三木とかって戦前の中央公論で全体主義論煽りまくり。
尾崎は「戦争に立ち向かった共産主義者」っぽく思われてるけど、
世界赤化革命の為に資本主義陣営である日本とアメリカを戦わせて
日本が負けそうになったところへ一気に日本を赤化する計画だったんだろ。
その点は確か尾崎がばれて逮捕された後の取調べで自白してると思う。
実際大政翼賛会は尾崎が企画したんじゃなかったっけ。

8 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 11:34:06
尾崎は中国問題専門家として近衛の昭和研究会に参加したが、
最終的に近衛は研究会で話し合ったことを全て投げ捨ててる。

9 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 15:37:36
全体主義と責任

 近代における個人主義の根本は責任の観念であつた。個人とは責任の主体のことであつた。
 各人は自己に対してそのあらゆる行為に責任を有するものとせられた。
 個人の自由の問題も責任の観念から考へられたのであつて、もしも自己が自由でないならは我々は自己の行為に対して責任を負ふことを要しないと考へられるところから個人が責任あるものであるためには自由でなければならぬと考へられたのである。
 その商取引においても契約に責任を負ひ、責任をもつて契約を履行するといふことが自由主義の主要な道徳であつた。
 この責任において個人主義や自由主義は決して単に勝手気儘に振舞ふといふことを意味しなかつたのである。


10 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 15:39:53
 政治上の自由主義の根本もまた責任の観念であつた。
 議会政治もその本質においては責任の政治であつた。
 個人主義、自由主義、デモクラシイの堕落は、すべて責任の観念の喪失に関係するといひ得るであらう。
 従つて今日いはゆる革新とは、道徳的には、責任の観念の確立とその発展になければならぬ。
 全体主義は個人主義、自由主義、デモクラシイを否定するものとして現はれた。
 しかし全体主義は責任の観念を廃止するものでなく、却つて責任の観念を発展させるものでなけれはならない。
 個人主義や自由主義においては個人は単に個人に対して責任を有するものであつたとすれば、全体主義においては個人は自己に対してのみでなく全体に対して責任あるものと考へられねばならぬ。
 デモクラシイを否定して全体主義が独裁の形をとつて現はれたといふことも、デモクラシイにおいて政治が無責任になつたのを責任ある政治に変へようとした限りにおいて意義があつたのである。
 今日我が国の全体主義的風潮の中において特に考ふべきものはこの責任の観念である。
 そのことは、よく言はれる如く自由主義が完全に発達しなかつた我が国においては、特に大切である。
 全体に名を藉りて個人の責任が回避され、悪い自由主義よりも一層無責任になるといふことがあつてはならぬ。
 ただ時流に従ふといふのが全体主義ではない、それは個人が自己の責任を回避することでしかない。
 自己の責任の観念を有する者は自主的でなければならぬ。
 ただその自主的といふことが社会と国家に対する自己の責任と結び付けることが要求されてゐるのである。
 今日の全体主義的風潮の中において責任の道徳が確立され発展させられなければならぬ。

 ― 三木清  (昭和十四年四月十九日 讀賣新聞夕刊)


11 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 15:45:41
 近年我が国においては全体主義が強調され、そしてそれは大切なことであつたが、その反面個人としての完成に対する努力が無視されてきた。
 しかも専ら日本民族の優秀性を自覚させようとしてきた結果は、他の民族を尊重する念を失はせると共に、国民に自己批判を忘れさせ、国民を独善的にした。
 真の自覚は自己批判を通じて達せられるのである。
 従来の国民指導の方針の欠陥が今日支那において特に明瞭に現はれてゐる。
 国民性の改造はまづこの指導方針の改善でなければならぬ。
 個人といふと直ちに自由主義だとか、個人主義だとかいつて排撃する浅薄な態度が改められなければならぬ。
 立派な国民は同時に個人としても立派であるべき筈である。
 個人として完成された人間を作つて大陸に送り出すのでなければ、建設工作は完全に遂行されないであらう。
 我が国においてはなほ個人主義や自由主義も或る一定や重要な意味をもつてゐるのである。

  三木清 ”国民性の改造” 1940.6 中央公論

12 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 16:21:32
問題は尾崎がいつ陸軍や統帥を操ったかだな

13 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 16:56:13
ロシア方面に戦線を広げないように、
対米戦争を必死に煽っていたのは、
朝日新聞だっけ?

14 :日本@名無史さん:2005/07/12(火) 19:30:14
尾崎はたしか大阪朝日新聞の記者だったね。

15 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 08:48:29
敗戦の半年前に近衛文麿が昭和天皇に近衛上奏文を奉ったよね。

左翼が嫌いだった近衛は「右翼軍人、右翼官僚を近づけ政策を推し進めたが、右翼と左翼は全く同じ
ものだった。右翼は国体を振り回す共産主義者」と書いてて、それに気づかなかった自分の不明を
天皇に謝った w

16 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 08:50:28
あと、日本陸軍は共産、社会主義者の巣窟だった w

例えば敗戦で解体された陸軍エリート将校は大挙し日本共産党に入党した。志位正二(関東軍情報参謀、
現在の日本共産党書記局長の志位和夫の叔父)平沢道則(関東軍第三軍参謀長)種村佐孝(参謀本部
戦争指導班長)など

17 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 13:51:02
小林一三「企画院にアカがいる」
岸信介「アカがいるとはどういうことですか。このままでは収まりませんよ」

・・・だから、戦前の未熟な経済史観できょうさんしゅぎのいんぼおおとか言っても
はじまらんだろうが。
計画経済や統制経済やれば共産主義者か。バカか?

18 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 14:09:24
ウリが没落したのはアカのせいニダ!! ってわけか。

19 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 14:18:34
軍人なんぞ、その出自からして共産主義にかぶれやすい下地はある
国体論(天皇に関する考え)を除いたらその主張もやったことも社会主義となんら変わらない

20 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 16:36:43
近衛も新体制運動で統制経済やろうとして
学者に色々きいていたら
観念右翼の連中にアカよばわりされた。

21 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 19:10:45
大東亜戦争と「開戦責任」―近衛文麿と山本五十六
中川 八洋 (著)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4896670116/qid=1121249251/sr=1-19/ref=sr_1_2_19/249-7351709-7686734

22 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 20:06:17
アメリカに勝つにはどうしたらいいでしょうか?


23 :日本@名無史さん:2005/07/13(水) 20:41:42
                            _      ノ   
                  _,, ---- 、_  | | />  ⌒`'⌒ヽ 尾  崎  は
              _,,-ァ''"       ヽ、| レ'∠_,       )  国  民  に
            / /⌒"''ー 、  " 「 ⌒ ヽ、/)、      ⌒ヽ 謝  れ  !!
         ___/       ヽ ヽ、  {   , 勹 `、ヽ        )
       ,ン''フ  {~   ⌒ヽ、   ヽ、`ヽ\/ ノ 、、 \\      ⌒Y⌒Y⌒
     、/ /   { ヽヽ、 ヽ、 \ ヽ、 ヽ、`ヽ i i トー 、ニニニ`、_
    / \/ / i ハ ヽ、 ヽ、、ヽ、 >、>、 ヽ`ヽ、  l\ \\`ー 、二二_ー‐‐‐‐‐‐‐‐‐
   / iニニ/ i  | | ヽ ヽ`ヽミ >へ、,,_ヽ、ヽYヽヽ }  ヽ ヽ \::..  \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ./    l イ|  ト|   \ヽ / >イ)⌒ト`l |ヽ))) |     ヽ \ \::..  \    /
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 {      !.   トヾ、ヽヽヽ)i   , -、      》⌒>' /   ヽ、、 二二ニニニニニニニ
          | ト、!ト`ヽ  ` < ィ  )  / 〃/  / __________\_/::::::::\:::::::::::::::::::
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         /ニニニニニニ===ー''ァ彡ソ、   ノ    i       ___,,,,-----
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              ///,, -'7 {    |彡へ .}  ヽ、::::::::::::....

24 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 16:54:23
尾崎って著作集あるんだね。
読んだことないけど。

25 :日本@名無史さん:2005/07/17(日) 17:44:28
支那事変は蒋介石の、太平洋戦争は共産主義者の、バブル崩壊は米国の
郵政民営化もどこやらの陰謀、悪いことは全部他者のせいかよ!
そんじゃ日本の指導者て、ほとんどアフォ、バカじゃんw

26 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 04:35:19
>>25
その通り。

27 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 12:18:17
>>25
その通り。

28 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 12:22:12
アフォ、バカと呼ぶな。売国奴と呼べ

29 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 12:49:33
>>25
おまい今頃気づいたの?


30 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 14:15:40
22>勝てない。戦わないですむよう、上手く立ちまわれ。

31 :日本@名無史さん:2005/07/18(月) 23:11:16
>>25
その通り。

32 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 11:24:13
>>25
その通り。

33 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 15:35:35
>>25
その通りです
丸山眞男が「超国家主義の論理と心理」で指摘したでしょう
日本の政治システムは無責任体制だと
つまり、誰も政治的責任を取らずに済むようになってるのが
日本の政治システムだから、悪い事はすべて他者のせいに出来る

34 :♪がんじがらめ♪:2005/07/19(火) 20:36:04
だれもが自分の内面の意思をもつ自由を自分より上位にある超越的な他者から制限されてゐたのだった.
内面の自由すらもないところに責任の観念があらうはずがない.
それでは,超越的な他者なるもの階層の最上位の頂点にたってゐた天皇は,はたして自由だったか?
否! 天皇自身もまた万世一系の国体神話からは自由ではなかった.
すなはち,だれも彼もががんじがらめであり,したがって無責任なのだった.

35 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 21:49:02
>>17

「怪物と戦うものは自ら怪物となる」 by ニーチェ

まあそう言う事なのだろう。

で、東条は革新派将校の代表格だった訳だが、
彼もまた、一生懸命に国家を(革新)していたと言う事か。

36 :日本@名無史さん:2005/07/19(火) 21:58:10
侵略戦争の陰謀を企てたのはヒロヒト

昭和天皇は「超A級戦犯」だよ(w



37 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 01:37:37
>>25
その通り。

38 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 01:38:08
>>36
それは違う。

39 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 01:47:05
近衛も松岡も共産主義者

40 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 03:27:36
高度国防国家を目指す軍事官僚、革新系の文官、みんな国家社会主義者だよね。
こいつらとアカはイデオロギー的には違うんだけど、見方によっては同じサイドにいて、
特定局面の利害が一致したりするからアカの陰謀だとか言いたくなるんじゃない。

尾崎は蒋介石と日本を戦わせて、毛沢東に有利な状況を生み出そうとしたと思うけど、
共産主義者の陰謀だけであんな大戦争を戦うほど当時の日本はダメじゃないでしょ。

41 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 11:18:24
アルビン・トフラーじゃないけど結局、20世紀は工業化の時代なわけで。
工業化の過程で、産業5カ年計画なり官僚さまが筋道たてなきゃいけないわけで。

私企業の自由競争だけじゃ間に合わない場合、国家が指導する。
それ以外方法が無いだけの話なのでは?

それを「アカの陰謀」「企画院にアカがいる」いわれても困る

42 :日本@名無史さん:2005/07/20(水) 11:35:13
大東亜戦争とスターリンの陰謀という本があるらしひな

43 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 00:24:30
>>1
その説については、下記のサイト「戦争の天才と謀略の・・・」に詳しい。
こういう感じの資料がたくさんある。
   ↓
 近衛は中学生の頃、高貴な華族の家柄であるが故に貧困に喘ぐ下層階級を見て良心の
呵責に苛まれ、弟の秀麿に「社会主義談義」を頻繁に行い、京大学生時代には貧困の問題を
研究し、大正三年(一九一四)、近衛は新思潮五、六月号にオスカーワイルドの「社会主義下
の人間の魂」を翻訳掲載し(発売禁止処分)、ワイルドの言葉を借りて次のように述べている。

 「私有財産が諸悪の根源であり財産と貧困の害悪を断ち切るには社会主義を
実現するしかない。」  
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from88to93ww2.htm


「戦争の天才と謀略の天才の戦い」 国民のための大東亜戦争正統抄史1928―56
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/newsyberbook1.htm

朝日新聞とソ連の関係
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1111513814/l50

44 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 00:37:14
>>33
丸山眞男って、「ニュルンベルグ裁判でのナチス戦犯と違って、東京裁判での日本人戦犯は
卑屈だった」と、史実と正反対の論陣を張って登場して喝采を浴びた真性のアフォ、バカだろ。
しかもこのアフォ、バカが戦後日本の言論界を制覇できて、悪い事はすべて日本人戦犯に
なすりつけて、その左翼言論に誰も責任を取らずに済んだんだから、
日本人はほとんどアフォ、バカじゃんw

45 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 11:49:46
 中曽根さんのブレーンの一人として知られ、臨調や民間活力導入
(民活)でも知恵者として辣腕をふるった瀬島竜三(伊藤忠相談役)
という男は、元関東軍の参謀として、諜報活動に当たっていたというが、
その実体は、ソ連の二重スパイであったという説がある。

 終戦後、ソ連に残り、帰国したのは昭和31年(1956年)である。
経歴では捕虜としてシベリアに抑留されたことになっているが、何万人
もの日本人捕虜が強制労働によって死んでいった中で生き残って
帰ってくるには、それなりの理由があったはずだ。

 彼が、シベリアでなにをしていたかを示す資料が、最近の自民党の
調査によって明らかにされつつある。化けの皮がはがされるのも、
時間の問題だろう。

 しかも、シベリアで彼が教育した日本人は3、4千人にのぼると
言われている。つまり、二重スパイとしての彼と同じ思考法をする
数千の人たちが、日本中にばら撒かれ、あちこちの要職について
いるのだ。

「日本をダメにした九人の政治家」 浜田幸一 1993年 講談社
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1049011659/

46 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 11:55:08
>>45
この情報で重要なのは、奴がシベリア抑留中ではなく、大本営作戦参謀として戦争を指揮
していた時代から既にソ連のエージェントだった可能性を示唆している点。
浜田は自民党調査団がモスクワから持ち帰った資料は、まだ一部しか公開されておらず、
未公開の資料の中には「日本中がひっくり返る情報がある」と書いている。

47 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 12:06:09
大本営陸軍部(参謀本部)では、服部卓四郎、辻政信のノモンハン・コンビや
瀬島らが作戦立案の中枢だった。辻らのノモンハン戦で日本は南進論に傾き、
南部仏印進駐で対米戦が決した。
インパール撤退を阻止したのも瀬島。そしてインパール作戦を強行に推進したのが
牟田口参謀で、彼こそ盧溝橋の中心人物。
瀬島は陸軍参謀であったばかりか海軍参謀も兼任していた。
そして、日本軍は南方の島嶼などに取り残され、大半が餓死。ソ連軍日本侵攻時には
関東軍は壊滅していた。
こうなると、大本営中枢はソ連のスパイで固められていたのではと疑いたくなる。


48 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 12:06:48
421 名前:    投稿日: 02/01/03 07:56 ID:VW9OoT7S
ノモンハンは日本軍の南進へのターニングポイントとなったが、対米戦を決定付けた
南部仏印進駐も辻参謀が勝手にやった。日本軍敗北を決定付けたガダルカナルも
辻が滅茶苦茶な指揮をした。
412 名前:    投稿日: 02/01/03 06:03 ID:erRMN+A1
インパールでは、大本営内部で階級が上の参謀が撤退を
主張すると瀬島が「バカヤロー!なんちゅうことを言うんだ!」と物を投げつけ、
潰したと同僚は証言。

おいおいあの 瀬島龍三がテレビでてるぞ!!
http://choco.2ch.net/news/kako/1009/10099/1009984334.html

 インパール作戦に参加した日本軍約10万のうち、犠牲となったのは約7万2千。うち、
戦死が約3万、餓死・病死が約4万2千。
 文字通りの大敗であり、戦死より餓死や病死が多いという近代軍にあるまじき惨状だった。
 そして司令官・牟田口廉也は、部下から「鬼畜牟田口」とまで罵られる。

 戦後の彼自身の回想によれば、
 「わたしは盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)のきっかけを作ったが、事件は更に拡大して
支那事変となり、ついには今次大東亜戦争にまで発展してしまった。もし今後自分の力に
よってインドに侵攻し、大東亜戦争に決定的な影響を与えることができれば、今次大戦勃発の
遠因を作ったわたしとしては、国家に対して申し訳が立つ。男子の本懐としても、まさに
このうえなきことである」。
http://members.at.infoseek.co.jp/tou46/re_06_02.htm

49 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 12:11:01
南部仏印進駐は国策会議の決定事項では?

50 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 12:15:52
158 :可愛い奥様:05/02/04 15:16:05 ID:dEG6ArLa
当時のコミンテルンの世界戦略は、資本主義国家同士を戦わせて消耗させるというもので、
日本では朝日新聞の尾崎秀美が日米開戦前に特高の取調べで重要な証言をしている。
それは、「日中戦争で中国国民党軍壊滅・中国共産化→日中戦争は日米戦争に発展→
戦略物資を求めて日本軍が南進→初期に日本軍が欧米列強の植民地軍を打破→
しかし物量で米軍に圧倒され劣勢に→ソ連軍が日本に侵攻→日本共産化→日ソ連合で
米軍を東アジアから駆逐→東アジアの完全赤化成立」というもの。
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/mass/1111513814/

499 :文責・名無しさん :05/02/19 23:50:27 ID:GWAb6Qg7
『諸君!』3月号の対談で中西京大教授が語っているけど、
日中和平を妨害した尾崎が逮捕されたゾルゲ事件は氷山の一角で、
朝日新聞関係者と中国共産党(当然、コミンテルンも)は濃密な関係にあり、
それを証明する文書が最近、米国から少しずつ公開され出しているんだって。
いずれこういう感じの朝日新聞の正体が白日の下にさらされるみたいだよ。
      ↓
 
 昨今戦局の危急を告ぐると共に一億玉砕を叫ぶ声次第に勢を加えつつありと存候。
かかる主張をなす者は所謂右翼者流なるも背後より之を煽動しつつあるは、之によりて国
内を混乱に陥れ遂に革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨み居り候。

国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56戦争の天才と謀略の天才の戦い79〜87近衛上奏文解説】
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from79to87ww2.htm

51 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 13:25:19
満州で国府軍弱体化を狙って、軍閥同士で争わせて関東軍まで
巻き込ませたのは中共だろうな。

52 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 13:42:29

要するにこのスレの主旨はといえば・・・。

支那事変勃発から日本の敗戦に至る破滅への道は、
軍や政治の中枢に食い込んでいたソビエトのスパイ達が仕組んだもので、
当の「大日本帝国」は戦争など望んで居なかったとしたいのだな?

共産主義陰謀論の真偽はともかくとして、
戦争を望んではいなかった「大日本帝国」とは一体誰の事なんだ?(w

53 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 17:08:32
むしろルーズベルト政権の方が、ソ連からの回し者が多かったし。
財務省のハリー・D・ホワイトとかさ

54 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 17:54:45
>>52
現実に、参謀本部は必死にシナ事変を止めようとしてたのに、近衛首相が
「イケイケ、ドンドン!」で手に負えず、参謀次長がソ連軍満州侵攻の危険性まで説明しても、
近衛は「その時は断固闘うまでだ」みたいな異常な反応だったらしい。

55 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:20:42
>>54
ソースは?

56 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:37:06
>>55
54ではないが、多田少将が反対論を唱えてた。
トラウトマン講和斡旋案に参謀連中は反対してた。
近衛内閣の米内海相が内閣辞職恫喝までやったって話ならあるよ。

ソースは書籍だから探してみるか。

57 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:38:32
多田少将は参謀次長だったかな
記憶が曖昧なんだが・・・

58 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:43:04
講和斡旋案の拒否通告を希望する内閣に陸軍参謀本部が反対してたです。

なんか、寝不足のせいか滅茶苦茶。

59 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:50:13
>>55
『明治・大正・昭和 30の「真実」 』三代史研究会(文春新書)
に書いてあったけど、
多田参謀次長がトラウトマン工作打切りに反対したのに、
近衛ら文民閣僚が戦意満々だった。

60 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 18:54:57
もう、日本の共産主義者は虫の息になってきてることだし、
まだ公開されていない自民党調査団のモスクワ資料や米国の資料等を調べて、
日本の戦争と共産主義運動の関わりを本格的な論文、歴史書としてまとめれば、
歴史学者として大成功すると思うけどな。日本社会や全世界に及ぼす影響も
大きいと思うぞ。
誰か、才能ある歴史家の卵でチャレンジするやつはいないのか?


61 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 19:25:07
>>60
あなたがやれば良いやン

62 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 19:27:41
近衛は広田と同じく打ち切り賛成だったが、
その打ち切りについて話あった一月十五日の連絡会議では黙っていた。
前年の八月頃梨本祐平に北支派兵は危険だと言われると、
現地参謀が支那は脅せば
大丈夫だと言うので派兵に賛成したと答えている。

63 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 19:46:33
近衛が会議で述べた左翼革命脅威論には
平沼、若槻、木戸、吉田も賛同しているから
元々有名な話だったんじゃないかな。

64 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:04:47
 そうしたところに、三田村武夫氏の著書『大東亜戦争とスターリンの謀略』(自由社)を知り、
一読。ズシンと腑に落ちるものがありました。戦前、”満州の三スケ”といわれ、東条内閣の
商務大臣を務めた岸信介氏は、三田村氏の著書に寄せて、次のように書いています。
 「支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし、日本をして対ソ戦略から、対米英仏蘭の
南進戦略に転換させて、遂に大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが
指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが、共産主義者、
尾崎秀実であった、ということが、実に赤裸々に描写されているではないか。
 近衛文麿、東条英機の両首相をはじめ、この私まで含めて、支那事変から大東亜戦争を
指導した我々は、言うなれば、スターリンと尾崎に踊らされた操り人形だったということに
なる」と。
 岸氏は戦後首相になった人物で、その気骨と頭脳の優秀さには定評があります。
三田村氏の書著が単なる謀略史観の類であれば、自ら序文をしたため、「操り人形」などと
自嘲しはしないでしょう。
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion07b.htm

65 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:09:59
ってかさー、戦中、共産党だった人が
戦後、親米右翼になって支配者層になってるのは
なぜ?

66 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:29:15
企画院アカ説の出どころは財閥、
統制派アカ説の出どころは皇道派で良いですか?

67 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:35:08
2)、コミンテルンの対戦争方針と日本支部の機械的実践

 志位報告では、日本共産党は反戦平和の真理をかかげてたたかったと強調しています。
しかし当時の実践は「反戦平和」「反ファシズム」というスローガンを社会ファシズム側のもの
であるとして批判、全面否定したのです。そして以下の特殊な対戦争方針を『赤旗』(せっき)
や街頭ビラで宣伝し、大衆組織にも持ち込んで、反戦平和運動、反ファシズム統一行動を
破壊したのです。コミンテルンの方針およびその指令に基づいた日本支部の方針と実践は
次の内容のものです。

(1)、社会ファシズム論に基づき、社会民主主義政党、改良主義的労働組合、その他の
「反戦平和」をスローガンとした運動をすべて批判、排斥しました。

(2)、たんなる「反戦」を否定し、「反帝」「帝国主義戦争の阻止」でなければならないとしました。

(3)、「反帝」「帝国主義戦争阻止」でたたかうが、いったん戦争に入ったら、ロシア革命の
ように、「戦争を内乱に転化せよ」というスローガンをかかげ、大衆組織に持ち込みました。

(4)、帝国主義戦争反対の中に、「ソ同盟擁護」の方針を併立させて提起しました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/shii.htm

68 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:41:09
つっかさー、オイラのごっ先祖様は中国大陸への
進行に反対して(帝国主義だからだろ?)
特高にあぼんされてる(赤容疑)だが
大本教とも関係ある様子
大本教ってアメリカのスパイ機関説あるし
生長の家とかって大本教発の親米派右翼じゃん。
共産主義者が戦後親米派右翼になってるのって
なんか深い意味あるの?

69 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:52:38
なんか、この辺が納得できんのだよね。
戦前、行け行け大東亜共栄圏構想の人が
戦後は反戦・反日・反靖国という
正反対スタイルになってるのと同様に。
どうして戦後全然別の事ゆーのか不思議。

70 :日本@名無史さん:2005/07/21(木) 23:59:35
今だってほんの10数年前まで社会主義者だった人が
つくる会やってる。
やはり国体の衣を着た共産主義者っていうのは多いよ。

71 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:13:22
>>65 >>69
思想的に転向するのってよくある話じゃん。
読売新聞会長・主筆の渡辺恒雄だって、元共産党員だし。
むかし“若さ”から左翼運動に走ったけど、目が覚めて思想的に足を洗った人なんて
大勢いるよ。
逆に、敗戦のショックで右から左に転じた人も多い。
>>70
「衣を着た」なんていう表現は、尾崎や瀬島のように本心を隠して活動することが可能な
人のことで、藤岡信勝氏のように、誰もがその思想的遍歴を知ってる人には当てはまらない。
藤岡氏はどう考えてももはや共産主義者ではない。東大教育学部は共産党員の巣窟で
学部長は日本共産党の東大教育学部支部長を兼ねているそうだ。藤岡氏も共産党員
だったからこそ教授になれて、その後に転向。

72 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:21:05
関東軍の暴挙で戦火は拡大〜原爆投下で日本は敗戦〜

73 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:37:43
おまいら、第二次世界大戦ってどういう戦争か知ってるか?

もてる国(英・仏・蘭・ソ・中など)の富を、もたざる国(日・独など)が
武力で奪おうとした戦争だぞ。誰が本当の共産主義者かは明らかだよな。

74 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 00:40:39
近衛の上奏によれば
之を右翼といふも可、左翼といふも可なり。
所謂右翼は国体の衣を着けたる共産主義なり。
と言うことでノンポリと中道以外はみんなアカなんだよ。

75 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 10:17:41
つか、日本は太平洋戦争の土壇場で
ソ連に調停申し込んでいるよね。
当時の政府や軍部が本当に徹底した反共産なら
こんな無様な事は絶対しないと思うんだけど。

76 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 10:30:27
全てはレーニン様の掌の上

77 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 12:27:59
>>75
『昭和史七つの謎』 『昭和史七つの謎 (Part2)』 講談社文庫 保阪 正康 (著)

上記のどちらかの本に書いてあったと思うけど、敗色が濃厚になってくると、
大本営陸軍部内では親ソ的なムードが高まってきていたらしい。

78 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 12:34:47
当時の日本が頼るとなるとソ連しかない気がする。

>>74
絶対的な中道なんて理想主義ありえないから、興味ない奴以外はアカってことだね。


79 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 14:18:25
>>78
「神国日本」が、事もあろうに何で無神論者の国、
ソ連を頼りにしたんだ?
アホな俺にも分かるように説明してくれ。

それとも何か?
「神国日本」って看板は、
国民を騙すための方便だったのか?

80 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 15:19:35
2ちゃんでも、靖国まんせーしない奴とか
東条英機は戦犯だとかゆー奴とかには
自称愛国者のウヨどもが、直ぐにブサヨとかアカとかの
レッテル貼りするよね。
自分たちに不都合なものをアカ呼ばわりすることで、本質から眼を逸らさせる作戦って、
今も昔も変わらないのかも世。

81 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 16:15:47
>>79
その通り。国家社会主義者は日本の全体主義、集産化のシンボルとして天皇を利用したのであり、
生身の天皇なんてどうでもよかった。現に生身の昭和天皇は資本主義、自由主義擁護で親英派だからね。
本当に忠君愛国なら親英じゃなきゃだめだ(w

82 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 16:25:54
>>71
元アカの連中は転向してもその知的誠実さのなさや権威主義的、反自由主義的傾向はまったく
変わらないんだよな。
つくる会だってどこが「自由主義史観」なんだよ(w
てっきりホイッグ史観みたいのだと思っていたら、ただの国家社会主義だった。岡崎久彦に修正
されて少しはマシになったけどね。
結局、奴らは保守主義者にはなれても自由主義者にはなれない。

83 :日本@名無史さん:2005/07/22(金) 23:07:42
>>81
どれくらい昭和天皇が親英かというと、
戦前皇居と新宿御苑には陛下専用のゴルフコースがあった。


84 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:03:58
武者小路実篤って共産主義者?

85 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:21:44
↑社会学は社会主義じゃないぞ

86 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 01:46:08
近衛上奏でも軍部に
日ソ提携論や延安中共政権との提携論がある事を指摘している。
その近衛もソ連交渉を試みていたが、
これは鈴木首相と東郷外相との間で決められ、
昭和天皇が直々に近衛に命じた事で、
軍部にも政府にもソ連をあてにする
空気と言うのがだいぶあったみたい。

87 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 09:09:07
戦争末期に日本がソ連と交渉を始めたのはドイツが敗戦したから。
ソ連はドイツと戦っている間は決して日本と戦う余裕がないので、
日本はソ連を無視することができた。ところがドイツが敗北して
しまったので、日本は必死にソ連と交渉する必要に迫られた。
ソ連に好感があったとかそういう問題じゃない。


88 :日本@名無史さん:2005/07/23(土) 10:11:36
>>86

> 近衛上奏でも軍部に
> 日ソ提携論や延安中共政権との提携論がある事を指摘している。

↑上奏文の中で、近衛はそうした動きを危険だと述べている訳だが。

日ソ中立条約を両国は一応遵守していた訳だから、ソ連の方も一応日本の言い分を聞いてくれるかも知れないとする、一種甘い考えが当時の日本側にあった事は事実だな。
しかしソ連はその要求を突っぱねた。
当時仮にソ連が日本国内の共産分子を利用して日本の赤化革命を目指していたのなら、この要求をソ連側が拒否したのはおかしい。
取りあえず要求を聞き入れ、努力している振りでもしていれば、戦後の日本政治に対するソ連のイニシアティヴは遥かに大きなものになっていたはずだ。

89 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:26:34
もともとさー
戊辰戦争の段階で
薩長(英)VS 東北(仏)
だったんだよね。
個人的にポルポトもアラファトもパリと関係あるから
反英米勢力は仏と関係ある模様だし、
大東亜共栄圏構想って東北の軍人が構想したから
そういうバックアップしてる勢力からして
反英米、反アングロサクソンっぽい勢力っぽくない?

90 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:33:46
>>89
東北が農本主義というのはそうだと思うが、
東條と石原なんかバイアスが反対だからなあ。


91 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:50:09
まー、共産党員が戦後アメリカ派右翼になり
行け行け大東亜共栄圏組が戦後反日、反米、反靖国で北朝鮮と同根
になってるのを考えてみても
太平洋戦争って本質はソ連とアメリカ
社会主義と資本主義っつー冷戦構造によって
大日本帝国が引き裂かれて滅亡していった
かのように思えるね。そんで両者は戦後も共存してたと。
ファシズムが資本主義と共産主義のハザマに生まれて来た
っていうけど本質はなんだろう?
また、陰謀論によるとコレにプラスして天皇の南北朝問題の確執とか
も関わってるらしーから。

92 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 22:53:46
んまー、第一次世界大戦後の
恐慌に対して世の建て直し
を図ろうとしたグループである
ことは間違いないから、共産主義者だったとしても
不思議じゃないね。

93 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:01:33
でも、結局敗戦後も
アメリカ派右翼と
反英米派右翼(親北朝鮮?)にわかれてますね。
右翼といっても資本主義を志向する軍部と
国家社会主義を志向する軍部がいる模様です。
日本は、石油の輸入をイランに依存してるから
こうゆう利権は後者のもの?

94 :日本@名無史さん:2005/07/24(日) 23:57:54
>>91
第一次大戦と第二次大戦の戦間期には、独伊だけでなくそれこそ
星の数ほどヨーロッパではファシズムが生まれたわけだが。
・共産主義への対抗として。
・民族地図と国境にずれがある場合に国境変更運動の根拠として。
というのが思いつく。


95 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:05:29
 ゲ ス ト さ ん い ら っ し ゃ い ま し た 。
【夏休み】中国バカーvs日本ビパーpart110【シナ開き】
http://ex11.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1122036891/
英語で会話予定です。
政治的なお話は避ける方針で行います。

96 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 00:06:12
近衛露探説はどうかと思うけどな。
NHKで放送してたけど(何の番組だったかは忘れた)、独ソ戦勃発後、松岡外相と
駐日ソ連大使が会談し、大使が「日本は中立を維持してくれるのか?」と問うと、松岡は、
「日ソ中立条約は独ソ不可侵条約を前提としたものだ。ドイツが不可侵条約を破棄した以上、
日本が中立を維持する必要はない」と発言。そしたら大使は脚をガタガタ振るわせ出したん
だって。同席した加瀬元国連大使の証言。
加瀬氏によると、近衛首相も一時北進を決意したんだけど、尾崎秀美が「シベリアには
たいした資源はない」とか言って近衛を南進に傾けさせたんだって。インタビュアーが
「尾崎が変えさせたんですか?」と改めて問うと、加瀬氏は「そうです」と明言。

『歴史群像』05年8月号
■終戦60周年特別企画&特別付録
8月15日に向けたもう一つの戦い
日本の終戦工作
    ↑
この記事に近衛の日記とかが紹介されてるけど、ソ連のエージェントとはとても思えない。
ただ、共産主義者に利用されただけじゃないか?不覚にも日本国を破滅に向かわせている
途中にそのことに気付いたんじゃないか?

97 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 01:14:54
>>89
「大東亜共栄圏構想」は近衛内閣の方針、最初にぶちあげたのは長州の松岡。
長州人脈が握ってた満州の利権を米英から守ることが主な目的でしょ。

討幕から日露戦争まではアングロサクソンの援助を受けてたけど、
満州の利権を牛耳ってからは、逆に対立関係になってしまった。
飼い犬がご主人様を噛んだようなものだね。

政治・外交的手段で調整可能な問題だったのに、
全面戦争に至るまでこじれたのは日本にとって不幸なことだった。
一説にはアメリカに留学して差別されたトラウマが、
松岡を極端な反米に走らせたとも言われてる。

98 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 20:41:30
尾崎は日中同時共産化を狙って
上海で中国人マルクス主義者の教育に当たっていたらしい。
つまり片方は成功したわけだ。
恐るべしインターナショナルコミュニスト。

99 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 21:33:13
でもシベリアに資源がない(当時の技術では採掘できない)のは本当
シベリアなんてインフラもない上に活動可能な夏は湿地帯だし、
北進論なんて馬鹿げてるとしか言いようがない。


100 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 21:51:53
日露戦争→ロシアが共産化
大陸進出→中国・北長朝鮮が共産化

世界中に共産主義を輸出してるのは日本だと思う

101 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:24:00
それらの共産化を防いでいたのが大日本帝国

そのまま大日本帝国に任せていたらシナの共産化などありえなかった

後ろから攻撃したアメリカ民主党政権こそ共産化した犯罪行為

102 :日本@名無史さん:2005/07/25(月) 23:58:55
当時中共は目立った行動ができず、
上海のフランス租界に潜伏していた。
共産主義とはいっても中身の思想は何もなかった。
そこにあらわれたのが日本でマルクス主義の講師(チューター)をしていた尾崎。
中国にはマルクス主義の書物がほとんどなかったので
共産主義者は皆日本語訳のものを読んでいた。
尾崎はチューターとして彼等に深い理論を教えた。
そして尾崎は後に中共八路軍に従軍する中国通スメドレーと親交を深める。
そしてそこにゾルゲもあらわれ、三人は腹を打ち明けあう事になった。
とは言え、尾崎にも自分なりの戦略があったので、帰国の社命を受けると
ゾルゲの要請をけり、日本に帰った。
この時尾崎はゾルゲとの再会を予想していなかった。
しかしやがて日本でソ連防衛を志すゾルゲと
日中社会主義化を目指す尾崎の野望は再び交わることとなる。
というのがゾルゲ事件担当検事さんのお話。

103 :日本@名無史さん:2005/07/26(火) 01:12:30
>>1

   わっはっはっは!

初めてスレを通して読んだが、
統一協会が建てたって事が丸分かりだなここは。
とうとう、日本人の大部分は隠れ共産主義者で御座いと来なすったか(W
そこまでしないと、もう阿呆な信者ですら騙しきれなくなったのか(WW

104 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:52:39
んでもーどー考えても
「行け行け大東亜共栄圏構想グループ」は
明らかに「反アングロサクソン」だよ。
英米が資本主義支持ならその逆だと思う。

105 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 22:56:24
右翼勢力だって
@明治維新〜大正デモクラシーまでの薩長右翼
Aファシズム形成の大東亜共栄圏構想右翼
Bパールハーバー仕込み隊の日米決戦右翼
でそれぞれ派閥が違うし。
戦後はAの陸軍グループは社会主義圏寄りっぽくない???
北朝鮮と戦前の右翼が同根ってそーゆーことではないの?

106 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:00:11
一概に「赤」呼ばわりで処理されても
「赤」といっても反戦運動家と階級間闘争・革命支持派は違うんだよ。
反戦運動家といっても@ABで右翼の派閥が違うし
単に@がAのグループの台頭を阻止しようとして
中国大陸の侵攻に反対しても「赤」で処理されてるんでしょ?

107 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:03:08
Aファシズム形成の大東亜共栄圏構想右翼
が実は共産主義者の陰謀で(ソ連の工作)
Bパールハーバー仕込み隊の日米決戦右翼
がアメリカの陰謀だったら・・・???
@の作った大日本帝国を滅亡に導く陰謀かも?


108 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:04:05
>>107
だから日中戦争を仕掛けたのは中国側だと・・・

109 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:11:36
@は南朝天皇が作ったらしーし・・・・
Aのソ連とBのアメリカの冷戦構図・・・ヨーロッパ悪魔?
北朝府の呪詛

丑寅の金神が世を立て直すとはこれいかに?大本教の謎・・・

松本清張の「神々の乱心」って本当はこのようなことに
ふれてるんでしょ?

110 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:12:48
ちなみに南朝はBの一部でしょw???

111 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:15:02
やっぱ大本教はアメリカのスパイ機関かのう?

112 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:18:08
>>108
やっぱそーなのかな?
何かあのあたりは複雑だけど
ノリで突っ込んで行った感じでそのまま
敗戦まで「天皇陛下万歳!」でいってしまったような感じ
だからな。

113 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:31:01
それにゾルゲなんて日本の横暴を食い止めたみたいな
感じで描かれてるけど絶対アヤスイと思ってますた。

個人的に陸軍は社会主義者が右傾化して対外路線を取った
ものだと思ってたし。それがファシズムでしょ。

114 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:36:01
基本的には米ソの冷戦構造に飲み込まれ引き裂かれて滅亡しながらも
日本人が「アイマイ」だからか「なあなあ」だからか
共存してたり融合してたんだな。この国ではw資本主義と社会主義w
半島やドイツは2つに別れてしまった。
日本はアメリカの工作が上手かったのか、日本の風土の特性なのかw


115 :日本@名無史さん:2005/07/27(水) 23:47:16
半島系の人は戦争してるだけあって激しく対立している
ようだが。。。。
多くの日本人は所得の再配分構造とかの中で
そのような冷戦構造的な激しい対立も
高度経済成長とともに息をひそめていったのかも。

116 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 02:58:03
忘れちゃいかんのは、まともな軍人はみんな天皇陛下をそれは敬っていたってこと。
現人神と思おうが立憲君主的に捉えようが、こういう連中をアカ呼ばわりするのはどうなんだろうね。
アカは造反有理的発想を良くするけど、手段は似てても目指すところが全然違うから、
仮に国家社会主義者だとしても共産主義者とは到底言えないでしょ。

117 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 03:21:22
近衛上奏文には
共産分子は国体と共産主義は両立するとの論で
軍人を動かそうとしており、
少壮軍人の多数はこれを信じ、軍部内の革新論もこれに基づいている。
と書いてある。
ちなみに、陛下のお手元にあげた上奏文って言うのは全部宮内庁に保管されるはずだが、
戦後細川護貞がきいたらなぜか無いと言われたそうだ。

118 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 03:35:52
もしも仮にだよ、陰謀であったとしたならば、
当時の日本の指導者達はかなりアフォだったことになります罠。
あっ、でも陰謀でなくてもアフォだったことは歴史が証明しているか。
いずれにしてもアフォなお方のためにエライ目に遭った訳だ。

119 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 04:00:40
満鉄なんて共産主義者のスクツだった

120 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 04:04:26
>>117
つか、近衛上奏は戦争を終わらせるために、陸軍の主流から支那事変、対米戦争の責任者たちを隔離することが主たる目的でしょ。
近衛の着想は悪くないし、阿南は実際にそういう立場だったこともあって終戦にこぎつけたと思うんだけど、阿南を選んでおいて、梅津更迭ってのは近衛らしいオカシナ発想だと思うよ。
なるほど、重臣上奏の原文は宮内庁ではない事になってるんだね。
なんでだろう。

121 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 07:46:15
>忘れちゃいかんのは、まともな八路軍人はみんな毛沢東をそれは敬っていたってこと。
 ってのも真実だよねえ。
「共産主義者」の定義があいまいだから、変な議論になってる。
厳密にマルクス流の世界観を受け入れるかどうかで判定するなら、日本に共産主義者
などごく少ないが、そういう議論をしているわけではないね。



122 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 08:45:09
 私の立場から言えば日本なりドイツなりが簡単に崩れ去って英米の全勝に終るのでははなはだ好ましくないのであります。
 (だいたい両陣営の抗戦は長期化するであろうとの見透しではありますが)
 万一かかる場合になった時に英米の全勝に終らしめないためにも、日本は社会的体制の転換をもってソ連支那と結び別の角度から英米へ対抗するの姿勢を採るべきであると考えました。
 この意味において日本は戦争の始めから米英に抑圧せられつつある南方諸民族の解放をスロ−ガンとして進むことは大いに意味があると考えたのでありまして、
 私は従来とても南方民族の自己解放を「東西新秩序」創建の絶対要件であるということをしきりに主張しておりましたのは、かかる含みを籠めてのことであります。
 この点は日本の国粋的南進主義者の主張ともほとんど矛盾することなく主張される点であります。

123 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 12:59:10
>>121
「厳密にマルクス流の世界観を受け入れるかどうかで判定するなら」、
スターリンも毛沢東も金日成も共産主義者ではない。

岸などの三スケが満州で行った五ヵ年計画などの産業振興策などは、
ソ連流の「社会主義的」統制経済そのもの。
スローガンに「社会主義」を掲げるか「王道楽土」を掲げるかの
違いはあっても、中身は似通ってる。

124 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 19:25:08
典型的な糞スレだな

125 :>極右暴力団改憲軍需利権集団が、KIチガイ神社を拠点として活動↑:2005/07/28(木) 19:29:24
528 :侵略殺人強盗皇軍兵士による家族殺しを称揚するキchiガイカルト神社:2005/06/17(金) 21:29:34
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-06-24/01_01_1.html
>極右暴力団改憲軍需利権集団が、KIチガイ神社を拠点として活動(=Nタイムス、ルモンド)
>http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.html
>http://yeoseong.korea-htr.com/jyoseihoutei/nisino.htm
>太平洋戦争は日米という卑しいアジア侵略強盗同士が奴隷自国民を駆り立てた殺戮戦であった。
>靖国の英霊たちがアジア侵略強盗殺人の犯罪者若しくは犯罪の共犯者であるという事実から目を逸らしてはならない。
>英霊という侵略殺人の重犯罪者を野放しにして、時代に責任を霧散させて来たモラルが、戦後の無責任を拡大し「平成」の今に至った。
>拉致被害者を葬った金正日天皇北朝鮮軍需利権一派の愛国兵士たちが拉致家族の怒りから逃れる事など出来ないように、
>靖国の英霊たちもアジア数百万の家族を殺した犯罪者であり共犯者である事実から逃れる事は出来ない。
>数人の戦争指導者を連合国に裁いて貰うという怠惰に胡坐をかいて、英霊という個々の犯罪者を見逃してきた。
>靖国の英霊がアジア侵略強盗・家族殺しの犯罪者であり共犯者であるという重い事実を取り除く術などある筈もない。
>オウム裁判のように厄介で気の重いことだが、今、英霊という犯罪者を裁くのは我々戦後生まれ日本国民の義務である。
>アジア侵略の挙句、かけがえの無い家族を殺しておいて、たかが数十年で許されるはずがなかろう。
>靖国の英霊たちに家族を虐殺された被害者の怒りがもう消えたとでも思ってるのか。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-03-17/2005-03-17faq.html
>日本人1697人を虐殺亡霊復活!特高官僚町村金五(田中内閣自治相、信孝現外相の父)たちの平成2005。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-10-31/03_01.html
>北朝鮮の愛国拉致特攻兵士に家族を葬られた拉致被害者の怒りと
>侵略強盗家族殺しの靖国英霊兵士に対するアジアの凄まじい怒りは同じものだ。
>http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-07-01/2005070101_05_3.html
>http://www.h2.dion.ne.jp/~kyokasho/0_conb07.htm

126 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 20:42:54
>>120
だから支那事変の責任者は中国と日本側では近衛、広田だと・・・
トラウトマン工作をつまらん理由で蹴っ飛ばしたのは誰だよ?

127 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 21:18:58
>>116
でもさー、「神々の乱心」で
明治天皇が孫の昭和天皇の誕生を祝う宮中晩餐会メニューが
あたかも藁人形のごとく吊り下げられていたってーのは
明治天皇&昭和天皇の田布施コンビ(南朝閥)
を呪う勢力がいるってことでしょ。
天皇つったって南朝と北朝でモメテルみたいだし。
法華経に帰依したのは北朝閥?
大本教なんてスサノオ&明治天皇万歳してるが
本当は北朝とアメリカが作ったのかなとか思うんだけど?

128 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 21:50:23
>>118
だから、中国大陸の侵攻に反対してたのかもしれんよ?
それにこれから第三次世界大戦が起こって
人類の80パーセントを
滅亡させ、神を人類に光臨させたあと
火星の開拓をし、宇宙創世記を作る
という陰謀もあるらしいから。

129 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 21:52:28
正直80パーセントは殺しすぎだと思うw。
60パーセントくらいに。

130 :日本@名無史さん:2005/07/28(木) 22:01:47
アフォなお方のためにエライ目に遭ったって
宇宙創世記計画もある種
キティっぽいよ。

131 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 21:23:06
どう考えても
戦後
旧日本陸軍→北朝鮮と同根
旧日本海軍→アメリカ派 勝共連合

だと思う。

132 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 21:33:51
大東亜共栄圏構想を推し進め(共産主義者の陰謀?)
パールハーバーでアメリカを挑発(アメリカの陰謀?)
大日本帝国は滅亡
新生日本始まるも
派閥としてはソ連シンパとアメリカシンパがいたということ?


133 :日本@名無史さん:2005/07/29(金) 21:47:50
大本教は日本が第一次世界大戦時の好況時(成金という
言葉はこのとき生まれた)に日本がこの先滅亡すると
予言したから潰されたの???

134 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:13:29
『世紀末から見た大東亜戦争』(現代アジア研究会編/プレジデント社、一九九一)
第五章 大東亜戦争とコミンテルン 京都大学名誉教授 勝田吉太郎

 尾崎がひそかに抱いていた構想と工作の方向は、彼の獄中手記を読めば明瞭となる。
「私がしきりに心に描いていたところは、次のごときものでありました。第一に、日本は独伊と
提携するであらうこと。第二に、日本は結局英米と相戦ふに至るであらうこと。第三に、最後に
我々はソ連の力を借り、先ず支那の社会主義国家への転換を図り、これとの関連に於て
日本自体の社会主義国家への転換を図ることでありました」
 さらに別のところで、
「日本は南方への進撃に於ては必ず英米の軍事勢力を一応打破し得るでありませうが、その
後の持久戦により消耗がやがて致命的なものとなって現はれて来るであらうと想像したので
あります」
と述べている。つまり南方への侵略政策によって英米と戦わせ、日本を消耗戦に導くというの
である。
 さらに、こんな一節もみえる。
「英米帝国主義との敵対関係の中で日本がかかる転換を遂げる為には、特にソ連の援助を
必要とするでありませうが、更に中国共産党が完全なヘゲモニーを握った上での支那と、
資本主義機構を脱した日本と、ソ連の三者が緊密な提携を遂げることが理想的な形と思はれ
ます」
 つまり社会主義体制となった中国と日本とソ連、この三者の力によって世界革命を図ろうと
いうのである。さらにまた、こんな一節もある。

135 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:14:42
>>134
「更に英米仏蘭等から解放された印度、ビルマ、タイ、蘭印、仏印、フィリッピン等の諸民族を
各々一個の民族共同体として前述の三中核体と(中略)密接なる提携に入るのであります。
(中略)世界新秩序完成の方向と東亜新秩序の形態とが相矛盾するものであってはならない
ことは当然であります」
 獄中で死を前にして書かれたこの手記によると、近衛首相の側近となって近衛を動かした
尾崎、ならびに尾崎の息のかかった側近グループの壮大な世界戦略とは、第一に、
“社会主義の祖国”ソ連を守るために日本を南進させ、英米と衝突させて、その植民地を解放
する一方、日本を長期消耗戦の泥沼に陥らせて日本国内に革命的状況を作り出すというもの
であった。
 第二には、中国を共産化するために、中国をも長期の泥沼戦争に導くべく、日中間の休戦を
図ろうとする一切の企図を妨害し、流産させることであった。
     (中略)
 近衛内閣によって国策とされた「大東亜新秩序」の建設は、コミンテルンと尾崎の描く大戦略
のなかで、軍部や右翼の唱える「大東亜共栄圏」の衣をかぶったアジア共産化革命の一環と
して位置づけられていたのである。
 こうした事情について、忘れられた書物である三田村武夫著『戦争と共産主義』
(昭和二十五年刊)に詳述されている。

136 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:28:55
『世紀末から見た大東亜戦争』(現代アジア研究会編/プレジデント社、一九九一)
第六章 日本を陥れたもの 京都産業大学教授 丹羽春喜
(本稿は、『現代警察』五十五号、平成二年五月号所収の拙論に大幅な改訂を
加えたものである)
 
 当時は、尾崎が所属していた『朝日新聞』をはじめとする大新聞も、これに同調して、日本の
全国民を対中・対米英戦争に駆り立ててやまなかったことは周知のとおりである。しかも、
このことについては、次のような驚くべき事実があったことを認識しておかねばならない。
 すなわち、終戦後、マッカーサー司令部は、朝鮮戦争勃発を機に、当初の容共政策を改めて
「反共・防共政策」に転じ、日本の新聞社から共産主義分子を排除する指示を出した。
いわゆる「レッド・パージ」である。このとき朝日新聞社からは、二百人前後ものスタッフがそれ
に該当するものとして追放されたわけであるが、その人たちは、その年齢や地位から見て、
その大部分は尾崎と同様に戦前・戦中に入社して、戦争中の『朝日新聞』を作っていた人たち
であったことは明らかである。すなわち、戦前・戦中に、「暴支膺懲」「蒋介石政権撲滅」
「独伊枢軸との提携強化」「鬼畜米英打倒」などを狂的なまでに叫び続けた『朝日新聞』の
編集は、このような共産主義者およびその同調者によってなされていたわけである。

137 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:30:14
>>135
三田村武夫著『戦争と共産主義』からは、尾崎のグランド・デザインに賛同した人物として、
朝飯会、昭和研究会、企画院事件の関係者ら、実名を多数引用掲載している。
企画院事件絡みでは、正木冬氏と勝間田清一氏の尋問調書が掲載されている。
満州事変以降の準戦時体制の確立強行によって資本家、半封建的生産関係を破壊し、
統制経済の名のもとに「上からの社会主義化」を進めるという供述をしている。
勝間田は、日支戦争を英米等の帝国主義終焉に向けた進歩的戦争と見なし、コミンテルン
が世界革命本部として確立し、各国が協力することの重要性を主張。そして、日本共産党との
関係について検事に問われ、自分たちの活動が、マルクス主義革命の前衛たる日本共産党
の目的達成に将来的に寄与するだろうというような事を述べている。

138 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:30:50
「第五章 大東亜戦争とコミンテルン」と「第六章 日本を陥れたもの」によると、軍部や右翼と
共産主義者の間には戦略、政策に関しても共通面が多かった。
反資本主義、反自由主義、反英米、農民・農本主義=反地主、反財閥、革命・クーデターに
よる社会変革、そしてアジア植民地解放。違いは天皇制への態度だけ。
実際、治安維持法下、特高は、“転向”で天皇制さえ認めれば、共産主義的信条の持ち主で
あっても赦す例が極めて多く、かなり“寛容”だったそうだ。
こうした共産主義者は1935年の有名なコミンテルン・テーゼの意に沿い、国家権力の中枢
に食い込む“体制内革命”をめざしていた。
革命運動は抑えられたが、マルクス主義学習は自由で、文献も大量出版されていた。
転向した知識人(容天皇制)は、諸種のブレーン組織やシンクタンク的な政策研究・立案集団
に迎え入れられることが多かった。
そして、こうした隠れ左翼は独伊との共闘を説くなどしていたそうだ。

139 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:40:42
>>136
499 :文責・名無しさん :05/02/19 23:50:27 ID:GWAb6Qg7
『諸君!』3月号の対談で中西京大教授が語っているけど、
日中和平を妨害した尾崎が逮捕されたゾルゲ事件は氷山の一角で、
朝日新聞関係者と中国共産党(当然、コミンテルンも)は濃密な関係にあり、
それを証明する文書が最近、米国から少しずつ公開され出しているんだって。
いずれこういう感じの朝日新聞の正体が白日の下にさらされるみたいだよ。
      ↓
   昨今戦局の危急を告ぐると共に一億玉砕を叫ぶ声次第に勢を加えつつありと存候。
かかる主張をなす者は所謂右翼者流なるも背後より之を煽動しつつあるは、之によりて国
内を混乱に陥れ遂に革命の目的を達せんとする共産分子なりと睨み居り候。

【国民のための大東亜戦争正統抄史1928-56戦争の天才と謀略の天才の戦い79〜87
近衛上奏文解説】
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from79to87ww2.htm


しかも、「レッド・パージ」後も朝日新聞はすぐさま親ソ・親中などの共産圏賛美報道に転じ、
日米安保廃棄を主張したり、中国文革礼賛報道をするなど反米容共報道を開始し、
それが共産圏崩壊まで数十年も続いたんだから、戦前・戦中から相当、共産主義者に
内部を蝕まれていたはずだ。

140 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:43:19
>>138
そういう動きはいまだにある。
日教組の要求通り、「ゆとり教育」による亡国の新学習指導要領導入を強行するなどした
文部科学省の小野元之事務次官(当時)は、次のような恐るべき告白をしている。

「大学では過激な学生運動をしていて権力を倒すには暴力が必要であると本気で考え、
デモもした。しかし本当に世の中を変えるには内部に入ってやらねばと公務員になりました」
(「毎日新聞」二〇〇一年八月二十日付)

高崎経済大学助教授 八木秀次氏の講演(要旨)
http://nipponsaisei.air-nifty.com/sakura/2005/01/post_2.html
 細川連立政権には社会党が加わり、羽田内閣を経て、自社さ連立政権が誕生。村山富市
という社会党左派を首班に担ぎ、五十嵐広三が官房長官となり、文字通り官邸を社会党が
握ってしまいます。今日、おかしな現象がいろいろ出てきていますが、その背景には、
細川政権発足以来の政権の左傾化があります。
 「ゆとり教育」は紛れもなく、自社さ連立の負の遺産です。家永教科書裁判に見られる
ように、かつての文部省は保守的でタカ派といわれましたが、平成七年、日教組と
歴史的和解をし、いわば日教組化してしまいました。実際、文科省中枢にいた人は私に、
「あの和解以来、文部省内の左翼が勢いづいた。そうでなければ、寺脇研氏とか
小野元之元事務次官などが出世するわけがない」と伝えています。
 ゆとり教育は一九七〇年代以降、日教組が主張してきた子供中心主義を、文科省が
取り入れたにすぎません。

141 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:51:34
 コミンターンが反君主闘争と共に日本共産党に課して居る
今一つの大きい課程は戦争反対特に敗戦主義である。我々は
こゝにも深酷な小ブルジョア性を見る。元来、因循卑怯な平
和主義を愛する小ブルジョアは、現在、之を適当に表現する
手段をもたぬため、その尖瑞たる急進的小ブルジョアはコミ
ンターンの戦争絶対反対論に何の批判もなしに引付けられ
る。戦争に一般的に反対する小ブルジョア的非戦論や平和主
義は我々のとるべき態度でない。我々が戦争に参加すると反
対するとは、其戦争が進歩的たると否とによつて決定され
る。支那国民党軍閥に対する戦争は客観的にはむしろ進歩的
意義をもつて居る。また現在の国際情勢の下において米国と
戦ふ場合、それは双互の帝国主義戦争から日本側の国民的解
放戦争に急速に転化し得る。更に太平洋における世界戦争は
後進アジアの勤労人民を欧米資本の抑圧から解放する世界史
的進歩戦争に転化し得る。我々は蘇連邦及び支那ソヴエート
政府に対する戦争は反動戦争として反対する。我々は断じて
好戦的主戦論にくみするものでないと雖も、いま不可避なる
戦争危機をかく認識し之を国内改革との結合において進歩的
なものに転化せしめるこそ、我が労働階級の採るべき唯一の
道と信ずる。(真鍋・佐野『文春』s8.7)

142 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 00:57:25
日露戦争の際明石がレーニンらと接触していたのは有名だが
上海で設立準備中だった中国共産党でチューターとして
マルクスの理論を教えたのは尾崎だし、
軍部の延安中共政権提携論の際にも
実際に延安政権に援助をした日本人がいたかもしれない。
まさに世界最強の共産党メーカー。

143 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 01:00:19
141>>結局何が言いたいのかわからないので
わかりやすくもう一度説明してもらえませんか?

144 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 01:11:42
主義主張は、人それぞれだ、
その中で、大多数を占めるものによって
政策がきまる。
国民はそれに拍手をおくる。
敵対国はそれに裏工作をおくる。
1945年まで列強、植民地
これらは、当たり前の世界だった
それを踏まえてしゃべってください。

145 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 01:26:58
>>142
『近衛文麿とルーズヴェルト―大東亜戦争の真実』
にも尾崎の手記の一部が掲載されているけど、行動力も凄まじかったけど、
先を見通す能力も抜群だね。
日米戦争では六ヶ月後に攻守が逆転する、というような神懸り的な予測力。
著者の中川八洋氏も、当時の世界の指導者と伍すワールドクラスの頭脳というような
評価をしている。
奴の頭脳がいい方向に生かされていたら・・・

なお、『大東亜戦争と「開戦責任」−近衛文麿と山本五十六』(弓立社2000年刊)は
『近衛文麿とルーズヴェルト 大東亜戦争の真実』(PHP研究所1995年刊)の改題再刊]

146 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 03:30:50
それにしても、共産の陣営は人材が豊富でうらやましいな。中央はそうでもないけど…。
反共側が先手を打てたのって戦後の農地改革ぐらいか。


147 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 11:39:51
>>146
それもGHQのそっち方面の人の仕事でないの?

148 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 11:52:55
言論の自由、農地改革、財閥解体、労働法、婦人参政権など、GHQの諸政策の多くは、
戦前から日本の中に改革の芽があったんだよ。戦後、GHQの名で施行されたに過ぎない
という側面もある。もっとも、そこでは共産分子の策略家も暗躍していたのかもしれないが。

149 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 12:56:02
戦後、社会党や共産党、そして、A新聞が主張していた「非武装中立論」なんてのも、
愚劣な思想なんかではなくて、日米安保、自衛隊を廃止させ、ソ連軍を日本に侵攻させて
日本の共産化を図ろうという冷徹な戦略に基づいていたそうだな。
フランス共産党の幹部も、「ソ連軍がフランスに進攻してきたら、我々フランス共産党は
ソ連軍に協力する」というような発言をして物議を醸したそうだ。

150 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 14:32:49
>>149

> 日本の共産化を図ろうという冷徹な戦略に基づいていたそうだな。

冷徹かどうかは知らないけれど、そんな事、今更自慢げに話さなくても、
大方の日本人はみんな理解していたさ(w
だから共産党は政権を取った事が無かった訳で、万年野党な訳で・・・。
あんた一体何が言いたいの?(w

151 :日本@名無史さん:2005/07/30(土) 21:00:40
つ[鏡]

152 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 09:14:22


陰謀論に嵌るのは知能レベルの低い証拠だなwwwwww



153 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 10:26:00
尾崎のそれは過大評価じゃあるまいか。
昭和研究会のメンバー評では調子の良い飲んだくれの評価もあるし。

日米戦争で6ヶ月後には形勢が逆転するという予測を尾崎がしたというなら
それは尾崎個人が霊感wを受けたのではなく、出入りする勉強会なり閣僚の朝食会で
企画院なり内務省なりの総力戦研究の結果(日米戦シムはあちこちでやってたから。
その結果を知った上で統帥部は開戦を選んだ)を聞きこんだだけだと思うけどね。

神懸りは過大評価だ

154 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 13:02:49
>>140
日教組を有力支持母体として持つ社会党が政権に参画し出してから歴史教科書の
極左化が進行し始めたんだよ。それに対抗して「新しい歴史教科書をつくる会」や
「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」とかが結成されたりした。

マルクスの言葉

「青少年に対して祖国の前途に対する希望の灯を奪い、
祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を扶植することが革命への近道だ」

155 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 13:23:13
歴史教育に神話を持ち込むのは如何なものか?神話それ自体は否定すべきではないが
別な場で教えるべきであって神話を歴史とするなんぞ学問への冒涜

156 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 15:23:43
>>149
アカ勢力による憲法9条擁護の護憲運動はその一環で、もともと日本共産党の指導者・
野坂参三だって、国会で「自衛のための戦争まで放棄するのはおかしい」と疑義を呈したいた
んだけど、9条の利用価値に気付いて、その後に方針変更。
A新聞は日本の“戦争犯罪”報道に熱心で捏造報道までやってきたけど、要は、日本人に
軍事アレルギーを植え付け、反戦意識を高めることによって9条を守り、自衛隊解体、
日米安保廃止でソ連軍を日本に侵攻させようと狙っていたわけだ。
しかし、共産圏が自滅し、それまで反韓・親北鮮だったA新聞は、いまでは韓国寄りに
立場を移すなど、状況が変わってきている。それなのに“戦争犯罪”報道や憲法9条擁護は
相変わらず。いつまで続ける気なのか?惰性でそれ自体が運動になってしまったのかな?

>>155
世界各国で建国神話が歴史教育の場で扱われているらしいよ。
それを歴史の事実と教えているわけではない。
歴史研究と歴史教育は目的がそもそも違うからね。

157 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 16:12:22
>>154

> 日教組を有力支持母体として持つ社会党が政権に参画し出してから歴史教科書の
> 極左化が進行し始めたんだよ。それに対抗して「新しい歴史教科書をつくる会」や
> 「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」とかが結成されたりした。

社会党が政権に参画してからって、一体いつ頃の話をしているんだ?
今や社会党つーか社民党は、風前の灯だぜ(W
対アジア関係を重視して、日本の大陸侵略や従軍慰安婦問題を載せたら
その教科書は極左の手によるものになるのかよ? オメデテーな。

作る会の件だが、あそこはカルトの寄り合い場だからな、そんな所が出した
教科書に、国民の税金を使うのはどうかと思うよ、
内容は別にしてもね。


> マルクスの言葉

> 「青少年に対して祖国の前途に対する希望の灯を奪い、
> 祖国蔑視、祖国呪詛等の精神を扶植することが革命への近道だ」

だからそうやって、あんたらは今の日本は「共産主義者」に支配された
お先真っ暗な国だってデマを宣伝してるのね?(W
俺たちにとっては、今の日本こそが祖国なんだよ。
あんたらはそれを呪詛している。
一体目的は何だ?

158 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 17:22:23
>>157

>一体目的は何だ?

日本は共産主義者の天国だって広めたいのだろう。
この手の主張は統一教会のお家芸だったな。
奴らにすれば、共産主義者=サタンの僕=文鮮明の意向を妨害する悪魔で
あるとの構図だ。

以前文鮮明は、ソ連の崩壊後は、この日本から世界に向けて共産主義が
発信されるようになるとかの予言をしたらしいが、こいつらは、奴の
予言が事実であるかのように見せかける工作を行っているのだろう。

一時2ちゃんに頻発したユダヤ陰謀論も、実はそれと関連したものだと考えられる。
何故なら陰謀厨たちは、共産主義=ユダヤの陰謀であると主張していたからだ。
あのパナウェーブと、統一教会が裏で秘かに繋がっていた事も見逃せない。
また、統一教会と北朝鮮との関係も興味深い。

159 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 21:54:37
まあ、今の日本に対して愛国心を持たれると困る連中が存在することは確かなんだろうね。

160 :日本@名無史さん:2005/07/31(日) 22:12:17
http://www.daitouasensou.com/

161 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 00:14:02
>>159

> まあ、今の日本に対して愛国心を持たれると困る連中が存在することは確かなんだろうね。

統一協会は勝共連合と言う団体を組織して戦後日本の保守層に食い込み、
反響主義をお墨付きにしながら傍若無人な信者会得と集金活動を行ってきた。
奴らが、我が国に於ける健全な愛国心の醸成に与えた悪影響は無視できない。
それは街宣右翼のそれと同様だ。

>>160
その、旧ソ連が大東亜戦争を利用して日本の共産化を謀っていたとする主張は>>88氏の簡潔な書き込みによって論駁されていると思うが、どうか?

162 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 01:03:24
>>88
日ソ提携論は、「敵の敵は味方」の論理で、思想的に相容れないはずの米ソが
対独で提携したのと同じく、対米関係で苦境に立った日本が新たな協力国の
可能性に目をつけただけだろ。ソ連が日本に協力しても、日本が赤化するわけではない。
近衛が日ソ提携論を危険だと述べたのは、近衛露探説を否定する根拠の一つと
なりうるが、あの戦争における共産主義者陰謀説を否定するわけではないだろ。
そもそも、スターリンは世界革命論のトロッキーを葬った一国社会主義論者であって、
彼の下でのコミンテルンは、世界の共産主義運動の利益よりもソ連の国益を
優先していた。
ソ連を守るために資本主義国家同士を戦わせる戦略に、日本の共産主義者が騙されて
利用されただけ。

163 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 01:04:46
>>162
コミンテルンは当然世界中の共産党に向けて多くの“文書”を送っているが、その多くはごく
短い“檄文”やセレモニーなどでの“挨拶文”であった。いかにコミンテルンといえども、世界の
どの先進国共産党に対してもその国の社会を論議の対象としたり具体的運動方針を指示
することはなかった。

しかし日本に向けられた「32年テーゼ」ただ一つは異様な内容である。前述の通り
「32年テーゼ」は徹頭徹尾「日本下卑」であり「下等悪辣国家日本」を連呼するものである。
さらにその数が問題となる。
   (中略)
このことはコミンテルンの当時最大の目的がまだまだ弱小組織であった日本共産党へ対する
徹底的なテコ入れにあり、さらに言えば“日本弱体化”こそが共産主義ソ連の国是であった
ということである。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4792/kominte.html

1945年9月2日、日本が降伏文書に調印した日の
スターリンの「ソ連国民に対する呼びかけ」(放送)

 1904年の日露戦争でのロシア軍隊の敗北は国民の意識に重苦しい思い出をのこした。
この敗北はわが国に汚点を印した。わが国民は、日本が粉砕され、汚点が一掃される日が
くることを信じ、そして待っていた。40年間、われわれ古い世代のものはこの日を待っていた。
そして、ここにその日はおとずれた。きょう、日本は敗北を認め、無条件降伏文書に署名した。
http://www.hoppou.go.jp/library/document/data/19450902.html

164 :日本@名無史さん:2005/08/01(月) 02:34:47
とりあえず近衛露探説はトンデモ

165 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 00:09:28
>>138
『ゾルゲの獄中手記』
リヒアルト・ゾルゲ(著) 外務省(編集) 曽野明(解説) 山手書房新社

外務省ソ連課長、駐西独大使を歴任した曽野氏が、この本の解説の中で書いているけど、
日本の軍部は、いわば、“天皇制共産主義者”のような存在だったそうだ。

166 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 00:40:53
男性と女性、太陽と月、天と地、昼と夜、積極性と消極性など、
「陰」と「陽」の相反する二つの「気」の消長・和合・循環によって万物の
生成・消滅といった事象を理解、しいては未来の予想を行うのが陰陽道。
俺は、この陰陽道によって、大東亜戦争を説明できると思うな。
「陰」と「陽」は相反する性質をもっているが、同根であるために互いに往来し、
また性質が異なるために、かえって互いに引き合い、交合する。
男と女が互いに引き合い、結合することによって子供が誕生するように、
右翼と左翼が結合したことによって、大日本帝国はあの大戦争を生み出した。
こうなると、もう一部の良識派の諫止によって止められるものではなかった。

167 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 03:28:04
>>165

>> 日本の軍部は、いわば、“天皇制共産主義者”のような存在だったそうだ。

しかし、当時の日本でも私有財産制度は堅持されていた訳だから
明らかに共産主義ではなかった。
状況的に一番ぴったり来るのは、ファシスム的国家社会主義だろう。

>>166

。右翼と左翼が結合したことによって、大日本帝国はあの大戦争を生み出した。

そうとも言えるな。
全体主義的な大同団結は極めて危険だ。
健全な対立関係が維持されてこそ、その国家は国家として正常足り得る、と思う。

168 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 04:09:29
■■■■■■ 緊 急 ! ■■■■ 緊 急 ! ■■■■■■ 
2ちゃんねる 非 常 事 態 宣 言 !

民主党が1日午後、「人権侵害救済法案」を提出し受理されました。
この法案は言論の自由を制限するものです。
しかも、このことをマスコミは一切報じていません。

2ちゃんねるが 潰 さ れ る 可能性大!

この法案の成立を何としても阻止しなければなりません!
成立阻止に協力してくださる方は大規模OFF板へ!
http://off3.2ch.net/offmatrix

■■■■■■ 緊 急 ! ■■■■ 緊 急 ! ■■■■■■ 

169 :日本@名無史さん:2005/08/02(火) 23:27:01
統制派は高度国防国家を目指しながらも財閥とつるんでたから
そういう点ではアカじゃない。
しかし、アカの陰謀説っていうのは統制派への復讐を狙った皇道派が
近衛や平沼をたきつけて産まれたもの・・・。

170 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 08:33:43
何この基地外スレ。

By 軍板 A級戦犯スレ

171 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 10:24:45
 今、ソ聯邦に就いて見るに、彼は国防国家建設の創造者だけあつて、
各種国防要素の充実整備に向つて邁進してゐる。実に第一次、第二次、
第三次の五ケ年計画なるものは国防国家建設そのものに外ならない。
その擁する陸軍軍備は数量に於て世界第一であり、装備の近代化も
着々と向上してゐる。軍需資材は殆んどその領域に於て求め得られ、
五ケ年計画遂行によつて軍需産業も今日では独立し得るに至り、
思想は独特の共産主義教育によつて一応国民思想の統一に
成功してゐると見なければならない。その特色の最たるものは、
徹底せる専制政治によりスターリンが最強の政権力を把握して
ゐることである。スターリンの意のまゝにソ聯は動かざるを
得ないことである。しかし、そこに又幾多重大なる精神的欠陥がある。
人間を機械化し物質化し人間の生活を無視し、わが家族国家の持つやうな強みを欠いてゐる。


週報201号 ”国防国家建設の必要”  陸軍省情報部 s15.8.1

172 :日本@名無史さん:2005/08/03(水) 20:35:57
政府そのものが国際共産主義運動の浸透を受けていたってのはマユツバだが(尾崎だってそれほどの影響力はなかったし)、
マルクス主義の思想的影響があったのは確かだよね。


173 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 16:18:57
極東板のバナー尾崎になってるし・・・w

昭和研究会と言うのは近衛の側近後藤が作ったものだけど
実のところ後藤は一度顔を出しただけで後は放置状態だったらしい。
そして翼賛会ができるとすぐ解散。
だから近衛に与えた影響はほぼなかったと思われる。
人気取りの為に人を集めただけだね。

174 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 18:13:44
『教育を救う保守の哲学』 渡部 昇一 中川 八洋 (著) 徳間書店
第V部 第七章 第一節 憲法第九条と日本の倫理喪失 

 フォスター・ダレス特使が第九条の全面改正を吉田茂首相に勧告した最初は、一九五〇年
一月末であった。このダレスの勧告を拒絶し、最後まで第九条を主権回復後も堅持することに
固執したのは、日本自身であった。この時、吉田はダレスに拒否理由を三つあげた。
  「今日の日本は独立を回復したい一心であって、(自由世界に)どんな協力をいたすかの
問題は過早である。再軍備は(反対であり、その理由は@)日本の自主経済を不能にする。
(A)対外的にも、日本の再軍備に対する危惧がある。(B)内部的にも、軍閥再生の可能性
が残っている」
     (中略)
 上記の吉田の(ダレスへの)言明の第三番目「軍閥再生の可能性」とは、米国向けである
だけに表現が俗っぽいが、実際にはソ連や中共と通牒する「赤い陸軍」の復活を吉田は真剣
におそれたが故の、陸軍復活の拒絶の決意である。復活した陸軍がクーデターで日本に
共産政権を樹立すると吉田は真剣に懸念したのである。過剰にすぎた憂慮ではあった。
しかし吉田のこの過剰な懸念には十分な根拠があった。戦時中、とりわけ終戦に近くなると、
陸軍の中枢は共産主義者の巣窟となっていた。ソ連軍に日本列島全土を占領させることすら
公然と画策されていた。
 例えば、「今後の対ソ政策に対する意見(一九四五年四月二九日)」を書いた種村佐孝・
陸軍大佐・参謀本部戦争指導班長は、士官学校以来の共産主義者であり、戦後すぐ共産党
に入党した。種村のこの文書によれば、「一億玉砕」キャンペーンは米軍上陸を阻止して、
ソ連軍に日本侵略をさせるための時間稼ぎの策であった。しかも、大本営の軍中枢において
平然と、「ソ連の言ひなり放題になつて眼をつぶ」れ、ソ連に「満州や遼東半島やあるいは
南樺太、台湾や琉球や北千島や朝鮮をかなぐり捨て」て貢ぐべし、との意見をまとめても問題
にもならなかった。大本営の中で闊歩する「ソ連の代理人」種村は、すでに多数派であった。

175 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 18:14:40
『教育を救う保守の哲学』 渡部 昇一 中川 八洋 (著) 徳間書店
第V部 第七章 第二節 ソ連軍導入のための「護憲」から、日本溶解のための「護憲」へ

 「非武装中立」論について、スイスの「重武装中立」も知らない無知による政策だと嗤う
保守系の人々は多かった。しかし無知なのはこの保守系の人々の方であった。社会党の
マルクス主義者たちは、周到に、「自衛隊解体」のことを「非武装」の三文字におきかえ、
「日米安保条約破棄、駐留米軍撤兵」のことを「中立」の二文字におきかえた。日本列島全体
の武装をゼロにして、ソ連軍の無血占領を実現させる五文字として練りあげた魔語としての
「非武装中立」であった。社会党らの「反戦」「平和」の「平和」は、ソ連軍の侵略に抵抗しない
「奴隷の平和」を意味することを初めから知った上でのスローガンであった。
 この「非武装中立」の五文字の意味を正直にばらしたのが、東大の社会党系憲法学者、
小林直樹であった。その著『憲法第九条』は、ソ連軍侵攻後の非武装抵抗が可能だとの嘘と
詭弁を展開している。それほど小林直樹はソ連軍の日本占領を一日千秋の思いで夢想して
いた。次のは、日本侵攻のソ連軍を「公費留学生」と思い違いをしてあげて歓迎しよう、との
小林直樹の笑止きわまる詭弁の一つである。が、これによって「非武装中立=ソ連軍導入」の
社会党の真意がバレた。小林直樹は、社会主義者にめずらしく正直な人物であった。
  「かりに、二、三〇万人のソ連軍隊が・・・・・日本を占領すると仮定する。・・・・・そうなれば、
向こうは公費で日本に留学生を送ってきたのと同じ結果になります」
(「非武装中立をいかに進めるか」、『月刊社会党』一九八四年一月号、二〇項。)
     (中略)
 日本が「第九条改正反対!」で国民的コンセンサスができあがったのは、「非武装中立」とは
「ソ連軍導入」のことであることすらも知らない、日本国民の過半を占める非左翼系の
「イデオロギー音痴」という無教養こそが大きく左右した。また、もともと日本人は思考力が
極度に貧弱なのに、常軌を逸した米国への「甘え」(依存症)の病いが、国家の安全保障問題
を思考することからますます遠ざけた。

176 :日本@名無史さん:2005/08/08(月) 20:44:46
天皇制共産主義者っちゃ何だよ。
ソ連と不倶戴天の陸軍が同盟むすぶってのかよ。

国防の重工業化、総力戦体制の国づくりに、あるていど官僚統制を望んだと言うだけで
目指すはナチ党国家であって、共産主義体制の実現っちゃ何だよww
じゃ何か?
軍部はコルホーズとか農業の集団化でも望んだというんか?

177 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 01:37:55
「東亜共同体」論から「大東亜共栄圏」論へ―満鉄調査部事件を手掛りに―
小林英夫 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
http://www.waseda-coe-cas.jp/project/05pdf/05-05.pd
 また、花房森の手記には、「天皇制」についての興味深い記述がある。花房は「日本に於け
る社会主義革命に対する私の展望として勤労大衆の中に根強く存在する『天皇帰一』の
民族感情、民族信仰を社会主義革命実現のための『武器、手段』として利用することによって
成立した日本社会主義社会に於いては、『労農』政権が確立し、その下一切の生産手段の
国有社会化を基礎とする計画的な社会主義生産が運営される」として、天皇制は「武器」と
しての利用価値があり、「全世界に共産主義社会が実現し、既に『武器』として利用する必要
が現実になくなった場合は、制度として「天皇制」は自然廃止さるべき性質のものであります」
と述べている。

 たとえば、これまで、企画院事件、ゾルゲ事件、満鉄調査部事件などは、それぞれ別々の
事件として解釈されてきた。しかし、一見バラバラに見えるそれらも、じつは尾崎秀実によって
結ばれている。 とくに注目すべきは、尾崎秀実の「東亜共同体論」である。たとえば、いくつか
の論文の中で尾崎は、日本が日中戦争を通じて欧米からアジアを解放すると唱えることの
独善性を指摘している。また、日本の自己改造を前提にしたうえでアジアと共存していくことを
唱えている。そうした尾崎の主張は、従来は、マルクス主義的と解されてきたものである。
しかし、それだけではなく、民族主義をふまえたアジア連携思想と読むこともできる。 尾崎は、
満鉄調査部や企画院だけでなく、昭和研究会を通じて近衛文麿とつながっていた。一方で、
ゾルゲともつながりをもっていた。また、中西功をつうじて中国共産党にもつながっていた。
民族主義を内包したアジア主義、あるいはインターコミュニティ的な発想をもった尾崎が、
そうした巨大なネットワークをもっていたという事実は注目に値する。

178 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 01:45:57
>>176
満鉄調査部は、日本から脱出したマルクス主義や革命運動挫折者、左翼知識人を大量に
中途採用して陣容を拡大していった。
そして、石原莞爾が満州国の産業開発五ヵ年計画を任せた宮崎正義は、ロシアへの
留学経験者でマルクス主義者。ソ連の計画経済をモデルにした。
それに、2・26事件だって、東北農村での娘の身売りといった悲劇を原因の一つとしており、
農業の集団化を視野に入れていた勢力もいたと思うよ。

>>177
URLを訂正

「東亜共同体」論から「大東亜共栄圏」論へ―満鉄調査部事件を手掛りに―
小林英夫 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
http://www.waseda-coe-cas.jp/project/05pdf/05-05.pdf

179 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 03:17:42
三木清は東亜協同論だったね。
三木の主張によれば、東亜は現在の行き詰まりを空間的時間的に超え、
日本と中国はともに協同主義でいくべしとの事。
空間的に越えるいうのはインターナショナル、
時間的に越えるとは資本主義からの進歩、共産主義化を意味する。
要するにインターナショナルコミュニズムに基づき、
東亜に共産国を作ろうってわけだ。
しかし、共産主義と軍国主義が結びついていたとわかると
ロマンチストな我々はつい少数の謀略家が歴史を操ったという事を期待してしまうが、
本当にそうかな。
一方で右側が自分達の意見に転向して来やすいように
共産主義者を誘いこんでいたという可能性だってある。
三木清は昭和研究会時代から確り左翼分子として危険視されていたから
右翼を陰で操るのは難しい。
寧ろ挙国一致の為左翼分子にも協力させようとしていたのかもよ。

180 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 03:20:05
↑隠れマルキストだった尾崎には通用しないけど

181 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 06:14:23
>>179
どっちにしろ反自由主義、反既成秩序、反英米って点では同じだからね。
クーデター主義者であることは変わりは無い。


182 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 11:36:46
むかし講談社文庫で読んだ誰かの「昭和研究会」では尾崎は調子のよい飲んだくれ以上の
評価無かったけどさ。

あのさ、最大限譲って近衛が昭和研究会の操り人形(ゲラゲラプウ)だとしてだ。
近衛が軍部に何ほどの影響を与えたか。
統制官僚主流と企画院事件や満鉄調査部がらみで検束受けた元社会主義者たちの
距離はどれくらいだったか、それをまずのべなければね。

鈴木貞一は逮捕されたか?
そういうことだと思う

183 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 12:07:09
もうめんどくさいから開戦主張した香具師はアカでいいよ
勿論東条はソ連のスパイ
これで君たちの理想の結論が出たな?
終了

184 :日本@名無史さん:2005/08/09(火) 18:19:51
細部を全体に敷衍して壮大なネオ歴史を構築するのは面白いが、
スレタイの結論に向け収束していく時点で、ま、アレだよな

185 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 00:43:48
共産主義者が当時の軍部に同調してたといえのと
共産主義者の陰謀が太平洋戦争を起こしたってのは別。

186 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 01:47:24
月刊『現代』2003年7月号 
“ベストセラー「昭和史七つの謎」の著者が「日米開戦の闇に迫る」”
『スパイ・ゾルゲと東條英機』 保阪正康

・・・昭和20年2月に天皇が重臣ひとりひとりに終戦についての考えを聞いたときに、近衛は
上奏文を提出している。その前半部には、共産主義が軍部のなかに浸透しているとし、
満州事変以来の動きは明らかにその方向にあると指摘したうえで、「この50年、軍部、官僚、
右翼、左翼の多方面にわたり交友を有せし不肖が、最近静かに反省して到達したる結論」と
いっている。
 この近衛上奏文は、共産主義者が仮面をかぶっていると恐れ、そしてコミンテルンの巧妙な
手口は世界赤化政策を企てていると執拗に書いている。
 なぜ近衛はこのような上奏文を書いたか。
 近衛は明らかに自らの人脈に近い尾崎の事件を意識している。その意識は、昭和16年
10月15日の尾崎逮捕、そして東條との間で自らの周辺にスパイの網の目ができあがって
いると脅かされたのが発端ではなかったかと思えるのだ。
 ジョン・ダワー(米マサチューセッツ工科大学教授)もかつて『吉田茂とその時代』のなかで、
これに通じる見方を示していた。尾崎は処刑の前に、自主的に意見を述べ、いつか
大東亜新秩序社会が戦争にあとにあらわれて、「世界革命の一端」を形づくると満足感を
もって死に赴いた事実を紹介している。そして尾崎の「自分が永く仮面をかぶった危険な
潜行運動をしたその苦心のために、頭の髪は全く白くなってしまった。自分等の日本赤化
運動は、すでにその目的を達し、日本はついに大戦争に突入し、擾乱は起り、革命は必至
である。自分の仕事が九分通り成功しながら、今その結果を見ずして死ぬのは、残念である」
を引用し、この告白を知らされた折りの近衛の戦慄を、上奏文の伏線としている。実際に
上奏文の表現は、尾崎の語った言葉がそのまま引用されているとしか思えないほどである。

187 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 03:39:04
近衛上奏文は吉田茂に回収されたそうだ

188 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 04:11:50
>>187
ソースきぼん


189 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 04:48:38
>>188
何かで細川護貞がいっていた。
早期講和派の細川、近衛、吉田は憲兵にいやがらせをうけていて、
近衛が上奏文を出すと憲兵はこの内容を知りたがったので
先手をうって吉田が回収したそうだ。

190 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 13:56:40
>>49
1939年から始まったドイツの快進撃に幻惑され(バスに乗り遅れるな)、日本は外相松岡の
強引な方針でついに日独伊三国同盟を結んでしまう。それに在独大使と陸軍が強力に
推進して締結したものですが、これに絶対反対をしていた海軍も米内海相、山本次官、
井上軍務局長のトリオに代わって、石川信吾第二軍務課長らが、陸軍と急接近してゆく。
http://homepage2.nifty.com/akibou/kissamoriyann.htm
6.政略担当型:海軍の石川信吾。近衛内閣にはたらきかけ、南部仏印進駐を実現した。
「政治将校」。
 欠点を表す事例としては、アメリカはこの進駐で戦争を回避すると述べたにも関わらず、
 いざ進駐すると石油制裁などが行われた。その際、「戦争をするしかない」と方針転換を
すぐに行った。
 もともと石川は、戦争を指向していた。つまり立場を利用して、個人的な思想を実現するた
めに、カメレオン的な資質を併せ持っており、それが良い結果につながるかはわからないこと。
http://mozaic.lolipop.jp/archives/000263.html

対米開戦後、「大東亜戦争をやらせたのは俺だよ」と言ってのけた人物が軍部にいて、
どこかの雑誌で、自衛隊関係者だったと思うけど、「このように下っ端の人物の決断が
組織全体の運命を決めることがある」みたいなことを書いていた。
石川信吾のことだったかな?
実際に進駐を指揮したのは辻正信だった。

191 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 14:04:48
『餓死した英霊たち』 藤原彰 青木書店

 筆者は、病死者、戦地戦争栄養失調症による広い意味での餓死者は127万6千名と推定し、
全体戦没者212万1千名の60%強としている。
 この原因をつくったのは、まず大本営の敵情判断の誤り、補給無視の作戦計画、現地自活
主義による兵站軽視の作戦指導であり、直接には作戦参謀の独善横暴にあるとしている。
筆者によれば、高級参謀の田中新市、服部卓四郎、辻正信の強硬トリオが参謀本部を
開戦論にまとめ、対英米開戦に突入させ、その後の南方での作戦指揮はほとんど彼ら
によるとしている。この他でインパール作戦の牟田口中将の功名心からの無謀な作戦も
指摘している。
http://www02.so-net.ne.jp/~n_kawa/main/book02.htm

ガダルカナル作戦(1942年)当時の作戦部長は田中新一少将、作戦課長・服部卓四郎大佐、
作戦班長・辻正信中佐、作戦班長総合補助・瀬島龍三少佐。
このラインが臭うんだよな。南方で関東軍兵力が壊滅したことで、ソ連軍満州侵攻が可能に
なった。そして瀬島らはソ連軍侵攻直前に大本営を抜け、うまい具合に満州に赴任している。

192 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 15:11:26
>>47-48 >>191
 そもそもフィリピン戦があのような惨憺たる戦いになった元凶は、当時大本営参謀であった
瀬島氏(陸士44期)が、鹿屋に派遣されていた堀栄三参謀(陸士46期)の、昭和19年10月に
フィリピン戦のさきがけとして行われた台湾沖航空戦の戦果誤認訂正電報 (堀参謀は海軍
の戦果発表に疑問を抱き、独自に調査した結果、海軍の戦果発表は全くの誇大である事実
<註1・これを元にフィリピン戦を行えば確実に齟齬が生じる> )を大本営に打電した。

 瀬島氏がその電報を握り潰したせいで、連合軍の艦隊は壊滅状態という海軍のでたらめな
発表を元にフィリピン戦の作戦が立てられ、あのような大東亜戦争で最大の犠牲をもたらし、
フィリピン国民にも多大な迷惑をかけたのである。
http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/yamashita.htm

以前読んだ陸軍参謀朝枝繁春の瀬島龍三についての証言で、
「インパール作戦の現状を視察した杉田参謀が軍を撤退させるべき意見を電報で具申した。
その後杉田さんが帰国して作戦室に入ると瀬島が激昂して先輩の杉田参謀に向かって、
「この馬鹿野郎!なんちゅう事を言うんだ」と怒鳴って物を投げつけた」
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/past/log30-8.html

193 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 15:46:38
>>189

でも、なんかヘンな感じ。
「回収」というからには陛下にお渡しした本物ということになると思うが、
無冠の一外交官が上奏文の本体を回収するルートや方法が疑問だ。

写しの話なら、吉田自身が作成した近衛上奏文の写しは、
その頃吉田が起居していた別宅(辻堂あたりだったか)にあったはずで、
工作で憲兵に渡って、それが逮捕につながる流れだね。
従って、逮捕以降は本体も含め回収する意味が無い。

細川さん、なんか勘違いしてるのかな。
それとも、写しが吉田宅にあった理由を説明しようとしたのかな。

194 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 18:44:53
>>193
しかし実際に近衛直筆の上奏文は宮内庁にはないそうだよ


195 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 19:20:11

●明日木曜日、テレビ東京の午後のロードショーは、太平洋戦争の天王山!!日米空母群の決戦!!
『ミッドウェイ』
主演:チャールトン・へストン、三船敏郎、ヘンリー・フォンダ

◆日本空母《赤城、加賀、飛龍、蒼龍、》VS米空母《エンタープライズ、ホーネット、ヨークタウン、》の激戦!!
零戦VSグラマンの空中戦!!
激しい弾幕の中を爆撃機が急降下!!
戦史に残る友永雷撃隊の死闘!!
戦闘場面に当時の記録フィルムを使用!!

196 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 20:14:54
>>194
スレ違いだが・・・気になる

宮内庁が無いと言っているらしいというのは、
やはり細川の話として聞いた事がある。
吉田の回収が事実で細川が知っていたのなら、
細川が宮内庁に有無を照会したのも不思議。

どうも、内大臣がからんでいそうな気がする。
戦後、木戸系と近衛系の人脈は責任のなすりあい
みたいになってるでしょ。

近衛上奏の時、木戸は特に望んで侍立を宮内大臣と
代わってもらってる。
開戦責任者を退陣させて、講和をやりやすくするという
近衛上奏文の内容に木戸はハッとしたんじゃなかろうか。

宮中から陸軍や憲兵に情報が漏れるとしたら、木戸経由だろう。
だから証拠となる原本を近衛ラインが回収しようとしたとか・・

あるいは、木戸が上奏を広く知られたくないから原本を隠したとしたら、
それを細川は公にするためにそんな事を言ってるとか・・

197 :日本@名無史さん:2005/08/10(水) 23:12:03

皆の衆、以下のブログをぜひ、見てくれ。21世紀前半を飾る最優秀の知的論考だぞ。
ブログ「Meine Sache 〜マイネ・ザッヘ〜」

【日中関係サドマゾの構図】
「21世紀のテロリズムへの対処法」と題された、精神分析医により書かれたその論文は、
テロに甘いリベラル派の態度を、サド・マゾの観点から分析する内容です。

「サディスト的」なイスラムテロリストは、
90年代の「マゾヒスト的」リベラルの融和的態度により過激化したと主張するこの論文は、
911テロ直後の、2001年10月に発表されたものです。
しかし、その後始まる対テロ戦争を通じて、対テロ強硬派、
融和派に割れることになるアメリカ社会の構造を予見していて、それだけに説得力があります。
(日中関係も まさにこのサドマゾの構図が当てはまる)
サディスト中国に こびへつらうのが卑屈な精神構造の日本のリベラルだ。
http://meinesache.seesaa.net/article/5776381.html

198 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 09:19:21
>木戸系と近衛系の人脈は責任のなすりあい

勝田龍夫「重臣たちの昭和史」と細川日記みたいなものか

199 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:54:07
『異国の丘』とソ連・日本共産党(1) シベリア抑留問題から見た「逆説の戦後日本共産党史」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia.htm

1、ミュージカル『異国の丘』
 2002年3月、劇団四季のミュージカル『異国の丘』を観ました。
 ストーリーは、1930年代当時の近衛文麿首相の長男近衛文隆を主人公とし、彼のアメリカ
留学、上海における日中和平秘密工作の破綻を経て、シベリア抑留となり、1956年、
死ぬまでです。彼は、ソ連戦犯として25年の刑を受けます。ソ連政府は、彼を「大物スパイ」に
しようと、様々な拷問・勧誘をしますが、彼は一貫してそれを拒否します。その中で、シベリア
抑留における強制労働、飢餓、仲間の死が、吉田正作曲『異国の丘』合唱を含めて、多くの
ミュージカル・ナンバーが歌われる構成になっています。舞台は、彼がスパイになることを拒絶
し続けたために、抑留最長11年の帰国当日に、ソ連当局による薬物注射で殺されるシーンで
幕を閉じます。
 私は、この舞台を観たことによって、日本左翼陣営および日本共産党にとって
“一種のタブー”となっているシベリア抑留問題に興味をもち、いろいろ調べました。
 ここでは、その根底にあるソ連共産党の目的・方針とそれに関連した日本共産党の問題と
いうテーマに限定します。
 ソ連共産党と、当時もコミンテルン日本支部以来の“対ソ連共産党従属状態”下にあった
日本共産党との関係を分析します。

200 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:54:46
>>199
4、民主運動とソ連共産党
1、ソ連共産党が抱いた2つの政治的狙い
 第二、東アジア対策の一環として、日本革命の中核となる日本共産党を支援・強化するため
に、約60万人もの軍事捕虜を「日本共産党支援者、または帰国後の入党者」にすることで
した。『日本共産党がもち上げられ、捕虜の考え方や行動の全体的なイデオロギー化が始
まった』(ヴィクトル・カルポフ『スターリンの捕虜たち』P.128)。
3、宣伝・扇動・組織活動と異論者排除の全面的実践
 (1)、宣伝・扇動・組織活動の中心は、『日本新聞』でした。その「第1号」は、ソ連軍の満州
占領終結の6日後でした。このことは、ソ連共産党の上記第2目的の存在を証明しています。
ソ連共産党は、これを1949年11月27日の「第650号」まで継続して発行し、数人に一部の
割合で配布しました。新聞の基本方針は、『ソ同盟の宣伝』とともに、『日本共産党の綱領の
宣伝』『日本共産党を援助するための人員の養成』でした。

5、舞鶴「ダモイ(帰国)」とソ連による日本共産党支援方針の強化
 第1、ソ連共産党による「ダモイ」時の日本共産党支援方針の強化と
「日本共産党入党運動」の組織
 カルポフが『スターリンの捕虜』において、機密資料による、以下の詳細な実態を暴露
しました。1947年2月から8月、ソ連共産党は、アクチブの地方大会、全国大会を
ハバロフスクで開かせ、『スターリンへの感謝決議』運動を組織しました。1948年10月
25日、ソ連陸海軍総政治局は、『祖国に帰還したら日本共産党に入党する必要があることを
意識させるべく捕虜をじかに導く』とする「指令No.432/sh」を発しました(P.229)。

201 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:57:00
『異国の丘』とソ連・日本共産党(2) シベリア抑留問題から見た「逆説の戦後日本共産党史」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/siberia2.htm

2、代々木、他での集団入党と多額の共産党カンパ問題
2)、共産党カンパ運動とカンパ額の推計、時価約21億7千万円
 ナホトカでの“「ダモイ」民主主義”運動、舞鶴での行動を通じて、65203人全員が、
“表向きの日本共産党支持者”になっていました。厚生省援護局は、舞鶴港で、帰還者
全員に「応急支援金」として一人一律1000円を支給しました(『援護五十年史』P.56)。
 33隻のアクチブ・専従者は、全員に「日本共産党入党」を呼びかけるだけでなく、
「共産党へのカンパ」を“半ば強要”しました。
 抑留者たちからの21億円のカンパとは、膨大な額です。しかも、この21億円の性格を
はっきりさせておく必要があります。それは、ソ連共産党による拉致犯罪被害者としての
抑留者たちから、半ば強制的に収奪し、ソ連共産党“従属下”の「入党者・カンパ受益者」
日本共産党に持ちこまれた、一種の「ソ連共産党が“合法的に”行なった日本共産党への
資金援助」でした。

3、徳田球一「要請(期待)」=“帰国妨害”問題と管季治の証言・自殺問題
2)、「徳田要請事件」=「日本共産党の在外同胞引揚妨害問題」
 1950年3月4日、高砂丸で、1587人の「日の丸梯団」が舞鶴に帰還しました。彼らのうち、
373人は、国会に『徳田球一日本共産党書記長がわれわれの帰国を妨害した』と、訴え、
国会はそれを正式に取り上げました。
 (1)、抑留者の国会証言内容(管季治遺書HPの解説)、「前年の9月15日、カラカンダ捕虜
収容所第9所にて政治部将校エルマーラフ上級中尉は抑留者にこう語ったという。『いつ諸君
が帰れるかは、諸君自身が真正の民主主義者となった時に、諸君は帰れるのである。
日本共産党書記長トクダは、諸君がよい民主主義者となった後に帰国するように要請して
いる』『反動は一切帰国させないで、ソ連強化の為に使ってくれ』と要請した」」。

202 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 16:57:47
>>201
5、野坂参三「NKVD工作員」事実と「シベリア抑留事後承認疑惑」問題
3)、シベリア抑留に関する野坂疑惑・日本共産党疑惑
(1)日本国民約60万人のシベリア拉致・抑留にたいする日本共産党としての事後承認を
した、さらに、(2)抑留者の民主化運動だけでなく、日本共産党入党運動の要請をしたの
ではないのか?」という疑惑です。

6、抑留期間中、ソ連共産党から日本共産党への108億円以上の資金援助問題
日本共産党に与えた35万ドルは、独自目的として、約60万人のシベリア拉致・抑留犯罪=
強制労働・飢え・極寒にたいする日本国民の怒り・早期帰国要求を緩和・欺瞞・抑圧する工作
への“犯罪協力・共犯依頼金”という性格も帯びました。

3)、3回108億円とも「党本部受領」という状況証拠
1954年春(『年表』では、夏)、ソ連共産党スースロフらは、モスクワに、中国共産党代表ととも
に、“組織統一ずみの”日本共産党中央委員会北京局代表野坂ら5人を呼び、“ソ連側主導”
で「六全協」決議原案を作成しました。
(5)、中国共産党が、日本共産党に次の方針を押付けた“中国共産党従属”会議でもあった。
 4)、「北京機関」の「党学校」は、「六全協」後も解散しない。ソ連共産党がシベリア抑留者に
たいして行なったように、日本共産党員2000人にたいして「毛沢東思想」方式の教育と
中国支持幹部の養成を「六全協」後も続行する。

7、シベリア抑留により「具体的恩恵」を受けた“唯一の革新政党”
(1)「赤旗梯団」33隻の1万数千人の集団入党・約21億円の共産党カンパ問題、
(2)徳田球一「要請(期待)」問題、(3)宮本顕治の「抑留記批判発言」問題、(4)野坂参三の
「NKVDスパイ事実とシベリア抑留事後承認疑惑」問題、(5)抑留期間中の「3回108億円
ものソ連共産党が支払った日本共産党への資金援助」問題

203 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 17:24:45
基本的に、みんなコピペって読む?

いや、そりゃ読むだろうが延々はられても、結局おめえは何が言いたいわけ?
反論恐れず自分の言葉で語れって思うよな

204 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 19:17:47
>>203
おまえはもう読んでいる

205 :日本@名無史さん:2005/08/11(木) 22:33:06
>>203
おまえはもう読んでいる

206 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 00:01:38
■■■ 「つくる会」歴史教科書反対派の人間の鎖をさらに囲むOFF! ■■■

杉並区が「つくる会」の歴史教科書を採択しようとしていることに対し,
反対派である「親の会」が例によって集会を行うようです.
この「親の会」は極左過激派である「中核派」と深い関連があることがわかりました.

2ちゃんねるならではの楽しく明るい抗議行動で
市民の名を騙る極左過激派「中核派」の反体制活動を笑いながらおちょくりましょう!
先日のOFFではちゃねらーの力により中核派の一人が逮捕されました!

日時 … 8月12日(金)
場所 … 杉並区役所前 (JR中央線 阿佐ヶ谷駅 南口を出てまっすぐ)
とき … 午前8:00〜

つくる会の教科書反対人間の鎖をさらに囲むOFF18
http://off3.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1123697245/I50

お前ら!左翼過激派をオモチャにする祭りだw
http://ex10.2ch.net/test/read.cgi/campus/1123726317/l50

207 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 00:40:40
>>203
おまえはもう読んでいる

208 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:21:53
 軍学者 兵頭二十八 歴史家 別宮暖郎 正論8月号 平成17年度

 1937年の真実
 日支戦争は日本の侵略ではない

 ≪それは蒋介石の「上陸」攻撃から始まった≫
 兵頭:第二次世界大戦は、1939(昭和14)年にヒトラーがポーランドに侵攻して始まったのではない、
1937(昭和12)年のシナ事変から始まったのだーと、エドウィン・ライシャワーは、その浩瀚なる自著
『ライシャワーの日本史』で説いていますね。

 別宮:ライシャワーはしかも、1937年8月13日の蒋介石(国民党軍)による、帝国海軍上海特別陸船隊
(上陸)への総攻撃こそが、日支事変開戦の日であったと認識しています。

 兵頭:当時、上海居留民保護のため上海に駐留していた陸船隊の数は多めにみても五千人です。対する
国民党軍は、すでに無錫、桧会、蘇州などですでに20万人以上が待機していました。7月7日に起きた
「盧溝橋事件」は、天津駐留中に実弾演習を実施したわが支那派遣軍と、国民党第29軍(宋哲元軍)と
称する軍閥軍との間の、いわば街頭の喧嘩にすぎません。ヤクザの銃撃抗争みたいなものと、国家間の
真面目な戦争を一緒にするなーとの立場でしょうか。(中略)真相は、中国共産党が日本軍と国民党軍を
衝突させ双方の疲弊を狙った謀略であることが明らかになりつつありますが、・・・。


209 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:22:40
 別宮:条約や協定で駐留権を得ていた相手国内で軍隊を異動させたり、そこにまた増派すること、
それだけでは侵略戦争を構成しません。動員や集中・展開・開進も侵略戦争を構成しません。国境警備隊
指揮官の脊髄反応も侵略を構成しません。脳内で他国を害する安を考えるのも、侵略を構成しません。

 ただ、国家指導部が周到に計画し、平時に自国軍隊をして敵国軍隊を殲滅し、既存の条約を蹂躙せんと
決心し、下命し、発動し、実際に国境をこえたり、敵野営地を襲撃したり、泊地にいる敵艦を撃沈したりする
ことによって、侵略戦争の構成要件は満たされます。これがあてはまるのは、蒋介石による8月13日の
上陸総攻撃なのです。
 
 兵頭:蒋介石が全国総動員令を発するのは1937年の8月15日ですが、すでに7月9日に蒋介石は
二個師団の北上を命じ、他方で総動員の準備も命じていました。同じ9日に杉山元陸相が内地の三個師団の
動員を閣議で求めますが近衛文麿内閣は拒絶します。
 ところがいよいよ蒋介石が本気で配下の全軍を攻撃配置に移動させている目立った動くが判明したので、
関東軍の二個師団と朝鮮軍の一個師団を北支に増援することが7月11日の五相会議で決まった。

 別宮:7月29日には通州事件が起きます。ちょっと説明しておくと、通州は北京の東にある街で、当時
南京政府を離脱した殷汝耕による冀東防共自治政府の支配下にあって、約400人の日本人が生活してい
ました。



210 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:23:11
 通州には、約三千人の冀東防共自治政府の保安隊、それから国民党聞(第29軍)の一部が城外に駐屯
していたわけですが、日本軍が盧溝橋事件のため守備隊約100人を残して移動した際に、本来日本の
居留民を守るのが役目だったはずの保安隊が宋哲元に通じて日本軍守備隊に攻撃を加えたのです。保安隊の
襲撃は凄まじいもので、守備隊を殲滅したあとは日本人の民家や商店などを次々に襲い、物資の掠奪はおろか
女性や子供を含む数多の日本人を虐殺しました。

 兵頭:在留邦人380人中、死者は役280人という。昭和2年の北伐にともなう「南京事件」でも同様でしたが、
老若男女、見境ない凌辱が、あの大陸では簡単に生じます。

 別宮:彼等が歴史的に得意とする、政府黙許下の軍・警・民合同のテロです。この事件も将来、必ず、
蒋介石が命令したものと判明するでしょう。現在においても過去においても、中国における集団行動・集団暴力の
大半は国家が組織したものです。そうでないものは、天安門事件のように国家によって圧殺されています。

 8月までに上海を半円形に取り囲んでいた蒋介石軍が8月13日に一斉に日本軍に攻撃を開始したことは、
現地の租界の外国人には明瞭に観察ができていました。なぜならば、前日の12日、国府軍機は上海租界を
無差別爆撃しました。この時、ライシャワーの兄、マジェスティック・ホテル前に居合わせ、殺害されています。

 兵頭:日支紛争は突発イベントではなく、連続した長い前史があります。明治末からの排日運動、革命外交、
居留民凌辱、匪賊の南満州鉄道襲撃等はシナ側の計画的で悪質な挑発でした。1928(昭和3)年以降に
そういうのはパリ不戦条約違反ではないですかと日本政府はフランス政府に回答しています(1931年10月22日)。
 
 そのテロの目的が「条約破り」にあったので、心有る者は黙過できない。日本の「対支21ヶ条要求」などは才子の
加藤高明らが好い気になった暴走した、お粗末な小人外交でしたが、それが厭だと思ったなら、その場でシナ政府は
対日宣戦を布告すべきなのです。条約を正式に結んでおいて、後からそれを民衆運動工作等で覆そうとするのは
近代の精神ではない。反近代の匪賊頭目のスタイルでしょう。


211 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:23:44
 ≪日本は不戦条約に抵触したのか≫
 兵頭:1937年は、日本の方がシナから侵略をされて大戦争に巻き込まれた年です。

 兵頭:日本としては、蒋介石の8月の上海攻撃の直後、自衛戦争を公式に宣言して、国際法で保証された
「交戦国としての権利」を手にすべきでした。それによってシナ沿岸の封鎖と軍需向け集荷の没収、国境での
鉄道遮断、ソ連など裏口からの援蒋国に対する正式抗議ができるようになり、例の「ビルマ・ルート」などに悩む
必要もありませんでした。

 宣戦布告がなされていない状態に於いては、日支双方に対する各国の武器輸出は原則自由なのですから、
支那事変の泥沼化は、日本政府内に「正義の自覚」が足りなかったのも一因でしょう。今や真相の整理は
ついているのですから、大東亜戦争では、シナ側こそが侵略者だと教科書に明記しなければなりません。
この正しい歴史が学校で教えられずに、どうして今後の日本の真っ当な外交や健全なサバイバルが
あり得るでしょうか。

 ≪ケロッグ=ブリアン条約≫
 正式名称は「戦争放棄に関する条約」という。仏外相ブリアンが提唱した仏米不戦条約案を米国務長官
ケロッグが、一般条約として各国に呼びかけたのが切っ掛けで、1928年パリで調印された(締約国は当初15、
のち93カ国)。国際紛争の解決はすべて平和的手段によるものとし、一切の武力の使用を禁止とした。理念的、
抽象的にすぎたため、1930年代以降に発生した国際間の紛争には無力だった。


212 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:24:19
 ≪陸大エリートたちの瑕疵≫
 別宮:侵略者は、とちらが計画に基づき先制攻撃をしたかで決まるのです。

 兵頭:当時のエリート軍人でも、1937(昭和12)年8月13日からの第二次上海事変の本質を見極められた
者が少なかった。そのため新聞記者も急所を外していましたし、政府は適切な対外宣伝を打つこともならず、
10月16日に国際連盟の総会が、日本の行動は不戦条約違反の決議を採択してしまうのです。これはシナ側が
F・D・ルーズベルト政権に応援されて提訴したのですが、日本政府こそ先に提訴しなければならなかったでしょう。

 石原莞爾にいたっては「上海や天津から撤退した方がいい」なんて言っていた。37年1月から、陸軍による
満州産業開発五ヵ年計画がスタートしたばかりで、関東軍の北支向きの参戦により、それが頓挫することを
恐れたのです。石原らの脳内では、5年でドイツ軍なみの新装備を満州に整えて1943年に対ソ戦をするつもりだった。

 別宮:あれは最低ですね。陸軍参謀本部の作戦部長の立場にありながら、敵国の条約破りの本腰の入った
侵略がまさに起きている時に、日本国の正義を主張しなくて良い、友軍5千人は見殺しにしてしまえー真顔で
説いたのですから、国軍とは、自分の夢や自分が喜んで死ねる環境を求めて動かすものではなく、国益実現の
ためにあるということが、わかっていないんですね。

 ≪大アジア主義という近代日本の風土病≫
 兵頭:1927年に田中義一が蒋介石にまんまと騙されて張作霖を爆殺してやったり、幣原喜重郎が
穏忍退守の協調外交を堅持した結果、満州に何か良いことがあったのか。彼らの世代には、とうていシナの
政治家に太刀打ちはできなかったですね。

 兵頭:それにしても、1932年の第一次上海事変の停戦協定で「陣地や軍事施設を相互に建設してはならない」
と取極めた中立地帯にどんそんトーチカを築いてしまったのですから、シナ人の「契約軽視」思想は恐るべきものです。
外国軍の近くで塹壕を掘るという行為がどのくらい挑発的なものか、現代人は分からなくなっています。


213 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:24:50
 兵頭:日本人に反省することがあるとすれば、それは現在の中国共産党政府が言ってくるような「歴史の反省」
ではなく、自分達がいかにお人好しであったか。また国際法に照らして当然なすべき要求や意思表示をいかに
怠ったかということに限るでしょう。

214 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:39:26
ってかさー、
関東軍の台頭自体
もう米ソの傀儡で
冷戦構造によって
大日本帝国がメリメリ裂けて
滅亡しちゃったんでしょ。

215 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:42:29
黄渦論潰しの欧米人
南朝潰しの北朝府
大日本帝国支配下からの独立
大日本帝国潰しは色々な人々によって企画されていた
陰謀だったのですか?

216 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:46:35
冷戦構造は戦後も残り
ソ連―北朝鮮―日本ウヨ―関東軍ソ連派―陸軍
米国―韓国―日本ウヨ―関東軍米派―海軍
になったの?



217 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 19:57:49
ソ連派はやたら反日・反戦に?
米派はやたら戦争賛美のウヨのタカ派に?

218 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 20:00:49
うふふ、Tについても
あてずっぽと妄想と直感で書き込んだら
本当にアメリカで生きてて爆笑しちゃったよ。
戦争経験者にとっては怒り心頭かもしれんけどね。

219 :日本@名無史さん:2005/08/12(金) 20:03:47
ここに大本教弾圧の謎もある?


220 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 11:48:22
対米開戦方針、ソ連に伝達 極秘文書で判明

 【モスクワ13日共同】太平洋戦争が始まった1941年、日本政府内部に暗号名
「エコノミスト」と呼ばれるソ連の日本人スパイが存在し、日本の対米開戦方針にかかわる
重大情報をいち早く最高指導者スターリンに報告していたことが13日までに、
ソ連国家保安委員会(KGB)の前身である内務人民委員部(NKVD)の極秘文書から
明らかになった。
 同年10月には、東京でソ連のスパイ、ゾルゲらが逮捕されており、ドイツと日本の挟撃を
恐れるソ連が、日本の中枢部に迫る重層的な情報網を築いていた実態を示すものだ。
共同通信が入手した内務人民委員ベリヤからスターリン、モロトフ外相への41年9月9日付
「特別報告」によると、「エコノミスト」は、当時の左近司政三・商工大臣が9月2日、要人との
昼食で、日米交渉決裂なら開戦となり「9月、10月が重大局面」と明かしたと報告。また、
対米関係悪化のためソ連とは和平を維持し、外交方針はこれらの原則を基礎に決めるとの
商工大臣発言を伝えた。
ttp://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=main&NWID=2005081301000575

221 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 12:41:46
真珠湾攻撃は共産党の陰謀?

222 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 13:17:23
>>173
> 極東板のバナー尾崎になってるし・・・w
> 昭和研究会と言うのは近衛の側近後藤が作ったものだけど
> 実のところ後藤は一度顔を出しただけで後は放置状態だったらしい。


三田村武夫著「大東亜戦争とスターリンの陰謀」によると、
尾崎秀実は、朝飯会を通じて、近衛に影響力を及ぼしたと書いてあるが、
上記の昭和研究会と 朝飯会とは、同じものなのか? 違うものなのか?



223 :日本@名無史さん:2005/08/13(土) 16:27:15
別だよ。

「尾崎と近衛が同席した」と「尾崎が近衛に影響を及ぼした」は別物。
はっきりいって、そこの仮説の飛躍がある

224 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 07:22:12
大東亜共栄圏だけは本物。

満州は残してもよかったのにな。


225 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 14:48:31
朝日新聞 【社説】2005年08月14日(日曜日)付

「なぜ戦争を続けたか 戦後60年に考える」

 明日、60回目の終戦記念日を迎える。あの戦争は、もう1年早く終わらせることができたの
ではないか。開戦の愚は置くとして、どうしてもその疑問がわいてくる。
     (中略)
 ようやく45年2月、近衛文麿・元首相は「敗戦は遺憾ながらもはや必至」と昭和天皇に
戦争終結を提案した。それでも当時の指導層は決断しなかった。
 せめてここでやめていれば、と思う。東京大空襲や沖縄戦は防げた。
 いったい、損害がふえるばかりのこの時期に、何をめざして戦い続けたのか。軍事史に
詳しい歴史家大江志乃夫さんは「私にもわからない」と首をかしげる。
 いちばんの問題は、だれが当時の政権の指導者として国策を決めていたのか、東条首相が
失脚した後の指導責任のありかがはっきりしないことだ。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

共産革命をめざして戦い続けたんだろ。共産主義者の細胞ネットワークが裏から国策を
決めていたんだよ。
朝日新聞が一番よく知っていることだ。

226 :ホタルイカ <二:彡 @光学迷彩 ◆Optic4oz5g :2005/08/14(日) 21:30:01
22 名前:名無しさん@6周年 投稿日:2005/08/04(木) 09:33:40 ID:B9fslq040
そういえばヘンリーモーゲンソー財務長官(ハルノート試案提出者)
もソ連のスパイで捕まったよな。

227 :日本@名無史さん:2005/08/14(日) 23:01:57
近衛の「昭和研究会」という歴史の教訓に学んで、いま我々が警戒しなければならないのが、
「東アジア共同体評議会」(中曽根康弘会長)。
中曽根が総理になってから日本経済が傾き出したという事実もあるし。

警戒せよ! 中曽根康弘氏の東亜共同体構想 
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H16/1606/1606012caution.html

『正論』平成17年9月号
「東アジア共同体」構想と中国共産党のアジア覇権    筑波大学教授 中川八洋
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/seiron.html
『諸君!』2005年9月号
中曽根元総理への諫言
大勲位を返上しなさい
伊藤哲夫(日本政策研究センター所長)
小泉首相への参拝中止助言も所詮は「媚中」故の妄言。晩節を汚すのもほどほどにすべきだ
http://www.bunshun.co.jp/mag/shokun/

中曽根大先生をたたえるスレ
http://money.2ch.net/seiji/kako/996/996567114.html
中曽根死ね
http://money4.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1114589043/l50

228 :ホッシュジエンの国内ニュース解説:2005/08/15(月) 10:00:00
戦後60年の終戦記念日を前に、毎日新聞は13、14の両日、戦争の評価などについて
全国世論調査(電話)を実施した。日本が米国や中国などと戦った戦争を「間違った戦争
だった」と答えた人は43%で、「やむを得ない戦争だった」の29%より多かった。
「分からない」という回答も26%あり、日本人の戦争の評価は必ずしも定まっていなかった。
戦争責任に関する戦後の議論については「不十分だった」との回答が75%に上り、「十分
だった」の14%を大きく上回った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 彡ミ    ___  __    つーか、「戦争」ですらなかった訳だが。
  |ヽ  /|  ,,,,,,,,l /  / 単なる公共事業だった訳だし。
  |ヽ   | | ミ ・д・ミ/_/旦~~ 
  ⊥   |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| お仕着せの結論をうのみにせず、ちゃんと歴史を
  凵    `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l  掘り起こして勉強しましょうね。m9・∀・)モウ スコシ ガンバリマショウ。

05.8.15 Yahoo「<世論調査>『間違った戦争』43% 『やむなし』29%」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050814-00000044-mai-pol

229 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 10:41:23
ヘンリーモーゲンソーがソ連のスパイで逮捕されたとは知らなかった。
あれだろ、ケインズはケンブリッジでリクルートされたソ連のモグラだろ?

230 :銭形舞:2005/08/15(月) 17:18:19
>>134 >>175 >>177
「憲法に戦争放棄を」 元外交官、終戦直後に首相へ書簡

 日本国憲法の制定前の46年1月、後にA級戦犯として終身禁固刑を受けた白鳥敏夫・
元駐イタリア大使=服役中に病死=が、9条の原型となる戦争放棄や軍備撤廃を新憲法の
条項に盛り込むべきだとする提案をまとめた書簡を、当時の吉田茂外相を通じて
幣原喜重郎首相に送っていた。
 9条の基になる考えが日米どちらから出たのかについては議論が分かれているが、
非軍事国家を目指すことを憲法に明記する構想が、日本側にあったことになる。
 白鳥元大使は外務省内で軍部と近い革新官僚として活躍し、38年にイタリア大使となった。
日独伊三国同盟を推進し、衆院議員も務めた。
 それによると、「将来この国民をして再び外戦に赴かしめずとの天皇の厳たる確約、
如何(いか)なる事態、如何なる政府の下においても(略)国民は兵役に服することを拒むの
権利、及び国家資源の如何なる部分をも軍事の目的に充当せざるべきこと等の条項は、
新日本根本法典の礎石」になると位置付け、「憲法史上全く新機軸を出すもの」とした。
 そのうえで、「天皇に関する条章と不戦条項とを密接不可離に結びつけ(略)憲法の
この部分をして(略)将来とも修正不能ならしむることに依(よ)りてのみこの国民に恒久平和を
保証し得べき」と述べ、戦争放棄の条項を天皇制条項と結びつけることで、天皇制を守ること
もできると強調した。 (以上、記事抜粋)
ttp://www.asahi.com/national/update/0814/OSK200508130084.html

疼く、悪の予感。

231 :日本@名無史さん:2005/08/15(月) 20:10:03
韓国と日本は謝罪&和解で国交正常したんだよね? テレビで謝罪しろと要求してるけど…何の謝罪?

232 :日本@名無史さん:2005/08/16(火) 23:09:35
>>149 >>175
深田匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」高木書房より
 ≪反戦運動の実態はイデオロギー闘争≫
 社会党は1950年代の内部の集会では「非武装中立というスローガンで日本の防衛力を
封じ、ソ連叉は中国人民解放軍の日本国内導入をもって日本を社会主義化させる」と公言
していた。また共産党の志位和夫もTVで「日本には自衛力はいらない」と発言して、対談相手
から「日本が侵略攻撃されたら?」と問われると、「国民が立ち上がればよい」と答え、さらに
対談相手が、「一般国民が戦車や戦闘機を操れるのか?」と反問するとノーコメントを貫いた
が、それ以上話すと本音がばれるから黙ったのであろう。つまりこれまで共産党と社会党は、
ポーランドやルーマニアなど東欧がソ連軍の侵攻占領によって共産化したことを、日本の
モデルケースにしていたのである。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/nihon_kyosantou_1.html
>>208-213
軍学者 兵頭二十八 歴史家 別宮暖郎 正論8月号 平成17年度
1937年の真実 日支戦争は日本の侵略ではない
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/nikkajihen1.html
>>227
中川八洋 筑波大学教授 正論9月号 平成17年度
「東アジア共同体構想」と中共のアジア覇権
 ≪東アジア共同体評議会≫
 ・すでに数回の会議を開催したが、外務省で開かれたその第1回の、そのまた基調報告は、
平壌宣言の仕掛け人の田中均氏であった(2004年6月)。出席者を見ると、中国共産党と
朝日新聞にべったりで有名なあの天児慧氏(早稲田大学教授、朝日新聞アジアネットワーク
委員)、京都大学の中核派出身の新藤栄一氏、日本の子供達の学力低下を目論んで
「ゆとり教育」を旗振りした毛沢東主義信徒の寺脇研氏(文科省も手を焼き、現在は文化庁に
左遷中)など、中国共産党のお気に入りばかりが顔を揃えた、異様な雰囲気のものだった。
http://ryutukenkyukai.hp.infoseek.co.jp/kyodoutai_1.html

233 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 02:15:12
>>231
馬鹿チョンカメラと言う呼称にタイする謝罪。

234 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 03:09:50
このスレがどれだけの影響を与えたのかはわからないけれど
ニュー速+なんか見てるとアカの陰謀説はかなりポピュラーになって来ているようだね。

235 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 04:14:42
はあ?
じゃ山本五十六はフリーメイソンで源田實は国際共産主義者
瀬島龍三はコミンテルンの手先で辻政信がノモンハンで無様な作戦指導したのは
イルミナーティの深謀熟慮か

236 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん:2005/08/17(水) 15:22:06
東亜+から来ますた。
なかなか面白いスレですねー。

関東軍
大陸ヤクザ
満鉄調査部(後の雷通、凶導)
ユ○ヤ(フグ作戦)
そしてもちろん中国共産党

これらの点が線になったとき、陰謀の一端は見えてくるように思えます。
今も昔も「大陸市場の夢」を煽ってるのは同じ連中なんですよねー。

237 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 17:02:51
「共産主義者の陰謀」ということであれば、やはり間違った戦争だということになるんだろうな。

238 :日本@名無史さん:2005/08/17(水) 20:42:23
>235
ソ連が崩壊した後、大量の機密文書が明るみに出た。
これによると、朝鮮戦争は「金日成が渋るソ連と中共を説得して開戦に踏み切った」ことが記録されており、北が最初に仕掛けたものであることが明らかになった。
また、資本主義国家同士で争わせ共倒れさせるという内容のコミンテルンの世界革命に向けた戦略文書も明るみになっている。
ここまでは事実なんだからいいとしましょう。
しかしながら、尾崎なり近衛宛、もしくはホワイト宛の具体的な指令文書が発見された・・・とは聞いたことがないのだが。(結局情報をリークしていただけなんじゃないのか?)
また一方で聞くに、日本が降伏した直後、スターリンは毛沢東に対して国民党に合流するようにと指示を出したとも聞いたことがあるのだが・・・

239 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 00:09:57
最近2chを徘徊する
「太平洋戦争は共産主義者の陰謀」だの
「近衛文麿や山本五十六、大本営の参謀連中は共産主義者」だのの
電波の発信源はここみたいですな

東亜連盟戦史研究所
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/
東亜連盟戦史研究所所長のブログ
http://oncon.seesaa.net/

240 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 01:00:30
中国共産党にとっての敵は日本ではなく
蒋介石国民党、米・英・仏の列強だった。
帝国陸軍はそれら全てと戦ってくれた。
帝国陸軍がアメリカを引き付けている間、
中国共産党は中国統一した。
後はソビエトが満州に攻め入って
中国の社会主義化に成功したのである。



241 :日本@名無史さん:2005/08/19(金) 11:47:05
>中国共産党にとっての敵は日本ではなく蒋介石国民党、米・英・仏の列強だった。
 この時期八路軍の前面にいたのは国民党と日本軍ですが?
香港駐留軍と大戦中期以降の米派遣軍(陸軍航空隊主体)を除くと、列強の大軍はこの時期の中国本土には存在していません。(大都市周辺には若干の守備隊がいましたが)
>帝国陸軍はそれら全てと戦ってくれた。
 仏を除くと戦っていますが、主戦場は中国大陸以外の場所です。
>帝国陸軍がアメリカを引き付けている間、中国共産党は中国統一した。
 統一したのは、日本の敗北後の国共内戦の結果であって、まだ国民党は健在でした。
>後はソビエトが満州に攻め入って中国の社会主義化に成功したのである。
 これだと内戦で共産党を支援するために攻め込んだ事になります。
 全体的に時系列が変です。

夏休みの勉強はほかの所でするようお願いします。

242 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 01:45:52
三田村武夫著『戦争と共産主義』からは、尾崎のグランド・デザインに賛同した人物として、
朝飯会、昭和研究会、企画院事件の関係者ら、実名を多数引用掲載している。
企画院事件絡みでは、正木冬氏と勝間田清一氏の尋問調書が掲載されている。
満州事変以降の準戦時体制の確立強行によって資本家、半封建的生産関係を破壊し、
統制経済の名のもとに「上からの社会主義化」を進めるという供述をしている。
勝間田は、日支戦争を英米等の帝国主義終焉に向けた進歩的戦争と見なし、コミンテルン
が世界革命本部として確立し、各国が協力することの重要性を主張。そして、日本共産党との
関係について検事に問われ、自分たちの活動が、マルクス主義革命の前衛たる日本共産党
の目的達成に将来的に寄与するだろうというような事を述べている。
<以上コピー>


243 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 11:41:53
>>240 あんた歴史をほんとにしってんの?
1945年終戦のときどころか1947年半ばまで国民党が優勢だったんだけど
ソ連も蒋介石を支持してたんだけど

244 :日本@名無史さん:2005/08/20(土) 14:35:26
山本五十六が三国同盟に反対したのは、対米戦に発展する危険性があるからではなくて、
対ソ戦になって南進できなくなると考えていたからであったらしい。
海軍は南方油田を占領する計画を以前から立てていたし、山本はドイツと技術協力して
米海軍と戦う計画を練っていたらしい。近年、そういう内容の本が出版され、日経の
書評欄で取り上げられていたけど、書名は失念。
日本軍を南進させ、関東軍を南方で壊滅させるためには海軍との連携がどうしても必要。
陸軍は、南方を占領して持久体制を築いたら、すぐさま兵の大半を満州に撤収させ、
ソ連軍に備える計画だったから、ミッドウェーやガダルカナルの敗北がうまい具合に訪れ
ないと、そうはならない。ミッドウェー敗戦の事実すら海軍から知らされなかったことで、
陸軍兵士は南方の島嶼で孤立・餓死していった。
その線から考えると、山本五十六がうさん臭いんだよな。

山本長官による大東亜戦争の敗戦戦略
http://hiroshima.cool.ne.jp/h_sinobu/yamamoto1.html

245 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 02:11:38
>>243
> ソ連も蒋介石を支持してたんだけど

      ↑
  これ、支那共産党がいかに弱小だったかを示す重要な点ですよね。


246 :日本@名無史さん:2005/08/21(日) 08:24:49
>>196
遅レスだけど、あの二月の上奏はそもそも皇太后が木戸に発案したもので
早期終戦、親英米の近衛公と牧野伯の話を訊く為にあったという説もある。
しかしこの二人だけ呼んでは抗戦派に睨まれるから形の上では重臣+牧野の上奏ということにして
本命の二人のときだけ木戸が侍立すると言う形をとった。
それで、吉田茂が写しを取ったというのはこれを牧野に見せて欲しいと言う近衛の希望に従ったものだった。
だから牧野もこの件はよく知っていたはずで、もし吉田による回収が本当だったとしたら牧野に手伝ってもらっていたと思う。
しかしそれでも回収の意味はよくわからないけどね。
吉田が憲兵に捕まり上奏文の写しがもれたのは四月だから、もし回収したならこの前になるはず。

247 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 19:45:17
>>196
>戦後、木戸系と近衛系の人脈は責任のなすりあい
これにも共産主義者が一枚かんでいる。
戦後、GHQ、特にマッカーサーとの関係が比較的良好だった近衛がやがて戦犯指名される過程では
GHQにあって行われた近衛攻撃が強く影響している。
「淫蕩なくせに陰気くさく、人民を恐れ軽蔑さえしながら世間からやんやの喝采を浴びることをむやみに欲しがる」
「総司令官に対し自分が現情勢において不可欠な人間であるようにほのめかすことで逃げ道を求めようとしているのは我慢ならない」
と、かなり激しく感情的。
その人はハーバート・ノーマンと言う人で、この名を「忘れられた思想家、安藤昌益」
(安藤昌益とはマルクスよりはやく共産主義的な主張をした江戸時代の人で、この本は安藤昌益再評価のきっかけとなる)
の著者として知っている人もいると思うけど、やはりこの人は隠れ共産主義者だった。
GHQ情報局のウィロビー准将は日本でこのノーマンが獄中の共産主義者の解放を行ったとFBIに報告している。
(近衛は赤の加藤勘十がGHQに入り浸っていることを嘆いていたが、加藤もこの時解放された一人。)
ノーマンは後に赤狩りの中での追求に抗議して自殺するが、
追求の過程において私たちは学生時代コミュニストとして親しかったとアメリカ議会で証言をした日本人がいた。
これが木戸の義理の甥、都留重人。
この人が戦中招集されると木戸は自らの考えのもと戦地へ行かないよう取り計らい彼はすぐ東京へ帰ってきている。
それほど木戸派にとって重要な存在だった。
木戸が戦争責任者であるという論文が出るとノーマンは報告書を提出し
「この木戸攻撃は、強い自己保存の勝利者側につく本能をもつ近衛が、木戸はもはや緊密に結びつくべき健全な政治家ではない、
と決め付けていることを示唆する。」
と木戸を弁護しまたも近衛攻撃をしているが、これには学生時代の友人であり
かつ日本共産化への同士となるであろう都留の意見が大きく関わっていただろう。

248 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 19:47:42
また、ノーマンが近衛攻撃を行う動機はたんなる木戸派への協力以外にもある。
日本文学研究の大家となるドナルド・キーンはこの時米軍の通訳として従軍していたが、
後に彼は戦後日本で『封建的』と言う言葉が本来の意味を超え、
左翼の嫌いそうなもの全てへのレッテル貼りとして使われていることに苦言を呈してる。
そして、この『封建的』と言う言葉のこのような用法を広めたのはやはりノーマンだった。
ノーマンは1940年「日本おける近代国家の成立」と言う本を出した。この本は単純にいえば日本の悪い部分はすべて封建時代の遺物と言うもので、
無論日本のファッショ化も封建時代の遺物が原因とした。この単純な世界観はノーマンのマルクス主義的な思想に適うものだったが、
同時に日本の複雑な情勢をつかみたいと考えるアメリカ人に重宝がられた。
この封建時代の遺物=悪論によってカナダの一外交官だったノーマンはGHQにおいてマッカーサーの右腕となる。
(ノーマンのGHQ入りはわざわざカナダ政府に掛け合ってのものだった。いかにノーマンの封建論がGHQに受けたかを示している。)
さらにノーマンは丸山真男など戦後の思想言論界をひっぱる人々とも盛んに交流し影響を与え、
この事がキーンの言ったような状況を生んだ。
さて、封建時代の遺物とは何かと問い詰められれば、天皇が実際の権力を握っていた時期は厳密には封建時代ではないせよ、
幕府もないのだから、それは皇室とそれを取り巻く華族にたどり着くのは当然の流れだった。

249 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 19:48:37
そこで近衛は自分の保身の為にも皇室の為にもGHQへ赴きマッカーサーへ向かいこの封建勢力の擁護に出る。
「封建勢力と財閥が軍国主義者と結託して今日の事態をもたらしたと見られているようだが、
事実はその正反対で、かれらは常に軍閥を抑制するブレーキの役割をつとめたのである。
(中略)
軍閥を利用して日本を戦争に駆り立てたのは、財閥や封建勢力ではなくして、実に左翼分子であったことを知らねばならない。
(中略)
今日の破局は軍閥にとっては確かに大きな失望であるが、左翼分子としてはまさに思う壺である。
(中略)
今日直ちに一挙に日本からこの安定勢力(財閥と封建勢力)を除去すれば、即ち日本は直ぐ赤化に走る。」
この論に反共であるマッカーサーは「有益であり、参考になった」と言い、同席していたサザーランド参謀長もこれに頷いた。
そしてマッカーサーは近衛に憲法の改正を求める。
おそらくノーマンはせっかく隠れ共産主義者として植え付けて来た封建勢力諸悪の根源論が覆され、
今後の共産主義者優遇路線が覆されない事態になったことに激怒し、
さらに共産主義者が戦争の原因とされたことは彼自身の共産主義者としての矜持にも響き、上のような感情的な近衛批判を行ったのだろう。
それだけではすまず、その近衛がマッカーサーに憲法改正を委ねられたことに強い危機感を抱いて
「かれが憲法起草委員会を支配するかぎり、
民主的な憲法を作成しようと言うまじめな試みを全て愚弄することになるであろう。
かれが手に触れるものはみな残骸と化す。」とも付け加えた。

このように木戸派とGHQ隠れ共産主義者の近衛への処遇の見解は都留重人と言う仲介人と通じて見事に一致する。
近衛上奏文を木戸が処分した可能性も十分にあるね

250 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:24:55
都留重人って経済学者としては大してこと無いのに(つーかマル経だし)やたらと政治には重宝がられてたよね。
それだけ政府へのマルクス主義者の影響力は強かったのだろうか?

251 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:52:03
>>250
太平洋問題調査会(IPR)日本支部の会長職を新渡戸が死んだ後、ずっとやっていた。
尾崎秀美と、西園寺公一が会員を務めていたことで有名。

アメリカ本部の会長はオーウェン・ラティモア教授。

252 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 20:59:41
木戸侯の姪の婿でちょうど牧野に対する吉田みたいな感じだったし、
木戸派の力も残っていただろうからそれで片山内閣に影響力があったんじゃないでしょうか?
さすがに木戸侯爵が都留をコミュニストと知って重用していたとは考えがたいけれど。
ノーマンがアカかったと言う確証がやっと個人的親交のある都留から出たように、
都留も戦後マルクス主義がそれほどタブーになる前は
個人的にマルキストとして親交できる人間以外には自分がマルキストとは明かしていなかったでしょう。

それにノーマン以外にもジョン・エマーソンなどノーマンと親交のある共産系はいたし、
米国側共産主義者は隠れる以外になかっただろうからもっと多く隠れていたかもしれない。
ノーマンはGHQやめた後も日本に居たから指示を出していただろう。
ちょうど近衛派で反共の吉田茂や殖田俊吉が強い権力をもっていたから
対抗馬として政界に関与させるにはやはり都留が一番よかったし、そういう赤化グループが力を貸したのかもしれない。

というか>>247-249はまさに乱文でミスがあったね。
>今後の共産主義者優遇路線が覆されない事態になったことに激怒し、

>今後共産主義者優遇路線も覆されかねない事態になったことに激怒し、
だね。
多分ほかにもミスあるかなスマソ。

253 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 21:37:30
『日本の戦争』田原聡一郎(小学館)
に書いてあったんだったかな? とにかくどこかで読んだけど、
対米開戦に強く反対していた東久邇宮の組閣を潰し、東条内閣を誕生させた
木戸幸一内大臣は、日本が米国に負けるとわかっていたらしいね。
敗北させることで軍部を解体しようと考えていたとか。
そうしないと、肥大化した軍部はもうどうにもならないと考えていたか、
それ以外に何らかの目的があったということだろう。
近衛内閣を始め、各戦時内閣誕生を強力に推し進めたのが木戸なんだから、
「太平洋戦争は共産主義者の陰謀」という場合、まず木戸を疑う必要があると思うぞ。


「万一皇族内閣にて日米開戦に突入すのが如き場合には之は重大にて、……万一予期の
結果を得られざるときは皇室は国民の怨府となる虞あり」(『木戸幸一日記』下巻916頁)

近衛内閣B総辞職
http://www.c20.jp/1941/kono3_9.html

254 :日本@名無史さん:2005/08/22(月) 22:04:49
>>253
公家はやることがこすいからな。
こいつらに政治に関与させるとろくなことにならない。
詩文でもやってろってんだ。


255 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 00:49:06
封建遺物悪論者?
木戸は公家じゃないぞ。

256 :日本@名無史さん:2005/08/23(火) 14:59:36
>>244

ねえ君、ご指摘のページは
あの有名な、パナウェーブの「忍」が作ってるんだよ。
それを知ってるのかな?(w

257 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 18:54:19
>>251
>アメリカ本部の会長はオーウェン・ラティモア教授。
この人も叩けば色んなものが出てきそうな人だね。
チャールズ・ケージスらとともにノーマンの封建遺物悪論の熱烈な支持者の一人。

天皇を中国に監禁しようとしていたことで有名だろうが、
戦中には天皇斬首論も出している。
封建遺物悪論が皇室を狙っていたのはこれから見ても明らかだが、
なぜ絞首刑などの当時一般的な処刑方法ではなく斬首と言ったのか注目するべきだろう。
ノーマンはブルジョア民主主義革命を重要視していた。
ブルジョア革命と言えばやはりフランス革命で国王を『斬首』したのが有名だろう。
プロレタリア革命の前にブルジョア革命を行っておくことは彼らのマルクス主義的世界観に合致する。
ノーマンは『安藤昌益』もそういう見地から書いたのだが、明治維新の際せっかくブルジョア革命が起ころうとしていたのに
封建側がこれをつぶして遺物として残ったことが良くないという考えだったから、
(日本の共産主義者から、西郷隆盛が市民の目を『ええじゃないか』踊りでそらした為に
市民が維新の中心とならなかったという珍説を聞いたノーマンは
これを信じ込んで近衛の時と同じような感情的な調子で西郷批判をしている。)
おそらく米国隠れ共産主義者の間では日本で天皇を斬首しブルジョア革命を起こそうと言う計画があったに違いない。

そしてこのラティモアを蒋介石の顧問に登用したのが大統領補佐官のカリー。
このカリーも後にアメリカ共産党員エリザベス・ベントレーによって財務次官ホワイトと同じく
ソビエトのスパイであったことが発覚している。
さらにラティモアは戦後のみならず開戦前の情勢にも関与している。

ttp://members.at.infoseek.co.jp/WGIP/file/log_1106127255.html
ここの69辺りや
ttp://history.dot.thebbs.jp/1027723804.html
ここの最後ら辺もどうぞ。

258 :日本@名無史さん:2005/08/24(水) 19:08:35
>>257
ラティモアは1920年代からコミンテルンの極東部長ボチンスキーからいくつかの書簡を受け取っている。
これはFBIのフーバー長官の秘書を勤め、ソルトレイク市長になったW・C・スークセンが自著「裸の資本家」に書いている。
「世界の歴史をカネで動かす男たち」という名前で、日本語版は成甲書房から太田龍氏の訳で7月に出されている。

259 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 03:18:56
インターナショナル・コミュニストの人脈と言うのは凄いね。

ラティモア-ノーマン-都留

スメドレー-ゾルゲ-尾崎

260 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 17:17:20
ケインズより一年早いケインズ経済を実施した日本の誇る高橋是清はアカなんですか

261 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 18:11:36
共産主義であれ自由民主主義であれ、国際主義ってのは結局その宗主国の
スパイを作るためのイデオロギーに過ぎないからな。

262 :日本@名無史さん:2005/08/25(木) 19:20:19
日本の指導者が無能だったのでなく、
それぞれの秘めた思惑が入り乱れて、舵取り不能になったのですか。
勉強になりました。





263 :Humanracelove☆Globalpeace☆noborderintheworld:2005/08/25(木) 22:00:29

ジョン・レノンとジョンが作った『イマジン』と『イマジン』が生み出した『国境のない世界』という思想。

この3つを徹底的に批判、侮辱しまくれば創価のアイデンティティを深く傷つけられる。

創価学会員の皇族に対する批判、侮辱や日本史に対する捏造工作によって、

アイデンティティを傷つけられたことのある右派の人は是非《ジョン・レノン》、《イマジン》、《国境のない世界》の

3つを左翼や創価の多いホームページで批判、侮辱しまくって下さい。

そうすれば、そう遠くない未来 ネット上から創価学会員が消滅するでしょう。

確かに在日や三国人留学生も少なからずいるが、それ以上にジョン・レノン信者の創価学会員は多くいる。

彼らは自分がジョン・レノン信者であることを巧みに隠す。そこが問題だ。

『国境のない世界』を批判しましょう!
というか誹謗中傷しましょう!!

創価だって天皇陛下や安倍さんに対して侮辱的な書き込みしているでしょう?

やられっ放しでボーっとしてるのはもうやめませんか?
これじゃいつまでたっても創価学会員は『国境のない世界』なんて馬鹿な妄想を引きずり続けてしまいます。

本来、天皇陛下に対する書き込みはタブーであるべきにもかかわらず、今のネット左翼はどうです?
ネット創価は当然のごとくタブーを亡きものとし、天皇陛下や皇族に対する侮蔑を平然と行っています。

これに対してもちろん創価にもタブーに領域があるのです。
それが『国境のない世界』なのです。



264 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 00:31:10
>>260
高橋是清はユダヤの代理人という過激な話が最近出るようになってきたが……

彼は青年時代、アメリカで借金のかたに半奴隷の生活を送っている。

そこで何かしらの共産主義との接触があったのかもしれない。

松岡洋右も同じような経路をたどっているが、彼の場合はIRPの日本支部員という証拠がある。

それに東京裁判でソ連側が減刑を命じた。ロシアで回顧録が出版された。

松岡はコミンテルンの工作員かもしれない。

265 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 00:47:06
      ./       ;ヽ
      l  _,,,,,,,,_,;;;;i  <いいぞ ベイべー!
      l l''|~___;;、_y__ lミ;l  左翼的な主張をするヤツは共産主義者だ!!
      ゙l;| | `'",;_,i`'"|;i |  右翼的な主張をするヤツは国体の衣を着けたる共産主義者だ!!
     ,r''i ヽ, '~rーj`c=/
   ,/  ヽ  ヽ`ー"/:: `ヽ
  /     ゙ヽ   ̄、:::::  ゙l, ホント 大日本帝國は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
 |;/"⌒ヽ,  \  ヽ:   _l_        ri                   ri
 l l    ヽr‐─ヽ_|_⊂////;`ゞ--―─-r| |                   / |
 ゙l゙l,     l,|`゙゙゙''―ll___l,,l,|,iノ二二二二│`""""""""""""|二;;二二;;二二二i≡二三三l
 | ヽ     ヽ   _|_  _       "l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |二;;二二;;二=''''''''''' ̄ノ
 /"ヽ     'j_/ヽヽ, ̄ ,,,/"''''''''''''⊃r‐l'二二二T ̄ ̄ ̄  [i゙''''''''''''''''"゙゙゙ ̄`"
/  ヽ    ー──''''''""(;;)   `゙,j"  |  | |

266 :日本@名無史さん:2005/08/26(金) 23:29:10
『AERA』 2005年8月29日号
「無能外交の原点」開戦時の在独大使館
http://opendoors.asahi.com/data/detail/6880.shtml

この記事によると、小野寺・駐スウェーデン武官(当時は大佐、後に少将)が、
千島、南樺太、満州権益の獲得を条件にソ連軍がドイツ降伏の3ヵ月後に対日参戦すると
いうヤルタ密約の内容をポーランド人情報機関経由で入手して日本に情報を送ったにも
関わらず、届いていなかったそうだ。
そして、大日本帝国はソ連の和平仲介を期待して戦争継続。
戦後40年経ってその事実を知った小野寺氏は激怒し、当時の大本営に大きな疑念を
抱いたそうだ。
大本営で誰かが情報を握り潰していたんだろうな。
日本の共産化を目指してソ連軍を日本に招き寄せるためか?

267 :ホッシュジエンの国内ニュース解説:2005/08/27(土) 01:22:23
一夜で十万人以上が犠牲になった一九四五(昭和二十)年三月の東京大空襲などの遺族や
被災者でつくる「東京空襲犠牲者遺族会」(東京都墨田区、石鍋健会長、会員約七百人)が、
国に対して訴訟を起こす準備を進めていることが二十五日、分かった。東京大空襲の被災者
の提訴が実現すれば、戦後六十年で初めて。訴訟の内容は今後、詳細を詰めるが、空襲被害に
対する国家賠償や、国の謝罪などを求める公算が大きい。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 彡ミ    ___  __    太平洋戦争とは何だったのか。もうはっきり
  |ヽ  /|  ,,,,,,,,l /  /  真実が語れても良い時代だと思います。
  |ヽ   | | ミ ・д・ミ/_/旦~~ 
  ⊥   |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 国民に対する国のやり方は
  凵    `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l 昔も今も変わりませんからね。(・∀・ )

05.8.26 東京「『東京大空襲』で集団提訴へ」
http://www.excite.co.jp/relocate/co=jp/xsr/ne_ne_to_ne/tokyo;http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20050826/mng_____sya_____006.shtml


268 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 12:30:53
>>266
その記事によると、ルーズベルトら米国要人や世界の対日観に大きな影響を及ぼした
とされる、捏造反日文書「田中上奏文」はソ連OGPU(合同国家政治保安部)によるものだった。
ロシアテレビが世界の諜報戦特集で暴露。
マッカーサーも東京裁判開廷の頃までその文書を信じていた。

269 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 12:33:33
東条英機もコミンテルンの工作員だったというKGBの極秘文書あるの知ってる?

270 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 13:06:29
米国のモラル・エンバーゴ法はソ連のスウェーデン無差別爆撃に対して交付されたが、実際の適用は対日経済封鎖としてであった。
なぜ、と思う人が多いはずだ。ソ連に対する法律が実際には日本に対して執行されたからだ。この歴史が意味することは、日本はソ連の衛星国であったってこと。
日ソ中立協定は1941年の春に締結されたが、その年の冬に真珠湾攻撃が行われている。日ソ中立協定の協議の席で日本の対米開戦が決議されていたであろうことが、容易に想像できる。

271 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 13:10:32
>>267
日本がもっと早期に降伏していれば、日本への空襲も原爆投下も無かった。
降伏を遅らせ、国民総玉砕を目論んでいた日本為政者の罪は、限りなく重い。

272 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 13:31:12
>>270
どこの電波だ・・・

273 :日本@名無史さん:2005/08/27(土) 13:35:13
マルクスにとっての至上の存在は人間であった。一方ユダヤ教では神が至上の存在であり、存在そのものも不可知であるとしている。神に疑いを持つことがユダヤ教では許されている。
「手の幅をもって天を測る者があろうか。主の霊を測りうる者があるうか。主の企てを知らされる者があろうか」と、イザヤ書40章に書かれている通りだ。
マルクス主義では経済が人間の歴史の第一の決定要因であるとしているが、ユダヤ教では人間本性が人間行動を決定するとしている。
つまり、マルクス主義では性善説を採るが、ユダヤ教では性悪説を採っている。創世記8章には「人が心に思うことは幼い時から悪いのだ」とあり、性悪説を説いている。
共産主義は人間の悪を脇に置いといて、資本主義体制が悪なのだと主張する。だが実際は、人間の野望が資本主義を築いたのであり、もし資本主義が悪であるとするのならば、その根源は人間なのだ。
野望もしくは欲望は人間の根源的本能であり、この本能を否定することは子孫繁栄をも否定することになる。なぜならば、生殖は異性に対する性欲の喚起があって初めて実行に移されるからだ。
共産主義はこの人間のカラクリをまったく無視している。さらに悪いことは、性善説を採っているから、独裁者をも善なる存在としてしまっている。だから共産主義では虐殺が肯定されているのだ。

274 :パーラミター:2005/08/27(土) 15:22:19
終戦の翌年つまり1946年2月1日にゼネラル・ストライキーが計画され、各地
各職場の労働者が続々と参加を表明し、教職員も組合を作りジェネストに参加を表
明した。一月半ばに占領軍総司令官マッカーサー将軍のジェネスト禁止と組織の解
散命令が出てジェネストは中止になりました。
マッカーサーが占領軍司令官の任命を受けたとき、米本国に行政官の派遣を依頼し
ました、米本国の有能な行政官は日本派遣を拒否した、しかしリベラル(共産系)
と言う人達が日本で自分達の考えで行政の実験が出来ると三百人の行政官が司令官
の配下になった。その行政官がゼネストを計画していたことをマッカーサーが気付
きゼネストを止めるた、その後の調査で自分の部下が共産主義者が入り込んでいる
ことを知り、マッカーサーは日本共産党を非合法政党にした、野坂三造徳田球一等
の共産主義者は中国に亡命した、この時点で官僚や軍部で中心的に太平洋戦争を推
進した人物等も亡命したと考えられます、軍人は中国軍に参加した推測します。


275 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 03:22:28
>>271
国民玉砕を目論んでいた為政者など、いはしないのだが・・・
ちゃんと終戦史学べよ

276 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 14:29:08
>>274
まるで支離滅裂、なおかつ捏造だらけの下手糞文章は、
パナ研の【忍】を彷彿とさせるな。
貴様等のような、極右と極左が合体した化け物共は、
とっとと宇宙の彼方にでも行ってくれ(w

277 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 15:36:52
>>273

>だから共産主義では虐殺が肯定されているのだ。

ほう、肯定されているのか?
しかし、本当に共産主義が人間皆善人の立場なら、そもそも虐殺なんぞ起きないはずだろう。違うのか?

つー事は、スターリンや毛沢東或いはポル・ポト、そして北の金親子などは
共産主義者ではない訳だ。
そう言う事だな(W

278 :日本@名無史さん:2005/08/28(日) 19:39:57
>>226
ハンス・モーゲンソーと勘違いしてるか、ハリー・デクスター・ホワイトと
混同してるかのどちらかじゃないか?。



279 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 21:29:25
>>271
大本教の出口王仁三郎は大正6年の段階で
すべて予言していた。敗戦&原爆投下
それどころか、第三次世界大戦がおこり
世界の人口を3分の1にするとも予言している。大正時代にw
日本はまずロシアに攻め込まれるらしいぞw

280 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:03:12
ファシズムの正体を解明しないことには。
一時的に国家管理になったのは事実だし。

281 :日本@名無史さん:2005/08/29(月) 23:44:51
よく考えたら「配給」という制度も
共産主義っぽいね。
自由市場を否定して
政府が食料にいたるまで管理してたんでしょ。




282 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 00:00:07
だから、なんで世界恐慌が起こったのかだってば。
第一次世界大戦の後にね。
ナチスだってドイツ国家社会主義労働党でっせ。


283 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 20:33:54
そもそも大東亜共栄圏ってアングロサクソンの世界支配に
対抗しようとしたんでしょ。
アングロサクソンって英米=資本主義じゃん。
大東亜共栄圏構想ってその逆では?

284 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 20:59:53
 私は、経済思想と言ふものは、一つの民族に、固有のものがある
べきであると思ひます。個人主義国家には、個人主義経済があり、全
体主義国家には、全体主義経済があるが如く、わが日本には、大和民族
の個性に即したる独自の経済があるべきであると思ひます。然るに、
明治以来のわが国に於きましては、西欧の個人主義、唯物主義に立脚す
る経済思想を、そのまま輸入致しました為に、この経済思想は、次第に
西欧諸国に於けると同様な、いろいろな弊害を生じてきたのでありま
す。加ふるに、今日の如く、国家全体として、最大の経済力を、発揮
せねばならぬ時代に於きましては、最早かうした、経済思想を以てし
ては、到底その目的を達し得ない状態に、立ち到つたのであります。
此処に新しき経済体制が、要請せらるる原因があるのであります。
 申す迄もなく、吾国には、君臣の分が自ら定まり、上(かみ)には、万世一
系の皇室を仰ぎ奉り、下(しも)には、一億の蒼生之を宗家と仰ぎ、義は君臣
にして、情は父子なる、一大道義国家、一大家族国家、即ち皇道国家
をなして居るのでありますから、国情は、全く西欧諸国と異つて居り
ます。従つて民族の精神も、又その民族精神に立脚する経済も、全く
異つてをるべきであります。それは自由主義でもなく、社会主義でも
なく、又全体主義でもない、わが国独自の経済、即ち皇道経済でありま
す。


285 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:10:30
今日吾人の眼前に展開せられてをります大東亜共栄
圏の建設といふ大事業を行ひます為に一番大切なことは、共栄圏建設
の根本理念を確立し、凡ての日本人がはつきりとこれを意識し、しつ
かりとこれを捉へ、凡ての日本人がこれを不抜の信念と致さなくては
ならないのであります。それは過去一世紀に亙つて米英が自由主義を
基本理念とし、力の原則によつて物質本位に東洋の天地を我もの顔に
横暴無道の限りをつくしてゐたのに対し、これを根本から覆へしまし
て、肇國以来の指導精神である八紘為宇の大精神を根本理念とし、道
義の原則によつて共存共栄の新しい秩序を作らんとするものでありま
す。言ひかへますれば、自由主義を基調とした米英の政治、文化、経
済のやり方を根本から覆へし、皇国の國體に淵源する八紘為宇の大精
神を基調とする政治、文化、経済のやり方を以てしなくてはならぬの
であります。前者が力の原則によつて凡てを支配するに対し、後者は
道義の原則によつて凡てを支配するものであります。前者が物質本位
に流れ易いのに対し、後者は精神を主体とするものであります。


286 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:13:32
 わが国の経済が、明治以来欧米資本主義経済体制をとり入れ、企業の
自由なる発展によりわが経済力が飛躍的に向上し、産業が隆々として
振興してきたことは蓋ふべからざる事実である。しかるに世界の情勢が転変し、
経済がいはゆる経済戦として広義国防の重要なる一単位を担当するに至つて、
到底これを国民個々の自由に放任するを許し得ざるに至つた。即ち国防目的に
副ふ如く国内産業を規制するの必要に迫られ、こゝにわが国が軽工業によつて
立国しつゝあつたのを国防重工業国へと転換しつゝあるわけで、又貿易をして
その戦時に於ける情勢に適応せしめることも速かに実現しなければならない。
戦時敵国となる公算多きものに貿易を依存してゐるが如きは、国防国家建設上の
一大弱点たるを免れない。
 また国民の士気維持の見地から、国民の経済上に於ける負担は公平でなければ
ならない。一方に於ては戦時成金が料亭、温泉地を横行してゐるのに、一方に於ては
戦時経済統制のため、その日の生活にも苦しんでゐるやうな状況を放任して置くやうな
ことでは、敵国の思想戦攻撃の前にも弱点を作ることになる。利潤を抑制すれば
企業心を抑へ、従つて生産力が低下するとは、経済心理として一応は肯定せざるを得ないが、
これは近代人が自由主義に立脚する文物制度に教育され、生活してきたためであつて、
この矯正こそ国防国家建設に於ける経済原理である。しかしこゝに利潤を抑制する
といふ真意は、経営の合理化により、更に国家公益的に能率を向上すべきであるとの意
であつて、いさゝかもマルクス流の考へであつてはならないことを附言する。

287 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 21:58:38
曽野綾子著『ある神話の背景』PHP文庫
http://page8.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/h31103075

大戦末期の沖縄戦で日本軍の命令で住民が集団自決を
強いられたとする「神話」は誤りであることを突き止めた
曽野綾子さんの名作ルポルタージュ。
絶版の貴重本、ただいまヤフオクに出品中です。9月3日(土) 22時27分終了予定。
よかったらご入札ください。

288 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:16:29
うんとね、共産主義っていうと階級間闘争ばかり注目されるけど
経済学者は別にそんな意味でばかりの共産主義を定義したワケ
じゃないし、大本教とかは社会主義の学術的見解を噛み砕いて
教えていたと思う。
「弥勒の世」とかそうでしょ。

289 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:22:58
経済学的見解だと「人口」や「生産性」に着目してる。
人間の一生は「所有と消費」だからね。
「弥勒の世」とかそーでしょ。
だから「世界の人口を3分の1にしよう」って思ったんでしょ?w

290 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:29:07
>>286
すべての社会主義がマルクス主義ではないよ。
社会主義・共産主義=マルクス主義ではない。
社会主義の一形態としてマルクス主義があるだけ。

291 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:54:32
ちなみにこのような見解では
資本主義も「社会主義の初期段階」だと定義されている。
資本主義が高度に発達すると社会主義になるというのは
「生産性」に着目した発想でしょ。

292 :日本@名無史さん:2005/08/30(火) 23:57:44
階級間闘争=社会主義
と思うのは学術的見解じゃないらしい。

293 :日本@名無史さん:2005/08/31(水) 00:05:27
『WiLL』 2005年10月号
■渡部昇一 「人を喰う中国人に喰われるな」

渡部氏が書いているけど、日中戦争は完全に中国が仕掛けてきた戦争で、
開戦の翌年にはもう日本軍は中国大陸でやることがなくなって、現地軍も参謀本部も
撤退を強く求めていたのに、近衛内閣がそれを許さず、「蒋介石政権は相手にせず」の
声明を出して、負けるはずのない戦争をだらだら続けさせていた。
その理由として、近衛の取り巻きの連中に共産主義者が多く、彼らは、戦争下では
どんな法律も通ることを知り、近衛政権下で社会主義法案を怒涛のごとく成立させて
いったんだって。
-----------------------------------------------------------------------
第二次近衛内閣誕生から間もない昭和十五年八月一日、東京市内に千五百本もの
「贅沢は敵だ」という看板が国民精神総動員本部によって立てられ、食堂・料理店での
米食が禁止された。十月三十一日には、東京のダンスホールが閉鎖され、戦時下の
我が国の世相は暗く貧しくなっていった。鳩山一郎は日記昭和十五年十月十六日欄に、
 「布施氏が、贅沢は敵だ、というスローガンは曾てレーニンが使用したる句なり。レーニンは
先ず此のスローガンを宣伝して、次に、贅沢と貴族は敵だ、と云うスローガンを播かし、
其の次に、贅沢と貴族とクレムリンは敵だ、と宣伝した。現時の日本の状態は全くレーニンの
初期時代に髣髴とすと述べて居たと。」
と記している…。
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from25to37ww2.htm
国家総動員法や大政翼賛会による立憲自由主義議会制デモクラシー破壊に猛反対した
鳩山一郎(政友会)が日記(昭和十五年十一月一日)に、
 「近衛時代に於ける政府の施設凡てコミンテルンのテーゼに基く。寔に怖るべし。一身を
犠牲にして御奉公すべき時期の近づくを痛感す。」
と書いたことは正しかったのである。
http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/from43to56ww2.htm

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