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法学の本質はレトリック

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 08:37 ID:v/GO1NH1
議論が対立したら結局どっちも正しいような言い分が出てきて結局
何が言いたいのかよくわからなくなる法学。
これってよく考えたらレトリックなんじゃないの?
つまり法学とは詭弁術の集大成のことで、法学者とはエリートソフ
ィストの事・・・だと思うんだけどどうですか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 08:47 ID:+VQKSnTt
>>1
朝っぱらから元気ですね

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 09:09 ID:v/GO1NH1
朝っぱらでも鉄也だったからね

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 09:34 ID:bJ6HdOGK
>>1
まず、君はソフィストに関する逸話を探してみるべきだろうね。
ソフィストの代表的な職業というと、家庭教師と何だ?

5 ::04/09/02 10:22 ID:v/GO1NH1
政治家(為政者)ですか?
じゃその政治家の理屈をを支えているのは?

6 ::04/09/02 10:27 ID:v/GO1NH1
個人の尊重と民主主義を掲げて結論を右往左往させているのは誰で、
その論理枠組みは何によって与えられているのですか?
レトリックは一人でやるのが古典的なんでしょうがね。

7 :4:04/09/02 10:30 ID:bJ6HdOGK
>>5
俺に対するレスかな。
>つまり法学とは詭弁術の集大成のことで、法学者とはエリートソフィストの事
プロタゴラスの裁判を知らんのか?という意味でレスをつけたのだが・・・。
ttp://www.bun.kyoto-u.ac.jp/~suchii/Logic/protagoras.html

8 ::04/09/02 10:51 ID:v/GO1NH1
リンク先からするとチミの言うもうひとつの職業は弁護士を指すみたいだね。
う〜ん
肯定しているのか否定しているのかよくわからないけど
僕の言ってることは当たり前でそれは前から明らかだっていいたいのかな?
知らないことを指摘してくれたことには感謝するけれど、法学はレトリックであるという
結論にはあまり影響しそうにないね。


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 11:14 ID:bJ6HdOGK
>つまり法学とは詭弁術の集大成のことで、法学者とはエリートソフィストの事
>僕の言ってることは当たり前でそれは前から明らかだっていいたいのかな?
というより、そういう見方は古代からあるということ。

>法学はレトリックであるという結論にはあまり影響しそうにないね。
だから何?と聞きたい。
レトリック法学と呼ばれる一連の仕事が既にあるけど、どうやらそれに言及したいようにも見えないしな。
敢えてここで、「法学とはレトリックである」と声高に主張したいなら、
何故そう思うのか、読んでいて感銘を受けるような議論を展開してくれ。

10 :ミーハー:04/09/02 15:48 ID:CBCh8SmM
>>1 法解釈の本質はレトリックだと思うのですね、
で、どんなレトリックが使われるか分析してるのが法学だと思うのですが…

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/02 16:01 ID:hx0wQohI
カトリック

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/04 17:19 ID:tRdaMG+4
法律学(解釈学)は価値判断と法律構成の二つのレベルで議論が行われている。
法律学の本質は価値判断にあると思うが、
その価値判断は社会の現実から組み立てられるものだから、
口先だけの議論に適さない。
法律構成の部分がレトリック的だというのはそうかもね。
結局価値判断があって、それを正当化するための法律構成になるからね。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/04 17:47 ID:f9D/t2xt
>>1
レトリック(弁論術・修辞学)は、法学を専攻する前段階のリベラルアーツの一つですよ。
レトリックは法学を構成する重要な要素の一つですが、それをもって法学=レトリックとする
のはいかがなものか。


14 :法の下の名無し:04/10/15 04:27:37 ID:xiplomi8
>>13だけを叩きたいのだけど、叩けるだけのレトリックを
持ち合わせない漏れはDQN

15 :法の下の名無し:04/10/15 17:42:57 ID:I9k9EOM/
議論に触れず、>>13だけをたたく方法:

>>13はハゲデブスァイコ

16 :法の下の名無し:04/10/18 13:10:10 ID:aGoLe/zi
法学は美学であって、倫理学ではない。

17 :法の下の名無し:04/10/20 17:34:36 ID:MSFtsF8X
法学一般って何?

18 :法の下の名無し:04/10/20 17:58:49 ID:tVCwSQyw
とりあえずレリックは最悪につまらん映画だった

19 :法の下の名無し:04/10/21 05:31:19 ID:OOxgf0V+
レトリックというのは罵倒語にならないだろう。
「空疎な修辞」と解するなら別だが、
むしろ「修辞の有効性についての学問」なのだから。

20 :法の下の名無し:05/01/05 01:15:26 ID:14Uv6ihF
自然科学なら、真理を探究しそれを見出せば、
それまでの業績や年齢等にかかわりなく、評価される。
法学(特に法解釈学)は、まったく事情が異なる。
分野にもよるけど、「それがどんな説か」よりも、「それは誰の説か」が重要だ。
また、一生懸命に解釈学を構築しても、その法律等が、
廃止されたらそうした「解釈」は使い物にならない。
だからこそ、戦後美濃部達吉は、憲法の全面的な改正に異議を唱えたし、
いまでも、学説・判例があまた存在する分野の法改正においては、
学説・判例を尊重した法改正がなされることが少なくない。
法解釈学は「大学で教えている」という意味で、「学問」かもしれないが、
「科学」なんかじゃ決してない。
本質はレトリックだ。
sein の科学じゃなくて、sollenの科学だとか言っている人もおられるが、
まやかしだね。

法律は、条文に忠実に解釈すべきで、
条文が現実に合わないときには、解釈というかレトリックで妥当な結論を出すというのは、
裁判所の立法府に対する越権行為で、
あくまでも、条文を改正すべきなのだ。






21 :法の下の名無し:05/01/05 01:44:50 ID:SP3mXABn
視野狭窄だな

22 :法の下の名無し:05/01/05 01:57:48 ID:Rd3Y9xnS
こんな夜中にご苦労様です

23 :法の下の名無し:05/01/05 02:54:11 ID:V8HDpofK
憲法って、
目指すべき目標だよね。

24 :法の下の名無し:05/01/05 21:44:17 ID:EmYmBIhT
???

25 :法の下の名無し:05/01/05 22:54:22 ID:o0PKYNmo
>>20
 賛成したいところも結構あるんだけどね、一応議論のため批判。

>自然科学なら、真理を探究しそれを見出せば、
>それまでの業績や年齢等にかかわりなく、評価される。

自然科学は、真理の探究か?
 残念ながら、妄想。自然科学の基礎付けをやろうとした動きはあ
るが、悉く失敗してきたのが実情。
 第一に、観察っていかなる理論枠組みに従っているかによって、
その結果は変わったりする。そして、その理論枠組みを選択する客
観的な基準はない。
 第二に、観察によって意義的な結果が得られたとしても、それに
よって検証(反証)しようにも、検証すべき命題は複数ある場合が
あり、複数ある場合、どれを棄却するかも、客観的な基準があるわ
けではない。
 大体こんなことから、自然科学の基礎付けは無理だべということ
で、最近は、科学者共同体の言説分析をして、いかにして「真理な
るもの」が構築されているかをみるというものもある。
 あるいはちょっと身の回りを考えて、科学者がいかなる基準をも
とに行動しているか考えてごらん?
 あなたの身の回りの科学者は、「真理」を追求しているか、ある
いは「科学研究費」という予算が取れることを追求しているか。そ
して、「予算が取れる研究」=「真理を追究する研究」という等式
が成り立つか。

 まあ、ぐだぐだ言ったけど、自然科学の方が、大体、法学より、
科学的なのかなという気もする(直感的にね)。
 ただ、程度問題だし、自然科学だって、分野によっていろいろ
だよ。理学と工学なんてかなり違うわけだしね。あるいは、現場
の技術者まで入れると・・・(理論なんてあまり意味ないという
技術者もいるし)。


26 :法の下の名無し:05/01/05 23:24:08 ID:SP3mXABn
まるで自然科学をわかってないな
まあ法学徒の限界だな

27 :法の下の名無し:05/01/05 23:35:14 ID:o0PKYNmo
>>20
 続き
>法律は、条文に忠実に解釈すべきで、
>条文が現実に合わないときには、解釈というかレトリックで妥当な結論を出すというのは、
>裁判所の立法府に対する越権行為で、
>あくまでも、条文を改正すべきなのだ。

 おそらくあなたの意見の核心はここにあるんだろうね。わかった、あ
なたの意見を尊重することにしよう。
 日々法律は、裁判官・行政官などによって解釈され、運用されている。
この解釈行為をすべて立法に委ねたとしよう。その数は、いくらに上るだ
ろうか。憲法は次元が違うので、若干脇においておこう。民法・刑法・商
法・刑事訴訟法・民事訴訟法・労働法・破産法・・・・・。まあ、数え切
れんわな。これだけ扱うには、完璧な知識を立法者が有していると仮定し
ても、処理する時間がない。
 また、専門性の問題。現在の衆議院・参議院の人たちは、超人ではない
のだから、専門分化するだろう(というか、今でもしてるわけだが)。そ
して、ある点において素人の議員さんは、そのある点で専門家の議員さん
の判断を尊重することになるでしょうね。
 以上のことは、直接民主制にしたらますます当てはまる。
 結局、これでは、立法で決めるといっても、裁判官・行政官が決めてい
るのとどれほど違うの?という問題になる。議員は、国民の信任を得てい
るといっても、議員の個々的な判断に対してではないしね。個々的な判断
に対する信任だと考えても、国民の側に同じような状況が生じるだけでし
ょう。
 まあ、民主政によっては、大枠しか決められないのだという凡庸な結論
になりそう。
 これを迂回するためには、そもそも法律の数が多すぎるんじゃない、国
家は、最小限度のことをすればよいのであって、法律も民法と刑法とその
手続法とその運用者の法律(組織法)ぐらいでいいんじゃないとして、前
提を変えることもできる。
 しかし、その前提を変えるのは、現状では、民主政以外の理由付けが必
要なんじゃない?リバータリアンとか。

 あと、悪意のある批判をお一つ。裁判所の役割が条文を忠実に解釈する
ことというが、条文を忠実に解釈することが、誰でもできることだとした
ら、裁判所は必要ない。紛争は、その条文を手がかりに解決でき、裁判所
にいくことのコストは回避したほうが望ましいから。
 他方で、裁判所しかできないとしたら、その理由は、なんだろうか。裁
判官は、条文の知識と条文の適用場面の知識をたくさん覚えているからか?
そうだとすれば、六法があればいいっていうことになる。六法以外の知識
だとすれば、条文を「忠実に解釈する」ってなんだろうね。条文以外の知
識をふんだんに盛り込むわけだから。
 まあ、正直、漏れもよくわかんないっていうオチなんだけど。


28 :法の下の名無し:05/01/05 23:45:00 ID:o0PKYNmo
>>26
 そもそも「自然科学」一般を語る(騙る)のに反対しているわ
けなのだが。(結局いろいろだよねと最後に流しているでしょ)
 つまり「まるで自然科学がわかっていないな」という26のよ
うな壮大な言明する奴が「馬鹿だね」といっているわけだが。

 


29 :法の下の名無し:05/01/05 23:51:11 ID:SP3mXABn
>>28
そのわりには長々と「自然科学」に言及してますが
俺はそれを読んで「馬鹿だね」といっているわけだが。

30 :法の下の名無し:05/01/06 00:13:34 ID:cXzgn7oU
>>29
 「自然科学一般を基礎付けようとした立場」の失敗を記述して
いる(「観察」とか「検証」とかに求めようとした奴の)。その
上で、その失敗をした上で、最後に、いろいろ分野があって個々
的に考えなきゃね、といっているの。親切にも28でもその旨を
繰り返し確認している。
 批判する際に、批判の対象となる立場(自然科学の一般的基礎
付け)への言及が、その立場にコミットしたことになるわけでは
ないよ。
 批判する立場を記述することがコミットすることになるとは、
日本語の能力がないね。28の記述で、ポイントを書いてあげて
いるにも関わらず・・・。

 ちなみに最後の「自然科学が法学より学問的な気がする」とい
う挨拶程度(20に完全に反対する趣旨ではないよ)という意味
で書いた。だから、挨拶程度の「法学者の限界だな」という挨拶
程度の文章も一応スルーしている(中身がないわけだし)。

31 :法の下の名無し:05/01/06 00:20:50 ID:ptd+5Bon
>「自然科学一般を基礎付けようとした立場」の失敗を記述して
>いる(「観察」とか「検証」とかに求めようとした奴の)。その
このあたりが馬鹿だなと感じたところ

>批判する際に、批判の対象となる立場(自然科学の一般的基礎
>付け)への言及が、その立場にコミットしたことになるわけでは
>ないよ。
意味不明だな
自分の書いたことがどんな意味をもつか理解してるのか?

>批判する立場を記述することがコミットすることになるとは、
>日本語の能力がないね。28の記述で、ポイントを書いてあげて
>いるにも関わらず・・・。
ここまでくると言葉を失うな
俺はお前の日本語コミュニケーション能力を疑う

>で書いた。だから、挨拶程度の「法学者の限界だな」という挨拶
これをみても、お前のコミュニケーション能力不足がわかる
法学者なんて一言も書いてない、法学徒と書いている

頭にきて反論する前に
自分の主張をよく見直すといい
それではおやすみ

32 :法の下の名無し:05/01/06 00:52:56 ID:6x7SaCKE
老人は夜が早いのです。また早朝にお会いしましょう。

33 :法の下の名無し:05/01/06 03:09:28 ID:cXzgn7oU
形式化して整理

25の主張。
 @)法学より自然科学の方が「科学」的という立場がある。
賛成したい(25の文末)が、以下の注釈が必要。
 A)「自然科学」の「科学性」って何だろうという疑問を
提示。その科学性を「観察」「検証」に求める立場の提示と
その批判(25)。一般的な基礎付けは無理。
 B)自然科学の「科学性」というのは、領域ごとに考える
必要があるだろう。言い換えれば、「自然科学」なんて一般
的に考えても仕方ない(25)。
 C)批判の対象となる立場の紹介が、その立場に対するコ
ミットメントにはならない(25=30と仮定)。
 D)0時過ぎ以後書き込みなし

26の主張。
 @)自然科学がまるでわかっていない(26)。
 A)25の「自然科学」理解は、「法学徒」の限界である(2
6)。
 B)批判する立場の紹介は、その立場のコミットにならないと
いう立場は、意味不明(26=31と仮定)。
 C)0時半ごろ、就寝。


 さて、どうでしょう。なお、上記の文で、両者の誹謗中傷は除
いてあります。しかし、誹謗中傷もレトリックだよね、、、とス
レタイの趣旨に戻してみる。



34 :法の下の名無し:05/01/06 03:13:48 ID:MNafGD7z
理系の中で視野が狭いに奴にとっては法学ってバカバカしく見えるんだろうね。
実際はどっちもどっちだけど。
以前京大の工学部の奴が文系学問叩きやってて
そこに理学部、文学部、法学部の奴が来てそいつと議論してやってたの見たが
バカはどういう分野進もうががバカなんだな。


35 :法の下の名無し:05/01/06 03:20:14 ID:cXzgn7oU
 と整理したうえで、批判。

 法学者か法学徒かの間違いなんて無意味。だって、25の
「自然科学」理解を、法学者であれ、法学徒であれ、そのど
ちらかに帰属することに意味はない。重要性の低い理由から
説明していくと以下の通り。
 理由@25たる私は、何かを代表するものではない。
 理由A2ちゃんねるで、書き手の身分を問題とする記述は、
原則として、無意味である。誰が書いているかわかんないし。
 理由B25たる私の自然科学理解は、オリジナルな自説で
も何でもなく、自然科学者の言明(物理学者・医者・工学(化
学・制御工学など))や科学哲学者の論文を参考にしただけで、
新規性はない。したがって、私の理解は、法学を何らかの形で
学んだ者の特有の形式を有するわけではない。

36 :法の下の名無し:05/01/06 03:27:29 ID:cXzgn7oU
>>35>>33への続。

>>34
 賛成。ただし、法学をやっている者も法学を馬鹿馬鹿しい
と思ってやっている者がわりと多いので、理系に限らない。



37 :法の下の名無し:05/02/12 02:45:14 ID:3o1KLSzv
ここの議論は、もうお仕舞いですか?なんか、おもしろそうだったのですが、
見たの遅すぎましたね・・。

ところで、民法の来栖先生が書いた『法とフィクション』の木庭先生による
解説などはどうでしょうか?

38 :法の下の名無し:05/02/15 01:12:04 ID:DOzqwMUq
法学(法解釈学)の一番胡散臭いのは、
誰がその説を唱えたか、の意味合いが非常に大きなことだ。

大雑把にいえば、工学部関係なら、求められる結果を出したやつが勝ちなのだ。
また理学部関係なら、自然界の様々な事象を説明できる事実や説を出したやつが勝ちなのだ。
いくら馬鹿でも、単に運が良かっただけでも、そうした結果を出したやつが評価される。

法学(法解釈学)は違う。
いくらバランスのとれた解釈論を出したとしても、
有力な研究者か、有力大学出身者で無い限り、
学会で注目されることは無い。
誰が言ったのかが重要なのだ。

「学説」を評価する基準があってもよさそうだが、そうしたものもあるようには見えない。
なんとなく支持する有力学者が多いと、それが「通説」となる。

解釈学は、「どう解釈すべきか」を追求する「学問」なのだろうが、
複数の対立する学説間に、解釈論争はあるが、
客観的な評価プロセスがないのでは?
評価が高いほうが通説の地位を占めるようになるべきだが、
そういったアプローチは、とられてないですよね。

39 :法の下の名無し:05/02/15 07:14:45 ID:75Eb45Un
法学の祖先は神学だから
内容の正しさより
正しい血統が重要なの

常識でしょ
なにをいまさら

40 :法の下の名無し:05/02/16 02:51:57 ID:Kgs43l4J
>>39
>法学の祖先は神学

ここ詳しく。スレの流れとは無関係に興味ある。

41 :法の下の名無し:05/02/16 15:37:06 ID:Vu6o3sNU
>>38
具体例ありますか?
権威だけで通説扱いされてる学説と、バランスいいのに通説にならない学説の例

42 :法の下の名無し:05/02/19 03:34:23 ID:ziTr46aN
レトリックを狭義の修辞・弁論と解釈した時点で議論が袋小路にはまってるね。
ロゴスとノモスの危うい関係にもっと目を向けた方がいいのではないか。
あと神と言えばテミスだよね。

43 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 00:28:05 ID:H2Fo0M1R
>>20
> 法律は、条文に忠実に解釈すべきで、
> 条文が現実に合わないときには、解釈というかレトリックで妥当な結論を出すというのは、
> 裁判所の立法府に対する越権行為で、
> あくまでも、条文を改正すべきなのだ。

国会議員の先生が議場で野次を飛ばしたり居眠りしたりメールを打ったり、
挙句の果ては六本木でわいせつ行為で現行犯逮捕されたり、
そこまでされても法学者は議員先生に逆らえないのですか?

44 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 00:48:17 ID:kRKHNP1J
議院に対して逆らえないのではなくて国会だろ。
司法が立法府により制定された法律を尊重するのは当たり前の話だ。
国民が粗悪品を国会に送らないように注意すべき。

45 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 06:54:00 ID:gQ3qSZUd
>>43
あんた法学者なの?
ちょっと法学者を買い被り過ぎじゃねーの?
かりそめにも国民に選ばれた代表に、単なる一法学者ごときが
あーだこーだ言ったところで、何の権限もないのは当然だろ。
日本は代表制民主主義の国だ。
学者独裁の国でも夢想してんの?真正のアフォ?

46 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 09:25:47 ID:bwpiS7UR
>>40
法学と神学は近い関係にあったのは確かだが,法学のほうがはるかに歴史が永い。

47 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 10:02:07 ID:lFlUMN6x
?? ローマ法学とキリスト教神学の話?
神学自体は宗教があるところどこにでもあるだろ?
そもそも古代社会における文字が祭祀階級のみに知られるものである事が多い、
ということからもわかるように、宗教の言語化にこそ文字は使われたわけだし。
だから文字化され体系化された宗教の内的営為としての神学はそこにあっただろう。
しかし、法なるものが古代社会に存在した、というためには「法とは何か」という難問に答えなければならないが、
仮にハート流の法概念を採用したとするなら、古代社会には必ずしも法があるわけではない。

それゆえ、法学の方が「はるかに」歴史が永いという主張はまず困難だろう。
何を根拠に言ってるのかはわからんが。

48 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 10:46:55 ID:1dAg+UZD
38が正しい。あとはアフォ。41は地底院生。現実はこんなもんよ。

49 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 15:44:33 ID:1mgYtrHZ
誰が言ったかが重要って良くネットでは言われるけど。

妥当な結論で、従来の学説や実務と整合的で、説得力をもって説明する理論を
学会等で誠実に発表し続けた学者が評価されていると思いたい(希望。

じゃなきゃヤッテラレルカ!!

50 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 15:50:04 ID:FSVIgHnI
有名な人の説のほうが多くの人による批判・検証の対象のプロセスを経やすく、
そういったプロセスを経て生き残った学説のほうが高く評価されるのは自然のなりゆき

たとえダイヤの原石であっても掘り出されて加工されなければ日の目を見ない

51 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 15:59:14 ID:+mOzxnxF
まず、スレ違い、板違いを承知の上で、どうかお許し下さい。
文系最高峰の法学板の見識豊かな人たちに判定を願いたいのです。
創作板では埒が明かないのです。
どちらも酷い文章なのは承知ですが、下記の文章を比較すると、
aとbはどちらがまともですか?
お手数を掛けますが、宜しければ理由も添えてご教授願いたいです。

52 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 15:59:36 ID:+mOzxnxF
a.馬鹿の馬鹿を悟らせることは不可能

b.馬鹿に馬鹿と悟らせることは不可能

53 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 16:38:57 ID:/NDCEef6
>>51
なんで法学板に来たんだ? 完全に板違いだろ。

で、俺の意見だがbだな。
他動詞「悟らせる」を使うんなら、「悟る」主体を明示すべき。

自動詞「悟る」を使えば、「馬鹿が(自らを)馬鹿と悟ることは不可能」という文になる。
それを素直に他動詞にすればよい。

aの表現だと「馬鹿が馬鹿であるということを(他人に)悟らせることは不可能」と誤読される可能性がある。



54 :ぶよ ◆buyoHZ.AQ. :2005/04/20(水) 05:32:20 ID:3q3yxGkb
>>51
その文章が用いられる文脈や
その文書がなんの為に用いられるか(文学的なものなのかそれとも他者への意味の伝達を重視するのか)
によっても変わりますからなんともいえないと個人的には思います。

55 :法の下の名無し:2005/04/29(金) 11:56:08 ID:MsUnQGfj
>>47
神学というのはキリスト教の学問だよ。ローマ法学は共和政期に既にかなり発達していたのに対し,
神学の登場は帝政期。さらに,神学からローマ法学の影響を受けてやがて教会法学が登場するに至る。

56 :法の下の名無し:2005/04/30(土) 02:01:37 ID:kL1DpSCa
完全に横槍だけど、

>>38
> いくらバランスのとれた解釈論を出したとしても、
> 有力な研究者か、有力大学出身者で無い限り、
> 学会で注目されることは無い。
> 誰が言ったのかが重要なのだ。

>>49
> 妥当な結論で、従来の学説や実務と整合的で、説得力をもって説明する理論を
> 学会等で誠実に発表し続けた学者が評価されていると思いたい(希望。

「従来の学説や実務と整合的で」と、>>49も、新しい理論の評価がそれまでの理論の展開に拘束されている、
つまり実定法解釈学に歴史性がある、あるいは経路依存的であることを暗に認めていることは興味深いです。
結局は、実定法解釈学とは、実際には「法源(おもに法典)」と「それまでの解釈」の解釈であるということですよね。

57 :法の下の名無し:2005/04/30(土) 03:24:45 ID:jV1gSGcW
法学では「正統性」が重要ってことだろ。
いっぽう自然科学では「真理」が重要。

ただしどっちも中身はあきらかでない。
まあ人間の営みだからどっちがまともとかいっても意味ねえ。

58 :法の下の名無し:2005/05/01(日) 01:08:50 ID:tnIFObsC
>>56
それまでの理論との整合性が求められるのは自然科学も法解釈学も同じだよ。それがどうしても無理なときにはパラダイムシフトが起こる。
法解釈学においても最もよい結論がどのように導けるかという真理が追究されてるわけだし。

59 :明恵:2005/05/02(月) 01:17:12 ID:1bbeUIQ2
議論参入させていただきます。

門外漢として以前から思っていたことなのだが、一つ聞きたい。

法律学(解釈学)、特に英米法系は@価値判断(個々の事案レベルでの)とA法律構成の二つのレベルで
議論が行われているのはわかる。
これは恐らく自然科学においては、@実験結果とA理論に相応すると思われる。
そして、A法律構成のレベルにおいて、多くの人間が支持した構成・理論、
つまり多くの人間が理解しやすい構成が支持されるというのもわかる。

だが、そのA価値判断が妥当(best)である、または、他の意見に比べ、より妥当(better)であると判断する根拠evidenceは何なのか?
自然科学であれば、実験を再現すれば、その妥当性が誰にでもわかる。
だが、法律学においては何が根拠になっているのかわからない。
その時代時代の雰囲気なのか?
それとも、どこかの大家や外国法、判例といった「権威」なのか?
仮に、雰囲気でなされているのであれば、仮説検証を普段からやっている経済学や社会学、経営学に比して劣ることは間違いない。
また権威によって妥当性を判断しているならば、どこかのカルト教団と変わりない。
すくなくとも、「法律学の本質は@価値判断にある」などとは口が裂けてもいえない。

ひょっとすると、もはや法律学は文系の女王ではありえないのではないのか?
かつて哲学が女王であったが、重要部分を法学に奪取され、現在は文学部の窓際でしかない。
法学も徐々に他の社会科学に奪取され残るは法律構成という名のパズルだけになりつつあるのではないか?

法学徒の皆様いかがおもわれますか?

60 :明恵:2005/05/02(月) 02:22:17 ID:1bbeUIQ2
たとえば、安楽死の問題や堕胎の問題を考えるとわかると思う。
また、死刑制度、天皇制、1票の格差などの問題を考えてみると、
どこかの誰かがくだした判決、学説が必ずしも十分な理由付けがあるとはいえないことがわかる。
1票の格差の問題については納得のいく説明がない。
ある大家は格差2:1までであれば許されるといっているが、その根拠はどこにあるのか?
政教分離で出てくる目的効果論のうち効果をどのようにして測るのか?
ほとんど雰囲気と偏見で決めてるんじゃないのか?

それでも判断が意味をなしているのは、ある程度の手続を踏んだからに他ならない。
つまり、結局、実質的な政策判断では経済学や社会学にお株を奪われ、
自然法の探求といった問題については経営学・組織学に敗北し、
面倒な問題をほとんど直感のみでやっている結果、他人を説得するという学問本来の目的すらはたせなくなっているんじゃないのか?


61 :56:2005/05/02(月) 13:11:01 ID:YW0qWGfX
>>58 うん、仰るとおり。
自然科学もそう考えられているように、法学もパラダイムに拘束されている、
で、パラダイムは歴史に拘束されている、それだけの話。

ただ、「より妥当な結論」や「最もよい結論」っていうのも、歴史とパラダイムに相対的だと思うんですよね。

だから、「より妥当な結論」にしろ「最もよい結論」にしろ、
現在の、同じような法学教育を受けてきた、法律家集団にとってそうなのであって、
超歴史的に普遍性をもって「より妥当な結論」や「最もよい結論」じゃないのはもちろん、
一般国民の常識からしても「より妥当な結論」や「最もよい結論」だとは必ずしも期待できない。

62 :56:2005/05/02(月) 13:35:02 ID:YW0qWGfX
>>59
> だが、そのA価値判断が妥当(best)である、または、他の意見に比べ、より妥当(better)
> であると判断する根拠evidenceは何なのか?

その根拠は、今日の法律家集団の同意なんじゃないかなー
で、その合意はパラダイムの共有のに裏打ちされて、
一般国民のより漠然とした合意よりは、確固としていると思う。

> 自然科学であれば、実験を再現すれば、その妥当性が誰にでもわかる。

まず、クーン先生が強調するところの「実験の理論負荷」って問題があって、
必ずしも「実験を再現すれば、その妥当性が誰にでもわかる」というわけには行かない。
つまり、実験結果の意味も、科学者集団のパラダイムに拘束されている。
実験は、「真にそこにある実在と一致する端的な事実」を明らかにするわけではない。

とはいえ、他方では、やっぱり「ほとんど誰もが合意する端的な事実」というものもあるような気がする。
例えば、赤いほうのランプが点灯しているのか、目盛りは15の周辺を示しているのか否か。
こういうプリミティブな事実の判断は、
一般国民の間にかなり強固な合意がありえることを(まぁ、私は)確信している。
このような点では、一般国民の間のかなり強固な合意によって、
如何に確固とした科学者集団のパライダイムも覆されると思う。

ところが、法学では、法律家集団のパラダイムに、
一般国民の合意がどれほど拘束力を与えているのかが分からない。
法律家は「国民の法感情」だとか、「社会通念」だとよく言うけど、
ほんとうに、法律家集団の合意が「国民の法感情」や「社会通念」によって
覆されることがあるのかなー(歴史的に長大なレベルじゃなくってね)

63 :56:2005/05/02(月) 13:44:05 ID:YW0qWGfX
あ、「実験の理論負荷」→「観察の理論負荷」
ゴメソ

64 :法の下の名無し:2005/05/02(月) 14:37:32 ID:QcXXqQiF
法学者が女にモテナイ君たちばかりだから
女にやたら甘い法律構成をとる。

65 :明恵:2005/05/02(月) 17:45:13 ID:1bbeUIQ2
>>56
>>62
多分、君が言っているのはおそらく妥当で、自然科学の方向からも妥当だと思う。

僕が言いたいのは、刑事事件(特に殺人事件)の事実認定ほどには、
民事・行政の判例・学説は事実認定を細かくやっていないということだ。
例は上に挙げたけど。
明確な基準とその理由があるのではなく、裁判官や学者の偏見でエイって切った感じだ。
これではどっかの占い師と変わらないんじゃないの?
価値判断の基礎からしてなってない。
これは、どうかと思う。

66 :法の下の名無し:2005/05/02(月) 19:59:06 ID:8TMt6iVA
>>59
> だが、そのA価値判断が妥当(best)である、または、他の意見に比べ、より妥当(better)
> であると判断する根拠evidenceは何なのか?

誰がその妥当性を判断するのかな?
それによって答えは異なるように思うけど。

法律家集団における価値判断の妥当性の判断根拠は>>62が指摘したように
当該集団における同意、あるいはその同意を基底するパラダイムだと思う。
そこでは法理論の明確性というよりも、同意を基礎付けている法律家集団の意見を
徹底的に網羅することが必要になる。その過程でサイードっぽく言えば引用の蓄積に
よる権威化がなされるわけだけど。

ただ判断主体が一般国民レヴェルだと話は異なる。
価値判断の妥当性の根拠は「説得性」に求められると思う。
法律家集団における「説得性」の根拠は過去の理論の網羅・批判によって
得られるわけだけど、一般国民レヴェルにおける「説得性」の重みは
最初に戻るけど、やはりレトリックの技術に依存するんじゃないのかな?

自然科学における説得性が実験・観察から得られるように。
もちろん説得性の根拠はパラダイムによって基底されるわけだけど。

67 :法の下の名無し:2005/05/03(火) 04:30:01 ID:gj9rq9oI
ただ判断主体が一般国民レヴェルだと話は異なる。
価値判断の妥当性の根拠は「うさんくさい」に求められると思う。
法律家集団における「うさんくさい」の根拠は過去の理論の網羅・批判によって
得られるわけだけど、一般国民レヴェルにおける「うさんくさい」の重みは
最初に戻るけど、やはりレトリックの技術に依存するんじゃないのかな?

68 :法の下の名無し:2005/05/03(火) 15:43:25 ID:bLxOS8rj
>>58
実験結果は理論を補強するだけで,その正しさは証明しないよ。
多くの実験結果を矛盾なく説明できる理論が他の理論よりbetterだとされるだけのこと。

69 :明恵:2005/05/04(水) 00:26:11 ID:bE68OM0t
なんか質問の仕方が悪かったのかもしれないので、ちょっと無作法になるけど、ストレートにいっちゃうね。

僕が聞きたい疑問は、「現在、理論・学説の妥当性はいかにして担保されえるか?」ってことではなくて、
「法的判断は、原則として定性的なものである。
しかし、現在の社会科学では、定性的なものを定量的に測ることが要求されている。
従って、法学が社会科学を名乗る以上、少なくとも定量的な基準をある程度、確立していくことが必要だと思われる。
このような他の社会科学のモデルを応用したような実証的な研究はどれだけ行われているのか?
それともこれらは異説として排除されているのか?」
ってことです。

ここでいう定性的っていうのは、ある事象を、ある概念に当てはめられるか?ってことを意味し、
定量的っていうのは、この事象は、ある概念のうち、どのくらいの量なのか?ってことを意味します。

このようなことを思ったのは、総合衡量の内容がイマイチよくわからないからだ。
法学では、結構、「実質化」とかいって、いろんな要素を総合衡量して判断するっていうのが多いよね。
とくに判例とかそのようなことが多い。
いろんな理由を総合衡量して結論をだしている。
しかし、本来、総合衡量っていう不明確な理論をつかうならば、逆に明確性・再現性を担保するために、
定性的な方法ではなくて定量的にやっていくことが必要なのではないかと思う。
無論、刑法で昔、そういうことをやろうとして、失敗したのは知っている。
でも、現在のように社会科学のリサーチの方法があるのだから、今ならできるのではないかと思うわけだ。

70 :法の下の名無し:2005/05/04(水) 00:58:49 ID:itH41CLQ
規範に定量的な要素をもりこむと総合考慮になって明確性を欠き,事前の予測可能性を欠く。だからこそ,定性的な要件効果論が求められるが,それがなかなかうまくいってないから,定量的な判断もなされる。
とはいえ,測定が困難なものもあり,裁判のたびに測定するのはやってられないから裁判官がテキトーに決めちゃうわけだが。
定量的な要件論が認められてるものとして,独禁法における市場における競争減殺の程度(言わば法益侵害の程度のようなものだが。)というのがあるが,これを何ヶ月もかけて計測する手段がある。
学説でも支持を得てはいる者の,公取委や一部の学者は懐疑的な感じだね。何ヶ月もかけてやってどうするんだって感じ。

71 :法の下の名無し:2005/05/04(水) 09:40:02 ID:D7bmJUSN
>>69 まず、現在の社会科学の成果を援用しても、定性的あるいは定量的に明確に測定しがたい法的な「事実」というものがあると思います。
例えば、「わいせつ」の類。
こういうのは、もうどうしようもない。立法論として、そんな不明確な法律作るやつらが馬鹿だということがいえるくらい。

次に、とはいえ、社会科学の成果を援用すれば、現在行われているよりももっと精緻化、明確化できる「事実」もあるのではないか?
それはあると思います。
そして、今の法学がそれに十分に対応できないとすれば、その理由には、法律家の能力とかそういうのもあるかもしれません
(現代においては、全ての学問を修めることは不可能)。

でも、別の理由として、法学というものが本来的に持っている「保守性」というものがあげられるとも思います。
法学、あるいは法律実務というのは、可能な限り、どんなトリックを使っても、パラダイム・シフトを避けたいものなんです。
昨日までうまくいっていて、今日もそれでなとかできそうなら、それでやってしまいたい。
「よくよく考えたら、こっちのほうが良さそうだ」という理論があっても、蓄積された判例があるのなら、後者のほうが優先されたりする。
で、この「保守性」というのは、私たちの社会生活の維持という面では、尊重に値することだと思います。

たとえば、唯物論弁証法の理論が「科学的な」未来予測だと吹聴されたころに、それに影響された法学派がありましたが、
日本の法律実務が全てそっちにいっていたらと思うと、ぞっとします。

72 :法の下の名無し:2005/05/04(水) 18:30:09 ID:zML9OJyw
社会科学のリサーチの方法って?
「社会科学である以上定性的なものを定量的に測ることが要求されている」って本当かな?

米国の社会科学じゃないの、それって。仏では少なくともあまり定量的な議論は見たことないけど。
まあフランス人が数学が苦手っていうのもあると思うけど。

できれば法学以外の社会科学とそこでの方法論を指摘してくれると議論がより有意義になると
思う。よろしくお願いします。

73 :明恵:2005/05/05(木) 20:28:21 ID:Itg7vndM
色々、聞いてしまってすいません。
なんか、読み返してみたら、おいらったら結構、わけわからん失礼なことばっかいってますね。
付き合ってくれて有難う。

おいらの言う社会科学的な方法というのは、社会調査とか疫学的な方法のことです。
また心理学のようにある一定の人数を集めて実験をすることで、どのような傾向があるかを判別することも含まれます。
これらは、ある仮説に対して、実験検証をすることでなりたってますよね。
刑事法系だと刑事政策などで結構おなじみの手法ですし、行政機関では法令をつくるときにしょっちゅうやっていると思います。
この手法を解釈学にも応用できないだろうか?っていうのが、私の疑問点です。
つまり、現状の解釈下では何が起こっているのか?
また、新しい解釈をとった場合、どの程度、変化がおきるのか?を定量化できると思うのです。


たとえば、自動車の運転経験は交通事故訴訟にどの程度影響するか?という問題を考えます。
この場合、実験デザインとしていくつか思いつきますが、例として心理学的な方法を出します。
現役の裁判官200人を集めます。当然、年齢、性別によって偏りは少なくなるようにします。
異なる部分は自動車についての知識・経験などのついてです。(もっと要素を多くしてもいいですが)
事案の資料については複数用意し、過失、損害の大小、家族構成、性別、年齢などによっていくつかのランク付けをします。
結論については簡便さのため、判決ではなく、過失の大小、認容額などの単純なものにします。
最後に、どのような要素が結果に影響を及ぼすか?を統計的に処理して出します。
以上のことを、レトロスペクティブにやってもいいでしょう。

このようなことをする実益として、「忌避事由をどの程度認めるか?」という解釈論にある程度、具体的な指針を与えることができると思います。
また、同様に裁判員についても類似の指針をだすことができますし、よく言われる司法と国民の乖離(別に私はしていてもいいと思いますが)について、
どの程度乖離しているのかを具体的に出せます。
類似の手法で、仮に行政訴訟につき上訴するたびに訴額が上がるシステムをとった場合、行政訴訟はどのように変わるか?といったことの予測もある程度立つでしょう。


74 :明恵:2005/05/05(木) 22:05:25 ID:Itg7vndM
あと、総合衡量した場合にも、ある程度の指針となります。
たとえば、政教分離において、援助促進圧迫干渉といった効果があるかが判例基準にされていますが、
それらがどの程度なのか?世俗的な場合と比べてどの程度効果があるのか?を明確化できると思います。
具体的には、経済的にどの程度メリットがあったか?イメージ的にどの程度上がったか?などを
参拝客の増減・国民にアンケートをとるなどして測定することは可能なのではないかとも思われるわけです。
もちろんこれらは規範的評価であり、定性的なものではありますが、ある程度の参考にはなると思うわけです。

75 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 08:36:08 ID:CmbQaGjs
ん?よくわからん。裁判官の意識を調査したところで,裁判の予測にはなるだろうが,効率的な規範の形成の訳には立たないじゃん。

76 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 08:37:50 ID:CmbQaGjs
アンケートなどの調査は裁判のたびにいちいちやるのは難しいだろね。時間もコストもかかるし,アンケート結果をめぐっていちいち争わなくちゃいけない。

77 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 11:43:26 ID:UpkyEGHl
>>73 裁判官からとるにせよ、国民一般からとるにせよ、漏れはそういうアンケート意味あると思うよ。
まずは法リアリズムチックな法実務批判(いい意味でも悪い意味でも)として意味あると思うし、
その成果を法解釈学に援用してくことはできるはず。

しかし、個々の裁判において、そういうアンケートをとるのはちょっといかがなものかと思う。
一つには >>76 の指摘する問題がある。

もう一つには、多くの場合に、法は当事者による結果の予測を下に機能するのであって、
その予測は取り立てて学問的な手段を使わずとも一般に可能であり、
またその予測の範囲外の結果を帰責すべきではない、という問題があるのではないだろうか。
例えば、政教分離が問題になる裁判で、社会科学的なリサーチの結果、
微弱ながらも有意な特定宗教への圧迫効果が認められたとしても、
それが当事者にとって予測できないようなものならば、やはり過失責任を問うことはできないと思われます。

そもそも、法解釈が社会通念(「それぐらいのこと、常識で分かるよね」)という根拠づけを持ち出すのは、
一つの理由としては、社会通念という根拠づけで不十分だとすれば一般国民の結果予測可能性を肯定することができず、
一般国民の結果予測可能性が肯定できなければ正当性を担保できない法やその適用があるからだと思う。
そういう場合において、社会通念という不明確なものを基準にするのが妥当ではないとすれば、
端的にその法や法の適用が不当なのであって、基準をどう取り替えようと妥当なものにすることはできない。
また、社会通念そのものは、良識ある国民一般が当然に知りうるものである「はず」なので、
アンケートをとって確認する必要もない「はず」(ここにフィクションがあるように思うけど、ちょっとよく分からない)。

もっとも、繰り返しになるけども、一般論としてご指摘のようなアンケートによって裁判や法に関わる
社会学的な知見が蓄積され、それが国民の知識として普及し、社会通念がより事実を反映したものとなれば、
その結果としてより事実を反映した社会通念をもって法解釈したり、裁判したりすることができるので、
そういう面ではご指摘のようなアンケートは意味あると思う。

あー、やもやしていたものが言葉にできて、すっきり(自己満足)。

78 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 12:25:41 ID:UpkyEGHl
なお、一般的には社会通念を基準として法解釈・法適用を行うことが妥当だとしても、
個々の裁判において、社会通念上予見されうる結果が現実には発生していない、
あるいは社会通念上予見可能な結果が当該事案における当該行為者にとっては
予見不可能であった、という主張・立証は許されると考える。

そして、この場合は、社会学的知見に基づく証拠は尊重されるうると思う。
ただし、立証責任は、社会通念上に反する主張を行う側にあるのを原則とするのが、
>>76 の指摘する訴訟経済、司法経済や公平に適うでしょう。

あと、「予測」→「予見」。

79 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 12:30:06 ID:KCF6e2cz
個々の責任を問うべきところを、「調査によるあなたのランクを参考にしますと・・・」なんてやっていいのか疑問が残る。
調査結果によって「A」という結論が出たとしても、それを新たな別事件(結果は「非A」かもしれない)に当てはめていいのかどうか疑問が残る。
首大・前田教授がやろうとして失敗したところではないのかと、疑問が残る。

80 :法の下の名無し:2005/05/06(金) 13:08:23 ID:cO3aK/D6
>>73
たぶん法律学を学ぶものなら一度はぶつかる疑問だね。
弥永先生の法律学入門の本には、今後は経済学的手法による裏づけを持たない
見解は説得力をもたないだろうというようなことが書いてあったよ。その割には日本
の「法と経済学」はいまだ活況とはいえないと思うけど。

81 :法の下の名無し:2005/05/07(土) 00:21:50 ID:OgcJ0mYr
>>73
すごくいい疑問だと思う。
ただ、法学が規範を扱う学問であるというのが一番やっかいなところ(法学者にとっても
あるいはそれ以外の研究者、国民にとっても)だと思う。

社会通念について。
確かに国内法では社会通念という概念が一般化されていることは周知の通りですが、
社会通念という概念自体が規範性(社会通念とはこうあるべきだ、あるいは良識ある国民は
こう考えるべきだ)を帯びたものであることは忘れてはいけないと思います。もちろんそれは
フィクションなんだけど。

事実から規範が生まれないように、アンケートその他の統計的に処理された事実から直接には
規範は生じない。法学においては最終的にはどうしても価値判断の領域に足を踏み入れざるをえない。
しかし価値判断を定量的データに基づいて批判することが可能なのだろうか?もちろん、その価値判断に
至る過程で用いられた事実の誤りを指摘することはできると思う。しかし既に指摘されていたけど、
逐一事実の誤りを個々の事案で検討することは極めて困難ですよね。

しかし、だからといって定量的な手法が法学において全く無意味であるとは思わないし、むしろこれから
極めて重要になると思う。しかしそれはあくまで間接的に解釈論に影響を与えていくのだろうと思う。
間接的というのは裁判官あるいは訴訟当事者の規範的意識に影響を与えるという意味で。だから個々の事案で
定量的な手法が直接裁判官の解釈に影響を与えるというのではなく、個々の解釈の結果を定量的に分析する、あるいは
裁判過程における訴訟当事者の心理的影響の分析を通じて、裁判官の解釈論に影響を与えることができるのではないか、と思っています。


82 :法の下の名無し:2005/05/07(土) 01:46:47 ID:D3UY8vIk
「社会通念」
この言葉をためらいなく使えるようになったら一人前の法律家なのかもしれん。

「猥褻」の意義などをさらりと「社会通念」で無問題とするところが法学の肝だ。

83 :法の下の名無し:2005/08/17(水) 16:15:31 ID:g0VTLT+N
http://evemedia.ddo.jp/evawiki/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0


84 :法の下の名無し:2005/08/30(火) 01:57:01 ID:txMKrgH5
 

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