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「条文」 と 「体系」 の関係について

1 :法の下の名無し:05/03/20 14:54:21 ID:GyUTLdv1
条文は、大きな体系の中に包含され、位置づけられるだけの存在なのか?
それとも、条文の解釈の積み重ねの先に、体系が構築されるのであろうか?



2 :法の下の名無し:05/03/20 15:35:49 ID:W5G6MEJB
立法事実を前提に法律が作られる。
解釈を重ねた先に体系が必要な場合はさほどない。
理論的な体系は現実を見ていない人間は作り出すものに過ぎない。

3 :法の下の名無し:05/03/20 19:34:02 ID:RiNaNnrU
ファイル管理の仕方と同じだろ。

ファイル(条文)がたまってきたので、複数のフォルダをつくる。
はじめのうちは、フォルダ構成(体系)は不安定だが、そのうち一定の構成に落ち着き、
ファイルは機械的にそのなかに放り込まれる。
しかしその後も、あるフォルダの中にあるファイルの数の差、性質の違いによって、
フォルダが併合されたり分割されたりして、フォルダ構成が変わることもある。

4 :法の下の名無し:05/03/20 21:34:51 ID:mdEk48kf
商法ならともかく、他の法律はそんなに条文が追加されたりはしない。
判例をファイルに例えてその整理が体系だというのなら、そういう考え方もあるかもしれないが。

5 :法の下の名無し:05/03/20 21:52:46 ID:Mb9Me5/d
実際の法律形成過程(法制史)から観れば、

問題の発生。

権力的解決。

同一事例は同一解決(人間生来の欲求?)。

法という概念が生まれる。

要件効果で書かれた条文ができる。

条文が蓄積されてくる。

体系を模索し始める。

こんな感じかなあ。

6 :法の下の名無し:05/03/20 22:04:36 ID:Mb9Me5/d
で、>>1に対する私見だが、まず、

>条文の解釈の積み重ねの先に、体系が構築されるのであろうか?

これはノーだろう。
この説だと、あたかも条文が何の体系も背景とせずに
与えられているかのようだが、それは歴史的に見て偽だ。
(例えば、ローマ法で、学説がそのまま法源となる場合)。

7 :法の下の名無し:05/03/20 22:10:37 ID:Mb9Me5/d
次に、

>条文は、大きな体系の中に包含され、位置づけられるだけの存在なのか?

これもノーだろう。
これは立法権力者が完璧な体系を持ち、かつ、他の体系を
参照せずに全条文を創造できる場合に限られる。
が、それはさすがに無い。

体系化と条文解釈および条文修正は並行して行われるのでは。

8 :法の下の名無し:05/03/20 23:09:31 ID:ZG/nvgR3
「体系」というのも、適当な解釈を求めるための重要な手段になると
思うのだが・・・


9 :法の下の名無し:05/03/20 23:29:39 ID:TZxseUDp
>>7

> 体系化と条文解釈および条文修正は並行して行われるのでは。

ズバリ言い当てましたね。もうこのスレは終了でいいでしょう。
でも、>>1への答えは、両方ともイェスじゃないですか?


10 :法の下の名無し:05/03/20 23:34:34 ID:TZxseUDp
あと、>>5も正解だと思う。特にこの部分。

条文が蓄積されてくる。

体系を模索し始める。

現代社会においても、学説間の論争が絶えないということは、
絶えず体系の模索が行われていることだと言い換えられますね。

11 :法の下の名無し:05/03/20 23:38:12 ID:TZxseUDp
>>4
刑法なんて、>>3の説明にぴったり来ると思いますよ。
例えば、38条1項というファイルを、責任というフォルダにのみ入れる
考え方もあれば、ファイルをデスクトップにコピーして、構成要件という
フォルダにも入れる考え方もありますしね。

12 :法の下の名無し:05/03/20 23:56:27 ID:mdEk48kf
体系という概念をある程度定義しないと議論にならないんじゃないかな。
体系化って分類化ってこと?

13 :法の下の名無し:05/03/21 02:13:41 ID:LrpDq9CV
教えて!サヴィニー先生!

14 :法の下の名無し:2005/03/21(月) 21:06:36 ID:Ga4fqoQW
>>12
俺は、幾つかの命題群からそれらの指導原理となる
上位命題を抽出していく作業だと思ってる。

自然科学の場合はこの作業が「発見」によって進められ、
人文科学では「創造」によって進められる。また、哲学は
この作業を究極的なところまで推し進めようとする学問
だと捉えている。

但し、自らを「発見的」と称する自然法論もあるけど。

15 :法の下の名無し:2005/03/23(水) 22:53:08 ID:4L/LJmLW
>>14
その通りだね。とすると、条文の解釈の方向性とも一致することになるね。
反対解釈するか、類推解釈するかは、指導原理となる上位命題との関連でしか
決められないからね。

16 :法の下の名無し:2005/03/23(水) 23:57:02 ID:j1SihhLI
ついこの前法案が出てきた会社法なんかがいい例じゃないかな。
条文の位置がかなり見直されてるね。

17 :法の下の名無し:2005/04/07(木) 00:25:21 ID:H2Fo0M1R
>>15
五十嵐清なんかは、反対解釈するか類推解釈するかは最終的には目的論的解釈であり、
その目的とは今のところ「人権」としておけばよいと割り切っている。

18 :CONTROVERSY:2005/05/14(土) 23:40:02 ID:eVM6K+J3
体系、体系、そのような大陸法的な考え方が、世の中をおかしくする。
法というものは、ガズイスティクであるべき。

19 :法の下の名無し:2005/05/17(火) 01:12:31 ID:YJ7g+pRB
>>18 もちっと理由

 私は、法の全体構造から、法の立法趣旨・目的を抽出して、個別の条項の
解釈に反映させていく、という方法論を考えるので、その意味で「体系」は
重視されてよいと思ってる。
 ただ、「体系」を開放系のものとして捉えるか、閉鎖系のものとして捉えるか
で、解釈の色合いは変わってくるだろうとは思う。
 
 法律解釈において、法律をガチガチに硬く見れば、柔軟な発展的解釈は望め
ないし、あまりに柔軟に雑多な価値観を流入させてしまえば、法のまとまりを
溶解してしまう。 多分、よい解釈は、その極点の中間にあるのだろう。
 「体系」の重視は、それ自体、どちらかというと、静的な解釈方向を含むもの
のように思う。ただ、それでも、新しく生起する法的事象を前にして、法の体系
から導き出す趣旨・目的の抽出のありようは柔軟でありうると考える。
 "柔らかに体系を重視する"くらいのスタンスが良いのではないだろうか。



20 :法の下の名無し:2005/07/13(水) 00:15:33 ID:hNPXbln1
>>19
別に文句をいうつもりではないが、議論を深化させるためにコメントしておきます。

>法律解釈において、法律をガチガチに硬く見れば、柔軟な発展的解釈は望め
ないし、あまりに柔軟に雑多な価値観を流入させてしまえば、法のまとまりを
溶解してしまう。

後者はそのとおりだと思うが、前者での「発展的解釈」というのはどのようなものであろうか?
近時有力な解釈自由論のようなものを「発展的解釈」ととらえてるのだろうか?
そもそも、法律には立法者(近時はほとんど内閣法制局)の「唯一の思想」が横たわっている。
そのような思想がどのようなものかを読み解き、その思想によると条文がどのように解釈されるのか・・・。
その意味で、法律の条文は《一義的》であると言ってもいいと思われる。
(少なくとも最高裁判所は解釈自由の立場をとってはいないし、それは正当であるように思われる。)
そこで、近時の解釈自由論の傾向をみると、具体的妥当性と学者独自の判断基準による理論の一貫性だけを強調し、立法者の思想(いわゆる立法者意思)というものに目が向けられていないのではないか?
ここで、>>19の発言のうち前者をみると、「柔軟な発展的解釈」を望むべきとする。
この文言の意味を明確にしなければ、その「極点の中間」もあやふやなものとなり、説得力に欠けると思われる。
ぜひ、この有益なスレで明らかにしていただきたい。

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