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なぜ?記憶が正しいという前提

1 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 02:17:09
大抵の人間は記憶を正しいという前提で生活し考えてるが、
なぜ記憶を信じる?
記憶が正しいかどうかなんて
分からないだろ?
なぜ記憶なんかを
考えの基盤にして生きるんだ?

2 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 02:22:37
戦争は平和である
服従は自由である
無知は力である

3 :ワサビ茶漬け:2005/04/08(金) 02:35:38
>>1
じゃあ他の何を基盤にしたらいいのでしょう?
記憶以外、人間には何もないじゃないですか。

4 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 02:42:22
正しいということが確認できる記憶→学問における記憶
どちらかというと曖昧な記憶→日常生活における記憶

5 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 02:46:56
>>1
もうスレッドを立てたという事実を疑ってしまったようで・・・

6 :FF:2005/04/08(金) 04:25:59
生きることとは思い出をつくることである

7 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 04:57:56 ?
>>1
ある程度は信じないと不便だから。
でも紙やパソコンに記録したりもするでしょ。

8 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 08:06:59
みんなの記憶が一致しているからだよ
逆に言えば、みんなと記憶が一致していなければ、本人にとっては疑いのない記憶であっても、
社会的には偽と判断される

9 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 09:04:02
記憶を疑うことも記憶が正しい前提によっている

10 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 09:17:38
>>8
こんなクソすれでマジレスもなんだが、
それは微妙に違うな。
俺は昨日の夜一人でこっそり桜餅を食べたという記憶を持っていて、
それは俺以外の誰の記憶とも一致していないわけだが
それでも俺はこの記憶が正しいことを確信しているんだが。
記憶が正しいのは決して「他者と一致しているから」ではなく、
それが「整合的な体系をなしているから」だよ。

まあこういうのはあんたと俺との哲学的立場の違いだろうけど、俺はあんたの方が誤っていると思う。

11 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 09:26:39
ひとりだろうがその前にすべての行為は他者との同意によっている

12 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 09:33:49
>>10
十年前や二十年前の記憶に整合性を求めたって、どうしようもないでしょ?
今現在の状況からでは、十年前の旅行が正しい記憶なのかわからないのだから。
でも十年前に一緒に旅行した他者が憶えていれば、正しい記憶となりうるのだよ。
そもそもどうして自分の記憶が正しいと信じられるようになったのか。
それは社会的了解されている過去と、記憶の内容が一致しているからだよ。
その事を敷衍して、社会的了解のない『桜餅を食べた』という記憶も正しいものとして扱っているだけ。

13 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 10:13:21
ここが訴訟大国アメリカなら、>>1は間違いなく消されていただろう……。

14 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 10:58:09
>>10
しかし、狂人の記憶(俺はナポレオンだ、とか)もまた整合的な
体系をなしているのではないか。
やはり「社会的な整合性」も無視できないのでは。

15 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 11:37:27
ある人の記憶の整合性と言う時、確かに他人の記憶だけではなく、
例えば桜餅であれば財布の中身、桜餅がこびりついた皿など、
現実世界の物質的整合性の体系に拠っている事も事実だろう。
でも、それでも、なおかつ記憶が正しいか間違っているかを判断するのは他人(社会)なのだよ。
それは何故か。「正しい」という言葉、判断基準そのものが社会的了解だからさ。

16 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 12:19:30
他人はうそをついてるかもしれない。しかも全員がだ。

物理的証拠もいくらでも捏造できる。世の中、正しいかどうか確認する方法はないのだ。


17 :東大寺(`・Å・´) ◆gOSFC/PC/Y :2005/04/08(金) 12:29:07
名スレの予感

18 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 14:02:04
>>16
他人全員が「A」という事件があったとうそをついたとしたら、
それが「正しいこと」です。

19 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 14:09:22
だって記憶を記憶を前提に記憶を前提に
だって記憶を前提にしないと前提にしないと
前提にしないとお話しお話しだって記憶を前提に
しないとお話しもできない。

20 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 14:40:19
「記憶が正しいと言う前提」か
では、記憶が間違っているかもしれないと言う前提で話をしてみよう
まてよ、「記憶」と言う字はこれでいいのだろうか?
あ、いや、ここで使われているのだからいいのだろうな…
む!「記憶」は「きおく」でいいのだろうか?
ああ、記憶と打って出るのだからいいのだろうな…
むむ!「記憶」というのは私の思っているとおりなのだろうか?
さっそく辞書で調べてみるのがいいかもしれないな
むむむ!辞書とは・・・

えらい疲れるんですが…
む!疲れるとは…

もおええっちゅうねん!

21 :1:2005/04/08(金) 15:20:09
>>3
数学といった物理現象ではない概念と、
今知覚している概念で構成される理論でしょうね。

>>4
学問における記憶も観測結果が正しいと言う記憶の確証はありませんね。

>>5
やはりこのようなレスが出ましたか。
その通りです。
自分自身が立てたかはどうでもよく、
自分にとって重要だと感じるスレが
存在している訳ですね。

22 :1:2005/04/08(金) 15:26:21
>>7
例えば子供のころから〜すると死ぬ、のように教え込まれれば、
〜すると死ぬことが当然のような記憶になると
思いますが、それは不便じゃないんですか?

>>9
今、記憶と呼ぶ概念を知覚しているから
疑うという考えになった訳で、
記憶が正しいからではなく、記憶という概念を知覚しているからです。

>>18
他人全員が「A」という事件があったとうそをついた
ということは、どれ位確証を持っていいか
分かりません。

23 :7:2005/04/08(金) 15:40:59 ?
>>22
それは記憶やなくて信念とかそういうものだろ。
>>1が話題を拡散させてどないすねん。

記憶の正しさの例で出すなら
小さい頃から繰り返し
1歳の誕生日にオモチャの虎を見て泣いた話を聞かされ続けて居るうちに
自分がその場面を記憶しているのか
人から聞いただけなのかわからなくなるとか
そんなのの方が該当しませんかね。

あと記憶が正しいと信じて困ったことになる例だったら
アメリカで社会問題化した
トラウマのフォールスメモリーとかやろ。

24 :1:2005/04/08(金) 15:55:04
>>23
「子供のころから○○すると〜のようになると教え込まれる」
というのは、物理法則や物理現象にも当てはまると
思います。
例えば科学で、周りの大人にも書籍にも
地球は平ら・海の向こうは滝となって落ちる
と見聞きさせられていたら、
船に乗って海の向こうに行くと落ちる、
というのが当然という間違った記憶になると思いませんか?

自分達もそういう記憶を持ってるかもしれません

25 :1:2005/04/08(金) 16:02:48
ああ、経験や観測をできていない常識とか信念といった記憶ならば
7さんの通りですね。

経験や観測をしたという記憶と、
そうでない記憶に分ける必要が
あるかもしれませんね。

26 :思うんだがな:2005/04/08(金) 16:15:40
考えの基盤に記憶があるんではなく
記憶(雑多な学習)が考えを発生させるんじゃねえの?
学習を組み上げる段階で、齟齬が生まれた場合、「え?」って考えるだろ

27 :7:2005/04/08(金) 16:44:27
>>24,25
普通「記憶が正しい」って言ったら
「過去に体験した事実と記憶が一致する」って意味だろ。

おまいさんの例なら過去に「地球は平ら」だと習ったのに
何故か「地球はドーナツ状」って覚えてたら
記憶の誤り
だろ。

お前さんの疑問が>>24の通りなら、スレタイは
「なぜ人は本で読んだり学校で習ったりした事が正しいと思うのか」
とでも変えた方がいい。

28 :1:2005/04/08(金) 17:11:10
分けると

なぜ、過去に体験した事実と記憶が一致することが正しいと思うのか
なぜ、過去に習った事は正しいと思うのか

の二通りですね。
可能性ならばいくらでもあるのに、
なぜ体験した記憶や習った事を正しいと信じ、
それを考えの基にするのでしょうか。
記憶は確証がないので、
妄想と同一の部類だと思います。

29 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 17:25:56
起源のある問いとは考えられない

30 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 18:53:27
>>1
そうするとあなたが今までこのスレで使ってきた言葉は「過去に習った
事」といえる。そしてそれをあなたは自分の考えを文章化する上
で使用している。しかしあなたに言わせればその語1つ1つが正しいとは限らないので
呼んでいる人間には意味が伝わらない事態が容易に想定できる。
さて「過去に習った事」が正しいと信じそれを考えの基にしているのは
           誰でしょうか?



31 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 19:06:38
誰も記憶が正しいなんて思っていないのではないか。

32 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:20:05
例えば、
「住んでる家の自分の部屋の本棚のx段目の左からy番目にzという本がある」
などといった、論理的に整理でき、かつ検証可能な記憶は、まず間違い無く正しいだろう
一方、
「昨日の夕食のおかずの味」
のように、論理的に整理できず、かつ検証不可能な記憶は、正誤を確かめようが無い。

33 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:25:11
人参100g、塩小匙二杯 云々

34 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:30:42
>>33
その日の気象条件等により、同じ材料を使ったからといって、同じ味が出るとは限らない。
よしんば、同じ味のおかずが出来たとしても、健康状態や気分により、感じ方が異なるだろう。
すなわち、検証するならば、時を遡って昨日の自分と一致しなくてはならず
言うまでも無くそれは不可能だ。

35 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:37:39
すると、同じという語だけ変わらないものであるという前提があるようだけど
そこらへんはどうなの?

36 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:42:48
「同じという語」が変わろうと、変わらまいと主張には何ら影響は無い。
むしろ、「同じという語」が変わるものであるならば
「正誤を確かめようが無い」という主張を、より堅固にするだけであり
願ったり叶ったりである。

37 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 21:58:24
君の主張は同じではない。どれが言いたい事なんだ。

38 :ローカルルール審議中:2005/04/08(金) 22:01:49
>>37
明晰に記憶できるものは、明晰に記憶できる。
曖昧にしか記憶できないものは、曖昧にしか記憶できない。
「記憶一般」が、正しいか誤っているかは、はっきりさせられない。
これだけのことだ。

39 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 01:05:16
消したい過去でもあるのか

記憶は正しくない前提で生活してみろ
何にもできないから
わからなきゃやってみ?

40 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 01:33:15
認識と記憶は一定以上正しくないと淘汰されるんじゃないでしょうか?

41 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 01:46:28
>>1は名無しで潜伏なのか?
>>20>>30>>39に対する答えが聞きたい

42 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 01:50:15
>>41
哲学板では、スレ立て主はいてもいなくても構わんとです。

43 :権力を傘にする弱者:2005/04/09(土) 01:50:46
>>41
そのコテハンは正確ではないので、改姓しろよ
「ローカルルール審議中」つー自己(勝手)陶酔コテハン・・改め
→「2ちゃんねるの警官(に憧れる)ピッグ(「豚」みたいな馬鹿)」
又は
→「子豚志望者」
又は
→「審議される奴は怪しいので全員検挙!」

のほうがおまえの正体を現すのに判り易いから。




44 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 02:04:50
>>43
すみません理解力が足りないせいで何が言いたいのかがいまいち掴めません。
もう少し分かりやすくお願いします。
あと念の為聞きたいんですけど外国人じゃありませんよね?

45 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 02:07:18
記憶の内容を否定されるよりも、記憶してること自体を否定される方がキツい

46 :7:2005/04/09(土) 07:09:49
>>45
具体例きぼん

47 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 10:01:18
>>42 >>43
IDが出ないとやりたい放題だな

48 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 13:18:30
>>7実はアンドロイドやクローンだったという話

49 :ローカルルール審議中:2005/04/09(土) 22:52:03
>>48
機能が同じならたいしてショックではないな。

50 :7:2005/04/10(日) 07:56:36
>>48
それって>>46へのレス?
>>45の「記憶の内容」と「記憶してること自体」の区別がよくわからないんだが、
つまり、
あの時食べたのがうどんだったかそばだったかというような細かい事じゃなくて
18年間の人生が全て幻で
実は1ヶ月前に作られたばかりのロボットでした
とか、そういう話の事ですか。

つまり細かな内容を否定されるよりも、まるごと否定される方がキツいという話か。
そりゃそうだろうな。

51 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 15:09:17
>>50
まるごと否定されると何か困るのか?

新しい環境に適応すればいい話だろ。

52 :7:2005/04/10(日) 15:14:04
>>51
あなたの今までの人生の全て、
初恋のほろ苦い想い出も、親友と喧嘩して仲直りした事も
何もかも全て嘘で
そんな事はありませんでしたー
ってわかったら、キツくないすか?

まあ確かに、新しい暮らしをしていけばいいじゃんって気もしますがw

53 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 15:50:27
だから、歌麻呂は駄目なんだ。お前が人に施す事は駄目な事以外がない。
お前は全て駄目ではないだろうから、給料をもらったら税金を納めて、
人に優しくなさい。

54 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 16:10:39
親友は友達の中で親しいやつを親友と言うんだろう。
特に親しくなくなったら友人だよ。
そして、付き合いも無くなるものは知り合いだ。
思い出す事もなくなった奴は隣人だ。
隣人は近所に住んでいたものということだ。
親友が喧嘩しただかなんだかしらないけど、そいつと他の要因を加えて
親友であったのであり、他の要因が無くなったので、その要因に従属し
てた親友がそれに伴い親友の枠組みから外れた。同じ状態にしたいので
あれば、親友はその要因に従属しているものであるから、要因であるか
、要因が無いかが親友である事を支えているのだ。
将来、その要因が無くなる度に、親友であったり、親友でないものにな
る。

55 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 16:14:45
親友は心と心で繋がっている奴だなんていう雑誌の切抜きの記憶の可能性
でも相手の考えだと解釈したんだろうけど、本来、自分中にないものだな
あと考えたら、肯定の仕様がみつからないわな。
僕たちはパソコンで繋がってるけど、親友かい?

56 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 16:37:27
ある親友がいた。
あなたはその人が親友であると考えていたのである。
だが、あなたは、何かがあり、そして、その人が親友ではないと考えるようになった。
何かがあり、同時に親友であることができないのである。
親友であるには、先ずこのようなものがなければならない。
それ故に、その人がそのようなものを無くしてしまった、
或いは、何かが同時に親友を成り立たせないのである。
親友は、友人であり、そして、友人を強調する親しいという語が付けられている。
その人は友人であり、親しい。つまり、それが親友なのである。
従って、友人であり、且つ親しい理由が他の友人に加わっているものである。
それ故に、これらのものでないものは友人ではないと考えるのである。

57 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 19:05:48
>>7
ちなみにほんとの45は予想外の展開を楽しんでますよ

58 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 19:11:20
でもまあ、自分が言いたかったのは
「おれ確か、おとといビフテキ食ったよな」と言ったときに、
「おまえ、きのうインドから帰ったばっかじゃん」
と突っ込まれて、困ってしまうようなことだったんだけどな

59 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 21:41:40
記憶がすべて正しいとは限らない。
これで終わり。ゴタゴタ言うな。

60 :四式:2005/04/10(日) 21:52:53
人間、忘却があるから生きていけるようなもんさ。

61 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 22:02:50
>>58
え?インドじゃビフテキ食えないの?

62 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 22:04:13
インドでは牛は神聖な動物です。

63 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 23:37:20
>>62
ホテルとか空港とかでも出してないかな〜

64 :ローカルルール審議中:2005/04/10(日) 23:40:35
1は池沼・

65 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 00:14:03
重要な記憶違いがひとつでも見つかれば結構面白いと思うが、なかなかそこまでいかないな。

例えば自分だけ前アメリカ大統領はクリントンだと思っているのに他の全員が「前大統領はスチュアートに決まってるだろ」といってて、新聞やなんかも全部スチュアートになってたら、すごいんだが。

ちょっとした記憶違いはよくあるが、こういうすごい間違いはなかなかないな。


66 :1:2005/04/11(月) 00:25:09
>>30
>呼んでいる人間には意味が伝わらない事態が容易に想定できる
その通りですが、何故か意味が伝わるのが謎です。

>>35
同じという語は、絶対的な感覚の一つではないでしょうか。
数・数学なんかも、記憶とは全く関係が無く、
変わらない絶対的な感覚でしょう。

>>37-38
結論から表記すると「なぜ記憶のような不確定な概念を行動の基盤にするか」
ですね。記憶は正確でないから、
記憶を基にして生活するのは
理論的には危険なはずです。

67 :1:2005/04/11(月) 00:31:22
>>39
おそらく本能や直感と呼ばれる概念で行動すると思います。
自分が>>66とプラスして言いたいのは、
記憶に確証はないから、
記憶に変わる絶対的な概念を探そう、という事です。

>>59
だから、記憶に変わる絶対的な概念、
それを探してるんです。

自分が人間であるという記憶すら間違ってたら?
明日はどんな生活が待ってるのでしょう

68 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 00:48:18
>>67
では、記憶に代わる絶対的な概念「記録」を提唱しよう

おや?昨日書いた記録はどれであるかな?

69 :思うんだがな:2005/04/11(月) 00:51:40
>>26はなぜ素通りされてしまったんだろうな
思考が記憶の産物であれば、記憶に変わる絶対的な概念など無いだろうに
脊髄反射で文章を書いてるわけじゃあるまい?

70 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 06:30:33
記録した言語を忘れたらどうしよう

71 :7:2005/04/11(月) 07:42:00
>>1は文字とか書物の役割をどう考えてるんだろうなあ。

72 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 16:34:01
ヒント:アルコールと睡眠薬による健忘

73 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 17:07:07
ヒント:斜面とバナナの皮による転倒

74 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 17:18:54
ヒント:ペットボトルと生卵による活動

75 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 17:44:16
テストは記憶だろ

76 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 21:20:20
>>1さんの言葉使いは独特だね。
ていうか、正直言って「感覚」や「概念」とかの使い方がかなり普通じゃないと思う。
もしかしたら「記憶」って言葉の意味も普通と違う使い方してるのかも?!


77 :7:2005/04/11(月) 21:42:24
>>76
独特っていうかぶっちゃけ間違ってるだろ。
>>22-30あたりのやりとりで俺はそう思った。
でも>>1以外の会話でスレが進みそうだからまあいいかなみたいな。

これはカンだが>>1は2chで強い意見やよしりんなどに染まっていて
社会科の教育だとか慰安婦関係の人だとか南京事件関係の人だとかを弾劾したいんぢゃねーの?
それを変に隠して一般論に拡げようとしたせいでスレタイとか変な具合になったみてーな。

78 :1:2005/04/11(月) 22:07:20
>>68 >>71
物理的に存在するものも、それが〜ならば正しいという
条件があるので確証は持てません

>>26 >>69
>記憶に変わる絶対的な概念
数学といった理論がそうです
脊髄反射で書いていると言うか、
今この瞬間、
なぜか分からないけど(本能とか感情と呼ぶのでしょうが)
書きたいと感じるので書いてるのです。

79 :1:2005/04/11(月) 22:11:43
>>76-77
どこら辺が間違っているか、
細かく述べてくれませんか?
>>22-30の『過去に習った事と過去に体験した事』ならば、
習った事も習ったという記憶が前提なので、
記憶に分類されると思ったのです。

>>77確証がないのにカンを使うのは
よくありませんね。
どうせならば良いほうに解釈しましょう。

80 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 22:30:33
記憶なんてのは、知的能力の基本機能であるが故に
これが崩壊した暁には、知的活動自体が崩壊することに他ならないから
記憶の崩壊を危惧するのは無意味と言って過言ではないな。

81 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 22:59:00
>>78
はて?これはわしが書いたもんじゃったかの?
わからんの〜
はて?わしの家の門に書いてあるこれは何じゃろう?「山田」とかいてあるが…

ほ?「1」はなんじゃ?
「+」とは何じゃろうな
また「1」があるが、その後の「=」もわからん
「2」はたぶん目の前のでっかい水溜りに浮いとる白鳥ボートじゃな
ほう!「1」は人か!
1+1=2とは、アベックで手を繋いで白鳥ボートに乗ることじゃな
じゃとすると「=」は桟橋かの

記憶によらずに脊髄反射で書くとこうなる可能性もあるな

82 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 23:04:18
ヒント:エピソード記憶と意味記憶

83 :1:2005/04/11(月) 23:21:21
>>80
それが問題なんですよ。
記憶は確証が持てない
(例で言えば>>48-52)から、知的活動自体が確証がないのです。
自分が人間で今まで教えられた・経験した事が正しい
という記憶が正しい確証は?
可能性ならば何だって考えられるし、有ります。

記憶は当てにならないので、
絶対な概念・感覚を探そうという訳です。

84 :1:2005/04/11(月) 23:25:55
>>81
そうなる可能性もありますが、数学・数という概念は
表記する記号が変わるだけで
絶対ではないでしょうか?
別に円周率を『手を繋いでいる白鳥』
と表記してもいい訳ですし。

85 :名無しさん:2005/04/11(月) 23:26:24
まあでも記憶が一番あてになるんだけどな
普通は

86 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 23:29:30
>>83
わからん奴だな。
記憶が成立しないとしたら、知的活動自体が成立しないと言って過言ではないのだから
その時点にまで達してしまった場合、「記憶が成立しなかったらどうしよう!」
などという、知的な問いも成立しないっての。

87 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 23:31:57
心理学で刑事事件の目撃証言の研究などから
記憶が正しいとは言えないと言う事はずいぶん前から言われている。

人間の普遍性と一貫性を前提とする哲学こそ異常。
もう過去の死んだ学問ですよ哲学は。

88 :ローカルルール審議中:2005/04/11(月) 23:52:59
曖昧にしか記憶できない事柄と、かなり確実に記憶できる事柄を、ごっちゃにしちゃいかんな。
「記憶というもの全て」が成立しなかったら、人間の活動が成立しない。

89 :1:2005/04/12(火) 00:05:28
>>85
『普通は記憶があてになる』のは記憶が正しい場合ですね

>>86記憶が成立しなくても、大抵の人は
『次に自分は何をすべきか?』という知的(?)な問いを知覚します。
次=明日 何=様々な概念 で、
さて様々な概念が確証を持てないので、
何をすべきか、行動できなくなるのでは?
それで絶対な、確証を持てる概念を
探してるのです。

90 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 00:24:02
>>88
自分の曖昧な記憶と確実な記憶を分離出来る根拠はどこにあるんだ?
もういい加減人間の普遍性と一貫性に固執する異常ささから目覚めろよ。
そこから全く新しい人間観と哲学、
多様性と複雑性を前提とした哲学が生まれる可能性だってあるんだぞ。

91 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 00:37:41
>>84
表記する記号が計算の途中に変わったら、計算にならないでしょう
計算が終わるまで記憶が残っているとは限らないんですから
先ほどの話で言えば

ほ?
1+1=2じゃと?
「1」は棒じゃな
「+」は棒が二つかの?
ん?「1」とは何じゃったかの、さっきなんぞあったが忘れたのう
その後の「=」もわからん
「2」はたぶん目の前のでっかい水溜りに浮いとる白鳥じゃな
「1」 はなんじゃったか忘れたがええ
なんぞ白鳥の料理方法だろうからの

本能丸出しの脊髄反射の例ですよ

92 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 01:06:23
哲学として考えるなら、記憶に対するあたらしい概念化が必要だな。
チンパンジーやミジンコやタンポポの生態にも記憶が働いており、
結晶構造も惑星の軌道も記憶によるものであるのか?物質の法則性を記憶というのか。

知識記憶、経験記憶、方法記憶の分類だけでは思索にとって十分ではない。

93 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 01:45:31
>>90
「今日どこで何した」ってのは曖昧だろ
学問における記憶はかなり確実だろ
学問における記憶が曖昧なのは、頭が悪いだけだ。


94 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/04/12(火) 01:47:28
>>89
 思考実験として、ウイスキーを一本三十秒以内に飲み干してみるのもいいかもしれない。
たぶんそんな余裕ぶっこいた問いを知覚できなくなるから。未成年だったらまだ待てよ!
ホントに記憶が朧になる状態っていうのは泥酔状態とか危篤状態だよ。
最初っから考えてる余裕なんてないの。 ドラマや小説の「記憶喪失」っていうのは
脳に情報がたまりすぎてパンクしている時に、いくつかの複雑or衝撃的な記憶を
思い出せないように封印することだと考えられてる。つまりは記憶は成立してるけど
一部制限されてる状態だと。

 行動できなくなるのを恐れるなら、交通事故に気をつけて酒を飲み過ぎないようにしなさい。
夜遊びはほどほどに。

95 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 01:55:17
>>89
記憶が成立しなければ、日常生活は破綻するな。

96 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 02:01:18
記憶は神の使者である天使が司っています

97 :1:2005/04/12(火) 02:49:44
>>91 >>94 >>95
自分はレス全てに反論してますが、
そろそろ何言っても無駄と思われるかもしれないので、
目的を書きます。

記憶に確証を持てないから、もしかしたら、明日、
どんな災難というか自分にとって良くない事が起きるか分からない。
もっと言えば、自分は今寝て起きたら自分じゃないかもしれない。
今は悠々と哲学を考えられる程の余裕がありますが、
一気にその余裕や生活の安全が消える。

日常的に考えれば妄想や恐怖症に近いかもしれませんが、
今のこの『宇宙があって、自分が人間で、経験・習った事が正しい』
ということ自体が間違ってたら、
そういう妄想や恐怖も現実になる。
どうやってそれを避けようか?という方法を探してるのです。

98 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 03:24:50
>>97
もしそのような状態になったら、そうなる前の不安は全て消えうせるから
そのような心配は無意味と言える。
そのような不安は、「記憶を失うという状態でないからこそ」抱く不安である
それがわかっているから、俺はそのような不安を抱かない。
つまり、避ける保証を担保する必要が無い不安なのだ。

99 :思うんだがな:2005/04/12(火) 03:34:09
>>97
あんたの罪は最初にそれを書かなかったことに有るんじゃないかな
記憶と言っても、短期・短期記憶やら、学習やら、経験による反射行動やら、色々あるわけだ
その辺を全てあいまいにしたまま話をしてたから、収拾が付かなくなったのではないかな

100 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 03:35:23
俺の経験上、泥酔して死にかけていたとき、真っ先に思ったのが、死ぬかも?だった。
身体危険に対する感覚は一般に言われる記憶より、アプリオリ。


101 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/12(火) 03:41:53
>>1>>97
記憶が正しいなどという前提はナイ
ただ、記憶というものがある事によって
我々は、生活を進歩させていける
だから記憶という能力を活用しているにすぎない
記憶とは正しいものであるのかないのという問題以前に
認識そのものが正しいのか正しくないのかという問題もあるだろう

キミに対してアドバイスするとしたら
そういう可能性を思考実験してみるのも悪くはないが
それが避ける事のできない大きな恐怖感につながるのなら問題だと思う
マジな話
一度、神経科に行って相談してみる事を勧める

102 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 03:42:48
>>97
でだ、唐突に明日から
>記憶に確証を持てないから、もしかしたら、明日、
>どんな災難というか自分にとって良くない事が起きるか分からない。
>もっと言えば、自分は今寝て起きたら自分じゃないかもしれない。
このようになればそりゃ不安になるでしょうが、生まれたときからこうであれば別に不安にはなりません
人間と言うものは、非常に順応力の高い生き物なので、これが通常の状態であればそのように生きるだけです
もしかすると人間は、進化の過程でいくつかの能力を取りこぼしているかもしれませんが、それによって今の貴方が不安になることは無いでしょう?

あなたの不安は「急激にこのような立場に追い込まれた場合は不安」と言うだけで
「不安だからこのようなことも考えられる」とは成らないのです

不安にならない方法を一つ教えましょう
良い意味で「アホ」になってください
執着せずに適当に生きてください
そうすればこのような場面でもなんとかなります

103 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 03:52:36
1の提出した議論は哲学では実は根の深いものなんだが、
ここには「記憶」に関して深く考えた人がいないから、
議論は深まらないよ。
人生の不安とか認知心理学とか、どうでもいい横道の議論に入っちゃう。

104 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 03:56:35
>>103
だから、それが現実になったら無くなるような不安
或いは、そうでないからこそ抱き得る不安、というものは
そうでない限りにおいてのみ有効だから、無意味だと言っておる。

105 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 04:02:49
しかも、>>97においては、いつのまにか「記憶」から「今までの認識・知識」にすり替わってるし。

106 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/12(火) 04:10:22
>>103
是非その根の深さを解説してもらいたい
私は、記憶とは人間にとって基本性能として、とっても大切な能力であって
能力そのものを疑って不安になる必要などナンセンスだと言っているんだよ
ただ、いろんな角度から考察してみる事は必要ではあるけどね
>人生の不安とか認知心理学とか、どうでもいい横道の議論に入っちゃう。
不安になっているのは1なんだよ
何か勘違いしてない?

107 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/12(火) 04:25:23
1の抱いている不安を
視覚に置き換えて考えてみると面白いよ

【1:106】なぜ?視覚が正しいという前提
1 名前:ローカルルール審議中 2005/04/08(金) 02:17:09
大抵の人間は視覚を正しいという前提で生活し考えてるが、
なぜ視覚を信じる?
視覚が正しいかどうかなんて
分からないだろ?
なぜ視覚なんかを
考えの基盤にして生きるんだ?


目の前には視覚的には何もないとしよう
1の不安とは、自分の視覚では何もないように見えているが
実際には目の前に刀があるかもしれない
だからそれを考えると、不安で不安で仕方ない
一歩もあるけないよ と、言っているようなもんだ

108 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 06:32:39
最高位先生復活したんだ

109 :名無しさん:2005/04/12(火) 07:45:13
>>89
記憶があてになるのは記憶が正しい場合っていうのはどうなのかな
その「正しい」ていうのは「本人が正しいと思ってる」ってこと?
それとも「客観的に正しい」ってこと?どっち?

>>85は「本人には記憶が正しいかどうかはわからないが記憶を正しいと信じてみると
うまくいくことが多い」っていう意味なんだけどね


110 :7:2005/04/12(火) 08:38:02
記憶なんて不確かなものだ。
だから文字などを使って記録したり、
他人とのやり取りで確認したりする。
重要なのは他人とのやり取りだな。
そこで整合性が取れていればいいわけだ。
昨日の「俺」や一昨日の「俺」と今の「俺」が
なぜ同一なのかイマイチわからないとしても
他人との間でそういう前提で物事がスムーズに運ぶから
それでいいわけだ。

111 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 08:43:03
>>97は記憶の話ではなくて、ヒュームの懐疑論のような話ではないのか。
「未来が過去の延長線上にあるという保証はどこにもない」という不安。
これは「記憶通りの過去が存在した保証はどこにもない」という不安とは、
全く別の話だ。

112 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 10:31:44
確かに記憶が正しいなんて確証はないな。
ここが物理現実なのかどうかさえ不確かだし、
昔の自分と今の自分、今この瞬間と次の瞬間
、自分が同じ自分である保障なんてないしな。

113 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/12(火) 10:33:50
>>108
いろんなスレで、適当に遊んでいるよw
>>111
その通りだね
そういう風にとれる
しかし1が、記憶にこだわっている以上 それを分析すべきだろう
もしかすると、1は
この家に生まれ育って、ここは自分の部屋だと記憶しているが
実際には他人の家で、ここも他人の部屋なのかも知れないと、本気で悩んでいるのかも知れない
いましがたまで平和な日常生活を送ってきたと記憶しているが
実際には戦争中か何かで、外出すると危険な状態なのかも知れないと、本気で悩んでいるのかも知れない
そうすると1の記憶はおろか、精神的にもかなりヤバい状態である
明日は今の自分ではなく、庭にいるポチになっているかも知れないと本気で悩んでいるんだからね
だから神経科に行った方がイイと、アドバイスしてみたんだよ
しかし不思議なのは、言葉などの記憶には疑いを持つ事なく、人と平気で会話しているんだよね
彼は言葉の記憶に関しては、正しいという前提を持っているようだ

114 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 10:45:46
相変わらず哲学者最高位のレスは自分以外を見下すばかりで
真剣に物事を考えるという姿勢もなくて実が無いな
よっぽどストレスたまってるんだな。

115 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/12(火) 10:58:39
>>114
ん?
私は人を、見下すばかりではないよ?
今回のも何が言いたいのか、具体的なものが書かれていないから確かにストレスは感じるな
だから自分なりに客観的に分析してみたんだが
違うなら具体的に指摘してもらいたい
抽象的な事ばかりで核心を得ない主張にはストレスを感じるんだよ
キミの書き込みもそうだ
>>114に、何か真剣な姿勢や、実があるのか?
批判のための批判に終わってる
ただの悪口じゃないか
発言の根拠が見当たらない
私への批判てさ、いつもこうなんだよね

116 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 13:08:19
あんまり問題が単純だと論議し続けたい人は論理の話を始め、収集をつける方に考える人は議題が持ち上がった過程の心理分析みたいなのを始める。

議題に関しての取り扱いが自然に数学と工学の様に分化していくが会話の中ではなかなか個々の視点が相対化されず紛糾の原因になる。

よくある混沌だ。

117 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 13:43:43
>>111
となると、記憶というよりも、判断力等も含めた、「人間の知的活動」の方が適当じゃないか?
「人間の知的活動」は、それが破産したら、「破産する前の不安」という負債もちゃらになる。

118 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 13:48:10
>>115
あんた、最高位の割には哲学のセンスがほとんど無いな。

119 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 15:27:20
生活を送る上で記憶の正しさが問題になることはあまりない。その限りにおいて記憶は正しいといってよい。

しかし、本当に正しいかどうかとなると、それを確かめる方法はほとんどない。


120 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 15:39:56
家族と昔の話とかするとけっこー記憶が食い違ってるぞ。

121 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 16:07:37
アルバムを見直すと、子供の頃の自分の記憶はかなり間違ってたことに気がついた。
家族で新居に引っ越したとき、引っ越しトラックに乗って移動した記憶が
あるが、実際は叔父さんの車に乗って新居まで移動していたのだ。
かなり自分で話を作って記憶してたので、最近自分の記憶を修正した。
無根拠な自信と盲信いうものが自己の記憶と自己同一性を支えているのだろう。

122 :1:2005/04/12(火) 18:28:39
>>98 >>102
不安という感覚もありますが、
より確実な安全を求めたいという感覚の方が強いです。

>>99 >>111
さらに言うと>>112の問題をどうするかなんですよ。
『今この瞬間と次の瞬間 、自分が同じ自分である保障』というのが無いので、
結局何をやっても
次の瞬間どうなるか分からないのだから、
どうしていいか分からないのです。
記憶という感覚以外の、
確証のある何かを探しているのです。

123 :1:2005/04/12(火) 18:33:40
>最高位先生
私は記憶という感覚に代わる、
絶対的な確証のある感覚を
探しているのです。
『次の瞬間自分が自分でなくなる可能性』
を確実に回避したいという訳ですね。

124 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 18:35:23
記憶は感覚ではありません。



125 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 18:41:37
確実なものは、不確実に身をゆだねる態度の中にしか現れない。
倒れそうになったら右足を前に出し、また倒れそうになったら
左足を前に出し、そうやって前に進む姿が、バランスのとれた
歩行なのである。記憶への疑いの中でとりあえず進むことが
次第にバランスを定め、確証らしきものを生むといえよう。

126 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 20:24:18
どっちにしたって「過去」というのはすでに「存在しない」ものでしょ。
「記憶」というのは、あくまでも「「現在」の意識の状態。
だから、自分の周囲の現在の状態(他人の記憶も過去の証拠等も含む)と
自分の記憶にある程度整合性があって不都合がないなら、何も問題なし。
ただし、そう思っている自分が精神病院にいる可能性は、論理的には常に残るが、
そんなこと気にしても仕方がない。この世界が全部幻である可能性が常に残るの
と同じことだから。
それ以上の「確証」が欲しいなら信仰によるほかないのでは。



127 :ローカルルール審議中:2005/04/12(火) 21:35:08
脳より確実な記憶装置が欲しいのか?

128 :名無しさん:2005/04/12(火) 22:47:52
たぶん信じられるものがなにもない状態なんだな
だからどんな意見を聞いても信じられないだろうね

129 :わさび茶漬け:2005/04/12(火) 23:37:48
全てを疑っていった時、何が残るか?
「そのように疑っているあなた」。これは確固として残っているのではないでしょうか?
デカルトもこんな様な事を考えたようです。

また>>123のような思いは永井均さんの言う<私>という概念と
何がしかの関係があるように思えます。


130 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/13(水) 04:08:11
>>123
>自分が自分でなくなる可能性
キミの言っている「自分」は、いったいどの自分を指しているのかが、わからない
最低、数種類考えられる
順番に考えていこうか
記憶というものは過去の事であって、今現在に関しては疑っていない という事になるよね
その場合>>113に書いたように、この家に生まれ育って、ここが自分の部屋だと記憶しているが
実際には他人の家で、この部屋にも実は正規の持ち主がいて、自分はいてはいけないんじゃないか?などと考える事でしょ
更に、実際には記憶よりも根本的な、自分自身の感覚
今現在をも疑う事もできる
今こう考えているが
実は病院で植物状態で夢を見ているような状態にあるのかも知れないし不安だ というもの
これは記憶に限定される事ではなく、自分の「存在」以外の、全てを疑う懐疑論だ
しかしこの場合にも、自分は自分自身であり続ける
しかし>『次の瞬間自分が自分でなくなる可能性』 というのは
自分自身の精神が変わっちゃっうという事には、記憶も認識も関係がないよ
この場合、自分自身の自我が入れ替わっちゃう
自分が消えちゃうって事だよね
人間はいずれ死ぬんだし、その際には消えちゃうのかも知れない
消えちゃうってのが一般的であって、そんな事は、あえて話を複雑にして悩む必要もないうよな気がする
まぁいいや
キミの不安というのは、いったいどの次元の事であり、またその理由がわからないんだよね
だから対応のしようがない
もう少し理路整然と、まとめてもらえないかな

131 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 08:32:06
デカルト「通常、我考えず。故に我無し」

132 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 08:33:55
この板の奴らは記憶障害について無知なくせに、記憶こそ全てとか分かったふりしてるペテン師だらけ。

133 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/13(水) 08:48:56
>>132
では聞くが
記憶障害とは?

134 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 12:38:38
全てを疑ったらば、疑問詞だけは疑い得ないという答えに皆行き着く
はずなんだけど、誰もそういうように考えないのだろうな。
疑問詞がなければ、疑えもしないだろうに。

135 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 14:47:55
記憶障害について無知だと断定するのは典型的な記憶障害


136 :1:2005/04/13(水) 14:49:43
>>124
こういう事も、私が最初に詳しく書かなかったからいけないのですが、
私は記憶も
『記憶と呼んでいる“何か”を今この瞬間知覚している』
ということで感覚の一種と解釈し、感覚と表記しています。

>>126
>それ以上の「確証」が欲しいなら信仰によるほかないのでは。
今まで確証を得た人がいないから、
確証を持てる何かは存在しないように思えるのだと思います。

>>129
「そのように疑っているあなた」だけでなく、今この瞬間知覚している
温度や音と呼んでいるものも、感覚として存在しています。

137 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 14:54:05
記憶は見た景色や経験をそのまま蓄積するのではなく
その人物の主観に依るものである。
記憶に正確さを求めてはならない。
求めるとしたら事実性である。

138 :1:2005/04/13(水) 15:09:31
>>130上手く表現できませんが

a.現実と呼んでいるこの世界は正しいが、私はAさんでなくBさんでしたのような場合
b.現実と呼んでいるこの世界は正しいが、私がAさんという今知覚してる世界は夢で、
 実際はBさんでしたという場合
c.現実と呼んでるこの世界も正しくなく、私はAさんでもBさんでもなく、
 誰か分からない場合

ではないでしょうか。
>人間はいずれ死ぬんだし
死を特別に扱うわけではありませんが、
死ねば消えるという訳ではないのでは?
上のcの場合は死んでも私は何かを知覚するのではないでしょうか。
(例えば夢から覚めたらまた夢でまた夢が続く・・・)

私の不安、避けたい事はb.cの場合ですね。
何が起こるか、どんな苦痛も快楽もあるので。

139 :ローカルルール審議中:2005/04/13(水) 15:51:11
繰り返しますが記憶は感覚ではありません。
『記憶と呼んでいる“何か”』という風にいくら言葉を水増ししようともそれは変わりません。
したがって記憶は知覚されたりはしません。
付け加えると、数・数学も感覚ではありません。

記憶は概念ではありません。
確かに記憶という概念は存在しますが、そのことは記憶が概念であるということを意味しません。
付け加えると、本能や直感も概念ではありません。
確かに本能や直感という概念は存在しますが、そのことは本能や直感が概念であるということを意味しません。
また、概念も感覚ではないので知覚されたりはしません。

まずは知覚や概念などの小難しい言葉を使うことを自分に禁じてみてはいかがでしょう?


140 :名無しさん:2005/04/13(水) 21:07:07
そうか。
なんでもが信じられないのではなく、過去に対する記憶が信じられないんだね。
現在については信じられると。
そういう場合、過去に対する自分の記憶は間違っているかもしれないということを
思い切って受け入れてしまうことも必要かもね。あきらめっていうかね。

141 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 00:21:11
記憶が正しいと言う記憶があるから。

142 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 00:38:52 ?
その記憶を正しいと《仮定して》現状と照らし合わせて
比較検討し、行動してるだけだろ。

てか、記憶が正しいとか正しくないって何?。正しいも糞もないよ。
記憶を仮置きして、現状をサンプリングして記憶値との差を求めて、その差で
行動してみて、行動の結果を評価する。駄目なら、記憶値の訂正、修正だろ。

制御ってそういうものだが?←かなり厭味。


143 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 02:36:14
思い出っていうのは知らない内に自分の都合の良い様に
作り変えられていくものなんでしょうか。
お年寄りの思い出の事実性を知りたいです。

144 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/14(木) 05:53:21
>1さん>>138
言っている事が全くわからない
>a.現実と呼んでいるこの世界は正しいが、私はAさんでなくBさんでしたのような場合
現実と呼んでいるこの世界は正しいというのは、今認識している事実を肯定するという事だよね
しかしAさんではなくBさんだったという事は、最初の認識を否定する事になる
前の文章の前提と、後ろの文が矛盾するんだよ
意味がわからん
それからaとbの違いがよくわからん
違いは、夢だったという事が指定されているというだけ
しかしaには不安を感じず、bには不安を感じると言う
どういう事なのかな
もちろん前の文である現実と呼んでいるこの世界は正しいが、という前提と矛盾しているしね

あなたの不安を総合して考えると、記憶とかは関係なく
要するに、全ては夢なんじゃないかという事でしょう
自分が消えてしまう可能性は考えていないようだしね
だったら別にいいんじゃないですか?
夢だったら何か不都合がありますか?
「我思う ゆえに我あり」ですよ
全ての認識は疑えても、認識している私
私自身の存在は疑う余地はありません
夢の中ででも、自分自身が幸せで豊かに暮らせれば、なんら問題はないと思いますけどね
また、こんな短歌もありますよ
ゆめとおき
ゆめとちりゆく
わがみかな
なにわのことも
ゆめのまたゆめ
豊臣秀吉が、死期を目前にして
「いろいろあったけど、振り返ってみれば、全て夢みたいな事だったなぁ」と感じたわけです
過去とは、そういうものでしょう
幼かった時の記憶と、夢で見た事がゴッチャになってる場合も多いと思いますしね

145 :1:2005/04/14(木) 08:36:30
>>144
>前の文章の前提と、後ろの文が矛盾するんだよ
前の文章は、この世界の物理法則といった基本法則は正しいということです。
後ろの文章は、日常的な法則「私のデータはAさんだ」というのが正しくないということ
>それからaとbの違いがよくわからん
bの場合(夢や錯覚)は、これほど五感を認識するリアルな夢を見ている訳
ですから、瞬時に凄い苦痛を味わう可能性もあるのです
(夢の中では次何が起こるか分からない。五感が再現される悪夢を見るような感じです)
>夢の中ででも、自分自身が幸せで豊かに暮らせれば、なんら問題はないと思いますけどね
上で書いたように、夢ならば、法則が分からないので
次どういう事が起きるか分からない。
突然、悪夢に変わることがある。
そして、今の世界が夢だったら、五感全て再現される悪夢を見ることになります。
そういう事を避けたいんです。

夢や錯覚や記憶違いだとなぜ問題かといいますと、
そういった場合、物理法則のような基本法則が通用しないので、
次の瞬間どんな事態が・どんな苦痛が起きるか分からないからです。
だから、正しい法則や絶対な何かを探してるわけです。

146 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 08:49:10
>>145
別にこの世界が夢でも錯覚でもなくても「物理法則のような基本法則」
が通用するとは限りません。
物理法則はあくまでも「過去」から導き出されたもので、それが
「未来」にも通用すると考える根拠はない、というのは、ヒュームが
指摘していることです。
その意味では、人間は次の瞬間に非常な苦痛を味わうかもしれないし、
次の瞬間には犬に変わってしまうかもしれないし、雲散霧消してしまう
かもしれません。それを絶対的に否定することは不可能です。
また、物理法則に従っていても「突然の悲劇」は常に襲ってきます。
大地震や大災害やテロや交通事故、ガンの宣告、会社を解雇される、等々。
それを考えれば、あなたの悩みは別に特別なものでもないし、特に解決する
必要があるとも思われません。

147 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/14(木) 09:00:24
>>145
あはは!
正直、キミの波長に同調させると頭が痛くなりそうだw
きわどい所を歩いているねぇ
あきらめる所はあきらめて、観念と論理性のバランスを取れれば素質アリかもなんだけど
不安になるというのは危険だね
バランスがとれないでいるようだ
だから観念論的な補足をしていいのかどうか迷うところだね

今までの人生でさ
キミが不安になるような、そういう体験をした事あるの??
ないでしょ?
だったら今から不安になる必要なんて無いと思うよ?
無駄な不安感だね

148 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 09:30:00

あっちゃんへ

2chやめて、
まっとうな人に戻ってください


ゆう


149 :ローカルルール審議中:2005/04/14(木) 14:47:08
いっそ「これが現実だったらどうしよう」と考えるような状態に自分を追い込んでみれば?
1999年にはこの手合いの親戚が結構いたらしいよ

150 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 09:11:10
デカルトは「我思うゆえに我あり」といいましたが
その“我”というのは、今の、この時間的幅のない一瞬の“我”のみが
確実なのであって、数秒後の“我”が確実であるとは言っていないのかな。

今保持している“記憶”が、この一瞬後に何者かに摩り替えられて
まったくの別人になってしまっているということも可能性がある?

だったら、努力というものが無意味化してしまって、虚しいですよね・・・

151 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 09:19:48
我思う故に我アリ、というのが全く理解できない。

我があるという感覚が理解できないな。
私の〜がある、という感覚はあるけど、我そのものがあるという気にはならない。
我の感覚、我の気分、我の気持ちはあるというのは分かるんだが。
社会から私の責任を持たされてるという感覚はあるけど、それが我という
感じはしないし。

152 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 09:57:46
“私”が認知できるものって極端にいって
“我”と“記憶”以外なにかありうるんでしょうか。

153 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 10:07:55
我を意識するのは不可能だと思うんだけど。
理屈として我という不動点がある、我という動かない一点がないと
認識は始まらないというのは分かるんだが、
それはあくまでも理屈であって、実際は我の気分とか社会的アイデンティティ
しか意識できないんじゃないかな。それは、「私の〜」という私の所有物
であって、それは我そのものじゃないと思う。

154 :1:2005/04/16(土) 21:27:27
>>146
でも大抵の人は〜はどれ位の確立で回避できる、起こるとか考えるわけじゃないですか。
癌や交通事故には気をつけるけど、同じくらいに大災害やテロを怖がりはしないと思います。
その、〜は気をつけるけど〜はあまり考えない、というのが不思議です。
物理法則が当てにならないなら、交通事故の可能性も太陽が爆発する可能性も、
どちらも確立は同じかもしれませんが、なぜ太陽の爆発は注意しないのでしょうか?

>>147
>今までの人生でさ
>キミが不安になるような、そういう体験をした事あるの??
今までの人生が錯覚だった場合、そういう体験をしてなくてもしてても
変わりないので、私は体験してませんが無駄ではないと思います。

>>149
その方法はもっといろいろ試してからにします。

155 :1:2005/04/16(土) 21:34:02
>>150
努力が無意味になるならまだいいですが、
例えば動物になって生きながら実験されたりとか、
そういう苦痛を味わう可能性があるので、危険ですね。。。

>>152
それは我という何かを認知できる存在が認知できることは何かですか?
それとも我は何を認知できるかですか?
おそらく後者だと思いますが、
虫とかは我や記憶なんて無いと思いますが、
快苦は感じるのではないでしょうか。

156 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:57:32
私と云うのはこの体(物体)が経験してきた記憶の繋がり
仮にいつの間にか魂が入れ替わっていたとしても
その私(体)は入れ替わったとは認識していない。

157 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 04:56:44
太陽の爆発など、対処法の全く無いものが心配ならば
休み明けにでも、精神病院に行くとよい。

158 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/04/17(日) 05:57:08
>>157
なぜか笑いが止まらん

笑いってさ
健康にいいんだってね
ありがとうw

159 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 10:03:46
>>156
それが怖いんじゃないかな

160 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 11:17:04
哲学の議論ではなく、病気かどうかの話にそれてきたな。
つまらん。本気で怖いなら確実に病気だ。
しかしそういう結論に持って行きたいなら、つまらんと一言、
言っておこう。

161 :1:2005/04/17(日) 20:34:37
>>157-158>>160
本気で怖い訳ではないですね。度合いでいうと、海水浴場で鮫に食われる心配と
同じ程度でしょうか。
しかし、よくよく考えると>>146の問題は重大です。
今まで物理法則は正しいと思って生活してましたが、
明日変わるかもしれないと分かると、さてどうしましょうか?
という事です。
感情でいうと怖いとはあまり思ってません。
“次の瞬間何がどうなるか全く分からない”
という事実にどう対処しようか探っているのです。
それで、感覚とは何か?意識とは何か?という問題になってくると
思うので、>>150-153の流れに持って生きたいです>>160

162 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 21:00:56
>>161
146ですでに答えは出ていると思います。基本命題を「信」じないと
思考はできませんし、数学など公理は「信じる」しかないのです。
次の瞬間は大丈夫だろうと信じるしかありません。
このスレッドに来る人はバカばかりなので、
出発点として他の命題を証明するべき前提になる基本命題は、
信じる他はないという事を知らないのです。
ですからあなたに的外れなレスしかできないのです。
あなたがいる場所は、もはや考える地点ではなく
信じるしかない地点なのです。

それから、、、哲学者最高位という人は哲学板では有名な馬鹿なので
無視してください。

163 :1:2005/04/17(日) 21:23:40
>>162
>もはや考える地点ではなく信じるしかない地点なのです。
これは、理論の範囲での話ですよね?
神の有無とか、理論では解釈しかできない事は
可能性を選択する(信じる)しかないという事ですよね?

ですが、理論というのも、人間が、意識が感じる何かの一つでは
ないでしょうか。
“絶対”を意識が感じることができるかどうか、おそらく感じることはできない
という結論になると思いますが、
それは今までの記憶を参照して、自分が人間であり、〜という方法で理論を考えることができて、
また今まで意識や絶対を完全に解決した人はいない、
という考えの元に諦めているように思えます(表現が難しいですが)。
ですので、『基本命題は信じる他はない』ということを、
例えば理論の元になる意識といった段階から扱い、
『信じる他はない』という以外の結論を探ってみませんか?
という方向に持って行きたいのです。

哲学者最高位さんは、どんなレスでも私が立てたスレなので、
答えた方がいいと思っていました。

164 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 21:50:13
>>163
>>もはや考える地点ではなく信じるしかない地点なのです。
>これは、理論の範囲での話ですよね?

全てにおいてだろ?
>>146が言っているのは、「次の瞬間世の中の物理法則事態が変わる可能性だって捨てきれない」ということだろ?
神の存在だろうと、算数だろうと、証明した次の瞬間に霧散する可能性があるってことだろ?
「過去は現在を通してそのまま未来に繋がっている」こう信じなければ明日の弁当の話も出来ないってことだろう?


165 :1:2005/04/17(日) 22:01:37
>>164さん
表現不足でした。
『理論で証明する範囲の話』ですよね?
物事を証明するには、人間・意識は理論を使いますが、
理論でできないのだから理論以外の何かを探し、
それで絶対を証明しようということです。

理論以外の何かなんてある訳が無い、と思う人が大半だと思いますが、
そう思うのは『記憶を基にして作られた理論』が基になってるので、
記憶が絶対ではないと証明されれば、
「理論以外の何かなんてある訳が無い」と思うのも絶対ではないので、
可能性はある、と考えているのです。

166 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 22:08:36
>>165の言いたい事は分かるような気がする。
記憶の完全性や絶対性を否定する何かが、今度は確実性を保証するものとして
現れるということなのかな。

167 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 22:31:24
今この掲示板で、交わされているのは言葉を使った会話・議論であり
これは暗黙の定義、共通認識があるから始めて成り立つもの。
これなしに議論も理論も出来ない。
もし貴方(>>1)が感覚的に感じた何かを説明し共感を得たければ
言葉や数式・図に置き換えて説明するしかない、テレパシーでも使えれば別だが。
感覚的に感じた何かを言葉に置き換えられないケースが多いとは思うが。

168 :1:2005/04/19(火) 16:59:42
>>166
そうです。
『基本命題は信じる他はない』という結論は、理論によるものですから、
理論が間違っていた・完全でないと証明されれば、その結論も間違っていますし、
そもそも理論でしか絶対を証明できないという訳でもないと思います。

169 :bbs:2005/04/19(火) 17:10:24
もしも「条件」が存在しなければ論理は「成り立たない」ために消滅します。
しかし、ないものはないのでしょうか。
例えば、極端な例ですとブラックホールの底には時間も空間もありません。
ですけど、あるものの中ではそれは「ないもの」として存在を保証されるわけです。
つまりこれは、ないものがあるとしてそのないことを根拠にしてあるものをあるとする考え方です。
つまり、全ての根拠は「ないことそのものの存在性」が原因だと思うのです。

170 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 19:51:14
なにもしないをしよう。というコピーがありますが、実際には
「している」のか、「していない」のか。とうことですね?

171 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 21:44:09
老子の時代に既出です。

表面的な有無は本質ではなく、差異のあるのが「有」、差異のないのが「無」、ということです。

ドーナツの穴は有であり、水の分子は(誰かが指差すまでは)無なのです。

172 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 23:25:32
記憶が正しい事を我々は産まれた後の経験により、それが信じるに足る情報である事を学ぶのである

173 :1:2005/04/20(水) 02:37:16
>>162はもういないでしょうか?
『信じるしかない地点』という様に信じているのではないでしょうか?
>>163-166にはどう感じますか?

174 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 15:09:02
ココデスカ、トクベツ ヨーゴ ロージン ホーム?

175 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 22:59:24
記憶はフロッピーの中のデータのような物。磁石で中の情報が狂っても
PCはその情報をもとにしか処理できない。やるならば、他人のフロッピーを
いくつか参照して、それらが一致していれば、自分が間違ってた事とするのもいいだろう。

だから、「正しい」とはなにか、とかは疑ってはいけない。コンピュータも、電流が流れるか流れないかで
0,1を定めているけれど、コンピューターやそれを作った人も、その「電子とはなにか」までは知らないだろう。
でもちゃんと動いている。ちゃんと動作している。人間もそんなもんだろう。究極原理なんて誰も知らないけれど
記憶が正しいものとするというルールが自然に出来ているのだろう。コンピューターが、それを作った人を知らないように
人間も、なぜ「記憶が正しいか」、その理由はわかるものか・・・

176 :わさび茶漬け:2005/04/22(金) 13:05:40
>>165
>理論以外の何か
今の所、これで思いつくのは、攻殻機動隊のような世界ですね。
ハードウェアとしての脳をドンドン拡張していく、色々な認識機構を付けたり外したりを繰り返していく。
その中でならば、今の人間が行っている思考方式・認識方法といったものを相対的な方法として俯瞰できるようになるでしょう。

しかしこのハードウェアとしての脳の拡張も、宇宙の広さ以上の脳は作れない、といったような
何らかの限界があって、その限界の外側に関しては何も試せないし知りえない、こういう壁に突き当たることになるのも確かでしょう。
そして最終的には、当該限界の内側において「確固とした何か」を知る事は可能なのか?
ここに行き着くのでしょう。が、これはまさにこの宇宙の構造次第。

177 :ローカルルール審議中:2005/04/22(金) 21:03:13
単体のコンピュータにあるデータを持たせたが、データ内容の信頼性を疑った
そこでネットされた複数のコンピュータにそれぞれバックアップを持たせ、その同期を多数決で図る事により信頼性を保とうとした
ネット内にウイルスが混入され、データの一斉改変が起こる危険があるため、複数の独立したネットでデータを保管する
独立したネットは一定時間でリンクしあい、データの同期を取る
データ同期の感覚を狙いウイルスの蔓延があるかもしれないので・・・




まあ、複数種類のメディアにバックアップするなどやり方はあるが、結局この道をたどる
要するに、絶対で完全な一致を求めるかぎり、どんなにネットの規模を広げてもムダ

178 :ローカルルール審議中:2005/04/22(金) 21:18:17 ?
ぬるぽ


179 :ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 06:29:27
>>1は最近哲学を知ったのでしょうか?

180 :1:2005/04/23(土) 21:30:14
>>175
>記憶が正しいものとするというルールが自然に出来ている
それが、可能性を考えると
正しくないんですよ。
例えば>>145で五感全て再現される夢を見ているのが今、
ということも考えられます

>>176
宇宙の構造次第というのは、思考が脳で行われているという、唯識論の場合ですよね。
唯物論という考えになる基の記憶が間違っていたら?
私は、脳の拡張もいいと思いますが、
意識とは何か?感覚とは何か?といった、>>150-153
あたりがヒントに思えてならないです。
永井均さんの<<私>>もヒントかもしれません。

181 :ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 23:31:05
記憶が疑わしいとか言い出したら今感じてるものも疑わしいだろ。
両方とも錯覚の可能性があるってことでは共通だし。
記憶が間違ってるとした時起こる障害を挙げてみよう。
1、確実に人生失敗する
2、経験の意味がなくなる
3、環境に対応できない

生物は経験から遺伝的情報を集める(その際自分自身進化する)ということをするしな。
生物の行動の基本はよりうまく生きて仲間を増やすということなわけだが。
人間に関しては「よりうまく生きる」が前面に出すぎているが。
記憶が最も大切であることは間違いない。それはほぼ確実なものでなければならないということ

確かに記憶が曖昧なところがある。
よりうまく生きるためには人格形成は大事であり、そこで記憶操作は多少されるかもしれない。
(つまり記憶を疑うのは自分の人格すら疑うことになる)
しかしほとんどの場合記憶は確実なものである。
さらに言えば複数人が錯覚することはほぼありえないので、共有の記憶はほぼ絶対である。

そういうことを考えると記憶を疑うということは全てを疑うことに繋がる無駄なことである。
というわけでこのスレ終了

182 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 02:56:14
懐疑主義者って、無自覚で人を不毛の底へ陥れて、自分では全く結論を導き出そうと努力しないで
「わからない」「そう思えない」」「〜の可能性もある」を連呼する詭弁家。

183 :1:2005/04/24(日) 23:22:07
>>181
今の世界が、五感全て再現される夢やマトリクスのような世界の可能性もあり、
そうすると記憶の正確さは失われます。
>>182では、確証の無い法則に従うんですか?
私は、意識とは何か?絶対とは何か?感覚とは何か?自分とは何か?法則とは何か?理論とは何か?
そういった事を解明すれば解に近づくと思うんですけどね。

184 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 23:36:51
>>183
>私は、意識とは何か?絶対とは何か?感覚とは何か?自分とは何か?法則とは何か?理論とは何か?
>そういった事を解明すれば解に近づくと思うんですけどね。
解明したと思ったものが夢幻である可能性は?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1093205832/230-231
こんなふうにね♪

185 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 23:42:59




山崎拓、勝ったねw






186 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 00:16:00
すべてが俺の夢幻だとしたら。

俺の脳内で「山拓」の画像を1からつくりあげて、あの女性スキャンダルの
週刊誌の記事も、おれが「読んだ」範囲内において俺の脳があの記事を書いたわけか。

俺の夢でありながら、俺の「無関心」な事件が多すぎるぞ。やっぱり実感としてはすべてが
おれの夢って言うのは無理がある。そう感じる。

187 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 00:56:40
全て夢だとしても夢としての記憶は維持されてるわけだが。

188 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 01:42:10
>>187
その記憶は錯覚かもしれない
目覚めた途端に朝露のごとく消え去るかもしれない
そもそも夢としての記憶があったような気がするだけかもしれない
1に対してこのまま何も手を打たないと、1は重度の離人症になってしまうかもしれない

189 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 03:13:40
仏教のアーラヤ識って観点もあるわな。
俺はシムピープルの住人の可能性もあるってことで。
あはは

190 :1:2005/04/25(月) 20:41:47
>>184
>「それは、あなたが勝手に言ってるだけでしょう!」
理論の段階ではそうなりますね。
つまり、理論以外の何かで解明すればいいのです。
できるかどうかは、前例が無いのでできないと思われることが多いだけだと思っています
>>186
夢は夢という自覚がなく、またまったく普段は意識してない事も見るでしょう。
それに、夢だけでなくマトリクスのような科学技術により錯覚を見せられている可能性もあります
>>188
物理法則が変わると思っても、脊髄反射で本能には従っているし、それに
常識的な基本命題を選択しているのでそれはないでしょう
>>189
仏教よりも、永井均さんの方が根源に近いと思います
そもそも、なぜ知覚しているのか?私は何か?の方が、根源でしょう。

ところで>>162は基本命題について考察が深いようですが、私の問いに何かヒントはありませんか?

191 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 22:05:36
>>190
>>「それは、あなたが勝手に言ってるだけでしょう!」
>理論の段階ではそうなりますね。

見事に読み違えられちまった
リンク先の文を例に活用したかったことは
「見事解明した!」と思ったことが、実は愚にも付かない戯言であるかもしれないって事
次の瞬間、根本から覆されるってのはこういうことだよ
物理法則が変わると同時に、脊髄反射自体も変容しているかもしれないって事
物理法則が変われば、常識だって変わるだろ?

それに、常識ってのはただの「おやくそく」にすぎない
世の中には、常識を疑うような出来事がいくつもあるだろ
今日のニュースとかな・・・

192 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 22:07:24
>>1
なぜって、俺のゴーストがそうつぶやくのさ。


193 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 22:35:47
そのゴーストをしてそうつぶやかせしめるモノについて考えたいのだよ。

194 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 23:06:46
>今の世界が、五感全て再現される夢やマトリクスのような世界の可能性もあり、
>そうすると記憶の正確さは失われます。
どっちにしても自分の人格や感じているものさえも疑わしいことに変わりはないだろ。

人間はリアリティとバーチャリティの二つの側面を持っている。
何かにのめり込んでいる時はバーチャリティの性質が強くなり、実感(記憶なども)は薄れる。
逆に五感さえちゃんと働いていればリアリティの性質が強まり、実感(記憶なども)は強まる。
夢はバーチャリティの性質を持っているが、それは五感などが薄れているためであり、
五感が生まれればリアリティの性質と共に実感(記憶など)が強まるのは当然である。
っていうかマトリックスみたいなクサレ映画見てないからどんな内容か知らんがな。
リアルであればあるほど実感(記憶など)が強まるのは言うまでもない。
先にも言ったが記憶などは生きるためにあるのであるからして、
リアリティ性(より現実のようであればあるほど)が強まれば強まる程生きるために記憶は引き出されるはずだ。
五感が全て再現された夢ならば最大限の記憶が引き出されるだろう。
っていうか生き死にの関係ない夢で生きるための五感が全て引き出されること自体がありえないが。
少なくともその夢の中での記憶はほぼ完全に正しいはずだな。
そして1は何が言いたいのか。>>1読むと夢とか何とか関係ないんだけど。
この世界がなんであろうとこの世界での記憶が正しいことには変わりないしな。

195 :ローカルルール審議中:2005/04/25(月) 23:32:58
>>192
それ、ゴーストじゃなくて電波だよ・・・

196 : 好事苑 :2005/04/26(火) 00:43:45
【ゴースト】一部の病院で患者が好んで使うことば。
       医師の説明によると脳腫瘍患者に多く
       観られる傾向だという。

197 :1:2005/04/26(火) 17:52:41
>>191
表現不足でした。
『理論を使った方法で解明した段階』では覆られますね。
私も、理論では覆されると思っています。
それに、そもそも1の探す事は夢幻である可能性の無い事(絶対・確証のあること)
なのです。
夢幻である可能性が全く無い解明の仕方を探しているのです。
>>192 >>193 >>195-196
193の仰る事を追求しています。何ていうか、そもそもの根源を探しているのです。
>>194
>そして1は何が言いたいのか。>>1読むと夢とか何とか関係ないんだけど。
方向が変ってきたのです。次の瞬間何が起こるか、理論的な思考では正確には
全く分からないというのが正しいと思うので、
理論以外の手段で何とかできないかな?と
方法を探っているのです。
また、仮にこの世界が夢だったら、覚めた瞬間に法則が適応されないので記憶は間違いですね。

198 :考える名無しさん:2005/04/26(火) 18:14:03
1は、記憶や知識や経験をもとにした予測や推測など、
従来の時間軸で行う方法に頼って世界を把握せずに、
時間を逆回しにした状態での記憶や予測をイメージしているのかな。
つまり、未来から現在や過去を見るように。未確定で不確実なものから
確実へという事ではなく、確実から不確実を見ていく感じだろうか。

199 :194:2005/04/26(火) 18:41:59
>>197
それは物凄く不毛だと思う。

200 :1:2005/04/26(火) 19:52:26
>>198
日常では記憶や知識を参照するしかないですが、
確実から不確実を探す方が安定すると思うんです。
結局、全ては変るので、
安全危険、快苦、良し悪し、今は問題なくても、
確実な何かがないといずれ崩れます。

>>199
仮にこの世界が夢だったら、が不毛なのですか?
それとも理論以外の手段を探す事でしょうか?
どちらにしても、探さねばなりません。
夢という可能性はありますし、>>162で理論による限界は見えてるのです。
新しい、何か今までの人類が知らない何かは無いとも言えないので、
探しているのです。

201 :考える名無しさん:2005/04/26(火) 20:12:52
イデアとか宗教的信念の方から、うつろいやすい現実を見ていく感覚を
求めてるのかな。

202 :194:2005/04/26(火) 21:23:02
>>200
何にしても今知りうることは夢専用なんだから
全く議論しても何にもならない。
夢から覚めなきゃ夢専用以外の記憶は引き出せない。
っていうか曖昧以前に今生きてる世界以外の記憶が全くないからな。
夢ってのは自分の記憶の一部と妄想から構成されるので

もしこの世界が夢として意味があるとすると、夢から得るものは生き方かな。(生まれてきた時からの夢だから)
とすると俺達の生きている約80年が参考になるということになる。
つまり俺達の夢を見ている奴らは俺達と大差ない寿命しか持ち得ないことになる。
(長くて2〜300年程度だろうけど)
ならば夢を見る時間が長すぎる。
さらに言うと夢は妄想なので思考力が低下するから時間のわりに得る物が少ない。
(妄想にも頭を使っているから)
ストレス発散だか何だかとすると俺達が知識を知る意味がない。
何故なら俺達はその一人から作られた夢の住人でしかないからな。

>それとも理論以外の手段を探す事でしょうか?
何の手段を?

203 :1:2005/04/26(火) 22:02:04
>>201
宗教も科学も間違ってるとはいいませんが、確証がないです。
ビックバン宇宙説も、仏教的観念も、キリスト教も、イスラム教も、
科学だって宗教だって可能性ならば
いくらでもあるので、間違ってるとも言えませんが、どれも確証がないから、
信じないというかとりあえず一時的に選択しています。
『これだ』という確証がある何かをずっと探していますが、まだ見つかりません。
>>202
夢という例を用いたのは、一番日常的だと思ったからです。
今認識してるこの世界が、夢でも科学技術による錯覚でも暗示でも記憶違いで実はクローンでしたでも
何でもいいんですが、私が言いたいのは
そういう今の物理法則が通用しない世界でした、の場合だと意味を考えられる余裕すら失い、
明日どうやって生き残るか?並みのレベルの世界で生きなければならない
危険性があるということです。可能性は感覚では殆ど無いですが、
理論で考えると可能性はただ分からないだけ、未知数なのでそれを回避したいのです。
>何の手段を?
ああ、確証を得る為の方法、理論以外の手段ですね。理論では不可能なので。

204 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:20:35
人間、記憶が正しかろうと正しくなかろうと生活に支障が無ければそれで良いものらしい。
周りとの矛盾があった時初めて記憶を疑う。
要するに普段、(哲学的観点を持たないという意味での)一般人にとってはどうでも良い事なんだろう。

205 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 23:52:34
きみのいう多くの一般人はひょっとして、俺達にはみつけられないでいる
答えをみつけることができて、救済された人類なのかもしれんぞ。
口にはださず、まったく悩んでいなかったようにみせているだけで。

ま、それはないとおもうがなw

206 :わさび茶漬け:2005/04/27(水) 00:39:44
>>199
>確実な何か
そういうものはないのではないでしょうか。
仏教系の概念で「一切皆空」というのがありますが、
これはそういった"確実な何か"というのはないんだ、と言うニュアンスの言葉だと思います。

またそういう"確実な何か"があったとして、そしてそれを人間が知りうるのだとしても
思索のみによってそれを知る事はまず不可能でしょう。
もし思索のみによってその発見が可能なのであれば、今までに地球上に生まれてきて
死んでいった数百億人。そのの内の誰かが、既にそれを見つけていて然るべきではないでしょうか。
どう思いますか?

>理論による限界
ヴィトゲンシュタインの論理哲学論考という本では、論理というものがどういう性質のもので、
どういう限界をもったものなのかと言った事が中心的なテーマになっています。

207 :わさび茶漬け:2005/04/27(水) 00:42:34
>>206>>200宛て

208 :194:2005/04/27(水) 00:49:05
>>203
なるほど。記憶のすり替えね。
記憶違い程度なら>>204の言うように大した問題じゃないけど、
完全に他の人もしくは作られた記憶なら死ぬほどショックだろうね。
まぁ生活に支障はないけど。

今の物理法則が通用しない世界ってなると、この世界が本来の世界とは全く違って作られたことになるね。
そうすると自分の勘違いだったにせよ何にせよ、今のこの世界を構築するのに膨大な仮想が必要だからありえないと思うが。
もし自分の勘違いみたいなものだったら凄い勘違いだね。妄想もいくとこまで行ったっていうか。
科学者が何らかの目的に仮想世界を作ったなんてのはどうだろ。
そういう場合は人造人間でも使うと思うな。
もしくは人造脳を基本にプログラムを入れて実験するとか。
そっちの方が処理速度が速いだろうから実験の結果が早く分かるかな。

クローンである可能性はもう一人の自分が自分の環境の中にいないことを見るとないけどね。
オリジナルが死んだのを伏せるのには膨大な情報操作とかが必要だしその線はありえないね。

科学とかなんとかになると攻殻機動隊みたいにおかしなことになってさえなきゃいいんだが。
今の世の中それはないでしょう。
でもまぁその内ある程度可能になるんだろうけどね。
後は普通に催眠術くらいか。別人を形成する程の記憶違いを起こすにはかなりの期間がいるだろうから問題ないか。
とりあえず、長期間の不在だとか何だとかが確認されないと催眠術だの何だのはないだろ。
っていうかこんなこと考えてる暇があったら勉強しようと思う。俺物理専門だし。

209 :1:2005/04/27(水) 17:19:05
>>205
それも考えられますね。哲学を語らない人が実は解を知ってました、とか。
しかし、目の前にいる人が意識を持ってるか(我があるか)すら
確証はないので、まあ考え方は無数ですね、理論では。
>>206
>今までに地球上に生まれてきて
>死んでいった数百億人。そのの内の誰かが、既にそれを見つけていて然るべき
それはですね、>>163を見てほしいんですが、
>今までの記憶を参照して、『自分が人間であり、〜という方法で理論を考えることができて、
>また今まで意識や絶対を完全に解決した人はいない』
>という考えの元に諦めているように思えます
というように考えました。つまり、解決できるなら数百億人が解決しているはずだ、という考えは
そう思わせる記憶・経験の元に導き出されてるので、
その記憶・経験が間違っていたら、そうでもないと思うんです。

210 :1:2005/04/27(水) 17:35:31
>>208
>今のこの世界を構築するのに膨大な仮想が必要だからありえないと思うが。
今のこの世界を作られてるのも分からない事が多く、ありえないとは思いませんか?
また、膨大な仮想が必要という前提は、今の物理法則の世界の話ですよね?
つまり、まあおとぎ話を信じるわけじゃないですが、
高度な催眠がいとも簡単にできる能力を持った生物でした、とか
錯覚を見せる魔法が物理法則のような法則の一種として存在する世界でした、とか。
科学の例では五感を再現する人生ゲームでした、とか
理論ではかなりの可能性があります。
そしてどれでも常識では違和感があるけど、どの仮説も成り立たなくない
訳でもないのが問題です。
だから理論ではなく理論以外の何かで確証を得ようとしてるのです。
>こんなこと考えてる暇があったら勉強しようと思う。俺物理専門だし。
常識や日常生活に使う時間の配分は私も難題です。

211 :心が風邪:2005/04/27(水) 18:37:40
記憶が時間をかけて脳に蓄積されていってることを記憶しているからだと思う。

記憶が偽りでこの世界が実は大規模なシュミレーションや
リアルなドラクエだったとしても生きて行くしかないもんね

212 :1:2005/04/28(木) 18:41:26
記憶という表現がよくなかったかもしれません。

a.物理法則は絶対ではない、明日変る可能性もあるので、絶対的な何かを探す
b.しかし理論で絶対を得るのは無理(カラスは黒いことの証明と同じ)なので、
 理論以外の方法で探す
c.「理論以外で見つけるのは無理、もしくは可能なら今までの人類の中で
 誰かが見つけたはずだ」と思われがちだが、
 そう思うのは今までの記憶や経験を基にして導き出されたので、
 『今までの記憶や経験が間違いだった場合』は得られる可能性がある

と思っているのです。

213 :わさび茶漬け:2005/04/29(金) 01:23:32
パスカルはパンセという本の中で、
懐疑論と信仰の間の軋轢に関して、次のような事を言っています。

 理屈で見つけられる絶対的な何かなんてない。いやはや、全くない。
 これが人間という種の置かれた悲惨な状況なのだ。
 存在する理由も分からず、この宇宙にほっぽり出されている。
 神がいるのかどうかさえ分からない。
 しかし・・・しかしだ!
 分からないのであれば、私は「神さまはいる」と信じて生きていく方に賭けてみるよ。
 だって、この賭けに負けたとしても、それで失うものなんて何もないだろう?
 でも得られるものは十分に大きいんだよ。
 ・・・・どうだい、これは非常に合理的な生き方だと思えるだろう?

214 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 01:57:14
>>213
どの神様?
それによって失うものの大きさはえらい違うよ
最悪は邪教の徒…

215 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 03:07:57
>>1
記憶を信じるような人達と信じないような人達がいた場合、
信じないような人は競争により自然淘汰されるから
記憶を信じるような人の遺伝子だけが残り、結果
みんなが記憶を信じる状況になった

216 :1:2005/04/29(金) 08:45:38
>>213-214
リスクはいくらでもあります。
信じすぎて、自信過剰や安心しきって、過ぎた行為をするとか、
この世には信じる事により不幸になるような法則があったり、
実は錯覚の世界で信じることにより不幸になるようにインプットされてるとか。
その考えが合理的なら、神じゃなくても
この世は科学万能の時代の人生ゲームで死ねばもっと楽な世界で暮らせる、
とか何だって都合よく考えてしまえばいいんだと思いますが、
可能性を考えてないだけに思えます。
>>215
みんなが記憶を信じる状況になったという記憶が正しいという確証はありません。
今この瞬間、そう感じているだけです。
次の瞬間はどうなるか分かりません。

217 :1:2005/04/30(土) 01:44:15
感覚では不変ですが、物理法則が変化する可能性は
1/2だと思います、理論では。
また、感覚ではビックバン宇宙説が正しいことに思えますが、
1/無限の確立だと思います、理論では。
さらに言うと、全ての生物が意思を持つように見えますが、
理論では生物だから持ってるとも限らないし、
そこら辺のゴミや炎や自分の左半身に意思があるとか、無数に可能性はあります。

この感覚が正しいのだろうか?
それとも理論どおりで急に法則や世界や自分が変るのだろうか?

218 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/04/30(土) 01:44:27
>>216
「過ぎた行為」ってなに?「不幸になるような法則」ってなに?
宗教というのは不幸になる可能性を捨象する概念装置だから、
そもそも宗教に従う場合、そういう可能性は考えなくてよいと
思うのだが。棄教してからが大変だけどね。

そもそも「絶対」というのは「相対」の対立項だから、
「対象以外のものを見ない」なら、それで
アッサリと「絶対」は手に入っちゃうぜ?
絶対的って、そんなに良いものかな?

219 :1:2005/04/30(土) 01:51:12
どうやって確証を得ようか?
この瞬間考えられるのは
1.ひたすら考える
2.書籍を読む
3.2chでレスを読む
4.様々な行動を取るということを試す

4も興味深いですが、>>94のように死に繋がる行為はまだちょっと早い。
死ぬときは脳をいくつかに分解するとか、
そういう実験をして死ぬとか試す価値はある。

220 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/04/30(土) 01:51:19
理論は「真」か「偽」のどちらかだから、
理論が変わることはないよ。新しい理論にとって変わられるだけで。
「この理論は、いずれ変わる。」 ← これは理論としての形をなしているかな?

「真」でも「偽」でもない言説は、パラドックスや自己矛盾と呼ばれる。


221 :1:2005/04/30(土) 02:00:06
>>218>>220
>「過ぎた行為」ってなに?「不幸になるような法則」ってなに?
信じて過信しすぎてワニ園に飛び込んで死ぬとか暴飲暴食の挙句死ぬとか、
実は科学で作られた仮想の世界で神を信じる事により不幸になるようにプログラムされてるとか。
可能性はいくらでも考えられます。
>宗教というのは不幸になる可能性を捨象する概念装置だから、そもそも宗教に従う場合、
>そういう可能性は考えなくてよいと思うのだが。
だったら自分で宗教開いて明日買う宝くじが当たるとか、そう思ってもいい筈じゃないですか?
でもそれは現実では当たらないでしょう、たぶん。信じればいいなら話は簡単です。
>新しい理論にとって変わられる
新しい理論に変ると非常に困るんですよ。物理法則が変化したら、日常全てが崩れる。
>「対象以外のものを見ない」なら、それでアッサリと「絶対」は手に入っちゃうぜ?
この事を教えてくれませんか?

222 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 02:07:32
http://www.bgfty7u8i9okjbgvfrty7u8iokjhbgfrtyu8ikjhgfrtyu8iokjhgfdrty7u8ioikjhgfdrty7u8ijhgfrty7u8ijhgfrty7u8ijhgvftyuijhbgvftyuijhbgvfgtyuiokjnhbgvfyuiokjhbgyuiolkjhgftyuiokjhgftyuiokjhgftyuiokjhgfyu8iokjhgftyokjhgf





223 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/04/30(土) 02:29:59
>信じればいいなら話は簡単です。
 そのとおり。君は簡単なことを難しく言いたがるんだよ。
絶対的なものが欲しければ信じればいい。それだけの話だよ。
そして君は既に何かを信じているでしょ。少なくとも俺に語りかけてる
っていうことは、日本語という言語の有用性を信じてるよね。

 もし何かが信じられないなら、別の信じられる対象を探せばいい。それだけ。
科学者だってそうやって新しい説を作ってるんだよ?
科学が信じられないなら君が新しい科学を作れよ。
まず何かを信じないと価値は生じないんだよ。

 他人を信じられないっていう事態を他人に解決してもらおうという
姿勢がそもそも矛盾してるんだよ。他人に解決してもらうってことは
他人の説を信じるってことなんだからね。

>信じて過信しすぎてワニ園に飛び込んで死ぬとか暴飲暴食の挙句死ぬとか、
 それは「君にとって不幸に見える」という話。
信じるものは救われる。神に命を捧げることに
カタルシスを感じる人たちは掃いて捨てるほどいるよ。

224 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/04/30(土) 02:39:45
 宝くじの例で言えば、「外れたらどうしよう」と思ってる時点でその人は
当選を信じていない。信じているものは「外れたら」なんて考えないの。
「このクジは当たるから、金はどう使おう」っていうのが「信者」の考え方。
これは一見妙に思えるけど、「バイト代をもらえるから、金をこう使おう」と
考えることは変じゃないよね?

 つまり、「確証」というのは「今この瞬間、確かだと思うこと」に他ならないんだよ。
信じているってことは、疑問を「見いだせない」じゃなく「見いださない」ことなの。
信じられないってことは、疑問が明らかになっていることなの。

 君は、「特定の概念が信じられなくなったらどうしよう?」と言ってるわけだろう?
それに対する俺の回答は「信じられるような新しい概念を信じろ」だな。

 人間はなにかを信じないと知的な行為ができないんだから、
「なにも信じられない」っていうのは嘘か思考停止のどちらかだよ。

225 :1:2005/04/30(土) 02:52:40
>>223-224
信じるというと感情や希望が入ってきますから、
何を選択するかの方がよくありませんか?
>絶対的なものが欲しければ信じればいい。それだけの話だよ。
いや、それは諦めや妥協だと思うのですが。
>他人を信じられないっていう事態を他人に解決してもらおうという姿勢がそもそも矛盾してるんだよ。
>>219の4つの選択肢の中で一番マシに思えるのを、脊髄反射で選択しました。
>神に命を捧げることにカタルシスを感じる人たちは掃いて捨てるほどいるよ。
今までの統計がそうなってるだけで、突然変る可能性もありますよね。
また、他人の意思は観測できないのだから、
カタルシスを感じると感じているだけで、錯覚している可能性もあるのでは?
>「バイト代をもらえるから、金をこう使おう」と考えることは変じゃないよね?
ということは、何だってアリじゃないですか?しかしそれでは原始時代と同じ。
そこで記憶を参照し統計を取って選択するが、それも間違ってるとなるとどうしましょう?難しい。。
>「信じられるような新しい概念を信じろ」
つまり確証は見つからないというか信じるしかないのですか?それを理論以外の手段で得ようとしてる訳です。
>「なにも信じられない」っていうのは嘘か思考停止のどちらかだよ。
絶対的な法則・確証を何らかの手段で得られるということは信じています、これは。

226 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 02:55:52




 
 退屈スレ



227 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 05:11:04
極一部の天才を除いて、皆信じたいことを信じてるだけだよ。
事実だとか真実だとか真理だとかどうでもいいんだ。
1も現段階では何も信じていないと自分に言い聞かせているが、君がある日
突然論理を駆使し、若しくは直感からある理論を導き出して、それが自分の
中で合理化され自己正当化されれば「ユリイカ!」って叫んでそれを信じるだろう。
その論理・理論が他者にとっていかに空虚だろうとも、ね。
もしこのテーマが自分にとって大切なら1がやるべき事は、非生産的な書き込
みをやめて、徹底した自己分析と他人がいかに物事を認知しているのかのプ
ロセスを知ることだと思けどね。
もっと言えば、脳神経系からのアプローチも必要だろうな。

僕が言いたいのは、君はまさに言語ゲームしてるだけで、解決する気なんて全
然ないって事だよね。
暇つぶしならこんな鬱屈したこと以外に求めた方がいいよ。
これを読んで的はずれだと思うだろうけどね。

228 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 05:29:22
>>1
記憶は君自身の一部なんだから正しいも正しくないもない。
対象化することすら不可能。
だっておれらは記憶を想起するとき、過去に戻ってるわけじゃないんだから。

229 :1:2005/04/30(土) 15:20:19
>>227
ということは、極一部の天才は確証を得てる・もしくは絶対的な法則を知ってるんですか?
>徹底した自己分析と他人がいかに物事を認知しているのかのプ
>ロセスを知ることだと思けどね。
〜とは何か?という追求を徹底的に行うことでしょうか?
227は絶対的な法則をどうやって知ろうとしてますか?

230 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/01(日) 01:07:12
>>225
 選択するということはすでに他のものと比べているので相対的な結論しか
生み出せない。信じることが諦めや妥協だっていうのは君の思い上がり、もしくは
平和ボケなんだよ。君は現に、存在や言語を無条件に信じているだろう?
本当に「信じられない事態」とは精神病や薬物中毒や危篤の場合でしょ。

>また、他人の意思は観測できないのだから、
>カタルシスを感じると感じているだけで、錯覚している可能性もあるのでは?
 だぁーかぁーら、「錯覚している」だとか「宗教のリスク」だとか、それは君が
信じているものに基づいた思いこみじゃないのかね。君の幸せが他人にとっても
幸せだと思うのは非常に危険だよ。それはナチズムの全体主義だぜ?
幸せは感じている本人のものだというのは認めてやれよ。
錯覚した幸せでも幸せではあるだろう。

>4つの選択肢の中で一番マシに思えるのを、脊髄反射で選択しました。
 ロゴス(言語・理論)で語るのは無益なのか、そうでないのか。
俺は有益だと思うからこーやって言葉で語ってるのだが、君はどう思ってる?
少なくとも「信じられない」という事態は自分で解決することであって、
ロゴスに頼るべきではないと思うのだがね。

>>229
 普通の人は普遍絶対的な法則など知らなくとも、信じるだけで生きていける。

231 :1:2005/05/02(月) 03:19:16
>>230
>君は現に、存在や言語を無条件に信じているだろう?
存在は今この瞬間知覚しているので信じています。『我思う故に我あり』と同じです
言語は、別に言葉や記号としての意味では信じていません。法則のように信じています。
例えば、「こういう文字を打つとこういう文字が帰ってくる」のように。
>それは君が信じているものに基づいた思いこみじゃないのかね。
>君の幸せが他人にとっても幸せだと思うのは非常に危険だよ。
説明不足でした。「他人が幸せに感じているのを観測しても、
その人が幸せに感じている、とただ貴方が信じているだけでしょう?」
と言いたいのです。
>俺は有益だと思うからこーやって言葉で語ってるのだが、君はどう思ってる?
有益ですね。言葉も「こうなればああなる」という法則の一つとして、
マシな選択肢なので信じています。現に、こうやって書き込むと情報が
入りますから。
>自分で解決することであって、ロゴスに頼るべきではないと思うのだがね。
自分で解決するヒントや解決の可能性を上げる存在としてロゴスがあると思います。
>普通の人は普遍絶対的な法則など知らなくとも、信じるだけで生きていける。
そしていつか物理法則といった物事の大前提となる法則が崩れたとき、
生きていけなくなるのではないでしょうか?

232 :わさび茶漬け:2005/05/02(月) 03:55:18
>>231
>今この瞬間知覚しているので信じています。『我思う故に我あり』と同じです
そうであるのならば、まさにフサールさんこそが、そのお名前からしても、重要なヒントだと思います。
http://www.asahi-net.or.jp/~rt8s-ymtk/tetugaku/genshougakutoha.html
http://homepage3.nifty.com/bunmao/0310.htm
僕も詳しくは知りませんが、現象学は>>1さんの問題意識と近いものを持った学問な気がします。

233 :1:2005/05/02(月) 22:26:06
>>232
せっかくのリンクですが、それも記憶が正しいという前提で成り立つのでは
ないでしょうか。
目の前に存在するリンゴが自由にならないとか、
リンゴが赤いとか、
そういうのは記憶を基にして考える訳じゃないですか。
正確なのは『そういう記憶という感覚』が存在することです。
次の瞬間、感覚・記憶がどうなるか分かりません。

どちらかと言うと、永井均さんの<<私>>や、なぜ私は今この私なのか、
に近い問題だと思ってます。

234 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 02:04:32
ついでに「時間」そのものについての研究も面白いかも。
「次ぎの瞬間」というものが本当にあるのか・・・・・・。



235 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 05:41:51
時間=変化

236 :わさび茶漬け:2005/05/03(火) 08:23:13
>>233
>せっかくのリンクですが、それも記憶が正しいという前提で成り立つのでは
>ないでしょうか。
>目の前に存在するリンゴが自由にならないとか、
>リンゴが赤いとか、
>そういうのは記憶を基にして考える訳じゃないですか。

いえ、これには記憶は必要ありません。
あなたが感じている表象それ自体というのは、確実に疑いようもなくある筈です。
つまりリンゴを目の前にした時、ひょっとするとそれは錯覚かもしれないし、夢であるのかもしれないけれど、
赤いカタマリの知覚が、あなたに現れているという事、この事自体というのは疑いようもない筈です。
また記憶に関しても、その内容は嘘であるかもしれないし、すり替えられたのかもしれないけれど、
それでも具体的な何らかの感覚として・・・「あの子との待ち合わせは六時だったな」・・・
とかという風に、あなたに現れているという事、この事自体は疑いようもない筈です。

237 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 13:25:32
「次ぎの瞬間」という未来を論じてどうするの

238 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 13:50:56
記憶が正しいか?>文字、言葉、文法、のうみそ、生態微弱電子のやり取り。
記憶を特定してない。記憶の物質を特定してない。
考えの基盤にして生きるんだ? >生きる基盤は、何によって、あなたが創られているかを
知らなければ生らない、脳味噌の中の考えるパターンを分析すると、
http://www.geocities.com/CapitolHill/8194/17kenpou.html
http://www.geocities.jp/tetchan_99_99/international/17_kenpou.htm

これによって、多くを解決できる。これが書かれた時は識字率0.3%日本国内に
6000名程度しか、読めなかった。これを判るように創られた人間で、
これにより考える力を得る。考える事で生きている基盤です。

基盤の無い、国の人は無惨です。
http://s03.2log.net/home/kkk666/story.html


239 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 13:53:55
「世界は1分前に誕生したのかも」って言う懐疑論があったね。

240 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 14:13:05
言葉は 不完全 ないものを 表現できる

241 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 14:23:20
記憶は ことばで 残っているのか
映像か 

242 :没個性化されたレス↓:2005/05/03(火) 14:23:22
記憶を前提に生活していることは確かだが
記憶を正しいとしているかというとそうでもないんじゃないか?
いくらでも修正の機会があるから。

243 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 14:43:09
経験=記憶で、あまり重要なことは考えない方が良い。
記憶は睡眠中に変わる。(印象深い事は変わらん)
睡眠中脳味噌は記憶の整理に取り掛かる、これは記憶物質を整理整頓する時
捨ててイイ?捨てたい!捨てちゃ駄目!に分けて整理。
したがって、記憶はおおむね合ってるが、間違いもあると言う事。
ただ一つだけ例外を知ってるが、全て記憶してるロシア人が居たそうだ。


244 :1:2005/05/03(火) 22:18:54
>>234
そうですね。この瞬間・次の瞬間の記憶に全く関連性が無く、
また時間というのを知覚しない状態(例えばこの瞬間は虫、次の瞬間は生まれたての赤ん坊とか)ならば、
時間が存在するかすら疑わしいでしょう。
この瞬間・次の瞬間が存在するとなると、そこには時間が存在する様に感じますが、
その時間というのはこの日常生活で使用している時間とはまた別の感じもうけます。
あと、確かに次の瞬間が存在するのかは分かりませんね。
正確な事は『今この瞬間何かを感じてる』でしょうか。
>>236
見落としてました。
リンク先に、
>リンゴが実在するかどうかは疑えるのだが、「リンゴが実在する」と思ったこと自体は絶対に疑えない、ということだ
と書いてありましたね。問題はやはり、
なぜ意識・感覚・自分といったものが存在するかですね。

245 :1:2005/05/03(火) 22:28:32
>>237
>>146>>154あたりを参照して欲しいです。
記憶・経験が正しく無い場合、様々な危険が生じるのです。
常識で「こんな事は起こらないだろう」という事が起こるのです。
例えば今の世界は五感全て再現される夢でした、とか科学技術の創った錯覚でした、
とかの場合、明日も悠々とこう哲学を語れるとは限らないのです。
常識的感覚ではそんな事起きませんが、別にこの記憶が正しいという保障なんてなく、
どんな奇抜な現象が起こってもおかしくないのです。
>>239
永井均さんの考えもそれに似たところがありますね。

246 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 22:44:14
奇抜な現象が起こってもおかしくないのです。 >これはおかしい、何者も物質で出来ていて、
その物質が後になって検証や、理論構築出来ないなら、其れは起こってない事だ。


247 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 23:03:24

記憶(経験・知識)は
正しいかどうかでなく、使用に耐え得る物かどうかが重要だと思うが?
てか『貴方の言う正誤』の判定なんて確認しようがないしw

248 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 23:19:16
物を考えてる以上、記憶を使っていて、その記憶が使えないとなると、
出てきた答えも使えない。

249 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 00:02:41
>>239
2分前も知ってるが、世界はすでにあったぞ

250 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 00:24:47
人間の記憶が1秒に10万回づつ別の記憶で上書きされてたとするとおそらくその人物は自分の記憶が別の記憶で上書きされているとは気がつかない。

その瞬間瞬間には自分は何十年も現在の自分でありつづけたという記憶を持たされていることになる。


251 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 00:40:23
気付いてないんだからいいじゃんw

252 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 03:56:02
きさまらの記憶は正しくない 理由:馬鹿だから

253 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 18:56:33
記憶を捨てろ、記憶にすがるな
でなければ人類の新たな世界は開けない
信じれるのはメモリ内のデータのみ
と狂祖は云っております

254 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 14:49:10
ココ ナンノ スレ?

255 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 16:34:51
記憶はとても不思議だ。
人間は記憶してきた情報で
新たな情報を判断する。

256 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 18:21:50
主観的記憶が尤度を決定する。

真実は観察者の数だけ存在し、故に、絶対的真実の存在は否定される。

記憶は真実に到達する手段足りえない。

記録もまた然り。

我々はただ、暫近することしかできない。

257 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 20:03:16
知識の記憶はほとんど外部記憶で間に合う。
本当に記憶しておかなければならない事柄など
言語の使い方や基本的な算術以外にはほとんど
ないと思われる。いわゆる昔の読み書きそろばんが
できれば日常生活に不便はない。


258 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 22:02:54
多分>>1さんて
昔に何か自分の誇りになるようなことをしたか、もしくは今何か自分を誇れるようなことを持って生きているんじゃないかな。
それが、次の瞬間に失われてほしくない、と。

まるで、前世から来世に変遷するように 、一瞬前の記憶をかき消されて、今は直前とも直後とも関係のない記憶を
説明のできない“何者か”によって背負わされている。・・・ようなカンジ

前の誰かも言ってたけど、人間が独我論から脱却できなくなったりするように
“我”っていうのは“他人”じゃないから他者の存在証明もできないし、一瞬後の自分も“今の我”じゃないから
もしかしたら全然違う自分かもしれない。

もし、その記憶懐疑論によって自分が苦しめられているんだったら、考えてみるのを止めてみればどうだろう。
この世は成るようにしか成らないし。
人間の幸福って、多分、“成るようにしか成らない世界”のなかで、努力して掴むものだと思う。
「死んだらどうなるか分からないから死にたくない」って言ってる人も
結局生きているうちに何か自分のしたいことを成さなければならないのと同じで
「次の瞬間自分がどうなってるか分からないから何もしたくない」って、言ってる人も、何もしないよりも何かするほうがいいんだよ。
「自分は一貫した記憶を生きているんだ」って信じ続けてね。

なんか夢描いて、一路躍進してみたら。
もしかしたら、懐疑をもたないで夢に向かってる自分が一番輝いているのかもしれないよ。
一瞬後に消えてしまう自分であってもね。それで自分の一番やりたいことを達成したなら 「ああこういう記憶を与えられるのなら
生きていてもいいかもな。」って思えるかもよ。

好きな女の子と一緒にいたりすれば「次の瞬間失われたらどうしよう」っていう思いよりも「今この瞬間が幸せ」って思いのほうが強いと思うんだけど。

多分、理性・理論で次の自分が確定できたとしても今の自分は今の自分以外ではあり得ないのだから
その記憶に対する懐疑は>>1さんの中に残ると思うよ。本当にこの理論のとおりに行くのだろうか・・・、
どこかに見落としている穴があるんじゃないか・・・、とかさ

259 :考える名無しさん:2005/05/07(土) 21:16:13
1は何も決めない、決めようとしない卑怯者

260 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 00:28:01
>>1
>大抵の人間は記憶を正しいという前提で生活し考えてるが、

これは違うんじゃないか?
大抵の人間は記憶が常に正しいということはないと思っているだろう?
でもそう考えるときにも記憶に基づいて考えている。
記憶が正しいという前提を置き、その前提から考えているってことじゃなくて
考えるために必要な条件として記憶があるってことだろう?

261 :わさび茶漬け:2005/05/08(日) 16:34:08
純粋経験、永遠の現在・・・
座禅の経験から構築された西田哲学も
なにやらこのスレのテーマと近いモノがある希ガス・・・

262 :1:2005/05/09(月) 05:47:15
記憶の一言でまとめたのがいけなかったでしょうかね。
『なぜ常識・無意識といった法則が正しいという前提で生活するのか?』
の方が良かったですね。

>>256
>主観的記憶が尤度を決定する
は同意しますが
>絶対的真実の存在は否定される
には賛成しません。
自我・他我ともに生活し易くなる絶対な法則を探している訳です。

>>260
考えるための必要な条件というか、
行動を選択する為の『それしかない曖昧な』要素ではないでしょうか?

263 :1:2005/05/09(月) 05:58:01
>>258
苦しめられてる訳ではないです。
信じればいい話ならば、私は死後天国へ行くとか、そういうので解決します。

しかし問題な事に、いくら信じても事実は変らないのです。
他スレで書いた例ですが、可能性ならば
科学者の脳の実験で
「この動物の脳の、この部分にこういう電流を流して、こういう化学物質を入れて…」
とやってできたのが今の状態だったら?
脳の実験に用いられてる動物が私で、実験後は焼却処分されるとしたら?
可能性ならこういう事もありうるのです。
また、こういった可能性(というか危険性)は、考えると何だってあります。
今の快楽を増やすとか苦痛を減らすのではなく、
「実は私は(もしくはこの世は)〜で、これから○○という苦痛がまってまぁす」
のような事を避けたいのです。

それから、>この世は成るようにしか成らないし。
これも人間の考える前提だと思っています。
私はこの前提(絶対は無い、不変の法則はない)を外して思考しています。

264 :1:2005/05/09(月) 06:06:14
>>259
私が決めてる(信じている)のは
『絶対的な何か、法則がある(見つかる)』ということです。
それ以外は、可能性を考えあとは脊髄反射で動いているように思えます。

>>219で書いた事ですが、「どうやって絶対的な法則・確証を得ようか?」と考え、
この瞬間考えられるのは
1.ひたすら考える
2.書籍を読む
3.2chでレスを読む
4.様々な行動を取るということを試す
の4つで、今は3を選んでいる訳です。

265 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/09(月) 20:12:37
>>263-264
 君は「絶対的な法則・確証を得る」ために色々頑張っているようだが、
そもそも「絶対的な法則・確証を得る」ってどういう事?

 「可能性」は「事実」とは違うし、「真実」とも違う。「事実」とは他我によって認定される
もの。人間が何を信じているかによって「事実」は変わるよ。
 観測者に変わりなく絶対普遍なものは「真実」ね。

 何が言いたいかといえば、君が「可能性」という概念で主張しているのはあくまで「事実」の
相対化にすぎないってことだよ。個人個人の「事実」を解体することと真実の探求とは
まったく独立した問題系だよ。

 そもそも君の「絶対」の定義はなんだい?
もし「絶対」が「どうやっても疑えない」という意味なら、君は現象学を
学んでみるのがいいかもしれない。「疑えないもの」を探すために常識を
疑うのが現象学だから。

 「絶対」が、文字通り「他と関係なく成立する真実としての」とかいう意味なら、
君の「可能性論」は無意味だよ。それは当たってない宝くじの金の使い道を考えるようなもの。
こういう可能性もあると言っても、それは真実に近づくプロセスではない。

266 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 23:49:24
真理を見つけたと言うこと
意識せずに妥協していたこと
思考停止すること

よく似てる・・・

267 :1:2005/05/10(火) 20:16:16
>>265
>「絶対的な法則・確証を得る」ってどういう事?
>>263のように、「実はこの世界や私は〜でした」のような事を避ける為の方法です。
明日も安全に日常生活を送れる理由と表現してもいいかもしれません。
表現が難しいですが、そもそも明日も自分が自分であることや
物理法則がそのままであるという事は、>>190
「それは、あなたが勝手に思ってるだけでしょう」のように、
別にそうである根拠なんて無いのに、人間がそう思ってるのです。
明日も自分が自分であり、物理法則や日常生活に適応される法則が今と同じように使える確証を
得たいのです。
>そもそも君の「絶対」の定義はなんだい?
言葉の定義だと難しいので、どのような意味合いで使用しているかを。
「もしかしたら、この世は・私は〜かもしれない」という考えの、
〜の部分にあたる事を探しているのです。
可能性ならば、〜はなんだって成立するのです。>>203>>263の例がそうです。
「なぜ、私は今このように感じているのか?」その理由が普通は
私は人間で脳で思考しこの世は宇宙でビックバンにより発生した、と考えると思いますが、
それは勝手にそう思っているだけで、別に他の理由(仮説)でも成立するのです。
それで、どの理由・説が正しいのかを探っているのです。
私が使う絶対とは、「数多く考えられる仮説のうち、正しいのはどれか?」
のような意味合いです。

268 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 20:45:49
>>267
>「それは、あなたが勝手に思ってるだけでしょう」のように、
>別にそうである根拠なんて無いのに、人間がそう思ってるのです。
言い切ってるけど、根拠なんて無いのに、人間がそう思ってると思うその根拠を教えて。

>「もしかしたら、この世は・私は〜かもしれない」という考えの、
>〜の部分にあたる事を探しているのです。

で、君はそれをどういったアプローチで探ろうとしてるのさ?
具体的に教えて
あと、今までに君が参考になったと思う書籍とかも教えて

>「数多く考えられる仮説のうち、正しいのはどれか?」
正しい選択の基準と方法を教えて

269 :1:2005/05/10(火) 20:53:48
>>268
>言い切ってるけど、根拠なんて無いのに、人間がそう思ってると思うその根拠を教えて。
ビックバン宇宙説をよく見かける、トンデモ科学は奇異に見られる、
日常会話で「明日も〜しようね」とかを聞く、明日の予定を聞く、
死んだらどうなるの?とか人権問題が扱われる、
といったことからこの世は宇宙であり、明日は今日の法則が適応され、自分は人間であるという人間が多いと思っています。
>で、君はそれをどういったアプローチで探ろうとしてるのさ?
>具体的に教えて
>あと、今までに君が参考になったと思う書籍とかも教えて
>>264です。永井均さんの本、仏教の我の思想、デカルトの「我思う故に我あり」です
>正しい選択の基準と方法を教えて
明日何がどのようになるか・自分は何を感じるか、
考えた(予想・予測した)通りになる法則が正しいと表現します。

270 :ケツ学者性行為 ◆OFgB7bzRJI :2005/05/10(火) 22:52:09
「論理的整合性に破綻が少ないものが、真理に近い」という仮定を信じなければ、思索自体が無意味です。
記憶はいつも正しいわけではありません。

271 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 01:39:59
>>269
>明日何がどのようになるか・自分は何を感じるか、
>考えた(予想・予測した)通りになる法則が正しいと表現します。

明日になって、「昨日こう考えていたが、予想したとおりだった」と思ったとしよう
それがさらに次の日にも正しく当てはまるという保障は?

272 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/11(水) 16:07:41
>>267
 君の説明の方法は控えめに言っても不完全だ。
「絶対的な法則・確証を得る」ってどういう事? と聞かれたのに、

・「実はこの世界や私は〜でした」のような事を避ける為の方法
・明日も安全に日常生活を送れる理由

 と、「絶対的な法則・確証」のほんの一面しか言っていないんだよ。
「カラスって何?」と聞かれて「空を飛ぶ生き物」と答えるようなもの。
この答えに対して「じゃあ空を飛んでいる生き物はみんなカラスなの?」と
簡単に突っ込むことができるでしょ?

 俺も同じように君に突っ込むよ。
「明日も安全に日常生活を送れるための条件」もしくは
「実は(略)」のような事を避ける為の方法が存在するとして、それが
「絶対的な法則・確証」である根拠や必要性はないでしょ?

なぜ「絶対的な法則・確証」が「実は(略)」のような事を避ける為の
唯一の方法であるかのように語ってるの?その根拠は?

273 :1:2005/05/12(木) 22:52:40
>>270
>論理的整合性に破綻が少ないもの
論理を構成する要素に確証を持てない為、破綻の大小は比べられません。
「明日も重力は働く」とか「人間は言葉を喋れる」とか、
そういう要素の上で論理は成り立ってますが、
そういう前提は「そもそも何で正しいの?」となると、
「人間がただそう思ってるから」となり、確証はなくなってしまいます。
>>271
保障はありません。
だから、明日、明後日、明々後日…とずっと続く法則を探しているのです。
もちろん、寿命とかありますから、
非日常的な話になりますが人間が死んだ後、その後…と永遠にどうなるかを知るのです。
>>272
説明不足でした。
私の言う「絶対的な法則・確証」というのは、2つ、
・私が苦痛なく存在できる為の理由や法則
・私が何かを感じる理由や法則
のことを言っているのです。
つまり、「何のための・どのような意味の、絶対的な法則・確証」かということですね。
別に法則が一種類でなくても、唯一でなくてもいいです。
例えば、物の動きを知るとして、
その物が動く理由や原因が「物理法則に従ったから」でも「物に自由意思があったから」でも、
観測者(私)が『絶対に次はこうなる』と分かれば、それでいいのです。
だから、方法がいくつもあっても
『次は絶対こうなる』と分かる方法が
1つでも見つかればいいのです。

274 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 01:04:33
>>273
>保障はありません。
>だから、明日、明後日、明々後日…とずっと続く法則を探しているのです。
>もちろん、寿命とかありますから、
>非日常的な話になりますが人間が死んだ後、その後…と永遠にどうなるかを知るのです。
これと
>・私が苦痛なく存在できる為の理由や法則
>・私が何かを感じる理由や法則
これって、双方を同時に求めることは出来ませんよ
前者は検証を元に探求していますが、その検証対象が永遠である。要するに永遠に分かりませんよ
対して後者は、非常に期間限定的な物ですよね。苦痛や感覚などの俗物的な体感の安定を求めている。
要するに、ぜんぜん違うものでしょ?
例え後者が発見できたとしても、死後などを考えれば前者に抵触しかねない
前者が解決するまでに、確実に貴方は死んでしまう

確かに笑顔の法則などがあれば非常に便利でしょう
しかしその法則が発見さえたこと自体が、笑顔の意味を変えてしまいかねない
絶対の法則の発見が、それ自体の意味を変えてしまう可能性がある
意味ってのは常時流転するんですよ

275 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/13(金) 01:14:40
>>273
>観測者(私)が『絶対に次はこうなる』と分かれば、それでいいのです。

 ずいぶん欲が深いな、君は。

「明日も安全に日常生活を送れるための条件」もしくは
「実は(略)」のような事を避ける為の方法は
「『絶対に次はこうなる』と分かること」以外にもにあるだろう、
と言っているの。絶対を求めるというのが「唯一の」方法じゃない、と。

 普通の人はただ信じる(絶対を作る)だけで平安に生きていけるし、
君だって普段そうやって生きているだろうに、なぜそれ以上の
「絶対」を求めるのさ?

それに、そもそも『絶対に次はこうなる』と分かっちゃったら
落ち着かないと思うんだが、どうよ?

>つまり、「何のための・どのような意味の、絶対的な法則・確証」かということ
と君は言っているが、これは本末転倒だよ。「日常を平安に生きる」のが
目的で絶対的なものを探していたのに、いつの間にか見つかってさえいない
.絶対的なものの意義を問うことが目的になっちゃってるじゃないか。話がずれてるんだよ。

 日常を平安に生きるためには「日常を平安に生きる指針という意味をもつ何か」
があれば十分じゃないのか?

276 :考える名無しさん:2005/05/14(土) 21:31:21
次の瞬間にどうなるかという予測はできないけれど
記憶とは少なくとも観察という時間の持続性に基づいていて
記憶は一貫している、つまり、ある時点における「私」の「記憶」と
次の瞬間での「私」の「記憶」は繋がっているということは
論理的に証明できるよ。

277 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 14:40:31
次の瞬間どうなる、というのを考えてきたのが物理学であり学問だったんだよ。
そして、今、物理学では、次の瞬間を予測できなくなってきた。
今の物理学、その他の理論は まだ信じるに値しない。
今までの理論的な考え方ではだめなのではないか、
考え方そのものを変えなければいけないのではないか、
新しい方法を話し合ってみようではないか、

と言ってるんだよ。

先がわからないほうが人生楽しいじゃないか、とか、

そんなこと言ってるんじゃないんだよ。



278 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 22:02:28
記憶の一貫性の証明、または独我論からの脱却方法を考案しました

279 :278:2005/05/15(日) 22:03:05
@世界とはあらゆる“真”なる事象の総体である。
A懐疑には懐疑の対象を必要とする。
B懐疑の対象とは、それが存在しているという意味において“真”である。※1
Cつまり懐疑とは、ある“真”なる事象を前提として完成する。※2
D我々は「三角形の内角の和は180度である」とか「2+3=5である」とか、(いわゆる幾何学、数学的な)どんな場合においても“真”である事象を認識できる存在である。
E上記のような独立した確固たる真事象に対しても我々は懐疑することができる。※3
Fここで、我々が一貫した記憶を生きていないとしてみる。※4
Gすると、今我々が保持している記憶というのは“なにものか”に与えられたものとなる。
H“なにものか”は記憶の一貫性を保持していなければ、我々に“真”事象を与える。※5
I“なにものか”が記憶の一貫性を保持しているのならば、我々に(“懐疑”をも含めた)“真”事象を与えうる。※6

ここから“我々”または“なにものか”が時間性、一貫した記憶を保持していなければいけないという結論が導かれる。

→“我々”が時間性を保持しているのならば、我々の努力の意義を立証できる。
→“なにものか”が時間性を保持しているのならば、独我論からの脱却が望める。
→もちろん、“私”“なにものか(私ではない他人)”の並存ということも考えられる。

280 :278:2005/05/15(日) 22:03:47
※1・・・例えば、あなたの目にリンゴが見えているとする。それは、“あなたの目にリンゴとして見えている物体”という意味のリンゴにおいて“真”である。
※2・・・例えば、“Aは本当に他の人にもAとして見えているのだろうか”という懐疑においては“あなたの目において見えているA”という“真”の事象が前提として必要である。
※3・・・例えば、“他人にとっても“2+3=5なのであろうか”とか、これら幾何学、数学的“真”事象に関する懐疑のことである。
※4・・・つまり、我々がもっている今の記憶が次の瞬間に別の記憶に摩り替わってしまっているということ。本証明はこれを脱却するためのもの。
※5・・・時間性がないということは、真理から何かを発展させるということが出来ず、我々の記憶にも“真”事象のみが与えられるということになる。
※6・・・“懐疑”も“懐疑”の存在として世界を構成する“真”である。しかし、Dで挙げたような真理は、独立した真理であり、それに関連する“懐疑”とは、それを「認識」して「懐疑」するという時間的プロセスを必要とする。

どこか疑問点などあったら言ってください。

281 :1:2005/05/15(日) 22:04:34
>>274
>前者は検証を元に探求していますが、その検証対象が永遠である。要するに永遠に分かりませんよ
これは今記憶している理論という存在でそう感じるだけで、
理論以外の手段で探求が可能かもしれません。
つまり、理論上無理という前提を外して探求するのです。
私には、なぜ多くの人が無理だと思うのか不思議です。
>対して後者は、非常に期間限定的な物ですよね。苦痛や感覚などの俗物的な体感の安定を求めている。
表現不足でした。
永井均氏のように、なぜ私が今の私なのか、とかそういう理由を探しているのです。
なぜ私は何かを感じるのか?私が存在するのはなぜか?
こういう理由を探しています。
こういう物事の大元の理由を「絶対の法則」と呼んでいます。

282 :1:2005/05/15(日) 22:12:06
>>275
>なぜそれ以上の「絶対」を求めるのさ?
理論では無数の危険性が考えられるからです。
人間は(意思は)理論と感覚で選択し行動しますが、
理論は無数に考えられ、また感覚はあてになりません。
簡単に言うと、無数に考えられるのに
「明日は〜だ」とか「これは〜になる」という、一通りを選んで、また感覚で一通りだけ感じて、
他の可能性については考えないし感じもしない。
なぜ、無数の可能性のなかの一つを選び、それが次の瞬間実際に起こると信じるのでしょうか?
人の言う事は、大抵は
「それは、あなたが勝手に思ってるだけでしょう」
と言われれば終わりです。
なぜ可能性が曖昧な事を日常生活に持ってくるのか、分かりません。
理論でどう行動するかを考えるのが人間ならば、無数の可能性の中から絶対を探すべきだと思うのですが、
なぜそうしないのでしょうか?
また、なぜ諦めるのでしょうか?

283 :1:2005/05/15(日) 22:37:47
>>279-280
>Gすると、今我々が保持している記憶というのは“なにものか”に与えられたものとなる。
我がただ何かを感じている、という説でも成り立つと思います。
与えられなくても、記憶と表現したくなる何かを今この瞬間感じている、
これで成立すると思います。
>H,※5
時間性=記憶の一貫性でしょうか?
>我々の記憶にも“真”事象のみが与えられるということになる。
の意味が良く分かりませんが、「これはこうなる」とか「〜は〜〜だった」とか、
そういう記憶と表現する何かを今この瞬間感じる事は真かもしれませんが、
実際に次の瞬間「これがこうなる」かどうかは分かりません。
しかし、「〜は〜〜だった」という記憶ならば、可能性は無数なので正しいとも言えます。
>I※6
懐疑に関して、「今この瞬間、懐疑と表現する何かを感じている」だけかもしれません。
別にそういうプロセスがなくても、ただ懐疑だけを感じている可能性も考えられます。

その“なにものか”というのがイマイチ分かりません。
なぜHとIから※5と※6になるのか・・・

284 :わさび茶漬け:2005/05/15(日) 22:45:38
いや、こういう事はいつの時代もある事なのです。こういう言葉もありますね。

【杞憂】
古代中国、杞の時代に「もし空が崩れて落ちてきたらどうしたらいいのだろう!?」という心配をした人がいた。
ここから、心配する必要のないことにアレコレ気をもむ事を、杞憂と呼ぶようになった。

285 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 22:46:11
客観時間・客観空間・無数の主観達があって、
その内の一個人の記憶という具合に自然主義的態度で考えるのではなく、
主体から離れてあるような時間を認めないとき、
記憶の外に、客観的な出来事(時間)なるものはないのだから、
記憶の意味は全く異なってくる。
更にだまし絵の「ルビンの杯」の例で分かるように、
現在の経験は主体の観点が絶対的に関わるが、
その観点は記憶によるのだから、記憶の問題は時間論。

286 :わさび茶漬け:2005/05/15(日) 23:20:29
>>281
>永井均氏のように、なぜ私が今の私なのか、とかそういう理由を探しているのです。
>なぜ私は何かを感じるのか?私が存在するのはなぜか?
>こういう理由を探しています。

これに関しては地球上の誰一人として確たる事を知りません。
そしこれはて哲学の問題であると同時に、科学の問題でもあります。
上にも少し書きましたが、脳を切ったり貼ったりすれば、
「絶対の法則」の全容解明とまではいかなくとも、何がしかのヒントは得られるでしょう。

例えば、私の左脳とあなたの右脳をひっつけたら、どうなるでしょうか?
新設されたまったく別の、新しい<私>が生まれるのか?
私の<私>と、あなたの<私>、これらがお互いに消え去ることなく融合していくのか?
はたまたどちらの<私>とも、雲散霧消してしまうのか・・?
こんな事さえまだ誰も知らないのです。

こんな風にどうしても「絶対の法則」の内実がわからないので、
必然「わからない」ままにして過ごす事になるワケです。
そして大事なことは、それでも生活する分には何の支障もないのだ、という事です。
ただもちろん「わからない」ワケですから、不満は不満です、はい。

287 :考える名無しさん:2005/05/15(日) 23:27:44
1 :ローカルルール審議中 :2005/04/08(金) 02:17:09
大抵の人間は記憶を正しいという前提で生活し考えてるが、
なぜ記憶を信じる?
記憶が正しいかどうかなんて
分からないだろ?
なぜ記憶なんかを
考えの基盤にして生きるんだ?

それは思考が記憶を拠り所とし、基盤としているからだ
記憶なしに言葉を話してみろ、
これは思考原理的には必然なことだ
 ためしに脳みそ以外で考えてみたら?

288 :278:2005/05/16(月) 06:48:02
>我がただ何かを感じている、という説でも成り立つと思います。
「次の瞬間の我」の記憶が「今の我の」認識と繋がっていないならば
それはどこからかポコンと出てきて我々に与えられたものとなるでしょう。
それを“なにものか”と定義します。
例えば、>>1さんの言っているような、これまでの考察(記憶内容)を覆すような何か、のことです。
“なにもの”は本当に“なにもの”でも構いません。

289 :278:2005/05/16(月) 06:50:06
>時間性=記憶の一貫性でしょうか?
そうです。
>我々の記憶にも“真”事象のみが与えられるということになる。の意味
世界というのは真理(“真”事象)のみで成り立っているわけじゃないですか。
それこそ、「三角形の内角の〜」「2+3=5」(めんどうだから、これらを真理Aとしましょう)というような。
これは疑いえないですよね。もし、この世界に、何も「“認識”して“考察”する」ような存在がないとすれば、
懐疑なんて生まれ得ないです。つまり、我が“懐疑をもつ(記憶の中に)”ということ自体、
“我々”か(@で定義した)“なにものか”が「“認識”して“考察”する」存在じゃなきゃいけないわけです。
つまり、今我が真理Aに関する懐疑をもっていたとすると、考えられるのは、
@)“我”自体が真理Aを認識し考察している、
A)“なにものか”が真理Aを認識し考察した結果生まれた懐疑を我の記憶に植え付けている、そのいずれかです。
ここで@)ならば我々は認識し、考察することで世界を“観察”しているわけで、
そこに法則性を見出すのは可能でしょう。
A)ならば独我論を脱却することができます。こちらは独我論から脱却できずに悩んでいる人に向けたものですが・・・。
どちらからの脱却というのは難しそうです。

290 :278:2005/05/16(月) 06:52:47
>懐疑に関して、「今この瞬間、懐疑と表現する何かを感じている」だけかもしれません。 別にそういうプロセスがなくても、ただ懐疑だけを感じている可能性も考えられます。
その“懐疑と表現する何か”というものも“我”か“なにものか”の「“認識”→“考察”」という
時間性のあるプロセスを経なければ存在し得ないです。
真理A(数学的、幾何学的な真理、これはプラトンのイデアのようなものですが・・・)というものは
確固とした真理で、世界に独立して存在します。
この世界に、なにものも“考えるもの”や“主観”がない、と想像してみてください。
それでも真理Aは存在します。しかし、これに関する懐疑は存在しません。
それは“我”か“なにものか”が時間をかけて“認識”、“考察”することによりはじめて可能となるのです。

291 :考える名無しさん:2005/05/16(月) 18:22:20
論理的なもの。

現象には三種。実在的、論理的、中性的(想像的)。
実在的は、時制変化する「ある」で表現される。
機関車は最速で「ある」は、現在では最速で「あった」に変化する。
論理的は、時制変化しない「ある」で表現される。
1+1=2で「ある」は、「あった」にはならない。
中性的は、擬似時間。客観的時間中に時間位置をもたない。
確率の高い実在的なものと、論理的な必然性は誤解されやすいが、
確実性と必然性を取り違えてはならない。存在の種類が異なる。
だから必然性を確実性から基礎付ける(例えば脳の構造によって
論理学を説明するとか)は正しくない。

論理的は自我の任意にならない。
自我の自我性である再現前化(想起・想像・予期・再想起など)によって、任意にならない。
だから論理的なものの直観(本質直観)に想像(自由変更)が用いられる。
例えば、色について想像上様々に考え得るとしても、
色から延長(ひろがり)を除いたら色は想像すら不可能になる。

292 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/16(月) 20:15:59
>>277
それって俺へのレス?
俺だってそんなこと言ってないよ。
容易く「信じられない」なんて嘘をつくな、と言ってるの。

>>282
>理論でどう行動するかを考えるのが人間
 この理論先行の考え方がそもそも嘘なんだよ。
気になるからとか、研究が世の中のためになるからとか
必要性に基づいて人間は色々な理論を立てたんだろう。
それが「経験」科学なわけだ。

 君は感覚をアテにせずとも安全に生きる方法を探しているようだが、
何度も言っているようにそれは自己矛盾だ。安全・安寧を実現させる
ためには危険を「察知」してそれを避けることが必要だからね。
例え裏切られることがあったとしても、より安全を手に入れるためには
自分の感覚以外に頼るものはないじゃん。

 「なぜ可能性が曖昧な事を日常生活に持ってくるのか」と君は言ったが、
日常生活に「可能性が曖昧ではないもの」など無いでしょ。元来曖昧な
日常生活に「絶対」などという虚構を持ち込んだのは君だよ。

 そして君の二つめの矛盾。「絶対」の定義が曖昧。曖昧な世界をより一層
曖昧にしている。

293 :1:2005/05/20(金) 22:49:36
>>284 >>286
杞憂とは違うように思えます。
単に、
「理論ではいくらでも可能性が考えられるけど、何で
 感覚で○○は〜だ、と一通りのように思い生活するのか?」といった感じです。
>これに関しては地球上の誰一人として確たる事を知りません。
そういうのも常識という前提があるからではないでしょうか?
知ってても伝達手段がない、もしくは
スレタイ通りわさびさんの記憶が正しくないとか。まあこれを言ったら何だってそうですか。
>そして大事なことは、それでも生活する分には何の支障もないのだ、という事です。
>ただもちろん「わからない」ワケですから、不満は不満です、はい。
大事なのは、実はこの問いが一番生活に影響するという事じゃないですか?
明日も〜だろう、という常識が覆される可能性について言っているのです。
それで、可能性を考えると、何がどうなってもおかしくない。
物理法則が明日変わる可能性は、ゼロに近いのではなく、全く分からない。
永井均氏の言うように、私が次の瞬間に別の人物を知覚するかもしれない。
なんだってアリですよ。
そしてまた、この問いこそが最終的な問いじゃないですか?なぜ自分があるのかとか、
そういう問いが解明されれば、全ての法則が分かったのと同じことなので、
何だって可能ではないでしょうか?
これは哲学ではなく、地道に科学を進めるよりも一気に進めてしまおう、
という話にもなります。

294 :1:2005/05/20(金) 23:08:14
>>289
>ここで)ならば我々は認識し、考察することで世界を“観察”しているわけで、
>そこに法則性を見出すのは可能でしょう。
その法則性というのは、物理法則といった「おそらく変わらないだろう」と感じる法則でしょうか?
それとも、気候のように、「変わるかもしれないけど、たぶん〜だろう」という感じですか?
どちらにしても、法則が不変なのは理論や感覚では証明できません。>>274の述べるように
「検証対象が永遠である」から、感覚で何かを知覚するといった方法では無理です。
また、理論ではいかなる可能性も考えられるので、
法則と呼んでいる「次はこうなるだろう」という感覚もあてにはなりません。
>>290
>時間性のあるプロセスを経なければ存在し得ないです。
というのは、理論上はそうだ、ということではないでしょうか?
理論上はプロセスを経なければ存在しませんが、
私が言いたいのは「別に考察という瞬間だけを知覚したって、問題ないんじゃない?」ということです。
まあ考察という瞬間だけを知覚できるかどうか、実際知覚しないと証明できませんが、
他我にそれを伝えるのは無理ですね。

295 :1:2005/05/20(金) 23:31:09
>>292フサールさん
私の矛盾について、スレタイの趣旨と方向が変ってきた感じと共に説明します。
とりあえず一つ目の矛盾から。
>日常生活に「可能性が曖昧ではないもの」など無いでしょ。元来曖昧な
>日常生活に「絶対」などという虚構を持ち込んだのは君だよ。
「経験」科学は、より役に立つ理論、より良い理論・・・という感じですよね。
それで、いくら時間が経過しても、その理論は変わるかもしれないけど、
先へ先へとより良い理論を探してる訳じゃないですか。
だったら、一気に何にでも通用するような理論を探そう、と言いたいのです。
ここから二つめの矛盾に入りますが、表現が難しいですが、
そもそもの理由(例えば私が存在する理由や私が今の私である理由とか)が
上の「経験によるより良い理論」の最終点ではないでしょうか。
そもそも私って何?とか私は何で何かを感じるの?とか。
それらの問いの可能性はいくつも考えられますが、解はそのうちの何なのか?
この解の事を「絶対」と表記しています。
それで、そんなの分かるわけないでしょ、と言われそうですが、
上の方で書きましたがそう思うのも今この瞬間の感覚なので、
分かるかどうか分からないので、分かる方法を探しているのです。

296 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/21(土) 03:00:45
>>295
>だったら、一気に何にでも通用するような理論を探そう、と言いたいのです。
俺は「その理論だって経験に求めるしかないじゃないか」と言いたいのです。

「経験が信頼できないから、信頼できる理論を経験から探す」というのは明らかな
自己矛盾であって、その解決法が一切無いことを指摘してるの。態度を明らかに
しろとは言ってない。
 そんなこと既に言ってる、というのなら俺の見過ごしでつ。謝罪するからその旨を
書いたレスを示してくれ。

>そもそもの理由〜表記しています
「私が存在する理由や私が今の私である理由など考え得る『そもそも』の問いへの解答」
整理すると↑こんな風になるけど、これって「存在事由」じゃないの?
「存在事由」と「絶対」ではだいぶ違うと思うんだが。

>>1さんは「言葉の誤用」を「定義の違い」にすり替えたりはしませんよね。

297 :1:2005/05/21(土) 09:12:26
>>296フサールさん
>そんなこと既に言ってる、というのなら俺の見過ごしでつ。
別に謝罪とかはいいんですが、
伝達が上手く言ってないだけなのか私の考えが違ってるのか分からないので記します。
>>163>>209がそうです。つまり、
「理論と経験ではその解決法が一切無いと思えるが、それは
 『理論と経験という“記憶”を基にした考え』なので、
 今この瞬間できないと錯覚してるだけかもしれない』と言いたいのです。
人間は理論と経験で考えますが、それは記憶が基になっており、
その記憶は確かではないので、「その解決法が一切無い」というのも、
確かではなくなるのです、ということです。

>「存在事由」と「絶対」ではだいぶ違うと思うんだが。
「存在事由」の解のことを「絶対」と呼んでいます。
つまり、「存在事由」の可能性は、考えるといくらでもありますが、
その中で果たしてどれが解なのか?
その解のことを「絶対(な解とか法則)」と呼んでいますよ。

298 :1:2005/05/21(土) 09:20:57
簡単に書くと、「存在事由」の解を知りたいんですが、>>206のように
>>確実な何か
>そういうものはないのではないでしょうか。
>仏教系の概念で「一切皆空」というのがありますが、
>これはそういった"確実な何か"というのはないんだ、と言うニュアンスの言葉だと思います。
と思われる人が多いと思います。
しかしそう思うのも、記憶により導き出された結論でそう思うので、
記憶が間違っているならば、「"確実な何か"というのはないんだ」と思うのも間違っているので、
探せば見つかるんじゃないか?
という事です。

また、永井均氏の言うように、次の瞬間何になるか分からない、何を知覚するか分からないのならば、
記憶は一貫性がなく、ただ「記憶と呼んでる何か」を今この瞬間感じてるだけなので、
次の瞬間にはそういった記憶ではなく、
「存在事由の解」を知覚してるかもしれない、と思います。
つまり、「存在事由」の解を知る可能性は無くは無いから、
さてどうやって探すか?と考えてるのです。

299 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 13:53:50
>>297
なにやら変な理論になっている気がする

「全てのカラスは黒い」に対して
「全てのカラスが黒ではないかもしれない」と言い
それを根拠に「カラスは黒くない」と言ってる

そんな感じがするんだが?
要するに、根拠自体があいまいなのに、その根拠を持って他を否定している感じ
論が右端から左端にワープしてる感じ

300 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 14:17:55
デカルトのように一瞬の明証性しか認めないのか、
するとヒュームのように因果性は単に偶然的な習慣ということなるし、
フッサールのように過去把持の明証性も認めるのか、
この違いによって、此処のような問題になる、かな。

301 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 14:44:40
メモリがちゃんとしてなきゃプログラムはちゃんと動かないと思うんだが。

302 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 15:29:17
>解を知る可能性は無くは無い

そう考えるのも「記憶違い」かもしれない。それなのに解を探しても意味がない。なぜなら解を見つけたと思ってもそれも「記憶違い」かもしれないからな。

結局、記憶違いかもしれない記憶を道標にして生きていくしかない。この点ではヒュームの考え方が正しい。

303 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 15:47:49
全ての情報は尤度とペアで管理されるべきものであり、
全ての推論は尤度の波及を前提に行われるべきものである。

304 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 15:53:43
なぜ?歴史が正しいという前提。
西洋史2000年ぽっちの人類の科学的進化が
生命誕生40億年の内で初めての到達点となぜ言えるの?

305 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 16:30:27
記憶が正しくない可能性を考えるなら議論も出来ないわけだが。

306 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/21(土) 19:18:43
>>297
「その解決法が一切無い」なんて、俺は一言も言ってない。
経験をあてにしない理論などないのでは、と言っている。
で、経験をあてにしない理論はあるの?

>その中で果たしてどれが解なのか?
>その解のことを「絶対(な解とか法則)」と呼んでいますよ。
 あのさ、何が問題とされているか、されていないかはちゃんと確認したほうがいいよ。
「『そもそも』の問いへの解答」がすなわち「存在事由」だって言ったじゃん。
後半を整理すると「解答への解答は絶対的な解答だ」ってなっちゃうよ。意味不明だってば。

307 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 19:33:03
記憶が正しくない可能性を考えるなら議論も出来ない、と再び言ってみる

308 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 21:51:14
記憶を疑うと、自分という存在も疑わしくなり、思考停止となるな。
瞬間瞬間の感覚・感情・反射だけで生きる下等動物と同じか?
しかし感覚・感情・反射だって脊髄や小脳の神経細胞の記憶だ。
何も出来ない。これこそ脳死状態だね。

309 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 02:51:43
>>305
いや逆だね。相手の記憶、自分の記憶に誤りがある可能性を認めれば、
議論も謙虚なものになるだろう。
謙虚な議論は合意点に達する可能性も深まる。

310 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 03:20:22
>>309
まずメモリがちゃんと作動しないとプログラムはちゃんと起動しない。
計算に使っている数値も正しいか分からない。考えてる時頭の中に一時的な記憶として残すから。
それに>>308のようなことも言える。

それだけじゃなく今使ってる言語も正しくない可能性がある。
今コミュニケーションの媒介としている全て、理論さえが正しくない可能性がある。

311 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 04:47:39
>>309
合意点に達した議論が、双方の誤りの結果至った結論という可能性は?

312 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 16:17:02
>>310
はまさに機械論的人間観の典型だろう。計算機は確かに記憶媒体がなければ正しい動作は望めない。
人間と機械の作るマンマシーンシステムも同様だ。
だが同時に>>310

だが、人間を取り出し見た時、記憶がいつも正しいという前提は成り立たない。

>>308の言うがごとく何も記憶

>>311


313 :312:2005/05/22(日) 16:24:49
途中で送ってしまった。再送。

>>310
はまさに機械論的人間観の典型だろう。計算機は確かに記憶媒体がなければ正しい動作は望めない。
人間と機械の作るマンマシーンシステムも同様だ。
だが同時に>>310の人間観はシステムとしての人間という側面しか見ない、限定された人間観と言う事が出来る。

人間を単体で取り出し見た時、記憶がいつも正しいという前提は成り立たない。
記憶のあやふやな者は人間でないとした時、ほとんどの人間その定義からもれてしまうだろう。

>>308の言うがごとく何も記憶が全くゼロとして人間を扱えと主張しているのではない。
あまりに限定的な人間観では人間そのものを取りこぼすと言っているのだ。

>>311誤りであったというものまたシステムの問題だろう。
ある命題の正誤が意味の無い状況というものが人間の生活には数多く存在する。
むしろ正誤が問題になる状況の方が少ないくらいだ。
マン・マシーン的システムの事しか考えない場合そうした状況がある事も気づかず、
そうした状況の豊かさにも気づかないだろうが。


314 :考える名無しさん:2005/05/22(日) 21:00:18
>>313
1の言うような絶対の解を求めるのなら、>>311より掘り返されたシステムの問題がクリティカルな問題となるだろう

315 :310:2005/05/22(日) 22:19:59
俺が言ってるのは記憶がいつも正しいということではなくて、
記憶を疑うなら議論も出来ないからこの議論は無駄だということだが。

記憶は人格形成の時にウソの記憶が多少作られるということもあるので疑う可能性があることに依存はないが、
全ての記憶を疑うと何も出来ないということ。

元々あった記憶を疑う心があると洗脳されやすいが、それすら洗脳だったら信じることでその洗脳から抜け出せないということも。
記憶を疑うだのなんだのは議論しても仕方が無い。
事実として証拠があればいいが、それが無ければ疑う信じるということも議論する必要はないかと。
まぁ証拠があれば明白なんだが。

316 :1:2005/05/23(月) 17:58:00
>>299
「確実な何かは無い」に対して
「その結論は理論から導き出され、理論は記憶により導き出され、記憶は確実ではない」
ということから
「確実な何かは無い訳では無いかもしれない」と言っているつもりです。

無い訳ではないのではなく、無い訳ではないかもしれない、と
確実な何かが存在するかもしれないという、
『可能性』を言っているつもりです。

>>300
私は一瞬しか認めません。
永井均氏のように一瞬前と一瞬後は何を感じる・感じてたのか、
可能性は無数に考えられるという立場です。

317 :1:2005/05/23(月) 18:07:34
>>302
>なぜなら解を見つけたと思ってもそれも「記憶違い」かもしれないからな。
「見つけた解が記憶違いにならない方法は何か?」の問いの解を見つければいいと思います。
私はそういう解のことを『絶対』と呼んでいます。

>>305 >>307 >>308
瞬間瞬間の考えを脊髄反射の形で他者に伝える、
ということで議論は可能ではないでしょうか? >>219のように、
この瞬間何をどうするか考えて、
その中から脊髄反射で選ぶ感じです。

318 :1:2005/05/23(月) 18:15:15
>>306フサールさん
>で、経験をあてにしない理論はあるの?
有るか無いか、分からないから有ると信じて(選択して)
その理論を探っています。

>あのさ、何が問題とされているか、されていないかはちゃんと確認したほうがいいよ。
勘違いしてしまったかもしれません。
「存在事由」が絶対の解なんですか?
なんかよく分からないんですが、
教えていただけないでしょうか?

319 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/23(月) 19:33:58
>>318
その「理論を探る」っていうのが分からん。
俺が理解するところでは、理論は「経験を演繹して他の状況に生かせるようにしたもの」だから、
理論を探るということは「経験すること」に他ならないのだが。
経験に頼らないで存在事由を探求するのは、禅の方法論だよ。
少なくとも、西洋哲学の理論的な方法じゃあ無理だって。

>後半
「絶対」という言葉の意味は分かってる?
君が「絶対」と呼んでいたものは、「存在事由」に他ならず、
「絶対」と「存在事由」は全く別の概念なのだと言ってるの。

 纏めると、「理論」や「絶対」と「存在事由」とは、本来全く独立したものなのに、
君はこれらが一体になっていないとダメみたいに言っているのはなぜ?って事。

320 :野郎(300):2005/05/24(火) 01:05:33
>>316
永井氏は存じないです。
ですから『永井均氏…立場です』の趣旨が分からなかったのですが、
とりあえず、現在の経験には、必ず過去の経験(過去把持された空虚表象)が関わるから、
刹那刹那といっても、果たして過去から一切切り離された現在はありうるかなと思います。
例えば「意外」という体験は、ある予測が自明的であれ働いていることによって起りますが、
過去の全経験が背景として働くからこそ可能だと思います。
過去の経験は現在の経験と同じ程に現在的であり、
過去の経験が働くからこそ、現在が現在としての経験になるのではないかと思うわけです。
記憶(過去の経験)は、「ある意味合いで」ですが、疑い得ないと思います。
「疑う」というのは、「疑われるべき者」がなければ成立しませんが、
記憶が疑われる当体として絶対的でなければ、そもそも疑うという事自体不能になるからです。
「Aの瞬間にXという経験をしたが、次のBの瞬間にXは実は間違えでYだった」と出来る為には、
Bの時点に疑われるべき当の者としてのXが絶対的に与えられていなければならないと思うのです。
例え客観的にはXが正しくないのだとしても、自己の直接的な体験の領野では
このような意味合いでですが、絶対的なのだと思います。

321 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 01:09:11 ?
制御の基本だね。


322 :310:2005/05/24(火) 01:33:02
>>317
>瞬間瞬間の考えを脊髄反射の形で他者に伝える
それは無理でしょう。相手に伝えるということにも一時的記憶容量は必要です。
一瞬でもデータ(記憶)の保存をしているからです。
反射だろうとなんだろうと耳(もしくは脳)から口へ言葉のデータ(一時的な記憶)の伝達はされていますから。
そこにデータの保存はされてます。
少なくともこれはどんな行為でも同じです。記憶なしに何も出来はしません。
データの保存がされないということはデータが入ってきてもそれを無視する(放棄して受け取らない)
ということになりますね。逆にデータを受け取った瞬間はデータを持って(保存して)いることになります。

323 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 01:41:24
記憶が間違っててもいいだろ。過去のことはもうわからないわけだからな。

たいした問題ではない。

324 :310:2005/05/24(火) 01:45:23
それはそうなんだがな。
それを前提にして「○○する」ってところが問題なんだろう。
それに「議論する」も含まれているわけだが。

325 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 01:51:01
記憶が正しいか否かは経験や体験によって確認を繰り返し、限りなく100lに近づいて行きます

それを赤ん坊の時から学習し、あるデータは99l間違いないと判断してよいというデータが蓄積され
それを土台に思考を積み重ね、応用しさらに別の信頼できるデータを確立していきます

そうして積み上げられたデータによる所の膨大な実績や成果はそのデータの元となった「記憶」というものに絶大な信頼を生み出します

つまり、なぜ人は記憶が正しいという前提なのか?

答え:莫大な実績と成果を上げている故に絶対的に信頼しているから
QED.

326 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 07:30:14
そういうバカが証言台で「俺は見たんだ!」とか叫ぶんだよな。服の色すら正確に思い出せないくせに。

327 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 09:06:24
脳内の記憶は想起されるたびに書き換えられて
いるんじゃなかった?
記録するだけで書き換えできない記憶は役にたたない。


328 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 09:08:59
↑過ちては改めるにしかず。
記憶の真偽はつねに今、想起したことによって再認される。

329 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 10:04:38
しかし、証言が信用できないのなら、裁判なんて原理的に不可能だ
ということになってしまうぞ。「自発的に行われた自供」だって
信用できんし。


330 :考える名無しさん:2005/05/24(火) 12:57:39
目撃者は補助に過ぎないだろ。
「物的証拠>状況証拠>目撃証言>動機」だと思うが

331 :1:2005/05/24(火) 18:38:53
>>319
>前半
私が理解してる理論は「これがこうなるからこのようになる」といった事を
感じて、それを『理論』と呼んでいるものだと思います。

「経験を演繹して」という事を今この瞬間感じているだけとも考えられます。
つまり、経験を感じなくても、「経験を感じたという記憶」を感じれば、
理論は作れると思います。

また、我は経験しなくてもなぜか知ってるような事だと思います。経験に頼らなくても思考できると思います。

>後半
私はなぜ何かを感じるのか?次は何を感じるのか?といった問いの解を知りたいから、
絶対や理論といった語句を使っているだけです。
疑問の意味がよく分かりません。

332 :1:2005/05/24(火) 18:53:32
>>320
>『永井均氏…立場です』の趣旨
私も誤解してるかもしれませんが、
例えば今この瞬間に何かを感じ始めたのかもしれない。
つまり、宇宙は〜前にできたんじゃなくて、今この瞬間でき、また
私も宇宙は〜前にできたとか私は〜という人間だ、といった記憶を感じてるだけかもしれない、
といった感じです。

この考え方で、今この瞬間はこの人間や世界を感じてる、次の瞬間は別の生物や世界を感じてる、
また次の瞬間は・・・と、自分や自分の存在する世界の認識が
瞬間瞬間変わり、またそれに気付かないということです。

つまり、考え方・この世の捉え方そのものが、
「経験を基に思考する」のではなく「瞬間瞬間『経験やそれを基にした理論』を感じている」という、
普通とは違うようになってます。

333 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/24(火) 20:11:12
>>331
>私が理解してる理論は「これがこうなるからこのようになる」といった事を
>感じて、それを『理論』と呼んでいるものだと思います。
 なにこの日本語・・・「『これがこうなるからこのようになる』という感覚」が
(君の定義する)理論ってこと?
 非言語的なものなら「論」にゴンベンがついているのは何故かな。

>また、我は経験しなくてもなぜか知ってるような事だと思います。
>経験に頼らなくても思考できると思います。
 君は今、なに語を話してるの。なに語で考えてるの。
先生に国語を習ったことがないのか?君は、日本語で話しかけられた経験が
ないのに、なぜか日本語を喋れるのか?

>後半
 絶対的な存在理由を探すために理論を立てる、と君は言うが、
「存在事由を探す」ときに、それが「絶対的」である必要もないし
「理論」を立てる必要もない、と言っているの。
 判らないなら、「絶対」「理論」「存在理由」だとかの言葉を辞書で引いてくれ。

334 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 07:59:28
もちろん全ての自分の記憶が100l正確でないのは当前である

ここで自分の記憶が正しいかどうかをどのようにして確認しているかを考えてみてください

今日も行く学校のある場所、「記憶」を頼りに行きますね、で行ってみたらやっぱりその場所にありました
記憶が正しい事が確認されました

このようにほぼ100l確かな記憶が多数存在する事が「記憶」が信頼できる証となっているのです

賢明なる方には言うまでもありませんが、記憶力(各人の能力)と「記憶」と呼ばれるものは別物である事をまずはご理解ください

335 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 09:33:18
>>330
上の人とは別の見方で、裁判は不能だと思うよ
「全ての容疑者は、そのとき心神喪失状態にあったかもしれない」んだからね
クスリでトンでたときの事を、自動書記のように喋ってるだけかも知れないでしょ?

336 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 10:46:03
>>330
いや、「物的証拠」だって、結局は記憶でしょ。
「この指紋はどこどこで採取された」とか「凶器は誰の持ち物で
どこで発見された」とか、突き詰めれば全部誰かの記憶だもの。
ま、もっともそれ以前に、
「どんな事件がどこで起こった」とか
「被告人や検察官や裁判官はどこどこ生まれの誰である」とか
「刑務所に何年入っている」とか、
全部「記憶」だから、本当に記憶が信頼できないのなら事件も
裁判もへちまもないんだけど。

337 :330:2005/05/25(水) 13:26:03
ふむ。そりゃそうだ。
まぁ俺が>>310なわけだが。
ただ単に「証言」という言葉に反応したわけなのだ。

大分前からこの議論自体無駄だと言ってるんだがな。

338 :335:2005/05/25(水) 16:16:07
>>337
それには賛成

339 :1:2005/05/25(水) 18:25:53
>>322
確かに伝達は「記憶を参照」→「思考」→「表現」という
プロセスを要しますが、
それは理論上の話で、一瞬一瞬に「議論をした」という事だけを感じても、
今の状況は成立するのではないでしょうか?

>>323-324
問題なのは、記憶には「明日もAは〜だ」とか「自分は〜だ」といった、
変わってしまうと生活が崩壊する事柄まで含まれている事です。
上の方でも書きましたが、
もし明日から物理法則が変わったら?
もし自分は人間でなく脳の実験をされてる実験用動物だったら?
別にこういった事は無くは無いですし、
果たして何がそうなのか、次の瞬間何を感じるかは、
「〜なるだろう」と人間がただそう感じてるだけで、
別に何がどうなったって構わない、何でも考えられるのです。

記憶と表現してますが、「本能」とか「無意識のうちに思ってること」とか、
そういった類のことです。

340 :1:2005/05/25(水) 18:37:12
>>333
> 非言語的なものなら「論」にゴンベンがついているのは何故かな。
そもそも、フサールさんと私との理論とか議論の定義が違うから
このようになってると思います。>>319
>経験を演繹して他の状況に生かせるようにしたもの
にしても、そもそも「経験」とか「演繹」とか「他の状況」とか「生かせる」の定義が
フサールさんと私とでは違うから、食い違うのではないでしょうか?
それで、そもそも言語や理論は、何かを感じてそれを絶対変わらない「記号」として
作られたのではないでしょうか?
だから、分割できない言葉で表現したので、自我しか感じられない他我には伝えられない「感覚」なので、
非言語的になると思います。

>君は、日本語で話しかけられた経験がないのに、なぜか日本語を喋れるのか?
例えば掲示板の文字でしたら、ブラウザに表示されてる黒い何かを「文字」と認識
しているだけで、その文字の「これがこうなると、ああなる」という法則が分かれば
文字を使えるので、別に
日本語を習わなくても、どのような理由で知ったとしても法則を知ってさえいれば使えると思います。

341 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 18:54:17
普通の人は1くらい深く考えないから、1の疑問に答えられる人はいないだろう。
考えてもしようがないとどこかで諦める。

342 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/25(水) 19:40:58
>>340
 まず、辞書を引け。
君が「経験」や「理論」のことを間違って認識しているから、食い違うのだよ。

>言語や理論は、何かを感じてそれを絶対変わらない「記号」として
>作られたのではないでしょうか?
 それ=感じたもの(すなわち経験)でOK?
つまり、言語や理論は経験をもとにしていると認めるんだな?

>だから、分割できない言葉で表現したので、
>自我しか感じられない他我には伝えられない「感覚」なので、
>非言語的になると思います。
 主語は何?もっと落ち着いて書き込みなさいって。

 それにしても、「どう思う」「こう思う」って、君が何を思っても勝手だが、
正しいことを述べる努力をしようよ。

343 :1:2005/05/25(水) 20:28:09
>>342
>君が「経験」や「理論」のことを間違って認識しているから、食い違うのだよ。
辞書には『経験=実際に見聞きしたり自分でやってみたりすること』とありましたが、
「実際」「見聞き」「自分でやってみたりする」ということを、
辞書の製作者や私や他の人は違うように定義してるかもしれません。
では、そういった言葉を辞書で引くと?結局は、
これ以上分割できない語句(「これ」や「こうなる」とか)で構成されてると思いますが、
そういった言葉=その人の感覚なので、
語句の定義は人それぞれ違ってしまうのは当然ではないでしょうか?
だから、重要なのは語句を使う方法(なにをどうするとどうなるかとか)だと思います。

>つまり、言語や理論は経験をもとにしていると認めるんだな? 二つだと思います。
・言語や理論は経験をもとにしている
・「言語や理論(と呼んでいる感覚)は経験をもとにしている」と感じている

>主語は何?もっと落ち着いて書き込みなさいって。
ああ、>>333(331)の「これがこうなるからこのようになる」です。

その正しいことというのは何なのでしょうか?
私は相手に自分の感覚を伝えることだと思ってますが、辞書の語句の認識というならば、
それは人によって違うのではないでしょうか?

344 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:23:06
>>341
考えるのにも記憶が必要だっつーの

345 :考える名無しさん:2005/05/25(水) 22:38:11
>>344
だから何?記憶が正しいという証拠にも考えが正しいという証拠にもならない。

346 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 00:15:20
>>345
だから考えが正しい証拠にならんなら議論出来ないだろ。
この議論自体も全てが正しいわけじゃないなら矛盾する可能性があるんだから。
別に記憶が正しいなんて一言も言ってない。
記憶を疑うなら議論も考えることも出来ないから無駄だっつーの。
過去レス見ろよ

347 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 00:35:32
>>343
>辞書の製作者や私や他の人は違うように定義してるかもしれません。
貴方が言う辞書の定義が私とは違うかもしれません
貴方が言う製作者の定義が私とは違うかもしれません
貴方が言う私の定義が私とは違うかもしれません
貴方が言う他の人の定義が私とは違うかもしれません
貴方が言う違うの定義が私とは違うかもしれません
貴方が言う定義の定義が私とは違うかもしれません
この黒い記号の羅列の定義が貴方と私とでは違うかもしれません

結果、お話になりません
貴方の定義を貴方が考えてください、一緒に話しても、私のとは別になるかもしれませんから

348 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/26(木) 02:00:39
>>343
>その正しいことというのは何なのでしょうか?
 つまりね、2chで「わかりません」って言っても見苦しいだけなんだよ。
わかんねーって言っても誰も教えてくれないの。残念ながら。
分かったこと(言論・理論)を書けば、誰かがそれに答えてくれるかも
しれないから、「分かったこと」を書けと言っているの。

>重要なのは語句を使う方法(なにをどうするとどうなるかとか)だと思います。
 OK。それなら、その「方法」を身につける努力をしよう。
具体的には辞書の中の一般的で当たり前の言葉遣いをしようじゃないか。

>二つだと思います。
 君の文章には主語が抜けていることが多いな。
それで、言語や理論は経験をもとにしていると認めるんだね。

349 :1:2005/05/26(木) 20:10:04
>>334
>このようにほぼ100l確かな記憶が多数存在する事が「記憶」が信頼できる証となっているのです
いえ、ほぼ100%確かではなく、確率は分からないのです。
例えば、今この瞬間宇宙と自分とそういう記憶ができたとしても、
何ら問題はないので
「100l確かな記憶が多数存在する」なのか
「100l確かな記憶が多数存在する」と感じているだけなのか、
それはどちらか分からないので、間違ってるかもしれないのです。

>>337-338
記憶が違うといったことから、様々な前提が崩れます。
また、理論や「宇宙は〜で自分は〜だ」のような、生活の基盤となるような事も崩れるので、
議論は意味があるし実生活にも使えるのではないでしょうか?
疑って疑って何も信じられないのではなく、
今までは〜としか考えてないけど、
〜〜の可能性も踏まえて考えるとかです。

350 :1:2005/05/26(木) 20:23:18
>>347
貴方の定義とは私が「辞書=〜」とすることですか?
しかし、〜というのも、結局は「これ」とか「あれ」といった、
これ以上分割できない語句=その人の感覚
になるので、定義しても同じでは無いでしょうか?
だから、こういう語句をこう使うとこうなる、といった法則が重要だと思います。

>>348
>「分かったこと」を書けと言っているの。
記憶は正しい訳ではないとか、単にブラウザの黒い何かを文字と〜いう可能性とか、
この世や自分は実は〜でしたという可能性とか、そういう事は
書いていると思います。
私はフサールさんの意見に対し質問してるのですが、それに対し
「わかんねーって言っても誰も〜」と言うならば、
フサールさんが私の意見に疑問詞をつけるのはなぜですか?
>具体的には辞書の中の一般的で当たり前の言葉遣いをしようじゃないか。
そうですね。
>君の文章には主語が抜けていることが多いな。
>それで、言語や理論は経験をもとにしていると認めるんだね。
主語は「つまり、言語や理論は経験をもとにしていると認めるんだな?」への問いで、
可能性が2つということです。
ですので、言語や理論は経験をもとにしている可能性もあります。
どちらとも言えます。

351 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:14:24
記憶が正しいと信じろ。何のための教育だったのだ。
人間教わった方程式を記憶して成長するものだ。

352 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:15:20
>>350
>だから、こういう語句をこう使うとこうなる、といった法則が重要だと思います。
一つの事象から得られる情報が貴方と私とでは違うかもしれない
一つの法則から得られる情報が貴方と私とでは違うかもしれない
得られる情報が違えば貴方と私でその処理も違うかもしれない
情報に対する処理が違えば貴方と私でアウトプットも違うかもしれない

貴方は以前物理法則すら疑問視していませんでしたか?
なら、なぜ「法則」などという事を探そうとするのです?
せっかく見つけた「絶対の法則」すら疑問視できるのではないですか?

353 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/26(木) 21:18:18
>>350
>「わかんねーって言っても誰も〜」と言うならば、
>フサールさんが私の意見に疑問詞をつけるのはなぜですか?
 おいおい、大丈夫?
君が「何もわからん、謎はすべて解けない」って言っても誰も
解決してはくれないって事だよ。

 俺がいまやってるのは解答・解説ではなく「もっとよく考えろ」っていう忠告だよ。

>可能性が2つということです。
>ですので、言語や理論は経験をもとにしている可能性もあります。
>どちらとも言えます。
 これは「さっぱり分からん」と言っているのと同等だということには気づいてるかい?
「どっち」だと聞いている時に、「どちらかだ」と言われても無意味だよ。

「人間は二本足で歩くの?」と聞かれて、
「人間は二本足で歩くか、歩かないか、どちらかだ」と答えるのと同様。
答えになってないの。というより君は、まともに考えて答えを出す気があるのか?

354 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:19:17
>>1
そうは言ってみても結局あなたの整合性は記憶によって保たれている

355 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:19:18


356 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:20:16
つぅか正しいってなによ

357 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:21:28
>>356
記憶と一致する事

358 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:29:42
1は根源的な思索に向かっている本物の哲学者だと思う。
1を何とか説得しようとしている人達の中に潜む醜い俗物性と偽の権威主義が、
1の頑固な姿勢によって逆に浮き彫りにされているのが皮肉である。このスレッドにおいて、
1の妥協を許さない高い品性と、俗世に妥協した
1以外の者の下劣な品性は対照的である。

359 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:42:28
>>358
もしそうなら、>>1はもう少しいろいろと考えてからここで話して欲しいんよ
少なくとも、論で他者を納得させることが出来るまで考えをまとめてからにしてほしい
答えを他人に依存する割には、「そうじゃない」って繰り返してるだけ
議題が記憶と思考の関連からほとんど動いていないって気付いてる?

360 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 21:48:13
>>358
いや、既にそれは古いのだがな。


361 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 22:09:35
>>358
言っちゃあなんだが、お前が一番下等だよ。いやスマン、言いすぎたか。

記憶は絶対的じゃないけど記憶疑ったら行動出来ないってことを考えたら無駄な議論だよ。
無駄な議論も記憶を前提にしてるから。って何度言えばいいんだ。

362 :1:2005/05/26(木) 22:13:34
>>359
今の議題は、

そもそも何で「自分は〜という人間で自分の存在する世界は宇宙で〜」と思うのか?別に、
可能性ならば何だって考えられるじゃないですか。また、
例えば〜という可能性と今常識的に思ってる〜という可能性は、
どちらも「こっちの方が何%の確率で正しい」とは言えないのに、
何で1つの可能性だけを考えて生活するのでしょうか?

という事と、

理論は「記憶を参照→思考」といったプロセスを要するように思えるけど、
私(我)が瞬間瞬間に「今は思考している」と感じているならば、
参照というプロセスはいらないのではないでしょうか?
物事の感じ方は
時間が連動して〜を感じる、というのと一瞬一瞬〜を感じる、という二通り考えられ、
「一瞬一瞬〜を感じる」ならば記憶の参照というプロセスは要らないと思います、

という事がいいたいです。

363 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 22:25:37
君はまずは悩のメカニズムを勉強してみなさい
また中学生が哲学したいなら同級生達としなさい
迷惑がかかるから

364 :1:2005/05/26(木) 22:31:32
>>352
>なら、なぜ「法則」などという事を探そうとするのです?
>せっかく見つけた「絶対の法則」すら疑問視できるのではないですか?
>>317を参照してほしいです。
>>なぜなら解を見つけたと思ってもそれも「記憶違い」かもしれないからな。
>「見つけた解が記憶違いにならない方法は何か?」の問いの解を見つければいいと思います。
絶対に疑問視できない解を探せばいいと思います。

>>353
>俺がいまやってるのは解答・解説ではなく「もっとよく考えろ」っていう忠告だよ。
誤解していました。でも、
絶対の解と呼んでいる何かを知ってる人間が居るとも考えられます。
>これは「さっぱり分からん」と言っているのと同等だということには気づいてるかい?
これは気付いていません。
どちらとも考えられたので、「人間は二本足で歩くの?」と聞かれたら、
どちらか断言せず「人間は二本足で歩くか、歩かないかどちらとも言える」と答えるしかないと思います。
>というより君は、まともに考えて答えを出す気があるのか?
おそらく、考えた答えが複数あり、どれも可能性ならば同じなので、
「A,B,C,D,E…とどれも有り得ます」と言う形になるのでしょう。

365 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 22:38:13
1に質問
君は自分の名前を記憶していますか?
またその記憶は正しくないのですか?

366 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/26(木) 22:48:35
即レス魔神現る。
ていうかよっぽど暇だなぁ、俺も。

>絶対の解と呼んでいる何かを知ってる人間が居るとも考えられます。
>おそらく、考えた答えが複数あり、どれも可能性ならば同じなので、
>「A,B,C,D,E…とどれも有り得ます」と言う形になるのでしょう。

 つまりは「 まともに話をする気もないし、考える気もないが、
知っている人がいたら教えてほしい 」ということか。やれやれ。
「(なにか、勝手で主観的な予測)があるとも考えられる」と言えば
誤魔化せると思うのは大間違いだよ。

 「断言せずに答えるしかない」と君は言うが、君は逃げるだけで答えてないから。
断言できないんだったら断言して確かなことが言えるようになるまで考えろってこと。

367 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 22:55:15
>>364
>絶対に疑問視できない解を探せばいいと思います。
絶対に疑問視できない解が、絶対に疑問視できないと言う保障は?
ためしに聞きますが、どのようなことが絶対に近いと思いますか?

>「A,B,C,D,E…とどれも有り得ます」と言う形になるのでしょう。
絶対を探そうと言う人の答えかね…

368 :1:2005/05/26(木) 23:03:33
>>365-366
いや、その確かなことというのが確かじゃないと思うんですよ。
常識的に、自分は〜で宇宙は〜でのように考えてたら、
別に「明日も〜になるでしょ」とか「人間は〜だよ」とか、
そういう普通に答えられると思いますが、
その常識が正しいかどうかが問題なんですよ。
上で例を挙げましたが、別に今の自分は人間じゃなくて、
ただの実験用動物が脳の実験で感じてる錯覚とか、
五感全て再現された夢とか、そういうのだって考えられるじゃないですか。
それで、五感全て再現される夢とかだったら、気軽に「〜は〜〜だよ」とか
言えないと思うんですよ。
なぜって、そういう夢や錯覚は法則が通用せず、次何がどうなるか分からないから。
だから、「おそらく〜は〜〜だろう」とか「常識的に〜は〜〜だからそう言おう」
としたって、その考えを作る根底そのものが断言できないから、
〜の可能性と言うのが一番間違いないのではないでしょうか?

どこかで妥協をして、「〜は〜〜なんだ」と言うにしても、
結局はそう思う人の数になると思うので、
全員が共通する事=絶対の解を探してます。

369 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 23:31:07
でわ君が実験用動物だとする、で今の世界が錯覚だとしよう、
でも君は明日も学校に行くよね?
学校の場所もクラスも自分の名前もおぼえてるよね?
錯覚でもその仮想世界で生きる為に実験動物が覚えてる記憶ではないのかい?

その記憶を疑問視するだけの要素はあるかい?
根拠も無くやみくもに想像してるだけだよね?

それではただのSF映画の見すぎだよ?

記憶は記憶だよ、君の記憶力や実験動物的境遇は関係ないよ
自分の記憶能力や記憶間違いの確認は君も無意識にやっている事だよ
君は自分の頭を信じてないのかい?

370 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 23:39:43
自分の記憶を信じてならば明日の朝、君が行く学校の場所を地図で確認しなくては行けないよ
自分の名前を親に確認しないと、いや確認する事じたい忘れてるかもしれないよ?
このスレの存在も怪しいね?でも今日も確かにあったよね?これはたまたまサイコロが同じ目をだしてるような確率で当たってるだけなのかい?
もしそう思うなら君は相当あほだよ?
これだけ正解率が高いなら確かと判断できるよ
いわゆる99.9l間違いないというやつだよ
これだけの精度があれば記憶というものは信頼できるとカナリパーじゃなければ判断するよ?

371 :考える名無しさん:2005/05/26(木) 23:51:03
もしかしたら君の言うとおり100l正しいとは言えないかもしれない、しかしそれは超自然的な領域の話しであって普段生活する世界では無視して一向に差し支え無い程度のものだよ
君は渡る橋が壊れたらやばいからたとえ99.999l安全な橋でも渡らないのかい?それじゃ電車も乗れないよ?君は飛行機乗るのこわいんじゃない?

つまりそうゆう訳で人々は記憶を信じているのです。
信じないと生きて行けないからある意味無理やりにでも信じるのです。

わかりましたか?
いや君にはわからないだろう。

だから来ちゃだめ。

372 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 00:29:14
>全員が共通する事=絶対の解を探してます。
記憶を前提にしなきゃそれを議論することも不可能だよって言ってるんだが。

373 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 01:12:17
パソコンに置き換えてみるテスツ

記憶=記憶装置
考える=演算装置
覚える=入力装置
行動する=出力装置

374 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 01:14:53
というか記憶だけを基盤にしてる訳でもなくて
新しい情報は常に取り入れてる様な

375 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 14:09:14
新しい情報も記憶に加えられてるし。

そしてメモリなしに演算装置が作動するわけもない。
そして行動する際にそのプログラムも局所的な記憶として頭に入るわけだが。

376 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 15:27:48
>>373
脳をパソコンに置き換えるモデルはもう古いよ。

377 :375:2005/05/27(金) 17:11:52
古くてもある程度は使えるんじゃないか?
古典力学と同じでさ。
まぁ記憶装置が他と共存してるってことが加えられたらそれほどおかしくもないし。

378 :1:2005/05/27(金) 17:58:08
>>360
上で述べたように(>>209)今まで考えても解が見つからない、見つからないのが解だ、
という結論自体が間違ってるという可能性と、
見つかってないだけで見つかる、という
二つの可能性の基に考えてます。

>>367
何故「疑問」や「解」というのを感じるのか、
という何かを感じるシステムが分かることが一番近いと思います。
「私は〜すると疑問と感じる」とかではなく、
「〜だから疑問を感じる」といったことです。
何度か書いているように、
我はなぜ存在するのか?とか我はなぜ何かを感じるのか?
といった問いです。

379 :1:2005/05/27(金) 18:06:17
>>369-371
記憶を信じてない訳ではありません。
「信じるしかない」とは思ってますが、間違ってる可能性もあるから、それを考えようとしてます。
例えで言うなら、>>371の99.999l安全な橋ですが、
もちろん渡りますが「崩れるかもしれないから、その場合はこうする」位は
考えておこう、と思って渡ります。

あと、何度も言いますが、記憶が連続して成立しているのではなく、
一瞬一瞬何か別々の記憶を感じても今の状態は成立します。
つまり、この瞬間宇宙や自分や「自分は〜だという記憶」ができたとしても、
何ら問題は無いので、結局は次の瞬間どうなるか分からないのです。だから、
過去が関連して存在し何かを感じてるのか、
ただ一瞬一瞬何かを感じているだけなのか、
それとも全く違う形で何かを感じてるのか、
そういう問いの解を探しています。

380 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 18:27:20
1の考えてる事がだいたい飲み込めた。
血液型占いの話を哲板で切り出すのもどうかと思われるが
とりあえず聞いてみたい。1の血液型はA型?

381 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 20:04:27
>1の主張を「タイムマシンの哲学」を思い出しながら読んだ。
あの本を読んだ時も
『記憶が正しいという前提がないと成立しないよな〜』と思った。

382 :1:2005/05/27(金) 20:22:14
>>380
新しいタイプのレスですね。見事にAです。

383 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/27(金) 20:27:38
>>368
 君は石橋を叩くだけで、渡っていない。
>そういう問いの解を探しています。
と君は言うが、具体的にどうやって探しているのかね。

スレ立てして今まで、
黙考して何か解った?
本の5冊や6冊は読んだ?
識者に話を聞きに行った?
禅寺に入門してきた?
「正しさ」を追う以上に「間違い」を恐れて何もしてないのと違う?

 たとえマトリックスの世界であっても、見聞を広めることは
無駄じゃないと思うよ。少なくとも、「考えてる」「探してる」と
言うだけの状態よりは有意義だ。

384 :1:2005/05/27(金) 20:42:08
>>383
それが本は永井さんのを数ページめくるか、仏教の我の部分だけをかじる程度でして…。
ですから具体的方法を突っ込まれると答えに詰りますが、
「私が考えてる事はけっこう皆考えてるけど、
なぜか途中で考えるのを止める」
のはどうも確からしいです。
あと、禅寺には言ってませんが、識者には「楽しい状態が終わるから苦しいでしょ。
仏教では楽しい状態がいつまでも続くのを目指してる〜」と、
「ああなるほど」と思える話を聞いたことがあります。

あと、「何故か皆は途中で考えを止める(もしくは可能性を一通りにする」
というのは分かったと思いますが、
その理由がイマイチ分かりません。

385 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 20:47:39
>382

根拠無き偏見と先入観なんだけど、こだわり方がA型的な感性に見えた。

386 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/27(金) 22:12:47
>>384
 君が真っ先に考えるのを止めてるように見えるんだが。
自分に都合が悪い意見には「何々の可能性もある」だけで
すませてしまうあたりがね。

 「どうも」確か「らしい」とか言うあたり、その意見も誰かの受け売り
ではないの?それは、自分で様々な情報を集めて総合して出した
結論かな?答えを出すためにちゃんと努力していると胸をはって
言えるのか?

 現象学の本を読んでみることをお勧めするよ。主観だってそんなに
悪いもんじゃない。竹田「現象学入門」(NHKブックス)あたりお勧め。

387 :考える名無しさん:2005/05/27(金) 23:52:54
今までの哲学も時間や自我は疑っても
なぜか記憶は疑わなかったもんね。
新しい哲学の端緒があるかもよ。

388 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:04:49
個人が共同幻想によって記憶を書き換えている事もある。
記憶が正しいと言う前提を疑う事は価値がある。


389 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:07:22
個人も常に新しい経験により過去の記憶を書き換えている。
記憶が100%正しいという前提は切り崩してゆくべきだ。

390 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:08:14
>>378
>という何かを感じるシステムが分かることが一番近いと思います。

では、感じるということは疑わないのかね?

391 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:12:23
>>390
感じてるのはとりあえず今現在だからじゃない?
今の論点は記憶。論点をずらそうとしてもダメだ。

392 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:19:30
>>391
記憶は君らがやってくれ
俺は勝手にやらせてもらう
幸い>>1はレスを返す相手を選ぶような卑怯者ではなさそうだし

393 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:22:36
>>392
何をいきっているのか。
>1の提議した疑問は過去にも例が無いし意味があると思う。
俺は究極まで論じられるほどの者ではないいけど
自分なりの考えは提示してゆくつもり。

394 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:27:17
記憶を疑うということは
時間(&空間)の連続性を疑うことに他ならない

別に新しいとも思えんが…

395 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:31:39
記憶のどこの範囲までを疑えるかが、この問題のキーだな。

396 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:34:22
>>394
物理的存在である時間、空間、時空の連続性を疑う事と
心理的存在である事が次々明らかになっている記憶を疑う事は大いに違う。
そもそも記憶=時空という前提が誤り。


397 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:51:30
昔は「とりあえず記憶は正しい」という前提に立たなければ議論が成立しなかったというのは分かる。
だが現代は人間の外部に記録、記憶が多く存在する時代になった。
コンピュータと人間の違いからも記憶を疑いやすい時代になったと言える。
記憶を検討する事は現代人にとって意味ある行為だと思う。

398 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:52:29
>>396
ちゃうちゃう
記憶と言うのは、何かに依存した存在だろ
それが肉体であったり、私であったり、神であったりしただけ
上記は散々出尽くされた議題だよ
今回は「感じる」ということを重要視する所から、「私」に近いかもな
なんらかに依存するものであるなら、その依存するものに縛られるだろ?
なんなら「精神に時間は必要か」ということから話すかい?
それとも「幽霊はいるか」がお好みかい?

現在の>>1は、自分の漠然とした不安を、不安のまま掘り下げていない段階であり、それ故に論に説得力がない
記憶が何に依存しているのか、記憶と言うものをどう捕らえているのか、それすらはっきりしていないように思うのだが?
切り捨てたいものをなぜ切り捨てることが出来るかということだけでもいいが、今まで他者を納得させるような答えを出せたか?


399 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:53:56
>>397
それは記憶を疑うことではなく
記憶の正確さを疑うことでしかない
と、思うんだが?

400 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 01:06:57
漠然とした不安か。「すむ」という言葉を繰り返していると
ゲシュタルト崩壊を起こすが、認知的なレベルなのかな。

401 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 01:15:27
外部に記録したものを取り込んだ時にそれは記憶に変わるわけだが。
瞬間的にデータを使う際にもその瞬間は記憶として保持しているわけだが。
記憶を前提とすることを議論する際も記憶を前提にしているわけだが。

記憶を何処の範囲まで疑うか、ということになったとしても
洗脳によって一瞬前の記憶さえ曖昧に成りうるから。
記憶にははっきりとした時間間隔もないので何処までというのも判断出来ない。
よって全ての記憶について考える必要がある。

記憶を疑ってどうするんだ?信じきるのも危険だけどな。

402 :言い逃げ厨房 ◆PLAYBOYc7c :2005/05/28(土) 01:19:11
私は疑惑と確信のあいだを行ったり来たりで。暫定でも確信なきゃ自己が誰だかドコだかわかんないよー。
自分の輪郭をぼやけさせるな!もっとしっかりしろ!ってコトで記憶が必要かなぁ。確信なんていつも塗り替えられてますがね。
記憶は学んだ後付けの習性みたいなもんじゃね。
納得がいくならそれが答えじゃね。不条理なのに整合性だけは欲しがるんだよねーにんげんって!

403 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 01:27:25
>>399
その通り。記憶の正確さを疑う事に意味があると思う。
>>398
幽霊の話も精神と時間の話もしようと思わない。
>1のがどう答えるかは知らないが、
私が今一番引きつけられているのは現在による過去の記憶の書き換えという問題だ。
これは最近になって実験心理学の方面から明らかになって来た事で
人間の記憶のどこまでに影響を与えている事なのかも明らかになってはいない。
哲学の側からの論考も見た事がない。あるならぜひご教示願いたい。
これを論じ考える事を否定するのは大きな果実をむざむざどぶに捨てるように思う。
記憶がゼロか完璧かという二分法から離れて、『人間の記憶』をぜひ論じ考えてみたい。

404 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 01:50:26
>>403
こういうことなんじゃねえの?
A=B
A=現在の認識基準
B=過去の記憶
一番簡単でよくあるのが、「思い起こせば皆楽しい思い出」
ちょっとやばいのが、「鬱状態の人間の自己の否定」
かなりやばいのが、「多重人格症による擬似記憶の作成」
前二つは記憶そのものではなく、その記憶の意味のすり替えが起こる状態であり、最後のは現状に都合の良い記憶の偽造
過去の記憶という棚にある料理を、現在の認識が味見をしながら再調理し、また過去の記憶という棚に戻す
自己啓発の負のアプローチという問題に過ぎないように思えるんだけど?
詳しいことが載ってるHPあったら紹介してください

405 :訂正:2005/05/28(土) 02:12:15
>>404
ボケた
A=B
でなく
A*B=b
だった

--------------
10 print ”A=”;A
20 input ”A=”;A
30 b=A*B
40 B=b
50 goto 10
-------------- 

BASICで書くとこんな感じ

406 : ◆PLAYBOYc7c :2005/05/28(土) 02:23:47
(o>ч<o)なつかすぅベーシック

407 :言い逃げ厨房 ◆PLAYBOYc7c :2005/05/28(土) 02:30:18
幽霊と、精神の時間の話には興味津々っす、けどなんだか議論の方向があれしてるみたいっすね。
現在による過去の記憶の書きかえを哲学的視点でアプローチしますか…。ふぅん

408 :1:2005/05/28(土) 03:08:23
夜遅く失礼
>>386フサールさん
>君が真っ先に考えるのを止めてるように見えるんだが。
都合が悪い事をスルーする為に「可能性が〜」と言ってるつもりは無いですが、
もっと他者の意見を肯定できる書き方に努めますね。
>それは、自分で様々な情報を集めて総合して出した 結論かな?
情報集めはさほどしてない事になるでしょうね…。
なにせ本は一冊も読んでませんから。
部分部分をかじるとか、結論だけ引っ張ってきて、それで自分の考えの参考にしてます。
>現象学の本を読んでみることをお勧めするよ。
その主観への言及は後にして、とりあえず上でワサビさんが貼ってくれた
リンクでも読んで、書き方を学んでみます。

>>390
感じるということは疑えないのではないでしょうか。
デカルトの、我思うゆえに〜と同じ感じで、我有りの部分が
私は何かを感じるから、何か=感覚と呼んでるものは存在すると思います。
もっとも、他我には伝えられませんが。

409 :1:2005/05/28(土) 03:27:04
>>398
まず
>漠然とした不安を、不安のまま掘り下げていない段階であり、それ故に論に説得力がない
不安というと、病気がどうとかの流れになる事もあるので(現に上でそうなった)、
私が不安なのではなくただ解を探してる事を理解して下さい。
>記憶が何に依存しているのか、記憶と言うものをどう捕らえているのか、それすらはっきりしていないように思うのだが?
依存=記憶はどのようにして存在するか、なぜ記憶を感じるかならば、
可能性はいくつも考えられますと答えますが、それだと何も決めてないと言われそうなので、
瞬間瞬間何かを感じてるという解を主張します。
どう捕らえているのかは、記憶はどの範囲までを言うのかだと思いますので
「常識や無意識のうちに○は〜だと思っていること」です。
日常生活で使う「昨日○は〜だったから、今日も○は〜〜だ」とか
そういった意味では使っていません。
>切り捨てたいものをなぜ切り捨てることが出来るかということだけでもいいが
記憶を疑うと議論が成り立たない
        ↓
その考えも記憶を基にしているので成り立つ
        ↓
仮に記憶が間違ってるなら、「記憶を疑うと議論が〜」という考えも間違ってるかもしれない
        ↓
だから記憶が間違っているという可能性はある、という考えをしています 

410 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 12:37:30
裁判では目撃証言の信用性が議論になる。
個々の人間の感じ方はあまりにも柔軟で多様で変化するから
冤罪事件の悲劇も発生する。
AはBである、という論理以前に、AがAであるというのは記憶が支えている。
これって心理学か脳科学の分野なんだろうけど、哲学ではイデアとして扱ってきた。
人間の記憶は不完全なのでイデアというのを仮構しなきゃいけない、
って事かな。

411 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/28(土) 19:07:38
>>408
OK、常に勉強して何かの答え・真理を見いだすことを志向するなら
全然問題ナシ。

>>409
>私が不安なのではなくただ解を探してる事を理解して下さい。
 ただ、君のこの態度には「何がしたいのかな」って思ってしまう。
「解」って、単純に「答え」って意味じゃないの?「1+1=3」だって
間違っているけど「解」には該当するよ。

 ・絶対的に誤謬ではないという意味での「正解」
 ・揺らぐことのない、認識に関する「理解」
 ・誤謬にあふれた認識世界を生き抜くための「解法」
この他にも「解」と呼べそうなものはいくつかありそうだが、君は何を求めているの?

 「気になってしかたがない」という状態は「不安」に違いないでしょ。
既存の知識に満足しない「不安」の態度は大切だが、問題設定が
はっきりしていないから「不安なだけ」と言われるんじゃないかなー。

412 :1:2005/05/28(土) 23:21:58
>>411
>この他にも「解」と呼べそうなものはいくつかありそうだが、君は何を求めているの?
フサールさんの言葉を使うと
・絶対的に誤謬ではないという意味での「正解」
・誤謬にあふれた認識世界を生き抜くための「解法」
ですね。>>273の表現では
>私が何かを感じる理由
>私が何かを感じる法則
としました。

それで、「絶対」というのは、例えば
A.過去が関係して存在し、我が何かを感じている
B.我が一瞬一瞬何かを感じ関連性は無い
のどちらでも今の状況は成立しますが、
果たしてAかBどちらなのか?
といった意味で使っています。

413 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 02:12:43
>>408
「感じる」というのは非常に曖昧ですよ
「絶対」を捕らえるにはあまりに脆弱すぎる
求めているのは、肉体や精神の状態によって、あっさりと別のものになるような「絶対」なのですか?

414 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 04:17:47
>>409
解を探すというが、現在与えられている解と現状の間に乖離感があり
それが不安となっているから、乖離感を埋めようと自分なりの解を得ようとする
それはいい
しかし記憶を疑うことに固執し、適度な柔軟さと適度な硬さを失っているように思える

>「常識や無意識のうちに○は〜だと思っていること」です。
常識とは何か、無意識とは何かを考えたことは?

415 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 14:16:02
過去も現在もわけがわからないというのが正解。

過去に何が起こったかは確かめる方法がない。それは記憶と同じくらいあやふやだ。

何か書かれた証拠があったとしてもそれは捏造されたものかもしれない。

現在、何か感じてるとしてもそれは錯覚かもしれない。

要するに何もわからない。ソクラテスの「私は何も知らない」というのは正しい。


416 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 21:30:24
>ソクラテスの「私は何も知らない」というのは正しい。

 正しくない。
ソクラテスは「私は知らないことを知っている」という
うそを言ったために死刑となった。


417 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 21:33:37
正しいか正しくないかなど疑うことはできない。
生きるため必要なのは信じるか信じないかの決断だけだ。

418 :1:2005/05/29(日) 21:44:21
>>413
いや、感じることこそが絶対なのでは?
他我には伝えられませんが、
私(我)が何かを感じているのは絶対でしょう。
その何かは何だというと話は別ですが、
感じていることは絶対です。次の瞬間にはどうなるか分かりませんが。
解=求めているのは、412の
>私が何かを感じる法則 ですね。
次の瞬間何を感じるか、A,B,C,D,E…と可能性はいくらでもありますが、
そのうちAなのか?Bなのか?果たして何を感じるのか?
それを求めてます。(これを絶対と表現してます)

>>414
>常識とは何か、無意識とは何かを考えたことは?
それが確固たる表現ができないので・・・。
考えてるものの、曖昧な語句でしか表現できないので、
書いてません。
「これがこうなる」や「これはこうだ」と思ってること?かもしれません。
>記憶を疑うことに固執し
おそらく私の使う記憶には常識とか無意識とか、
そういうのも入ってるかもしれません。

419 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 21:51:12
幻覚をみてるときは幻覚だと自覚できないとか、
リンゴを明るくても暗くても赤いのは赤いリンゴをみたからとか
スッパイモノを甘くするミラクルフルーツなんてあるけど
感覚は曖昧だぁーね。痛さとか涙流したこととか。
結局、記憶が仮想だったとしても仮想と現実の区別がつかない状態で
物事を判断しているなら、人間自体が曖昧なのに
答えだけハッキリ出せると言うことはありえねぇ〜。
判断したことは正しいと"思い込む"処に
自問自答しないから問題だってことになるんじゃないのかなぁ〜。

420 :1:2005/05/29(日) 22:10:04
>>415-419
正しいとかいう言葉が出てくると同じ流れになりそうなのでまとめを

Q.私(我)は次の瞬間何を感じるの?
A.可能性ではa,b,c,d,e…とある

Q.なぜ何かを感じるの?なぜ私(我)は存在するの?
A.理由はa,b,c,d,e…と考えられる

上記二つの問いの答えは、果たしてAなのか?Bなのか?それを探っています。
そして、「確実にこれとは言えない」とか「分からない」という
答えをあげる人が多いと思いますが、
分かるか分からないのか、どちらかは分からないので
分かるという方を選択し探っています。

421 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/29(日) 22:57:41
>>412
随分欲張りなんだな。それとも「正解」イコール「解法」だと思ってるのかな?
二兎を追う者にならないように気をつけたほうがいいと思うぜ。
>後半
 自分語はやめてくれって。
「絶対」という言葉は「他との関わりなく」という意味しかないんだから。

>>420
 次の瞬間?未来予測がしたいのかね、君は。板を間違えてはないよな。
とりあえず前半に反論しておくか。その問いの立て方はおかしい。
もとより「次」とか「未来」とかいう言葉に「未知」という意味が含まれているから、
原理的に「次を知る」ことは不可能。

 「次の瞬間何を感じるか」を知ることができたとする。
すると、「次の瞬間の感覚」は既に知っているものであるため、
「次の瞬間の感覚」は「現在の感覚」となってしまっている。
「現在の感覚」は「次の瞬間の感覚」たり得ないので、
本当に次の瞬間の感覚を知るためには「次の次の瞬間」に
ついて考えなければならない。
 そして次の次の瞬間の感覚を知ったら、「次の次の次」が……
以下このようにして無限に続くため、「次の瞬間の感覚」は不可知である。

 わかりにくくなったから、具体的に書いてみる。
A君に「今から一時間後の天気を当てよ」という問題が出されたとする。
10:00の時点で、A君は当てずっぽうで「雨」と答えた。
11:00の時点で、実際に雨が降ったが、試験管は正解とはしなかった。
なぜなら、11:00の時点では、「今から一時間後」は12:00だから。
A君はなおも12:00の時点の予測をしたが、12:00の時点では
「今から一時間後」は13:00だったから……以下略。

422 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 23:37:30
>>418
>いや、感じることこそが絶対なのでは?
前に話したとおり、「感じること」はあっさりと別の感覚に影響されます
一番簡単で乱暴な例を挙げれば
貴方は高熱を出しているときも、通常と同じ感覚ですか?
貴方はクスリでラリっているときも、通常と同じ感覚ですか?
これらは、明らかに通常の私とは違う状態ですが、これでも絶対普遍の感覚と言えますか?(まあ、貴方が刹那の自己のみが自己と言うのなら、刹那において普遍と言えるかもしれませんが)
もし、刹那のみを自己とするのなら、貴方の要望は全くの無意味です
過去が完全に懐疑の対象であるのなら、未来があることも懐疑の対象です
「次の瞬間」など、過去と同等の意味しかないということです

>>常識とは何か、無意識とは何かを考えたことは?
>「これがこうなる」や「これはこうだ」と思ってること?かもしれません。
では、それが何に基づいて発生するのですか?

423 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 16:03:39
時空間には、x軸、y軸、z軸、t軸 があります。
それぞれ、互いに直交しています。

我々はt軸上を一方向にしか移動できませんので、
t軸を、x、y、z軸とは違うものと感じますが、
同等のものでしょう。

xy平面で、y=f(x)で、
yとxを入れ替えて、
x=f(y)としても、同じグラフを表すように、

xt平面で、同じことが言えましょう。

この世は、x=f(t)を
t=−∞ から t=+∞ に、なぞっているのでしょう。

我々は、模様の入った、細長い寒天の中を、
長軸方向に、なぞっているのでしょう。

未来は、ひとつに、確定しているのでしょう。





424 :言い逃げ厨房 ◆PLAYBOYc7c :2005/05/30(月) 16:20:04
ガチガチに固まったアタマかよ、くだらね。まやかしに囚われてるし

425 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 17:00:30
つまりなんでも哲学、と。

426 :1:2005/05/30(月) 23:10:56
>>421
>自分語はやめてくれって。
>「絶対」という言葉は「他との関わりなく」という意味しかないんだから。
絶対を語句で表現しようとなると、様々な意味になってしまうのでは?
私の辞書には「どんな場合でも、そのことが成立することを表す」とあります。
より常識的な使い方を求めるならば、絶対という語を使わず、
「〜は果たしてAかBどちらなのか?」
と言うのがいいかもしれませんね。

では後半を。
> 次の瞬間?未来予測がしたいのかね、君は。板を間違えてはないよな。
いえいえ何かを感じる根源的な理由は哲学ではないですか?
物理だと(まあ扱ってるスレもありますが)脳とか科学とか、
前提が入ってくるので>>425のように「何でも考えられる」ので
哲学ですよ。
未来予測は問いの1つであり、問いにはシステム(Aは何か?)を探る事も含まれてますね。
>もとより「次」とか「未来」とかいう言葉に「未知」という意味が含まれているから、
>原理的に「次を知る」ことは不可能。
その原理的というのが前提なんです。フサールさんがそう思ってる。
『「未知」という意味が〜』と思うのは、記憶を基にされた理論ですが、その記憶が正しいとは・・・
という何度か挙げた理由と、
もし一瞬一瞬ただ何かを感じてるだけなら、次の瞬間知る事も考えられる、
という二つの理由で可能だと思ってます。

具体例の反論をしますよ。
試験官から「今から君が何かを知覚する間の天気を当てよ」という問題が出されたとする。
回答者は自分が何かを知覚する間=存在する間の天気を知った。
試験官には伝えられないが、回答者は知っている。
これでOK?

427 :1:2005/05/30(月) 23:19:29
>>422
>これらは、明らかに通常の私とは違う状態ですが、これでも絶対普遍の感覚と言えますか?
言えませんが、「クスリでラリっている」と感じている事は疑いようがないと思います。
クスリが原因なのか、他者もその状態をラリっていると表すのかは別ですが、
そう感じるのは疑いようがないですね。

>過去が完全に懐疑の対象であるのなら、未来があることも懐疑の対象です
そうではない可能性もあります。
例えば、今この瞬間に宇宙や自分や自分がAだという記憶ができ、
また未来は今常識的に考えてる法則によって決まる、と。

>では、それが何に基づいて発生するのですか?
それは分かりません、というか探してます。
脳やそれ以外の物質の「ここがこうなるから」といった理由なのか?
一瞬一瞬ただ感じてるだけなのか?

428 :考える名無しさん:2005/05/30(月) 23:49:59
>>427
>>これらは、明らかに通常の私とは違う状態ですが、これでも絶対普遍の感覚と言えますか?
>言えませんが、「クスリでラリっている」と感じている事は疑いようがないと思います。
>クスリが原因なのか、他者もその状態をラリっていると表すのかは別ですが、
>そう感じるのは疑いようがないですね。
もう一つの例である発熱による状態変化も考えましたか?
何か変だなと感じる前に(感じるために?)通常とは違う状態になっていると思いますが?
発熱に気付いていない私
発熱に気付いている私
発熱していない私
これらの状態変化によって、感じ方が変わるようでは、それは絶対には遠いものだといっているんです


>>過去が完全に懐疑の対象であるのなら、未来があることも懐疑の対象です
>そうではない可能性もあります。
>例えば、今この瞬間に宇宙や自分や自分がAだという記憶ができ、
>また未来は今常識的に考えてる法則によって決まる、と。
貴方はご自分の論をご自分で覆されたのを気付いておられますか?
可能性だけで言えば、時間の流れに
この瞬間に世界が始まり、未来が続くことと
過去がずっとあって未来が無いこととは、同程度の可能性ですよ
さらに言えば、この瞬間に始まった世界は、その時点から記憶を容認すると言うこともあなた自身が言ってしまっている
どうなんです?

429 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/31(火) 01:38:09
>>456
自己完結はやめれ。
「何度か挙げた理由」もやめれ。無限後退になるから。
〜は記憶を基にされた理論ですが、その記憶が正しいとは・・・
↑この話も記憶をもとにしているが、正しいとは……
 ↑この話もまた記憶をもとにしているが……
  ↑この話もまた…

 結局、君が言っているのは「それ自体で正しい言説などない」という
至極当然のことなのだよ。そんなことみんな解ってるから、論を立てて
正しさに近づこうとするんだって。

>もし一瞬一瞬ただ何かを感じてるだけなら、次の瞬間知る事も考えられる
おーい、大丈夫か?「何かを感じるだけ」の状態と「考える」ことを、君はどうやって
両立できると言うんだ?ドッペルゲンガーでも見たのか?

>試験官から「今から君が何かを知覚する間の天気を当てよ」という〜
「今からn時間後の天気を当てられるか」という問題がなぜこうなるのよ。
全然別の問題を語られてもなぁ。「知覚する場は『いま』でしかないのだから、
人間は未来を知覚しない」これだけのことが何故わからんのだね。

430 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 10:48:40
1の言ってることは、こうだろ。

わたしの、いまこの一瞬の感覚は、
過去、未来の感覚と、脈絡がないかも知れない。

過去、いま、未来に連続する、わたし、が存在する、
という確信が欲しい。

確信が持てないので、不安で、わたしは精神的に病んでいる、
ということではなくて、

答え解らなくても、不安が取り除ければいい、
ということではなくて、

学問的に、答えを探したい。
建設的な議論をしたい。



431 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 11:07:50
フサールその他は、こう言っている。

そんなことで不安を感じるのは不毛。
設問の意味が解らない。
言葉の定義をしっかりしてくれ。
自己矛盾している、だいじょうぶか?


それでも、1は、根気強く説明している。

同じ考える者として、
1の姿勢には頭が下がる、とともに、
他の者には、せめて同じ土俵に立ってもらいたい。



432 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 11:19:51
以下の「哲学板」では、神剣でまじめな議論がされてますよ
http://philosophy.bbs.thebbs.jp/

433 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/05/31(火) 12:44:54
>>431
>せめて同じ土俵に立ってもらいたい。
 オマエガナー。印象操作はやめなさい。俺は「設問に論理的な意味がない」って言ってるんだよ。
論理をこえた哲学なら(禅とか)>>1の考えは実践する価値があるとは思うけど、
少なくともこんな単純な自己矛盾を抱えたままでは西洋哲学の手法は使えないの。

アンカーミスった。>>429>>426ね。


434 :考える名無しさん:2005/05/31(火) 14:10:16
>>430
>学問的に、答えを探したい。
>建設的な議論をしたい。
ひたすら「かもしれない」と言うだけで、学問的な答えを出せるのなら、学問とは何だろう
建設的な議論をするためには不備があるため、ひたすら聞いているだけなのだが?
>>1の論に賛同するのなら、>>1の論を補強する論を書いて反論して欲しい
なお、上記のような発言は、>>1にとって不利益なので控えていただきたい
曰く「必死だな〜>>1」や「自作自演乙」などの非難の対象になりかねない

435 :考える名無しさん:2005/06/01(水) 18:47:20
>>1は、この世がマトリックスのような状態か否かを区別できるか。
とも問うていると思いますが、どうですか?
区別できますか?できませんか?

436 :1:2005/06/01(水) 19:47:10
>>428
>前半
どこら辺が問題なのか、よく分かりませんが、問いは
「クスリでラリっている」と感じている理由は何か、でいいですね?
答えは
発熱に気付いていない私
発熱に気付いている私
発熱していない私
どれも当てはまりますが、「果たしてどれなのか?」が問いなので、絶対には遠い近いの問題ではなく、
いくらでも有り得る理由の中で「これがそうだ」というのが
分かるか分からないか、どちらなのか?
です。

>後半
まず、可能性は3通りではないでしょうか?
片方の可能性が高いか、もう片方が高いか、全く同じか。
同程度とは言えないと思います。
>この瞬間に始まった世界は、その時点から記憶を容認すると言うこともあなた自身が言ってしまっている
説明不足でした。
この瞬間に私=Aや、B=Cという記憶ができるが、
実際は私はDでBはEかもしれない、という可能性です。

可能性だけだと何なので、自分の立場ですが>>264の通り、数ある可能性の中から
『絶対的な何か、法則がある(見つかる)』を選択して考えています。

437 :1:2005/06/01(水) 19:56:37
>>429
>前半
それならば、『絶対的な何か、法則がある(見つかる)』というのは、
間違っては無いですね。
だから、それを探しています。

>真ん中
私は一瞬一瞬に「考える」ということを感じている、という可能性でOKでは?

>後半
設問のn時間を変えただけです。別にn=無限でもいいのではないでしょうか。

そもそもの事ですが、
「知覚する場は『いま』でしかないのだから、人間は未来を知覚しない」
というのが、そう思っている前提ではないでしょうか?
もしかしたら、未来を知覚できるとか無限を知覚できるという
可能性を選択しています。
可能性が無いという説は、「それ自体で正しい言説などない」でOKでしょう。

438 :考える名無しさん:2005/06/01(水) 23:24:47
>>436
>どこら辺が問題なのか、よく分かりませんが、問いは
>「クスリでラリっている」と感じている理由は何か、でいいですね?
とんでもない読み違えです
問いは
「感覚は身体・精神状態に左右されるが、それらに左右された感覚が必ずしも正しい解を導き出すのか」
です

>同程度とは言えないと思います。
ではなぜ同程度とはいえないと思うのですか?
貴方のスタンスで言えば、確立を決定付けるものは「偽」かも知れないでしょう? 
全ての確立を決定付けるものに対して「偽」を提唱し、一瞬感覚のみを頼りにするのなら、その確立は「どれでもあてはまる可能性がある」としかならない
貴方が>>264で示した方法も、本当のことではなく「偽」かも知れませんよ
さっきまでの記憶を「偽」とするのなら、どのような行動も無意味になりますから

439 :分かる奴だけ分かれ:2005/06/02(木) 00:34:31
>>437
いろいろ言いたいことはあるのですが、なぜ賛同者がほとんど出ないかと言えば
「仮説を立てるだけで、それを証明しようとしない」
この一点に尽きるでしょうね
その理由が他者に伝わらない仮説は、妄想と変わるところが無いですから
「それは貴方かそう思ってるだけでしょう?」
これを覆すだけの論を、貴方は現時点で提示していますか?
今の仮説を『証明』に転じて、他人を納得させることは出来ますか?

「世界は、翼を持つ巨大な蛸の化け物の夢である」
仮説だけを言うなら、これですら成立しますよ

440 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/02(木) 01:54:17
>>437

    /:::::::::::\
    l;;;;;;;;@;;;;;;;l    ま
   [;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;]    ち
   (|´> <`|)    が 
    |lヽ⊂つノリ    っ 
   / ̄l><l ̄\   て
  /::::::∨ミ/>::イ::::|   る
  |::::::/~7。::lYl !::::|   よ
  |:::/::::/::。:::::::::l:::::|   !

「絶対的な何か、法則がある(見つかる)」と
「すべては単なる可能性であり、相対的だ」
この二つを同時に主張するのはダブルスタンダード。
どちらかにしろ、と言ってるのよ。

 ヲイヲイ、「今から君が何かを知覚するまでの間」は「n時間」と特定できる
時間じゃないでしょうが。「十二時の鐘が鳴った(のを知覚した)時の天気は?」と
「一時間後の天気は?」じゃあ全然別の問題だってば。

>そう思っている前提ではないでしょうか?
 前提ですが、何か?
君はそんな主観的で無知蒙昧な前提に
なんら有効な反論ができていないのだがな。

441 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 03:38:15
こんばんわー
結論は出ましたか?

442 :1:2005/06/02(木) 08:49:18
>>438-440
ああ、分かりました。439でFAですね。
>今の仮説を『証明』に転じて、他人を納得させることは出来ますか?
いえ、できてませんが、そもそも問うてた議題が>>1ですな。
「なぜ記憶なんかを 考えの基盤にして生きるんだ?」
そこから
『絶対的な何か、法則を探す』になったのですよ。ここ暫くの話題は
なぜ探さないのか、有るのか無いのかでしたのでそれについて書きますが、
要は
人間は次の瞬間や確実な法則を探すから、単に無限時間や絶対的な法則を探すという行動になると思うが、
なぜそうしないのか?
になってきてます。
>>441
今の結論はおそらく「有るかもしれないし、無いかもしれないが、難しいと感じるのは正しいと思う」
という様な曖昧な事です。

443 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 09:01:11












若貴の母、喋り杉w


444 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 09:11:43
結論が曖昧なら議論は泥沼ですね
今のあなたにここの人達を説得する力はありません
自分なりの結論を見つけてからまだどうぞー



445 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 09:20:19
>>1
この問題の複雑さは、ある時はA〜Zまで思い出せて、
ある時はA〜Hまでしか思い出せない、次はA〜Pまで思い出せる。
こういう複雑さだね。A〜Hまでの記憶でI〜Zを補完する時も
あれば、A〜Pまでの記憶でQ〜Zを補完することもあると。
仮定条件が変わっていくように問題設定がされているから
一筋縄ではいかないよ。理論化するのは困難だな。

446 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/02(木) 17:54:08
>>442
            _____
      r'ff77"/////〃〃∠=:、      フ ア ツ ク
.     レ'''‐-!!!-‐::''"::::゙::ヾ:三三l     lニ    l
.    l::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l:三三!    ! U C K
    |;:、:ニニニニニ:::::_;;::、:::::::l三三l          ユ ー
.    l´\゙ll::!:::lLニ-‐'' ̄::::::|三三ト、       ヽ/
    }==。ァ ::,, ==。== ::::::r;=、ミ|. \      l  O U
.    l.`ニ! ::::: `ニ二´  :::::rニ||:ミ!  ヽ、._
 _,... -‐1 ! :::::_┐ヽ._    ::::::-リ ミ|   l
     l/゙= ---─っヽ  ::::下ミ:ミミ|   | ぶち殺すぞ
      l ` ̄ ̄´  | .::::::|:: ヾ:ミ|   |
       ト、 ゙゙゙゙ ........_;;:::-‐':::   >|   |    ゴミめら……!
   , --、 |  ` Tヾ ̄::::::::   / |.    |
  l;';';';';';}|.    | \    ./   |     |
.  〉-y'´|   _|   \ /    |_    :|
  /7./ .>'' ´ |   / \     | `''‐<

誰が「議題は何だ」と聞いた……? 聞いちゃいないだろうがっ……!
甘えを捨てろ おまえの甘え その最たるは……
さっきから言っている「曖昧な事」だっ……!
曖昧なことが 結論だとなぜ考える……?
バカがっ……とんでもない誤解だっ……!
結論とは はっきりした言明で「結ばれた論」のことだっ……
結論というのは とどのつまり
そんな微妙な甘えを 許容しはしないっ……!

447 :考える名無しさん:2005/06/02(木) 21:36:39
>>442
そうですね>>439に対して、一片も自分の論の証明をしようとしない
要するに、「これ以上貴方と話しても全く進まないであろう」と言うことですよ

>人間は次の瞬間や確実な法則を探すから、単に無限時間や絶対的な法則を探すという行動になると思うが、
>なぜそうしないのか?
貴方は探していますか?
思っているだけでは、探しているとは言いませんよ
貴方のは「提案している」というだけです
思いを実現する努力を自ら行って、初めて探すと言うのですよ
私達に突っ込まれた程度を反論できなくて、何が「絶対的な何か」ですか
「法則」とは、万人が納得できる形での証明を伴って、初めて法則と言うんです

448 :1:2005/06/02(木) 22:21:04
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1106963817/
姉妹スレです
ここも参照してください

>>444-447
賛同者の書き込みもあったので、筋がいいかと思いました。
やっぱり文字で伝えるのは難しいので禅に挑戦してみます。

449 :1:2005/06/03(金) 03:41:43
極論だけは書いときます
>>440の>前提ですが、何か? と、>>439
>「それは貴方かそう思ってるだけでしょう?」
>これを覆すだけの論を、貴方は現時点で提示していますか?
これは理論では無理だと思います。
どちらの可能性もあるからです。

AをAとするには、
・理論でそうする
・自分(我)がそう感じるからそうする
の二つだと思いますが、理論でどちらとも考えられるのは下の方法でしかできないと思います。

それで>>429の>結局、君が言っているのは「それ自体で正しい言説などない」になると思いますが、
だからこそ>>1で「なぜ記憶なんかを〜」と問い、
『絶対的な何か、法則を探す』という立場から、
この流れになりました。

450 :1:2005/06/03(金) 03:53:18
さて、>>447への説明ですが、
『「絶対的な何か、法則は有る」というのは正しい(絶対である)』
という事を見つけました。
これは理論では『無い』とも言えますが、
どうやってもそうは感じられないので、
絶対だと思います。

451 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 07:02:30
感じるだけで評価を決めるとすると、
やっぱ、みっちゃんが一番かな…

452 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/03(金) 14:35:27
逃げたか。

>>449
>「それは貴方かそう思ってるだけでしょう?」
>これは理論では無理だと思います。
 無理じゃないんだよ、それが。
ロゴスによる哲学の歴史っていうのは
この問題と立ち向かう歴史でもある。

 「絶対だと思います」なんて言葉が矛盾してるんじゃよ。
「Aは自分の相対的な観念上では絶対だ」この言説におけるAは
結局のところ相対的なの。君は結局のところ、絶対的なものを
探していたのに、相対的なもので満足しちゃってるんじゃないか?

 そんな浅い思考努力しかできないようでは、思考方法を変えた
ところで大した成果は得られないと思うのだが、君がやりたいのなら
止めはしないよ。それにしても中途半端だねぇ、君は。

453 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 15:47:18
たとえば、>>1は患者だ。ある病気を かかえている。
その病気は、いまのところ 治療不可能だ。

いろいろな医者にかかるが、不可能だ、と言われる。

あるとき、哲学者最低位病院を訪れた。
院長は、じっくり話を聞いてくれた。

が、あそこはヤブ医者だよ、と言うものがいた。
そうだったのか、知らなかった、
と思う間もなく、哲学者最低位病院は店をたたんでしまった。

と、こんどは、フッサル病院に行った。
二人の医師がいた。
患者は、症状を説明する。が、

医師は、
「君の言っている意味がわからない。」
「医学的用語を使って説明してくれ。」
と言うばかり。

患者は、
俺、医者じゃないんだから、そんなこと言われてもな〜
と思いながらも、
なんか、話を聞いてくれるから、
他の病院では、不可能、と言われるだけだから、
懸命に症状を説明した。

何度も通い、何度も説明した。

454 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 15:49:12
と、突然、フッサル医師がキレた。
「君は、症状を訴えるばかりで、治療法を提案しない」
「治療法を言ってくれないと前に進めない」
「誰が病名を聞いた?聞いちゃいないだろが!」

「症状の表現が曖昧なんだ」
「その曖昧なものが、なぜ治療法と言える!?」

もう一人の医師も、
「あなたは治療法を探していますか?」
「思っているだけでは、探していることにはなりませんよ」

数日たち、患者は、

「治療法を見つけました、
正しいかどうかわかりませんが、
正しいと信じています」

と言った。

455 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 16:41:58
>>454
訂正していただこう
>「あなたは治療法を探していますか?」
「貴方は本当に症状を治したいと言う気はありますか?」
とね
病気の治療には、何より患者の“治りたい”と言う意思が必要です
また、問診という形態を取る以上、患者の症状を適切に詳しく聞く必要もある
「私はは右脇腹が痛いから盲腸だ、治してくれ」と、決め付けてくる患者に、普段の酒量や既往歴を聞くのは当然の事
何を聞こうとも「盲腸だから」と言い続ける患者に対して匙を投げるのも無理からぬところ
あなた流に言えば、私は
「盲腸と言い張るのでしたら、盲腸といえるだけの医療データを出してください。言っておきますが、私の見立てでは盲腸ではありませんよ」
と、言っているだけなんですがね
まあ、それに対して>>450で、「私が盲腸だと感じるから盲腸なんだ」と、言われてしまいましたが…

456 :1:2005/06/03(金) 17:20:35
>>452
あなたは>>433で「西洋哲学の手法は使えない」と言ってるじゃないですか。
>結局のところ相対的なの。
結局と言うと、行き着くのは独我論です。
自我が「他我にも絶対的だ」と感じても、言語などの手段でそれを知るのは無理ですよ。
絶対的⇔相対的というのも、フサールさんと私の定義が違うと思いますので
「満足しちゃってる」なんて言うと思いますが、
Aが相対的にも絶対的と言えるかどうかは、他我が何を感じるかの問題なので
結局は言語では分かりませんよ。

>それにしても中途半端だねぇ、君は。
哲学者の名前を名乗る割には、説明のしかたが中途半端ですね、あなたは。ピッチャー返し。

457 :1:2005/06/03(金) 17:28:44
「それは貴方かそう思ってるだけでしょう?」
これは>>451の問題にも通ずると思います。

みっちゃんが一番と451が感じるのは、果たして絶対なのか?
私の認識するみっちゃん以外の人を一番と感じて、
451は「みっちゃんが一番」と語っただけなのではないか?
みっちゃんが一番と『表現する方法』は
無数にありますが、他我に伝える手段は、(言語では)無い。

また、>>455については「医療データとは何か?」になると思いますが
それも>>1の「記憶が正しいとは〜」に行き着くので、
結局はこのスレの議論が繰り返される訳ですね・・・
(スレ内で例による例・・・というのが続く)

458 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 17:57:18
そうだ、怒れ。>>1よ。
スレを立てた本人だからって、
愚問に、律儀に答えてあげる必要はない。

459 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 18:08:40
>>457
>また、>>455については「医療データとは何か?」になると思いますが
症状を病名に結びつけるデータです
病名を確定させているのなら、その過程であるデータがあるはずです
「右脇腹が痛いから盲腸だ」という意見に、「いや、肝臓癌の末期かもしれないよ」と、言っているんですよ
病名を確定させるためには、その病名だという根拠が必要です
あえて自らが診断した病名に固執するのならそれでもかまいませんが、その先に待っているのは悪化の二文字ですよ
また、他人に伝えることが出来ないのなら、このような場に相談に来ないで下さい

なお、禅を薦められたのは適切だと思いますよ
ただし、貴方が答えを求めて禅の道に入るのなら最高に不適切です
その意味を調べてから、禅に入ってください

460 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 18:12:59
どうみたって、「自由に」不自由を選んだ1のたわごとw

461 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 19:59:49
記憶の問題ではなく信念の期限や確実性
の問題と捉えれば哲学になる。
記憶なんか認知科学の問題だろう。
記憶が正しいなんて思ってる人がいるなんて
驚きだ。
いまのこの判断でいいだろう、と思ってるだけではないか。
正しいか間違いかは結果次第だ。

462 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 20:51:37
フサールは設問の意味わかってるんじゃないか。
わかってるんなら、イジワルすんなよ。
教えてやれよ。
答え、わかんなくていいから、
なんか教えてやれよ。

463 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 21:04:42
患者は治りたいと思ってるに決まってるだろ。
だから、言葉は足りないが、ガンバって説明してる。

症状を整理して導いてあげるのも
医者の腕の見せ所だろ。

このような場に相談に来ないで下さい
は、ないだろ。


464 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 21:15:19
>>1に聞きます。

あなたの問い は、

この世は、夢なのか、夢ではないのか、を区別できるか。

ですか? 

465 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 21:17:54
マトリクース

466 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 21:32:58
日本 対 仮想バーレーン フットサル
おもしろいな。

467 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/03(金) 21:54:38
>>453
 俺は医者じゃないし、>>1は病気じゃない。

>>456
>「西洋哲学の手法は使えない」と言ってるじゃないですか。
都合のいいところだけ抜き出すのはやめようぜ。俺はこう言ってる。
>少なくともこんな単純な自己矛盾を抱えたままでは西洋哲学の手法は使えないの。(>>433
「西洋哲学の方法」は、具体的にはロゴス(言語・理論)を使って
確実に考察をすすめるやり方。そのために「矛盾律」
(言説のうちに矛盾があってはならない)は守ってもらわなければ
困る、というだけの話なのだが?

>説明のしかたが中途半端ですね、あなたは。
 「解らないから教えて」ってのもそんなオブラートに包まなきゃ言えんのか。

>フサールさんと私の定義が違うと思いますので
 俺は、君が言葉の定義をちゃんと解ってないのに知ったかぶりをしているから
いたずらに議論が混乱しているように見えるのだがな。俺の定義が間違って
いるんだったらそれを示してくださいな。どうも俺には「相対的にも絶対的」なんて
言葉が正しいとは思えないんだがね。

468 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 21:58:57
>>463
>症状を整理して導いてあげるのも
>医者の腕の見せ所だろ。
どことなく精神化の症状を示している者が耳鼻科に来て、外科手術を要求したら精神科を薦めます
おふざけで来た様ならば「かえれ」と言います
また、示されたリンクを辿って思うことは、「小児科か?」でした

469 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 22:04:38
>>463
また「全ての患者は常に治りたいと思っている」と思っているのなら、それは大きな間違いだ
患者の中には、「自分を認めて欲しい」という思いで医者にかかる者も居る
それは、病気の克服ではなく、医者への依存と言う形で病院へ来る

470 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 23:47:10
まあ、頭のいい連中にとって
「記憶が正しい」ってのは、「息をしている」と同じように自明なことだからな。
むしろ、「いかにして忘れるか?」の方が問題になる。
自分の記憶に信頼が持てないのは、凡庸な頭脳しか持っていない証拠だよ。

471 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 00:10:21
>>1
ただしいとかそういう範疇じゃなくて、寧ろそれが役に立っただけ
でしょう、成果を挙げてきた、富を生み出してきた、というだけでは
ないでしょうか。

故に、それが正すぃといった論調なのではないでしょうか?。

といいますか、
>なぜ記憶なんかを
>考えの基盤にして生きるんだ?
では何を考えの基盤に置くのでしょうか?。はなはだ、理解不能ですが・・・



472 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 00:14:18
というか、普通に日本語を使って書いたり読んだりしている時点ですでに
記憶を基盤にしているのと違う?

473 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 00:21:23
言葉とかいった定量的でないイメージや感情、もっと曖昧なにおいの記憶とか
あるんじゃないかな、と揚げ足とって見る。w


474 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 01:15:22
酒飲んで記憶がないのに、ちゃんと家に帰ってたり、

ボクサーが、3ラウンドから後の記憶がないのに、
4ラウンドで勝っていた。

というのは、どういうことですか。

475 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 01:24:34
忘れる行為と記憶に関係性は無い。
っていうか、3分も前の記憶は、ボクシングに不要。
ボクシングにいるのは、0.5秒前の記憶かな。

476 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 01:49:21
と、いうことは、
ボクサーにはトレーニングした記憶は要らないってことですか。

トレーニングの記憶はないけど強い、ってどういうことですか。

477 :475:2005/06/04(土) 01:51:21
その記憶は無意識に近い。
もはや記憶とは胃炎だろ。


478 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 02:06:03
その空白の時間の最中だけ、記憶装置に情報が書き込まれなかっただけではないでしょうか。

479 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 14:04:36
低レベルの記憶は信用できるが
高レベル(大脳)の記憶は信用できない
ということだろう。

480 :1:2005/06/05(日) 15:30:10
>>459
他人に伝えることが出来ないのではなく、
絶対だということを伝えることができないのです。
伝わったかどうかは他我のことなので確証はありませんが、
私が絶対を伝えるのが無理だと表現しています。

>貴方が答えを求めて禅の道に入るのなら最高に不適切です
結局のところ、そもそもAとは何か〜?という議題になると思うので、
間違っているとも正しいとも言えますが、
禅によって解を得る可能性もあるとも言えますね。

>>471
>では何を考えの基盤に置くのでしょうか?
一瞬一瞬に何かを感じ脊髄反射で動いてるという考えもあります。
つまり、時間に関連性がなく、記憶は記憶と呼ぶ何かを感じているだけという可能性です。

481 :1:2005/06/05(日) 18:50:48
>>467
>「矛盾律」
ああ、分かりました。そうだとは思いますが前々から言ってるのはその
「〜というだけの話」というのはですね、
「記憶から導かれた結論」なので、
単純に記憶が間違ってたら間違ってるでしょ、という
話ですよ。

>「解らないから教えて」ってのもそんなオブラートに包まなきゃ言えんのか。
いいえ。むかし、ワサビさんの言ってた手法を使ったピッチャー返しを真似ただけです。

>言葉の定義をちゃんと解ってないのに知ったかぶりをしている
言葉の使い方が重要という結論でしたね?
それで、私がこれ以上分割できない言葉を使ったのに、フサールさんは「なにこの日本語」と返したので、
省略して使っただけです。
「相対的にも絶対的」というのはですね、相対的に(見ても)絶対的になるという事です。
つまり他我からしても絶対と感じる、と。

482 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 19:01:24
1が保守荒らしと化している件について

483 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/05(日) 22:11:23
>>481
(〜という言説は)記憶が「間違っていたら」「間違っている」でしょう……
 果たしてそうかな?「間違い」の定義が「記憶内容と認識内容が違うこと」ならば、
現実とは違う記憶と現実とは違う認識が一致するということも当然あり得る。
その場合は「間違い」とは呼べないよな。

 また君が話してるのは「記憶が間違ったら」の話。コレ自体が「前提」だという事に
君は気づいていないのか?

 「他我からしても絶対と感じる」……おいおい、「感じる」事は相対的な営みじゃないか。
どうも君は「絶対」の難しさを知らないんじゃないかと思ってしまうよ。

484 :1:2005/06/06(月) 00:24:45
>>482
私だけの書き込みが延々と続くのならばそうかもしれませんが、
上のほうには賛同者とも思える人がもいました。
また、フサールさんとかとの議論が続いてます。

>>483
それってリンゴが空を飛ぶとかいう記憶があって、実際にそう認識した場合ですか?
仰る意味がよく分からないんですが私の言ってるのは、
「西洋の手法は使えない」という事に対し、
「それはあなたがそう思ってるだけ」という反論もできるので、
もしかしたら使えるんじゃないか・・・という可能性を挙げてます。

>コレ自体が「前提」だという事に 君は気づいていないのか?
気付いてます。だから、「かもしれない」という可能性を言ってるんです。見つからないのではなく、見つかる「かもしれない」

>「絶対」の難しさ
ロゴスで伝達するのは無理だとは認識しています。ですが、何度も言いますが
別の何かで他我が感じているのを感じることができるという
「可能性」もあるという立場です。

485 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 00:27:37 ?#
っていうか、間違いって何よ。

役立たないとか言ってくれないと、意味がよく分かんない。


486 :1:2005/06/06(月) 00:30:18
散々出てくるマトリクス論ですが、これの確証が絶対ではないでしょうか。
この世は何か?に対し、マトリクスとも考えられる。
しかし、マトリクスと認識した次の瞬間には別の世界観を認識する。
また次の瞬間には新しい世界観を認識・・・
というようにこの世=a,b,c,d,e...と瞬間瞬間で認識が変わるかもしれない。

するとこの世は何なのか?
abcdeどれでも成立するとしか言えません。
だから、その中のどれか?
それを探すので、マトリクス論に対しては「いずれ分かるかもしれない」という結論しか言えません。

487 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 06:06:53
>>486
>しかし、マトリクスと認識した次の瞬間には別の世界観を認識する。

>それを探すので、マトリクス論に対しては「いずれ分かるかもしれない」という結論しか言えません。

「いずれ分かるかもしれない」
なんてすんばらしいことを言う奴だ
同じ確立で「ずっと分からないかもしれない」というものもあるのに
そんなポジティブな君の幼さに乾杯

488 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 06:10:26
>>480
>他人に伝えることが出来ないのではなく、
>絶対だということを伝えることができないのです。

お・な・じ


>禅によって解を得る可能性もあるとも言えますね。

ttp://www.interq.or.jp/sun/rev-1/D09.htm
いってら

489 :1:2005/06/06(月) 17:45:59
段々と今までの説明では難しくなってきたので例えを使った説明をします。

>>488
まず、重要なのは私(自我)の表現するA=aが他人(他我)でもA=aなのかどうか。
言葉はこれ以上分割できない語句で成り立ってますが(仮にA,B,C,D,E...とする)
私はAという記号でaという認識をしても、他人もAという記号でaを認識するとは
限りません。
つまり、他人はAを何と認識するのか?という問いに行き着くわけですが、
これは他我が何を感じているかの問題なので、
これを記号である言葉で知るのは無理だと思うのです。

またこの世は何か?という認識の違いによりまた変わると思います。
前々からの議題ですが、この世は
「一瞬一瞬何かを関連性も法則も無く感じている」と思っている人と
「過去に関連性があり何かを感じている」と思っている人では、
我の認識の仕方についてが違うので、理論や思考の意味が違うと思います。

あと禅のリンクは参照してみます。しかし、今のところ「そもそも感じるとは何か?」
といった永井論のような方法を取ってみます。

490 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 19:43:08
>>489
>我の認識の仕方についてが違うので、理論や思考の意味が違うと思います。

こう思うのなら、話をするのが誰であれ、ただのムダでしょ?
普通は、話し合って誤差を埋めようとするけど
最初から否定しているようなら、ちょっとした誤差も埋めよがないわけ
誤差を埋める気がないなら、こんなとこ来んなって話
掲示板は他方公のコミュニケーションだが、「他人とは根本認識が違う」って言う奴は、結局一方向のコミュニケーションしか出来ないからね

491 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/06(月) 23:30:07
>>484
 君はなにか、「記憶が間違ったら宇宙ヤバイ」みたいな事を言っているが、
本当にヤバイのか?間違うのは当然だし、気づかれない間違いは間違いと
呼ばれないじゃん。「間違い」が存在するには、記憶も認識もしっかりしてないと
いけないだろーが、って事。

>「西洋の手法は使えない」という事に対し、
>「それはあなたがそう思ってるだけ」という反論もできるので、
 残念、できてません。「反論」以前にそれは「論」じゃなく
単なる「自己矛盾」。
「すべてのクレタ人は嘘つきだと、あるクレタ人が言った」
「すべての記憶は疑わしいと、>>1が記憶をもとに言った」

>ロゴスで伝達するのは無理だとは認識しています。
 それなら君がキーボードを叩くのは何故なんだ、と
何回言わせれば気がすむの?

>「いずれ分かるかもしれない」という結論しか言えません。
 だからそれ、結論じゃないってば。

492 :1:2005/06/07(火) 21:23:03
>>490
表現不足でした。結論から言うと
「他我が何を感じているかは記号では分からない」
という事から、分からない訳です。
誤差を埋めようとしても誤差が埋まってるかどうか確認ができないのです。

>>491
>「すべての記憶は疑わしいと、>>1が記憶をもとに言った」
その記憶をもとにという部分が違うかもしれません。
一瞬一瞬何かを感じて行動しているならば、
「すべての記憶は疑わしいという理論と呼ばれる何か」を感じたから>>1が言ったとも考えられます。
ロゴスに対し

a.記憶を基にした理論なのか?
b.一瞬一瞬そう感じた何かを理論と呼んでいるのか?

によって変わると思います。
私は「bの場合もあるのではないか?その場合は記憶を基にしたと感じているだけで、
次の瞬間まったく無関係な理論を感じる(知る)こともあるのではないか?」
という可能性のもとに考えています。

493 :1:2005/06/07(火) 21:37:31
続きを書きます

>「記憶が間違ったら宇宙ヤバイ」みたいな事を言っているが、本当にヤバイのか?
例えば物理法則が変わってしまったら明日どうなるか分からない。
より確実な法則を探しても一気に崩れる可能性があるので、
単に崩れない法則を探すという結論になりました。

>それなら君がキーボードを叩くのは何故なんだ
他我が何を感じているかを知るのが無理なだけで
「おそらくこうだろう」と考えられる事と、
私が表現した結果他我が伝えようとした事から(つまり議論です)
私(自我)が何かを感じるからです。

>だからそれ、結論じゃないってば。
知りたい事は分かる/分からないの二通りしかないので、
「分かるかもしれない」と思うのです。
なぜ分からないを選択しないかと言うのは、>>213と同じ考えです。
対象が神ではなく「いずれ分かる」に置き換えて見て下さい。

494 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 21:37:53
いや
っていうかね

現象以外の認識って二次的かつ疑似的なものでしょ?
なに訳の分かんないとこでループしてるの?

495 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 01:03:48
>>492
>「他我が何を感じているかは記号では分からない」
>という事から、分からない訳です。
改めて言われんでもこっちはそれくらい了解してるよ

>誤差を埋めようとしても誤差が埋まってるかどうか確認ができないのです。
それどころか、他我の自我が何を感じているか分からない以上、自我との認識の差異も分からないだろ?
最終的な帰結点を「瞬間的な感覚」と置くと、他我とは全く理解し得ないわけだよ

君以外の人間が、どうやってそれを乗り越えているかと言えばね
他の物質に一度外部記憶として落とし込み、その物質を他者に伝え、他者も同一のやり取りを行う
その際に最も重要なことは、「完全な合一を求めない」ということ
自らのコピーを作るのではなく、自らの分け身を互いに共有することで、論の発展が見込める
言ってみれば議論は交配作業みたいなものだ
相手の分け身を受け取ることなく、自らのコピーを作ろうとするウイルスみたいなものは…まあ、普通は排斥されるね

自らのクローンを作ろうとするが、そのための遺伝子情報は提供できない
君のやってることはそういうこと

496 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 01:38:09
>>495
つまり私の疑問などは他我は既に知ってその先の問いを考えてる訳ですね。
それが禅や信じる事で、また解を求めて禅に入るのは
間違っていると。
解を知る方法が解を問題としない、のような
方法で果たして解が見つかるか疑問ですが、
禅は試してみる価値がありそうですね。

しかし、疑問ですが永井均さんの方法では絶対の解は見つからないのでしょうか。
あの様々な例えが根源的な問いに近い気がするのですが、
あのような手法では見つからないのでしょうか?
永井論で見つからないのかどうか、>>467の通り言います。
「解らないから教えて」ください。

497 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 01:50:27
正しいか正しくないか、
いずれにしても判断できないなら、

正しい物として対処するしかねーべ。

498 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/08(水) 02:50:51
>>493
 崩れるなら 崩れてしまえ ほととぎす。
 物理法則っていうのは観測の捨象だから、それが
変わるっていうのは認識内容あるいは認識様式が
変わることに他ならない。死にはしないのなら
俺としては願ったり叶ったりだよ。
認識が変わることの何がいけないの?

>なぜ分からないを選択しないかと言うのは、>>213と同じ考えです。
 君は意図的に論旨をねじ曲げるのが得意なのか?
>>213で「神がいるのを信じる」と言うのは、神がいることを前提に
それに沿った思考をすることを言うわけ。思惟の結果「神がいない」と
結論づける可能性もあるが、「神がいる」ことを思考の前提として
選択するのが「神を信じる」こと。あえて前提を作ってるんだよ。
>>213は決して、矛盾から目を背けるための言葉じゃない。

>>496
 永井均の方法論を俺は知らないが、君が探している物はどこにも
見つからないと思う。とりあえず、永井均を参考にした「君の意見」を明確に
教えてくれ。間違っているようなら反駁してあげるから。

 ここで「君の意見」と言うのは、「じゃあデカルトの方法では……」
「じゃあヒュームの立場では……」などという単なる教えて攻撃は
止めてほしいからだ。そこんとこヨロシク。

499 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 03:23:00
>>496
まず、簡単な思い違いを指摘しよう
>しかし、疑問ですが永井均さんの方法では絶対の解は見つからないのでしょうか。
貴方の方法では、貴方の解にしか到達できないと言っている
他者に伝えられず、他者が納得できず、それでいて他者の存在も含めた絶対の解などありえない

永井均を検索して少々読んだ限りでは、貴方は相当影響を受けていますね
ただし貴方が言っているのは、永井均の意見ではなく貴方の意見です
その意味が分かりますか?

500 :1:2005/06/08(水) 10:39:02
>>498
>認識が変わることの何がいけないの?
そもそもの立場で私は科学も哲学も道具主義と考えるからです。
極端な例を挙げると「実は私は化学物質を投与されてる実験用動物で
あと○○後に焼却処分されます」
これだって考えられます。もちろん考える・信じるならなんだってアリなので
良い可能性もあるのですが、悪い場合を考えて対応(この場合は崩れない法則を探す)
するのは道具主義としてごく当然の結論に思えます。
ここで毒矢の例えを使用するのは少々場違いかもしれませんが似た例を。
もし次の瞬間に物理法則が変わり原始時代のような生活をすることになったら?
そうなったら「自由はあるか?確実な法則はあるか?」などとは考えずに
目前のことをやらなければ死んでしまうぞ、という事です。
論を信じる事もできないとか、哲学を考えられなくなるからです。

>「神がいる」ことを思考の前提として選択するのが「神を信じる」こと。
長々と議論した結果「分かるか/分からないのか、分からない」という
単純な結論になったので、「分かる」という前提を作りました。
もともと探しているのだから「分かる」と選択した方が、
非常に合理的な生き方ではないかと思いました。

501 :1:2005/06/08(水) 11:03:52
>>498-499
>永井均を参考にした「君の意見」を明確に教えてくれ。
氏の「宇宙が今この瞬間できて、自分が自分であるという記憶ができたとしても
良いのではないか」という考えから組み立てました。
「すると、宇宙が次の瞬間別の宇宙になり自分が別の存在になっても良いのではないか?」
この考えから「ただ一瞬一瞬何かを感じているだけ」の考えが生まれました。

もし「一瞬一瞬何かを感じているだけ」ならば時間に関連性は無い、と考えると思う。
そこから「では私はなぜキーを叩くのか?なぜ別の行動ではなくこの行動なのか?」
という問いの解が「一瞬一瞬感じたことに反応する脊髄反射の形で行ってる」となりました。

ロゴスについては「そもそもロゴスというのは一瞬一瞬そう感じているのならば
人間が組み立てた存在ではないと考える事ができるから、次の瞬間に
考えもつかなかった論を認識しても良いではないか」という考えで
「絶対はロゴスや思考では無理だ」という前提を外しました。
この場合は記憶を参照しているのではなく一瞬一瞬そう感じているだけなので
「そう考えるのも記憶を前提としている」という
無限後退にはならないと思います。

>永井均の意見ではなく貴方の意見ですその意味が分かりますか?
永井均氏と共通しているのが「宇宙が今この瞬間にできて自分も今この瞬間にできて」
という点でしかないとは思っています。「永井論に影響を受けて自分論を展開させた」
とは理解しているつもりですが、これはその意味が分かったこととは違いますか?

502 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 13:16:05
>>501
>永井均氏と共通しているのが「宇宙が今この瞬間にできて自分も今この瞬間にできて」
>という点でしかないとは思っています。「永井論に影響を受けて自分論を展開させた」
>とは理解しているつもりですが、これはその意味が分かったこととは違いますか?
しっかりした前提があるかどうか
他者を説得できるだけの材料をそろえているか
他者の意見に対する適切な考察をしているか
これが氏と貴方との違いです

>>ただし貴方が言っているのは、永井均の意見ではなく貴方の意見です
>>その意味が分かりますか?
自分の意見であるのなら、これらを自前でそろえてください

あるHPに書いてあったことです
>永井はすでに考えられた思想を見物しそれを選択するのは意味が無いと主張する。それに対する態度として、本当に重要なのは自分が持った「素朴な疑問」を考え続けることだと主張している。
>このスタンスは永井が幼いころから「なぜ『私』は存在するのか」という疑問をずっと考え続けているという経験に起因しているようである。
禅に近い考え方を持っているんですよ
しかし貴方は解を求めるあまり>>496
>「解らないから教えて」ください。
すぐにこのように言ってしまっている

永井たりえない理由が分かりましたか?

503 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/08(水) 20:12:49
>>501
きみはじつに誤解野郎だな。

>「すると、宇宙が次の瞬間別の宇宙になり自分が別の存在になっても良いのではないか?」
それ自体には同意しよう。「同じ川に二度入れない」って奴だな。聞いたことないなら「ヘラクレイトス」でぐぐれ。
だが、それは論理の構築を否定するものじゃない。むしろ、そうも考えられるからこそ、
記憶を元に論理的に考察する必要性が生まれるんだよ。以下例。

 ある時間のフサールの状態とその一時間後のフサールの状態は等値ではない。それなら
フサールが一時間後もおそらく「フサール」と呼ばれるのはなぜか?それはフサールをフサール
たらしめているイデア(本質)があるからだ、というわけ。
もちろんフサールが一時間後には「フサール」とも呼べない状態になることもあり得る。
例えばフサールが30分後に地割れに飲まれて死んだとする。死んじゃったフサールは
フサールじゃないと考えるなら、その時は「フサールの死体」とか、「フサールの形をした肉」とか
別の名前で呼ぶことになる。

 なにより、一寸先は闇と言われても、君は本当にそう思ってる? この道には
地雷が埋まっていると思って暮らしてはいないだろ。だが世の中には「この道には
地雷が埋まっていて、ここには埋まっていない」などという知識がなければ危なくて
生きていけない、という地域に住む人もいるわけだよ。脊髄反射で地雷を避けられるなら、
3歳児でも地雷原を安心して渡れるよ。何が起こるか分からないから、力弱い人間には論理が
必要なんじゃないか。

>そもそもロゴスというのは一瞬一瞬そう感じているのならば
>人間が組み立てた存在ではないと考える事ができるから次の瞬間に
>考えもつかなかった論を認識しても良いではないか
 そんな支離滅裂な変身願望は止めなさい。少なくとも俺の身の回りでは、
勉強せずに英語を話せるようになった奴はいないぞ。

504 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 20:48:24
世界は今から3年前に誕生したんだよ

505 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 20:54:51
永井均はおととい出現したらしいよ。

506 :1:2005/06/08(水) 23:12:28
>>502
なるほど。つまり永井論自体は間違っているわけではなくまた私の考えも
間違ってはいないが、私の場合は他者を説得できないと。
ということは、「論を進めれば解が見つかるかもしれない」という訳ですね。
>禅に近い考え方を持っているんですよ
これがよく分かりません。禅というのは問題を問題にしないと思うのですが、
解を求める時点で問題にしてると思うのですが・・・

>>503>一寸先は闇と言われても、君は本当にそう思ってる?
>何が起こるか分からないから、力弱い人間には論理が必要なんじゃないか。
今この瞬間は「そうは思ってなく論理で考え行動してる」と感じてますが、それは
そう感じてそれに対し反射していると思ってます。
つまり、今この瞬間や次の瞬間もその次も論理に脊髄反射しますが関連性は無いと。

>そんな支離滅裂な変身願望は止めなさい。
直感やひらめきが連続して発生することならあるのではないでしょうか。
つまり、全く新しい英語は認識できなくても論を次々に認識すると。
それで根源的な問いの解を認識するかもしれません。これは>>213に近いと
思うのですが>>498になるので
「根源的な問いの解は探せば見つかるかもしれない」という前提を作りました

507 :1:2005/06/09(木) 01:26:41
>>503
フサールさん、毒矢の例えではないですがあなたが「地割れに飲まれて死んだとする」と
例を挙げてくれたので書きます。
もし物理法則が変わって明日はほぼ確実に地割れに飲まれるとしたら?
「諦めるさ」と言いそうですが地割れに飲まれたらそうは思わないハズです。
もしそうなったら「ああ苦しい。助けてくれ。」もっと言えば
「ああ、なんで俺はこんな目に遭うんだ」でしょう。
その時に求めている事がこのスレで問う事の解です。
物理法則が変わったら悠々と信じるとか考えるなんてできない事もありうる。
その時は過去ログで挙がった次の瞬間を知るとか何故こう感じるのか知るちょか、
そういうのを求める筈です。
つまり、私がなぜこの問いに固執するかというと道具主義の極論、最終的な問いだからです。

あと禅についてですが禅を行っても、次の瞬間には禅を行ってない自分になる可能性がある為、
「私は何故禅を行うことができるのか?何故今の状態なのか?何故禅というのを感じるのか?」
という問いは重要だと思います。

508 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 07:59:45
>>506
オ〜
若さゆえのポジティブ論

>なるほど。つまり永井論自体は間違っているわけではなくまた私の考えも
>間違ってはいないが、私の場合は他者を説得できないと。
>ということは、「論を進めれば解が見つかるかもしれない」という訳ですね。
君の論が間違っていないと言える範囲は、現在のところ
「君の脳みそから外に出さなければ」と言う注釈が付く
説得という行為が分かっているのかな?
「他者に意見を通すこと」じゃないぞ「他者に意見を受け取ってもらうこと」だ
真理だの何だのってノの特性の一つとして「その意見の正否は問えない」ってのがある
世界の根本構造なんぞ、現在の人間に分かるわけも無いわけだ
それ故に正否は問えない
その代りにあるのが「その意見を信じない」っての
説得ってのが「受け取ってもらう」ってのの理由が分かったかい?


>>禅に近い考え方を持っているんですよ
>これがよく分かりません。禅というのは問題を問題にしないと思うのですが、
>解を求める時点で問題にしてると思うのですが・・・
結果のための経過か
経過を重ねた結果かの違い
結果を定めていた場合は、思考はその結果に傾きやすくなる
望んでいない結果には行きづらくなる
わかるね?

509 :わさび茶漬け:2005/06/09(木) 20:35:19
「記憶を含む様々な感覚が、瞬間瞬間、湧き上がってきて、それに脊髄反射しているだけで、それ以外何の保障もない」
この1さんの言う世界観は論理的に正しいものですし、現実にも私達はこういう世界の中に閉じ込められています。
これは論駁できるものではないし、ある意味で一番根本的な認識の形式だと思います。

ただ日常生活ではここまで考えないんですね。
これはなぜかと言うと、「論理的」な追求の方向を取ると上のような世界観に行き着くのですが
「生活への適応」という事を考慮して世界観を追求していくと、
「周りにいる人との世界観の共有」とか「今の状況を世界観に照らしてみて、次の適応的行動を割り出せるまでにかかる時間」
こういった面が生活していく為に欠かせない評価基準として出てくるからです。
ですから論理的根拠のない事を、素朴に「信じて」生活していく事になるワケですね。

さて、ここでたとえば「2007年に世界は終わる」という予想を考えてみましょう。
この予想は論理的に否定できるものではありません。
まさに1さんの言うように、「昨日までこうだったから、明日からもこうだ」という主張には
論理的な根拠はまったくないからです。
で、どうでしょう。この予想を否定できないからといって、
これに従って行動すると、外れた場合は結構大変です。
家も車も全部処分して、貯金も全部使い果たして遊びまわって、
仕事も学校も辞めて、更にひょっとすると2006年12月31日には嫌いな人を殺しちゃったりするかもしれません。
ここまでやると予想が外れた場合はかなり大変な事になります。

これはかなり極端な例でしたが、何がいいたかったかと言うと、
論理的に否定できない事だからといって、それに従って生きるというのは「生活者としては」結構リスキーだ、という事です。
でも、まぁ「記憶が正しい論理的根拠はない」という考えが否定できない事だとして
「絶対的な何かが見つかるかも知れないとして、探してみる」のは、
別に危ない事でもないし、いいんじゃないかと思いますです。

510 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/09(木) 22:46:56
>>506-
>そう感じてそれに対し反射していると
 それはつまり「論理的に考えている」って事じゃないのかな?
論理を感じ、論理に反応する。なんと人間的で論理的――!!
>論理に脊髄反射しますが関連性は無いと。
 あのね、それもまた自己矛盾なのよ。意味は関連性なしに成立しないんだから。
君は「自分の発言は無意味だ」と自分で主張している事に気づいているかい?

>直感やひらめきが連続して発生することならあるのではないでしょうか。
 あるよ。けどそれで都合良く探していたものが見つかると考えるのはおかしい。
宝くじを買えば得すると大真面目に考えているようなもの。直感に期待するように
なったら哲学者としておしまいだって。

>「ああ、なんで俺はこんな目に遭うんだ」でしょう。
>その時に求めている事がこのスレで問う事の解です。
 「なんで(なぜ)こんな目に」の「なんで」の部分の答えが欲しいってこと?
そんなもの気休めにもならんぞ。「コレコレの理由でそうなってる」なんて
言われようが、地割れに挟まれる苦しみは全く変わらないじゃん。
やはり論理的な「ナニナニすれば助かる」を求めるよ、俺なら。

 君が嫌ってる物理法則も人間が「ナニナニすれば助かる」「ナニナニならもっと楽」
を追求した理論。神様が与えてくれたものじゃなく人が一生懸命作ってきたものだよ。

511 :1:2005/06/11(土) 14:27:16
>>508-509
つまり既に挙がってるように「それ自体で正しい言説などない」という
みんな分かってる事を私が主張し、根拠の無い仮設を通そうとしている。
「それは貴方がそう思ってるだけでしょう?」
これを覆すだけの論を提示しようとしない。
だから説得になっていない。
ここまでは分かりますが、私は
「絶対的な何かが見つかるかも知れないとして、探してみる」という提案をしてるつもりです。
科学も哲学も結局は道具主義だと思うのですが組み立てた論がいつ崩れるか分からないとすると
崩れない論を探すという結論になるのではないか?
また、見つからないという意見があるが、>>213のように
(いずれ分かるか/分からないのか)分からないのであれば、
私は「いずれ分かる」と信じて生きていく方に賭けてみるよ。
ということです。
>結果を定めていた場合は、思考はその結果に傾きやすくなる
この場合の結果は分かる/分からないの2通りなので
結果を定めず思考した結果「分からない」になればそもそもの
「解を探す」としてはおしまいなので、
傾いても問題ないと思います。

512 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/11(土) 19:03:29
>崩れない論を探す
>「いずれ分かる」と信じて生きていく方に賭けてみる
 これらはいずれも態度、あるいはパラダイムの問題。本論はまだ〜?

 君は道具主義的なありかたを軽視しているようだが、誤解がありそうだな。またもや。
「崩れるか崩れないか」これは大した問題じゃない。間違いがあれば後の人が直せばいい。
間違いを恐れないこと、むしろ間違いを成長のチャンスだとして果敢に考えるのが
弁証法的な態度なわけ。

 そして、俺は何度も「それ自体で正しい言説などない」ことと、
「絶対的な何かが見つかる」ことは同時に成り立たない、
つまり君の言ってることはすでに破綻していると言っているのだが。
その時点で「崩れない論を求める」のは見ていてイタいんだよ。

513 :1:2005/06/11(土) 20:01:29
>>512
>間違いを恐れないこと、むしろ間違いを成長のチャンスだとして果敢に考える
そんな恐れるなんて言ってませんよ。
崩れるかもしれないけど探すというスタンスは良いと思います。しかし、崩れない
法則を探す方がいいのではないか?
分かる/分からないかどちらか分からないから、分かると信じて探すのは
良い事ではないか?という話ですよ、単に。

>つまり君の言ってることはすでに破綻していると言っているのだが。
破綻しない事を説明したじゃないですか。単に、一瞬一瞬何かを感じてるならば
記憶やロゴスといったものの捉え方も現在とは異なると思うので、
見つかっても破綻しません。

ロゴスを参照しロゴスを表現するなら破綻するかもしれませんが
ロゴスは一瞬一瞬感じている何かで絶対的な法則も一瞬一瞬感じるなら感じるかもしれません。
ロゴスは如何にして存在するか?の問題ですよ。

514 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/11(土) 20:48:31
>そんな恐れるなんて言ってませんよ。
 俺も「君が間違いを恐れてる」なんて言ってないよ。君の恐れなどどうでもいいし。

>崩れない法則を探す方がいいのではないか?

>分かると信じて探すのは
>良い事ではないか?という話ですよ、単に。

 なぜ?俺は崩れない法則なんていう不気味なものがそんなに良いものだとは
思えないんだよ。間違いをやらかしてもそれが不幸に直結するわけじゃないし、何より
君はそれを探せてないじゃん、と言う話ですよ、単に。

 「一瞬ごとになにかを感じて〜」への反駁は>>510前半参照。
思考っていうのは反射を複雑化したものであって原理は同じ。
思考を一瞬ごとのプロセスに分解して見たいなら勝手にするがいいさ。
だが思考の結果であるロゴスの本質には全く関係ないぞ。

515 :1:2005/06/11(土) 23:45:13
フサールさんあまり考えてないんでこんな例えしか思いつかないんですがこれで許してください

>間違いをやらかしてもそれが不幸に直結するわけじゃないし
例えばですね、上の地割れの例で今までの法則が崩れてそこら中に地割れができたら?
さらに地割れに落ちて苦しむ時間が100年とかだったら?
これは不幸ではないでしょうか?
可能性が分からない以上、実はマトリクスのような世界で
地割れに挟まる=100年間苦しむのような法則かもしれません。
>何より君はそれを探せてないじゃん
これは反論のしようがありません。見つかるか/見つからないかなので、
見つかるまでは確かに探せてません。仰る通りです、はい。
>「一瞬ごとになにかを感じて〜」への反駁は>>510前半参照。
>>510の「意味は関連性なしに成立しないんだから。」がよく分かりません。
日常生活の意味ならば今の論理が次の瞬間も通用しないと無意味かもしれませんが、
解が見つかるか/見つからないかに対する意味ならば
関連性が無い方が良いのではないでしょうか。

一瞬ごとのプロセスに分解する意味ですが、「絶対の解は(見つから)無い」という結論を
次の瞬間には無意味にすることです。なので
反射を複雑化したものであって原理は同じという事をどうするかですが、
最初を考える。今のロゴスで「絶対の法則は無い」となってるが今のロゴスは何故あるか?
〜前の反射にある、ならば〜前は何故あるか?そのまた前の反射・・・
そうして一番最初を考えると
「一番最初が間違ってる可能性〜」という仮説が立てられます。

516 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 00:40:45
>>511
>「絶対的な何かが見つかるかも知れないとして、探してみる」という提案をしてるつもりです。
「僕は将来パイロットになりたいです」
貴方の言っているのはここまでなんですよ
パイロットになるためにはどうしたらいいのか、とか
パイロットに求められるものは何か、とかは一切話さず
「僕は将来パイロットになりたい」と言っているだけなんですよ
まあ、パイロットになろうが、女子高生の自転車のサドルになろうがいっこうに構いませんが、本気でできるというのならその方法くらいは示すべきでしょう?

>この場合の結果は分かる/分からないの2通りなので
>結果を定めず思考した結果「分からない」になればそもそもの
>「解を探す」としてはおしまいなので、
>傾いても問題ないと思います。
終わることが出来なくなります
正確に言えば、有る・無い・分からない、この3通りですので、偏見は解から遠くなる可能性がありますね
さらに言えば、脇道にそれることも出来なくなります
通常はいろいろな論と比べて、それと比較対照しながら固めていきますが
自分の論を絶対と思っている人は、比較を正確にはできなくなりますからね
かなり致命的になりますよ

517 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/12(日) 00:55:52
>地割れの例で今までの法則が崩れてそこら中に地割れができたら?
>さらに地割れに落ちて苦しむ時間が100年とかだったら?
>これは不幸ではないでしょうか?
 うん、不幸だね。でもそれは「間違ったから不幸」なの?ていくか
「かもしれません」って言っている以上、「間違い=不幸」ではないと認めてるよな気が。

 「ぼく は きょう ししゃも を たべました」…簡単な文章でも、動詞(ぼく)と助詞(は)、
主語(ぼくは)と述語(たべました)、シニフィエ(意味内容)とシニフィアン(ことば)……
これらをはじめとして、時間的な関連性(法則)がなければ無意味ってこと。
>関連性が無い方が良いのではないでしょうか。
 そりゃあんたの説には都合が良いでしょうよ。でもその仮定はあり得ないって。

>「絶対の解は(見つから)無い」という結論を次の瞬間には無意味にすることです。
 つまりはそうすると他のあらゆる論が無意味になるってこと。
都合良くコレだけが無意味になる筈がないでしょうが。
「今のロゴス」「昔のロゴス」っておいおい。「ロゴス」は内容が変わらないから意味が
あるんじゃよ。(解釈が変わることは大いにあるが)

518 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 01:31:18
>>515
>一瞬ごとのプロセスに分解する意味ですが、「絶対の解は(見つから)無い」という結論を
>次の瞬間には無意味にすることです。なので

一瞬ごとのプロセスに分解した場合の意味が、貴方の言うような意味なら
プロセスごとの関連性は無く、この一瞬の「絶対の解」が次の一瞬では絶対の解ではない
このようにも出来ますが?

519 :1:2005/06/12(日) 17:38:10
う〜ん、難しくなってきた・・・
>>516
方法に関しては全く分からないです。「何故感じるのか?」を分かるのも
「感じる」必要がありますので(分かるという事を感じる)
その「今この瞬間『解が分かった』というのは何故存在するのか?」という
別の問いが生じますし、方法は考え付きません。
>有る・無い・分からない、この3通りですので
もしも無い場合はそもそもの「いずれ見つかる」という前提が崩れるので、
全くの無意味になります。なので「有る」という前提で探します。
「Aは何か?」という疑問ではなく、「根源的な解が分からないと困る」という話なので
分かるという前提を信じています。

>>518
次の瞬間もその次も無限に適応できる法則(解)を探せばいいと思います。
それが有るか/無いか、見つかるか/見つからないかは
信じる範囲や前提の話になると思うので、
有るとか見つかると思って思考しています。

520 :1:2005/06/12(日) 17:53:53
>>517
>うん、不幸だね。でもそれは「間違ったから不幸」なの?ていくか
>「かもしれません」って言っている以上、「間違い=不幸」ではないと認めてるよな気が。
ではもっと例えを出します。フサールさんが次の瞬間にA(地割れとか)を苦に感じるようになったら?
そして地割れに落ちたら?さらにその地割れに挟まって苦しんでる瞬間が途方も無い時間続いたら?
これは1つの可能性ですが、「何故Aを感じるか、Aをaのように感じるか?」
といった問いの解が分からないので、次の瞬間↑の例の状態に成るか/成らないかは
全く分かりません。
間違いだから不幸と言うか解の認識が間違ったので苦痛を味わう結果になったと。
>そりゃあんたの説には都合が良いでしょうよ。でもその仮定はあり得ないって。
>>515の後半の例では無理でしょうか?
ロゴスは過去を参照して成立するが、一番最初がよく分からない以上は
一番最初が間違ってるとも考えられるのでそれを参照した結果存在する今のロゴスも
間違ってるとも考えられる。
>都合良くコレだけが無意味になる筈がないでしょうが。
なんとか根源的な問いの解だけ別にできないかと考えてますが、
そうするとロゴスの範疇ではなくなってしまうのでしょうか。
その問題の為に禅を挙げてくれたのだと思いますが、「ロゴスは如何にして存在するか?」
の根源的な解(理由)が分かるわけではないので
>「ロゴス」は内容が変わらない というのも確実ではないと思います。
例えば、日常で使う意味でならばロゴスは内容が変わらないとしても
もし次の瞬間からロゴスを全く感じなくなったらそもそもロゴスは存在したのか?
という問いが生じると思います。

521 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/12(日) 21:46:14
夏風邪ひいた……俺は馬鹿だったのか。

 例は出さんでいいよ。反例がすでにある以上、いくら量を出されても無駄。
「間違っても不幸になるとは限らない」の否定は「間違えば必ず不幸になる」ことだから。
「不幸になるかも、ならないかも」はまさに俺が言っていることと同じだよ。

>今のロゴスも間違ってるとも考えられる。
 意味不明。「言葉が間違う」などという事態はありえない。間違うのは人間。

>ロゴスを全く感じなくなったらそもそもロゴスは存在したのか?
>という問いが生じると思います。
 問いは、ロゴスだよ。だからそんな問いは発生しない。
もとより「変わるのは解釈だ」とちゃんと書いてやったのに、君ってやつは……

522 :考える名無しさん:2005/06/12(日) 23:09:56
>>519
いつのまにか宗教になっているのを気づいているのかな?
>信じる範囲や前提の話になると思うので、
>有るとか見つかると思って思考しています。
これと同じことを言っているのが宗教家ですよ

>方法に関しては全く分からないです。「何故感じるのか?」を分かるのも
>「感じる」必要がありますので(分かるという事を感じる)
これも同じ

「神はいるのか」という問いに「神はいる」
「神を証明してみろ」という問いに「神は感じるものだ」
あとはお決まりの水掛け論ですよ

523 :1:2005/06/13(月) 18:12:55
>>521
考え方の例えは示した方が伝わり易いと思うので書きます。
ロゴスについてのスタンスですが、ロゴスにより「この問いは無意味だ」とか
「考えても分からないだろう」となるので
「それならばロゴスをどうにかすれば良いのではないか?」という考えです。
ロゴスが絶対的でない可能性ですが、例えば今この瞬間のロゴスを考えてみる。
今、私はロゴスをどう認識するかと言うとこのスレで使うロゴスしか頭に無い。とすると
日常で使うロゴスは今は確実に存在すると言えるのだろうか?
また、次の瞬間もその次の瞬間もAというロゴスを認識しなかったら、
Aというロゴスは存在しないとは考えられないだろうか?
この考え方で「次の瞬間からずっと『根源的な問いの解は見つからない』ということを
認識しなければ、見つからないとは言えないのではないだろうか?」となり
見つかるという可能性も存在すると思います。

簡単に書くと
「過去が存在したとも存在しなかったとも考えられるならば、過去にAというロゴスを
認識しなかったとも考えられるので、次の瞬間からずっとAというロゴスを認識しないならば
Aというロゴスが意味する存在は存在しないのではないか」という考えです。

あともう1つ>>520で示したロゴスが間違ってる可能性は
「ロゴスはロゴスを参照したから存在する」
という前提があるので、
「一番最初のロゴスが間違ってたら今のロゴスも間違ってる」という、
記憶が間違ってたら〜とは別の方法の後退です。

524 :1:2005/06/13(月) 18:23:38
>>522
やはり私は議論で解を見つけることは無理ですかね・・・
「信じる」とか「選択する」では他我との疎通ができないので、
脳内での完結になるのは分かってるんですよ。

例えば「解が有る/無い場合を想定する」とか
「見つかる/見つからない場合を想定する」とか
そういう解のヒントになりそうな例ならば疎通できそうな気がしたので
議論を続けてましたが、無理なのでしょうか。

しかし「感じる」というのを他我に伝えるというのはできるのでしょうか。
例えば色ですが度合いの違う「白」を用意して、その違いをロゴスで
他我に伝える(感じさせる)のは、結局は他我が「白」を見て感じるかどうかなので、
突き詰めると何事も水掛け論になるので別にこの問いだけが特別とは
思わなかったのですが・・・

525 :考える名無しさん:2005/06/13(月) 20:56:22
>>524
だから、今のままじゃ無理ですって
今のあなたの論の進め方ってのは、脳内完結推奨型なんですから
感じるを伝えるためには、自分がどう感じ、他者がどう感じているかを話し合い、他者との差異を埋める必要があるのですがね
貴方は他者との差異を埋めようと論ははじめるが、自分の決定した結果からはみ出しそうになるとすぐに脳内に篭るんですから
結果的に陥るのは、最初の位置から一歩も進まないって状態

526 :考える名無しさん:2005/06/13(月) 21:44:29
追加補足
私が>>508で言った
結果を定めていた場合は、思考はその結果に傾きやすくなる
望んでいない結果には行きづらくなる
の良い例が出たので指摘しよう

>>523
>「それならばロゴスをどうにかすれば良いのではないか?」という考えです。

いろいろな考えの一方面からこの論を出しただけなら問題はない
だが、希望した結果の方向だけを見てこう思うのなら、現実を歪めて見ているだけになるわけだ
ためしに聞くが、ロゴスをどのような意味で使ってる?

527 :わさび茶漬け:2005/06/13(月) 21:46:05
こんな言葉があります。
【悪魔の証明】
これは、存在しないものに関して、
「それは存在していない」と言う事を相手に納得させるのは非常に難しい、
という事を表している言葉です。

例えばもし悪魔が実際に存在している場合。
この場合は「悪魔はいる」という事を示すのはそんなに難しくありませんね。
悪魔を一匹でもつかまえてきて、写真でも撮って、みんなにみせてあげればいいでしょう。
それでも納得しない人には、悪魔をオリに入れておいて、それを撫でさせてあげれば、十分でしょう。

でも逆に実際には悪魔が存在していない場合はどうでしょうか。
この場合には「悪魔はいない」という事を相手に納得させるのはとても難しいことですね。なぜなら
町中捜しても居なかったぞ→でも他所の町にいはいるかもしれないなー
世界中捜してもいなかったぞ→でも他の星にはいるかもしれないなー
宇宙中捜してもいなかったぞ→でもオマエの前に姿を表さないだけかもしれないなー
・・・・

で、「1さんの望むような解、それは多分ないよー」という主張も、悪魔の証明になってますね。
l私はそういう解、絶対の法則というのはみつからないだろうと思っているのですが、
これは悪魔の証明ですから、完全な形で示すことは出来ませんね。
でも「俺は今から悪魔を捜しにいってみるよ!」という人が目の前にいたらどうですか?
もちろん「絶対にいない」とは言い切れませんが、それでも「多分いないだろう」という経験から
「多分アクマはいないと思うが、それでも行くのかぃ・・・」と、それぐらいは伝えておきたいな、と思うでしょう。
私の心境もそんな感じです。
これは何故かと言うと「私もそういう絶対的な何かが在るのかも」と思って考えていた時期があって
しばらくしてから「そんなものはないな。そしてこの、ない、というのが最終的な答えなんだな」
という事で辻褄があった、とそういう経験があるからです。
いわば、アプローチは違えど、1さんと似た方向性の探求を行って、、
そして見事に頓挫した、つまりこの問題に関して否定的解決を得た、という経験があるからこそ、
こんな事を言いたくなる、という次第です。ん、この記憶が嘘だったら?
えーと・・・それ言われると、何も言えなくなっちゃうなw

528 :1:2005/06/13(月) 22:46:13
そろそろ終わりですかね
>>526
>だが、希望した結果の方向だけを見てこう思うのなら、現実を歪めて見ているだけになるわけだ
>ためしに聞くが、ロゴスをどのような意味で使ってる?
「もちろん解が無いとか見つからないと言う可能性もあるけど」という
前提は認識しているつもりです。否定できない可能性から作られる論を
考えてるつもりなので、歪んではないと思います。
ロゴスについて、スレ内では「他我に感覚を伝えることが出切る記号」
脳内では「Aというロゴスを認識することによりAという感覚を認識できる」
そういった意味でしょうか。

>>527
「ん、この記憶が嘘だったら?」まあ、この可能性に賭けてるという事になりますね。
常識を選択するのだったら>>206で貴方が述べた様に
「今までに地球上に生まれてきて死んでいった数百億人。そのの内の誰かが、既にそれを見つけていて然るべき」
といった理由でとっくに諦めます。
何故今までずっと探しているかと言うと
「記憶やロゴスが間違ってたらそれらにより導き出された『見つから無い』
という結論も間違ってる。よって見つかる可能性が有る」
この一点でしょうか。
また記憶やロゴスが正しいという確率が全く分からない以上、探す事が
どれ位無意味なのかも分からないというのもそうです。

529 :考える名無しさん:2005/06/13(月) 22:54:17
心ってどこにあるの?
http://yasai.2ch.net/psycho/kako/974/974569037.html

530 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/13(月) 23:52:48
>>523
>「それならばロゴスをどうにかすれば良いのではないか?」
 ロゴスをどうにかするっていうのは最終的に
「おまえの言葉は信用できない」と繰り返すことに
落ち着いちゃうけど、それがやりたかったの?

>「一番最初のロゴスが間違ってたら今のロゴスも間違ってる」
 だから、ロゴスが間違うっていうのはスプーンが間違うとか
段ボール箱が間違うだとか、ペンが間違うだとかいうのと同じように
語義に沿ってない言い方なの。論理はあくまで人間の道具。
間違うことが出来るのはそれを使う人間だけ。

 君の論を見ていると、どうもこーいった妙な言葉遣いが多くて疲れるんだよ。
物理法則が変わる、だとかさ。それは世界中の「種の起源」の内容が一夜にして
書き換わるってことか?書き込みボタンを押す前に何度か読み返してほしい。

531 :1:2005/06/14(火) 00:30:32
眠いのでこれだけレスします

>>530
>ロゴスをどうにかする
「考えても分からないだろう」というロゴスにより導かれた前提を外すことです。
貴方の言葉を使うと「分からない・存在しないは信用できない」ですね。

>一番最初のロゴスが間違う
ロゴスの認識が間違う、です。「分からない・存在しない」という認識は
間違っているのではないか、と。

>物理法則が変わる
例えば重力が今の100倍になるとか、水が10度で蒸発するとか、そういうことです。

>>523後半で示した二つの考え方で
解が見つかる可能性が生じるのではないでしょうか?

532 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/14(火) 22:25:48
>「考えても分からないだろう」というロゴスにより導かれた前提を外すことです
 君が「解」とやらを見つけてくればそんな前提は一発で外れるよ。
信じようが信じまいが構わんが、感情の問題を論理の場に持ち込むのは
やめてくれ。

 「物理法則が変わる」と君は言うが、君の想定する事態において「変わった
もの」って何?「絶対の解」とやらは、どこで役に立つの?

 例えば明日、科学者たちの予測に反していきなり彗星が落ちてくるとする。
(今日の時点では落ちていないし、落ちることも知らない。)
予測できなかった彗星が落ちてきた時点で、はじめて今までの物理法則が
間違っていたことが分かる。そして科学者たちは彗星が落ちたという現象をもとに、
理論を再構築するわけだが……

 この話の中の時間軸なら、
(1)彗星が落ちると知らない今日の段階
(2)彗星が落ちる瞬間
(3)彗星が落ちてから科学者が理論を再構築し始めるまでの間
(4)科学者が理論を再構築している間
(5)科学者が理論を再構築し終わった後
 この五つのうちどの段階で、どういう役割を果たすのかな?

 (1)の段階で彗星が落ちるのを予測できる方法を探すのなら、
やっぱり自然科学を勉強したほうがいいと思うんだが。(つづく)

533 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/14(火) 22:26:36
つづき。改行大杉だってさ。

>解が見つかる可能性が生じるのではないでしょうか?
 可能性なんてものは人間が勝手に考えるものだから、君がそう
考えたいのなら勝手にすればいい。要するに、君が考えたいのなら
止めはしないが、俺は「絶対の解」とかいう言葉に全く魅力を感じない。
そして、それを見つける必然性も必要性も全くないと考える。

 最終的な人類普遍の合意点なんていう「約束の地」はいかにも宗教的で
胡散臭く感じてしまうんだよ。少なくともそれは(反対意見を認めないという点で)
弁証法の否定だしね。

534 :1:2005/06/15(水) 16:29:42
では私も「何故この問いを問うか」という根源的な理由を述べます。
まずは例えですが

>この五つのうちどの段階で、どういう役割を果たすのかな?
(1)ですが自然科学でいくら考えた結果も
「それは貴方がそう思ってるだけでしょう」
「参照した記憶が間違ってたら」
「永井論のように次の瞬間あらゆる認識が変わったら」
これらの理由により論理的には感情の安定にしかなりません。
「何故A(この場合は彗星です)があるのか」といった
根源的な理由が分からない限りは構築された論がどの程度適応できるか分からないので、
根源的な理由を探しています。

どういう役割かというとX%の確率で彗星を避けられる、というのが
100%の確率で避けられるに変わります。

535 :1:2005/06/15(水) 16:41:53
続き
>それを見つける必然性も必要性も全くないと考える。
科学の延長ではないでしょうか。
科学も結局は人間の生活の為、もっと言えば
快を増やし苦を減らす為ですが、よりその可能性を上げるという思考の延長で
X%の確率を100%にするという結論になります。
>最終的な人類普遍の合意点なんていう「約束の地」
これは倫理とか社会のあるべき状態といった意味でしょうか?
私が探っているのはそのような意味では無いです。
「それは貴方がそう思ってるだけでしょう」
といっても、我が快か苦を感じてるのは正しいです。
例えば目の前の赤い球体を「リンゴ」と感じるか「錯覚」と感じるか、
そういった事は『そう思ってるだけ』かもしれませんが、
我がその「赤い球体(と呼ぶ何か)」からどのような快・苦を感じるかというのは
確実なのではないでしょうか。
日常では自由になる快・苦が多いだけで、例えば物理法則が変わって
阿鼻叫喚の激痛を味わうとなったら、より100%に近い苦を避ける方法を
探すと思います。

快・苦だけは「そう思ってるだけ」ではなく
「確実に避けるor近づく」ことではないでしょうか?

536 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 20:29:08
>>535
一言だけ
>科学の延長ではないでしょうか。
何の再現性も無く、他者に伝達すらできないものを科学と言うことは、科学に対する冒涜です

537 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/15(水) 21:41:15
>>534-535
 仮に、君の言うような法則なり解なりが将来発見されると仮定して(これをひとまず「絶対法則」と表記する)
もし有ったとすればそれはどういうものか、と考察してみる。君はこういうことが言いたいのか?

定義により、
・絶対法則を理解することにより、未来の事象を完璧に予測することができる
・絶対法則は、確かめるまでもなく正しい
・絶対法則は、それを理解する主観がどういう状態でも正しい
・絶対法則は、世界中のどのような事象にも適用できる

 ・絶対法則を理解すると、間違いをおかすことが「できなく」なる。
 うっかり車を電柱にぶつけた、という「間違い」は「電柱に車がぶつかる」ことを
知らなかったから「間違い」であるため、絶対法則に基づいた行動は、どのように
愚かしく見えようが未来を予測した上での「意図的な行動」になる。

 ・絶対法則に従って行動する限り、「驚き」はなくなる。
 未来予測にまつわる定義より明らか。

 ・現在あるすべての学問・理論は、いずれ絶対法則に集結される。
 およそ学問上の問題はすべて「真」であることを追求しているため、
絶対法則に当てはまらない理論が残ると考えるのは不合理である。

 ・絶対法則は「ことば」ではない。
 少なくとも現在一般的な「ことば」概念に当てはまるものではない。
誰が判断しようとも「真」だとされる「ことば」は、現存しないからだ。

 ・絶対法則は、人間のみならずどんな生物も認識できる
 主観に依存しない、ということから明らか。また「ことば」でも
ないため、言葉が理解できる動物に限定する必要もない。

538 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/15(水) 21:56:46
 君が探しているのが「約束の地」だと言った理由がわかったかい?
「そうあるべき」じゃなく、「それ以外に考えられない」という意味だよ。
社会的にも、倫理的にも、物理的にもね。

 ちなみに科学哲学において一般的な考え方のひとつに、
「反証主義」というやつがある。「反証、反駁される可能性が高い
論理ほど、科学的な価値がある」という考えなのだよ(詳しくはググれ。)
君が言ってることは、果てしなく非科学的だよ。

>どういう役割かというとX%の確率で彗星を避けられる、というのが
>100%の確率で避けられるに変わります。
 これは、変わりません。何故かは自分で考えてね。
というか俺は、なんで未来が予測できたらみんな幸せになれるのか分からない。

539 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:02:06
心ってどこにあるの?
http://yasai.2ch.net/psycho/kako/974/974569037.html

▲▼▲▼▲▼もの凄い勢いで質問スレH▲▼▲▼▲▼
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1115833427/

540 :1:2005/06/15(水) 22:45:45
>>536
では「快・苦を極限まで追求した結果」という、世の中の理解ではダメでしょうか?

>>537
>間違いをおかすことが「できなく」なる。
正確には「苦と感じる苦を感じる(注:1)間違いをおかすことができない」です。
>絶対法則に従って行動する限り、「驚き」はなくなる。
定義を「時間や記憶を自由に選択できる事により、驚きを感じた瞬間を繰り返すことができる」
とすれば存在します。苦を感じる事のみなくなる、とでもすれば簡潔です。
>絶対法則に当てはまらない理論が残ると考えるのは不合理
何故「真」であることを追求からそうなるのか分かりませんが、
苦を感じる理論は間違いになるでしょう。
>絶対法則は「ことば」ではない。
これは同意します。現在のロゴスではないかもしれません。
>人間のみならずどんな生物も認識できる。言葉が理解できる動物に限定する必要もない。
正確には生物ではなくあらゆる我です。機械でも電子1つでも何でもです。
苦を感じない法則なので、生物だけを特別視する必要はありません。

(注:1)「スポーツのように、苦しみを少なからず味わう行動は一切できなくなる」
との解釈になりそうなのでその解説を。
意思(我)が「苦しいから避けたい」と思う苦は避けられ、
「苦があるからこそ快がある」苦に関しては自由に選択できるという事です。

541 :1:2005/06/15(水) 22:57:51
>「反証、反駁される可能性が高い論理ほど、科学的な価値がある」
この考えでいくと快苦については科学的な価値が0ではないでしょうか。
しかし、とある我が快苦を感じているというのは絶対で、人間社会もそれを前提に
構築されてる気がします。

>というか俺は、なんで未来が予測できたらみんな幸せになれるのか分からない。
簡単な例でいくと時間や記憶を選択できることにより、
望んでいる状態を無限に近い時間感じるといった事が可能だからです。
新しい理論を発見した時の「驚き」、驚いた瞬間を繰り返せれば幸せではないでしょうか。

また、X%の確率でどんな苦を味わうか分からないというのは危険ではないでしょうか。
日常的な例えを出しますと、X%の確率でフサールさんは原始時代の人間になる。
これは理論としておかしくないので、もし実際に原始時代の人間になったら
こう哲学を考えてる余裕が無くなり、
「さて明日も確実に食料を得られるか?」を考える。
その延長で
「確実に〜を避ける為にはどうすれば・・・」といった事が重要になると思います。

542 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/16(木) 01:53:17
>>540
 苦とか快とか、またどっかからの受け売りかいな。
言ってることがどんどんおかしくなってるよ。

 「わかっててもどうしようもない事」ってあるでしょう?
いくら未来を予測できても、人間の力で太陽が消滅するのを
止められるとは俺にはとても思えないよ。
その上、その予測する方法が分かっていない、分かる気配すらない以上、
君の考えは無意味だよ。同じ事を何回言わせるのかな。

>正確には「苦と感じる苦を感じる(注:1)間違いをおかすことができない」です。
 自分の都合で解釈しないでくれよ。俺は「すべての行為が間違いと呼べなくなる」と
言ったんだよ。「正確には」っておいおい。俺の意見を君がなぜ「より正確に」言えるの?

>この考え(反証主義)でいくと快苦については科学的な価値が0ではないでしょうか。
>しかし、とある我が快苦を感じているというのは絶対で、人間社会もそれを前提に
>構築されてる気がします。
 人の話聞いてる? いや、ていうか絶対ちゃんと聞いてないだろ。マジメに聞け。
自分の説は科学的に支持できるものであるかののように「君が」言ったから
たしなめただけ。

>望んでいる状態を無限に近い時間感じるといった事が可能だからです。
>新しい理論を発見した時の「驚き」、驚いた瞬間を繰り返せれば幸せではないでしょうか。
 繰り返すのが幸せって、そりゃあ嘘だろう。面白い本も50回読み返せば嫌になるでしょうが。
未来が既に見えてるってことは、人生が常に読み返しってことじゃん。それのどこが幸せ?

>日常的な例えを出しますと、X%の確率でフサールさんは原始時代の人間になる。
>これは理論としておかしくないので、もし実際に原始時代の人間になったら
 そんな、君の頭の中の事を語るのはやめてほしい。それとも、昨日までピンピン
してた人が今日から原始人になるのが君の「日常」なのか?随分面白い土地にお住まいですな。


543 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/16(木) 02:02:02
そして、何よりもコレ。コレには呆れた。

>(驚きの感情は、「絶対法則」の)定義を「時間や記憶を自由に選択できる事により、
驚きを感じた瞬間を繰り返すことができる」 /とすれば存在します。
 何コレ。何で定義を変えるの。
思想だとか言論だとかは、君の願いを何でも叶えてくれる四次元ポケットじゃないよ。
もうこの時点で君の言う「絶対」という言葉は「絶対僕の思い通りの」だと自分で気づいて
欲しいものだが。

↓今までのまとめ

「いつか『絶対の解』というヒーローが助けに来てくれる。そうすれば人類は何に思い悩む
必要もなくなる」
「いや、来てないし、来るとも思えないし」
「いや、来ると思うのは俺の勝手だ。だから来ると信じる」
「わかったよ……来るとしてもだ。そのヒーローだって何でもできるとは思えないよ?『未来予測』が
そのヒーローの能力でしょ?それでも避けられないことってあるじゃん。それに未来が読めるって
つまらないだろ?」
「いや、『絶対の解』は何でも知ってるんだ。だから時間や記憶を自由に選択できる。だからいつでも
面白いし、幸せなんだ」
「ってオイオイ、お前そんなこと言ってないだろ」
「まだそんな事言ってるのか?お前、今にも原始人になるぞ。その時『絶対の解』が居ないと困るぞ」
「……いや、ならねーと思う」

544 :1:2005/06/16(木) 02:47:01
部分的にレスをするとまた誤解が生じそうなので全体的に書きます。

まず、何故に快苦を挙げたかと言うと人間(我)の行動は結局は
快を増やし苦を避ける為ではないでしょうか。
そこから如何にしてそうするか?という考えになり、法則が生まれます。
で、身近な事から論を組み立てていって、より確実なものにする訳です。
ここまでは「みんなそう思ってる範囲」ですよね?
そっから、
・確実に近づくのではなく100%にはできないのだろうか
・果たして私が思ってる論は本当にY%の確率で正しいのだろうか
という疑問が生じ、このスレで問うてる問いが生まれました。
しかし、「それ自体で正しい言説など無い」といった理由で皆探さないのに、
何故ここの1は馬鹿みたいに探すのかという当然の疑問が生じると思いますが、
それについては
「果たして解が見つからないだろうと思うことはどの程度正しいのか?」
という理由で、もしかしたら見つかるという可能性に賭けて探しています。

上記が解や100%に固執する理由や快苦が出てくる理由です

545 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 02:50:46
>>544
やっぱり希望をもって、可能性に賭けることだよな。
あきらめるとただのひねくれ者になっちゃう。

546 :1:2005/06/16(木) 03:18:56
あとは「そもそも〜」という根源的な考えの違いです。
私が何故「探す」だとか「見つかる」とかを選択するかは、
そうするしかないからです。
>思想だとか言論だとかは四次元ポケットじゃない
と言いますが、ある対象Xが何の為に存在するかというと、
結局は我にどんな快と苦を感じさせるかではないでしょうか。
>「……いや、ならねーと思う」
日常ではならないと思いますが、理論でいくと次の瞬間どんな奇抜な事も
X%の可能性で起こるのではないでしょうか。

定義を変えるというのは誤解させてしまったかもしれませんが、
快を避け苦に近づく為にという理由で、探してる事は結局は何でも可能な方法です。

あと、君の考えは無意味だよですが、これしか意味の有る事が無いのですよ。
永井論といった可能性で次の瞬間何がどうなるか分からないので、
確実な事意外は全て「それは貴方がそう思ってるだけでしょう」で
否定されてしまうので、これを探るしかありません。

547 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 06:45:42
生物における快という報酬系の意味は、
種としての生存戦略を成し得る為に
ある特定の行動に付随するもの


548 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/16(木) 18:13:27
>>544

>・確実に近づくのではなく100%にはできないのだろうか
>・果たして私が思ってる論は本当にY%の確率で正しいのだろうか
>という疑問が生じ、このスレで問うてる問いが生まれました。

それが擬似問題(問題の体裁をとっているが、もともと問題ではない言説)なんだよ。
擬似問題の例:
「なぜ世界はこんなに素晴らしいんだろう」→「世界って素晴らしい」
「なぜ物事は不確かなんだろう」→「物事は不確かだなぁ」

>私が何故「探す」だとか「見つかる」とかを選択するかは、
>そうするしかないからです。
 そりゃ嘘だ。現に、人間は不確かな世の中でも楽しく生きていけてるじゃんか。

>理論でいくと次の瞬間どんな奇抜な事も
>X%の可能性で起こるのではないでしょうか。
 残念、起こりません。夢と現実の区別ははっきりつけようぜ。
人間は、その想像力の範囲内ならばどんな奇抜な事も想像できるし、
それが起こると期待することも出来る。けど、起こらないものは、起こらない。

>あと、君の考えは無意味だよですが、これしか意味の有る事が無いのですよ。
>永井論といった可能性で次の瞬間何がどうなるか分からないので、
>確実な事意外は全て「それは貴方がそう思ってるだけでしょう」で
>否定されてしまうので、これを探るしかありません。
 「否定」の意味を調べなさい。ついでに「弁証法」についても勉強するといいと思う。
いいかい、否定された言説は必ずしも「無意味」ではない。「否定されること」と「無意味なこと」は
別のこと。「無意味だから否定する」はあっても「否定されたから無意味」とは限らない。わかる?
言論・理論は否定されてからが勝負なんだよ。否定されないようにするだけの言葉は勝負(議論)から
逃げてるだけ。議論する価値がないのが「無意味」って事なの。

549 :1:2005/06/17(金) 02:33:52
>>548
擬似問題と弁証法と否定に関して、ググってますが今レスするとまた誤解になりそうなので
夢と現実の区別のレスだけさせて下さい。

次の瞬間に奇抜な事が起こらないとか、この世はマトリクスではないというのは、
まさに「そう思ってるだけ」ではないでしょうか。
・永井論のように一瞬一瞬を無関係に認識する可能性
・宇宙や自分は○○であるという記憶が存在するだけという可能性(マトリクス含む)
以上2つの可能性は無くは無いのではないでしょうか?
おそらく「起こらないものは、起こらない」というのは日常の記憶からそう思うと思いますが、
その日常の記憶が違ったら?という話です。

確かに明日原始時代になるなんて日常生活では無いと思ってますが、
こう永井論を考えると別に起こっても全く問題ないと思います。
貴方は一瞬一瞬の認識について思考の原理は同じと述べましたが
結論を導く為に参照した前提が間違ってたら?の可能性です。

例は出さず原理だけ書きましたが、この原理に関してはどう思われますか?

550 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:11:59
>>549
可能性だけで語るなら「実は自分は神」ってのも有りだな
以前も言ったとおり、可能性だけの考えなら、どんな可能性も等しい確立でありうるわけだ
確率を上げたければ証明するしかない
確立を100%にするためには、万人が納得する形で証明するしかない
「あるかもしれない」だけで熱弁を振るうのは、「神は存在する」だけで信徒を集める信仰宗教と同じ

世界についてそんなに不安なら、ボタンヘッドにでもなるしかないね

551 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:18:24
>>549
「時間に連続性が無かった場合どうなるか」
はっきり言ってしまえば、以前考えたことはありますよ
結論から言えば「考えても仕方ない」です
ムービーフィルムのように細切れの連続投影だったとしても、その中に存在するものにとっては連続性を持つ場合と同じなんですから
仮に連続した記憶を持ったまま、別のフィルムに投げ込まれたとしましょう
その場合の対策を考え付きますか?
答えは「そんなもんない」ですよ
現在の秩序体系と違うものを、現在の秩序体系で考えるのは不可能です

ま、人間なるようになりますって

552 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:24:14
一つの時間において存在する事柄になるんじゃないだろうか

553 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:24:46
私わたまに今この瞬間に世界が動き出したような感覚になる事があります。自分の記憶わ存在しなくて誰かに記憶を植えつけられてるような・・・誰かに動かされていきてるのかなとか・・・でも自分と記憶を共有してる人わいるしなんか違和感を感じます。

554 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:24:56
ちなみにエンジンと言う語は「検索エンジン」で用いられるように、推進力と訳してよいし科学の領域だったりする。マトリックスと言う語も数学の配列、仏教用語(法華)の用法もあるが。語句は正しく使おう。

555 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/17(金) 16:00:08
>>549
 「想像が可能だろうと、起こらないものは、起こらない」というのは当然すぎてつまんない程に
アプリオリな話。想像することと起こることに直接の因果関係はない。当然でしょ?

 我々が住むマクロの世界の物事は、起こるか起こらないかのどちらかであり、
『20%の確率で雨が降る』ことはあり得ない。この場合の「20%」はあくまで
我々の「雨が降りそうだという期待」を示す値でしかない。

「可能性は無くは無い」=「そう信じる・想像することもできる」って事。

 君の言っている可能性は心理的、あまりに心理的な要素なのだと
指摘したまでだよ。つまり、「可能性はある」と言うにとどまる君の論は、
「結論を導く為に参照した前提が間違っていたら、と『想像しているだけ』」だと言ってるの。
別にマトリクス論を云々するつもりはない。つまんないしね。

556 :1:2005/06/17(金) 16:43:01
>>550-551
世界についてそんなに不安ならと言いますが、本能的な恐怖は
哲学ではどうしようもないのではないでしょうか。
例えば事故なんかは遭うまでは恐怖しないと思いますが、
実際に遭ってからでは哲学では解決できないと思います。
「実は自分は神」といった確証が必要だと思います。
事故で苦しんでる最中なんかはまさに「なるようにならない状態」ではないでしょうか。

>その場合の対策を考え付きますか?
それがこのスレの議題です。根源的な問いの解が分かれば分かると思います。

>>553
仮に時間に連続性があったとしても、不思議なのが「自分や宇宙は〜前に出来た」
という問いを何故思いつくのか?ですね。
独我論は生物学的にはどのような意味なのでしょうか・・・

>>554
>語句は正しく使おう。
分かりました。自分語にならない様に注意致します。

>>547
では電子1つや機械や宇宙なんかに我があった場合は快苦などは存在しないのでしょうか?
どうもこの快苦こそが根源的だと思うんですけどね。

557 :1:2005/06/17(金) 16:52:54
>>555
何故「起こらないものは、起こらない」や「想像しているだけ」と
断言できるのでしょうか?
仮にマトリクス論が想像だとしたら、「雨が降りそうだという期待」と同じように
明日もこの日常を送ると言うのは期待ではないでしょうか。
何故日常といったことは期待でなく断言できるのか分かりません。

マトリクスだったらの可能性が想像でしかないと言うならば、
宇宙は〜で地球や自分は〜というのも例えば
「ここで重力が働くから重力はどこでも働く」
という想像と同じではないでしょうか?

>>527
>ん、この記憶が嘘だったら?
確かワサビさんは永井論の可能性を否定していなく、日常生活では
リスキーだから考えない立場でしたね。しかし、その
「日常ではリスキー」というのが前提ではないでしょうか?
また、何故「この記憶が嘘だったら?」で止めるのか分かりません。

558 :1:2005/06/17(金) 17:24:45
ちょっと>>1に戻って問います。
何故根源的な解を探さないのでしょうか?
>>213の通り「見つかる」と思って生きるのは合理的な生き方
ではないでしょうか?道具主義の極論だと思いますが、
違いますか?
この判断は私1人では解らないから、教えてください。。

559 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 20:51:24
本当に曲げて解釈するのが好きだね
>>556
>「実は自分は神」といった確証が必要だと思います。
ならば、それを証明する方法が必要だと言っているんですよ
貴方は現在のところ、「私は神かもしれないのだ、だから崇めよ、信徒は私を神と証明せよ」といっているに等しいですよ
神であることの証明を求めると「私を神と感じるのだ」としか言わないですけどね

>事故で苦しんでる最中なんかはまさに「なるようにならない状態」ではないでしょうか。
なるようになるというのは、「どう足掻いても死ぬときゃある、そのときゃしょうがない」というのも含まれてますが?
もしかして永遠に生きるつもりですか?

>それがこのスレの議題です。根源的な問いの解が分かれば分かると思います。
だからそれは、「宗教による気休め」という紛い物の解でしかないんですよ
あなた自身が証明しなきゃね

それから、わざわざ分けてレスをしたのに、くっ付けて回答しないでほしかったな

560 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/17(金) 21:18:35
擬似問題と弁証法と否定に関してのレスはまだか。
正直都合の悪い質問をスルーしているようにしか見えんぞ。

>>557
>明日もこの日常を送ると言うのは期待ではないでしょうか。
>何故日常といったことは期待でなく断言できるのか分かりません。
 もっとよく嫁。そんなこと言ってないって。

「想像できるのに起こらない物事がある」
↑コレ、当たり前とちゃうの?
人間は互いに矛盾する命題を考えられるんよ?
1、「(ある日あの時、特定の)リンゴが赤い」
2、「(ある日あの時、特定の)リンゴが青い」
この二つは両方とも想像が可能だけど、両方とも同時に実現するか?

>仮にマトリクス論が想像だとしたら、
 訳:「仮に、今の世界が想像上の世界だという想像が想像だとしたら、」
 お願いだからファビョらないで。落ち着いて>>555を読み返して。

>なぜ断言できるのか分かりません。
 嘘を言うなよ。君だって明日が来ると断言して暮らしてるだろーが。
要するに断言も「ほぼ100%の期待」なわけよ。
君は目覚めるとマトリックスの世界だとどのくらい信じている?
現実のアリアリとした質感の前に、そんな想像は吹き飛ぶでしょうが。

>>558
 いや、君一人でもわかるよ。ちょっと自分を客観視すればね。
「合理的」って、君は「理」を作っていないでしょ?
間違いを認めようとしない、認められないものは理ではない。当たり前でんがな。

561 :1:2005/06/17(金) 22:08:10
>>559
では分けてレス致します

>それを証明する方法が必要だと言っているんですよ
私もそう思います。よって、方法を探しつつ、「何故探さないのか?」と問うてます。
また、「私は神かもしれないのだ」というとオナニー乙とか権威的な流れになるので、
擬人的な存在ではない「法則」や「第一原因」を神の代わりに用いてます。

>「どう足掻いても死ぬときゃある、そのときゃしょうがない」
例えば事故で苦しむ時はどうやっても足掻くと思います。
Aから無数に存在する事故のうち、全てに共通する助かる方法を探っています。
永遠には生きるつもりは無いですが、我は
A:永遠に何かを感じる
B:永遠に何も感じなくなる
のどちらかなので、Aの場合はどうすれば快だけを知覚するか?
を探っています。

>「宗教による気休め」という紛い物の解でしかないんですよ
確かに、最終的には神の有無といった問いを問うことになるでしょうね。
しかし、根源的な理由に行き着く以外は、やはりループなのではないかと
思います。
逆に言えば、このような問いが解れば全て解決すると思います。

562 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 22:41:11
>>561
>私もそう思います。よって、方法を探しつつ、「何故探さないのか?」と問うてます。
その方法を何度も問うてますよね
それに対する明確な答えはありましたか?
「なぜ探さないか?と問うてます」と言うが、私たちはずっと「その問い自体が無意味だ」と言っています
まず貴方が成すべきは、「有ったらいいな」ではなく「絶対にあるんだ」ということを証明することです
これに対する貴方の答えは「無ければそこで終了なので、ある方向で考えます」というなんとも情けないものでしたが…

>例えば事故で苦しむ時はどうやっても足掻くと思います。
可能性を恐怖して一歩も進めない人は、結局何も成すことは無いと思いますが?
貴方は以前言いましたよね「次の瞬間世界が変わった場合法則も変わるんでは」と言う問いに「変わった世界でも当てはまる法則を探す」とね
では聞きますが、現在の世界の法則に居ながら、法則の違う世界でも当てはまる完全な快楽法則というのをどのように知覚するのですか?
結局行き着くところは「これも違うかもしれない」という疑心暗鬼でしょう?

>逆に言えば、このような問いが解れば全て解決すると思います。
間違いなく解決するよ
神ってのは一種のワイルドカードだからね
ただ、現代に居ながらそれを当てにするようじゃあおしまいだろ?
自論でありながら「なんでもあり」ってのを推奨するのは、卑怯者だと思うがね

563 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 00:47:54
根源的な解を探すのにも記憶が必要だと前にも言った。
矛盾するから絶対解なんて出ない

564 :1:2005/06/18(土) 02:19:00
>>562
>まず貴方が成すべきは、「有ったらいいな」ではなく「絶対にあるんだ」ということを証明することです
なるほど。「無ければ元も子もない」ではなく
「○○の理由で存在する」が必要なんですね。

永井先生も「私が私であるにはどんな物理的・精神的理由も必要としない」
と述べていたので何を参照していいやら全く分かりませんが、
自他ともに納得できる証明法を探してみます。

さて、希望的観測を書いておきますが、散々「マトリクス厨」だの「バーチャ厨」と
呼ばれたスレがありましたが、仮に物理的限界を超えられない仮想世界でも
成立するのではないでしょうか。
たぶん、自分=仮想世界の主人公=何でも出来る、のような解釈が誤解を生む原因だと
思いますので、せいぜい「死んだ後は我の知覚が設定できる」程度の
希望ならば、マトリクス厨は「神が存在する」と思うくらいに、
良い生き方では無いでしょうか。

565 :考える名無しさん:2005/06/18(土) 13:11:45
やれやれ

566 :わさび茶漬け:2005/06/18(土) 16:06:10
>>557
>確かワサビさんは永井論の可能性を否定していなく、日常生活では
>リスキーだから考えない立場でしたね。
そうです。リスキーというか、なんでしょう。
この哲板なんかは非常に特殊な所だからいいけど
日常で永井論とかに基づいて思考してると
人と反応がずれてしまって困ったので、やめた次第ですw
微妙な会話の間とかがおかしくなってしまうんです。

Aさん「あぁ、おはよう」
オレ ((なに、「おはよう」・・・だって?もし彼がオレの見ている夢の中の存在に過ぎないとしたら、
   何も答えないでも問題ないなぁ・・・いやいやw・・一応答えておこうw))・・「おはよう」
Aさん(今の間はなに・・?もしかして、オレ嫌われてる・・・?)

とかいった感じで。

567 :わさび茶漬け:2005/06/18(土) 16:25:02
>>557
>また、何故「この記憶が嘘だったら?」で止めるのか分かりません。
これは単に自分はその先で何も見つけられないからです。
ただこのスレ見てから
「記憶から論理から全て疑ってみる」というのは、結構精神的リフレッシュになっていいものだ
という事に気が付きました。これは精神をかなり開放できますねw

>>558
>何故根源的な解を探さないのでしょうか?
これは単に自分がその先で何も見つけられなかったからです。

>「見つかる」と思って生きるのは合理的な生き方 ではないでしょうか?
合理的だと思いますよ。まさにパスカルと同じスタンスで、論理的なスタンスだと思います。
ただ今、ずっと問題になってるように、AかBかCかわからない。
世界がマトリックスか永井か3秒前生成かわからない。
ここでAを信じるか、Bを信じるか、Cを信じるかで、各人どの方向に行くのかが分かれるだけです。
他者にBだけが正しいと主張するのも嘘ですし、他者に「オマエもAを信じろ」と強制するのも強引ですね。
ここの選択においては多くは「常識」という名の、一番多くの人が信じている「X」というのを僕も信じよう、というスタンスを取っています。
どれが正しいのかも論理では決定できないので、結局一番お気楽な「X」を選んでいるだけです。
ただその中でパスカルのように、精神的な充実を求めてオレは「神がいる」という「Y」を信じてみようという人もまた沢山居ます。
1さんもその方向だと思います。オレは「記憶は怪しく、解もみつかるかも」という「Z」を信じてみようという事でしょう。
だから非常に合理的だと思います。

568 :1:2005/06/18(土) 18:14:46
>>563
>>523後半の2つの方法では無理でしょうか。
根源的な解を探すのにも記憶が必要ということ自体を
「前提ではないか?」と疑う訳です。

>>567
>「常識」という名の、一番多くの人が信じている「X」というのを僕も信じよう、というスタンス
結局、これも「何がXなのかは『それは貴方がそう思ってるだけでしょう』」
になるので、主観からは抜け出せないと思います(もちろん日常的な意味で使う主観ではなく
永井論や独我論といった意味での主観⇔客観です)

例えばこのスレの文章だって機械的唯物論で「化学反応により起こり物理法則で決まってる」とも
考えられるわけです。Aという語をどう認識するか、
結局は「私の赤と他人の赤は同じなのか?」に行き着き、客観的に証明する方法は無い。
また、基準となる常識というのも「それは貴方がそう思ってるだけでしょう?」なので、
この文章が意味があるか無いかというのは、100%主観ですよね?
(この考えの応用で、そこら辺の文章に根源的な解の理由が書いてあるが、
外国語と同じく私には理解できないだけ、
という可能性もありますよね?)

569 :1:2005/06/18(土) 19:09:58
フサールさん擬似問題と弁証法と否定に関してのレスはちょっと待ってください。
中途半端にレスすると誤解になるのは目に見えてるので

>>568の考えの応用ですが、とある対象Aが根源的な解を示す可能性はX%
対象は視覚だけに存在するとしても、認識できる対象は無数にある
よって可能性X%が∞%になるという考え方(方法)はどうでしょうか。

570 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/19(日) 01:23:45
>対象は視覚だけに存在するとしても、認識できる対象は無数にある
>よって可能性X%が∞%になるという考え方(方法)はどうでしょうか。
 「∞%」ってヤバイくらい多いな。お前マジ頭いいな。

応用してみるか。
「ようかん」は任意の薄さに切れるから、理論上一つのようかんを
無限個に分けられるんじゃね?
無限個なら、一個一個は小さくても合計した量は無限じゃね?
そしたら俺は無限にようかんを食べられるんじゃね?コレってマジでお得だよな。

……アレ?

571 :1:2005/06/19(日) 03:28:49
>>570
とりあえず擬似問題だけ調べて直ぐにでもレスします。一つ一つ確実にレス
させて下さい。

∞%を扱うのはフサールさんも同意なのでしょうか。
ようかんの例ですがもともとの絶対値が決まってるから、
この場合は通用しないと思います。

X%の解説ですが、
・電子1つといった存在にX%の確率で見つかる
・無数の対象全体でX%の確率で見つかる
2つの可能性ですが、このどちらかで違うと思います。
電子1つ1つに可能性があるなら、電子は無数なので∞%ですが、
全体でX%と考える場合は見つからないような気がします。

572 :考える名無しさん:2005/06/19(日) 03:54:30
>>571
その二つの考え方は成り立つね
ただし人間がリアルタイムで全ての入力情報を処理できりゃあね
人間の処理能力を忘れてないかい?

石ころはさまざまな物質で出来ており、細分化してみればさまざまな分子で出来ている
だけど、細分化してみた場合それは個々の分子であり、観察対象は石ではない

人間ってのは、そんなに大量の並列処理が出来るもんかね
一度に認識してるものは、大抵片手に余ると思うんだが?
人間は基本的にシングルタスクだと思うがね
あとのは、認識してるんじゃなくて、見えてるだけ

573 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/19(日) 10:26:14
>∞%を扱うのはフサールさんも同意なのでしょうか。
 なワケねーだろ!!
無限に足しても有限なモノがあるっつー事だよ。
「飛ぶ矢は飛ばず」のパラドックスを知らんのか。


574 :わさび茶漬け:2005/06/19(日) 18:59:32
>>568
そうです。私の言ってる事というのは全て,
結局は私が「そう信じているだけ」という事でしかありません、と私は信じている、と私は信じている、と私は信じ以下ry
これは私がそれ以外の確実なモノを何ら持ち合わせていないからです、と私は信じている、と私は信じている、と私は信じ以下ry
そしてまさに万人が同じ状況にあるでしょう、と私は信じている、と私は信じている、と私は信じ以下ry
また全てが結局は「100%主観」というのも全く持って正しいです、と私は信じている、と私は信じている、と私は信じ以下ry

575 :わさび茶漬け:2005/06/19(日) 19:41:00
とりあえず1さんは「自分に訪れる未来を知る事を可能としてくれる絶対の法則」
を探しているという事ですが、
これは誰もがもつ本源的な欲求なんだ、という事は言っておきたいと思います。
その証拠に未来を知りたい、という欲求に支えられた人間の営みをいくつも挙げる事が出来ます。

例えば当たり外れ抜きで、「未来がわかったw」という気分だけでいいのなら、「占い」というのがありますね
手相、人相、タロット、星座、風水、血液型、etc、etc、etc・・・・
古今東西、この占いというものが無くなった国はまずないでしょう。

また予測の正誤を問わないならば、宗教的な方向でも遠い未来や死後などについての情報が溢れていますね。
預言、お告げ、来世思想、輪廻思想、終末思想、etc、etc・・・
どれも、よく分らない死んだ後の事について「わかったw」と思わせてくれるようなモノばかりで、
いつの時代でも常に語られつづけているモノですよね。

また正解率を重視した方向なら「科学」というスタイルもありますね。
日の出日の入りの時刻、次の日食、次の月食、次のハレー彗星の襲来、etc、etc・・・
これらはかなりの精度で当たりますね。

この例だけでもかなり分かるのではないでしょうか。
もちろん1さんは未来を知りたいだろうが、私も知りたいし、これは誰でも知りたがってる。
だからこそ上に書いたような営みが、実際に今この時も、世界中で続けられているワケです。
つまりこの欲求でもがいているの1さんだけではないんだよ、という事です、と私は信じている、と私は信じている、と私は信じ以下ry

576 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/19(日) 20:59:19
 俺は、人間は「未来」を求めちゃいないと思うよ。それじゃ何を求めているかっていえば
>例えば当たり外れ抜きで、「未来がわかったw」という気分だけでいいのなら
コレ。人間は未来を知って「安心」したいと思うんだよ。現在や過去に安心を
求められなくなると今度は未来に安心を求めるんだよ。「精一杯生きてきたんだから
もう何があってもそれを受け止める」と覚悟しているのが最もスゴイと思うが、
どうしてもそこまで悟りきれる人は少ないんだよね。ついつい天気予報見ちゃう。

「決して外れない悪い占い」は「呪い」と呼ばれて、誰しもそれには耳を塞ぎたがる。
「良い未来」が聞きたい、福音が聞きたい。それはここの>>1にも共通っしょ。

 (西洋)科学の場合は、元々は「神が作ったこの世界の秩序をより深く知って、
より深く神を信じて生きていくため」のものだったのが、段々「未来を良くしていくため」に
シフトしつつある、ってとこだね。どちらにしても単に未来の事を言い当てたいとは
思っていないし、言い当てたところで何が良くなるわけでもないって分かってる。

577 :1:2005/06/19(日) 22:11:52
>>574-576すみません,もうすぐ弁証法とかのレスしますから理由だけ書かせてください
>つまりこの欲求でもがいているの1さんだけではないんだよ、という事です
>「良い未来」が聞きたい、福音が聞きたい。それはここの>>1にも共通っしょ。
それは承知しております。私が求めているのは哲学でなんともならない苦を
どうするか?という問題です。一言で言えば『肉体的苦痛』ですが
現代の先進国ではあまり無いので自分達が遭う確率は殆ど無い、又は考えるのは愚か、
という結論になるかもしれませんが、
上で挙げた例のように原始時代とかでしたらこの苦こそがネックだと思います。

「なぜ私は今の文明、国に生まれたのか?原始時代や他の動物でもおかしくなかったのではないか?
今後はなるだろうか?永井論ならあるな・・・常識では?死んだら無だな。
いや、宇宙が今後有っても無くなっても時間が続けば今の宇宙・自分が再構成される
という可能性もあるのではないか?
そもそも宇宙や自分がなぜ存在するかが分からないから宇宙や自分が再構成される可能性は
全く分からないのではないか?ちょっと違って○○年前の国や他の動物だったら?
歴史上に出てくる拷問処刑に遭う人や生きながら実験される動物になったら?
ならない可能性は無いどころか全く分からない・・・これは危険ではないだろうか?
そうなったら『なぜ自分はこんなに苦しむ?』と考え問うのは目に見えてる。
今のうちに悪あがきでも対策を考えた方が良いのではないか?」

次の瞬間の次の次の次・・・が無なら問題無いのですが、有った場合に備える訳です。

578 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 00:14:59
>>577
やっぱ宗教だよ
苦より遁れる「というのは、仏教の基本的な考えだもん

579 :1:2005/06/20(月) 00:24:19
即レス魔人現る・・・余裕こいてますね、私も

>>578
とはいっても快苦こそが我の基本ではないでしょうか。
どんな行動も結局は快苦の為でしょう。
「正しい事、確実な事なんて1つもない」
とはいっても今この瞬間に快苦を感じてるのは
確実でそれに対応したいというのも確実で
はないでしょうか。

580 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 21:13:31
>>579
だから〜
仏教をかじってみな
そうすりゃそんな言葉出ないから

581 :わさび茶漬け:2005/06/20(月) 21:23:27
>>576
>人間は未来を知って「安心」したいと
>「良い未来」が聞きたい、福音が聞きたい。
まさにその通りですね。
不確定であること、未知であること、いわば「暗闇」というのは、それだけで恐怖を伴う事なんでしょうね。
かといって確定的な不幸な未来、つまり絶望というのもまた恐ろしいものです。
となると、希望に満ちた未来、これぐらいしか精神衛生上いいモノは残りませんね。
だから「福音」を与える、という仕事を担うモノとして占いや宗教が残るんでしょうが
何故オイラがオミクジ引くと、凶しか出ないのか・・・

582 :わさび茶漬け:2005/06/20(月) 22:58:03
>>579
>今この瞬間に快苦を感じてるのは 確実で
>それに対応したいというのも確実で はないでしょうか。
まさにその通りだと思います。
で、「AであるかBであるかCであるか・・・であるかわからない時にどうするか」
つまり「本当の所がどれなのか分からない、という時にどれを選ぶのか」という問題も
実際、快苦以外の判断基準というのは何もありませんね。
だからどの可能性に賭けるかというのも、結局、快苦に頼ってしか決まらないワケです。
それはこんな感じでしょう。
「うーん・・・Aとするとなんか不安だなぁ・・・しかしBとすると空しいし・・・かといってCとすると人に馬鹿にされそうでイヤだ・・・・
Dだというのも理屈としては分かるが、気分的には信じられない・・・けど・・・・ん?・・・・Xなら・・・特に・・・問題も・・・ない・・・感じ・・・・・・うん」

このような選択の過程で、どれを選べば一番苦しみが少ないか、そして一番素敵に感じられるか、
これが、人によって違い、また同じ人でも時期によって違うワケです。
だから「Aを信じろ!」とか「Bは気に喰わんな!」なんていう物言いが常に絶えないんですねw

何故、人によって選ぶのがAだったりBだったりするのか。
これが何に拠るのかを、もう少し具体的に考えてみると、
親はどういう考えを持っているのか、友達はどういう考えを持っているのか、とか
今住んでいる国はどこか、どんな仕事をしているのか、とか
どんな本を読んでいるのか、どんな所を旅行したのか、とか
こういうった事が影響しているのでしょう。

けれども実際として大半の人が(意識的にしろ、無意識的にしろ)選んでいるスタンスは
【多数派の選択している常識Xを選択して、更に「何故それを正しいと信じているのか」
といった問題については真剣には考えないでおこうw】というモノではないでしょうか。
なぜならこのスタンスが最も知識も必要とせず
かつ内的な葛藤も少なく、かつ周囲との軋轢も少ないからだと思います。
まさに快苦によって選択されているからこそ、そしてそれ以外の選択基準がないからこそ
こういうスタンスが多数派になっているのだと思います、と私は信じて(ry

583 :1:2005/06/21(火) 02:02:33
>>580
仏教の結論は「一切介苦」「解脱」「輪廻」といったものではないでしょうか?
全て苦しい、死んでも生まれ変わるから苦は続く、そこから逃れる方法を探そう
みごとにスレのテーマと一致してる気がす・・・
まあ輪廻の最初は?となると解りませんが。

>>582
ワサビさんこのスレのテーマの解が見つからなかったら永遠に苦しむ結果になりますよ?
おそらく人間は100年遊べたとしてもその後に阿鼻叫喚の激痛で死ぬとかなれば
迷うと思います・・・
また、自分がワサビさんになったりワサビさんが1になったりするから、
貴方(我)もこの問いを問うのではないでしょうかね。

1.現実で悩む
2.哲学に走る
3.解を得て現実に戻る
4.これでいいのか悩む、又は通用せず悩む
5.哲学に戻る
6.解を得て…3と同じ

1〜6の繰り返しですよ。

584 :1:2005/06/21(火) 02:08:52
日常で遭う苦は絶対に避けたいと思うまではいかなくても、
戦争時や科学の発達していない時代に味わう
「肉体的苦痛」は精神ではどうにもならない不自由な苦なので
味わうようになったら悠々と哲学を考えてる余裕など無く、
「どうすれば助かるか」といったこのスレの問いを問うのではないでしょうか。

ここで言う肉体的苦痛は生きながら他の動物に捕食されるといったレベルの
苦です。


585 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 13:15:00
>>583
一切が苦であるのであり、解を求めることも当然の事ながら苦であるよ
以前の禅の話を覚えてるね?

586 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/21(火) 20:49:20
>「どうすれば助かるか」といったこのスレの問いを問うのではないでしょうか。
 他人の意見パクるのが……下手だねぇ。
>>272の俺の突っ込みは以下のようなモノだが、蒸し返してみる?

>「明日も安全に日常生活を送れるための条件」もしくは
>「実は(略)」のような事を避ける為の方法が存在するとして、それが
>「絶対的な法則・確証」である根拠や必要性はないでしょ?

>なぜ「絶対的な法則・確証」が「実は(略)」のような事を避ける為の
>唯一の方法であるかのように語ってるの?その根拠は?


 やーいやーい、お前の母ちゃん擬似問題!(今までの議論を忘れてないことをアピール)

587 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 22:07:10
駄スレ

588 :1:2005/06/22(水) 06:25:00
>>586
あらゆる苦から脱出できる方法を見つけたと思っても、
次の瞬間になぜかかなりの苦を味わう可能性もあるからです。

一番分かり易い例が生です。
ん?何故私は存在するんだ?なぜこんな感覚がある?
とか考えていたら急に病気とかで激痛が走って・・・

考えると、生(存在)というのはなぜか意識があって
苦の理由も分からず苦を感じると言う、
極めて恐ろしいことではないでしょうか?

589 :1:2005/06/22(水) 06:54:54
>>585
では、苦から逃れる以外の全てを苦とすれば、
解を探す事は苦ではないのではないでしょうか。

>>587
>>17を参照して下さい。名スレとなっています。

いつの間にか、永井論と苦痛との関係に方向が変わってきましたね。

590 :1:2005/06/22(水) 07:08:58
逆に問いますがフサールさんや禅の話をされた方は永井論の問いには
どういう解を述べるのでしょうか。

1.なぜ何かを感じるのか
2.なぜ私が今の私なのか
3.なぜ宇宙という世界があるのか

とりあえずこれだけでも答えてくれませんか?私も擬似問題といった
全く知らなかった語句を考えているので。

591 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 08:14:48
1.感覚器官があるから。
2.私の脳がそう思っているから。
3.宇宙と世界は同意語である。
  宇宙があるのはすくなくとも自分がいるから。

592 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 15:19:58
>>589
分かってないね〜
解を探すことは苦なんだよ
苦から逃れようとすること自体が苦なの

593 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/22(水) 15:24:08
>>588
>あらゆる苦から脱出できる方法を見つけたと思っても、
>次の瞬間になぜかかなりの苦を味わう可能性もあるからです。
 その言葉、のしをつけて返すよ。
知らなかったことが襲ってくるからこそ、考え続けるのが目的でしょうが。
「唯一の真理」には確実に思考停止が待っているでしょ?

>考えると、生(存在)というのはなぜか意識があって
>苦の理由も分からず苦を感じると言う、
>極めて恐ろしいことではないでしょうか?
 ビビリやなぁ。もともと苦しみに理由なんぞ無いよ。当たり前でしょ。
理由を見つけられたらちょっとホッとするだけ。

 やーいやーい、お前の母ちゃん思考停止!

594 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 15:25:00
>>590
質問に質問で返すようで悪いのですが、貴方の問いにはこれが答えになるかも知れませんね
何で人(自分)の生に特別な意味なんてあると思っているの?
なぜ意味を求めるの?『ただあるだけ』ではダメなの?

595 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/22(水) 18:44:37
>>590
てめーにはおしえてやんねー。
話を逸らされたらかなわんからな。

596 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 21:53:06
思索について考えてみましょう。
思索と言いましたが、ここで私が主張したいのは、主に懐疑という思索です。
まず、懐疑には懐疑の対象が必要です。
そこで、この懐疑の対象をαとおきましょう。
αは客観的存在ではないかもしれませんが、実在です。
αは実在ですから、αにはαとしての本質があります。
αについて疑うという行為は他の事象によってなされます。
懐疑という概念は、その対象(の本質)についての必然性、またはその他の様態における不可能性を知らないからです。
(たとえば、αがα‘ではないのはなぜか。という懐疑はαがαでなければならない理由。αがα’になりえない理由を知らないから形成されるのです。)
αについて懐疑「する」側の事象をβとおきましょう。
(もちろん、対象αは懐疑「される」側)
いま、事象βは対象αについて懐疑しているとします。
すると、事象βは対象αを認識できるものでなければなりません。なぜなら、対象αについての懐疑が対象αの存在に基づかずに形成されるということはありえないからです。
ゆえに対象αの懐疑は対象αに従属している形になります。
ここで、対象αと対象αの懐疑、両者の生成についての時間関係について考えてみたい。
@対象αは対象αの懐疑より先に生成される。
A対象αと対象αの懐疑は同時に生成される。
B対象αは対象αの懐疑よりも後に生成される。
すると、考えられるのは、この三つの可能性のどれかひとつです。
まずBはありえません。
なぜなら対象αが対象αの懐疑の前提であるからです。
では、Aはどうでしょうか。
対象αが事象βに認識され、対象αの懐疑を生む。
この「認識」「懐疑の形成」が同時に行われるということです。
これも不可能です。
なぜなら、一時点において
「対象αについて純粋な(つまり懐疑のないかたちの)知識がある」「対象αについての懐疑(つまり純粋知識の発展系)的知識がある」という事象βの二様態が可能になってしまうからです。


597 :596:2005/06/22(水) 21:55:22
一時点で一つの事象に二つの様態があるということはありえません。
ゆえに、懐疑とはまず、その対象を純粋な形で捉え、そこから時間をかけて論理的に発展させ生まれ来るものなのです。
ここから、懐疑の対象たりえるものはすべて持続体であると言えます。


598 :596:2005/06/22(水) 22:00:00
思うに、我々がある事象を懐疑しうるのは、対象を言語化してからのことです。
ゆえにすべての懐疑の対象は、自我のなかで形成される。
つまり記憶のなかで形成されるといえます。
ゆえに記憶は持続体です。
あなたのもつ記憶は一瞬後には消えてしまうかもしれませんが、少なくとも以前は持続的に存在していました。

でも、事物は持続するということを示されれば
そこに法則性を見出すことも決して無駄ではないとわかるでしょう。
あなたの今、抱いている懐疑は一瞬前にもあなたはもっていましたよ。
これは断言できます。

599 :1:2005/06/22(水) 22:31:09
>>591
では、
・感覚器官があると何故感覚があるんですか?
 そもそも感覚器官って何ですか?
・私の脳がそう思っているからAはAであるならば、
 どんな奇抜な事も(例えば私は一瞬前は存在しなかった、そこらの石ころだったとか)
 は正しいですね?
・少なくとも、というのではわからない人が多いと思います。
宇宙は何故あるのか?第一原因は何?どうしてこんな物理法則なのか?

>>593
>もともと苦しみに理由なんぞ無いよ。
そうだったんですか?神経から脳に伝達が走りそれで化学物質が・・・と思ってましたが、
理由はないのでしょうか?
理由なく苦を感じるのが解なのでしょうか。
というか理由って何?

>思考停止
いえ、快に繋がる思考はしますが、苦は避けるという単純な話でございます。

600 :1:2005/06/22(水) 22:41:16
>>594
つまり、「そもそも何故問うのか?」
「問いに解があるという前提が間違ってるのではないか?」ですね。

>何で人(自分)の生に特別な意味なんてあると思っているの?
全ての現象は意味や理由(原因)により存在すると思っています。
が、理由や原因無く存在するもの=我やこの世、とすれば
成立するのかもしれませんね。
>なぜ意味を求めるの?『ただあるだけ』ではダメなの?
苦があるからですね。
「苦は仕方ない、諦める事は諦めよう」とお思いになられるかもしれませんが、
それは苦に遭う前の状態による思考です。
仮に、苦に遭った場合は「諦めるか」ではな
「早く過ぎ去ってくれ」や「どうすれば助かるか」です。
日常の例えで示しますと、歯医者なんかは行く前は決心が付いても
治療の最中は諦めるのではなく「早く終わってくれ」と思うのと同じです。
その様な苦に事前から備えるために、理由や原因が見つからないと
対策も見つからないと思うので、問題なのです。

しかし、ただあるだけ、というのは永井氏も「いかなる原因も無い」と
述べていたので、そうかもしれません。が、そうでない可能性もあるので、
探すというのはいいのではないでしょうか。

601 :1:2005/06/22(水) 22:46:19
>>595
私が話を逸らすと言うのですか?
以前の流れで、「曲げて解釈する」とかありましたね。たぶん、
論が発展するからそういう結果になってしまうのだと思いますが、
趣旨がどんどん増えるとややこしいのは確かですね。
短文でまとめられるよう、努めます。

今日はこれで就寝させて頂きます。

602 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/22(水) 22:54:40
>>599
>というか理由って何?
自分で言い出したことなのに、俺に聞かなきゃわからないくらいの思想なら主張すんなよ……
苦しみに先だって苦しみの理由が現れたことなどあるか?
理由はアポステリオリに作られるものでしょーが。

やーいやーい、お前の母ちゃん化学物質!(事実)

>>601
 そうだよ。すでに君は何度も話をそらして「論の発展」をさまたげてるからね。
弁証法に関するレスはマダー?



603 :考える名無しさん:2005/06/22(水) 23:15:42
子供はよく親を困らせる質問をするものだ。
どうしてお空は青いの
どうして月は落ちてこないの
どうして宇宙はあるの
どうして私は生まれてきたの
ねえどうして...教えて...

604 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 00:07:59
ねぇねぇwwwww

605 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 00:11:32
     .┌━┐    ┌━┐
      ┃┌╋──╋┐┃
      └╋┘    └╋┘
        ┃ ・   ・  ┃        ┌━━┐
    ●━╋┐    ┌╂━━━━╂┐  ┃
    └━┷┴━━╂┘        └╋━┘
同じスレにはコピペ ┌╋┐        ┌╋┐
できるけど、違う  ┃└╋╋━━╋╋┘┃
スレにはコピペでき ┃  ┃┃    ┃┃  ┃
ない不思議コピペ ┃  ┃┃    ┃┃  ┃
           └━┘┘   └└━┘



606 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 00:38:17
記憶のチカラU見れ

607 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 01:03:58
>>1

「(記憶A)は‘事実として’正しいか?」
の問いは、
「(○月×日のメモ)は‘事実として’正しいか?」
の問いと同様、
‘事実として’正しいか否かを検証して答える必要がある。
何故なら、それらは‘事実として’正しくないかもしれないので。


608 :1:2005/06/23(木) 03:15:10
>>602
擬似問題ですが、>>594さんがヒントになりそうですね。
「なぜ世界は存在するんだろう」→「在るから在る」
「なぜAはAなんだろう」→「AはAだ」

しかし擬似問題と他の問題の違いは何なのでしょうか。
「それは貴方がそう思ってるだけでしょう」ならば、
擬似問題も天気予報もどちらも同じだと思います。
解決不能か解決可能か、「そもそも解決不能という結論を導いた何かが間違ってたら」
を問えば区別は無くなるのではないでしょうか。

あと、パラドクスで「まだ」を伸ばせないでしょうか?

今=a とする

今=aの時、秒数が0.1秒くらい変わっても
今である事に変わりは無いから、a=今+0.1秒のときにも今である。
よって、全ての秒数(まだと問う時間x)は今であることが
証明された?

609 :得ろ!本屋店長4代目:2005/06/23(木) 03:16:01
>1 >>なぜ記憶を信じる?

そのほうが経験的に都合がいいからだろ。

610 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 04:00:24
>>600
>つまり、「そもそも何故問うのか?」
>「問いに解があるという前提が間違ってるのではないか?」ですね。
ブー
ざんねんでした
「問いそのものが間違っている可能性があります」です

>>何で人(自分)の生に特別な意味なんてあると思っているの?
>全ての現象は意味や理由(原因)により存在すると思っています。
意味と原因を一緒くたにしないで下さい
原因は事象が生じる素で、意味は事象に付加されたものです

>>なぜ意味を求めるの?『ただあるだけ』ではダメなの?
>苦があるからですね。
>「苦は仕方ない、諦める事は諦めよう」とお思いになられるかもしれませんが、
>それは苦に遭う前の状態による思考です。
路端の石にも家のゴキブリにも意味を求めるタイプですか?


611 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 04:18:14
>>608
勝手にヒントになると思うのはかまわんが、間違ってても俺の責任にするなよ

「なぜ世界は存在するんだろう」
問い自体が非常に曖昧だね
これを科学的に考えた「世界の組成を確かめる試み」とするなら良い疑問だろう
しかし哲学的に考えた「世界の意味を考える試み」とするなら、問いの意味を失うだろう
さらに自分中心に考えた「世界の存在意義」とするなら、手前勝手な妄想と罵られても仕方ないだろう

>解決不能か解決可能か、「そもそも解決不能という結論を導いた何かが間違ってたら」
>を問えば区別は無くなるのではないでしょうか。
そもそも問いを間違えているかもと問えば、ただの水掛け論になるだろう

>今=aの時、秒数が0.1秒くらい変わっても
>今である事に変わりは無いから、a=今+0.1秒のときにも今である。
0.1秒どころか現存する最少単位以下でも変われば、今はaではない「今」になる

どうも、自分に都合の良いように曖昧にすることで、論を歪める傾向にある
自重されたし

612 :考える名無しさん:2005/06/23(木) 07:23:44
記憶がないと生き延びられないから


613 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/23(木) 18:24:09
>>608
 また下手なパクリかい。節操がないなぁ。
 君が問題を解決する気がまるで無い以上、君の出す問題は
「物事は、記憶は不確かだと私は思う」以上の意味がまるで無いってこと。

 「探してる」って言っても、君は反論を克服する気がないんだろう?
「何も考えてない」ことを「探してる」と言い換えて煙に巻こうとしてもなぁ。
そんなのに騙されてるのは君自身だけだよ。

 で、弁証法はマダー?

614 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/23(木) 19:04:36

修正
「物事は、記憶は不確かだと私は思う」
→「私は、記憶は不確かだと思う」

 要するに、気になるだけならチラシの裏にでも書いてろってことだよ。

615 :わさび茶漬け:2005/06/24(金) 14:57:03
>>583
>ワサビさんこのスレのテーマの解が見つからなかったら永遠に苦しむ結果になりますよ?
これが今の1さんの大きな仮定なんではないでしょうか。
実際にはそんなこと無いと思いますよ。なぜって私は1さんの言うような解、つまり完全な救い
はないだろな、と思ってるんですが、別にそれでも苦しかないからです。

ただ、、これは感じ方の問題ですから、
「そんなの嫌だ・・・もっと慰めのある話が聞きたいんだ・・」という人も沢山いると思います。
じゃあ、私がなんでそんな慰めのない話に満足出来てしまうのか。これは自分にとっては
「慰めが有るか無いか」という事よりも、「自分の考えてる事に大きな矛盾がある」という事のほうが大きい苦痛と不安の種になるからです。
だから慰めなんかなくてもツジツマさえあっていれば、かなりの満足して安心できてしまうんです。
例えば宗教が提供する物語なんかは非常にロマンチックで、希望あるものですよね。
もちろんそれを信じてみると私も気持ちよくはなるんですが、同時に非常に不安になってしまうんです。
こんな感じで。
「あぁ、このロマンチックな話を正しいとすると、こっちの話とツジツマが合わないなぁ・・・
どっちかが嘘であるか・・・それともこの両者をともに正しいとしても矛盾のないような世界観があるのだろうか・・・
あるとしたらそれは何だろうか・・・おかしい・・何ともおかしい・・・
自分の考えがおかしいとすると・・・・それに従って行動するのが何とも恐ろすぃ・・・どうしよう・・・どうしよう・・・」
てな感じで。
つまり私の場合、自分の考えに矛盾がある、という事が非常にストレスになってしまう体質なんですね。
だから矛盾さえなければ別に苦しくはないんです。

616 :わさび茶漬け:2005/06/24(金) 15:09:02
むしろ苦しいかどうかに関しては、もっと日常的な事、
つまり、お金がない!とか仕事がおもしろくない!とか先が見えない!とか苦しい立場だ!とか病気になった!とか
こういった事の方がもっと大きいのではないでしょうか。
で、これを解決するには、自分は「解」や「救い」を見つける、というのではなく
もっと普通の方法、処世術的な方法、世俗的な方法しかないと考えています。
つまり残業を増やす、とか仕事を変える、とか生活費の安いところに引っ越すとか、飲んで忘れる、とか我慢する、病院に行く、とかです。
さらにとか家族が亡くなった・・とか、こういった苦しみであれば
お参りする、とか仏壇に写真を飾って話しかける、とかしかないのではないでしょうか。
ここで信仰が出てくるワケですが、これは信じなければやってられない(苦しい)。
だから来世での再開や、魂の不滅を信じていく
と、そういうモノではないでしょうか。

617 :わさび茶漬け:2005/06/24(金) 18:59:48
>>600
>日常の例えで示しますと、歯医者なんかは行く前は決心が付いても
>治療の最中は諦めるのではなく「早く終わってくれ」と思うのと同じです。
>その様な苦に事前から備えるために、理由や原因が見つからないと
>対策も見つからないと思うので、問題なのです。
理由や原因と書いてありますね。まず【理由】の方に関してですが
これは「苦しみに耐え得るようにしてくれる何か」の事でしょうから
一般に「心の支え」とか、「信仰」と呼ばれているモノに当たると思います。
これは「未来を知る事」とは当然違ったモノですし、
「世界の存在”理由”を知る事」とも厳密に違うモノです。

ただ、仮に「信じる未来」や「信じる世界の存在”理由”」が
今の苦しみを耐えさせてくれるような、力強さを持つものであれば
それが「心の支え」や「信仰」と同等の機能を持つ事は確かです。
が、これを哲学に求めるのは、少々ミスマッチだと思います。なぜかと言うと、
既存の価値の相対化や既存の世界観からの脱却といった、「信仰の破壊」という方向であれば
哲学は存分に力を発揮してくれるでしょうが(いわゆる記憶が正しいという論理的根拠なんてないじゃん!なんてのもそうですよね)
逆に「信仰を構築していく」という方向に関しては、哲学はホトホト無力でしょう?だからです。
むしろこういった事(心の支えみたいな事)は信仰とか、周りの人がどう考えて今の苦痛に耐えてるのかとか
(例えば「仕事が終わった後の一杯、この一杯を楽しみに今を耐えとるんじゃ〜」とか)
こう言った方面の探求の方が、より求めるモノに近いんではないでしょうか。

で、【原因】の方に関してですが、これは日常的な行為の集積以外には、何もないのでは?
例えば、どこの歯医者が一番痛くないのか調べる、とか
麻酔を沢山うってもらう、とか、別のことを考えて気を逸らす、とか常日頃から歯を磨く、とか
歯医者にはいかない、とかそういう日常的な行いの中にしか
苦痛の回避方法(対策)というのはないと思いますですよ。

618 :1:2005/06/24(金) 20:34:49
>>603-604
仏教でこんな話があります。

マールンクヤという人が、
「宇宙は有限なのか?無限なのか?
 死後はあるのか?ないのか?・・・」
といった事を釈迦に問いました。
すると、釈迦は毒矢の例えという例を持ち出して回答したのですが、
思うに現代では毒矢などは存在しないので、
科学技術が発展し安全になれば成る程、
このマールんくやの問いのような問いは問われるのだと思います。

619 :考える名無しさん:2005/06/25(土) 19:56:12
1へ
いいから別のレスにも答えなさい

620 :わさび茶漬け:2005/06/26(日) 14:30:17
どこかで1さんは「心が次に何を感じるか判らない事が不安だ。」みたいな事を言っていたと思いますが、
「荒ぶる己の心に恐れを抱く」という感じであれば、
(どこまで意識的にかは別としても)およそ万人が恐れる事だと思います。

で、私もよく知りませんが、インドなんかでは、
ここらへんに焦点を合わせた技術というのがいろいろありますよね。
つまり座禅の起源でもある、ヨガとか瞑想といった、あそこらへんの技術のことです。
これらは理屈による精神のコントロールの限界を踏まえた上で、精神を静ませる方法というのを、
もっとも具体的なノウハウとして蓄積してきたモノではないでしょうか。
ですから「心を静める」という方向性ならば、ヨガ、瞑想、座禅、
といった系統の知識を追いかけてみるのも悪くないと思います。

621 :考える名無しさん:2005/06/26(日) 19:29:41
ここの板の人達はいつまで1に付き合うんだ?

622 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/26(日) 19:35:57
>>520
 そのへんに落ち着いちゃうのも俺としては不満だなぁ。
>>1のメンヘルスレになっちゃうから。

 哲学も信仰を構築するものだよ。ひたすら新しいひらめきを
追求するのが哲学じゃないかな。ドグマの解体は哲学上の
方法だけど、哲学自体の方向性はそっちじゃない筈。

>>621
 無論、飽きるまで。

623 :1:2005/06/27(月) 07:03:01
弁証法に関するレスなどで思ったのですが、
永井氏のような思考実験により論を組み立てるのとロゴスで論を組み立てるのでは
少々違うのではないでしょうか。

思考実験の場合、該当するロゴスが無い場合はどうしても表現が出来なくなる、と。
また、ロゴスの認識そのものを変えると言う方法は別の思考実験ではないでしょうか?
例えば
>>610
>「問いそのものが間違っている可能性があります」
では質問の表現を「この問いに理由はあるのか?この現象の原因は何か?」ではどうでしょうか?

>>611
>科学的に考えた「世界の組成を確かめる試み」
まさにコレです。永井氏のように「なぜ私は今の私なのか?」とか
「意識が存在する理由は何か?」を問うてます。
ちょっと具体的に書くと、何故脳に信号が送られて脳内でとある現象が起こると意識があるのか?
といった事です。
>どうも、自分に都合の良いように曖昧にすることで、論を歪める傾向にある
いえ、道具主義のように、如何にして良い方向に使うか?ということの例を示したのです。
上のようかんの流れと同じ様なものですね。

624 :1:2005/06/27(月) 14:36:22
>>620
いえ、不安かどうかは大した問題ではないのです。
一時的に不安が消えたとしても、万物は流転するのと同様に
安心⇔不安も流転します。
また、自由や自発的に・又は不自由や多発的に「精神が静まる」状態になったとしても、
静まった状態⇔静まってない状態が流転するので、
やはりスレのテーマを問うことに行き着くと思います。
この場合、より根源的な快・苦です。どうすれば快だけの状態に成るか?
>>622
揚げ足を取るわけではありませんが、凄く良い例えがあるので説明を。
>無論、飽きるまで。
結局は貴方も快苦で動くわけでしょう。感情・欲・理論、、、と、
どれも『何故数ある中でそれを選ぶか?』の理由は快苦ではないでしょうか。
私が問うのもフサールさんが問うのも永井氏が問うのも、今この瞬間の快苦に反応した
快苦の為という理由では同じではないでしょうか。
つまりは、結局はとある我Aの快を増やし苦を減らすという行為に行き着くと思います。
それを突き進めると、時間が∞で快が∞で苦が0という状態にするには
どうすれば良いのか?になると思います


625 :わさび茶漬け:2005/06/27(月) 15:25:50
>>622
>哲学も信仰を構築するものだよ
確かにある意味そうでしょうね。
しかし「厳密に論理的である」という一線を守りつつ哲学するのであれば
懐疑主義以上のスタンスは取れない筈です。
つまり哲学的に得られる世界というのは、
「こうも考えられる、しかし本当にそうかは怪しい」
という終始イライラするようなモノにしかなり得ません。
だから楽しくない。救いがないw
そういう意味で、一般的に信仰と言われるようなモノの代替物にはなれないと思うのです。
懐疑主義なんてのは、「そう信じている事が気持ちいい」類の信念ではないですからね。

>新しいひらめきを 追求するのが哲学
そうですね。
way of perception というか「モノの見方」というか、そういうのを生んでいく。
確かにこれは哲学の重要な役割なのだと思います。
けれど、新しい、いくつもの「モノの見方」の内、どれを取るのか、
この点に関しては、論理の中からは何も言えませんよね。
Aとも考えられる、Bとも考えられる、Cとも考えられる、が
AかBかCか、どれが正しいかは解らない、どのスタイルでモノを見るべきかは解らない。
ここに関して論理の中からは何も言えないから、けっきょく懐疑主義にならざるを得ないのではないのでしょうか。
つまり「AかBかCか、又はそのどれでもないか、のどれかだ」なんていう感じで。
でも、結局こういうのはしんどいですから、最後は理屈ではなくて、
「うーん・・・やっぱAかなw」なんていう論理からは出てこないような、
ちょっとした気分や日常の利便性に根ざした動機に従ってどれかに落ち着きます。

けどここで問題なのは、もし思考停止しないのならば、
この「Aだ」という信念も、信仰には成り得ないという事です。
「Aでしかあり得ないという事はない。Bでもあり得る、Cでもあり得る、
さらにこのどれでもない事もありうる」
なんて事を知っているのだから、「絶対Aだな」なんて事は到底思えないワケです。
だから結局、懐疑主義以上の信念というのは哲学からは出てこないのではないか、と思うワケです。

626 :考える名無しさん:2005/06/27(月) 16:03:45
>>624
>静まった状態⇔静まってない状態が流転
その通りですね。ただ自分が望めば、時間の許す限りは
静まった状態に入れる、という意味ではかなりいいモノだと思いますよ。>瞑想
私も詳しく知らないのですが、どうも志向性(Intentionality)のコントロールをより自覚的に行う事で、
ネガティブなクオリアの生成が抑制される、という仕組みを持った技術のようです。

>時間が∞で快が∞で苦が0という状態にするには どうすれば良いのか?
大分、問題が具体的になりましたね。
これで問題は次の1点に集約されるでしょう。

 ■問■
  「永遠の快」を感じつづける方法はあるか。あるとすれば、それはどんなモノか。

これですね。
で、これに関してですが私は、そういう方法もあるかもしれない、と思います。
ただモノの考え方や、生活の仕方の変更といった
ソフトウェア的な事では、不可能だと思います(勿論これは経験と知識から言う事です)。
しかしハードウェア的な事、つまり脳の構造をある状態に作り変えたならば
ひょっとすると「永遠の快」というのも可能かもしれないな、とは思います。
つまり不快を感じないような脳構造が、この世界で実現可能なのであれば、
脳外科手術によって、「永遠の快」という状態を手に入れる事も、
そのうち可能になるかもしれないな、と思うワケです。

しかし「エネルギー保存の法則」みたいに「快・不快保存の法則」なんていう法則が
この宇宙にあったなら、快感だけ感じ続けるなんて事は出来ないでしょうね。

627 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/27(月) 22:01:39
>永井氏のような思考実験により論を組み立てるのとロゴスで論を組み立てるのでは
>少々違うのではないでしょうか。
それは「永井均の論は思考実験だけで、論理的じゃない」って事だぞ。失礼なヤツだな。
あやまれ!永井均にあやまれ!(AA略)

>>624
 「快・苦が人間の行動原理」と君は言うが、快とか苦ってなによ?
快が「ドーパミンなどの、特定の脳内麻薬が出ている状態」とか
考えれば、人間の究極の幸せは「常に脳内麻薬を投与される状態」に
なっちまうぞ。

 快と苦の思想の原点、仏教では苦は「生老病死」から成るものだと
説いている。すなわち自分に執着する生き方が自分に害をなすから、
それを捨てればいいって事になるんだがね。

>>625
 「そう疑ってる俺がカッコイイ」という奴はいると思う。どこか……あなたのすぐ近くに……

628 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 00:36:41
>>623
>>科学的に考えた「世界の組成を確かめる試み」
>まさにコレです。永井氏のように「なぜ私は今の私なのか?」とか
「科学的に」の最低限の要件すら満たさないのにですか?
以前「最終的には伝えられない」なんて言ってたのに?
0.1秒に満たなければ、存在しないも同じといってた人が科学的?
それが論を都合の良い様に歪めているというんだよ
科学に対する侮辱だ!

>>624
もしかして快・不快の根本的な発生理由すら考えずに、快のみなんて求めてるんか?

629 :1:2005/06/28(火) 08:27:57
む?煽りが増えましたね?あまり煽ると哲学を考えない頭になりますよ?
>>627
では私が代わりにAAを貼ります
     /:::::::::::\
    l;;;;;;;;@;;;;;;;l    ま
   [;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;]    ち
   (|´> <`|)    が 
    |lヽ⊂つノリ    っ 
   / ̄l><l ̄\   て
  /::::::∨ミ/>::イ::::|   る
  |::::::/~7。::lYl !::::|   よ
  |:::/::::/::。:::::::::l:::::|   !
思考実験=論理的、でしょう。
「永井氏の論は文系的な言葉だけでなく理系的な思考が多い」ではないでしょうか。
>快とか苦ってなによ?
こういうのがロゴスでは表現できないんですよ。
苦でも快に感じる苦もありますから。単に苦と書くと誤解を生むので、例ですが
例えば痛みなんかはまさに苦でしょう。
>ドーパミンなどの、特定の脳内麻薬が出ている状態
ドーパミンて何ですか?一定の電子配列だったら、ドーパミンの電子1つずらしても
たぶん快は感じるので、また1つずらして・・・と思考実験をすると、
究極には「どのサイズの物質が動くと快を感じるのか?」になりませんか?
>すなわち自分に執着する生き方が自分に害をなす
精神的苦痛はそうかもしれませんが、肉体的苦痛は違うのではないでしょうか?
「避けたい」とか「怖い」と感じなくても、痛みが苦しいとは感じるのでは
ないでしょうか。

あと………「疑ってる俺がカッコイイという主観だってそんなに
悪いもんじゃない」(>>386参照)

630 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 11:02:37
1さん、はじめまして。
記憶錯誤は立派な病気なんです。精神の混乱、妄想癖
現実の状況を把握しきれない極めつけの病気なんです。
ベリクソンに触れた経験があれば理解して頂けると思いますが
皆さんもよく御存知の「デジャヴ」の類は
誰でも経験ある事ですし
老人の健忘症は、ある意味で性みたいなものです。
しかし、です。
若さ溢れる人間の記憶障害は、カナリ、キテます。
記憶が固定される為には「理解」が大前提となる訳で
理解に不自由、妨げ、弊害があれば
記憶は現実として認識されません。
理解があり、尚且つ記憶を現実として認識出来ないとなれば
それは間違いなく精神に異常を帰した記憶障害者ですが、
我々の視点を若干変える事で浮かび上がる共通の知覚
現代までの多くの哲学者が認めてきた通りの、経験のあらゆる所与
感覚表彰に含まれる「それ自体」「延長」が認められる
生得的知性の問題でもある事が明白な訳です。

631 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 11:17:02
いやいや、そんな訳ありませんよね。
じゃ、別のハンコ押しますね。
(ひきこもり)   バーン 
記憶にも社会性が伴います。
人間の記憶は「固定」された後に再認され
最終的に局在化されるもので、彼の言葉は相応にして
局在化、現実を拒絶した社会不適応者に著しくみられる症状
引き篭もりならでは、の
いかにも「それっぽく」勘違いされた欺きなんです。
局在化とは、社会の生活「経験」から得る一種の目印で
「他人」「私」「彼等」
これらの印象から、焼き付けられる想起であり
記憶を論じる上で「他者」「社会生活」「社会意識」を欠いた環境では
曖昧な認識の外堀を埋める事ができません。

632 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 11:17:26
「事実」とは単純に所与であり、
普遍的原理を示す法則ではありませんので
「正しいか?」疑いますよね、疑いたくなっちゃいますよね?
湧き上がる疑念も必然的、定言的命法な訳なんです。
社会学的にも、それほど珍しいものではありません。
所謂「ニート」の類に相当するもので、
驚いたことに、歴史的にも古くからある現象なんです。
余談ですけど「ニート」なんて言葉で
POPにしちゃてたら「終わって」ますよね。ポピュラーであってはいけません。
戻します。
責任、現実からの逃亡、自らの記憶をも拒絶した
恒常的な言語偏重、その核心コアとなるものは「孤独」です。
即ち、>>1さんの命題とは「社会学」
皮肉ってしまえば「病理学的」問題、なんて、冗談で、
彼が納得する為に必要なものとは
永遠に反復可能な科学的事実を受け入れられる要素
つまり、共通の知覚、友人との共有です。
思い出の写真なんかを一緒に撮ると結構、幸せなもんです。
「混じり気なしの事実」素敵な思い出になれば最高ですね。
真理は単純なもの。

633 :考える名無しさん:2005/06/28(火) 12:10:39
>>629
煽りとは誰のことだ?実際に番号を挙げてみな

さてさて
>>快とか苦ってなによ?
>こういうのがロゴスでは表現できないんですよ。
伝達性・再現性の無いものを科学と言うな

>>ドーパミンなどの、特定の脳内麻薬が出ている状態
>ドーパミンて何ですか?一定の電子配列だったら、ドーパミンの電子1つずらしても
言いたいことは分からないでもないが、普通電子はずらさない
通常は分子を置き換える
錬金術をやりたいのなら電子をいじくるのもいいけどな

>たぶん快は感じるので、また1つずらして・・・と思考実験をすると、
>究極には「どのサイズの物質が動くと快を感じるのか?」になりませんか?
ならない
脳内麻薬により、人間は快を感じるというだけ
外部物質による置き換え可能かどうかという論は、脳内麻薬の代替行為でしかない

>>すなわち自分に執着する生き方が自分に害をなす
>精神的苦痛はそうかもしれませんが、肉体的苦痛は違うのではないでしょうか?
>「避けたい」とか「怖い」と感じなくても、痛みが苦しいとは感じるのではないでしょうか。
何のための苦か考えたかと聞いている
何のための快か考えたかと聞いている
なぜ痛みを感じるかは、小学生レベルの問題だ
それを分かった上で、肉体における100%の快を求める気か?
不老不死を目指す気か?

634 :1:2005/06/29(水) 13:32:02
>>630-632
せっかくの長文ですが。
確かに、引き篭もりといった「社会学」に分類される命題もあるかもしれませんが、
そういう日常的な苦よりも
肉体的苦痛・死後や次の瞬間どうなるか分からないといった、
この世というか根源的な法則に対する苦もあります。
素敵な思い出というのが有っても無くても
「肉体的苦痛」は避けられないのではないでしょうか
(無痛症にでもなれば別ですが)。
日常的な精神的苦痛もそうですが、それよりも
根源的な肉体的苦痛の方が
「不自由」という点で厄介ですね。

635 :1:2005/06/29(水) 13:43:59
>>633煽りと認識したのは
>あやまれ!永井均にあやまれ!(AA略)
>科学に対する侮辱だ!
の2つです。
>脳内麻薬により、人間は快を感じるというだけ
説明の仕方を変えます。脳内麻薬とは何か?
貴方の言葉を使えば分子の集まりですよね。
分子とは何か?原子の集まりで・・・と考えると、
最小の物質(これが何なのか分かりませんが)が動くから快苦を感じる、
になりませんか?
脳内麻薬を構成する分子をどこまでずらしても快を感じるか、
脳内麻薬を構成する分子がどう動くと意識が発生するのかを突き詰めると、
最小の物質の動きになるのではないでしょうか。
>何のための快苦か
生存の為といった意味なら、これこそ無数に考えられるのでは?
例えば、たまたま快苦をそう感じる一定の分子の集まりが今まで残り、
それが生物だった、でも成り立つ訳ですよね。
>なぜ痛みを感じるか
私が不思議なのは意味ではなくシステムです。
なぜ特定の分子配列が動くと快や苦といったことを感じるのか?
なぜ意識があるのかと似たような問いです。
>不老不死を目指す気か?
そういったことに近いと思います。
前にも述べましたが我が目指す状態は
快が∞で苦がゼロで時間が永遠、
ではないでしょうか。

636 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 18:53:40
>>635
>>科学に対する侮辱だ!
これは私の言だな
ではこの言を吐くにいたる理由も了解しているかな?
自らの論を科学的だという証明と抗弁を期待する

>分子とは何か?原子の集まりで・・・と考えると、
>最小の物質(これが何なのか分かりませんが)が動くから快苦を感じる、
>になりませんか?
「セルロースを大量に組み合わせれば森になる」
のような言葉だね
群体の動きは、単体をどんなに観察しても分からないということを知りませんか?
社会の犯罪を撲滅するのに、人の悪意を否定するだけでは成しえないと言うことを分かりませんか?

>脳内麻薬を構成する分子をどこまでずらしても快を感じるか、
>脳内麻薬を構成する分子がどう動くと意識が発生するのかを突き詰めると、
>最小の物質の動きになるのではないでしょうか。
なら、快の考察をする前に、脳科学を学ぶべきでしょうね
脳の仕組みを分かってない状態で、意識の発生を考察しても仕方ないでしょう?

>例えば、たまたま快苦をそう感じる一定の分子の集まりが今まで残り、
>それが生物だった、でも成り立つ訳ですよね。
今度は生物の定義を行ってくださいね
あと、「たまたま」なんて言葉を使うこと自体、自己の論の否定でしょう?
人間はたまたま苦を切り離せるように出来ていないのだから仕方ないでしょうw


637 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 18:54:34
>>635
>私が不思議なのは意味ではなくシステムです。
>なぜ特定の分子配列が動くと快や苦といったことを感じるのか?
システムは環境に最も適したものが生存するってだけ
苦ってのはそのシステムの要の一つでしょう?
痛いから気を付ける、不快だから近づかない
小学生レベルと言ったでしょう?
無論システムには遊びが必要だから、それが適応されないようなこともあるがね
根幹を抜本的に変えたらシステム自体が変わってしまうでしょう?

>なぜ意識があるのかと似たような問いです。
似たようなと言うか、苦も含めた状態が意識だろう?

>快が∞で苦がゼロで時間が永遠、
>ではないでしょうか。
熱力学第2法則って知ってます?

638 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 18:55:33
パソコンの画面は全く科学的であるを証明したいのか。

639 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/06/29(水) 19:52:08
>>635
 謝罪とかいうのは個人の感情の問題だけど、
俺としては君は永井均に100回くらい謝るべきだと
思うよ、マジで。他人の思想を勝手にねじまげて
自分の無茶な願望の擁護に使うってのは、
ヒトラーがよく使った手法だよ?

>>629
>思考実験=論理的
たとえ話=論理的?またも独自すぎる解釈だね。
自分語じゃなくて日本語で喋って欲しいと何度言えば……

>こういうのがロゴスでは表現できないんですよ。
 表現できるようになってから、またおいで。
「表現できない」ってことは「論を立てていない」って事だよ。

「アルファがベータをカッパらったらイプシロンなんだよ。」
「アルファとかベータとかって何?」
「こういうのが言葉では言えないんだよ」
「じゃあ言うなよ」

で、君と僕とで弁証法マダー?

640 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 22:41:05
黙ってろアホ

641 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 06:39:59
自分の記憶が事実と合致することと、
自分の記憶が正しいと前提することは別の事象でしょう
人間は五感という個体差のあるセンサーによって情報を得て、脳に留めておくのです。
自分の記憶が正しいと前提するということは、自分の五感が事実をおおよそ写し取れるだけの精度を持つと仮定することであり、
自分の記憶が事実と合致するということは、すぐさま五感で得た複数の情報と脳の記憶との比較、文書など外部記憶装置の利用などなど実に多くの手段で達成できることです
例えば花を見て、触って、匂いをかいで、これは花だと確かめることができるのです。映画マトリックスはその点を利用したストーリーでしたね

642 :1:2005/07/01(金) 10:59:04
ふと思ったのですが、文字というのもあ〜ん+漢字+記号なので、
果たして視覚だけで情報が伝わるかというと疑問なので、
ちょっと考えさせてください。

643 :1:2005/07/01(金) 16:51:58
これだけレスします
>>636
>群体の動きは、単体をどんなに観察しても分からないということを知りませんか?
確かに人間には分からないと思いますが、機械的唯物論のように
決まっていても分からないとかそういう話ではないでしょうか。
脳内の活動で意識が発生する→脳内の活動は分子の運動
分子の運動→原子の運動の集まり
原子の運動の集まり→さらに細かい物質の運動の集まり・・・
となるので、
『最小の物質(これが何なのか分かりませんが)が動くから』
となるのではないでしょうか。
>痛いから気を付ける、不快だから近づかない
痛みを避けるという行動をさせるのに、
苦ではなく快だけでも成り立つと思います。避けたい、というのを
避ければ苦が減るからではなく、
避ければ快が増えるというシステムでも何ら問題は無いと思います。

>熱力学第2法則って知ってます?
これこそが、根源的な問いの目標です。
全て流転するとしても、快苦だけは流転してはならないのではないか・・・?
(苦はゼロでないとマズイ)

644 :わさび茶漬け:2005/07/01(金) 18:56:48
なんだかテーマが発散気味のようなので、ちょっと交通整理。

とりあえず、記憶があやしい、とか、何事もそう信じているだけだ、とか
そういった方向の問題意識というのは「独我論」とか「認識論」とか
そういった分野の話。

で、さらに快・不快は脳の物理状態とどういう関係を持っているのか、とか
こういった事を科学的な方向から考えていく場合は「脳科学」とか「心の哲学」とか
そういった分野の話。

さらに、最小の物質があるのか、
とかエントロピーは増大しつづけるのか、といった疑問であれば
「素粒子物理学」とか「宇宙物理学」とか、そういった分野の話。

さらに、これらの物理学によってどこまで未来を知れるか、という話であれば
「シミュレーション」とか「カオス」とか「計算可能性の理論」とか
そういった分野の話。

さらに、まだ科学でよく理解されていない現象、
科学の方向からは否定されているような現象について考えたいなら
「超能力」とか「超常現象」そういった分野の話。

あと、不快がいやだ、ってんなら癒しとか、安らぎを求めて
アロマテラピーとか、森林浴とか、そういう方向の話になるなぁ・・・

645 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 00:39:18
>これだけレスします
だ〜め
ぜんぶレスして♪

>脳内の活動で意識が発生する→脳内の活動は分子の運動
>分子の運動→原子の運動の集まり
>原子の運動の集まり→さらに細かい物質の運動の集まり・・・
>となるので、
「無生物から意識は発生するか?」って議論を始めるつもり?
「そう感じるから」なんて意識全肯定主義を発した後で
「意識とは何か?」って議論をするつもりかい?

>避ければ快が増えるというシステムでも何ら問題は無いと思います。
ヤク中に言ってやるんだな
あんたはセックス(オナニー?)を止められるか?

>全て流転するとしても、快苦だけは流転してはならないのではないか・・・?
>(苦はゼロでないとマズイ)
快苦を感じる者が滅びりゃおしまいだろう
別にマズくはない。マズイのは、おまいさんの願望が成就するためにそうでなけりゃマズイってだけ

646 :1:2005/07/02(土) 05:16:02
>>644
まとめてくれて有難うございます。
私の感覚ですと
「独我論」とか「認識論」とか「永井論」で物理法則の限界をとっぱらって、
「脳科学」で『結局は意識=最小の物質の動きだが
何故それで意識が発生するのか?』という問いを出し、
「心の哲学」で『考えるとは何か?知るとは何か?』という問いを出し、
「素粒子物理学」とか「宇宙物理学」を考えて
『そもそも物質とは何か?』から「認識論」や「永井論」を肯定し、
「超能力」とか「超常現象」は「認識論」や「永井論」ならば
発生しても全くおかしくない、という理由で
「認識論」や「永井論」を肯定します。

『意識の根源的なシステムが解れば、快苦など容易く選択できるのではないか?』
という考えです。

647 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/02(土) 22:43:13
>>646
 自分語の自分解釈はウンザリだよ。俺が解釈してあげよう。

 >>1は独我論に基づいて知覚世界は間違ってるかもと言い、
反論されても「それ間違ってるかも」しか言わず、
思想の有用性を否定されると独我論も忘れて
「実現すれば、キモチイイ」などと脳科学に逃げ、
「独我論はどうした」と言われると永井均の思考実験(=たとえ話)を
恣意的に解釈して逃げ、「それたとえ話じゃん」と言われると
「たとえ話こそ論理的。ロゴスは非論理的」と自分語を展開した。
ここまで常識が破綻していると手が付けられない。どうか
単純な言葉の間違いであってくれ、と思う俺だった。

 一方、「最終真理なんて弁証法(話し合い)の否定じゃん」という
単純な指摘には、「自分の最終真理は言葉で表現できるチャチな
ものではない!」という開き直りをみせた。だが「じゃあなんで
2chでスレ立ててんの。言葉のぶつけあいしかできないじゃん」という
指摘に、いまだ答えられない>>1であった。

648 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:17:31
機械語と高級言語との変換で間違いも起こりうるが
機械語そのものは物理法則に従う正しいものだ

649 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:19:39
ただし完璧なハードというものは生命においては存在しない

650 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:24:58
>>647
ワロイマスター。


651 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:26:34
機械語は要するにスイッチング動作の複合だよな?

652 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 04:24:42
記憶の正しさが証明不可能としても、頭の中で「万人の万人に対する闘争状態」みたいなものに
おちいらないために、さしあたっては「記憶」に主権を委譲するしかないだろう。
>>1は「大抵の人間」を「記憶」に盲従する馬鹿と見なして優越感をでっちあげようとしてるだけだろ。
「大抵の人間」は物忘れとか、結構気にするから心配するな。
>>1は安心して首吊れ。

653 :1:2005/07/04(月) 08:34:39
>>647ちょっと違ってますよ!?
>思想の有用性を否定されると独我論も忘れて
忘れた覚えはないです。脳科学は、現在の唯物論から
出発した科学を例に挙げてるだけです。
私が目指してるのは、唯物論の物理法則に縛られた科学ではなく、
唯識論・永井論といった論による新しい科学のようなのが
できるといいな、という事です。
>「実現すれば、キモチイイ」
何度も言いますが、快苦こそが我・意識の根源ではないでしょうか。
このスレも、快を感じるからレスする・しないになる筈です。
>「たとえ話こそ論理的。ロゴスは非論理的」と自分語を展開した。
あなたは「あらすじ」を書くのが得意なんですか?
たとえ話=思考実験で、まさに起こりうることを知覚する感じで
論理的でしょう。
ロゴス“だけ”ですと、『絶対に貫ける盾と矛は存在しない』のような、
パラドクスに陥る可能性が高いと思います。
>単純な言葉の間違いであってくれ
たぶん、言葉の意味が複雑すぎて表記が抜けてるんだと思います。
例えば、『永井論』という語句を出しても、果たして
<私>を中心とした永井論なのか、
様々な思考実験を中心とした永井論なのか、
そういうのによっても違うと思います。
>「自分の最終真理は言葉で表現できるチャチなものではない!」
ちょっと違います。
言葉=文字というのは視覚だけなので、そもそも黒い何かを見ることによって
解が解るのか・・・?という単純な疑問です。

654 :考える名無しさん:2005/07/04(月) 13:12:38
>>645へのレスまだ?

655 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/04(月) 17:29:00
>ちょっと違ってますよ!?
 すまん、ちょっと擁護しすぎたか。

そりゃあ独我論のことなんか覚えてないだろうなぁ、なにせ忘れてるんだから。

>たとえ話=思考実験で、まさに起こりうることを知覚する感じで
>論理的でしょう。
>ロゴス“だけ”ですと、『絶対に貫ける盾と矛は存在しない』のような、
>パラドクスに陥る可能性が高いと思います。
 こうしてまた論理のない、たとえ話「だけ」の自分語を繰り返す>>1であった。

 論理は「疑問を抱くこと」でもないし、「こうであってほしいと期待すること」
でもない。君は疑問と期待とたとえ話以外になにも言ってないから、
俺は「自分語(自分語り)をやめろ」と言ってるんだよ。

656 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 00:47:04
>>653
>何度も言いますが、快苦こそが我・意識の根源ではないでしょうか。
根源だと思うのなら、なおさら片方だけを無くすのはまずくねえ?

だいいち、>>645で言っただろ?
>>避ければ快が増えるというシステムでも何ら問題は無いと思います。
>ヤク中に言ってやるんだな
>あんたはセックス(オナニー?)を止められるか?
てな
夢精のみで1ヶ月すごすのは苦痛じゃねえの?

657 :考える名無しさん:2005/07/05(火) 00:47:32
あとな
あんさん論に矛盾が生じてるよ
>>646
>『意識の根源的なシステムが解れば、快苦など容易く選択できるのではないか?』
あれ?>>653で、こう言ってるよね
>何度も言いますが、快苦こそが我・意識の根源ではないでしょうか。
タマゴが先?ニワトリが先?

>たとえ話=思考実験で、まさに起こりうることを知覚する感じで
>論理的でしょう。
ん〜
与太話を例え話にするためには、納得できる範例である必要があるし
例え話を思考実験と言い張るためには、前後できちんとした論の組み立てをしなければいけない
私はこう思うんだが?
例え話というのは、あくまで論を分かりやすくするためのものであり
それそのものだけでは、ただの現象や事例でしかないわけだ

>言葉=文字というのは視覚だけなので、そもそも黒い何かを見ることによって
>解が解るのか・・・?という単純な疑問です。
伝える努力をしてから言うべきものだね
神の存在を黒いインクで伝えるために、聖書は辞書ほどの厚さになってもまだ足りない
でもがんばってるよね?

658 :('・ω・`)セボーン:2005/07/08(金) 23:14:39
返事が無い…

659 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 23:27:53
諸君らを釣った>>1は死んだ。なぜだ!

660 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 00:47:14
坊やだからさ

661 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:55:56
苦痛のない快楽のみの世界へ行ったのかも

662 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/11(月) 00:49:52
また逃げたか。悲しいな。

663 :1:2005/07/11(月) 13:32:34
レス遅れスマソ。『ながい』脳内の旅に出てました・・・
というのは冗談で、禅を試そうとしました。

ちょっと流れが発散してるので、快苦は「理由を問う理由」とでも位置づけておいて、
最初の根源的な問いの理由にテーマを絞りませんか?
>>645
>「無生物から意識は発生するか?」って議論を始めるつもり?
>「そう感じるから」なんて意識全肯定主義を発した
生物⇔無生物の境界線は私達生物の主観が入るのであまり意味は無いと思います。
例えば、人工知能が「脳には意識が在るのか?」と問う様なものでしょう。
「そう感じるから」なんて言いましたっけ?
散々、「何故そう感じるのか?」と問うてた筈ですが。
>>655
たとえ話=理論=理論的じゃないんですか?
意識の根源を探るのに、思考実験以外に方法が思いつかないのですが・・・
それに、意識を中心に考えると唯識論や独我論に行き着き、
脳科学とか物理的な探索をしなくても可能な気がします。

664 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/11(月) 18:29:16
>>663
>最初の根源的な問いの理由にテーマを絞りませんか?
 ダメ。逃げまくって話を広げたのは君なんだから、
ちゃんと自分でケリをつけてね。

 「悪さしてるとお巡りさんに捕まるよ」とか、
「食べ物を残すともったいないお化けが出るよ」とか、
「もし世界が100人の村だったら」とか、そんな例えは
事情をよく知らない子供を納得させるための、ただの
説得技術だよ。
 実際にはお巡りさんは民事不介入だし、もったいない
お化けの目撃証言もないし、世界は100人の村じゃない。
それは話し手もわかってるけど、難しいことを理解できない
子供を説得するには理論じゃ無理だから、身近なもので
イメージを掴みやすくしているだけ。

 後半の二行は日本語になってないよ。

665 :考える名無しさん:2005/07/11(月) 23:11:58
>>663
>ちょっと流れが発散してるので、快苦は「理由を問う理由」とでも位置づけておいて、
>最初の根源的な問いの理由にテーマを絞りませんか?
切り口は違っても、切っている方向さえ間違わなければロールケーキは切れます
もっとも、「方向間違っちゃった」と言うのなら修正してもかまいませんが?
でもまずは、きちんと「方向間違っちゃった」理由を説明することが大切ですね
反省の無いものに進歩はありませんから

>生物⇔無生物の境界線は私達生物の主観が入るのであまり意味は無いと思います。
脳内を分子や原子にまで還元して考えるのもあまり意味は無いと思いますが…
意味があるなら、そもそも意識とは何かという問いが発生する

>「そう感じるから」なんて言いましたっけ?
ああ、これは勘違い
「他人に伝えることが出来ない」って事を言っていて、その中の例として「感じることを他者に伝えることは可能ですか?」ってのが有っただけだ
こいつはすまんかった
物は相談だが
「自我」なんて意識全肯定主義を発した後に
こいつに入れ替えて答えることは出来るか?

>たとえ話=理論=理論的じゃないんですか?
>>657読んだ?

>脳科学とか物理的な探索をしなくても可能な気がします。
で、「脳内かよ!」という誹りを受けて、また振り出しに戻るんですか?

666 :考える名無しさん:2005/07/11(月) 23:15:25
>>663
>それに、意識を中心に考えると唯識論や独我論に行き着き、
>脳科学とか物理的な探索をしなくても可能な気がします。
自分をとりまく社会を中心に将来のことを考えると障害者福祉や生活保護に行き着き
国語や算数を勉強しなくても暮らしていくことが可能な気がします

667 :1:2005/07/15(金) 14:16:57
>>664
思考実験の意味の認識が私と貴方では異なるようです。
比喩という意味ではなく、
「仮にAがBという変化をしたらどのようになるか?」
このような実験を行うのに、
物理的な実験ではなく思索により行う方法が例え話です。
例え話=実験であって、比喩を用いた説明の仕方ではありません。

>>665
>きちんと「方向間違っちゃった」理由
おそらく、「根源的な問いを問う理由」を説明するのが長文になるから
だと思います。
>脳内を分子や原子にまで還元して考えるのもあまり意味は無いと思いますが
より最小の何かを考えると、意識の根源を知るには何を問えば良いかが
分かると思います。
体全体が無くても脳があれば意識は発生し、
脳全体が無くても一部の細胞があれば意識は発生し、
細胞全体が無くても一部があれば意識は発生し…を繰り返すと、
「何故最小の物質が動くと意識が発生するのか?」
という問いにたどり着きます。

668 :1:2005/07/15(金) 14:39:09
というか、そもそも
「文字により何かを認識する事ができる」
という前提がありますね。

その前提を外して、別に文字でなくても良いのではないか?と考えます。
例えば、>>517
「ぼく は きょう ししゃも を たべました」で、
ぼく=1 は=+ きょう=2 ししゃも=− を=3 たべました==
と認識し、0=そうですか と認識しており「そうですか」と答えても
客観的には何の変哲も無い日常会話となりますが
主観的には数学の計算をしています。

このように、文字のやりとりも主観的には意識の根源を議論していても
客観的には全く違う、逆に主観的にデタラメナ記号と認識されるのが
客観的に解である可能性があるので、
ちょっと考え直してみる必要性があると思いました。

669 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 21:28:20
国語と算数を勉強しなおしだね

>>667
>「仮にAがBという変化をしたらどのようになるか?」
>このような実験を行うのに、
>物理的な実験ではなく思索により行う方法が例え話です。
それは例え話ではなく、考察による予測というものだよ
例え話ってのはやっぱり>>664に書いてあるように、分かり辛い物を噛み砕いて伝える手法だよ
少なくとも一般的な語句としてのの使用方法はそうなっているよ

>おそらく、「根源的な問いを問う理由」を説明するのが長文になるから
>だと思います。
長文になるからといって放棄するのですか?
>>657をよく読んでな
ま、俺が見るところ、根本原因は上のような一般人との語句の使用方法の差異にあると思うが?

>「何故最小の物質が動くと意識が発生するのか?」
>という問いにたどり着きます。
だからよ〜
その問いの前提には、「何をもって意識とするか」って問いが立ちふさがってんのよ
どうよ?

670 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 21:33:40
>>668
>ぼく=1 は=+ きょう=2 ししゃも=− を=3 たべました==
>と認識し、0=そうですか と認識しており「そうですか」と答えても
>客観的には何の変哲も無い日常会話となりますが
>主観的には数学の計算をしています。
え〜
国語を破壊したいのかな?それとも算数を破壊したいのかな?
1+1=2
ぼく は ぼく たべました きょう
ちょっと怖い文になっちゃいました…

671 :1:2005/07/16(土) 12:38:29
>>669
>それは例え話ではなく、考察による予測というものだよ
考察による予測の方法が例え話、と使用すればOKですね?
>長文になるからといって放棄するのですか?
我は快を増やし苦を減らそうとする。
一般的にそうしたとしても永井論のように<私>は一瞬後どうなるか分からない。
よって、永井論の解を求める。
これで意識の根源、つまり<私>が<私>である理由や、<私>が存在する
理由を探すという結論になります。
>「何をもって意識とするか」って問いが立ちふさがってんのよ
これは表現が難しいですね。
私は我とか<私>とか自分とか意識とか魂とか同じ意味で使ってますが・・・
何かを感じている主体やその何かではないでしょうかね。
(何か=五感全てです。)

>>670
わし は わし うった よ さっき
全然こわくない文章ですね。

672 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 13:35:28
>>671
>考察による予測の方法が例え話、と使用すればOKですね?
だから、例え話にはならねえっての
例え話ってのは>>657で言ったように事例でしかない
考察による予測ってのは、事例よりもさらに論理的な説明を必要とするんだよ

>>長文になるからといって放棄するのですか?
>我は快を増やし苦を減らそうとする。
>一般的にそうしたとしても永井論のように<私>は一瞬後どうなるか分からない。
>よって、永井論の解を求める。
>これで意識の根源、つまり<私>が<私>である理由や、<私>が存在する
>理由を探すという結論になります。
これで長文?
さらに、今まで散々否定されたことも混じってるよね?

>(何か=五感全てです。)
で、脳みそだけで視覚や聴覚をどうやって得るの?
君の論では、脳みそどころかさらに小さいものに細分化されてたよね

>全然こわくない文章ですね。
皮肉すら通じねえのかよ!
だいたいその文章はどっからでてきやがた


673 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/17(日) 15:54:55
>>667
「物理的にではなく、思索の中で行われるのが思考実験」
そんなの、得意げに言われなくても分かってるよ。
問題は、「思考実験(たとえ話)だけで終わってること」なの。

「ガリレオはピサの斜塔から大小ふたつの鉄球を落とした。
鉄球は同時に落ちた。」
↑これは矛盾した言説ではないが、これだけで終わる言説を
俺は哲学とも科学とも認めない。応用できる言説にしてはじめて
論理でしょうが。
「実験すること」と「論を立てること」、どっちが大事?

 その上、君のたとえ話は「実験」じゃあない。ただの「自分に
都合のいい仮定」でしかないのだよ。このスレで誰よりも多く
仮定やら前提を使用してるのは他でもない、君だよ。

674 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/17(日) 16:06:39
 問題点をあらためて整理してみる。(ほとんどは既出の指摘)

>我は快を増やし苦を減らそうとする。
 これは否定できないし、肯定もできない。
「我が求めるもの」が快の定義であり、
「我が避けようとするもの」が苦の定義だから。
「我は求めるものを求めて、避けようとするものを避ける」
要するに意味のないトートロジー。

>一般的にそうしたとしても永井論のように<私>は一瞬後どうなるか分からない。
>よって、永井論の解を求める。
 俺が会った人で、そんな解を求めてた人はいなかったけどね。
どう考えても一行目と二行目の繋がりがない。援用された永井均が
かわいそうだ。

>これで意識の根源、つまり<私>が<私>である理由や、<私>が存在する
>理由を探すという結論になります。
 ならない。

 てゆーか、自分が気になってることを他人に「気になれ!気になって
当然だ!」と言うさもしい心性はどうにかならんのかな。

675 :1:2005/07/17(日) 18:48:53
>>674
>「我は求めるものを求めて、避けようとするものを避ける」
では、「100%の確率でそうできるようにする」という結論から
>>1の問いを挙げた、ではどうでしょうか。

なぜその結論が出てくるかと言うと
一瞬後何が起きるか分からない、もっと言えば<私>が私(ややこしいので
1と表記します)ではなくなる可能性もあります。よって、
その可能性を0にする為に意識の根源を問います。
>どう考えても一行目と二行目の繋がりがない。援用された永井均
これを説明し易くする為に例として永井論を用いています。
別に
万物は流転するかもしれないでも、
輪廻があるかもしれないでも、
物理法則が変わるかもしれないでも、
明日事故に遭うかもしれないでも、
何でも良いのですが一番普遍的なのが
「我が今の自分(この場合は1やフサール)から変わるかもしれない」
という理由なので、
これを説明するために永井論を挙げています。

676 :フサール ◆nj5mzrdIEM :2005/07/18(月) 13:56:44
「100%の確率でそうできるようにしたい」という願望から
>>1の問いを挙げた、ならOKだよ。勝手に願ってなさい。

 願望でもたとえ話でもない論理はまだー?
 「最終的な解」なんてものは弁証法の否定だという事も
忘れちゃいけないよ?

677 :1:2005/07/26(火) 15:10:00
ちょっと永井論関係のスレばかり見てました。

ワサビさんも見当たらなくなって、話が収集しなくなった場合は困りますが
問題点がまた見つかったので挙げます

・この瞬間しか確実なのは無いという論でいくと、仮に解が見つかったとしても
 次の瞬間には見つかってないという可能性も当然考えられる
・そもそも自分自身が「日本語」の意味を「Aはaだ」のように決めてるので、
 それが前提になってるので、言葉で解が見つかるというのは
 自分が「ただそう思ってるだけ」

この二つが問題です。
まあ、逆にこの2つを見つかるという方向に使うこともできます。
一瞬前は知ってたとか、一瞬後に分かるとか、
日本語ではなくそこら辺の埃の動きで分かるとか。

678 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 12:16:07
同じ事しか言わない分からず屋だから、そろそろ飽きてきた…
>一瞬前は知ってたとか、一瞬後に分かるとか、
こんな話は前にもやったけど忘れちまったらしいし…

679 :唐辛子:2005/07/28(木) 23:46:24
('・ω・`)セボーン
返事が無い…

680 :1:2005/08/01(月) 21:59:50
この我・クオリア・意識・物事の根源といった問いは
どうすればいいでしょうか?
そうなってるからなってるとか、
在るから在るとか、
不思議でたまりません。

何で意識があるんですか?全ての最初はどうなってたんですか?
まさに人知を超えてる希ガス・・・
誰か教えてください

681 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 22:06:41
記憶は確かに不確かだが
記憶に頼るしかないのが人間。

682 :マトン:2005/08/02(火) 22:50:07
>>680
不思議がってるだけで自分で考えようとしない
ただの教えて君にしか見えないな
何も定義しようとせず
他者の意見も取り入れようとせず
質問にも答えようとせず
でも、それで居て教えて君

ただの自我肥大者ですか?

683 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 00:49:52
1は会話してもその記憶がないのでしょう?残念な人だ・・・

684 :1:2005/08/04(木) 20:09:16
>>682
考えてるつもりですが、例え話しか思いつきません。
だから、毎回おなじパターンになってしまいます。

定義は、永井論や独我論や唯識論しか疑いようが無い事はない、
といった事でしょうか?

他者の意見ですが、「最終的な解」が適切な表現でないなら、
なぜ意識が存在するのか知りたい。
なぜ脳内物質によって何かを感じるのか知りたい。
と表現を変えれば、
前々からの問いを問う意味も生じるのではないでしょうか?

685 :1:2005/08/04(木) 20:15:19
あと1つ。
>ぼく=1 は=+ きょう=2 ししゃも=− を=3 たべました==
という認識の例え話についてです。

そもそも言葉で問いの解を認識することができるのなら、
なぜ「ぼく」で「僕」を認識するのかとか、
なぜ「ぼく」で「1」や「青」といった認識ではないのか?
といった問いもヒントになるのではないかと思って
挙げました。

686 :マトン:2005/08/04(木) 22:16:41
私にしてみりゃ、例えそれがあったとして
なぜ「最終的な解」なんてご大層なものが、人間に理解できると思っているかが知りたいね
意識の神聖化てのもナンセンスだね
まさか『産まれてきた意味』なんてものが本当にあると考えているタイプかい?
その辺はもう少しシニカルに行こうぜ

それから、最も論理的な話が『例え話』でしかないというのでは、どうにもならないよ
たとえ話しか出来ないということは、あなた自身本質は掴んでいないってこと
例える時点で、既に本質から劣化しているわけだからね
確立でしか分からない電子の位置を元に、瞬間的な原子の正確な描写を求めているようなものだね

>そもそも言葉で問いの解を認識することができるのなら、
言葉ってのは、ルールに則ったパズルだからね
んで、産まれてすぐにそのルールの中に放り込まれるわけだ
ルールに則る以上、暗号化も復号化も可能なわけ
当然だが
>なぜ「ぼく」で「1」や「青」といった認識ではないのか?
ルールが変わればこんなことも起こるよ
簡単に知りたきゃ海外に行ってみな
いいか、「僕」で自分を想像するんじゃない、自分は僕であり、僕は自分なんだよ
ま、ルールを自分で平然と壊しておきながら、それを指して「変だ!」と叫ぶような人にはわかんねえかな

687 :1:2005/08/04(木) 23:49:56
>なぜ「最終的な解」なんてご大層なものが、人間に理解できると思っているか
私=人間とも言えますが、私=我=意識=クオリアと認識していて、
そもそも全て存在しなければ何ら問いは生まれませんが
存在してるので何か理由があると思ってます。
意味ではなく、発生したシステムとか原因とかです。
例えば時間の始まりとか宇宙が出来る前の前の前の・・・とかが
問いです。理由・原因がある筈ですよね?

>最も論理的な話が『例え話』でしかないというのでは、どうにもならないよ
これしか思いつかず、物質とかの例を出さないと
ゼロ・無限・有・無・意識・その他の感覚といった
数種類しか挙げられなくなりました。

永遠に分からず何かを知覚するか、
永遠に我や意識が消滅して何も知覚しないか、
どちらかなのでしょうか?
しかしどちらも『無限』が存在するということになるような・・・

688 :1:2005/08/05(金) 00:12:33
しかし私のさぐってるのは原理的に不可能ですね

何故意識が存在するか?Aという理由による。
      ↓
何故Aが存在するか?Bという理由による。
      ↓
何故Bが存在するか?Cという理由による。

と、無限に続く訳で、意識の謎を解くには
脳科学といった物理的な手法よりも
もっと根源的な手法を探さないといけないと思いました。

あと瞬間や無限もヒントですかね。

689 :マトン:2005/08/05(金) 01:12:25
人が知覚できるものが、この宇宙のホンの一握りかもしれないのに
なぜ宇宙の組成そのものが語れるのかってことだ

だいいちだな
概念ではない無限が語れるのか?
時間が文字通り時系列であるかどうかも人の身には分からないのに、永遠か?
意識と学習という時間を経た形態反射との区別はどこだ?
有ってのはどのような事を指すんだ?
無ってのはいったい何を持って無とするんだ?

答えてみろ
曖昧でないと言うのなら答えてみろ
そのうえで大層なお題目を唱えろや

690 :1:2005/08/08(月) 14:58:54
>>689
>人が知覚できるものが、この宇宙のホンの一握りかもしれないのに
まず、これについては今この瞬間のこの自分がそう思ってるだけという内容の
「前提」を何度も述べた通りです。
今の常識・前提のように人が知覚してるのは宇宙の一部なら、
意識の根源といった問いも分からないと思います。
しかし、「人が知覚できるものが、この宇宙のホンの一握り」という前提が
間違ってたら?という可能性に賭けて思考しています。

>概念ではない無限が語れるのか?
概念ではない無限がよく分かりません。無限の過去・未来といった数学的な意味で使用しましたが…
>時間が文字通り時系列であるかどうかも人の身には分からないのに、永遠か?
時系列というのは、人間の意味する時系列(例えば8/8の次は8/9)ですね?
例えば一秒後には地球形成期を知覚し、その一秒後には宇宙の始まりを知覚し、と
知覚が人間の常識からすると時系列とは違う様に思えても、
その「時系列とは違う」という前提は正しいのか?と問えば
問題ないのではないでしょうか。
>意識と学習という時間を経た形態反射との区別はどこだ?
永井論だと一瞬しか確実なのは存在しないので、
人間(我)が「学習」と感じるか否かではないでしょうか。

691 :1:2005/08/08(月) 15:09:19
続きです

>有ってのはどのような事を指すんだ?
>無ってのはいったい何を持って無とするんだ?
これが根源的な問いに近いかもしれませんね。
寝てるときと起きてるときが近いかもしれません。
寝てるときは明らかに意識は無い、と考える。
で、別に起きてるときでも、体が動きさえすれば意識なんか無くてもいいのではないか?
他人から見て自分は何ら違和感なく動き、また自分が無生物に与える影響も全く同じ。
さらに、他人も意識が無くて動きさえすれば良いのではないか?
もっと勧めて、物質も法則も無くて良いのではないか?

そもそも意識だとか物質だとかが無ければ問いも謎も無く、
「無いから、無いんだよ」という一言で終わります。
理論も「何も存在しない」と矛盾無く成り立ちます。

692 :マトン:2005/08/08(月) 22:21:43
祈り続ければ、そのうち神が光臨してきて死者を蘇らせるかもしれない

それに賭けて祈っているのと同等だね

これさえ認めてくれるのなら、他人があんたと話すことは無くなるんだがね

693 :1:2005/08/09(火) 02:20:14
どうやったら解が見つかるでしょうかね。
永井論を追及するのもダメ、仏教でも解らないだろうし、
禅も私が意味するのとは違うし・・・

694 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 02:23:58
このスレッドは難しいな。
最初はただのヒネクレ者じゃないかと1の知性をナメてたが、根源的な
思想を語っているようだ。
既存の哲学理論には収まりきらない、困難な疑問に突き当たっている。
正直、分からないな。

695 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 03:07:40
仮に私が、2秒前に構成されたとしても、
特に問題があるとは思えないけど。

696 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 03:17:06
ああそうとも。刹那で様相を変える。見方を誤るな!

697 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 09:02:33
記憶を正しいと考え行動する。ある時まったく違う記憶が入ってしまってそれが客観的に見てあの人は変わってしまったのね…かわいそうにと思われているかもしれない。でもそれは世間的に見たらただのかわいそうな人だし、そういう人もいるもんだからしかたない。

698 :考える名無しさん:2005/08/09(火) 09:05:43
うちのジーちゃんは自分のこと百日紅だって思っているんだよ。

699 :通りすがり:2005/08/09(火) 15:40:16
>>2
オーウェルの「1984年」と思ったのだが気のせいかな。誰も突っ込まないんで。

700 :マトン:2005/08/09(火) 22:06:19
>>694
根源的な思想を語るのはかまわないが、いざ語ってみると突っ込みどころ満載なんだよ
確率論ですらない、希望的観測のみで語るのを思想とするのはちょっとね

701 :考える名無しさん:2005/08/11(木) 01:46:54
パラレルワールド、じゃないが、記憶と現実が一致しないってのが一番怖い。


702 :考える名無しさん:2005/08/13(土) 11:33:31
>>700
粗探しの何が面白い?

703 :1:2005/08/14(日) 05:02:06
>>700
もしかしてフサールさんですか?

まあ既存の常識・科学に対して「こうかもしれない」とか「何で?」
と言いまくるのは宗教に対して言うのと同じで、
「そう思うから、科学が正しいと選択してる(信じてる)」
と言われればそれまでで、敢えて作った前提を
崩す様でナンセンスと言えばナンセンスですね。

しかしですね、
希望的観測か前にあった心の病気かの流れになるのは、
必然とも言えるのではないでしょうか。
今の日常より良い事が増える論だと希望で、
今の日常より悪い事が増える論だと病気、
ではないでしょうか。

704 :1:2005/08/14(日) 05:13:48
>>701
同様に、
次の瞬間も自分(A君)が今の自分(A君)で
あるとは限らない事が問題ですね。
そもそも今の常識や前提となっている
「次の瞬間も自分は自分である」という論は正しいのか?
正しいか間違っているか、確率は1/2か?
X%ではないか?

仮に根源や永井論の解が分かったとしても、次の瞬間に
分かってない状態になったら、意味がないと思うのです。

705 :おませ大臣 :2005/08/14(日) 18:20:26
ならさ、そう思いながらさ、痴漢でもしてろよ。
お巡りさんも信じてくれるよ。

706 :マトン:2005/08/15(月) 14:44:32
フサールさんではない
同時期にいた名無しだ

簡単に考えるだけで、3つの突っ込みどころがある

一つは、あなたの言う「解」があったとして、現状ではその前提となる説明がゴッソリ抜けている
ニュートン以前の時代でE=mc~2をいきなり持ってくるようなものだ
前提条件の説明が無ければ、それは「天国は有る」という希望となんら変わらない

次に、次の瞬間自分が自分でなくなった場合の観察が何も無い
そもそも自分の定義すらないわけだ
それで何をもって自分としている?

最後に、「解」などに意味があるのかということ
ま、人間じゃぁ、解が分かったとしてもどうにもできんだろうね
次の瞬間自分が自分で無くなるのが分かり、それを止められない
人によってはそれを絶望とするのではないか?

707 :高校生:2005/08/15(月) 15:16:13
誘導されてきました。

僕が存在し、今まで生きてきたという記憶を、目覚める瞬間に与えられたんじゃないか。
そう思いながら、今日も僕は眠りの向こうの僕のために、何かを記すためノートを開く。
でも溜まっていくノートを見るたび、記憶と僕の見ている世界との関係は、ますますわからないものになっていく。

今見えているものは、すべてが記憶なんですか?
記憶と知覚と存在は排他的、もしくは同義であるように思えてきます。

708 :考える名無しさん:2005/08/15(月) 17:43:53
実は記憶というものが確固としたものではなく、揺らいでいて危ういものだ
という1の言い分は正しいんじゃないかな。
その揺らぎの上に自分が乗っかって起ち上がっている。
心理学を勉強すれば、記憶というのはいい加減な事も多く、自分勝手な勘違いで
覚えている事がよくあることを知る。
記憶という、このいい加減な基盤の上に理性や思考や判断も行われている。
そして思考や解釈によって記憶を書き換えたりもしている。
いい加減な記憶に一本の軸を通そうとする力が自我の機能の一つ。
記憶を解釈し続ける意志と、記憶を解釈する記憶の関係を1が哲学している
と思う。

1の哲学がもつ射程距離はかなり奥深いものがあると思うよ。
人間の思惟や理性を成り立たせる根源を1は思索しているのだから。

709 :マトン:2005/08/16(火) 13:41:02
>>708
事が記憶で終わってればそれでもいいんだけどね
そこでと終わってれば反論はこれほどひどくは無かったよ
でも1が言ってるのはそこから明後日の方向に重力ジャンプしちゃってるんだよなこれが
>>264あたりから既に、論理からの離脱の方向で動いてるんだよね
読んでみれば分かるが、「次の瞬間世の物理法則が変わったらどうしよう」まで考えているわけだ
それでいて「絶対の解はあるはずだ」としか言わない
アインシュタインの求めていた統一場理論の方がまだ望みがあるよ
何しろ物理法則を内包しながら考えているからな

710 :おませ大臣  :2005/08/17(水) 20:23:18
1さんお久しぶりです。
折角の長文を本日も行かせて頂く、ちょっとその前に、
1さんは以前に「時間ハピハピ」なんたらってスレッドを立てませんでしたか?
いえ、ですね、そこで少しばかり時間性について触れたことを思い出しまして。
いやいや、
ぼくの勘違いならどうでも良いんです。ごめんなさい。1さんは色々と現象学をカジッてきたのかな?
きっとそうなんでしょうね。実存・現象学を踏まえつつ本題に
「偶然的事実」の考察とは、偶然的なものは存在・非存在どちらも可能
要するに、偶然である事実とはどちらでもありうるということ
「人間 〜 世界」のreflexionのコアとなるのが「時間性」「有限=死」
これが、ハイデガー。じゃあ、と、君の可能性に便乗したい処ですけどね、
認識する行為とは推論・演算でない限り、以前に述べた通り
「事実的所与」に留まる。我々人間が自分で自分自身を知る為には限度がある。
自らを意識する生まれてくるのであって、人間は実存を1つの事実として見出すしかない
あるのは事実にのみ、要するに実在の事実性。つまりだよ、君、
君が格好良く掲げた、自由で「絶対」に関わり、幻想的で不確実性に留まる「何か」
現前の偶発性のような諸要素の形而上学的分析。これはね
「行き着く人」が辿り着く「壁」であって、他人の言葉をノタリクタリとかわし続けながら
お調子良く食い摘んだ言葉を並び立てる君自信がぶち当たった壁
永い道のりを得て自力で辿り着いた言葉ではないんですよ。
永井先生の本を読んで共感を得たことは、大変素晴らしいですけどね
何故、こんな話に成るかと申しますとですね、当スレッドで
ここまで辿り着くまでに、どれだけの御意見を頂いてきたか
大勢の方々が我々の気持ちを代弁してくれているんです。読み返せば自明な訳ですよ。
無責任な書き方になりますけどね、個別的諸状況、判り易く書けば君自身の記憶
そんなものは君の考え方次第でどうにでもなるものなんです。
認識形而上学は科学的な基礎的方法論で証明するしかない。

711 :おませ大臣  :2005/08/17(水) 20:24:08
苦しみ・苦悩・罪責これら実在論的感情については
多様な状況に応じて現れる、あらゆる人間的実存の普遍的性格を分析するもので
心理学的あるいは道徳的記述、何か書くことがあるとすれば
道徳的価値のある生き方、悔いのない有徳な人生を送って下さい。
それくらいのもんだ、おい君。大層なお題目で大変ご立派ですけど
認識する行為の主体は、行為を生み出した張本人のみの責任。
自らの経験すら否定して、記憶・認識・意識も糞もないだろ?ぉ?坊主
なんちゃって。じゃあね、ここからは認識とくればコレ「窮鼠超越」
いただいた逃げ道を掻い潜りつつも、再び多重人格で参りたいと「憶い」ます。
題して「ワラゼミ」ワラゼミと来れば「飛躍」
loi.do.fechner 感覚の度合いを刺激の対数として変化するとして、
とある哲学者に叩きのめされた法則。
刺激が、ある等差数列(1・2・3・・・・・)に従い変化する時
感覚は、ある等差数列(1・2・4・8・16・32・・)に変化する。
フェヒナーはこの法則で内観を物理に還元しようと試みる
ここでベリクソン登場。刺激と感覚、その外的法則との間に
共通の尺度など存在しない。解り易く例えると
「バッティングセンターに行く」時速100kmのコーナーに入る
その球が101kmだったとしても、我々素人の集まり誰一人として気付くことはない。
110kmコーナーの111kmだった場合でも同じ。人間感覚では察知できない。
しかし、100kmと120kmとの間には明らかな違いを感じる。と言うことは
感覚には「飛躍」があることになり、むしろ感覚とは
どのような量的な対応物も持たない「質」となる。ベリクソン曰く
「あなたの観ている色彩と測定可能な波動には何等、因果関係はない」
「物理学者は色彩を、この波動に還元しようと試みるが
 測定可能な数字はあくまでも脳の作用であり、感覚とは言えません」
「お疲れ様です」と言うです。要するにってことなんです。

712 :おませ大臣  :2005/08/17(水) 20:24:39
時間の感覚とは非常に捕らえ難い性格でありますし、誠に困難極めた問題です。
感性のアプリオリ云々、純理は何方か詳しい方にお願いしまして、
ベリクソン「直接的過去は、それが知覚される限りにおいて感覚である」
再び、何故、このような話になるかと申しますとですね
感覚論=経験論でもあるんです。いえいえ、当然それが全てだなんて語る積もりはございません。
確かに「思惟」なくして時間は語れませんし、今ここで
経験論・合理論の古典を展開することには余り意味があるとは思えませんし
省略しますが、1さん自身の経験・過去を語る上で感覚を差し置き、語ることは出来ません。
ということで、え?感覚と知覚とでは違うじゃん?そもそも、そんな話してないじゃん?
哲学って面倒臭いですよね。自分也に結論があるとすれば「働け」ここで終わり。
冗談と詭弁は紙一重。次ぎは「ゲシュタルト」かなりナウです。
知覚とは要素的感覚から成る複合体とは別に「それ自体」が1つの全体的感覚である
とした大発表。「木をみる前に森があるじゃん」
葉〜枝〜幹のように細部から知覚するのではなく、始めに知覚されるものは「木の全体」「森」
葉・枝のような精細な識別は、ここからがスタート
従い、知覚とは実在における構造の直接的把握を指し・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・もうね、面倒臭い。
教えて、教えて、と書きつつも否定を受けた途端に
いえね、詰まらない口答えが返って来ると思うとね、もういいや
誰かの意見を待ち構えて遊んでるだけじゃない。典型的な2ちゃんねるなんですよ。
ご自身でスレッドを立てた割りには随分と卑怯な展開だなぁあ
と言うのが個人的な感想です。他人の意見を観察し、批評にまわらず
ご自身で論を建設・展開して下さい。ご自分で柱を打ち建てて下さい。
表面的には非常に興味深い「タイトル」ですので、1さんの展開次第です。
批評家に徹し、謙遜なさらず、是非々がんばって下さい。
「敬い」忘れずに。

713 :考える名無しさん:2005/08/18(木) 23:02:34
ドイツのフォンゼークトいわく、人間は大きく4種類に大別できる。

勤勉で頭の良い奴、
怠け者で頭の良い奴、
怠け者で頭の悪い奴、
勤勉で頭の悪い奴。

2ちゃんねるで一番必要な人間は勤勉で頭の良い奴である。
常駐コテハンに適任であり、的確なツッコミでスレを盛り上げ、
板の活性化の原動力になるだろう。

次に怠け者で頭の良い奴。スレの>>1にすべきだ。
的確なツッコミでスレを盛り上げるほどの能力は無いが、2ちゃんねらー
が食いついてくるような話題を提供するだろう。

その次に怠け者で頭の悪い奴。1行レスや煽りしか出来ないが、
2ちゃんねるの雰囲気づくりには十分である。

最後に勤勉で頭の悪い奴。そういうのはとっとと2ちゃんねるから
追い出すかアク禁にすべきだ。なぜなら、空気を読まないレスによる
スレストや、的外れなツッコミによる粘着を延々と続け、気がついたとき
にはつかなくなって しまうからである。



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