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◇ 日本で哲学教育が軽視されている理由 ◇

1 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 09:54:26

小学生からの哲学教育があったっていいと思うんです。
俺は、日本は高校生までにアリストテレスからライプニッツ、
ハイデカーまでを網羅するような教育体制でよいと思うのです。
微分積分なんてそのあとで十分なんです。
政治や教育についての討論が軽視されているのは、
哲学教育がなかったせいではないとどうして言い切れるでしょう?
窃盗や暴力などの犯罪が近年多発するのは、
哲学が、所有という概念について教えなかったせいではないと
どうして言い切れるでしょう?
哲学の早期教育化をこのスレで呼びかけたいと思います。


2 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 09:55:37

世間ではゆとり教育が今批判を浴びて、
昔の詰め込み教育に戻そうという風潮に極端になってきていますが、
そのまえに、俺は今、どうして勉強しているのだろう?
それがわからないまま、社会に放り出されたことが
この日本の最大の不幸なんじゃないかと思っています。

職に誇りをもてない人が多くいるのがこの日本の実情です。
フリーターやニート、引きこもり、パラサイト。
生きることに、意義を見出せなかった人たちです。
おそらく多くの人にとって勉強している時間なんて
テレビゲームと同じ、空白の時間だったのです。
おれはそれらがすべてまことしやかに教育のせいなのだと
責任転嫁するつもりはありませんが、もし哲学の早期教育が実現したら、
どうなっていくだろうか。そうやって哲学教育の意味についてこのスレで
具体的に考えていければと思いました。


3 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 09:59:32
たぶん問題は教えられる人を育成できていないという点にある。
教員育成ができないんじゃないだろうか。

4 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 10:02:55

俺は哲学っていうのは、思わず顔がゆるむものなんだと思う。
もしくは顔がしかめたりするもの。
「へえ?」とか「なんでそうなるの?」とか「そんなわけない」
「なに言っているの?」そういう感想を持つものだと思う。


5 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 10:03:44

日本では一般的に、小中高と哲学教育がない。
だから大学で哲学を履修することがないかぎり、
ほぼ哲学に触れる可能性はなくなるわけだ。
もちろん独学でやろうという人は別だが。
俺はこれはすごく悲しい出来事だと思う。


6 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 10:04:39

とある本を読む分かったのだけどフランスでは中高と哲学を教えるらしい。
フランスはもともとそういう哲学教育に熱心な国で、さかのぼれば
ナポレオン一世の学制改革以来の伝統なのだそうである。

7 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 10:10:15
>>3
たしかに哲学を誰が教えるかというのは、大きな問題だと思います。
簡単なことではないです。

8 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:14:40
哲学教育といっても、一歩間違えば宗教教育と変わらなくなってしまう。
たまたまその時、それを教えた人物の固定観念を、
教えられた人達に洗脳してしまうだけという危険性をもつこととなる。
思想教育は危険なものだ。
自らが好んで自らの選択によって自然に哲学の道へ進んでゆく者でなけらば、
すべての固定観念から免れた純粋な哲学の探求は無理だろう。
何を教えようとも、教育なんてものは所詮、固定観念を植え付ける洗脳だ。

9 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:18:06
漫然と哲学というと一挙に難しくなるので、
ディベート(討論)や論文を書く技術を教えることを
主にして後は、哲学史の知識の基本中の基本
(それこそ「ソフィーの世界」程度の)
を教えれば十分なんじゃないかと思う。

10 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:18:28
日教組の思想統制に哲学は無用。というか厳禁だな。

11 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:20:02
>>8
>何を教えようとも、教育なんてものは所詮、固定観念を植え付ける洗脳だ。

ブレインウォッシュとマインドコントロールの区別もつかないのか?

12 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:21:05
自然哲学は理科で勉強するからいいよ
ゆとり教育への反対は、古きを良しとしてるだけかな

13 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:21:56
日本は戦後そういう風にやってきたからねぇ(思想、宗教から中立)
だけどそのおかげで日本が世界の常識や動きから取り残されている気はする
宗教や思想を「教える」ことと「教え込む」ことは別だと考えるが・・・
哲学はまさに先人の考えを批判的に継承する学問、そういった能力の育成にはもってこいだと思うがね

14 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:22:17
>>10
>日教組の思想統制に哲学は無用。というか厳禁だな。

哲学板でウヨは板違い。

15 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:24:24
>>14
ウヨじゃないよ。お前はなぜ日本の教育が哲学教えないと思うの?

16 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:29:35
>>8を受けて一言。
個人主義たる西洋は、哲学と神学の二本の大きな学問がずーっと評価されてきたからね。
もとから全体主義の意識の強いアジア圏じゃどうしても異質になるよ。
中島義道だっけ?「ウィーン愛憎」書いた人。
彼のあの絶望感を見たら、日本にとって哲学がいかに理解されがたいものか
わかるよ。
いちいち個人観念を全体観念に置き換えてから、ドラマやマンガや
アニメや小説などのわかりやすい例でもって納得させる、
そうやらなきゃ日本の普通の人たちには理解されないの。

17 :8:2005/04/16(土) 10:45:56
要するに自分で考えろということだな。
どんな教育を受けても、それを鵜呑みにするような人は洗脳されるだけだ。
日本では、多くの人から偉人だと評価されている人の思想を鵜呑みにすることを素直だと思っている人が多い。

多くの人から偉人と評価されている。←この時点でもうその人の思想が正しいと思い込んでしまう。
そんなものは素直でもなんでもない、ただのバカだ。

そんな人が多いからこそ、バカな宗教の信者になってしまうバカがいつまでたってもなくならない。
また、流行に流され易いのもそうだ、皆自分で考えて行動しないのさ、
日本にはそういう人が多い(アジア圏ってことかもな)。
こんな状態で哲学教育したって、それは思想教育という洗脳になるだけよ、
今中国で起こってる反日行動なんて、その危険性をもろに露呈してるじゃないか。

18 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:47:25
>>2
なんかその風潮はあるみたいやね。遊びに熱心になりすぎた人たちをみせしめにして淘汰する、
使い捨てのオタク狩とか。

まあ、国も数学できない国ニッポンが恥ずかしくてたまらないんだろ。
軍事力を誇示できない上に経済も頭打ち、学力くらいしか世界に認められる能がないからね…。

実際、富国強兵策のせいもあるけど、明(む)治(か)大(し)正の学生は
よく勉強してたよ。

ニートや無職が固い学問を学ぶことは、悪いことではないと思う。
尤もネットで晒したその思想や発言は、中間搾取されるようになってるんだが。

19 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:54:10
>尤もネットで晒したその思想や発言は、中間搾取されるようになってるんだが。

おう、上等じゃねえか!!搾取上等だ!!!

20 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 10:55:28
>>17
チッチッチッチ、バカってのは、なるもんじゃない、着るもんなんだよ。
日本は上手にバカのふりができた人が、得をするようなシステムになってる。
哲学ってのは、ある種「心」に対する剥き出しの学問だしょ?
頭いい人は、哲学をやってたらバカを着る余裕がない。だから日本では
自然と哲学は根つかないということになっていく。

21 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 12:59:09
わりと、肯定的な意見が多いようですね。
スレ立てしたかいがあります。

俺は、今回はなるべくわかりやすいように言葉を選んでいますんで、
もしかするとウヨ、サヨと思想競争に走りやすい問題領域を選択してるかもしれませんが、
なるべく皆さんには冷静になって哲学の意味や、哲学教育の意義を論じられたらと思います。

ちなみに俺は、哲学も結局は思想なんじゃないかという意見には、
まず反対したいんです。
もちろん哲学の授業で扱うものは、西洋哲学中心になるとは思いますが、
そうでなくてもいいと思っています。中学生が東洋思想を学んでもいいと思っているし
俺は、文系なら文系の、理系なら理系の、俺たちが自分の好きな哲学書を選ぶように
哲学も自由であっていいと思っています。それは自分の履修する科目の問題領域の
濃度を濃くする。そういう意味で俺は哲学の効果はありだと思います。
自然科学を知るのに、ニュートンのことを理解する。またデカルトの思想を読み解く。
ライプニッツの微分積分。その方程式の裏にあるその哲学者の思想を読み解く。
方程式の意味。そういうことを細やかに理解するすべとしての哲学の可能性。

皆さんのラディカルな意見とは、おおよそ受け入れられない考えだと思いますが、
まあ、哲学に何が可能か、それを少しずつ論じることができれば幸いと思っています。


22 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 13:22:34
簡単に言うと、フランスだと言語の教育に哲学を組み合わせている。
バカロレアの小論文で倫理学について書かせたり。

日本の「国語」教育は国学の流れをくむから、
「唐心」が望ましくないとする伝統がある。

それは変わらないと思うが。
日本で愛国教育というと、過度に論理的にならないことを意味するし。

23 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 13:42:32
ちょっと俺が、このスレを立てる動機となった文章を今からコピペします。
これを読んでの感想などをお聞かせください。討論などはそのあとでしましょう。


24 : 『デリダ 脱構築 』高橋哲也著   p33-36  その1:2005/04/16(土) 13:43:43

 『デリダ 脱構築 』高橋哲也著   p33-36

フランスではほぼ日本の中学高校を合わせた期間に当たるリセで哲学教育が行われている。
これもまたさかのぼればナポレオン一世の学制改革以来の伝統であり、さまざまな曲折を
へながらも、哲学は現代でもリセでの学習の総合的な仕上げとして重視されているのである。
高校生にも哲学を学ぶ権利と能力があり、それは自由な批判的思考の能力を養うためにも
望ましいことだと思っても、それを現実化する社会的条件がほとんどない日本の哲学教師で
あるわたしから見ると、まことに羨ましいかぎりだ。
ところが、その哲学教育の国フランスでも、教育の「現代化」や「効率化」などの名目で、
七〇年代半ばにリセの哲学教育への抑圧政策が仕かけられた。時間数を削減し、必修制を
自由選択制にし、教員の数を減らして哲学への志願者を減らし、ひいては大学の哲学そのものを
弱体化させて、産業界の要請にかなう技術的で実用的な教育に変えようというわけである。
デリダはこの動きの中に、あの六八年以来リセで増大した「異議申し立て」と哲学教育そのものに
対する「権力の圧力」を見てとり、七四年四月、教員と学生合わせて三〇名ほどで、この問題に
対処するための研究グループGREPH(「哲学教育研究グループ」の仏語表現のイニシャルを
組み合わせたもの)を結成した。


25 : 『デリダ 脱構築 』高橋哲也著   p33-36  その2:2005/04/16(土) 13:44:14

翌年、文部大臣による「改革案」が発表されると、GREPHは公然と反対を表明し、
学生、生徒だけでなく、父母やその他の関心を持つ人々をも含む反対運動を広範に組織しはじめる。
デリダはこの過程で、過去の大哲学者たちの大学、学校、(哲学)教育にかんする言説を読みなおし
そうした制度の問われざる諸前提を解明する一方、哲学教育を削減・廃止するのではなく、
哲学教育の伝統的内容を批判的に見なおしながら、逆に哲学の時間数を増やし、学習開始年齢を引き下げる
という大胆な提言を行った。「たとえば一七歳か一八歳以前に哲学を学ぶことは不可能であり、
危険であると、プラトン以来信じられてきましたが、これにはいったいどんな政治的ないし
性的理由があるのでしょう?[……]実験的試みとして、フランスでは第六学級・第七学級と
呼ばれている児童、一〇歳や一一歳の子供たちに哲学を教えてみましたが、非常に成功しました。
若い少年少女たちは哲学に興味を持つだけでなく、哲学を必要とし、それを楽しんでいました。
難解なテクストと思えるものにも十分取り組んでいました」(インタビュー「戯れする貴重な
自由――ディコンストラクションと教育/政治」一九八六)。
この運動は、七九年六月、ソルボンヌで一二〇〇名の参加者を集めて開かれた公開討論会
「哲学の三部会」に結実する。この討論会の準備委員二一名のなかには、デリダのほかに、
ドゥルーズ、リクール、ジャンケレヴィッチ、シャトレ、ナンシー、ラクー=ラバルトなどが
含まれていた。こうした運動は海外でも関心を呼び、ヨーロッパ各国、南北アメリカ、
アフリカなどにGREPHに呼応する動きが生まれ、一例をあげれば、デリダは七八年一二月、
仏語および英語圏アフリカ哲学者連合国際コロキウムに招かれ、「哲学教育の危機」と題する
講演をしている。(残念ながら日本では呼応する動きはなかった)


26 : 『デリダ 脱構築 』高橋哲也著   p33-36  その3:2005/04/16(土) 13:44:59

この運動は、八〇年代に入ると大きな副産物を生むことになる。八一年に登場した左翼の
ミッテラン政権は、一転してリセの哲学教育の拡大方針を打ち出しただけでなく、
この政権の支援を得て、哲学のかつて例のない研究教育組織「国際哲学カレッジ」
(Collège international de Philosophie)が創設されたのである。デリダは準備段階で
他の三人の哲学者とともに、国内外から集めた七五〇に及ぶ提言を検討して政府に報告書を作成し、
八三年一〇月の発足とともに初代の議長に就任した。(一年後にJ-F・リオタールに引き継ぐ)。
世界の大学や著名な哲学者たちの協力を得て活発に活動しているこの組織の特徴は、
既成の学科や文化の領域によって禁止されていたり、周縁化されているような研究テーマを
発見し、積極的に取り組むことを奨励するという内容面だけでなく、各国から公募され、
絶えず更新される講師陣、セミナーへの参加にいかなる資格も問われないことなど多岐に
わたるが、デリダはこのカレッジに、哲学の脱構築の制度的可能性を重ねてみているようである。
GREPHの結成から国際哲学カレッジの創設にいたる過程でデリダがおおやけにした文書は、
大学、学校、哲学教育にかんする脱構築的考察のテクストとともに、六五〇ページに及ぶ
『哲学への権利/法から哲学へ』(一九九〇)にまとめられた。哲学の脱構築とは、
哲学のあるラディカルな変形の試みであって、哲学の否定や破壊、死亡宣告ではないことが
この本を読むとよくわかる。 
                                (引用終わり)


27 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 14:02:59
俺が気に入っているところをそのなかでも抜粋します。

>実験的試みとして、フランスでは第六学級・第七学級と
>呼ばれている児童、一〇歳や一一歳の子供たちに哲学を教えてみましたが、非常に成功しました。
>若い少年少女たちは哲学に興味を持つだけでなく、哲学を必要とし、それを楽しんでいました。
>難解なテクストと思えるものにも十分取り組んでいました

これって不思議だと思うんです。つまりカントの純粋理性批判を読み解くのに
資格なんて要らないといっているようなものです。レヴィナスの難解な文を読むのに
練習なんていらない。ハイデガーがアリストテレスの形而上学を読み解くのと同じように
生徒たちもアリストテレスの形而上学を学べばいい。ギリシャ語を知らなくても、
先生すら知らなくてもギリシャ語を学ぶ機会があればいい。
そういうのは実に面白いと思うんですよね。

ちなみに言語学ってそういう面白さに満ち溢れています。この語源はこういう意味だった。
そういう発生論的な側面を知るのは、トリビア以上に人生の有意義な面を触発させると思います。

>>22
おそらくフランスでの言語教育と哲学の結びつきは、デリダのGREPHの運動によるところが
大きいのだと思われました。俺はもちろん言語の連関を哲学で解くとしてもいいのですが、
政治や法に関わる場として哲学の必要性を感じます。なぜ法を守らなくてはいけないのか?
この意味を教える教育は事実上皆無なんです。法は守るべきもの。
それ以上のことは今の社会では思考停止状態なんです。
俺は実は教育でこういったものを解体できたらと目論んでいるわけなんです。
法治国家の意味すら知らずに、法に遵守できるだろうか?
そういう問いかけが、俺が立てたこのスレに込められています。


28 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 14:08:30
読みづらいから拡げとくね

http://www.nbvgftyuikjbvfgyuikjbvfgyuikbvfgyuikjbvfgyuijbvfgyujbvfgyujbvfgyuijbvgyuikjbgvyuijbvfgyuikjbvgyuijvcgfytujhvcgftyijvgftyjhftyuhgty7ujhgfty78ihgtyihgytuiujhgft78hgftyujhgty8ijhgty8ihgty7u8ihgty78ijhgyuijhgyuijhy


29 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 14:13:48
いろいろな人の思想を教えれば特定の思想を強制することにはならないと思うが


30 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 14:21:09
哲学者リュク・フェリーが教育大臣だったフランス。
BACの科目数を減らすことに反対して高校生がデモをするフランス。

31 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 14:25:41
>>29
ああ俺もそう思いますね。哲学って自分の好みを知っていくことだと思うんです。
そういう意味では万人に開かれた学問だと思います。
倫理、教育、政治、人生論、形而上学、システム論、身体論
何でもありだと思っていますよ。

俺は、哲学ってもっとアクチュアルなものだと思っています。
別にアンガジュマン(社会参加)までいかなくても、他者との違いを
痛烈に意識せざるをえないのは哲学のひとつの特徴です。
俺が哲学に触れてこんなにもショックだったのは、
俺と違う意見が多数存在するという事実に対してです。
それ自体が社会を実に構成しているという事実に対してです。
それを知る上でも教育の画一化という非難から免れると思うのですよ。


32 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 14:32:25
>>30
それが事実だとすると恐いですね。
日本だったら科目数を減らせとなるのに。
ちなみにフランスのBACについて調べていました。
ttp://t-i-e.com/2iniciateuir.htm


フランスの教育は、少数精鋭のエリート育成を目指すものだ。
その上り詰めて行く困難さと落差から、フランスの教育をエッフェル塔に例えられる。
フランスは、徹底したエリート教育と「人権宣言」の国にふさわしく、
「教育の民主、平等」を実践している国といえる。

フランスでは、一般大学以外に行政、商業、技術など、角界の幹部を養成する
高等専門大学(グランド・ゼエコル grandes ecoles)がある。

グランド・ゼエコル生徒を生み出すためのエリート選抜は小学校から始まる。
16才までは義務教育だが、年齢と学年が一致する日本とは違い、落第、飛び級制度がある。
中学になればさらに追加指導が加わり、中学途中にして、職業教育教室に転入されるものもいる。
このように中学高校と篩にかけられ、成績の優秀なものはBAC(bacalaureat 
大学入学資格試験)の中でも最難関とされる物理数学の試験突破後、
2年に渡る準備クラスでの入試で選別され、ようやくグランド・ゼエコル生となる。


33 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 14:40:55
たとえば日本では「ちゃんとしなさい」と教えます。
でもこの「ちゃんと」がわからないんです。
世論、常識、慣習、いろんなものに置き換えられてしまって
一歩外をでると、その「ちゃんと」が通用しない世界が多数あります。
そのちゃんとの一つして俺たちは礼儀を教わりますが、
実際に求められているのは礼儀ではなく、意識であるはずなんです。
どういった意識を持つべきなのか? 
これを実際に組み立てるのが哲学の場だと思っています。


34 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 14:52:56
「ちゃんと」は日本ゲームの規則に関してだろ。
>一歩外をでると、その「ちゃんと」が通用しない世界が多数あります。
そりゃ別ゲームだからさ。

野球やってるところに行って、手を使ったらハンドとか言っても通じないのは当たり前。
でもサッカーやってる限りではそういうことを教えるのも必要。

35 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 14:59:40
とりあえずいったん落ちます。
まず日本の教育の現状について、論じられていただくと助かります。
また各国の教育状況について詳しい方がいたらぜひ書き込んでください。


それから、どういう哲学教育が可能なのか具体的に論じていきたいと思います。
ちなみに俺はわかりやすい哲学なんて、基本的に大反対です。
哲学はわかりにくくていいと思っています。むしろ人生の大半がわかりにくいものばかりで、
教育の大半がわかりやすいものばかりを追い求めているような気がしないでもない。
俺は、小学生にカントを読ませるのは可能だと思いますよ。むしろああいう難解なものこそ
早いうちに理解させるべきだと思ったりするし。なぜか? 概念の意味を知るためです。
精神的実体である概念の意味を知る上でカントの本を読み解くことは実に有効だと思うからです。

そして哲学書はおそらく読まされるようじゃ、絶対に読めない。
これを読んでやろうという意気込みが必要なんです。
そういう意味では哲学書を読むことは自律精神を養います。

あと議論によって、実際に主体性を獲得するには
発言するしか方法がないということを実際に知るためには哲学の機会は有効かもしれない。
哲学は黙っていると一瞬にして相手に飲み込まれますからね。
そういう死の概念に接する機会としても哲学は充分、
人を成長させる素質がある学問だといえると思いますしね。
だらだらと話を続けてしまいましたね。
それでは、皆さんの意見をお待ちしています。


36 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 15:03:30
哲学を文学と勘違いしているからじゃないの?

37 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 15:07:30
>>34
そういうルールが存在するのはわかりますが、なぜルールがそこにあるのかが
最大の疑問なんです。社長室でのルールと、会議室でのルール、休憩室でのルールは
全部違いますよね?

そういうときに礼儀(ルール)をよくしろといわれても通用しないんですよ。
ではなくて、そのとき自分がどういう存在であるべきか、
そういう実存について把握したほうがむしろ物事がうまく進む場合がありますよね?

そういうことを解体し理解するには、はっきりいって今の日本の教育じゃ無理です。
実際的な経験が獲得される現場と平行して、哲学的思索が別途必要とされるはずです。
そういうリアルな思索の苦しみに対して、哲学は無視してはいけないと思いますが
いかがでしょうか? そういったことを簡単に割り切ることは
おそらく子供だろうと大人だろうと困難なものだと思うんです。



38 :考える名無しさん:2005/04/16(土) 15:12:17
>>36
哲学自体は物語を用意しないんです。
そういう意味では自己獲得的な運動として存在します。

俺の主張はなんだか割れがちですが、とりあえずいろいろな哲学の可能性について
具体的に論じていけたらなと、だから哲学が文学というそしりを受けたとしても、
それはそれでかまわないけれども、俺はその指摘を受けるに充分な、
もっと具体的な一面を理解したいと思っているんです。

だから哲学教育の弊害ということを逆に論じられてもかまわないんです。

では本当に落ちます。


39 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 15:54:40
>>37
>なぜルールがそこにあるのかが
>最大の疑問なんです。
その疑問は解決できない。
ルールはあるといっても、sein,Dasseinではなく、gelt, Geltungとしてあるだけだから。
疑いはたとい可能であるにしても、不必要。言語ゲームの可能性は、疑いうるものすべてが疑われることを前提してはいない。

>そのとき自分がどういう存在であるべきか、
>そういう実存について把握したほうがむしろ物事がうまく進む場合がありますよね?
存在、実存などはゲームの中で把握されるにすぎない。ゲームを超越して何かが存在すると思うことは誤謬である。
将棋の「歩」は、「歩」として存在するが故に前に一歩しか進めないのではない。
前に一歩しか進めないというルールの中で把握されるからこそ、それが「歩」となるのである。
「歩」と書いた駒がなければ、かわりに百円ライターを立ててやっても、ルールがある限りそれは「歩」となる。

まず、ルール(文法)が疑いえない状態で妥当している。その後、そのルールの中で各人が存在しているように<思われる>。





40 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 15:55:31
訂正
Dassein→Dasein
gelt→gelten

41 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 18:25:44
日本では哲学を教えられる人がいない
中学生・高校生にあわせて教えられるような
テキストの内容は
湯浅赳男の「現代思想のすべて」(その中で自分が追求したいテーマを探し、原典にあたる)
     「ソフィーの世界」
のようなとっつきやすい感じのものがいい。
小学生には「うたがいのつかいみち」みたいなもの。
ただ日本の教育はゆとり教育とは言っても、個々人がそれぞれの思想、思索、哲学を
持ってしまうことを、危惧する傾向にあるのではないかな?
どちらかというと、社会で生きるための調和や均質性が重要視
されるわけであって。

42 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:18:49
哲学なんて他人から教えられるもんじゃねーよ

43 :ローカルルール審議中:2005/04/16(土) 21:34:22
>>41
>どちらかというと、社会で生きるための調和や均質性が重要視
>されるわけであって。

その通り。
朝から出社して夕方すぎてもサービス残業して、休みを取ったら机が無くなる事に文句も言わず、使い捨てのコマになること。
そういった理不尽な社会が待っている事を前提とする教育においては、利益を生み出す(技術的思考)以外の思考を停止させること、これを徹底して覚え込まさなければならない。
いや、そちらのほうがむしろその人間のためだ。
哲学はよく現代においては「帰り道の学問」と言われる。
「なぜ、俺はこんな事しているんだろう」「俺の人生はなんなんだろう」・・・そんな疑問に答える、一種の社会批判、自己批判性を哲学は有している。
だが、そんな彼らにも5時間後には使い捨てのコマとしての労働が待っているわけで、
それにはビジネス成功書や自己啓発的な自己教化本の方が(例え理不尽にたいして様々な言葉を使ってその理不尽を覆い隠そうとするだけの本であったとしても)より役に立つ。

わかる?
つまりそんな哲学の素晴らしい側面である「批判的思考」は全くの無駄なのである。
開き直ってもそれらは雑多なビジネス、社会人啓蒙本と同じく、
「調和を維持ないし強化する」「現実社会をいやがおうにも覆い隠す、肯定する、もしくは社会に対しての(批判している)自分を否定する」ものとして
利用できるかできないかで計られると言っていい。
教育者がいかに「批判的思考を養う」と言っても
それは経済界には反抗的な社員を育てる学問として、「うけいれられない」であろうし
大多数が小市民である親にも「将来痛い思いをする」事は目に見えるのである。

44 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:03:49
>>39
それはあなたの意見ですよね。
あなたのそれは一般的な回答で、なるほどとは思いますが、
もしあなたが教師だったらと仮定して、あなたがその答えを言うことは
正しいことでしょうか? 俺は哲学は問いを投げ込むのが教師の役割だと思っています。
決して答えを与えるものではない。しかしアプローチはあなたの将棋の「歩」のように
さまざまであっていいと思っています。
哲学の教育の原理、在り方を俺と一緒に確認していきましょう。


45 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:11:11
>>41
俺の目指すところは、そんなところではありません。
とっつきやすい哲学なんてくそくらえです。
そんなことより俺は、ライプニッツの「予定調和」を子供たちに教えてみたい。
それを読んで子供たちがどういう感想を持つか?

俺はこの予定調和を知ることによって、たいていの社会の枠組みと、
心理学的な他我問題が解決可能だと思っていますよ。
抽象的なわかりやすい哲学というものには反対です。
徹底的に難しくするべきです。岩波の文章で十分です。
しかし教科書の字は大きく、行間を多く取る。
それくらいの配慮で十分だと俺は思います。


46 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 01:11:50
哲学教育を語るのならその前に、現実的に>>43に答えなきゃダメだと思う

47 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:13:18
>>46
はいはい、今レスを考えるところですよ。

48 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 01:17:14
>>15
>日本の教育が哲学教えない

「教えない」じゃなくて「教えられない」んでしょう。
何を教えるべきか分からない。
哲学史だったら、「倫理」という科目がすでにあるし。

49 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 01:19:35
ま、確かにな
ただでさえ民間が社員教育をする体力が無くなって、
その押しつけを大学や高校時代に実学いう名のものとに押しつけ始めている即戦力時代だからな・・・
役に立たない代名詞の哲学が「こんな時代だからこそ」みたいな事を言って通るわけでもないしね

50 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 01:24:50
>>43
>例え理不尽にたいして様々な言葉を使ってその理不尽を覆い隠そうとするだけの本
まるで大陸合理論だねw
ま、知と主体性の獲得が権力への自己教化だって事はフーコーが指摘済みだが

俺も高校生にフーコーを教えたらどうなるかってのは考えたことがあるけど

51 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:25:34
>>46
>そういった理不尽な社会が待っている事を前提とする教育においては、
>利益を生み出す(技術的思考)以外の思考を停止させること、
>これを徹底して覚え込まさなければならない。

思考停止するために、思考するんじゃないですか?
それも俺は技術だと思います。俺はそういう悩みを持つ人は、
単に考えることが下手なんだと思います。思考の中でもモラルに縛られていて、
自分を解放するような思考に出会えていないのではと。

利益追求型の思考は、利益そのものにではなく、利益を生む一つ一つの行為に
積極的なモチベーションを傾けるものなんではないですか?
決してその思考はひとつの単元としてのイデアに回収できるものではないはずです。

俺はあなたの意見は、社会的な文脈にあるひとつの実体を持つことのない、
いわばロマン的な一意見だと解釈しています。なんかイデオロギーを前提に
していると思うんですよね。確かにイデオロギーは問題ですが、俺の答えはこうです。
そんなの気にする必要なんかない。経済なんて、生活のひとつの側面です。
その根幹には、衣食住を満たすことがあります。それを知ることでも、
十分あなたの意見に対立する立派な一意見だと思いますが、あなたはどう思われますか?


52 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:39:01

○参考

高校生が「知」を競う 国際哲学オリンピアード日本で開催
ttp://www.keiwa-c.ac.jp/ipo/4_on_line_doc/jp/mainichi_4_on_line.html

 日本、取り組みの遅れ痛感

−普遍的な価値観の形成が必要 −(毎日新聞2002年6月7日東京夕刊から)


53 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 01:42:00
>>50
ちなみに俺は哲学議論ていうのは、喧嘩だと思っています。
で手を出したら負けなんです。
そういう種類のものでいいんじゃないでしょうか?


54 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 01:50:16
>>53
ペニスを出すのも反則なんです。

55 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:00:41
俺は>>43ではないが、彼の言わんとしていることはよく分かる
まず、利益追従型思考にこそ積極的な思考を働かせるべきだという意見だが、そういった生産的な行為に参加できる職種(ないしは会社内での地位)が現時点では実に少ないと言うことだ
この社会状況を社会学的な洞察に立ち入ろうとすると100レスあっても足らないのでやめておくが、一種「奴隷的」な労働が以前にも増して増えてきていることがバックボーンとしてあげられる
特に日本の労働環境は現在アメリカのグローバリゼーションと日本の慣習的悪癖がいびつな形で融合している

とにかく「奴隷には奴隷の学問を」と言うことだ
大事なポイントなのは現在の社会的状況が君が言う
「経済的という生活の一つの側面を維持するために、我々は自らの有する全時間と人格を差し出さねばならなくなっている」と言うことだ
特に(思弁的)哲学の発達しているヨーロッパ(仏独)と、そうでない日米の社会状況、ないしは後期資本主義に対しての政策的方向を照らし合わせるのは一つの試みだと思うが?
ヘーゲルの「Herr und Knechit」をあげるまでもないが、労働者は対象に関わる思考以外は基本的にしない、できない
彼らに求められるのは主人から求められたことの達成によって自らの命を保つための「思考」である
この状態に求められるのは達成を導く「技術的思考」の他には「狂気に走らぬための自己教化的思考」しかないではないか
>>43はその現実的ポイントを押さえ、重視ているのだと思う
これを止揚しようとしたマルクスの試みが全世界で頓挫した今の社会思想は、デリダにせよフーコーにせよこの状態を出発点にしているはずだ
(もっとも社会思想と哲学は異なるものだという指摘は甘んじて受ける)

56 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:01:18
確かにこれらは君の言うとおり実体のない「根源的」な思考ではない、その意味ではロマーン的であるかもしれない
だが、非常に「現実的な」ロマーンである
哲学を象牙の塔にこもり延々と研究するだけならよいが、教育は将来のために社会養成を受けざるえないことを前提としている
対し、きみの「そんなの気にする必要なんかない」のは潔くあるが、現在において「哲学の批判的思考」の無価値性についてなんら言及していない
少なくとも、いささか煩瑣ではあるが
マルクスの「疎外」からアメリカミクロ社会学が指摘した労働下での「自己馴化機能」まで包括した>>43の言うことはそう簡単には切り捨てられないと思われる

57 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 02:01:43
>>54
なぜペニスを出すと反則なのか?
なぜ服を着なきゃいけないか?
なぜてを出すと負けなのか?
それを考えることも哲学なんですよ。
実際フランスではそのような授業も実際にあるようです。
まあいくらか問題はあると思いますがね。


<反>哲学教科書 ミシェル・オンフレ (著), 嶋崎 正樹
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4757140673/ref=ase_3792-22/250-7520380-1228235

目次

・君はどこまでサルか?
・人肉を食べたことはあるかい?
・なぜ校庭でオナニーしないのか?
・便器が芸術作品になるときとは?
・君はケータイなしでいられるか?
・最低賃金労働者は現代の奴隷か?
・幼児性愛は自らの選択なのか?
・学校の規則なんていらない?
・学校はどうして刑務所みたいなの

まあレビューの写しですが、面白いでしょ?


58 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:16:45
白熱な議論の間失礼、ちょっと>>43に関係して思うことを
>>57のなかに例えば「なぜ自分は働かなきゃならないのか」とかいうのがあっても
(ここでの「働く」はいわば日本的強制過剰労働の事ね)
結局>>55の言うように経済的、社会的に間違いなく首輪を縛られているんだから
「やっぱり自分は行く」しか答えが決まってないんだよね

だから答えが最初から決まっているんだからいかなる疑問も、そこに集約せざるおえないんだから
フーコーの「自己教化に至る思考」、スピノザ・ライプニッツの「神の存在証明」と同じで不毛そのものだけど
社会に出てからの思考、思弁はそうならざるおえない
だから「批判的思考」は無意味、っていうかそんなの教えたら社会でれないよってわけだね

よく分かりました

59 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:25:26
結局>>1は働いてねーからわかんないんだよ
「気にする必要なんかない」「生活の一つの側面」なんて行ってる時点でDQN

高校生ですか?
大学1年生ですか?

60 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 02:30:57
>>59
今も働いていますが、それほど真面目じゃありませんね。
こうしてネットで戯れているくらいだし。


61 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:39:07
まぁでも>>43とか>>58は哲学の悪癖を暴露してるよ
・往々にして社会状況と乖離してしまうこと
・その反面、使われ方によっては現実の矛盾を論理的、道徳的に整合してしまう手段に成り下がること

62 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 02:42:27
よほどのアホでない限り、
哲学的に考察すればするほど、
哲学は無意味な存在なのだということに気づくから。
まわりまわって、哲学というもの、そのものの存在自体が自己否定しているのだ。

63 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 03:00:50
もうちょっと具体的にどうぞ>>62

64 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 03:40:35
範囲が広すぎてどこか摘んでも、その人が重要と思えるものに滅多と出会えないから。

65 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 06:16:29
日本の中学生でも岩波文庫の哲学ものは全部読めるな。
高校でも岩波読んだり倫理をよく勉強してれば、そのうち哲学できるんじゃないか?

66 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 08:44:31
>>65
それは他人任せだよ。
きみらパール・バックの「大地」読んだことあるかい?
あれとか、映画の「ラストエンペラー」。ベルトリッチ監督の。

突飛な例になるけど、日本で義務教育の枠内に哲学を導入するってことは、
国語を英語に変えるくらいの革命意識を持たないと駄目ってこと。

67 :BMB:2005/04/17(日) 09:02:00
>日本で哲学教育が軽視されている理由
難しく考える人間が多くなると日本国というシステムを経営していくうえで
このましくないんでしょ?人々はあくまで権力に対し従順であり、民は
国家に対し隷属していることが好ましいということなのでしょう
だからテレビではおふざけタレントをじゃんじゃんだして
歌謡曲ではわけのわからんしゃくりあげるような甲高い声を出す
歌が跋扈する
あれが民に対する国家の姿勢なのでしょう

68 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 09:32:30

ちょっと仕事場からアクセス規制に入っていたので書き込めませんでした。
実は自宅のパソコンがまた具合が悪くなっていて、とりあえず漫喫から
お邪魔しますね。(しかし連投規制は早くどうにかしてほしい。)

>>58

俺は、働くことに対して社会的な文脈を見つけるのは
単に無作法だと思っています。>>43さんは思考停止といったけど
思考停止ってことは、つまり沈黙を守ることです。
俺は今さら働くことの意義なんて見つけたくないので、
そういう話題について語りたくありません。

でもそういった問題について、解決出来ないかというと実は可能なんです。
俺の答えはこうです。仕事に意義を見出せない、生きる目的が分からない。
そういう苦しみを実際に抱いている方は、キリスト教に触れるべきです。
冗談じゃなくて、これは真面目な話です。自分が救われたいと感じるなら、
教徒となって、救う側になることで、その悩みは直ちに解消します。
こういうのは、答えが必要なんじゃなくて、精神的支柱が
必要なんだと思っています。俺は全ての人は万能であることは不可能だと
思っています。であればなんらかの宗教にはまったってそれは仕方が
ないことだと思います。しかし出来る限り自律した精神を持つならば、
宗教だけが持つ、救済の意味を実際に知っておくのは悪くないと思うんです。


69 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 09:32:55
(つづき)
まあことさらここで進めることでもありませんし、俺も教徒ではないので
軽はずみなことは言えない立場なんですが、洗礼、及び入信に年齢は
殆ど関係ありません。親御さんがそういう人ならば、早くから洗礼式を
済ます人も多く居ますし。また実際にそういう悩みを持って教会の扉を
開く人は多くいるんです。看護婦や医師、演劇人など、そういう職業的
使命を宗教に求めてやってくる人は、俺も実際に見かけました。

俺はね、社会で宗教のような具体的な思想を知らないで若者が外に飛び出
されてしまうのは、ある意味、どこからでも俺を搾取してくれと言っている
ような者です。誰が見たってカモなんです。計画性も成長の意識もない若者が
カード破産するのはむしろ当たり前なんです。
俺は教育の現場で、宗教の位置を隠蔽するのは得策ではないと思っています。
宗教の存在を自明のものとして、その宗教の意味を考えるようでないと、
その自由な発想は単に妄想に終わってしまうような気がするんですよね。
今世間で言われているウヨサヨという言語連関は俺は、
知識人にのみに通じる言語空間の一つの妄想だと思っています。
その言葉は全く運動せず、そこで止まったままです。そんな言葉は
俺たちには必要ないんです。常に言葉を動かし続けることが哲学の意味です。
そこにおいてパロールだろうと、エクリチュールだろうと関係ないんです。


70 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 09:33:52

あと哲学の批判的価値なんて、言われていますが、
とりあえず立ち止まって考えて見ましょうよ?
哲学の批判的価値なんていったいなんですか?
モラトリアムによる抗弁の為の批判的価値ならば、
俺はそれは、存在しなかったというしかないです。
いったい誰が(モラトリアムな)、生き死にを深く考えるだろうか?
哲学は暇人の遊び道具ではありません。あなたの隣人の死に対して
あなた自身にリアルな慰みの言葉を投げかけるのが、哲学です。
ちなみにモラトリアムな、現代で言う引きこもり風情の活動しない青年に、
死は現前しません。
そして哲学は決して成長を促すものではない。レベルに応じて哲学的題材が
移り変わるようなものでもない。子供にとっても大人にとっても
ニーチェはニーチェです。それは変わらないものとして不変の
価値を持つはずです。その人の傍に立ち、いつも同じ言葉を哲学者は
我々に投げかけます。哲学は我々を教化するのではなく、むしろ同じ言葉としての
同じ目線を何度も投げかけます。そして時が経つ度にその古びを意識するんです。

哲学の批判精神は、決して短い時に関わるのではなく、
もっと人生の長いスパンに対して働きかけるものと俺は思います。
もし哲学が、歓喜でもって迎え入れられるとしたら、
それは、哲学が思想となって意味を持ち始めたときです。
哲学は決してそういうものではないと俺は思います。


71 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 09:34:13

そういう意味では俺は哲学は道路の上の標識だと思っています。
同じ記号の標識が何度も何度も通り過ぎるもの。
守らなきゃいけないのは知っているけど、
時には違反するもの。
それはそれを知っているというただの記号なんです。
守らなかったら、ときどき事故を起こすくらいの、
それはとても不確定な代物なんです。

俺はその誇大とも思われる批判精神を磨くという哲学の効能に
ついて批判的です。議論は多少上手くなりますが、
議論と哲学は別物なんです。逆に哲学が議論と一体化することは
危険だと考えます。なぜならそれは必ず思想を生み出すからです。
俺は哲学教育には、議論は出来るだけ隔離して起きたいと考えます。
哲学による、自分を知る機会がそれによって深く失われると考えるからです。
思ったことを書き、発表する(話す)。
そんな授業体系が望ましいと俺は考えるのです。
書くことは、思考を整理することによって、秩序を養う為に、
発表(話す)ことは、自分がどういう存在かみんなの顔を
伺うことによって確認する為に。また他人の考えを実際に知る為に。

長くなりましたがこれで終わります。
因みに長文なのは連投規制が恐いからです。
それでは。


72 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 09:57:07
あとそうだ。どの程度の人がこのスレを見ているのかわかりませんが
出来れば教授、学部生、院生、小中高の教師、塾講師など、
実際に哲学や教育に深く関わる人たちに関わる人たちの意見を
ここで聞けたらと思っています。その際はその旨分かるように
記していただけると助かります。
例:(○×大学教授 4×歳 男)(学生 21歳 女)
(無職 19歳 男)(主婦 28歳 5歳の男児の育児)
(職業 年齢 性別などなるべく客観的な指標となりやすいもの)

俺自身はそういう人たちとは全く遠い場所に居るんで、
もしこの呼びかけが成功して、この呼びかけがある運動として成功したら、
俺のこのスレはお役御免ということになります。
期待しすぎることはいけませんが、夢見ることは自由です。
とりあえず長く、そして多くの意見をここで待とうと考えています。

あなたなら、どのような哲学の授業をしますか?
もし宜しければお答えください。


73 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 09:58:31
>>44
横槍で申し訳ないが、
>>39
>それはあなたの意見ですよね。
ウィトゲンシュタイン→ハートの意見だと思う。


74 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 11:58:46
>>73
ウィトゲンシュタインなんだってことは、なんとなく理解できてます。
でも俺はあえてスルーしたんです(笑)。

でもウィトゲンシュタインを持ってきたところをスルーしたのはもしかすると
失敗だったかもしれませんね。ウィトゲンシュタインは
事実、小学校の教師をしていたことがあり、子供たちと触れ合うことで
自らの哲学的疑問を解消させていきました。
また哲学的思索の原石を多く作り上げていきました。
子供たちに哲学的疑問を与えることはそう多くなかったかもしれませんが、
逆に彼にとっては大きな実験場だったと思われます。

だから言語ゲームの理論について、小学低学年の児童が実際に触れ合うのは、
もしかしたら大変面白く興味深いことなのかもしれませんね。

たとえば言語を使用せずにどこまでコミュニケーションが可能か?
そういった設定を子供たちに与えたとします。
そういう実験は、子供たちなら抵抗感なく受け入れてくれるはずです。

おそらく子供は、表情を使って、判断の信号を相手に送ります。
怯えたり、あるいは顔を後ろに向けたり、もしかしたら手を出すかもしれません。
賢しい子供なら、筆談なんて方法を思いつくかもしれません。

そのような報告的資料は、それ自体が哲学的意味を持つでしょう。
またこのような実験に対して年長者と年少者が触れ合う機会を与えれば、
それはおそらく年長者の哲学的疑問を加速させることになるのかもしれません。
いえもちろん妄想ですけどね。

えととりあえずパソコンの具合は解消しました。報告です。
ま、多少出費がかさんだけど。


75 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 12:40:33
>ウィトゲンシュタインは
>事実、小学校の教師をしていたことがあり、子供たちと触れ合うことで
>自らの哲学的疑問を解消させていきました。
そうか? 授業が難解すぎて父母からクレームがついたうえに、小学生を殴り倒してるぞ。
それに小学校教師してたのは言語ゲーム以前だし。

>だから言語ゲームの理論について、小学低学年の児童が実際に触れ合うのは、
>もしかしたら大変面白く興味深いことなのかもしれませんね。
危険だろ。
悲観的で無気力な子供を量産すると思われる。
数学なんて完全否定されちゃってやる気が失せるし。


小学生の段階で本質や意味を葬り去る哲学まで教えるのは危険だと思う。
古代ギリシア程度で止めておくべき。
というか、哲学教育なんて学問を研究する人間以外にはいらん。
興味ある奴は勝手にやるし、興味ない奴は教えてもやらない。

76 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 13:19:46
有用性がないから軽視されるんでしょ

77 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 15:14:33
日本は、欧米などと比較しても犯罪が少ないのに
それを抑止する目的として、何故哲学を教えなければならないのだろうか。
犯罪の抑止に有効なのは、むしろ昔の日本的道徳観念だ。
欧米の精神文化の歴史である哲学を、小さい頃から教えなければならない意味がわからない。

78 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 15:33:16
とりあえず>1は社会思想と哲学を線引きしようとしているよな
後そこの道徳がどうのう言ってるカス
もっかのそういう動きが新自由主義と連動してる事なんざ分かってるやつは分かっているぞ

79 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 15:39:01
日本の哲学者が馬鹿だからでしょ。

80 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:09:12
>>42
いきなり原典に当たらせても
まず何を言わんとしてるかの
一端ですら理解不能でしょう。ここの人には信じられないだろうが
宗教と同じく哲学とはどういうものかだって知らない人が
中高生はほとんどなんだから
>子供にとっても大人にとっても
ニーチェはニーチェです。それは変わらないものとして不変の
価値を持つはずです。その人の傍に立ち、いつも同じ言葉を哲学者は
我々に投げかけます
ありえない…だって「神は死んだ」って言葉の解釈は
大人と子供、ニーチェの著作(例えば「この人を見よ」)を読んだことのある人ない人
で十分違うんだから。

81 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:27:09
間違えた>>45でした。
だったら哲学「教育」は要らないのでは


82 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 16:31:33
>>74
> 事実、小学校の教師をしていたことがあり、子供たちと触れ合うことで
> 自らの哲学的疑問を解消させていきました。

哲学の問題は、基本的には『論理哲学論考』ですべて解決したと考えて、
小学校教師になったんだから、「子供たちと触れ合うことで・・・・・・解消させて」
というのは違うんじゃないかな。再び哲学をやり始めるきっかけも、ブラウワー
の公演を聴いたことだって言われているけど。


83 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:32:19
しつこいですが
>>45
アメリカの実験的数学教育(小学生に集合論・Zornの補題から勉強させる
当然失敗に終わった)
の二の舞をするつもりですか?

84 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 16:33:02
公演→講演


85 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 16:35:02
小学生に哲学? 厨房か工房になってからの方がよくない?

86 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:35:05
> 事実、小学校の教師をしていたことがあり、子供たちと触れ合うことで
> 自らの哲学的疑問を解消させていきました。

ヴィトゲンシュタイン伝によると、
むしろ逆です。ラッセル氏に無理解な子供・村人は
悪魔だとこぼしていたことがあったのですから。
哲学的疑問はむしろ深まったでしょう。


87 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 16:37:19
>>86
1.「ラッセル氏に無理解な子供・村人は悪魔だ」
2.ラッセル氏に、「無理解な子供・村人は悪魔だ」

のどっち?

88 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:37:56


89 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/17(日) 16:39:20
ラッセル氏に、(ヴィトに無理解な)「子供・村人は悪魔だ」
とこぼしていた

90 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 17:18:38
1・・・「哲学」は封建的政府下に於いて発展する
今の浮ついた日本ではせいぜい既存の哲学を学ぶのが精一杯で
(それを学ぶものを哲学者だと定義するなら話は別だが)、
哲学を行う者、哲学者と呼ばれる人材が育まれる環境ではない

2・・・社会の発展(需要と供給の活性化)のために学校は教育を施すので
哲学はそれに対して活きる学問ではない

3・・・哲学を教育の場に持ち込むのならば、根本的に、個人個人の
考え方の個性を引き出すためであるべきであり、ただ単に哲学者の名前や
その人物が考えたことなどを暗記させるだけでは全くの無意味だ

4・・・己の確固たる考えを持つことを学校が助長するということは、
日本のムラ社会でもっとも大切な「和」を乱す考えを持つ人間を
創出することにも成りかねない

5・・・哲学が宗教と違う点は、同士が存在し得ないこと
単純に、人間は一人では何もできない

6・・・哲学は教育されるものではない
社会は哲学を批判し、哲学は社会を批判している
それでバランスが取れている


91 :考える名無しさん:2005/04/17(日) 19:29:31
>>80
えと、子供にとっては理解不能かもしれない(大人からすれば)
大人にとってはわかっているつもりなのかもしれない(子供からすれば)

「神は死んだ」という文字と言葉は変化しません。クレオパトラの鼻と
同じように永遠に同じです。理解はそれぞれです。
ですがそれを理解した気になるのは同じです。


>>77
>犯罪の抑止に有効なのは、むしろ昔の日本的道徳観念だ。
>欧米の精神文化の歴史である哲学を、小さい頃から教えなければならない意味がわからない。

確かに哲学は道徳的とはいいがたいですが、
逆に身を守るすべとしての、哲学は有効だと思いますよ。
不正や暴力に屈しないプライドを持つことは、
犯罪や暴力行為を無力化するのに何らかの効果はあるはずです。


いちおうこれから仕事なんで、返答はとりあえずこれだけ。
それでは。

92 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 20:01:48
自尊心の高さと自意識の過剰さはまた別問題。

93 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 21:58:28
哲学を教えたがらないのは運命というものを知ると自殺者や無気力者が大量にでて社会が成り立たなくなるからだと思う。真実を知っているのは一部の支配者層だけでいい。

94 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 22:03:28
哲学を知り、なまじ考えるようになると、扱いにくくなるから
それに加え生と死の意味とか運命とか自分の出した答えを
受け止められず鬱になる人が増えるだろうし


95 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 22:19:42
幼少の頃は、普通に読み書き算数、その後も高校レベルまでは、
素直に学問の初歩を叩き込んでおいたほうがよい。
変に屁理屈こねてサボるくせがつくと、脳が柔らかいうちに鍛えておくべき部分が凝り固まってしまう。

96 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 23:45:19
幼少の頃は、家庭教師をつけて、あとは有名音楽家のコンサートなどを自宅で開いておくとよい。
電車に乗り遅れたので自分専用の電車を用意させるなども良。
その後、戦争に出て捕虜になると良い。

97 :ローカルルール審議中:2005/04/17(日) 23:54:49
小学生のころから哲学の教育がなされたなら、
フランスのように一流の政治家が日本からも出てくるように
なる可能性がある。

98 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:00:40
>>95
お前さんが凝り固まっているように思える。

99 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:08:45
哲学を学べば自殺は減るんじゃないかな。物事の基礎もわからないで自殺するやつが多いから。

100 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:23:49
>>98
こーゆーのってネタなんですよ…(´・ω・`)

101 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:29:57
>>97
政治についてはもはやそんな問題ではないぞ

中世をひもとけば分かるが、ヨーロッパは典型的なトップダウン型、王についた者の政策、命令が絶対
そして、王は血筋によって守られる
今はこの血筋の部分が選挙になっただけ

日本は殿様は飾り、藩を維持することが目的だから、ろくでなしは殿でも座敷牢
そのため血筋も絶対ではなく、一定以上の家から優秀なやつをガンガン養子にして周辺を固めていた
ここは今で言う官僚にくりそつ
一流の政治家なんて育ちようがない

反面トップに左右されない安定型、先の戦争を見ての通り責任の所在も曖昧でOK
海外の人は驚く、だって首脳会議に首相が病欠しても日本は大して問題にならずに動くんだもの

102 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 00:57:17
無能者が増えるから

103 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 03:23:35
まあ、ぐだぐだ言ってるヒマがあるなら、黙って岩波文庫の哲学&古典を読み、
倫理を勉強し、その筋の文献を消化することだな。まあ、とくに哲学の必要ない
一流政治家も必要ない日本だから、浅田彰程度の大卒が毎年1000人くらい
でれば、OKなんじゃないの?

104 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 03:53:03
103はラテン語も読めないバカ

105 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 03:57:55
>>104
ラテン語を読むことくらいしか取り柄の無い馬鹿かな?

106 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 08:34:56
世界を読めない奴は馬鹿。


107 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 10:29:20
江戸時代までの教育は逆に哲学に偏っていた気もするが。

108 :考える名無しさん:2005/04/18(月) 11:32:43

いったいラテン語をマスターしている中学生が何人いるだろう?
(あるいは漢語でもかまわない)もう少し、妄想なしで答えてほしい。
君らの高尚な知識は、正直食傷気味です。ウイトゲンシュタインや、
江戸時代やマルクス主義や、戦争論なんて、ほとんどの人は知らないんです。
もし哲学を知らない人がこのスレを見たら、きっと笑いますよ。
哲学ってなに? こんなに意味不明(でちょっと気持ち悪い)なものなの?
おそらくほとんどのレスは哲学板住人によって書かれたものと思うけど、
雑談じゃないんだから、もう少し外部にわかる文脈で書いてくださいよ。
とりあえず日本の教育についてのレスは今後NGとします。
もうね、耳にたこなんです。なるべく話題を<哲学教育>に絞ってください。
どうぞよろしくお願いいたします。


109 :考える名無しさん:2005/04/18(月) 11:33:58

ちなみに、俺は哲学はおしゃれだとは思わなくても、かっこいいと思っています。
たとえば小泉総理がいきなり国会でプラトンの国家論を話の引き合いに
出したらそれはとても面白いことだと思うんです。
あるいは小泉が、各国首脳会談で、カントの「永遠平和のために」を
話のネタに雑談し始めたら、それだけで日本の評価は内外ともに飛躍すると
思うんです。哲学の文脈は、世界共通なんです。これは文学ではおおよそ
無理な芸当なんです。経済原理ですら太刀打ちできない領域を哲学は
保有しているんです。

国際化のための、英語教育が盛んに叫ばれていますが、話にその中身が
なければ、ただのおしゃべりの道具にしかならないんです。
哲学はその溝を埋めてくれると俺は思っています。
これは哲学教育の早期化に対して、
おそらく一番の武器になると思われるポイントでしょうね。
まあそんな感じです。
それじゃー

110 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 12:13:43
そんなの単なる哲学の記号消費だ

111 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 12:40:38
>日本で哲学教育が軽視されている理由

日本人の一般的傾向としては
人間関係の不安定性を嫌い、人間関係の流動化を望まないところがあると思う

ここで言う人間関係は、民間企業の組織内関係も、
アカデミズムの師弟関係も、似ていると思う。
だから、アカデミズムも「過去の哲学者の専門研究者」の育成には熱心だが、
哲学者の資質を持った人の支援には、ほとんど関心がないことがある

流動性・不安定性を許容する土壌のないところでは、
過剰な敏感さ、あるいは表現欲を抱えた人間の、行き場が失われることは
もっともなことのように思われる

112 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 13:19:38 ?
儲からないからでしょ
また快感を得られないから。

快感を得られる、儲かる、脳みそが快感を覚える。
これらに繋がる事は必然と多くの固体が求める。求めるから進歩する。

113 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 13:36:36
儲からないってのはある
大学がこぞって経済人材育成機関になりはじめてる今どないせいと

114 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 14:00:05 ?
確かに哲学を究めれば非常に「合理性の高い」世界になるかもしれないけど、
合理性と人の幸福ってのは必ずしも結びつかないし、
そもそも合理性って誰に対しての合理性かと言われると「本人の合理性」だからなぁ・・・
結局優先されるべきは大多数の幸福だからね。

人が殺されることは良いか悪いか?こんな事議論する意味はない。
多くの人は殺されたくないから悪いことだ、コレが正解。
案外ストイックな世の中ね
ただ哲学を学ぶ事で視野を深める良いことだと思うんだけど
取り付きにくいくせに儲からないし。金ホシイナ〜

115 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 14:21:11
経済大国は欲望大国だよ、坊や。
まぁ、欲望がないのは辛いからいいのかもしれんがな、経済を発展させるのは。

116 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 15:10:54
そもそも、「何のために教育があるのか?」という視点から千差万別なので、簡単にはまとまらないと思います。
例えば「日本国を経済大国として維持する」なら知識学力を詰め込むでしょうし、「社会に出ても、頭の中で苦しまない様な人間になる」なら、前に出てきた「奴隷の教育」が良いのでしょう。

私的には哲学を学ぶことは、頭の中で苦しむ事だと思います。その点でもし、現実社会とは良識がないものなのであれば、哲学教育は、人をその分だけ余計に苦しめると思います。
ですから、教育の目的に良識があるのであれば、例え結果の一面として自殺者や鬱病者が増えたとしても、その点で前進と言えるかもしれません。悪い常識に対して苦しむことは、それを善くするインセンティブを生じます。

ですが、同時に哲学を子供に教えるのは正確なやり方ではないと思います。なぜなら、言ってしまえば、結局の所それは、「難しいから」です。
私は、意味を理解することは大変重要だと考えます。「難しい」ものである哲学の教育によって生じる害は、益より遙かに大きいと考えます。
残酷ですが、おそらく、彼等は哲学を宗教にします。そして、どちらに転んでも、その思想は破壊されると思います。
大人ですら、思想と宗教を区別がつかない人がいます。形而上で物事を考えられない人がいます。戦争の道具として使われたニーチェやマキャヴェリと同じ危険がそこにはあります。

それより、私はむしろ、論理学だとか論証を子供に教えるべきだと思う。ソフトを社会が与えるのはどうかと思うが、ハードは社会が責任もって教えたっていいと思う。

まぁ、どっちにしろオイラも、地位も名誉も学歴もないから、何の力にも成れませんが…

117 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 15:32:13
ただ、日本の政治家はじめ有力者に哲学・思想的な素養がない
というのは、実際的にもかなり問題だと思うな。
西部邁がどこかで書いていたが、何か日本とヨーロッパの政治家が
集まったシンポジウムみたいなところに招かれて、文明論のような
ことを喋ったら、日本の政治家はみんなポカンとして一言もなかった
のに、ヨーロッパの政治家はみんな具体的な思想家の名前まで挙げて
活発な論争になった、とか。
欧米に限らず、これからは中国とでも、相手の根本的な哲学思想的
背景への理解や、こちらの思想的バックボーンが欠けていると、
本気で論争するときには不利は否めないと思う。


118 :ローカルルール審議中 :2005/04/18(月) 15:34:22
大人のほうでも、哲学には目を背けたいのだ
見てみないふりをしても、確かに、生きてはいける
そんな大人は、子供にも、哲学を必要としない生活スタイル(例えば経済大国)へと
無意識に子供を誘導していく

119 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 15:34:37
単なる受け売りで語るなよ。。。

120 :ローカルルール審議中 :2005/04/18(月) 15:42:27
>欧米に限らず、これからは中国とでも、相手の根本的な哲学思想的
背景への理解や、こちらの思想的バックボーンが欠けていると、
本気で論争するときには不利は否めないと思う

まあ確かに不利ってことはあるかもしれない
ただ、結局、まともにものを考えてない、考えようとしてない人に
戦略的パートナーとしてであってさえも、心を開こうとはしないだろう
取り引きに都合がいいから哲学の素養を振りかざしておく、という程度では
相手にもその浅はかさがわかってしまい、
人間として信用する(まじめに政治の課題に取り組んでいると見なされる)には至らない
「ボク、よく勉強してるよ!どう?」こんな奴に誰が心を開こうか

121 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 15:49:20
哲学っていっても日本人には変わってるって思われてしまうよ。
哲学は世間と摩擦を生じさせる。



122 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 15:52:58
経済大国は欲望大国というか、欲望に依存している。
哲学は物的欲望を抑制するだろうよ。
そうなると困る人がいっぱい。

123 ::2005/04/18(月) 16:06:25
日本人は物的欲望を満たすことも満足できなくなる。
今さら「現在人が忘れてしまった何かを」とかいっても
無駄だと思う。

124 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 16:20:22
ここは中学の学級会かw

125 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 19:28:46
↑(>_<) そーゆーの「あらし」っていいますっ!

126 :ローカルルール審議中。。。:2005/04/18(月) 19:37:38
哲学者でない人がこの問題で心配しているのはなぜだろう
日本を心配してか?
つまり、哲学が日本を良くするという確信はあるわけだ

127 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 19:40:46
まあ 近代的人間には 哲学は不要だからね
近代的人間を超克するには 哲学が必要だという訳だ
超克しちゃったら 人間は
波打ち際の砂のように消滅してしまうから...

128 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 19:41:58
ばーか
DQN人間学でまどろんでれ

129 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 21:08:37
哲学を義務教育とかでやると、消費が落ち込んで
経済規模が縮小するでしょう。老化した国になります。

「ワクワク動物ランド」である日本とアメリカは
消費世界一、ニでなくてはいけません。

130 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 21:10:03
うるせーよビンボ人

131 :ローカルルール審議中:2005/04/18(月) 22:34:56
社会は水、哲学は油
油は水とは交じり合うことは無いんだよ


132 :悪い習慣 ◆5qWyA8kfAU :2005/04/18(月) 23:07:59
教育なんてのは結局
否応無しにやらせる物です。
教育者の現場の立場から穿った言い方をすれば、教育ってのは、(個人にとっては)理不尽なルールに
耐えさせ、もっと(個人にとっては)理不尽な実社会に耐えさせるように
躾けるためのドリルな訳です。
だから学校特有の校則(ルール)
があるわけであって。あれは全体の管理のためだけじゃないんです。
個人にとって理由のないことであっても、つまらないことを机に座って他人に
迷惑をかけずに聴く姿勢を持てるか、ひいては勉強出来るか。
良し悪しに関係なく人間関係を構築できるか、それらの中で悩みや楽しみを見出せるか
ってことは、
哲学から見ると侃侃諤諤な議論の対象になることとはいえども、
人間の社会を生きる上ではかなり必要なことなのです。
ドリル的であって(個人にとっては)意味がなくても。
必要性を感じないことはことはやらなくていい、必要であるかどうかを
吟味してからやるべきだ
なんてのは、一国の支配者か、それに類する人たちだけが
言えることです。
そんな状況で
学校が教えられるのはドリル的行動を省みる「哲学」ではなく
「倫理」だけです。悲しいながら。

133 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 00:06:38
哲学は所詮は工学の応用のそのまた応用なのだ
だから工学さえ学べばよいのだよ

134 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 00:17:00
工学は宗教学の応用にすぎない


135 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 00:18:34
それはどうかな?

136 :ローカルルール審議中:2005/04/19(火) 21:36:02
>>131
日本社会が油、哲学は水だよ

137 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 00:18:40
工学さえ学べばよい=信仰=宗教

138 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 00:23:59
フランスの話は出てくるけど他の先進国ではどういう哲学教育をしているのかな?

139 :もとく ◆TpifAK1n8E :2005/04/20(水) 00:53:51
基準点がモラルだっていうのが確立してるからだろ。昔から日本人は「痛がり」なのさ

140 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 01:28:45
>>138  >フランスの話は出てくるけど他の先進国ではどういう哲学教育をしているのかな?


《『デリダ 脱構築 』高橋哲也著   p33-36  【再掲】>>24-26 》
>こうした運動は海外でも関心を呼び、ヨーロッパ各国、南北アメリカ、
>アフリカなどにGREPHに呼応する動きが生まれ、一例をあげれば、デリダは七八年一二月、
>仏語および英語圏アフリカ哲学者連合国際コロキウムに招かれ、「哲学教育の危機」と題する
>講演をしている。(残念ながら日本では呼応する動きはなかった)


または、以下のものを検索してみました。
他国の教育状況も確認できます。


〜 国語科系教科のカリキュラムの改善に関する研究アメリカ合衆国におけるカリキュラム 〜
http://www.nier.go.jp/arimoto/Recent/Curriculum/html/21MoritaSP.htm

>アメリカでは、通常、カリキュラムの開発は、州、学区等によって行われ、
>全国的な画一的なカリキュラムは作成されないが、教育が危機的な状態に
>陥ったと判断される場合には、連邦政府や全国規模の学会等による
>カリキュラム作成が行われてきたという歴史がある。


141 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 01:47:19

まあこんなのもありますけど

アメリカの事例から学ぶ学校再生の決めて―ゼロトレランスが学校を建て直した 加藤 十八 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4761907088/250-3205616-1286667

レヴュー (アマゾンドットコムより)
>「日本の教育界は、アメリカが過去失敗した教育理念の後を追い、アメリカが教育を
>建て直した現実を知ろうとしない」一九九七年二月、クリントン大統領は「規制を強化し、
>ゼロトレランス方式の確立」を全国民に呼びかけた。この"呼びかけ"もあって、現在では、
>アメリカの学校はほぼ完全に規律を回復したのである。現在の日本の学校再生のためには、
>どうしてもこのゼロトレランス方式を知らずしては、学校を建て直すことはできないと思う。
>これらのアメリカの指導事例を背景にして、しかも現場の教師の側からの視点に立って、
>日本教育の改革の一つの提言を述べたのが本書である。


カスタマーレビュー
>今日までの教育理論及び教育改革論は、すべて現実的な人間のあり方から出発しない、
>あるべきと空想する理想から全てを編み出す空想的人間を前提とした空想的改革論議
>でしかなかった。どれほどそれによって教育現場が破壊され、秩序を失い、人の社会
>として尤も危険な無秩序な、平和からほど遠い空間を形成してしまったことか。


142 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 01:50:26
>>80 悪い習慣さん
>いきなり原典に当たらせても
>まず何を言わんとしてるかの
>一端ですら理解不能でしょう。
あの、そのために哲学の教師が必要になるんじゃないんですか?


  ここここは、こういう意味だ。ここは実は別の……という哲学書の
  あの部分を意識しているんだ。もし君が興味があったら、購入してそこも読んでおきなさい。
  そこまではテストには出ないけど、面白いんだよ。

  今日、ニュースで○×国の首相が聖書の「・・・」という文章を
  引用していたのを覚えているだろうか?
  それを言ったのはこれは今から習う、〜という思想家なのである。
  いまその文章の書かれた英字新聞をここに持ってきた。
  それを、読み上げるから、意味がわからなくても雰囲気を知っておきなさい。

  キリスト教には、「隣人を愛するように」という教えがあるけれども
  君たちは、隣の席の人に親切にしてあげていますか……


こういう雰囲気の授業は、いきなり(押し付ける性質のもの)なんでしょうか?
たとえば、中学で、古典の授業なんてありましたけど、なぜ哲学だとそれが駄目なんでしょうね?
俺はどんな形でもいいから、哲学の授業はしてみないと実際にわからないと思うんです。
(当たり前ですが)


143 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 01:52:24

レスが伸びるのは大変ありがたいんですが、少しだけ言わせてください。
いつの間にか日本の教育論になっているような気がします。
あと社会における哲学の一般論チックになっている。

ここのスレのテーマは、いちおう哲学教育なんです。
あと哲学板てあんまり頭の良い人いないんですかね。
はっきり言います。皆さん文章が下手なんです。
おそらく大学教育で、しっかり論文の書き方を多少習ってきた方も
いるんだと思いますが、もう少し物事を整理して書いてください。
何に対していっているのか?
まず、思い込みではなく、事実を引用してください。
そして文章を書く前に、自分で幾つかの事実を調べるとかしたほうが良いです。
それから、文章の読み直しもお願いします。
ここを見ていると本当に哲学教育が必要な方ばかりなんです。

いいですか?
言いたいことはわかるだけじゃ、駄目なんです。
効果的に訴えなきゃ駄目なんです。


144 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 01:53:49
(つづき)

あなた方は、人生でいったいどれくらいの文章を書いたのでしょう?
高校生で、あなたがたはいくつの作文を書き上げましたか?
文章なんて、たくさん書き上げないと上達なんてしないんです。
ここを見ていると、俺は皆さんを作文教室に通わせたくなります。

それからみなさんが会社組織とか、経済とか、マルクス、右翼とか、
自由主義とか、そういう文脈が配置された思想などを述べるのは
全然、構わないんですが、とりあえず文章の質に対しても注意を払ってくださいな。
あまりにレベルが低いんです。

言っておきますが、日本の教育が駄目だと嘆いている人の文章能力が
それほどのものでなかったら、そんなの当人のねたみや、鬱憤にしか聞こえないんです。

145 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:05:08
ずいぶん高飛車に書いているけれど、>>1での問題提起からして「まず、思い込みではなく、
事実を引用してください」という批判が当たる最たるものなんじゃないかな。
>政治や教育についての討論が軽視されているのは、
>哲学教育がなかったせいではないとどうして言い切れるでしょう?
>窃盗や暴力などの犯罪が近年多発するのは、
>哲学が、所有という概念について教えなかったせいではないと
>どうして言い切れるでしょう?
これはつまり、俺のこの問題提起ってどーよ?レベルのことでしょ?「哲学教育がなかっ
たせいで、政治や教育についての討論が軽視されたり、窃盗や暴力などの犯罪が多発したりしている」
ことの事実は引用されてないのだから。しかもあまり説得力のある仮説とも思えないし。
自分の主張は実証・説得力抜きの仮説で構わないが、お前らは実証・説得力共に備えたもの以外
書くな、と言われてるみたいで不快ですね。

146 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:06:13
>>116

少々苦言を言わせてください。
あなたのその意見が宗教板にいってまともに話が通じるか聞いてみたらどうでしょう?

>彼等は哲学を宗教にします。

確認します。 これはオウム的な(カルト)宗教なのでしょうか? 
それとも西洋的な宗教でしょうか?
その上で確認しますが、哲学を宗教にするってどう意味なんでしょう。
俺はあなたのこの文脈に、多少のレッテルのようなものを確認しますけど、
それは意識してでしょうか? オウムによって、肩身の狭い思いをしている
普通に活動していらっしゃる他宗教の信者や教徒にたいする配慮はなかったのでしょうか?

>戦争の道具として使われたニーチェやマキャヴェリと同じ危険がそこにはあります。

そうなんですか? そういう趣旨の発言は初耳なんです。
ここを、もう少しよく聞きたいんです。


俺は、こういう思想的な文脈に対するあなたの文章のような無防備さは
一つに日本の哲学教育の欠陥だと端的に考えています。
それは、表面化しませんが明らかに差別の温床となると考えています。
おそらくあなたは無防備に書き上げたのだと思いますが、無防備だから怖いんです。
こういう風潮はいわゆる本音主義みたいなものだと思うんですが、
そのまえに思想をいろいろと知るべきだと思うんです。
こういうレスに俺は哲学教育の不完全性を認識します。



147 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:08:10
>言っておきますが、日本の教育が駄目だと嘆いている人の文章能力が
>それほどのものでなかったら、そんなの当人のねたみや、鬱憤にしか聞こえないんです。

意味がわからんw
貧乏人が現代の資本システムがダメだといってもダメだのか?
っというか鬱憤は「表に出さない怒り」という意味だよ。使い方がちがう。

148 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:11:01
>>1よ。敬語の主語に「俺は」はやめろや。

149 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:16:09
哲学を宗教にする。ってあたりまえだろ。
宗教無き時代の真善美を確保するのが哲学の役割。


150 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:19:15
フロイト、フロイト、ニーチェ、ドゥルーズ以下ポモはR指定。

151 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:20:56
>>145

そんなレスを書く暇があったら本でも読んで勉強したほうがよっぽどいいと思います。
あなたも、うだうだ言う前に、そこまで言うならやってやろうじゃないかという
意気込みがほしいんです。

まあ忠告として片隅においておきます。
一応言っておきますけど、俺は論を主張するときには事実を元にすべきといっているわけで
それは問題提起から始まります。問題提起があって、それから論証、結論という流れになるんです。
問題提起はいわばキャッチコピーのようなものです。それはスレのテンプレとしてはふさわしいんです。

申し訳ないけど、あなたの文章能力を見ていると、そういう論の構成能力が、
非常に欠けているような気がします。一目で何を言いたいのかわからないんですよ。

ちなみに事実は、論証を有意味なものします。
あなたの忠告は承りますが、あなたの
>自分の主張は実証・説得力抜きの仮説で構わないが、お前らは実証・説得力共に備えたもの以外
>書くな、と言われてるみたいで不快ですね。
は下品な妄想以外何者でもないんです。
妄想の弱点は、経験則に訴えない点なんです。
その点、事実はいつの場合でも経験則に訴えます。
俺とあなたのレスの違いがわかりますかね?

ずばり言いますが、思いつきで書き込むのはやめましょうか。


152 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:20:59
>>1
教育カリキュラムを変えれば教育の実質が変わると思ってる時点でダメダメ。新しい教科書を
作る会や教育基本法改正論者、哲学板自治厨と一緒。独仏人には我々が織田信長や坂本龍馬を
見るのと同じくらいの距離にデカルトやマルクスがいるわけ。そういう歴史を軽視しすぎている。


153 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:23:42
>>151
ねえ、君「考える名無しさん1」なんじゃないの?はやくモナドスレ立ててよ。
逃げる気かい?

154 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:24:48
>>144
>鬱憤は「表に出さない怒り」という意味だよ。使い方がちがう。
あの、文脈を整理できていますか?
俺の文脈における「鬱憤」が内包しているのは「己の文章能力に対して」です。
日本の教育状況に対してではありません。
鬱憤を晴らすって言いますよね。
こういうのは読解能力の問題なんです。

155 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:26:46
>>98
おやおや?

156 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:26:49
>>153
俺はあなたに言いましたよね?
忙しいのだと。
俺にとっては、このスレが今重要なんです。
もう少し待ってください。

157 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:28:27
日本で西欧哲学教育を実施するのは不可能。右も左も反対する。
西欧哲学のベースはキリスト教だし、「聖/俗」「主体/客体」
「絶対/相対」という概念も日本の概念とはまったく違う。
そもそも日本人にとって西欧哲学なんて拝んでありがたがって
子供にまで教えるもんじゃない。同じようなことはアジアの哲学者
も日本の思想家(宗教者)も言ってる。
哲学教育の最終局面ではどうせ「第3の道」のギデンズや「正義論」
のロールズや「コモンズ」のレッシグで終わるんだろ。
これじゃあ伝統的価値観を守りたい右も、社会的平等を実現したい
左も反対するに決まってる。俺も子供に哲学教えるのは反対。意味ワカンネ。

158 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:30:17
>>148
どうして、俺という主語に敬語が駄目なんですかね?
ちなみにこういうずれからコミュニケーションというものが始まっていくんです。
このずれは、当然ワザとなんです。
スタイルとして受け入れてくれるとありがたいですね。


159 :10代:2005/04/20(水) 02:38:26
そんなもん知恵をつけさせたら、ゴミを奴隷化できないからに決まってるだろ?あとは戦後復興するためには哲学では食えなかったから。要するに余裕ができて暇にならないと人間って哲学やらないんだよね。

160 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:41:01
>>149
ははは、それじゃ真善美を信念対象にしていて宗教の神の変わらないんです。
ちなみに、そういうのをイデアというんですが、それは神秘主義やオカルティズムを
安易に誘発するに過ぎないんです。

161 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:41:11
>>159
忙しくて毎日追われるヤツラでも「なぜこんな毎日に絶える必要あるんだろう・・」
と思うことはあるよ。過労自殺もそんな感じだろ。

162 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:44:42
>>156
いつまで待つんだ?君の都合だけで保留されたんじゃたまらんな。あと三日以内に立てなかっ
たら約束は白紙だ。自治議論に戻るよ。君に哲学の知識がないのが解って、あえて追い詰めずに
おいてやったのに。君が真摯に学問系の書きこみをする努力をするならそれでもいいと思ってた
んだよ。それにこのスレが立ったのは約束の後じゃないか。忙しいだって?かなり幻滅したよ。

最後のお情けで3日やる。それ以外の道なし。


163 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 02:47:23
>>160
バタイユの「非-知の知」を「神の捏造」と誤読したサルトルと同じだね。
あなたフランクフルト学派にかぶれてるんですか?なんでもかんでも「ものがたり」
とか「価値のおしつけ」とか言ってるけど、神秘(超越性)を否定しながら内在に
充実した非流動的な個人などありえないんです。それをありえると主張すること自体
が「ものがたり」であり「価値のおしつけ」です。そのありえなさは説明の余地もないでしょう。

164 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:48:08
>>152
もう少し整理して書き込みしてください。
言っている意味がわからないんです。
一行目二行目三行目と、論旨がつながらないんです。


165 :もとく ◆TpifAK1n8E :2005/04/20(水) 02:53:20
>>143俺は高校すらいってないし文章が下手だが、あんたはコミュニケーションが下手だな。高飛車モード(レベルがあーだこーだとか)になって文才を責めるなんてびっくりするよ。
しかも批判だけなら誰でもできるんだよ。高飛車になる位賢い人ならここをあーした方がいい。とか言うんじゃない?

166 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 02:54:31
>>153
もう一言付け加えておくけど、俺は君にお願いされて、
それを受け入れてレスを立てるという風に解釈している。
(違ったかな?)あのスレでの書き込みは当然約束だからしないが、
その俺に俺に批判で返すというのは、いったいどういうことなのだろうか?
言っておくけど、俺はきみの態度を改めない限り、
スレを立てるという強い動機がないのはわかるか?

>>162
仕事があれば、書き込みには制限されるよね。
破棄するのは君の自由だから、勝手にすればいい。
まあ破棄を持ちかけるんだから、すでに破棄とみなしていいかな?
ちなみにいつ立てるかまでは約束していないよな?
当然俺は約束を守りスレを立てるつもりなんだけど、正直当スレでは、
君の書き込みは俺にとっては必要ないんだ。
俺の問題領域だからね。


167 :もとく ◆TpifAK1n8E :2005/04/20(水) 02:56:43
>>165こんなんでよろしいでしょうか。>>143さん。ダメなとこをご教授ください

168 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:01:04
>>165
そうですか。コミュニケーション能力が低いなんですね。
忠告承ります。俺が高飛車になったのには意味があるんです。
事実を認識すべきだということです。実際、多くのレスの
文章能力が低さが目立ちましたよね?

これを俺は、哲学教育がないことの欠陥だと俺は主張したいんです。
さっきまでの俺のレスはいちおうそういう構成なんです。

>高飛車になる位賢い人ならここをあーした方がいい。とか言うんじゃない?
だから俺は、そうしているんです。こうしたほうがいいんではないかと。
ちなみに説明方法はいろいろあるんです。
でも一番いいのは、実践なんですけどね。


169 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:04:03
>>167
じゃあ答えるんです。もう少し改行を打ったほうが良いんです。
じゃないと読みにくいんです。それ以外は特に問題ないんです。
ちなみにあなたの文章能力は悪くないんです。

170 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:05:49
>>166
解った。約束は破棄ね。どっちにしろ君はライプニッツに関しても詳しくなさそう
だからどっちでもいいけどね。

>君の書き込みは俺にとっては必要ないんだ。
>俺の問題領域だからね。

あとこれだが、スレはスレ立て者のもんじゃないから俺はこのスレに書きたいこと
を書きたいときに書くよ。君以外の書きこみは面白いと思っているからね。

171 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:06:00
オカルティズムや神秘主義はダメなんです。と批判した人って>>1
超越を否定した内在的に充実した非流動的な「個」があるかどうか、
考えを教えてくださいな。

172 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:06:13
グルの影響受けまくりな文体だな

173 :もとく ◆TpifAK1n8E :2005/04/20(水) 03:07:34
>>168ほほぉ〜。勉強になるなぁ。では本来あるべき「哲学教育」をご教授ください

174 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:09:31
超越/内在・流動/多様(非流動)は哲学、神学、社会学の基本的な概念です。

175 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:10:46
>じゃあ答えるんです。
>じゃあ答えるんです。
>じゃあ答えるんです。


176 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:14:18
現代思想は子供に教えるべきじゃないな。
ひたすら意味や価値を相対化する社会のなかの子供たちに
ひたすら意味や価値を相対化する学問なんか教えたら、鈍い
子でもサカキバラになっちゃうよ。

177 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:15:49
>>163
非常に面白い書き込みです。

>あなたフランクフルト学派にかぶれてるんですか?
>なんでもかんでも「ものがたり」とか「価値のおしつけ」とか言ってるけど、
>神秘(超越性)を否定しながら内在に
>充実した非流動的な個人などありえないんです。

哲学的な批判としては敬服する限りなんです。
俺の文章にあなたのようなレスが持つ批判的要素がないのは認めます。
ちなみにサルトルは、バタイユをどのように誤読したのでしょうか?
もし手が空いていたら、書き込んでいただけるとありがたいです。

>超越/内在・流動/多様(非流動)は哲学、神学、社会学の基本的な概念です。
についても教えていただけると助かります。
俺は哲学的知識に強い人には端的に弱いんです。
(初心者なんで)

178 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:17:48
>177

な ん だ こ い つ (・∀.)

179 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:18:39
>>172
つまり君は約束を破棄したんだね。

死んでもらうけどいいか?
死んでもらうけどの解釈は、
2ちゃんねるに来るなという意味で使ったんだけどね。


180 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:20:33
>>179 訂正>>170のレスです。

>>172
どうしてもそういう風になってしまうんですよ。
なんでだろ?

181 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:23:13
いちおうレスが途中だったんで。

>>75
>そうか? 授業が難解すぎて父母からクレームがついたうえに、小学生を殴り倒してるぞ。
>それに小学校教師してたのは言語ゲーム以前だし。
それは知りませんでした。で確認。どうやらウィトゲンシュタインを
哲学と教師の二項関係の像になぞらえるにはいくらか問題があるようですね。

>危険だろ。
>悲観的で無気力な子供を量産すると思われる。
>数学なんて完全否定されちゃってやる気が失せるし。
そうか言語ゲームってそういう代物だったんですね。

>小学生の段階で本質や意味を葬り去る哲学まで教えるのは危険だと思う。
(じゃあ小学生にはどんな哲学がいいんでしょうか?)に
>古代ギリシア程度で止めておくべき。
という意見は、俺は面白いと思います。

>というか、哲学教育なんて学問を研究する人間以外にはいらん。
えと、政治家や外交官には、ぜひとも、それは必要だと思いますよ。

>興味ある奴は勝手にやるし、興味ない奴は教えてもやらない。
俺は、哲学に触れたのは2ちゃんねるなんです。
それまでは、そうだね大学の一般教養で少し齧ったくらいなんですよね。
プリントを渡されて、それを読みながらの授業でした。
なぜ高校のときに知ることができなかったのか?
と思うときがあります。ま、後悔してもしょうがないのですけどね。
かなり不真面目だったんで。


182 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:23:55
うちの高校の「倫理」の先生はけっこう情熱的にカントやデカルトについて語ってたよ。でも
悲しいかなほとんどの人が聞く耳もたなかった。先生も空気を全く読まずに授業を続けるのも
キツイから結局は「しゃべり場」レベルの話をするんだが、そうするとまた悲しいかな、2,3人
は釣れ、そのほうが授業の体裁としては整った感じになると。そういう現状なんだな。知り合い
の国家公務員一種の人はカント思想の概略も知らなかったし(いまや教養としての株価も哲学は
マーラーやモネについての知識以下なわけだ)。
こんな社会的バックボーンで哲学教育をしてもろくなものにならないのは目に見えてる。
一体誰が教えるの?ってことだ。

>>179
アホか。お前は放置だ。

183 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:23:58
>>177
1と2の書き込みから、あなたはおそらく啓蒙主義的な考えの人だろうと
思います。子供たちにはできるだけ生きる意味や価値を持ってほしいん
だろうと思います。そのための概念、近代的自我を子供たちに持ってもらおうと。
社会・共同体全体で同じものを真と思い、同じものに美を感じ、同じことを善
と信じて生きていたら(前近代)、犯罪もないし、生きる意味も価値も持つことが出来ます。
近代とはそれらを犠牲に「自由」を選択した時代。個人が個人だけの真善美を選ぶ時代。
そんなことが現実的に可能か?
2つの点で不可能であることが立証できます。

184 :172:2005/04/20(水) 03:28:41
ロムってたらイキナリ「死んでもらうけどいいか?」なんて言われてちょっと
ビックリしたw

はじめてきたけどなかなか面白いスレッドだね。お休み

185 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:30:10
>>173
そんな風に、言われても困りますね。
俺はそれを深めるためにこのスレを立てています。
ある程度の実践もつき物なんです。

俺があなたに改行を打ったほうがいいかも指摘したとき、
あなたは多少不快感を持ったと思うんです。
だから俺は、ミスを指摘するというのはあまりよい方法だとは思わないんです。
ではなくて、配慮の意識を持つように、いかに能動的な気持ちにさせるか?
そういったことを一応考えています。
俺の煽り文は、2ちゃんねるだからできる性質のものです。
煽ればレスも増加するし、それなりに面白いんですよ。

まだ200スレにも満たないんで、今のままではこのスレの意義も充分ではないと
思いますが、とりあえず口足らずなところはご容赦ください。

みんな(たとえばあなたに)このスレが面白いと思ってくれたら俺としたら幸いなんです。


186 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:35:31
1.価値や意味を持つにはある種の権威が必要。宗教やイデオロギーの
  変わりに「体験」をあげる人がいるが、その体験を肯定するには権威
  を必要とするというトートロジー。その権威の変わりに神秘やエクスタシー
  をあげる人がいるが、それ自体が宗教性を帯びるというトートロジー。

2.流動的な社会から流動的としかされることのない自分に、(流動的でしかありえない
  のに)非流動的であれというダブルバインドでしかないメッセージがつねに投げられる
  ると、「そもそも、なぜ近代的自我ではなければならないのか」という疑問を呈してし
  まう矛盾が生まれる。

187 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 03:39:55
公教育でダブルバインド的なものをどこまで教えるべきか、というのも議論すべきじゃないか。
たとえばメディアリテラシー教育は具体的な材料をもって主体的・懐疑的に考える訓練になる。
しかし行き過ぎると悪しき相対主義や懐疑のための懐疑を植え付けるだけのことになる。


188 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:44:16
>>183
>1と2の書き込みから、あなたはおそらく啓蒙主義的な考えの人だろうと
>思います。子供たちにはできるだけ生きる意味や価値を持ってほしいん
>だろうと思います。

あなたの指摘は、ほぼそのとおりなんです。
俺はああいう形で社会に訴える書き込みをしたのはあれが初めてなんです。
そしてその意味や価値について、どういう風に教えていくことになるだろうか?
つまりどうすればそれが可能かを、考えていきたいんです。
一応そういう自己主張的なニュアンスで立てました。

>そのための概念、近代的自我を子供たちに持ってもらおうと。
でも、実はそこまでの強い要求はあんまりないです。
でもあったらよいだろうとは思いますけどね。

>社会・共同体全体で同じものを真と思い、同じものに美を感じ、同じことを善
>と信じて生きていたら(前近代)、犯罪もないし、生きる意味も価値も持つことが出来ます。
俺に対する批判が代入されているんだと思いますが、じゃあ同じものを真と思っている人同士は
論争しないかというと、するんです。喧嘩もします。犯罪も起こります。
犯罪も、生きる意味に価値を持つことも、それはつまり幸福の追求であって
哲学的意味を模索し続けることとは、また趣旨が違うと思うんです。
違いますか?


189 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 03:56:33
>>187
>しかし行き過ぎると悪しき相対主義や懐疑のための懐疑を植え付けるだけのことになる。

いちおうそういうものに対するものとしては、すでに日本では東洋思想的な寛容の原則が
あると思うんです。そういう行き過ぎを、行き過ぎとして防止する装置が日本にはある。
欧米には、あまりないと思われるものです。

ちなみに日本の哲学状況はそんなに悪くないと思うんです。
他の国と比べても発展していると思います。
それは、そういう思想の土壌があったから、巧みに翻訳などをして異国の思想を受け入れてきた。
こういうのは他の国々と比べても珍しいと思うんです。外国の方々が日本に来て驚いたのが
本が豊富にあることといわれたりもします。
このスレで哲学教育は、日本にはあわないと言われていますが
現況から認識すれば日本人が哲学を学ぶことは性質の面でも
あっていると言ったほうがむしろ妥当のような気がしますね。

それから子供に思想を教えることの是非は、つまり土着的な家族信仰と
それと対比させた世界の思想の文脈に対してバランスを受け入れるためには
必要だろうと俺は思います。


190 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:00:19
>犯罪も、生きる意味に価値を持つことも、それはつまり幸福の追求であって
>哲学的意味を模索し続けることとは、また趣旨が違うと思うんです。

もう一歩踏み込むと、幸福の追求は内在的であり、哲学的意味の模索は超越的ですね。
近代は相対的で、一人一人ことなる幸福の自由な追求(内在的)を認めました。
一方、超越性はその名のとおり全体的、絶対的です。それゆえフランクフルト学派は超越(哲学・
宗教)に固執する者は近代社会への適応拒否であり、その態度がファシズムを生んだ。と論理
づけます。フランクフルト学派とは多くがホロコーストから亡命で生き残ったユダヤ人です。
要約すると、近代は個人に超越性の「虚勢」(哲学・宗教的真善美の放棄)と
内在性による近代的自我の育成(個人によって違う相対的な幸福の追求)を目指しています。
このことによる矛盾は上記の2つの立証通りです。
個人はこれまで超越の安定(宗教性)させ、それゆえに内在の非流動性によって成り立っていました。
近代は超越のみを否定し、内在の非流動性のみを守ろうとしました(「個人の幸福の追求こそが善」
という超越のみは残す)。
しかし、近代とは全体を崩壊させることで超越を否定し内在を流動化するものです。
単に、構造的矛盾です。


191 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 04:01:22
>>189 補足(限りなく訂正に近い)

>それから子供に思想を教えることの是非は →それから子供に思想を教えることの是非については

>必要だろうと俺は思います。 → 必要だろうと言う主張を俺は持っています。


192 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:12:27
1は明治大正時代の教養主義を復活させたいと言ってるわけですね。
なにもしらないヤツラの相対主義ではなく、いろいろなものをわかってるヤツラ
の相対主義へ・・・。
なぜ、明治大正では可能で平成では不可能なのか?
それは近代主義の問題ですね。誤解を承知ではっきりと言えば天皇の不在です。
一つ質問しましょう。>>1はなぜ何も知らないヤツラのやりたい放題相対主義が嫌なんですか?

193 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:14:28
>>189
>土着的な家族信仰
というよりズルズルベッタリの世間主義というべきか。「世間様に申し訳が・・・」がまず
あってその建前として論理や正義があるという状況へのカウンターバランスとしては必要
でしょう。こういう意識は明治の人達のほうがあった気がするな。と言いつつ、
>日本では東洋思想的な寛容の原則があると思うんです。そういう行き過ぎを、行き過ぎ
>として防止する装置が日本にはある。欧米には、あまりないと思われるものです。
>ちなみに日本の哲学状況はそんなに悪くないと思うんです。
こっちのほうにはあまり賛成できない。いみじくも日本には本が豊富と書かれたでしょ。
本は確かに豊富なんです。だが欧米においてはそういう防止する装置(別の言い方をすれば
玉虫色的妥協)なく思想のために殺し合いまでするラジカルさがあったからこそ、筋金入り
の哲学が出来たのだとも言える。血で書かれた本がある。
ヘーゲルの「歴史は理性の自己展開」というのはいってみりゃ、殺し合いの歴史なくして
自由は生成しないということでしょ。このへんは日本人にはピンと来ないが、欧米人には
ものすごくリアリティのあることだと思う。

194 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:21:48
歴史やアイデンティティや権力ならわかるが、「思想」
のために殺し合いすることは病気。一神教という名の
病気。

195 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 04:22:45
>>190
特に反論はありませんでした。
面白いです。

>>192
>1は明治大正時代の教養主義を復活させたいと言ってるわけですね。
簡単に言うとそうだと思いますね。
大同小異です。(小異を捨てず、小異を残して、大同を取る)

>>1はなぜ何も知らないヤツラのやりたい放題相対主義が嫌なんですか?
別に嫌じゃないですよ。でも不快ですね。
そのレス自体が文言の性質として、呼び捨て、命令的、独断的なんです。

>なぜ、明治大正では可能で平成では不可能なのか?
>それは近代主義の問題ですね。誤解を承知ではっきりと言えば天皇の不在です。

誤解を正すなら象徴的存在(神)の不在だと思われます。


196 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:24:22
>>192
西洋文明の入り始めに、天皇の求心力が人為的に強められたような感じだな。
明治以前も、天皇は権力の正当性を担保するためだけの装置だったような気がする。

197 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:28:49
>>195
>別に嫌じゃないですよ。

嫌じゃないなら、このまま動物的で虚しい社会でもいいじゃないですか。
なぜ明治大正時代の教養主義を望むんですか?

198 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 04:34:24
>>193
>こっちのほうにはあまり賛成できない。いみじくも日本には本が豊富と書かれたでしょ。
>本は確かに豊富なんです。

あn、どうでもいいんですが、
事実を肯定しておいて賛成できないってどういう意味なんですか?
そういうのはフェアじゃないですよ。

>ヘーゲルの「歴史は理性の自己展開」というのはいってみりゃ、殺し合いの歴史なくして
>自由は生成しないということでしょ。このへんは日本人にはピンと来ないが、欧米人には
>ものすごくリアリティのあることだと思う。

簡単な否定ですが、リアリティは当事者にかかる文脈なんで、
歴史に回収できるものではないと思います。そういった文脈を肯定してはいけないんです。
東洋の寛容の原則は、不条理の肯定ではなく、あくまで受容なんです。
その生起からパトス(受難)的な文脈を持つものなんです。


199 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:38:52
>>198
オマエ読解力なくない?w
「本は確かにほうだがしかし〜なので賛成できない」という文だろ?

200 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:39:11
>>192
明治大正の近代国家原理を貫くのなら天皇は敗戦時に退位すべきだった。それが近代国家
の論理からすれば正論だったんです。しかしまあいろいろあって、明治大正は日本史の
というより天皇制の例外時期とすることにしてしまったわけです。これは外圧とか、国際
情勢を鑑みてとか言う前に日本人が意思を持ってやったことだと思います。三島のよう
にそれを英霊に対して恥ずべきことと取る人も少なからずいた。

>>197
明治はともかく、大正時代の教養主義というのは逆に今の状況に近い。学問のヒエラル
キーによるエリート養成から、なるべく多くの大衆が学問に触れる「底上げ」に移行する
時期なんじゃないですか。


201 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 04:43:18
>>197
哲学板だからです。
そういう人が多いと思ったからです。
事実、ここでこういう類の話題に興味を持つ多くの書き込みを頂きました。
それで俺は安心して眠ることができる。

実際俺は、このスレがうまくいったらいいなという妄想を抱いていますよ。
でも、教育だから今俺には関係ない出来事なんです。

だから、俺ができることはその呼びかけまでです。
実際に教育機関に所属する人の気持ちに作用させる何らかの触発が起これば
充分意義深いことだと思っています。そんな人でも2ちゃんねる位は
見てくれていると信じたいんです。

ちなみに俺は明治は幸福の追求の時代だととらえています。
江戸時代がミラクルピースと言われていたみたいですが、そんなの嘘ですよ。
じゃあどうして仏教が日本で受け入れられたのでしょう?
江戸時代は不幸だったからですよ。ちなみにここでいう俺の不幸とは、
生活の困窮レベルに対してです。







202 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 04:50:38
>>199

そうか
>>193
>ちなみに日本の哲学状況はそんなに悪くないと思うんです。
に対して賛成ではないということだったんですね。

つまり日本での哲学状況は悪いということでしょうか?
あまりよくないと。そういう風には見えない文だったので
誤解してしまいました。


203 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 04:55:52
>>198
日本にはインクで印刷された哲学書は豊富だが、血で書かれた哲学書は少ないということです。
逆に血で書かれた詩、ドラマは腐るほどあるが。なので、文物としての「哲学」研究は盛ん
でも、それが即日本には豊富な哲学的土壌があることにはならないということ。

>リアリティは当事者にかかる文脈なんで、歴史に回収できるものではないと思います。
>そういった文脈を肯定してはいけないんです。
その意見にはすでにバイアスがかかっています。歴史に回収できぬものも歴史のうちなんです、
コアな西洋哲学(特に大陸系)においては。もっと西洋哲学を勉強すれば嫌と言うほど
わかります。

204 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 05:07:57
>>200
>日本人が意思を持ってやったことだと思います。三島のよう
>にそれを英霊に対して恥ずべきことと取る人も少なからずいた。

俺もそういう意見は認めますが、俺が訝るのは、そういう意見は
国際化の文脈では、あまり相手にされないことなんです。
侵略戦争を正当化したといわれたらそれでおしまいなんです。

俺が日本が国際状況に打ち勝つためには、(優位に立つには)
そういう論争に勝つしかないと思っています。そのための実際的な
力を持つ哲学の必要性なんです。別にコミュニケーションとかではなく
外交力なんです。もちろん、その恩恵にあずかる人は
ほんのわずかだとは思いますけどね。

そろそろ哲学の解釈者ではなく、哲学の行為者としての可能性を
俺は日本の哲学教育に抱いています。

もしあなたのそのヘーゲルの論法を諸外国の人たちが言ってきたら
マッチョなファシズム思想だと言い返してやればいいんです。
相手は黙ります。今の日本はそういう意味では黙らされている
状態なんです。


205 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 05:26:32
>>204
ちゃんと読んでくれてるのかなあ。
近代国民国家君主としての天皇という位置付けをあっさり捨てて明治大正を天皇制の例外時期
とする理論操作(後付け理論)を施すことを当時の日本人は意図的にやったと書いてるんだよ。
侵略戦争肯定がどうのこうのという話ではぜんぜんない。

>もしあなたのそのヘーゲルの論法を諸外国の人たちが言ってきたら
>マッチョなファシズム思想だと言い返してやればいいんです。
あなたがヘーゲル的(というより西洋近代国家の原理)に対してNoという立場なのは
わかりましたが、なぜマッチョなファシズム思想だと西洋に言い返すんですか?
西洋近代国家思想全てがマッチョなファシズム思想だという考えなんですか?
それともヘーゲル思想がファシズムのイデオロギーの源流になっているとでも?
ファシズムの定義が非常に曖昧ですね。


206 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 05:34:19
>>203
>日本にはインクで印刷された哲学書は豊富だが、血で書かれた哲学書は少ないということです。

一応俺の寛容の原則があるという主張は、そういう当の主張に対して
批判的なものだったんです。
そして、どちらかというと、全体主義(ウニベリズム)なものです。
実は、俺たちは同士なのだからという、友情的な結託があって可能なものです(同性的)。
ただこういう論理にかけているのは、他者の論理(異性的な)なんです。
他人の発言が誰彼には、受け入れられないものとして確かに存在するという事実です。
簡単に言うと、俺とあなたは違うでしょ? というものです。

でもこういう異性、同性的な他者の論理は、本来が相補的なものなんです。
それが哲学の形而上学の視線なのだと俺は考えています。
ちなみに哲学板にもギリシャ哲学を愛好する人は、結構多くいると思います。
>逆に血で書かれた詩、ドラマは腐るほどあるが。
ギリシャ時代にも、逆に血で書かれた詩、ドラマは腐るほどありますよね。
まあ、詳しくは知りませんが、そういう意味でも日本の哲学状況が本来的に
優位と捉えてもよいのではないでしょうか?(妄想チックですが、
俺の主張の仕方自体がペーソスで訴える性質とご理解ください。)

>コアな西洋哲学(特に大陸系)においては。もっと西洋哲学を勉強すれば嫌と言うほど
>わかります。

まったくそうですね。
とりあえず俺の書き込みはこれで終わります。


207 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 05:38:47
>>206 はちょっと雑なレスですかね。
いちおう>>205の批判も少し含んでいるとご理解ください。
>>205のレスはいちおう議論の接ぎ穂として残しておきます。
それじゃ。

208 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 05:45:01
いちおうレスを読み返してそれから内容を整理するつもりですんで。
なんで読み忘れについてはいくつか訂正、
それから問題のまとめなんかも行いたいと思っています。
だから俺に寄せられた忠告なんかもちゃんと読み返すんです。
そういうことなんでよろしくお願いします。

209 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 05:51:50
>>206
>そして、どちらかというと、全体主義(ウニベリズム)なものです。
ああこれはデマです。見なかったことにしてください。>ウニベリズム
たぶん意味がわかってなくてつかってしまった用語です。
消すのを忘れてしまいました。

210 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:23:32
<哲学を教えるのはいいとしても、誰が哲学を教えるのか?>


この問題に着目する人はどうやら多いようですね。
それは正しいと思うんです。しかし、やはりそれは無意味なんです。
先生が教えるべきものです。それが学校というものなんです。

                      <小学生のための哲学>
 
小学校では、通常、国語算数理科社会体育と一人の担任がその教科を教えます。
その一環でその担任が哲学を教えればいいだけのことなんです。
通常授業で行われるような読み書き、算数の訓練ではなくて、
それらと正対した形の、ただじっとお話を聞かせるんです。
どうして1+1=2なのか?
どうして割り算はあまりがでるときと出ないときがあるのか?
なぜ地球は丸いのか?
どうして人は怒るのか?
そういったことをいろいろな文脈のなかで話しをするんです。
子供たちが興味を持てば、いろいろな質問が生まれて
議論に発展すると思います。

そして最後にそういう議論が、本当に昔行われていたことを
教えてあげるんです。そういった授業を担任は哲学の授業で
行えばいいと思うんです。

つまり誰が哲学を教えるかではなく、
本質は、どういう授業をするかなんです。

もちろん誰が教えるかというと、
その答えは教員免許を持った人に限られるんです。
当たり前だし聞くまでもないことなんです。


211 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:23:58

あと、やっぱり文章能力の指摘した後では
その後の書き込みのレベルが格段に上がりましたね。
だから、やっぱり言ってみるものなんです。
そういうふうにある程度、注意することは大事です。

しかししてはいけないことは試すことです。
もちろん試す思惑があっても構いませんが、
それを相手に悟られてはいけません。
じゃあどうしたらいいか?
なるべく具体的に話すことなんです。
そういう風にすれば、相手はその文脈を追いかけます。
批判的態度から、むしろ能動的に理解しようと接するはずなんです。
あと昨夜は脱線してしまいましたが、思想議論はよそでお願いします。
そして、なるべく哲学板の外でお願いしたいんです。


212 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:24:32

俺は、ちなみに俺は、子供に議論はさせちゃ駄目だと思います。
大学生にだってさせてはいけないと思います。なぜか?
思想にかぶれるからなんです。間違った文脈が蔓延すれば
それを回収するのに非常に多くの手間がかかります。

幼児教育に際して生徒の意見に対して、
生徒が答えるというのは間違っていると考えます。
そういうのは小学校教育ではじき早々と考えます。
小学教育の現場は、そもそもが自己承認プログラムとして存在するんです。
学校に通うことで自分が社会に参加しているんだ、
受け入れられているんだということを確認するために
子供たちは小学校に通います。もちろんこの意識は
中学、高校、大学でも必要な視点ですが(むしろこの点を
軽視してしまったがために、登校拒否などの問題が起こるわけです。
そしてこの病が進行してニート、引きこもりも生まれてしまうんです。)

そういう自己否定のプログラムは、その少年期の自己承認のための儀式からは
対立するものなんです。教師は生徒の意見をどのようなものであっても受け入れる。
むろん生徒の発言が極端なものであった場合は、質問して意味を問い直すように
してもいいのかもしれません。

とすると教師にとって必要な素養は、知識です。
それから責任を持って生徒の質問に答えるという誠実な態度です。
生徒の質問を一つ一つ書き留めて、それを次の時間までに答えを
用意してくるぐらいでないといけない気がします。


213 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:26:31
                  <中学生のための>

じゃあ次は中学生にとっての哲学はどういうものがふさわしいだろうか?
ということも考えてみるんです。

俺は、この時期の教育は、ニーチェやフロイト、マルクス、ハイデッガー、
カント、ヘーゲル、仏教思想、オリエンタリズム、神秘主義、宗教、資本主義など、
思想的な要素が強いものがいいと思うんです。
この頃になると子供は自我が発達し始め、精神的な構築に対して
強い要求を持ち始めると思います。そしてこの頃の子供同士の議論は
されてもよいでしょう。議論の面白さに触れるべきだと思うんです
ではなぜ、この時期にそういうものに
慣れさせておくべきなのか?

思想に対しての耐性を早く持つべきだとも、思うからです。
この時期に思想教育の概観をマスターしておけば、
おそらく高校生のころまでには成熟した思考が完成されうると思うんです。
高校でカントを読んでいるくらいではおそらく遅いと思います。
実践的な思考訓練としての時期に費やすべきです。
中学期では、古典に触れ合う機会を徹底的に多くすべきと俺は考えます。


214 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:28:11
                  <高校生のための哲学>

それじゃあ、高校生にとってはどういう哲学がいいかと言うと
まあ中学生の哲学と中身は基本的には同じですが
現代精神、科学的な哲学を知ることを問題の主眼とします。
この頃にポパーやベルクソンなど、
共通する科学的な批判精神を植えつけるべきなんです。
また思想に対するリアクションとして、
ポスト構造主義的な思想にもふれさせ、
人格的な批判に耐えうる、精神の基盤を構築していきます。
また授業内容を、中学生の読書中心から作文中心へと
切り替える時期と俺は考えます。
総合的な構成能力の育成を主眼に置くべきなんです。

こういった教育姿勢を徹底させると、例えば一介の主婦と
国を背負う政治家との議論が事実上可能になるわけです。
国(人)には国(人)の事情があるんだという逃げ口上が
通用しなくなるわけです。そして俺は高校生までに哲学的理念は
完成させておくべきだと考えています。

                  <大学生のための哲学>

じゃあ次は、大学での哲学教育はどういう風にすればいいのかというと、
各々の専門領域を追求する、研究者という立場が大学の1学年から
実施されるべきなんです。あるいは哲学教師になるための養成プランでしょうか?
哲学徒、哲学者、哲学教師になるための職能に対して精査をかける時期だと俺は考えます。


215 :考える名無しさん:2005/04/20(水) 14:32:36

また最初に戻りますが基礎教育である小学生の時期には、
子供の哲学の芽をつぶさないことが非常に大事だと考えます。
このときに驚きや、面白さなどに触れていれば、大人になった後でも
それを取り戻そうとするはずなんです。ちなみに俺なんかはそうです。
驚きを取り戻すために今哲学に触れています。

だからそういう意味では今までの日本の小学校教育における育理念自体は
間違っていなかったと思う。問題はその驚きが、中学に入った途端分断されて
しまったことだと思う。例えば中学に入った途端勉強に、
そういう驚きや関心が失われたと感じた人は多いのではないだろうか? 
そういうのは完全に受験教育の弊害だと俺は感じるがいかがだろう?
そういう風に物事の意味を取り戻すために、中学以降の哲学教育は是非とも
必要だと思うんです。(もちろん小学生のための哲学的教育は今以上に
充実させるべきだと思いますが)もし受験教育がなくならないとしても、
中学生、高校生の頃にちゃんとした哲学の授業があったら嫌いな授業でも
意味を持ち始め、我慢できると思うんです。

さて皆さんにも哲学教育のビジョンができてきたと思います。
皆さんの意見をお聞かせください。

あと俺が思想議論を嫌うのは、馬鹿らしいからです。
中学生か、しゃべり場の議論と同じように幼稚に見えるんですよ。
彼らの知識合戦にはついていけないし、ついていく気もないんです。
議論好きが厨房と呼ばれるのは、いみじくも中学生の喧嘩と同じだからです。
そういう議論は生活者である俺にとってはうんざりなものなんです。


216 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 16:08:44
アホクサ

217 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 16:19:43
哲学が何であり、教育が何かの問題だが、
どちらも的外ればかりw
そういう状態で哲学教育を語ろうとすると
どうなるかがここでは展開されている  ^^;

         (ノ_ _)ノ 

218 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 17:41:26
それはまた大きく出たな

219 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 18:06:32
小さく出たつもりかw

220 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 18:09:20
たとえば、昔の旧制高校とかでは、哲学教育は充実していたのでしょうか。
「デカンショ」が流行したとか聞きますが。
西田幾多郎みたいな「大物」が生まれたのは、教育も関係しているので
しょうか。あんまり関係ないような気もしますが。

221 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 18:22:35
日本は加工貿易国家であり、それ故、技術知が最重要視される。
また、日本は官僚国家であり、情報処理能力が(会社と同様に)
求められる。そのために必要なのは暗記力と瞬発力であり、
物事を深く掘り下げて考える機会など、ほとんどない。必然的に、
哲学は、「単なる教養」となり、欧米の様に、重要視されることは
あまりない。日本に、哲学科卒の社長や官僚や首相が、どれ程
少ない事か・・・

222 :ローカルルール審議中:2005/04/20(水) 18:26:48
あと、最近の論壇人が、
山形浩生みたいな露骨な技術知主義者ばかりなのにも原因があるだろうな。

223 :138:2005/04/20(水) 23:16:52
>>140-141
サンクス。少し見てみます。

てか、スレ早すぎ!

224 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 01:23:40
>>222
哲学なんぞ工学の応用にすぎないんだよ?

225 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 01:26:05
↑この?マーク、どうゆう意味?

226 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 01:29:51
>>224
根拠を示してくれてもいいんだよ?

227 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 01:43:43
>>225
襟鰻の奴隷になっちゃうよ?

228 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 02:26:17
>>223 またこんなのも見つけました。

◇中国の大学教育の体制
 http://www.yamanashi-med.ac.jp/~tosho/mokuji/kiyou/kiyou14/kiyou14--045to049.html

>哲学教育は全国統一の教科書,指導大綱,教育検査などの特徴を有する。
>中国の一般教育の哲学はマルクス主義哲学である。
>この哲学は理論性や論理性といった長所をもち,中国では広く普及している。
>しかし,この哲学には,同時に,多くの弱点も指摘できる。
>例えば,内容の抽象性と論述の思弁性や,教育の強い政治性などである。
>さらに,この哲学は今なお1930年代のソヴィエトの哲学教育の影響を色濃く
>残していることもあって,現実の社会の変化に十分に対応しきれていない。
>そのため,哲学教育の改革の声がたびたびあがっているし,教科書の改訂も行われてきた。


◇日本における哲学教育の歴史を調査・研究するための資料
 http://www2.toyo.ac.jp/~stein/uni.html

>日本における哲学の歴史を探ろうとすると、哲学がいつ誰によってどのような問題意識
>をもって営まれたかではなく、哲学がいつ誰によってどのように教えられ学ばれたかとい
>うことに問題がすり替わっていることに気づく。日本では、哲学は〈営まれる〉のではなく
>〈教えられ〈学ばれる〉ものとしてあった。


◇また書籍では『フランス哲学・思想事典』がフランスの哲学教育について
 論じられているようですね。

>(コラム)(3)フランスの哲学教育(20世紀前半)
>(コラム)(3)フランスの哲学教育(20世紀後半)

強制はしませんので、いちおう興味はある方はということで。


229 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 02:31:32
>>221-222
論壇レベルで技術知が現在称揚されるのは、技術知蔑視の伝統も少なくとも論壇レベルでは日本にはあって
その裏返しとしてその手の「技術」蔑視的な見方が批判されていることが原因だろう。

日本では(でも?)教養とは文学部的教養としての伝統であって、実学とは区別されたものだった。
技術知は「富国強兵」的なものの単なる便宜上の道具として蔑まれてきたのが実情。
最近、技術知的なものを教養として重視しようとする流れが強いのはその反動なのは、それを持ち上げてる連中の発言を見れば見て取れる。
技術知に限らず分析哲学などの「非文学的」思想を持ち上げてる連中も、それとパラレルに思える。

230 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 02:33:40
>>224
上手く説明してくれ。それだけいわれてもピンと来ないし、
イメージできかねる。


231 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 02:36:53
分析哲学は、そもそもアメリカでの担い手が、
第二次世界大戦の時の暗号解読に協力したりと、
元々技術知の補完という側面が強いからな。

232 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 02:46:39
>>229-231
すみません。ここと関係ない話題は質問スレでお願いします。
スレ違いだし、迷惑なんです。


233 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 02:56:25

もちろん、このスレは公共の物として俺は運営していくつもりですから、
俺としては、参加者を限定する考えというのはないんです。

ただ、なるべくスレと関係ないレスは、遠慮してほしい。
なんでかって言うと、話が続かないからです。
皆さん自分の話がしたいのはわかりますが、
そういうのは自スレを立ててやってください。
思いつきで喋られたら俺もたまらないんですよ。

なるべく哲学を知らない人にもわかるような文脈で
話をされてください。過度に内容が専門領域に入ると
その人たちだけで、ほとんどの人にとっては無内容な
話が続行されますからね。
申し訳ないが、注意してもらえないですかね?
俺は、そんなことのためにレスを消費したくないんですよ。


234 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 03:01:11
>>146
先ずは、誤解を与える様な文章だったことを謝ります。「戦争」という言葉を使ったのは失敗でした。

>>116 における「宗教」とは、「頭の中で苦しまない哲学」や「形而下でしか捉えない思想」、いわば「停止した思想」だと捉えて下さい。
勿論、宗教がそうであると断じているわけではありません。「宗教」という言葉の持つ意味空間を考慮し、「宗教」という言葉を使うのが適切だと考えた上で使いました。
そういう訳ですので、気分を害されたなら謝ります。

それから、あなたは私の文章を「無防備で怖い」とおっしゃってます。
その点で私は反省すべきと思いますが、同時に、哲学を「教える」ということに対して私が感じる怖さも、ちょうどそれと同じ物だと考えて下さい。

例えば「我思う、故、我あり」という言葉に対して、例えそれがどういう解釈であれ、「○○な考え方だなぁ」と捉えられればいいです。
ですが、「そうか、私は思っているからいるんだ。(停止)」とか「なんで、あかの他人の考えを、今、俺が再現しなきゃいけないんだよ。(拒絶)」と捉えられてしまうとマズイと思うわけです。
いわば、思想というものには、ここで言うところの「無防備」な一面があると思うのです。

私は、思想をより広く正確に知る為の学習を、思想だけに求める必要はないと考えてます。
だから、その能力が未熟な子供に対して、哲学を教えるのは「正確じゃない」と発言したのです。

その前提の上で、より理性的に、より冷静に、より正確に解釈できる様な人間に成長するためには、論理学の方が良いのでは? と言った次第であります。

235 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 03:01:48
>>233
哲学板なんだから、哲学を知らない人にサービスする必要はないんじゃないの。
哲学を知らない人が質問スレに行けばいい。それに>>229はスレ違いのレスじゃないだろ。

236 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 03:26:47
>>234
レスをどうも。実はあなたのレスをじっと待ってました。

いちおうスレの流れを読んでもらえれば、俺があなたを批判した意味というものが
わかっていただけたかと思います。

あなたの無防備さに対する考えは、俺が、思想論議に嫌悪を示すことと
同様のものと考えます。そして正直な話、俺は思想論議を議論の中でも
劣悪なものと考えるんです。


  日本は悪者だ。中国人は性格が悪い、宗教にはまるやつは危険だ。
  男は女を見下す。女は自分のことしか考えない。経済は停滞している。
  日本人は無気力だ。日本人は技術立国としての精神を持たなければならない。

例えばこういう意見の一つにでも、あなたは受け入れることは可能ですか?
よく耳にする話です。しかし非常に耳障りの悪い言葉ばかりです。
俺が前に言ったマッチョなファシズムという言葉もそういう性質なものです。

こういう議論に共通するのは、本質がないことです。
俺はだから、こういう議論が嫌いです。だからニュース板にもいかない。
政治議論板にもいかない。主義主張板にもいかない。
もちろん人生相談板にも行かないんです。

では、こういう議論をわれわれは避けて通れるでしょうか?
必要に迫られて、そういう議論をするものがほとんどだと思います。
ちなみに、政治家や論壇の人たちは、そういう必要に迫られているから
思想議論をするんです。つまりほとんどの場合、避けて通れないものなんです。
だから俺は、あえて慣れさせるべきという選択を取りました。
この意見に反対で難色を示されるなら、意見をいただければ
また説明したいと思います。


237 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 03:29:14
(つづき)

しかし、あなたの意見は、俺とは逆なもののように思えます。
いえ発想の転換というものでしょうか?
具体的な論理的な操作を身に着けるべき、というものです。

>その前提の上で、より理性的に、より冷静に、より正確に解釈できる様な
>人間に成長するためには、論理学の方が良いのでは? と言った次第であります。


それは、俺にとって刺激的な意見でした。
やはり中学生、高校生時期に、思想教育とダブルに
教えていくのが望ましいと思われました。
たとえば中学生時期には初歩的なものを、それから高校生時期には
高度なものを与えるようにすればいいのかもしれません。
俺はその意見には賛成します。

俺のIF(妄想)の世界の哲学の教科書には、
論理学のカリキュラムが含まれました次第です。


238 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 03:37:21
>>235
>哲学板なんだから、哲学を知らない人にサービスする必要はないんじゃないの。

いえ、あなた方の意見は哲学を知っている人にも意味不明なものばかりなんです。
俺は、あなた方の論議の思想性を糾弾しています。

そして俺の意見は哲学板は、哲学を知らない人のためにサービスするために必要なんです。
それ以外の要求は、正当ではないと考えます。

>哲学を知らない人が質問スレに行けばいい。

だったら雑談スレへどうぞ行かれてください。


>それに>>229はスレ違いのレスじゃないだろ。

どこがスレ違いじゃないというんですか?
それを説明してください。まず俺は日本の教育状況のレスは
NGとするといったはずなんです。それはレスが停滞するからなんです。
無関係な雑談でレスは増えるかもしれない、しかし議論はちっとも進まない。
そのへんよろしくお願いしますね。それが気に入らないなら、
このスレを見なきゃいいだけのことです。

他人の批判しかできない人は去ってください。
俺は、そういう意見に巻き込まれたくない。


239 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 03:49:11
>>238
>俺は、あなた方の論議の思想性を糾弾しています。
> 他人の批判しかできない人は去ってください。

なるほど、つまりお前が去るわけだなw



240 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 04:21:18
>>239
俺はわがままな人間に振り回されたくないだけなんですよ。
たとえば分析哲学批判をする前に、実際にあなたが分析哲学を学んだらどうでしょう?
単なる自己肯定のために哲学が使われるのは、俺はうんざりなんです。
そしてそんな議論がここで行われることにはうんざりなんです。

この板では、多くの哲学批判が講じられます。
分析哲学は嫌い。実存哲学は嫌い。ポストモダンが嫌い。論理学は嫌い。
実践哲学は嫌い。あるいは宗教は怖い。外国語は難しい。
そんなことをここで言うなら、専門サイトに行けばいいんですよ。
迷惑とか考えないんですかね。

まあ、俺もよくそんなことを言ってきましたよ。
でもその後で必ず好きなって帰って来ました。
そしてもしかすると思想論議がいつか、
俺の中で肯定される日が来るかもしれません。
まあいまのところ不明ですがね。かなり確率は薄いです。

ちなみにここは思想板ではないんです。
論壇養成期間でもない。作家育成の場でも、
哲学研究者養成の場所でもない。

哲学的な雑談がしたい、あるいは建設的な議論がしたい
そういう初心者が集うような場所でいいと思っています。
このスレもそういう目的で立てられています。


241 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 04:23:36
>>239
さて俺は説明しましたが、
あなたは批判しかできない人なのでしょうか?

242 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 04:34:46
>>240
>ちなみにここは思想板ではないんです。
>論壇養成期間でもない。作家育成の場でも、
>哲学研究者養成の場所でもない。
>哲学的な雑談がしたい、あるいは建設的な議論がしたい
>そういう初心者が集うような場所でいいと思っています。
>このスレもそういう目的で立てられています。

そういうのはスレの流れで自然に決まっていくんだよ。君のほうがよっぽどわがままだ。
君がつまらないと思ってる専門的なレスを面白いと思って読んでる俺みたいなやつも
いるんだから、学級委員みたいな仕切りは遠慮してくれないかな。


243 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 04:52:02
>>242
だからこれ以上は、スレ違いだから雑談スレでどうぞと
言っているわけです。

俺には俺のスレタイ通りに進めていく権利があります。

俺は学級委員になったことはないからよく分からないけど。
これであなたの書き込みはおしまいにしてくれませんか?
もうお願いするしかないんです。迷惑なんです。
俺は学哲に参加してもらうためにこのスレを
立てたわけじゃありません。
ネタスレとして、誰でも参加できるように立てました。
初心者が楽しめるように立てました。
どうぞお引取りください。


244 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 04:58:18
>>243
占有ネタスレ宣言かよw

245 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:03:30

俺はあなたにいくつか議論のネタを振っているんです。
それなのになぜそれには答えないのでしょうか?
どうしてスレタイ通りに進めることの意義すら
理解できないのでしょうか?
あなたには問いに答えるという誠実さは
まるでないのでしょうか?


それには初心者は迷惑だという強い偏見が
あるからじゃないのですか?

俺は、事実そういう意見が迷惑なんです。
俺は哲学板の自称学哲には、参加してもらいたくないです。
それに、いまさらあの顔ぶれでローカルルールに参加したくもないのですよ。
俺は俺のやり方でことを進めます。それが了解できないと感じられるなら
参加しなければいいんです。そしてあなたが別に似たようなスレを
立ててしまえばいいんですよ。

そして、こういうのは理念であって、相手によって譲る性質のものではないのです。
だから学哲論者もこんなスレに参加しているとプライドを傷つけられるだけ
だから見ないほうがましなんです。

自称学哲は自称学哲で高尚にやってればいいと思います。
しかし俺の立てたスレでやるのは御免こうむりたい。

246 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:08:25
>>244

どこが占有ネタスレなのでしょうか?
いきなり訳の分からぬ雑談を振ることを注意したことが
事の発端なんです。それには思想を峻別すべしという
忠告も含まれていました。

それに対する反応がなく、批判的態度を固持するのは
賢明だとは思えませんけどね?

あなたは、それをちゃんと反省していますか?
反省する気がなければ、
あなたの批判的態度も本質を持たないんですよ。

俺はあなたからまともな意見は一つも聞いていませんよ。
俺は君と議論したくないんです。俺に喋りかけるな。
それだけです。


247 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:11:35

いいですか、再度申し上げますが俺には
スレをスレタイ通りに勧めていく権利があります。

それと脱線したから、注意したんです。
スレ立て者として当然の行為です。


248 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 05:12:32
なんだ。ネタスレだったんですか。早く言ってよ。なら俺も早期哲学教育に関して
ちょっと意見がある。
公教育では哲学や倫理を一切教えないという案。学校が自主的に思考する態度に対して
の絶対的アンチとなって立ちはだかり、敵役に徹すること。そうすれば子供達にとっては
どんなにくだらない反抗でも「自分で考えた」こととしてプライドが持てるようになる。


249 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:14:13
>>248
いやもう書き込まなくていいです。


250 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:14:59
つうかお前はもう俺に関わるなって言ってんだよ。

251 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:19:45
よろしくお願いします。

252 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 05:20:13







           (ノ_ _)ノ オマイラー









253 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:23:07
>>252
俺は、規制議論でもずっとはらわたが煮えくり返ってたんですよ。
もちろん相対議論とか真っ平でね。

254 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 05:25:11
>>249-251
2ch特有の関係妄想モードに突入か。ちゃねらーならだれもが一度は通る道。

255 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:27:16

いちおう議論は続行します。
とりあえず自称学哲は、相手にも、わかりやすい文章で書いてくださいな。
顔文字とか、AA(ほのぼのするもの限定)とか大歓迎なんです。
とりあえず議論の展開が進みすぎという批判があったので、
今後ゆっくりとした対応を考えようと思います。


256 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:31:24
>>254
そうっすか、これどうにかならないですかね?
嫌がっているのが分からないのかと。


257 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 05:38:04
>>256
お前が関係妄想に陥ってるんだっつーの
話を哲学教育に戻せよ。>>212-215あたりの意見にほとんど反響が
ないからいらだってるだけなんじゃねーの

258 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:49:26
>>256
>お前が関係妄想に陥ってるんだっつーの
分かってますって。

>話を哲学教育に戻せよ。>>212-215あたりの意見にほとんど反響が
>ないからいらだってるだけなんじゃねーの

そうかもしれませんね。
それとあと規制議論を思い出して、ずっと不愉快だったんですよ。

でも反響はあんまり気にしないんですけどね。
俺は大体自分の文章で判断します。
ここが言い足りないとか、
ここをもう少し書き足せばよかったとか。

で大体、一週間とか、一月とかたつと
俺の意見が浸透しているのが分かるんです。
今回のスレの目的は、哲学教育についてみんなに考えてもらうことです。
それは初心者にも、ふさわしいものです。

それに今回のスレは結構長期化を考えているんです。
こういうことをみんなに理解してもらうためには
時間がかかることだと考えているからです。

で、関係妄想の枠はあなたの妄想だと思いますよ。
ってことなんですよね。

何のために俺がスレを立てたのか? 
それに対する考慮が一つもないのは残念なことです。
規制議論の建前をこのスレで実際に持ち込むことに、
罪悪感はなかったのだろうか?


259 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 05:56:25
俺は、誰彼がどこかで規制議論をするのは構わないが、
それには従わないことをここで宣言します。

誰も、連投規制などの哲学板の不便に対して、善処しない現実のなかで、
また反対派の意見に耳を貸さない横柄な口を重ね続ける人たちの
仕切る現実のなかっでどうして規制議論に納得できるのか?

あいつらが仕切る規制議論なんていくらも守る必要なんてないんです。
耳を貸さない。それだけです。勝手に約束を持ちかけて勝手に条件をつけて
勝手に破棄して、いったい何様のつもりなんだろう?

ならば俺は相手にしないだけのことだっつの。
ふざけんな。

260 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 06:02:02
ちゃんとやるなら受験・学校カテゴリーの「教育・先生」板に立てなおしたほうがいい
と思うよ。哲学やるような輩は基本的に、学校教育なんて軽く見てるから。
音楽家や歴史家からすれば、学校の音楽教育や歴史教育で音楽の本質や確固とした歴史観
が確立すると思っちゃう連中なんて話にならないでしょ?それと一緒。


261 :考える名無しさん:2005/04/21(木) 06:14:11
>>260
>ちゃんとやるなら受験・学校カテゴリーの「教育・先生」板に立てなおしたほうがいい
>と思うよ。
それは面白そうですね。
いちおう他板への遠征も少しだけですが考えていたんですよね。


262 :BMB:2005/04/21(木) 10:35:01
>>260
果たして哲学は漢字や算数のように教え育てるものであろうか疑問を感じる
哲学は個人が発想しなければ何も伸展しないものだと思っていたが

263 :& ◆cIYxGPRRGA :2005/04/21(木) 12:06:50
何様のつもりだよw

264 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 13:11:21
歴史的な哲学者で、系統的な哲学の教育を受けた人なんて、ほとんどいないんじゃないの?

265 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 13:15:40
哲学で食べていけるの?

266 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 14:42:34
>>264 哲学が辺境で低迷してるワケがわかったよ  ^^;

267 :ローカルルール審議中:2005/04/21(木) 23:21:43
>>264
どういうこと?ウィトゲンシュタインぐらいでしょ、近代では。

哲学やってる人ってのは精神的に不安定な人が多いからなあ。
そんなのが増えたら困るしさw

268 :ローカルルール審議中:2005/04/23(土) 18:25:34
ウィトは近代か? 現代だろ。

269 :考える名無しさん:2005/04/24(日) 10:09:46
義務教育課程での哲学教育なんて必要ない。確かにフランスは哲学教育が盛
んだが、他の先進国で哲学教育なんてやっているところなんてあるのかな?フ
ランスがちょっと変わっているだけなんじゃないかな?
 フツーの会社員や公務員になるべき人材に国家が哲学教育を施す必要はない。
まあ、国家目標として「哲学者立国」を日本が目指すなら、小学校から哲学教育
を行うべきだが、そんな国家目標は国民の合意は得られないからまず無理でしょう。

 フツーの人にそんな教養はいらないでしょう。しかし、国のトップを担う人材
や企業でも国際競争に晒されているような大企業のトップには、哲学の教養はあ
った方が良い思う。

 一部エリート層への年少時からの哲学教育ならメリットもあるのでやるべきだと
思う。それなら税金を投入しても国民の納得は多少は得られる可能性がある。

270 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 10:59:33
エリート層だけに哲学教育を施すならば、
簡単なのは、大学入試にこれまでよりも高度な論文を課せばよい。
そこでは哲学の教養がないと点が取れない仕組みを作る。

そうすれば受験産業や進学校などの体制が動く。
対象は主要国公立大と大きな私大だけでいいじゃん。


271 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 11:37:15
>>264
いっぱいいるよ。
そもそも今のように専門によって学問が細分化されてるわけじゃなく
昔はクロスオーバーが往々だったから。
自然科学をやりながら、哲学って人もざらにいたわけ。
デカルト、ライプニッツ、カントしかり。
哲学蔑視は、西洋の思想的伝統に無知な東アジアの
島国の人間に顕著であるけど、西洋では全く認識が違うのだよ。
ニーチェやハイデッガーのような不健康で反社会的な哲学的系譜は
寧ろ、メインストリームからの逸脱であり、確かにそちらに
足を踏み出してる方は一般的に不健康な方もいるが、決してそれは
王道ではない。

272 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 11:38:51
>>271
馬鹿?
ニーチェやハイデガーこそ、文献学の(異端だが)鬼じゃねーか。
哲学における文献学の役割を軽んじすぎ。

273 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 12:59:48
>>270
それ、鋭い意見だね。

小論文を導入しているところは多々あるが、たとえば
課題図書を与えて、1日いっぱい時間をとって
400字詰め原稿用紙10枚程度の論文を書かせる、
というような論文試験が、
もっと大々的に導入されてもいいよね。

ただ採点が半端でなく大変なことになると思うが。


274 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 13:06:41
白人の文化だ

275 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 13:13:14
中世はアラブ人の文化ですが?

276 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 13:27:05
歴史的な哲学者で、何の挫折も経験せずにエリートコースを通ってきた人は
ほとんどいない。

277 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 13:30:06
お前等は半端者だ
お茶を汲ませるんだよ。ぬるいヤツや熱いヤツや濃いヤツを出すヤツが高得点になるでしょうが。

278 :ローカルルール審議中:2005/04/24(日) 17:04:15
>1の一連の書き込みを読めばすぐ分かるはずだけど、
まっとうな国語教育と外国語習得のほうがはるかに重要だろ。
まともな読み書き能力がない奴に哲学なんて絶対無理。


279 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 04:22:11

ワークショップ「哲学者にならない人のための哲学教育」
ttp://64.233.179.104/search?q=cache:wJH9Gxq_4vAJ:wwwsoc.nii.ac.jp/pssj/program/program_data/35ws/02resume.pdf+%E5%93%B2%E5%AD%A6%E3%80%80%E6%95%99%E8%82%B2&hl=ja

いちおうこういうのを見つけました。
どうも、メディアリテラシーに対しての哲学の必要性が問われているようですね。


メディアリテラシー 【media literacy】 IT用語辞典より

情報が流通する媒体(メディア)を使いこなす能力。メディアの特性や利用方法を理解し、
適切な手段で自分の考えを他者に伝達し、あるいは、メディアを流れる情報を取捨選択して活用する能力のこと。
従来は、電話や手紙などのパーソナル(コミュニケーション)メディア、
新聞やテレビ・ラジオをはじめとするマスメディアといった伝統的なメディアの利用方法を知っていれば事足りた。
しかし、現在では、急激な技術の進歩によりインターネットや携帯電話などの新しい形態のメディアが台頭しており、
こうした新しいメディアの利用にまつわるトラブルや混乱も頻発するようになっている。
このため、各メディアの本質を理解し、適切に利用する能力であるメディアリテラシーの重要性は日に日に高まっている。



280 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 15:30:06
フランスにおいて哲学教育を受け
哲学を学んだ多くのエリート層
は、何故左翼思想・共産党を支持する誤謬を犯したんでしょうね?
(サルトルが急先鋒だったが)

281 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 17:03:13
誤謬と断じてしまうのが、はたして哲学的態度なのかな?

282 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 17:18:23
十分誤謬でしょう。
文化大革命・スターリンの大粛清・ポルポト政権
を生み出した土壌なのだから。
それはマルクス主義を十分に理解できていないからだと
いうことで片付けられる問題ではない。


283 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 17:41:20
現実世界に不幸や不都合をおよぼしたからといって
誤謬と断言できるのでしょうか。
哲学はそういった実学ではないのでは?

284 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:17:14
だったら哲学は
概念や言葉の軽業遊びだな
「電子は本当にあるのか」と某物理学者に聞いたDQN哲学者の様だ

285 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:20:12
おやおやw。
キミの3行目の書き様からすると
まさに『概念や言葉の軽業遊び』なのだよ。
知らなかったとは…青すぎます。
それでくだらんと一刀両断してしまうなら、それまでの人だね。

286 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:21:21
数千万の人の命と哲学的態度を両天秤にかけられるのかね。
だったらナチの所業も「哲学的態度」によって正当化されるわけだ

287 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:25:21
『概念や言葉の軽業遊び』が哲学なら
教育によって身につける必要も無いのでは。

288 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:28:05
>>286
おやおやw。
論理の初歩もわかっておられないようだ。
「現実の様相から単純に誤謬と言い切る」ことの否定は
「誤謬ではない」でも「正当化できる」でもないんだよ?
だいじょうぶかな?

289 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:29:20
>>287
たしかに、大学以下、学校で教育するものではないでしょう。

290 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 18:32:43
だったら>>286から
下の行を抜いて読んでくれ
揚げ足取りしか出来ないキモい香具師が

291 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 19:01:23
>>290
まあそう青筋たてなさんな。
ちょっと絡んでみただけだよ。すまん。

292 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 19:37:46

哲学する事を小学校から学ばせるのは、とても好いことだ。

なぜなら、世界でいちばん哲学してるのが子供だからさ。
「それは何?」「どう使うの?」「なぜあるの?」
「神様っているの?」「ぼくはどこから来たの?」…etc.

きみらと違い、猛烈な勢いで哲学をしてるのよ。
ただ、「教えよう」とすると難しいので、
あくまで「学習させる」ことに徹したほうがいい、自由にね。

だって教えれないだろ、哲学って。
ま、そのことは哲学にかぎらないけどねw
実行の障害は教師の側にある。

単に知識として哲学を伝えるくらいならできるだろうけど
「自ら学ぶプロセス」を踏ませるそのやり方を知ってる者が
少ないってこと。

それが何を意味するかといえば、
教師に対し「それを学ばせる教師」が少ない、
つまり、教育界に学習という「自ら学ぶプロセス」を指導
訓練できる教育者やその制度が必要だってことさ。

そこから始めないことには実現は困難だろうね。
できると思うが。

293 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 23:10:57
規範的な言語と知識を習得させるほうが先だと思うが。
子供は哲学なんて興味ないよ。
子供が興味を持つのは物語。



294 :考える名無しさん:2005/04/30(土) 23:48:43
>>293
気の毒な幼少期だったみたいだなw

295 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 00:00:48
>>294
ああ、おかげで哲学書も読みこなせないくせに哲学に手を出したがる
阿保がいかに阿保かよくわかるようになったよ。


296 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 00:24:59
>>280
ノルマリアン全員が左翼だった訳ではないんじゃないかな。
どうせ行政側に行った連中は右寄りの政策を当時はやっていたわけでしょう?
たぶん、ド・ゴールあたりが、第二次大戦で、あっという間に負けてしまった
フランス軍の建て直しを必死にやっていたころだろうし。

となると、社会の上層階層の役割分担として在野の文学者は左翼というか
マルクス主義者ってことになったんじゃないの?

というか、日本だって当時のインテリは大体マルクス主義者でしょう。一部を除いて。

297 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 00:57:23
>>295
うむ、自己洞察はできてるようだな

298 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 01:28:43
子どものための哲学(Philosophy for Children
Michael Pritchard

 哲学は一般的に、その正式な入門が大学レベルの課程に置かれている。高校では、
大学進学希望者のための特別な文学コースでしか、哲学入門を教えるところが増えて
いない。このことは、真剣な哲学的思考が、青年期以前の者のためのものではないこと
を示唆している。
 この見方を受け入れる上で、2つの理由が挙げられるだろう。まず、哲学的思考は、
青年期以前の者が到達可能な範囲を超えた、認知的発達レベルを要求する。2つ目に、
学校の履修課程は既にいっぱいである。哲学のような科目を導入することは、生徒の
学ぶ必要のあることから目を逸らさせるだけでなく、勉強家よりも懐疑論者になることを助
長してしまうかもしれない。しかしながら、子どものための哲学に抵抗するこれら2つの
理由に、反対する根拠がある。今度は

299 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 04:07:52
(キャッシュ)
子どものための哲学・子どもとともにする哲学」研究会設立にあたって
ttp://66.102.7.104/search?q=cache:JrPe-_pCYLcJ:www.osaka-kyoiku.ac.jp/~shakai/teturin/masugata/kodomo/annnai.html+%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6&hl=ja

今日の学校教育においては、体育・音楽・美術等の実技教科を除く各教科の教授は
何よりもそれぞれの教科の学問領域を背景とした知識の教授を主たる目的にしている。
授業を受けている生徒は、どれほど自主的であっても、その主体的努力は知識の暗記に
向けられている。また成績評価は、その暗記の量によってのみ行われ、成績評価の
ための試験では正解はただ一つであり、結果は正しいか間違っているかのどちらかである。
そして知識は最終的には受験のために有用であるという一義的な意味しか与えられて
いないのが現状である。

 このような学習形態においては、生徒が知識を共有したり、相互に批判しあうと
いうことを経験することはほとんど不可能である。知識は生徒個人のうちに閉じ込
められてしまっている。ひどいときには、生徒は自ら所有している知識を表明・表現
することもなく、隠すことによって無知を装うことすらある。知ることの感動、探求
するときの緊張、評価し、評価されあうことの喜びを経験することはほとんどないと
いっていい。また生徒は学習において、唯一つの正解を求めていくという習性を身に
つけてしまい、学習探求の過程を楽しむことは出来ず、結果だけを求めていく。
「何ですか」という問いには答えることができても、「なぜですか」、「どう思いますか」
という問いには慣れていない。知識が知識として孤立しており、生徒の具体的な
生活の中で生徒を方向付ける役割を果してはいない。



300 :考える名無しさん:2005/05/01(日) 04:08:25
(つづき)

 このような教育において決定的に欠けているものは批判的思考力の育成ということである。
さまざまな学習過程を支えている概念を批判的に捉えていくことが出来るための思考力の
育成が求められることになる。しかも、この批判的思考力は、哲学の基本である「対話」
を通じてなされるのである。

このように、子どもの批判的思考力を涵養し、民主主義的な市民社会の構成に必要な資質を
育成するために提唱されてきたのが、いわゆる「子どものための哲学」philosophy for children,
P4Cである。P4Cはアメリカの思想家、マシュー・リップマンによって提唱され、現在では
世界の多くの国で取り上げられている教育方法である。また、同様の趣旨の教育方法にはドイツで
提唱されてきた「子どもとともにする哲学」philosophy with childrenがある。



301 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 07:56:01
どうしてこんなに考えることができるんでしょうね・・・俺にはまだまだわかりません
>>1のいってることも時々「おっ」て思う時もあれば、どうしてそんなに貴方達のいう日本
にしたいって思うんだろう・・・貴方達のいう日本人が今の日本で起こっている事ならば、
それが必然的で、間違っているかもしれないし正解なのかもしれない。それはどうすることも
できないことなんじゃないかって思う時もある・・・俺にはわかんないや。
ただこのスレにいるような人たちを見ることができて面白いとおもうね・・・
日本は終わった国じゃないよ。やっぱり。

もっと勉強せんといけんな・・・まだ話についていけれん。
あと最後に、ヨーロッパは世界の全てじゃないよ、地球一個で世界だから。
ニーチェやカントやパスカルは個人的にすごく興味あるけど、彼等は自分の
思った事を本に残したから有名であって、まだまだ他にも俺らは学ぶこと
たくさんあると思う。もしかしたら歴史の偉大な先駆者達から、もしかしたら2chの掲示板のこの
スレの貴方達からかもしれんしね。




302 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 16:26:21
>>301
まさしくそれは正解だと思います。
世界は現に活動している実態だし、その中では歴史も知識も、いわば「たまたまあるものに過ぎない」と言えます。
それに、どんな知識や文明も、悪用もできれば有効に使うことだってできます。
例えば、ただ歴史を知っているだけでは、未来の失敗は防げないし、カントの考えを知ってるだけで、理性的だとは言い切れません。
その点で、世の中に絶対なんてあり得ないと思うのです。
まぁ、先の「哲学教育」が「思想の教育」ではなく「哲学の教育」であるのであれば、具体的な思想を学ぶことから入る必要はない…って発言にも通じるのですが…。

それと、仰るとおり、そもそも、我々の向かっている先が正解かどうかはわかりません。そこでは、「正解の概念」すら考察できるかもしれません。
だからって、何もしないのは生存に対する無責任(ニヒリズム)です。正解がないというのは、それだけ自由だということです。
正解かもしれないし、間違っているかもしれないということは、その前提として成功する自由・間違える自由があるわけです。
それは、ホンの一部かも解りませんが、少なくとも日本で生存している1個人であるという点で、我々個人がこの自由と責任の実体だといえます。
そして、そもそも「正解がない」ことをよく知っているからこそ、他人の話しに真剣に耳を傾けることができると思うんです。
自由であることを真剣に考えれば考えるだけ、その自由の恐さを認識できる様になるからです。その恐さこそ、最も確かな責任だと言えます。

ついでながら、そもそも自然体とは、なにも考えないことではなくて、環境に合わせて自身の「行動」や、行動の動機となる「考え」を吟味する姿勢のことです。
そして少なくとも私は、世界は必然ではなく、自然であると考えます。

303 :考える名無しさん:2005/05/03(火) 20:33:39
先進国だけが「地球の平和のために」「環境の保護のために」「国交改善のために」を考えている。
これは先進国ならではの、おこがましい行為なのだ。
小さな部族や小国はそんなグローバルなことを目標にして生活していないと思うんだがなあ

304 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 09:40:42
>>303
それこそ環境の違いではないでしょうか?
小さな部族が先進国に害を与える可能性は殆どありませんが、
先進国が小さな部族に害を与える可能性は非常に高いと思います。
「どちらが正しいのか?」を考えるのも大切ですが、
その環境の存在を認識することも同じくらい大切なことだと思います。

たしかに、実際の個々の発言の内のどれだけが、そういった本質的な認識の上に立っているかは解りません。
ですが、だからといってそれを根拠にして本質的なことからすら目を背けるならば、
その点でその「おこがましい行為」に「してやられている」と言えると思います。

ちなみに、主観なのですが、私はそれほど現実を悲観視はしていません。
そりゃ、中にはイカガワシイと感じるものもありますが、世の中知れば知る程、
それ以上に沢山の意見が、主観的に見て信じられないくらい真剣に考えた末に絞り出されたものであると感じるようになったからです。
そこにある希望は、すなわち、「正しさ」の存在よりも、「正しさに対する誠実さ」があることです。

305 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 17:59:47

【主張】女性天皇 伝統重んじる論議を歓迎
http://www.sankei.co.jp/news/050504/morning/editoria.htm


306 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 18:25:00
http://bis.nenv.k.u-tokyo.ac.jp/photo/kaoru/QV4Kgps/20030919/kaoru/DCIM/100_0919/09190046.JPG

307 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:07:26

軽視されてるかな

308 :考える名無しさん:2005/05/04(水) 22:11:35
暗記と反復訓練中心でなければ勉強嫌いにならずにすんだのに・・・
という>1の怨念を書き綴るスレ


309 :考える名無しさん:2005/05/06(金) 05:33:46
>>302
自由の恐さ・・・
そんな考えどうやったらでてきたんですかいな?

「考え」を吟味する←これについても、
どういうふうに考えだしたか教えてほしいです。非常に興味があるので。

そんなにネットができないけど、できる時はできるだけ
返事もかえすので是非!!

そもそも「正解がない」ことをよく知っているからこそ、
他人の話しに真剣に耳を傾けることができる←これも是非!!

310 :考える名無しさん:2005/05/08(日) 02:38:45
欧米社会じゃ、

哲学=西洋哲学=自らの思想的アイデンティティ

の図式があるかね。日本の今の現状はいまだに
西洋からの借り物だかららね。

311 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 01:15:30
http://www.doshinsha.co.jp/bookshelf/cover/main/ISBN4-494-07299-0.jpg

312 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 01:49:15
>>309
想像だが

>自由の恐さ・・・
>そんな考えどうやったらでてきたんですかいな?
無制限な自由という発想から生じるアナーキーさを言ってると思われ
「自由に対する無知からくる恐さ」ということではないかな?

>そもそも「正解がない」ことをよく知っているからこそ、
>他人の話しに真剣に耳を傾けることができる←これも是非!!
「正解が何か分からないしおそらく誰も正解ではないだろうけども、どこかに正解がある」ことを知っている

とすれば論旨が通じるように思える


313 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 02:45:31

恐さの最も恐い点は、対象の持つ恐さではなく
心に生れた恐がる精神である。

それは恐さを増幅させ、時間と共に消えるはずの
恐さを継続させ、自身を破壊にまで導くことがある。

いらぬ恐怖の遮断方法を学んでおかないと、
恐怖による人身誘導がまかり通ってしまう危険がある。

真の自由への恐怖もそれに起因する場合が多い。
暴力団や北朝鮮のケースはいうまでもないw

314 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 10:39:28
「自由の恐さ」ってそういう意味なの?

俺の理解だと、「真に自由である」ということは、自らがあらゆることを「責任をもって」選択しなければならないということ。
でも、行動の基準なんて自分で「これが正解ですよ」といって示すことはおよそ不可能。
何が正しくて何が間違っているかわからない中で、「自由ですよ」といわれても、あまりにも多い選択肢、
自らに降りかかってくる責任などによって、人間は動き出すことができない。
他人の意見を聞いたり、一定程度の制約を受けながらでないと、おそろしくて一歩も踏み出すことができなくなる。
ということじゃないのかな?

一定程度の制約は、選択肢を減らし、また制約に従う範囲で責任を解除するため、自由の恐さを軽減していると思う。

つまり、「何をしてもいいですよ。ただし責任はとってくださいね」といわれたら、恐い。そんな自由は不自由だ。
「AとBとCのうち好きなことをやっていいですよ。Dはやってはいけません。責任はそれぞれA・B・Cの選択の範囲内でとってくださいね」ならば人間は選択ができる。

幼稚園児に「自由に絵を描いていいですよ」といってもなかなか描き始めることができない。
クレヨンと画用紙を差し出し、「このクレヨンでこの画用紙に、お花の絵を自由に描いてくださいね」と言われればすぐに描くことができる。
人間は他者とのかかわりの中で選択肢を与えられて、やっとこさ自由でいられる。
もちろん、成長とともに選択肢を自分で獲得していくことになるけれども、そのプロセスの中で他者の意見に真剣に耳を傾けることがあり、
また、責任もどんどん大きくなっていく。


315 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 10:43:42
どっかで読んだな。
重力という自由の制限がなければ人間は自由に歩くことができない。
文法という自由の制限がなければ人間は自由に喋ることができない。
他人という自由の制限がなければ人間は生きていくことができない。
だっけな?
うろ覚えだけど。

316 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 11:01:19
でも自由の制限条件を強調する香具師は、
日本においては「伝統的権威」による制限のことを考えがち。
「生意気な奴は黙れ」と言いたいだけのことが多くて萎える。
これは哲学にとっては致命的。

317 :考える名無しさん:2005/05/09(月) 18:29:36
ホリエモンに対する野球界の反発もそのほとんどがロジックに基づいたものじゃなかったもんな
野球界の伝統的権威を盾に
「スポーツもロクにできないような生意気な奴は黙れ」


318 :四式:2005/05/09(月) 21:02:32
>>316
伝統的権威とは時代の風雪にさらされながら残った規範であって
その中にある必然を考えないエコノミックシンキングこそ哲学にあらず。
>>317
M&A企業が野球に参入して誰が見るかって話だろ、マネーゲームの興隆は何も生み出さない。

319 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 10:13:07
>>318
伝統的権威こそがエコノミックな規範
人類学でも学べ

320 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 17:43:55
もっと軽視するべきだろうな

321 :考える名無しさん:2005/05/10(火) 23:14:11
>>320
軽視され、そして尊敬されるべき。
>>302
自然体ね・・・そう思えるようになりたいです。
私たちには「考えを吟味する」時間がもっと必要なのかもしれないですね。

「考えを吟味する」ことが考えだせたら
一体何が変わると思う??


322 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 16:02:02
俺は、哲学というものは、個人が幸福に生きるために、
また世の中が良くなるために、もっとも必要なものと思う。
特にこれから先の時代は。

323 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 19:04:45
「学校概念の哲学」と「世界概念の哲学」の溝をどう埋めるか問題だな。

324 :考える名無しさん:2005/05/11(水) 23:50:46
内井惣七みたいな馬鹿がいるから。

325 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 03:14:23
GHQが修身の授業などを軍国だと廃止しただろ。
それを今でも引きずっているのが大きいのだと思うよ。
また、憲法でも国による思想教育・宗教教育が禁止されているからね。
これも哲学教育が出来難い理由でないかね。

加えておかしな中庸の思想が日本には流布している。兎角、公正だとか客観的にだとか拘るのだよね
確かにあまり我を張りすぎるのは問題かも知れないけど、しょせん人間である以上は真実に公正であることなどあり得ないのだから
個々の人間としての主観も、もっと大切にして良いと思うのだがね。


326 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 03:17:33
子どもの哲学教育(抜粋)
○哲学専門塾、首都圏にだけ20ヵ所余り
 1990年度半ばから、父兄の間で人気を呼んだ子ども哲学教育が最近、創意力を
強調する入試制度の影響で再び拡散し始めている。
 学校で読書に対する深層指導を始め、ソウル大など主な大学入試で論述の比重が

以下下サイト参考

ソース:東亜日報
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2005051041828



327 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 06:06:15

914 :名盤さん :2005/05/12(木) 02:31:39 ID:H/q164cV
>>898
じゃあお前は影響受けまくりだな。音楽に限らず文章構成はおろか、
言動にいたる何から何までオレの影響が見える。

さて、否定したらお前はバカ扱いな訳だ。


328 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 00:45:28
日本で哲学教育を行うとしたら「論語」は外せないよな
あと「般若心経」などの仏教哲学
他に新渡戸稲造の「武士道」とかも良いか。
その全てを教育していれば、教えることが多すぎるからある程度圧縮しないと駄目だけど
哲学と平行して、「君主論」や「孫子」のような一種の戦略学とか帝王学のようなものも教えて欲しい


329 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 02:03:20
西洋哲学が全てではないからな。


330 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 02:09:51
日本に足らないものは世界の質量と原理という考え方だったのではないだろうか。
全ての人々に妥当する事柄はあったからだ。

331 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 12:37:11
>>330
日本では「公正」とか「中立」などの言葉がやたら尊重さえるけどね
絶対の善が存在しないように、真の公正も中立も存在するわけがない
所詮、人間は神ではないのだから、歪みや偏りが存在するものだ。
だから欧米では「神」なる絶対者のみを「善」と定めている。
しかし神ではない人間が絶対の善などあり得るはずはない。

だから私は主観があっても公正ではなく偏りがあっても良いと思うのだがね。
それが正しいと言えるだけの意思があって然るべきものなら

332 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 21:59:55
日本人は自分で考える習慣が無いのよ。
つか、オリジナリティを認めず、横並びがいいとされてる。
そうなると自分で考えたものと違うから本当の自信が無い。

そこで「公正」とか「中立」というどっちつかずが良いとなる。
そんな日本人が、おれは恥ずかしくてしょうがない。

333 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 22:01:11
哲学って役に立つのか? てか無意味だろ?

334 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 22:15:41
    ,i/||||||||||||||||\∵∴∵∴/||||||||||||||||||\ l
.    -=二二・二二=-∵∴∵∴-=二二・二二=-
    \|||||||||||||||||/∴∵∴∵\||||||||||||||||||/.
    ,i/||||||||||||||||\∵∴∵∴/||||||||||||||||||\ l
.    -=二二・二二=-∵∴∵∴-=二二・二二=-
    \|||||||||||||||||/∴∵∴∵\||||||||||||||||||/.
    ,i/||||||||||||||||\∵∴∵∴/||||||||||||||||||\ l
.    -=二二・二二=-∵∴∵∴-=二二・二二=-
    \|||||||||||||||||/∴∵∴∵\||||||||||||||||||/.
    ,i/||||||||||||||||\∵∴∵∴/||||||||||||||||||\ l
.    -=二二・二二=-∵∴∵∴-=二二・二二=-
    \|||||||||||||||||/∴∵∴∵\||||||||||||||||||/.


335 :考える名無しさん:2005/05/13(金) 22:37:00
>>333
役に立つしかないだろ、たたない例があるか?

336 :考える名無しさん:2005/05/21(土) 21:01:29
>>335
>>333が言うのは生産性の意味だろ?

衣食足りて礼節を知るって言うじゃん?
日本は豊かだけど、相対的な豊かさがあるよな。
一切れのパンを盗むとう犯罪をしないですむ豊かさと常識は手に入れたけど、
不景気就職難やら、先行き不透明やら、哲学よりも優先すべきものがまだまだある。
それらを哲学で解決できるのか?

って意味なんじゃろ?

337 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 00:47:13

話が脱線してるね。

日本には哲学者はいないね。

その現状を踏まえて語ってるわけで。



338 :考える名無しさん:2005/05/28(土) 03:42:04

いわずもがなのことはいわないの

339 :純一:2005/05/28(土) 05:47:01
俺はここのスレを立てた人間であり、純一という。
とりあえこれからずコテをつけることにしたことを報告します。


今回は哲学教育に関連して議論について述べようと思う。

俺が小学生のとき、授業で議論が行われなかったかと言うと、
実はあったわけで、今でもはっきり覚えているのは、「戦争は悪いことか?」
という趣旨のものだった。小学3、4年生ぐらいのことだったと思う。
その頃は、たしか教科書で世界史や日本史の概略を知っていて、
日本に過去戦争があったことも知っていた。

そのとき論陣は、真っ二つに割れたように思う。
「戦争は悪いことだ。」「戦争は良いことだ。」
俺は不思議なことに、当時、戦争は良いことだと考えていて、
まず産業が盛んになり活気が溢れることを上げ、「戦争は良いことだ」と
主張するつもりだったし、そう主張した。
しかし実際の議論では、戦争が悪いことだと言う意見が多かった。
反対に「戦争は良いことだ」という意見は極端に少なかった。
最初俺と同意見だったやつも次第に、「戦争は悪いことだ」と
意見を覆すようになり、結局俺は一人で「戦争は良いことだ」だと吼えていた。


340 :純一:2005/05/28(土) 05:47:26

俺はそのときどう思って、「戦争は良い」と言ったのかはわからない。
あえて皆の反対を述べるだけのひねくれ者だったのか、それとも他人の痛みの
わからない未熟な人間だったのか、それとも本当に俺はナショナリストだったのか。
それはよくわからない。

そのとき、俺は一人で必死に議論をして戦争は良いことと主張したつもり
だったのだが、誰一人聞くものはいなかった。
そのときの担任でさえ俺の意見には耳を傾けようとはしなかった。
次々と戦争はひどい、という意見が提出されていく。
俺は、そのとき自分が孤立しているなあとはっきり感じ取った。
俺はこいつらとは違うんだと悟った。周りの人たちのことを慮る態度も忘れていて、
無力感と倦怠感が生じて、みんなが生気のないロボットのように思えた。
そして俺は次第に議論なんてどうでもいいと思うようになった。
本当にお前らは、戦争が悪いことだと心の底から思っているのかよと。

議論というのはこういうものだ。リアリティーがない。
俺自身、実際にそのとき戦争の酷たらしさを実感していたかというと疑問でもある。


341 :純一:2005/05/28(土) 05:47:52

今では、昔より多少進歩して、悪や正義についての考え方や、戦争の悲惨さというのは
昔よりはっきりと理解できるようになった。しかし、俺の考えの大本である、
「戦争はよい」という主張も、よりくっきりと正当性を主張できるようになっている。
戦争は経済活動の一部であるという主張は、歴史が語る真実だ。

今、イラクで多くの自爆テロが行われている。戦争は終わっていない。
自爆テロによる死者数が、ほぼ毎日ニュースで累計表示されている。
俺はその数字を見るたびに息を詰まらせる。どうしてそんなくだらないことで死ぬのかと。
いつも思う。意味がわからない。それをわかっていても俺はそのニュースを見るようにしている。
なるべく目をそらさないようにと気をつけているつもりだ。

俺は、「人が死ぬ→悲しい、人が悲しむ→切ない」こういった共感による連関を
信じることができれば、戦争が悪いことだと根本から理解することはできると思っている。
これ以外ないとすら考えている。この考え方はショーペンハウアーの共苦にたいする考え方である。
そしてこれは生命倫理としての根本概念でもある。俺にとっての倫理の根本的な考え方も、
ここにあるといっていい。


342 :純一:2005/05/28(土) 05:49:38

俺は、ただ思ったことを言う議論は、それ自身正しいことだとは思わない。
しょせん子供の考えたことだ。
価値があるとは思えないし、結局はメディアが作り出したものでもある。
俺がもし哲学教育に期待するとすれば、こういう過去の偉大な哲学者の考えに
直接触れることができるという点にあると思う。
いろいろな考え方を学ぶ。
これは何より哲学教育としての価値があるのではないかと、
とりあえず強引に意見を纏めてみた。
また方法論的に、客観的に、主観的に、禅的に意見を述べる実践の場としての
議論の価値が求められるのは言うまでもない。
しかしそういう価値は学校で求められるものではなく、こういった2ちゃんねるの
ような遊戯的な意味の強い環境や、大学や研究者などに求められる能力の開拓であって、
そこまでやる必要はないのではないかなと。
俺は、ただ哲学史を教えるだけでも、哲学教育として意義深いと考えるのだけど
いかがだろう。

もし俺がその当時、哲学を知っていたら、あのときの議論も
違ったふうになったかもしれないのである。


343 :考える名無しさん:2005/05/29(日) 23:20:49
抽象思考が嫌いなんじゃない?

344 :純一:2005/06/05(日) 16:25:30
>>343
うーん、しばらく考えていたんだけど抽象思考って何だろう?
ずっと気になってはいたのだけど、わからずじまいだった。
私の意見とどんな関係があるのかな?


345 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 10:49:42
純一さんの意見とは関係ない。スレタイに反応したまで。
抽象思考が嫌いというのは風土的なものかなと。
宗教性とも関係あるのかも。

346 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 07:43:36
言われてみると、
抽象思考への親和性の違いが、宗教性の違い(一神/多神)を
生み出してる感じがするね

347 :考える名無しさん:2005/06/13(月) 00:43:43
具体性の国だもん

348 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 03:55:26
中学校では「何のために勉強をするのか」という事を考えさせないと中学生もすっきりしない。でもその答に導ける力量のある教師がほとんどいない。

349 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 04:07:57
甘え

350 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 07:41:43
「何のために勉強するのか」は勉強しないとわからない。

351 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 08:04:55
じゃあ勉強してきた教師が教えてやればいいじゃないか

352 :考える名無しさん:2005/07/14(木) 21:12:06
道徳を無くして哲学にすればいいよ

353 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 08:47:40
ヨーロッパって高校に哲学の授業あるんでしょ?

354 :考える名無しさん:2005/07/28(木) 02:04:13
いまの子供は理想を見失っているってとこはあるよ
昔はこうなりたいって理想があったものだ。
例えば軍人なら東郷平八郎なり乃木希典なり、一つの軍人の理想型があった
野球選手にしてもベーブルースになりたいとか、学者ならキューリー夫人やエジソン
誰もがそういう人間を称え、自分はこんな軍人になりたい。そう思うことも出来たけどね
しかし現在は価値観が多様化し過ぎてしまい。
歴史上の人物だっていろいろな評価が有りすぎるよ。

例えば医者を目指す若者に対して、どんな医者になりたいと訪ねれば、昔ならシュバイツナー博士とか名前を挙げることが出来ただろう
しかし今ではなかなか理想ってのは見出し難い
そんな状況で子供達にどんな道を選べと言えば良いのか分からないのは正直な感想だ。
価値観の多様化と思想の自由は歴史の必然であり、それを否定する気はまったくないけど。
日本人の共通の理想と言うモノが現在では無くなってしまった。そんな気は正直言って感じてしまう


355 :考える名無しさん:2005/07/28(木) 02:06:32

軽視されるのは日本だけに限らんと思うが。

356 :考える名無しさん:2005/07/28(木) 02:26:28
日本人は哲学がない。これは間違いない。

357 :考える名無しさん:2005/07/28(木) 03:19:19
明治いらい、いやそれ以前から社会にとって有用な人物
を育成することが国家の目標。
そこで哲学が社会にとって有用であったかが問われます。

358 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:15:30
GHQによって廃止された修身を、哲学なり倫理なり礼法なり、適当な新しい名前を付けて復活させろ
倫理教育の欠落こそ、個人がアイデンティティを失う最たるもんだ

359 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:24:14
>>358
それやったら日教組から「思想の押し付け!」って反対されるよw

360 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 02:31:06
歴史は教科書も教育もかったるすぎ。
言葉は覚えてても意義とか理解してる奴ってほとんど居ないんじゃね?って思う。
事実のみにこだわってるのか知らないけど、
教科書であーだこーだ言ってるのを見ると、そんなの無理って認めてるんだよな・・・。

361 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 03:12:23
>>359
日教組の平和教育も一種の思想の押しつけ以外の何者でもないが
そもそも教育とは強要し押しつけるものであって、生徒に勝手にやらせるようなもんではない

362 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 04:02:59

     ミミ ヽヽヽヽリリノノノノ
    ミ   ,,、,、,、,、,、,、,、、 彡 
     l  i''"        i彡
    .| 」   ⌒' '⌒  |
    ,r-/   -・=-, 、-・=- |
    l       ノ( 、_, )ヽ  | お前ら貧民は黙って
    ー'    ノ、__!!_,.、  | 堀江と投票用紙に書けばいいーんだよ(ブヒッ
     ∧     ヽニニソ   l
   /\ヽ           /
 /     ヽ.  `ー--一' ノ/ヽ  
/     r‐-‐-‐/⌒ヽ-─''   `、
 ヽ、  |_,|_,|_,h( ̄.ノヽ      ヽ     
 ー-ヽノ| `~`".`´ ´"⌒⌒)    ヽ
 ノ^ //人  入_ノ´~ ̄      )



363 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 04:30:53
>>359

この前のNHKの戦後60周年記念番組で町村さんが言って
たね。「社会科の教師はマルクス・レーニン主義だから」って。

364 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 08:35:15
>>361
日本国憲法でも読んでから、出直してこい。

365 :考える名無しさん:2005/08/20(土) 18:00:00
日本国憲法に日教組の平和教育を押し付けて良いと書いてあるとはしらなかった。

366 :jun1:2005/08/21(日) 12:04:30

哲学教育について少し意見を変えたのでそれについての意見を提出します。

哲学の授業についてです。私は哲学って、たとえば相対性理論の公式を
理解できなくても、それについて話すことのできる自由な授業が望ましいと思う。
もちろん興味がある人は、それについて独自に勉強することに超したことはない。
ただ、たとえばカントの『純粋理性批判』を読まなければ哲学の授業ができないとか、
そういう哲学書の熟読を早期哲学教育を目的とした中学生や小学生の授業スタイルと
するのは無理があると思った。

中学生といってもレベルは様々で、一つの特殊な哲学用語を理解するため、
ある人なら一晩で、ある人なら一年その用語を理解するのに費やしたとか、
かなりの差が生じると思うからだ。言語活動を第一の目的とした哲学の営為が、
そんなレベルの差で享受できる者とできない者が出てくるのは、正直、惜しいと私は思った。

私は中学生の哲学は、いろいろなテーマで話し合える、
そんな哲学の授業がふさわしいと考えている。テーマはなんでもいい。
別に高等での議論でなくてもいい、情報処理室のパソコンを使ってのチャット形式の
議論でも論文でもなんでもいいから、積極的に自分の意見を言い合う、あるいは提出する。
そういう授業。ディベートではなく、いかに生徒に自分の意見をそこで組み立てさせるかを
授業の狙いとした立論するための訓練として。
またあらゆるテーマに触れることで、自らの閉じた関係性に刺激を与えるものとして、
その人の夢、つまり彼の可能性を、広げる具体的な作業の場として、
哲学の授業が行なわれるべきなのではないか。


367 :jun1:2005/08/21(日) 12:05:16
(つづき)

またテーマはなんでもいいと言うことが条件になりうる。
政治でも、歴史でも宗教でも構わないし、科学、量子論でも、相対性理論でも、
ボーアの理論について話し合うのでも構わない。みながそれをその現場で
一から理解し合うのを前提として、その知識、そのテーマについて皆が感想を述べる。
そういう授業がいいと思うのだ。知らないと言うことは知ることの第一の条件である。

またタブーはない。マルクス主義の思想について、語り合う。
宗教について意見を出し合う。善悪について、思想について意見を出し合う。
科学の誤謬の可能性について、また学問のアポリアを認識しあう。
権威の構造を知る。情報の盲点を知る。そういう授業が、望ましい授業だと言える。
むろん議論そのもののダイナニズムも肯定する。

哲学の授業は、他の授業とは違って精神的なものに触れる授業でなくてはならない。
信条、教条的なドグマの可能性を認識ししつつ、それを活用しなければならない。

哲学の授業において、テキストは本来不要である。テーマとそれについて語りうる
情報の素材が十分にそろっていればいい。おそらく教えられる者は、
その素材を使って様々な意見を提出してくるだろうからだ。
しかし『哲学とはなにか』を知るためのテキストは必要になってくるだろう。
アポリアに直面したときの手引きとして『哲学とはなにか』の哲学が
具体的に今そこで必要とされるからである。以上です。


368 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 12:45:12
まあぶっちゃけ国文学および国語教育の時間を削らないとそういうのは無理だが、
日本の伝統思想は「唐心」が大嫌いだから無理だろ。

369 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 12:53:00
>>368
>日本の伝統思想は「唐心」が大嫌いだから無理だろ。
それって本居国学と平田傍流だけだろ。

370 :jun1:2005/08/21(日) 12:54:23
>>368
「唐心」ってなんだか難しすぎますな
どういう意味ですか。

371 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:00:00
異国の精神っていみだお

372 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:00:28
「からごころ」
本居宣長を読めばわかる。

373 :jun1:2005/08/21(日) 13:02:42
>>371
了解でし

374 :jun1:2005/08/21(日) 13:13:07
>>368 (多少意味がわかったのでレスします)

なるほど。
おそらく哲学の授業は、国語の授業とは、全く別の授業になるんだろうと思われましたね。
むろんあくまで想像なんですがね

ちなみにどういうところが、違うかというと、
1:議論形式の授業スタイル。
2:テキストの廃止。
3:授業やテストに正解が存在しないこと。
4:読み手レベル、作者レベルの考察がなくなり、自分自身の考えが優先されること。

いかがでしょうか。



375 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:29:08
>>374
いや、結局言語能力を磨く授業になるから、
国語の時間を削らないと実現しないんだよ。
今でも「論説文」を読む時間があるだろ?
あれを改善するしかない。
けど「国語」の人はロジックを重んじないんだ。


376 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:32:37
センター試験くらいならほとんどロジックで解けるんだけどな。
たまに答え見てもなんでそうなのかわからんのもあるけど。

つか受験対策としてロジカルに文章を読む訓練をされるんじゃないの。ふつうは。

377 :jun1:2005/08/21(日) 13:35:11
>>375

思わず、同意しそうな意見ですね。別に国語だけ削らなくたって、
数学やら歴史やら削れそうな部分はたくさんありますよ。
ただ国語の問題が哲学の問題と近接しているというのには、同意です。
反国語的な考え方を哲学は実践しそうな気がします。

ちなみに
「論説文」の問題点についてあなたはどのようにお考えですか?
ご意見いただければと思います。



378 :jun1:2005/08/21(日) 13:39:27

それと、国語って言うと、ロジックもそうですが、常識的な基礎が必要だったりしますよね。
隠喩表現が示すものとか、主語のない文章の主体を探したりとか。
あと要約(抜き出し)のセンスとか。ある程度様式化されすぎていて
そこから国語教育が抜け出せないでいるような気がするんですが気のせいでしょうか?


379 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:39:37
>>377
アメリカの国語教育だと、
「事実」と「意見」を徹底的に区別させられるそうだ。
でも日本人は「事実」って奴に引っかかる。
「本当に客観的なものなんかあるのか?」と。

俺はアメリカ流の割り切りが単純化を含んでいると思うけど、
反面文章から論理を読み取る訓練にはなっていると思う。
でも日本の論説文は、
かなり初期から「行間を読み取る」ことを要求している。
2ちゃんで言う「空気嫁」って奴。

380 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:41:46
日本の場合、論説文が生まれるマスメディアが、
そもそも何かを主張する人間の足を引っ張るばかりだ。

381 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 13:42:27
ドラゴン桜なんてその雰囲気を更におしすすめるだけ

382 :jun1:2005/08/21(日) 13:49:02
>>379
>でも日本の論説文は、
>かなり初期から「行間を読み取る」ことを要求している。

たしかに行間ていう抽象的なものに支配されていますよね。

古典を読む授業でも、それはその物語を知っているかが
重要な要素となっていて、それをもとに登場人物の心情を
推し量るような問題が出される場合がある。
行間を読ませたいという思いと、古典を読ませたいという思いが
混乱している結果だと私は思ったりする。国語教育には、
なにかそういう二重の問題がはらんでいるような気がするのは、
単なる気のせいなのかな。

そして、論理的な訓練はおそらく国語と切り離してされるべきだと思うし、
またその訓練は、数学的な訓練と同じように意味ある訓練だと私は思ったりする。
例えばそれは読書の仕方だったり、問題点のとらえ方だったり、探し方だったり、
テーマに関わりながら、アプローチの仕方に積極的に関わるようなスタイルが
望ましいのではと思う。


383 :jun1:2005/08/21(日) 13:55:13
>>381
ドラゴン桜は面白いですよね。私も読んでますよ。
でも読んでいるだけじゃ、あれもただの思想ですよ。
実力競争主義の。

私はテーマが豊富というのは、哲学の絶対必要条件だと思うんですよ。
年齢やレベルに関係なくあらゆる知がそこに揃っていなければならないと思うんです。
私は哲学は、学問にではなく、最初に私自身に関わるものであってほしいと言う思いがあります。



384 :考える名無しさん:2005/08/21(日) 14:12:55
小学校から哲学の授業なんてしたら、なんだか冷たい人間になる気がするけどな。
そんな事教えるより、宗教的だったり、偽善的でも「人間は優しくあるべきあるべき」
とか、教えたほうがいいんじゃないか?

人格形成される時期だったら特に重要だよ。
「命は大切な物」
これを刷り込ませる事で、殺人は減ってく。哲学で命の大切さって教えられるか?

385 :凡人:2005/08/21(日) 14:23:56
哲学の愛智とは物事の善悪を明確に意識する心ですので道徳の事では無いですか?
人類史は力を崇拝する蒙昧意識に依って支配され全て偽善で賄われ真の道徳は
反社会的で有り敵とされていますので、その壁を力を使わず知恵で崩さなければ
成らないという大きな課題が有ります。
愛智の意は教育では無く導育を行う必要が有りますが導育する者は愛智の真意を
会得していなければできません。
哲学者は愛智の意を会得できずにいる心の迷い人てすので哲学本は一切、参考に成りません。
外部から汚脳をされる期間の短い幼少の頃で有れば大人よりも遙かに高度な哲学意識を
備えていますが、それを育てる意識が大人社会に無いのが問題です。
幼子に導いて貰うつもりで同じ目線で話し合う事が良いと思いますが大人社会の影響で
悪知恵が発達している子供もいますので対処に工夫が必要です。
哲学書など他者の意識に捕らわれず自己、互いの持つ良心と対話を繰り返せば愛智の
真意を会得できます。
早期導育でしたら賛成しますが記憶「力」を重視する蒙昧教育には反対す。

386 :jun1:2005/08/21(日) 14:29:20
>>384

面白いテーマですね。
実は私、そういう議論をしたいと思っていました。
それは、『性悪説』と『性善説』に基づく批判だと思われますがいかがでしょう?(確認を含めて)

哲学では、命の大切さを教えられるかというより、なぜ命を大切にしなければいけないのか?
なぜ、命を大切にする実態があるのかという考察が行なわれます。
そういう意味であなたの『冷たい人間』という解釈は正当のように思われます。

しかし、では逆に問いかけたいのですが小学校で命の大切さを教えられるものなのでしょうか?
そんなに教育とは尊大でおこがましいものなのでしょうか?
一緒に考えていただければと思うんですが、命の大切さは、上から下へ引き継がれるようなものではないと思います。
命に触れることで、命そのものへ愛着を得る、そういう作業によって育まれるものです。
そういう意味で命の大切さを与えるための画一化された授業は存在することはできないと私は思います。

また教育、良い師匠を見て手本にし、という観点で道徳に触れるということもあろうかと思います。
しかしそれの土台になるのは他でもない、哲学であるはずなのです。
どうしてそれがあの人において正しいのか? どうして私だとそうなるのか?
そういう問題点を考察する自己の考察は、他でもない哲学であると私は思います。
またそれによって、いったんはなれた『命の大切さ』を再認するという作用が生まれます。
この『再認』が"育み"と解釈されれば、『冷たい人間』という批判も
薄れるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。


387 :jun1:2005/08/21(日) 14:32:41
訂正
>またそれによって、いったんはなれた『命の大切さ』を再認するという作用が生まれます。

 また哲学によって、いったんはなれた『命の大切さ』を再認するという作用が生まれます。


388 :jun1:2005/08/21(日) 14:48:10
追加 >>386

すり込み教育、インプリンティングされた情報(価値)もそれを育てることをしなければ
元の木阿弥です。餌をくれない積み木のあひるによちよちついて行くよりも、不十分でありながらも
自分で餌を探す方がまだ希望が持てます。

その育てるという意味として哲学が、唯一その素質を持っているものと
思うのです。いかがでしょう。



389 :jun1:2005/08/21(日) 15:08:21
>>385
>哲学の愛智とは物事の善悪を明確に意識する心ですので道徳の事では無いですか?

哲学は教条的に善悪を明確に意識するような絶対的なものではないと思います。
むしろ様々な意見に触れ、少しずつ自分の意見を修正する、そういう相対的なものです。
そこには反対意見もあり、矛盾点やアポリア(難問)も提出されますので、
道徳心そのものを向上させるまでには至りません。しかしその契機を与えることができます。
もしそのとき彼が精神的苦境に立っていれば、哲学に信仰以上の価値を見いだすことも
可能でしょうが、哲学の授業ではそれはまれでしょう。むしろ道徳の問題点に多く触れることが
大事なんじゃないでしょうか? それによってはじめて独善的な考えというものが現実問題において
滅ぼされるからです。それは方法論的なあり方を模索するものでしかありませんが、
謙虚さや、物言いの秩序について考えるきっかけにもなります。

あとは、おおよそ同意ですね。問題意識がだいたい私と共通していると思います。


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