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運とは何か

1 :一般ピープル:2005/04/26(火) 22:10:24
タイトルと違いますけど
とりあえずスポーツなどで必要なのは
運と実力。スポーツの場合実力が大半を占めているが
ギャンブル、宝くじといった純粋な運で挑む勝負。
こういったことに深くかかわっている運。
それをひとつの形として表すことはできるのか。
START


2 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:17:27
想定外

3 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:20:32
>1さんはスカトロずきのギャルではありませんよね



4 :一般ピープル:2005/04/26(火) 22:22:59
ここにははじめてきました
てかまず男ですよ

5 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:24:10
知る事による予測が出来ない事象。
そもそも詳細を知る事の出来ない事象。
これらの齎す結果の良し悪しを以って運が良い、悪いと言う。

6 :一般ピープル:2005/04/26(火) 22:32:13
5
ですよね。
とりあえず勝負事の勝ち負けのとき
理由の埋め合わせの一部
例あいつに勝ったのは運がよかったんだ
などというときに使われるのはわかるのですが、


7 :へそ曲がり:2005/04/26(火) 22:38:55
実力によって、物事を都合が言いように導くことを腕がいいという
実力によらず、自らの都合がいいように物事が運ぶことを運がいいといい
実力など関係なく、物事が上手く行かないことを運が悪いという
なお、実力が無く、物事が上手く行かないのは当然という

実力があっても運が悪けりゃボロボロよ…

8 :ローカルルール審議中:2005/04/26(火) 22:46:10
運のいい人とは、必要以上のことを知らなくて一生を終えることができる人のことだと思う。
運の悪い人とは、知らなくていいことまでガキの頃から知ってる人のことだと思う。

9 :指し指 ◆6wmx.B3qBE :2005/04/27(水) 06:52:04
勝つ確立をいくらでも高めることが出来る。

10 :ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 08:49:40
興味深いスレですね。
勝ち続けている人間は、常に実力だけで勝負しているわけではない
ですよね。
波に乗り、良き運の波に助けられて力を発揮していく。良き運の
波を大事にしますね。波は浮き沈みがあって、調子の悪いときは
大きな勝負に出ないで、次の波が来るのを待っている。そして
来た!と感じたときに大きな勝負に出る。運を味方に実力を何倍
にもして勝っていく。哲学者で運について考察した著作はないで
しょうか?読んでみたいです。

11 :サーファー:2005/04/27(水) 10:06:18
毎日、波を見て暮らしています。


12 :ローカルルール審議中:2005/04/27(水) 10:09:47
10
カント

13 :一般ピープル:2005/04/27(水) 17:39:29
10さん
運について考察した著作
さがしてみます。

14 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 16:47:15
尼崎列車事故の被害者の皆さんは本当に運がなかったと思う。
なかには、普段あの列車を利用しなくて、旅行とかでたまたまあの列車を
利用して事故に遭われた方もおられるようだ。
一体どういう要因が彼らの運命を決したのであろうか?
業(行為)の集積によって、人の運命が決まるという説もある。
善因楽果や悪因苦果など。しかし彼ら被害者たちは生前悪い事はなにもしてないのだ。
なのに何故、こういう悲惨な最期で人生の幕を下ろさなければならなかったのか?


15 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 17:18:36
>>14
全ては偶に満つ、という言葉があるように
本来自然現象というのは、偶然的であり、突発的、計算が出来ないもの。
それを人間は物事を計算がきき、算定ができ、予測がきくようにする。
それは言わば物事の偶然性を極端に排除していこうとする過程である訳だ。
文化の発展には常にこういう偶然の排除が織り込まれている。
しかし文化という安心の囲いの檻から抜け出せば、あらゆる混沌が待っている。
偶然性という名の混沌が。今回の事故は文化の計算の範疇内の事故であったわ
けだが、そして普通には、必然的に次の駅に到着するはずだったが、
油断のならないところに魔物は住んでいたのだ。




16 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 22:04:11
勘が異常にいい人っていますよね。無意識レベルで運転士をチラリと見たり、
運転がおかしいな何か様子が変だな・・・と無意識に感じて、乗らなかった人も
いたりしてね。

17 :一般ピープル:2005/04/28(木) 22:56:01
不慮の事故にも運は大きく関係してますね



18 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 23:00:16
うん

19 :たずらちゃん:2005/04/28(木) 23:03:51
うんが いいひとは いい方向 から見えるひと

うんが わるいひとは わるい方向 から見えるひと

20 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 23:19:33
>>10
色川武大という文学者(別名は阿佐田哲也、「麻雀放浪記」などで有名な人。坊や哲。)
がいて、その人が書いたあるエッセイ集に、
運に対する考察が書かれている箇所がある。
たとえば、丁半博打で出目の確率が偶数50%、奇数50%、であっても
勝率を変化させることができるセオリーだとかが書いてあるんだが、
そういう確率の駆け引きの技術の他にも、
どうやらカルマの法則のようなものを見ていたらしい。
(直接そういう風に書いてはいないけどね。)
哲学書ではないが、ためになる面白い本だった。
「うらおもて人生録」という本だったかな。
ギャンブルはおすすめできないけど、興味がある人は一読してみるといいよ。

21 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 23:47:02
>>20
丁半博打で支配するのは,いかさまの駆け引きであって確率の駆け引きではない。

22 :考える名無しさん:2005/04/28(木) 23:58:42
壷ふりだったら、たこさまの駆け引きってこと?

23 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 01:26:03
道徳的運

24 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 03:10:35
>>16
勘ってのは経験則である事が多い
ちょっとしたことの変化を、意識下で感じ取って選んでいることが多い
運とは別物である

25 :考える名無しさん:2005/04/29(金) 08:46:08
経験、そして偶然の重なり合い

26 :一般ピープル:2005/04/29(金) 09:49:28
20さん
麻雀放浪記は読んだことありますよ。
戦後の話から哲也さんが会社に入社したりして
博打を打っていく話ですよね。
確か漫画にもなってたような

そういわれてみれば確かに麻雀放浪気は
運に対する考察ですね!
「うらおもて人生録」読んでみます。



27 :一般ピープル:2005/04/29(金) 10:08:21
15さんの 「本来自然現象というのは、偶然的であり、
突発的、計算が出来ないもの。
それを人間は物事を計算がきき、算定ができ、予測がきくようにする。
それは言わば物事の偶然性を極端に排除していこうとする過程である訳だ。」
という運、自然、人間に関する大前提も
博打の世界で言えば麻雀でイカサマをすることは
まさに「偶然性を極端に排除していこうとする過程」ということですね。
やはりギャンブルは人と運に関する関係を形として表すのに
都合がいいもののようです。
皆さんの意見はとても参考になります。




28 :一般ピープル:2005/04/29(金) 10:09:13
15さんの 「本来自然現象というのは、偶然的であり、
突発的、計算が出来ないもの。
それを人間は物事を計算がきき、算定ができ、予測がきくようにする。
それは言わば物事の偶然性を極端に排除していこうとする過程である訳だ。」
という運、自然、人間に関する大前提も
博打の世界で言えば麻雀でイカサマをすることは
まさに「偶然性を極端に排除していこうとする過程」ということですね。
やはりギャンブルは人と運に関する関係を形として表すのに
都合がいいもののようですね。
皆さんの意見はとても参考になります。




29 :一般ピープル:2005/04/29(金) 10:10:04
同じことを二回書いてしまったようです。
申し訳ありません。

30 :10:2005/04/29(金) 10:18:59
>>20
ご紹介ありがとうございます。
数学者の森毅に言わせると、賭けに関する阿佐田哲也の確率論は、滅茶苦茶の
嘘ばかりだそうですが、それでも修羅場を生き抜いてきた何かは必ずある
はずです。阿佐田の文章の中に重要な何かを感じ取れるかもしれません。
読んでみます。ギャンブル関連では雀鬼の本を何冊か読んでみましたが、内容が
超能力的であり、また人生論的でもあり、私のレベルでは理解が難しいものでした。
森毅は戦時中に、友人には爆弾が落ちて自分には何故か爆弾が落ちなかった、など
運について考えた事があるようですが、ヘラヘラしてれば運の女神も微笑んでくれる
だろう、みたいな事を言っていたような記憶が。
>>24
なるほど、運の解釈は難しいものですね。
意識的に勘を働かせてあるものを選択し、それで成功したのなら、経験則から
成功(失敗の回避)をつかんだと自覚できますが、たとえば無意識に選択したもので
成功した場合、経験則で選択したという自覚がないので「運が良かった」と
思うのかもしれません。ですが、より深い解釈があるかもしれません。
なかなか深い問題です。

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