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体系的に物事を考えるとはどういうこと?

1 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 02:35:00
物事を考えるときになんとなく「今、自分の考えが頭の中で体系的に組み立てれているなあ」と
思うことはあります。
しかし、その体系の図を実際に紙に書こうと思っても、なかなかうまく書くことができません。。。

私の中ではいまひとつ実態のつかめないこの「体系的に物事を考える」こと、
というのはいったいどういうことでしょうか?
哲学板のみなさん、教えてください!


2 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 02:48:57
どうして体系という概念が必要であると考えるようになったのかを考えよう。
必要性は何であるのか。


3 ::2005/05/12(木) 02:59:29
>>1
必要性は私がその物事を理解することです。

「理解」とは何か?というのも大変な疑問なのですが、
とりあえず理解するためには自分なりに体系的に考えることが大事だと思います。
ですからその「理解」とは何かを理解するために、体系的に考えるとは何かを知りたいのです…

4 ::2005/05/12(木) 03:00:16
間違えました。上は>>2さんへのアンカーです、、

5 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 03:16:25
>>1
答えでてるやん
絶対的な体系的に物事を考えるためのプロセスなどない。
そして体系的に考える最大多数の目標は自分が理解すること。
理解の仕方は人それぞれ、よってそれを達成するための手法である体系的に考えることも人それぞれ。

紙に書こうと思っても書けないのはまだ自分の中できちんとした体系ができていないから。
体系を整える上での自分なりの基準をしっかり決めて、紙にかくならきっと書くことができる。

6 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 03:23:47
体系的に考えるのは非創造的だから、
体系はわかっていることをわかりやすくするための説明方式なんでしょう。

7 :5:2005/05/12(木) 03:36:27
プラス
理解とは何か、という問いに対する答えももちろん人それぞれ。
いや生物学的な働きとしてのアンサーだったら絶対的に出てくるだろうけれど、
1が望んでるのはそんな答えじゃないんだろ?

俺の話だが、俺は理解とは何かをほんとに深く深く考えようとしたら何も理解できなくなってくる。
それは本来は主体が行っているはずの理解を、
何か別の媒体が理解しようとしているのを外から客観視して考えてしまうから。
(ここでは脳は物質だから、意識は必然であるという議論は抜きで考えよう)
これによって本来の意味での理解ができなくなってしまい、なんとなく不安に陥る。
いわば自分の目を鏡なしで直接見つめようとする、みたいなニュアンスだな。


だから俺はある程度のところで線引きをしている。
それ以上考えたらどろ沼にはまって狂いそうになるという地点で。
俺にとってのその点こそが「理解とは何か」って点。
いや理解の定義とかじゃなくて、
「今俺は理解しているけど、これってほんとに理解しているのか」
っていうレベルの話ね。

ひょっとしたら1の求めてた答えではないかもしれんが、
俺も昔常に疑問に思ってたことなんで書かずにはおれんくなったよ。


8 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 03:45:54
既に決まってるじゃないか、
体系的であるか、体系的でないものであるのかだ。
これを突き詰めていくと学になるようだ。

9 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 16:10:05
答え:理解しようとすること

10 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 16:30:46
概念を一定の基準の元に整理して理解しやすいようにまとめる事。
いちいちこんがらかった状態をカスタマイズして脳内に再入力する。
ゆえに体系的とは理性的、論理的な思考状態を指す。

11 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 16:41:21
>>7

>だから俺はある程度のところで線引きをしている。
>それ以上考えたらどろ沼にはまって狂いそうになるという地点で。
>俺にとってのその点こそが「理解とは何か」って点。

同意。話が合いそうだ。

過去に、意識化できる極北の概念は、自分にとっては<時間>だった。
胸に圧迫感を感じながら考え続けようとして、考えきれずに圧力に潰され続けていた。
考える、という行為そのものが人を狂わせるものなのだ、ということを実体験として知ったよ。

12 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 19:07:10
体系か。
なんか論理一貫したものをつくるってことかな。
俺は自分の体型を維持するのに必死だが。

13 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 20:55:27
めちゃめちゃも
なんどもくりかえすと
きせいじじつとなり
きせいじじつをくりかえすと
あたりまえとなる
あたりまえをくりかえすと
あきてくる
あきてくるとあたりまえが
体系的に見えてくる

14 ::2005/05/12(木) 21:21:10
すみません自己解決しました

15 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 22:29:31
人類は過半数はアホである

[証明]
人類の半分は女であるから、
男のアホをこれに加えると、
たしかにアホが人類の過半数になる。

どこの国でもアホが元首をやっていることを見れば
命題の確からしさはますます明白になるであろう

16 :考える名無しさん:2005/05/12(木) 22:42:21
>>1の体型

   彡川川川三三三ミ〜
   川|川/  \|〜
  ‖|‖ ◎---◎|〜
  川川‖    3  ヽ〜
  川川 u  ∴)д(∴)〜
  川川      〜 /〜 
  川川‖  u 〜 /‖〜
 川川川川     /‖\〜
 / u   u       u \
/       u   u    \ 
 u  ノ  u        )u |
   ノu   .:::o:::.   .::o::.ヽ  |
  /|             ヽ |
  /| u    u      u  ) |
  |(  \____ × _/) }
  | \_________丿|
 J|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||し|
J           | |    |J
            | |     |〜
            | /     |〜
 ________/|____|〜
 |        u  | u     |

17 :7:2005/05/12(木) 23:30:35
>>11
同意してくれてありがとう。
自分は哲学科出身でもないし、普段回りにそういうこと話し合える人がいないから
自分と同じようなことで頭抱えている人がいることを発見できたことが非常に嬉しいし、また安心した。

ところで質問なんだが、「意識化できる極北の概念が時間」というのはつまりどういうことだい?
もう少し噛み砕いて説明してくれるとありがたい…

18 :1:2005/05/13(金) 03:17:57
>>14は私ではないですよ!
まだ自己解決なんてしてないです。。!

>>5さん
なるほど…本当に納得できる意見です…
私がいつもひっかかるのも
「私は今理解しているようだけど、ほんとに理解してるのか?理解とはいったい?」
どんどんドロ沼にはいっていく状態なんです。。
おっしゃったとおり、一度線引きしてみるといいかもしれませんね。

>>6
説明方式か…やはり説明のしかたが個々によって違うことから。
説明のための体系つくりも個々によって違うんですね。
私がまだへたくそなだけかな

>>8
そうですよね、学になるでしょうね。
ほとんどの学問は学問体系がありますからね

>>9
「理解」ってのがほんとにわけわかんない存在です。。
なんで私は理解できr¥てるんだろう…

19 :1:2005/05/13(金) 03:21:45
>>10
すごい分かりやすい説明だと思います!
やっぱり理解をするためには体系的が一番いいっぽいんですね。

>>12-13
納得…ですね

>>15
誤獏でしょうか?
もし違ってたらすみません。。頭悪いんで…

>>16
その体型ではないです。私もこのスレの話題も

20 :考える名無しさん:2005/05/16(月) 00:40:27
sage

21 :考える名無しさん:2005/05/19(木) 20:03:26
age

22 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 04:24:05
sage

23 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 06:06:59
>「私は今理解しているようだけど、ほんとに理解してるのか?理解とはいったい?」
理解とは何か
俺は定義できないと思う。
なぜなら理解には終わりがないから(あくまで俺の考え)。
(ヘーゲルは終わりがあるといってるらしいが)

体系的に考えるというのはわからんが、
体系的に理解するというのは、概念相互の関係を矛盾なく説明できるということだと思う。

そしてそれはなぜか。

人が理解した と感じるときは、自分の既存の知識と結びついたときだと聞いたことがある。
そして俺もそう思う。

また、理解にはレベルがある。
浅い理解、深い理解、
これらの差異は、いかに多角的な視点で対象をとらえているかというのがメルクマールだ。

もっといえば、いかに他の対象(類似の対象、対の対象)との比較ができているか
その量の多さで理解の深さは決まると思うのだ。

そしてその比較対象は無限にある。だから俺は、理解に終わりは無いと思う。

24 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 09:48:18
矛盾なく説明すること、それが体系的思考だろう
自己認識や世界認識、歴史認識や宇宙認識にしても
どこかに矛盾があると誰かが必ずツッコミ入れてくる
そういう非体系的思考は云わば欠陥住宅みたいなもんだ
体系的思考は設計も施工もきちんとした一戸建てに
喩えることができると思う




25 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 01:46:12
>>23-24
感動した!まさにその通りだとおもう。


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