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斎藤環スレッド3

1 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 13:21:40
ラカン萌え精神科医 斎藤環 のスレッドでつ。

前々スレ 斉藤環先生の思想。
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1044187815/
前スレ 斎藤環スレッド2
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/philo/1094311611/

2 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 13:23:21
お、立てれた。
立ってないから、かってに次スレ立てたよ。

3 :考える名無しさん:2005/06/03(金) 13:55:48
ホームページ
ttp://homepage3.nifty.com/tamakis/

はてなダイアリー - 斎藤環とは
ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%D8%C6%A3%B4%C4

斎藤環/ウィキペディア
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E7%92%B0

斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖
ttp://www.tv-game.com/column/clbr05/

4 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 13:27:57
即死回避カキコ

5 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 16:41:37
重複帽子age

6 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/06/04(土) 17:17:31
乙〜!

7 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 17:44:35
ttp://d.hatena.ne.jp/incubator/20050603
>ちなみに、斎藤環の著書で「ほほー」と思ったことが2つある。1つは、ひきこもりとインターネットとの関わり。
>俺自身はあまりインターネットにハマりすぎると閉じこもる傾向が強くなるように思っていたが、ひきこもりの人にとっては、インターネットという窓が開かれることは非常に重要なのだそうだ。



>あと、斉藤氏は「自分が担当したひきこもりの中で、ネットに積極的にかかわっているのは、全体の1割程度」と月刊現代で書いていたよ。
>これは以外な数字だわ。本当なら、重度ネット中毒=ひきこもり のイメージはウソだということになる。


8 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 17:54:42
>斎藤 ネットは、僕は患者さんには全員に勧めています。つまり、ないよりはあっ
>た方がいいという意味で。携帯なんかだと、こちらが勧めてもまず絶対に持ちませ
>ん。それは携帯が関係性を象徴する器具で、鳴らない携帯は関係性の欠如を表して
>いるわけで、そんなものは持ちたくないと言う。逆に言うと、社会参加し始めると
>みんな誇らしく持ち始めるわけですよ。シンボリックですよね。
>
> だから私としてはネットを勧めることにしています。そもそもひきこもりの方で
>最初からネットをやっている人って少ないんですよ。世間が思っているほどネット
>とひきこもりの関係は強くない。むしろひきこもっている当事者こそが「そんなこ
>とをしていたらますますひきこもってしまう」とネットから遠ざかったりします。
ttp://www.bk1.co.jp/contents/columns/backnumber/01041000_0034_0000000002.asp

9 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 19:49:40
ヒキコモリ→ネット廃人 と考えがちになるメカニズムこそ問題。
この実態とかけ離れたイメージがなぜ流通するのか、その前提条件。


10 :考える名無しさん:2005/06/04(土) 20:19:53
>>9
ゲーム脳と一緒。
理解できないものは検証不能の領域に囲い込んで
わからないこわいけしからんと他人事にする土人の習性。

あえて精神分析的な解釈をつければ
性犯罪のように自分もそういった衝動を
もっているけどもそれを否認したい、
ひきこもりや対人恐怖だって共感できるのに、
自分自身の内面のもやもやに直面化したくない、
とくにガテンマッチョなアドレナリン依存症の男に多いなw
そういう場合の防衛機制として
悪の枢軸はネットやゲームだと合理化するわけで。

まあ現代的な信仰の形態ではあるが、
ひどい場合は政治的な問題にもなるので注意が必要だな。

11 :考える名無しさん:2005/06/05(日) 11:33:07
tamakin

12 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 00:58:12
ほしゅ

13 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 06:19:09
『心理学化する社会』は大変興味深かった。
精神医療を巡る環境の現実的な話しが、結構、目から鱗だった

14 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 06:36:15
「精神医療には人間が欠けている」by小林秀雄

15 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 06:50:02
いつの時代だよwwww モオツアルトでも読んでろwww

16 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 08:21:16
ttp://www.geocities.jp/shakai_rinsho/etc/soukai12.html

17 :考える名無しさん:2005/06/06(月) 09:15:10
私はひとつの他者である

18 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 01:37:30
まだこんな詐術師のスレがあるのか?
もういらねえだろ。

19 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 09:57:01
インターコミュニケーションの連載が終わってました。
いつごろ単行本になりますかね。

20 :考える名無しさん:2005/06/07(火) 12:45:15
>>18
ヒキ板に帰れよ。

21 :考える名無しさん:2005/06/08(水) 16:31:04
ラカンの連載、続き読みたい

22 :考える名無しさん:2005/06/09(木) 12:36:59
斎藤さん貴乃花を診てやれよw

あれ青年期境界例だろw
屈折した愛情要求だよ。

まず若乃花から家族カウンセリングしたらどうよw

23 :考える名無しさん:2005/06/10(金) 02:31:03
ドシロウトが( ´,_ゝ`)プッ

24 :考える名無しさん:2005/06/10(金) 19:48:34
ウラジーミル・タマーキン

25 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 19:44:26
>>22
精神分析を以ってバカを治療するのは不可能なのでムリ。
ああ、精神分析じゃなくてカウンセリングだヴォケ、とか言う突っ込みはしないでお願い。

26 :考える名無しさん:2005/06/15(水) 22:00:48
>>22 >>25
22が言いたいのは家族療法のことだろ?

27 :考える名無しさん:2005/06/16(木) 01:59:59
>>26
んだ。

貴乃花が融通の利かない精神状態になってるメカニズムを理解させて、
おまえにばかり辛いことを押し付けて済まなんだと
身内連中が本心から言ってやれば元に戻るだろ。

ただこういうのは命に関わるわけでもなし、
病気として取り扱うかどうかが微妙だ。
つうかぶっちゃけ人格障害は病気じゃねえよな。
だから関係者が病識持たない限り治療はない。

ようするに若乃花が逆切れしてる状態だと
治療も事態の好転もないってこったw



28 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 08:47:25
> つうかぶっちゃけ人格障害は病気じゃねえよな。
> だから関係者が病識持たない限り治療はない。

臨床医療、臨床心理の専門家の間ではそこで意見が割れていると思われ。
斎藤は建前ではおそらく上のように言うだろうが、斎藤の場合それは
あくまで建前論だろう、という気はする。

29 :考える名無しさん:2005/06/17(金) 12:41:11
まあ周囲や医者から見て変だと思えば病気ということかな。

やっぱり社会適応という関係性で判断するのが妥当じゃない?
斎藤が内在因に還元できないっていうのは建前だとは思わないけどね。

脳に器質的変化があるから病気という考えだと
社会的に適応している場合にもそれも治すべきなのかとか
そいつは問題を起こす可能性が高いという偏見を持たれたりとか
そういう生物学主義って結構ヤバいんじゃないかと思ったり。

30 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 04:20:39
アフリカの部族で今でも女のコが子供のうちにクリトリス切り落とす部族がある。
不衛生な環境で医師でもない者が行うので感染症おこして死ぬ子供もいる。
そんな環境からアメリカにいって成功して、今、反対運動を続けている女性がいる。
こういう社会で適応出来ずにノイローゼになる子とかいそうだけどそういうのは

31 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 11:00:10
>>29
> 斎藤が内在因に還元できないっていうのは建前だとは思わないけどね。

それを建前と言ったわけじゃない。
生物学主義であれ結局のところダーウィニズム的な発想にもとづいて
「社会」適応を基準にしている事に変わりはない。(→社会生物学主義)
それらはいずれも厳密な意味での関係論じゃない。
そもそも物理現象を病気と健康とに区別すること自体、ある視点、
つまりある関係性からの価値判断であって、ナンセンスだと思う。

> だから関係者が病識持たない限り治療はない。

その意味で厳密な関係論(構造論)の上に立つならば、「社会」は関係
であって、関係に適応するという言い方はおかしい。AがBに不適応を
起こしているのは同時にBがAに不適応を起こしていることでもあるわけ
で、それこそを関係性というわけ。
その場合AかBのどちらかに病気の意味を還元するのが内因論や生物学主義で、
本当の関係論はAとBとの間にある関係性そのものに決定因子があるとする。

32 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 12:53:47
>>31
まあ元レスの反論になってるかどうかはともかく、それでいいけどね。
自分の欲望は他者の欲望だしw

33 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 14:04:02
>>32
他者の欲望も「自己イメージ」とちゃうん?w


34 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 14:15:18
>>30
> こういう社会で適応出来ずにノイローゼになる子とかいそうだけどそういうのは

>>29の基準でいけば、社会不適応であり、即ち病気ということになる。w


35 :考える名無しさん:2005/06/20(月) 15:10:14
>>33
詳しく

36 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 07:20:01
>>34
じゃあ、
太平洋戦争で「勝ち目が無い戦争に従軍したくない」と懲役拒否したら・・・

37 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 07:30:44
>>36
「社会的ひきこもり」です。
http://morimoto-sr.ac/deloffice/99/09/26.html#1

38 :考える名無しさん:2005/06/21(火) 07:41:45
>>27
> つうかぶっちゃけ人格障害は病気じゃねえよな。
> だから関係者が病識持たない限り治療はない。

一行目と二行目は矛盾してないか?
人格障害という概念はそもそも関係者が病識を持つということ、
すなわち他者の欲望を基準につくられた障害(病気?)のようなもの。


39 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 15:18:00
>>35
前回スレのつづきじゃない?
他者の欲望と思われているのは本当は自己イメージだ
というのが前スレの話じゃなかった?

40 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 15:46:44
> 他者の欲望と思われているのは本当は自己イメージだ

???どういう意味なんだ?
説明してくれ。

41 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 16:17:56
>>40
ラカンかぶれがこういうことよく言うんですよ。
バカのひとつ覚えみたいに


42 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 16:18:17
斎藤環というよりもラカンそのものが、臨床の現場では役にたってない。
ラカンはフロイトの解釈を広げたかもしれないが、その臨床例はフロイトの
臨床例だから半世紀もずれている。
「戦前、前後」という分け方で考えても、その患者の背負う社会的背景は違いすぎる。
ラカン自身は臨床例をいっぱい持っていたにもかかわらず、それを使わなかったのは
明らかに、臨床への適用が目的では無かったということ。
斎藤氏は在野の精神科医でもあるわけだけど、実際は自分の著作でもかなり混乱してるよ。
日本ラカン協会でも会員は精神科医だけじゃないもの、斎藤は会員だけどね。
「精神分析」は思想だと思うよ。ただ、フロイト=ラカン思想もかなり新陳代謝が
必要なのではないだろうか。

43 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 16:25:59
>>41
他者の欲望は実は自己イメージだというのは
どっちかというとラカン批判に見えるけどな。
これだけじゃなにが言いたいのか分からないけど。

44 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 17:05:58
>>42
十川の本でも読め

45 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 17:14:28
>>44
よく知ってるよ。
十川幸司も日本ラカン協会だから。

46 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 17:20:29
>>45
だったら十川のラカン批判も知っているはずだし、
十川が精神分析を行うところを開業していて臨床が行われていて、
臨床が彼の理論にも反映されているのがわかるはずだと思うけど。
ていうか彼の臨床に際してはラカンよりも他の人の影響を強く感じるが。

47 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 17:35:27
>>46
ふう、住所も全部知ってるよ。
十川を批判してはいないさ、斎藤の流れでの「ラカン」についての話。
十川はかなり頑張ってると思うよ、ちゃんと真面目に「ラカン」と格闘している。
花村誠一なんかともちゃんとわたり合っているしね。

48 :39:2005/06/29(水) 18:29:13
>>43
> 他者の欲望は実は自己イメージだというのは
> どっちかというとラカン批判に見えるけどな。

そうなんだよ。しかしラカンに依拠しているかのように
語るこのスレの住人がそんなふうに言ってたと思うんだが。

49 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 19:51:59
>>47
その上で
>「精神分析」は思想だと思うよ。(>>42
と言っているワケ?

精神分析と名指される一連のものが総体として概ね「思想化」している、というのであれば、
それについては同意するんだけど。
一応、臨床あるいは治療行為、つまり「実践」としての生き残ってもいると主張したかったんだ。

50 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 19:57:23
力動精神医学が全盛だった時代に今以上に統合失調の治療率が
高かった(予後良好の)時代があったんだね。知らなかった。

51 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:00:26
>>49
「学」が抜けていたね、失礼。
「精神分析学」だ。

52 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:13:58
>>51
学がついていないことがそんなに重大。
英語でpsychoanalysis、独語でpsychoanalyseでしょ?

53 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:28:11
>>52
“日本語表記”では極めて重要だね。
医学・哲学・心理学・物理学・化学・生物学・文学・建築学…

とりあえず、上記の単語から「学」を取り去ると、どうなるだろうか。

54 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:33:49
>>53
心理学・物理学・化学・生物学あたりは
logyとかlogieとかってスペルじゃなかったっけ?

55 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:35:14
言説分析も言説分析学と称するのかな?

56 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:46:35
>>53
斎藤によれば、
「精神分析」は学ではない、
ということになっているはずだが。
それを踏まえた上で、「治療技術」としての精神分析ではなく、
「思想」としての精神分析を言っているのかな?

57 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:49:17
はあ?

58 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:52:02
>>52 学がついていないことがそんなに重大。[質問]

>>53 “日本語表記”では極めて重要だね。 [質問につての答え]

59 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 20:57:55
>>58
まさに、まさに、禿同汁。

>>53
>とりあえず、上記の単語から「学」を取り去ると、どうなるだろうか
稀に見る、“日本語表記”。まさに“日本語表記”は極めて重要だ。
取りあえず、小中学の国語からやり直して来い。


60 :考える名無しさん :2005/06/29(水) 21:05:39
うははは。

61 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 21:33:43
>>58
日本語表記として「精神分析」で十分通用すると思うけど。

>>59
国語辞書上でもそう表記されているし。

62 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 21:51:49
>そう表記
・・・どう表記されているのかね?。必要な箇所を省略
してしまっては、意味筋が通りませんよ。世話が焼けるな。

63 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 22:15:32
>>62
「精神分析」

64 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 23:35:00
ひたすら斎藤の本を読んでいないやつが多いな。

65 :考える名無しさん:2005/06/29(水) 23:49:44
  ■斎藤なんかどうで喪いいデソ。
   そしうる とか 古井戸 のことヨンでから
             えらソな古都 家よナ■





66 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 00:07:01
学学いうから斉藤学の話してんのかと思った。

67 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 00:23:44
斎藤学の書くものは勉強になるし、すばらしい臨床家だと思うけど、
「本当の自分」とか「ありのままの私」なんてラカニアンには到底受け入れられない
本質主義的なイメージをほぼ留保なしで出してくるから気をつけて読まないとヤバいよw

治療には効果あるだろうけど「自分らしさ」みたいな
自然的調和や本来性への回帰って考えはほとんどユングだからね。

たまきん読者は「心理学化する社会」でそのヤバさは分かってると思うけど。

68 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 00:59:28
「資本主義の病理」

69 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 05:56:15
>>67
それらの表現は本質主義的な意味で使われているんじゃないと思うけどなぁ。
斎藤学の危なっかしさはむしろ「あるべき家族像」とか「あるべき社会化像」
とかが治療の目標になっていることで、斎藤環にもその種の原理主義が見
られるように思うなぁ。

70 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 06:03:01
>>67
ラカンはその点で一見してラディカルな面もあるんだけど、斎藤環とかを読むと
けっきょく世間的で保守的な理念のなかに回帰してしまうから、その点でまだ
斎藤学のほうがマシだったりする面もある。
ラカンそれ自体の思想は別としても。

71 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 10:43:29
>>69
「心理学化する社会」を嫁

72 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 10:50:12
ttp://www.geocities.jp/shakai_rinsho/etc/soukai12.html
> 斎藤環さんの『心理学化する社会』などを読むと不安にもなってくる。
> 社会の心理主義化を批判しながらも、逆に心理主義化を押し進めていくような
> 内容になっているからだ。

同感。
というか、斎藤のほうがむしろ彼らの批判を意識してこの本を書いたような感があるなあ。

73 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 11:28:53
斎藤学の場合は「あるべき家族像」の方が方便だ。
彼はスウェーデンのような社会を評価しているからな。
フェミニズムに親和的だし同性婚などの今の家族形態と違うものも念頭にある。
非常に個人主義的だな。というかむしろアンチ家族主義だ。

一方で「自分らしさ」のようなある種の「本質」は
ほとんど確信として実在に近いものとしてあるように思うけどな。
「親密さ」などの健全な人間像とかな。
「個」に内在する主体的、普遍的な力というのが想定されていて、
そこから、なんらかの調和のイメージを持っているのは確かだと感じる。
別にそれが悪いとは言わないがな。ただ思想としては疑問がある。

斎藤環はあらかじめ持っている「自分らしさ」などないと考えているだろう。
たまきんはどういう人間を「健全」とするのだろうか、オタクw?
ひきこもりなどの対応でたまきんが保守的に見えるのは、
とりあえず社会と接点を持てていればいいぐらいで、
今の日本の家族形態一般をとりたてて批判する考えがないからだろう。
ACのように「親が悪い」とは一般化して言えないということだな。

斎藤環が抑圧された神経症の方が、解放された人格障害よりましじゃないかなあ
というニュアンスのことを言っていたのに俺は激しく同意する。

74 :考える名無しさん :2005/06/30(木) 17:20:27
「最高タマキン」は断じて「サイコ・タマキン」ではないz0。
臨死ウで癌婆っテルからナ!

75 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 17:56:46
抑圧された神経症人間なんて本当にいたんだろうか。フィクションぽいが。

76 :強い電波を感じます:2005/06/30(木) 18:05:00
>抑圧された神経症
>解放された人格障害

意味わかんね

77 :考える名無しさん:2005/06/30(木) 18:07:23
>>75
まあその時代にどう暮らしていたかなんて分からないしな。
そういう事もあったのかも知れぬ。
それに現代でもACなどアヤシゲな概念で治療されて『癒される』人もいる訳だし。
そろそろこうした『精神の治癒』の地層から何か貫くものを掘り起こす時なんだろう。

78 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 01:22:19
???

抑圧されていない人間なんていないだろう?

典型的なヒステリーの話なのか?

79 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 09:27:01
>>73
> 斎藤学の場合は「あるべき家族像」の方が方便だ。
> 彼はスウェーデンのような社会を評価しているからな。
> フェミニズムに親和的だし同性婚などの今の家族形態と違うものも念頭にある。
> 非常に個人主義的だな。というかむしろアンチ家族主義だ。

その点では、斎藤学のほうがリベラルだな。むしろ「あるべき家族像」を
社会的に演じさせられている家族関係に家族の病理をみている節がある。

ただし、その論法として「機能不全の家族」という言い方でもって病理化して
しまうところに逆戻りしていしまう危うさがある。そしてその基準になっているのは、
現代の神話としても機能しているような「自立した個人の要請」という社会化モデルだ。

そこに円環運動の構造がある。斎藤学はそれにどこまで気づいているのか?
単なる俗流精神療法家に終わっているのか。そこが気になる。

> 「親密さ」などの健全な人間像とかな。

斎藤環のほうにもそれはあるんではないか? 彼が電子ネットコミュニケーションを
コミュニケーションと見なさなかったり社会と見なさなかったりするのはなぜだろう。
やはり親密さの度合いに関する健康的でないとする価値判断がそこにも付与されて
いるのではないか。

> 「個」に内在する主体的、普遍的な力というのが想定されていて、
> そこから、なんらかの調和のイメージを持っているのは確かだと感じる。

むしろ「確立された自我」「確立された個」の社会化イメージを導き出す俗流精神分析家
ないし家族療法家に典型的にみられるものに斎藤学は結局準じているだけではないだろうか。


80 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 09:27:14

> 斎藤環はあらかじめ持っている「自分らしさ」などないと考えているだろう。

それは斎藤学とて同じだろう。彼も俗流精神分析論に依拠して物を言っている自我発達論者。
斎藤学ですら自ら認めて言っている。われわれは誰でも多かれ少なかれ「共依存」であると。
健全な社会化によって自我を確立することが必要だと説く。

> たまきんはどういう人間を「健全」とするのだろうか、オタクw?
> ひきこもりなどの対応でたまきんが保守的に見えるのは、
> とりあえず社会と接点を持てていればいいぐらいで、
> 今の日本の家族形態一般をとりたてて批判する考えがないからだろう。

そうか? 日本や韓国の甘え(共依存)の家族形態を批判しているのではなかったか。

> ACのように「親が悪い」とは一般化して言えないということだな。

斎藤学は「親が悪い」というような単純な論者ではないな。親ではなく「機能不全の家族」
という病理概念をそこにもってくるわけで。その点では、斎藤も「ひきこもり」の家族に同様
の「機能不全」を読み取っているのではないか。
斎藤学が「共依存」という視点と同じものを斎藤環も「ひきこもりシステム」で論じる。


81 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 14:13:07
>>79
> その点では、斎藤学のほうがリベラルだな。むしろ「あるべき家族像」を
> 社会的に演じさせられている家族関係に家族の病理をみている節がある。

新左翼系だと思うね。

> > 「親密さ」などの健全な人間像とかな。
> 斎藤環のほうにもそれはあるんではないか? 

たまきんは治癒した状態を思い描かないと治療にならないと書いてる。

> むしろ「確立された自我」「確立された個」の社会化イメージを導き出す俗流精神分析家
> ないし家族療法家に典型的にみられるものに斎藤学は結局準じているだけではないだろうか。

そんなに素朴でも馬鹿でもないような気がするね。

82 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 14:14:53
>>80
> 健全な社会化によって自我を確立することが必要だと説く。

自我を実在的にとらえるのと同様に「健全な社会」というのもおかしいんだよ。
倫理判断はその都度一回的なものなのに、
ユートピア的な社会のイメージを先行させてしまう。
どうも疎外論的というかやっぱりたまきんがいうように
ロジャース系のニューエイジな傾向があるんじゃないかね。
どうにも内在した本質が念頭に置かれていると感じてしまうね。
もしかしたら隠れ生物学主義なのかもしれないが。

> そうか? 日本や韓国の甘え(共依存)の家族形態を批判しているのではなかったか。

そんなこと言ってたかね?
ひきこもってるのは良くないとは言ってたと思うが。
あれだけ社会学者としゃべってて治療法としてではなく、
一般論として家族のコミュニケーションが大切だなどと考えだすかな。

> 斎藤学は「親が悪い」というような単純な論者ではないな。

斎藤学がそういってるなどと書いていないけど。
ACは親のせいだと考えている、そういうこと。
それより機能不全家族であっても問題が起きないこともあるということだわ。
無論、倫理判断は別だが。
全員が「機能した家族」になれば別の問題が起きてくるんじゃないか?
無論、倫理判断は別として。
とにかく因果関係は事後的にか分からない、ラカニアンはそう考える。

しかし社会が共依存的でなくなれば児童虐待もひきこもりもなくなり、健全な社会がやってくる?
やはりそこでは疎外されていた人間の存在が開示されるから?
本当かね、それは。
まあそういう人もいるだろうが、別の病気になる人も同じくらいいそうだね。

83 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 15:08:48
>>81 >>82
フロイト左派に対する批判なんてのはわかるけど、
こちらが書いている肝心なところに反応してくれていないなぁ。

斎藤学=斎藤環という線を指摘しているはずなんだけど。

健全な社会ではなく健全な社会化ですよ。


84 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 15:31:51
> 斎藤学=斎藤環という線を指摘しているはずなんだけど。

名字は一緒だね。

85 :考える名無しさん:2005/07/01(金) 15:44:11
>>82
> そんなこと言ってたかね?
> ひきこもってるのは良くないとは言ってたと思うが。


ひきこもりは良くない。「あるべき社会」関係をもっていないから不健全だ。
→ 日本や韓国の甘えの構造的家族関係が、斎藤学流の言い方なら共依存関係が、
ひきこもりの土壌になっているから良くない。斎藤学流にいえば機能不全の家族だ。

というふうな図式にのっとった物言いを明らかにしていると思うなあ。

86 :考える名無しさん :2005/07/02(土) 07:55:24
おまいら徹底的にダメだなあ、ほんとに。
「斎藤は・・・といっている」「斎藤からみれば・・・」

自分の考えなんか全くないもんね、凄いよ。
おまいらそろそろバイトの時間だぞ、終身フリーター万歳だなまったく。

87 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 07:59:35
おまい徹底的にダメだなあ、ほんとに。
「おまいらは・・・だなあ」「おまいら・・・だ」

自分の考えなんか全くないもんね、凄いよ。
おまいそろそろバイトの時間だぞ、終身フリーター万歳だなまったく。

88 :考える名無しさん:2005/07/02(土) 22:16:36
おまいら徹底的にダメだなあ、ほんとに。
「ラカンは・・・といっている」「ラカンからみれば・・・」

自分の考えなんか全くないもんね、凄いよ。
おまいらそろそろ通院の時間だぞ、終身病院通い万歳だなまったく。

89 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 02:25:17
>>86
おまいは徹底的にダメだなあ、ほんとに。
「俺は・・・といっている」「俺からみれば・・・」

おまいの浅い考えなんか誰も聞きたくないのにね、凄いよ。
おまいそろそろテレビアニメの時間だぞ、終身無学者万歳だなまったく。


90 :考える名無しさん:2005/07/03(日) 03:03:07
ここは『徹底的にダメだなあ』のガイドラインスレですか。

91 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 04:30:57
■斎藤環氏はひきこもりを「負けた教」の信者だと言っているが、
この「負けた教」とはつまり人生から降りた人たちのことだ。
もう何もしたくない。生きていたくもないのだが、自殺するのは恐い。
ラクに死ねるクスリをくれたらいつでも死んでやる。
生きていたくもないのに生きてやっているのだから
やりたくもない仕事を強要される覚えはない。
時間はテレビ(ビデオ・ゲーム)や本(雑誌・コミック)などで
適当につぶす。これが無敵の宗教「負けた教」だ。
この日本で誕生した恐るべき新宗教はやがて人類を滅亡に導くだろう。

92 :考える名無しさん:2005/07/08(金) 17:13:28
『電車男』とは犯罪者がまじめな人間をバカにする作品である。
「おたく」は女にモテないダメ人間とされているがそうだろうか。
今の時代「モテる男」とは結婚の約束もなく平気で女とセックスして
平気で何の対価も払わず別れることができる人間のことである。
(例:松本人志、内村光良、宮迫博之)
「モテない男」とてこんなことやろうと思えば簡単にできる。
それでもしないのはそれが犯罪行為だと認識しているからだ。
(そこまで明確な認識でなくとも少なくとも何かおかしいという
 抵抗感はあるだろう)
つまり「おたく」とは女性関係から引きこもった人間だ。
そして本当のひきこもりもこんな犯罪社会に加担するのを
拒否してひきこもっているとも考えられる。
だからひきこもりは道徳的に正しい行動だ。
まともな人間は社会が正常化するまでひきこもるべきだ。

93 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 17:39:54
>>73
そういう意味では、現代社会で当然視されている「個人の自立」は幻想
であり、不可能である、というふうに言っているとも言えるね。
西欧近代文明批判としての精神分析論はその意味ではラディカルかな。

94 :考える名無しさん:2005/07/09(土) 19:58:10
>>93
> そういう意味では、現代社会で当然視されている「個人の自立」は幻想
> であり、不可能である、というふうに言っているとも言えるね。

まあ究極的には不可能だけど、どうせ絵に描いた餅だから
自立も成熟もしないでいいよと開き直るのも 、
人格障害の自己中君が氾濫する困った世の中になるわけで。
精神分析的にもいろいろ葛藤しながらすべてが思い通りになれば良いのになあと夢想して
思い通りになったらなったで、なにか違うんだよなあと、
欠如をいろいろな代理物で埋めようと症候を享楽し続けるのが人間の姿だと思うね。

社会が発展すればそこに住む人は成熟しなくても適応できるから
どんどんモラトリアムになっていくだろうけど、
自立しないで良いというわけでもない。
より自由を拡大しようと思えば個々人が他人の権利を尊重するようにしないと、
ただの利己主義になって個人主義、自由主義は行き詰まるでしょ。
そうすると場当たり的に警察のような管理監視システムがどんどん拡大しちゃうよ。
人に律してもらうか、おのおのが自分を律するか。
俺は出来る限り自律分散の方が良いね。


95 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 08:48:04
>>94
その結論は、フーコーのいう、パノプティコンと結び付いた
精神分析学的ディスクールのそれを連想させるなあ。


96 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 17:53:59
自立も自律も幻想だな。もっと管理社会、監視社会になって行くんだろうね。

97 :考える名無しさん:2005/07/10(日) 21:37:52
システマティックにしっかり監視できるならまだ良いんだが、
個人主義的自律が理想論なのと同様に管理社会も理想論だということだな、
統制しきれるわけがないんだよね。

浅田の「構造と力」の最後にプレモダン/モダン/ポストモダンの違いを分類した表があるけど
ポストモダンの項には「理想的極限としての」と付記されてる。

まあ管理するにしてもその主体が誰なのかが問題だわ。


98 :考える名無しさん:2005/07/13(水) 00:30:23
>まあ管理するにしてもその主体が誰なのかが問題だわ。

これを知らぬふりをするのが東やそのエピゴーネンの特徴だね。

99 :考える名無しさん:2005/07/13(水) 01:14:24
東は丸激トークでどこの馬の骨か分からない民間より
国家の個人情報管理の方が信用できるといっていた。
まあ一旦は国家主導のシステム整備で徐々に自律分散にって流れならそれもありかな。
しかし電子申請ページのSSL証明書が期限切れ且つオレオレ認証局だったりするのに、
本当に国家主導の治安維持システムは信用できるのかどうかw

それにそういうものがこれまでの似た者同士だから安心できただけの
伝統的な共同体にとってかわって、見知らぬ他人同士が共存する社会での
信頼やモラルを保証するものになり得るのかね。

基本的に国家というのは異質な他者を排除/虐殺するか、
強制的に同一化/民族浄化するように働くんじゃないのかと思うわけだが。

100 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 12:12:56
>>99
>基本的に国家というのは異質な他者を排除/虐殺するか、
>強制的に同一化/民族浄化するように働くんじゃないのかと思うわけだが。
国家って単なる一つの共同性に過ぎないのに「そうではない」という
幻想を抱かせる装置でしょ。「そうではない」「一つの共同性」ではない
最上位の共同性だと思わせるトリックは何なのか?....について東も考えてほしかったよ。

>>98
>「知らぬふり」っていうか、その「知らぬ」の向こう側が象徴界でしょ。
思考による認識=想像界を捨象させる力動が何であるか?....という検討が必要なんでしょ。


101 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 18:08:44
>>100
東や宮台は「いまこの日本社会に住むボクたち」がこの状況をどう乗り切っていくか、
どうもそういうメンタリティーの問題にいくよね。
オタクとか動物化とか解離とかまったりとか終わりなき日常とか、
ほとんどが若者の社会適応の問題だ。
基本的にドメスティックな感性だなと思う。
想像の共同体が想像的統一性を保てなくなってきてるところに、
気の持ち方を言ってもあまり意味はないと思うけどね。
隣近所のやつと言葉が通じなくなってきたら、
今の「日常感覚」なんて何の役にも立たない。
もっとシステマティックな共存のための技術がいるだろう。

102 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 23:26:21
>もっとシステマティックな共存のための技術がいるだろう。

同意するけど、スゲー難しい問題だよなあ

103 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/15(金) 23:34:47
システマティックな共存ってどういうこと?
政策的なこと?


104 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 23:43:06
またエヴァかよ!萌ぇ〜てか?

105 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 23:50:06
今の若者って社会が居所の悪い所だって思ってないからね。
東、宮台なんかはそれだと困る。居心地悪くなってもらわなきゃ
誰も本読まなくなっちゃう。てかもう読んでる人ほとんどいないけどw
で、あの人達はいつまでも社会対若者という間違った図式を大声で叫び、
まるでほんとにそうなっているかのような、色んな細かい所から極端なサンプル
を取り出してそれが全てであるかのような物言いを今も続けている。
ところが違うんだよ。2000年代の若者はそれまでの人達とこの点で明確に異なってる。
もう社会に対して文句なんか言わないし、社会も彼らに押し付けや脅迫を行わない。
脅迫してるのは宮台や東ぐらいしかいないんだよ。
完全に時代が変わった。んで東でさえも2000年代の人間じゃなくて結構旧い人だったわけ。

みんなに聞きたいんだけどこの上で述べた2000年代を代表できるような作家、論者っている?

106 :考える名無しさん:2005/07/15(金) 23:51:38
>>103
そこで切らないで、共存のためのシステマティックな技術。
政策も入るかもしれないけど誰がやるかは問題じゃなくて、
マジに社会主義化するための技術、インフラ、その他。
ぶっちゃけNAM的なもの。

107 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 00:13:16
>>105
彼らはいつまでも社会対若者という間違った図式を大声で叫んでるわけじゃないと思う。
これから出てくる新しい形態の社会対若者図式について言ってるんじゃないか。
社会(戦後蓄積してきた豊かさの最終消費)VS若者(消費させずに社会に再投資させること)。
この対立の嵐の中で、あなたこそ「考えなくってダイジョーブ?」
>>106
上からのシステム構築じゃなくて、資本主義の自然成長性を利用した整体のようなものね。
でもやっぱり漠然としすぎてるし、時間がなさすぎだと思う。
社会対若者という古典的政治対立を一丁期待したい。

108 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 00:23:12
>>107
社会対若者ということならニートがもっとも先鋭的な革命家かもしれないけどねw
賃労働によって財を再分配するという仕組みを根本から崩すから。

109 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/16(土) 00:30:56
>マジに社会主義化するための技術、インフラ、その他。
>ぶっちゃけNAM的なもの。

こっち系ね。東、宮台以前への回帰みたいなことね。


110 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 00:41:51
>>109
東や宮台以前って。。。
連中の方が退行してるじゃないかw

111 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/16(土) 00:45:01
>>110
連中の物語は、もはやシステムは信じられない(大きな物語の凋落)後の
物語でしょう。

112 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 00:51:07
>>108
それはどうかな。日本のような種類の労働市場において「働かない」というのは武器に
ならないでしょう。中国という安価な労働力の宝庫が隣にある場合特に。
ホリエモンのような人が金融市場から金を抜いて農業や中小企業にばらまき、ニート
がそこで働くというなら革命的だと思うけど。
>>109
いや、もともと柄谷は東、宮台な「戦後」「永続するまったり」なんて相手にしてない。
「戦後」(東、宮台)→「戦前」→「戦争」→『戦後』(柄谷) という図式だから、
理論的には東、宮台以後なんだよ。

113 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/16(土) 00:57:11
>「戦後」(東、宮台)→「戦前」→「戦争」→『戦後』(柄谷) という図式

よくわからんが、柄谷、東、宮台も同じ内部の似たり寄ったりだと思うけど。
どうせなら、もっとメジャーな(外部)からの視点がほしい。

114 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 01:14:16
>>113
メジャーな話ってなにかな。うーん、こんなのはどう?
広告宣伝費ってあるよね。これは結局は消費者が商品に上乗せして払ってる消費税みたいな
もんで、消費税と違うのは税率?が市場によって決定されるということだけ。
こんなことは今や小学生でも知ってる常識的認識だが、ポストモダン全盛期にこんなこと言ってたら
サル扱いだったでしょ。差異しかないんだよキミぃ、とか言われちゃってw
でももう今となってはそっちのほうがサルなわけだよ。

115 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 01:20:25
>>112
> それはどうかな。日本のような種類の労働市場において「働かない」というのは武器に
> ならないでしょう。中国という安価な労働力の宝庫が隣にある場合特に。

いや革命と言っても自爆攻撃だけどもw
モノが余ってるんだから働く必要はないって状況を、
行動で示しているのは確かかなと。

> ホリエモンのような人が金融市場から金を抜いて農業や中小企業にばらまき、ニート
> がそこで働くというなら革命的だと思うけど。

これから完全雇用というのはありえるのですかね。
自由競争で賃金で妥当な量のサービスが配分されるっていうことじたい、
実情と合わなくなってきている気もするわけですけど。
生産力が上がってしまうと単純労働というのは無くなる。
世の中天才ばっかりじゃないし、要求される能力のしきい値も高くなる。
なおかつ家族の結びつきが弱くなってて、扶養とか家族愛なんぞに期待していたら持たないし、
そもそも誰が誰と住むかなんて強いられるもんですかね。
「働かざるもの食うべからず」なんて脅してニートを追い込んでると、
斎藤氏の言う通りマジに孤独死連発でどうしようもなくなるんじゃないですか?

なにか家事とか福祉とかこれまでは賃金が発生しなかったような分野が
社会の流動化に対応してNPO的に公共サービスとして提供される具合になり、
まあ遊びのような労働だけど食うには困らない感じに定着して、
みなさんやってくれると、ちょっとは社会主義っぽいかも。

116 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 01:29:47
いっぽうで少子化のなかで人手不足が心配されていて、たほうでは労働総時間の減少等
による大失業時代到来なんてことがいわれている。いったい未来はどうなるのやら?


117 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 01:36:49
減っていく雇用を減っていく日本人と優秀な外国人とが取り合い、
結果、日本列島には日本人がいなくなるでFA?

118 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/16(土) 01:42:20
「バカとブスこそ、東大へ行け!」

119 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 01:46:10
>>115
>「働かざるもの食うべからず」なんて脅してニートを追い込んでると、
>斎藤氏の言う通りマジに孤独死連発でどうしようもなくなるんじゃないですか?
そういう未来はあまり具体的に想像つかないんですね。俺は、ニートが外に出て働くも、
贅沢病のためローンや借金地獄で爆死、という悲劇がどんどん増えてくると思う。
相当な芸術家気質の人でないかぎり、人に死を決断させるものはとても具体的なものだと
思います。家事とか福祉とかがニートを吸収したらそうなるんじゃないですかね。
家事とか福祉に外国人労働力を流入するか否かの話は置いておいたとしても、そこで彼らに、
滑稽だが真摯なナショナリズム(つまり思想は浅薄だが動機は差し迫ったナショナリズム=真のナショナリズム)
に火が付くというシナリオのほうが俺には現実的に思えます。プチナショナリズムなんか目じゃないやつ。

付け加えていうと、柄谷はそのような状態を不可避な「戦争」ととらえ、諦念し、さらに
その後「戦後」の原理を考えたのではないでしょうか。と俺はなんとなくそう思う。

120 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/16(土) 02:00:55
未来予測とかになると、柄谷とか要はないと思うね。
もっとテクニカルな議論になる。
たとえば、人口減少の問題とか。

それでも人は順応し、「いったい未来はどうなるのやら?」と
言い続けることだけは、確かだけど。


121 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 02:10:44
いや、柄谷はある意味徹底的にテクニカルですよ。コミュニズムを技術として見ているから。
2ちゃんねるにおけるID制とか、連投規制のようなものですね。
投稿の内容が問題なんじゃないわけです。

122 :考える名無しさん:2005/07/16(土) 02:12:49
>>119
> そういう未来はあまり具体的に想像つかないんですね。俺は、ニートが外に出て働くも、
> 贅沢病のためローンや借金地獄で爆死、という悲劇がどんどん増えてくると思う。
> 相当な芸術家気質の人でないかぎり、人に死を決断させるものはとても具体的なものだと
> 思います。

ああ、なんとなく分かる。
ニートを俺よりもDQNよりにみてるね。
俺はニートは思い詰めたひきこもりに近いイメージで見てたけど、
たしかにぶらぶらしてる茶髪の兄ちゃんが一番多いかもしれない。

> 家事とか福祉に外国人労働力を流入するか否かの話は置いておいたとしても、そこで彼らに、

ああ、そうだね。そこだって外国人が入る可能性あるよね。
そうなると動機付けの弱い日本人は全く駄目だね。

> 滑稽だが真摯なナショナリズム(つまり思想は浅薄だが動機は差し迫ったナショナリズム=真のナショナリズム)
> に火が付くというシナリオのほうが俺には現実的に思えます。プチナショナリズムなんか目じゃないやつ。

ネオナチ系かな?幸い日本人は暴発するよりは、
ボクが悪いんだとひきこもる人が多いということになっているけども。。。
日本は福祉が弱い分を家庭に回収させているだけだという指摘もあるんで、
今後そうなっていく可能性もあるよね。

> 付け加えていうと、柄谷はそのような状態を不可避な「戦争」ととらえ、諦念し、さらに
> その後「戦後」の原理を考えたのではないでしょうか。と俺はなんとなくそう思う。

その辺は分からないけど、国家でもなんでも素直に自己改革する前にイラクだか北朝鮮だかしらないが、
一旦は外に敵を見い出してあいつらのせいだとひと暴れしないと駄目らしいという気はするね。
なんにしても違う原理を出して来ないと不毛に反復するだけだというのは確かだわ。

かなり違う世界観を感じられて参考になった、ありがとう。

123 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 02:07:03
100だけど

国家を最上位の共同性だと思わせている<何か>は、
別の位相から見れば「大きな物語が失われた」と思わせている<何か>」でしかない
と考えてるんだけど。

たとえばそれが個人の認識として表出するとある種ビョーキになって
柄谷の「吉本隆明によって日本のモダニズムの動きは殲滅された」という文学界での発言
みたいになるでしょ。
常識で考えて、たかが詩人ひとり、戦後最大といえども思想家ひとりでモダニズムが殲滅
させられるわけがないのに。モダニズムはマテリアルの量的拡大ととテクノロジーの合理性
によって生じたんであって、思想や哲学はそれを追認していくだけ。マルクスの下部構造
による決定論を超越した現象なんて精神病以外にはないんじゃないかな。

こういう柄谷の強迫観念つまりビョーキと同質もので一般化して世界を席巻したのが
「大きな物語の消失」だと考えてる。だから「大きな物語が失われた」と発想する時点で、
その思想家や哲学者はダメだと思ってるんだ。


124 :100:2005/07/17(日) 02:09:21
>>101
>想像の共同体が想像的統一性を保てなくなってきてるところに、
>気の持ち方を言ってもあまり意味はないと思うけどね。
「想像の共同体が想像的統一性を保てなくなってきてる」ことそのものを探究すべきだよね。

>>105
>今の若者って社会が居所の悪い所だって思ってないからね。
>2000年代の若者はそれまでの人達とこの点で明確に異なってる。
>もう社会に対して文句なんか言わないし、社会も彼らに押し付けや脅迫を行わない。
コレって日経新聞読んでても実感できるよね。
日経の「ジェネレーションY」(4月発刊)を読むと、オタク論やポスモダ論議から
いきなり目が覚めるからオススメ。この本は宮台たちのフィールドワークをベースにした
「戦後若者世代の光芒」以来の世代論。論考としては浅くても具体例にアプローチしてるので参考になると思うよ。

>>108
>社会対若者ということならニートがもっとも先鋭的な革命家かもしれないけどねw
>賃労働によって財を再分配するという仕組みを根本から崩すから。
再分配というか再生産の究極として消費=生産という考えが「資本論」にあって、
ダイレクトに消費が生産になる経済主体としての資本家がいる....という認識が
マルクス系にあるんだよね。「金融資本論」(ヒルファーディング)「都市革命」
(Hルフェーブル)「エコノミー論」(吉本)....それからたぶん森島通夫や小室直樹とかも
同じ発想があるみたい。具体例をいうと「アヴァロン」(押井の)の主人公とか、話題を
提供してくれたホリエモンとかね。


125 :100:2005/07/17(日) 02:11:10
>>119
>滑稽だが真摯なナショナリズム(つまり思想は浅薄だが動機は差し迫ったナショナリズム>=真のナショナリズム)に火が付くというシナリオのほうが俺には現実的に思えます。プ>チナショナリズムなんか目じゃないやつ。
>付け加えていうと、柄谷はそのような状態を不可避な「戦争」ととらえ、諦念し、さら
>にその後「戦後」の原理を考えたのではないでしょうか。と俺はなんとなくそう思う。
「動機は差し迫った」って動物化だよね。でも本当の動物は種が全滅するまで闘ったり
しないし、生態学の見地でも異種同種を問わず生物間の闘争は殲滅戦ではないでしょ。
ここで柄谷の「吉本による殲滅」という強迫観念を思い起こすと、いろいろヒントになる
気がする。斉藤環も「せき立ての論理」に触れたことがあったけどね。金融工学の具体例
であるヘッジファウンドなんて「せき立て」の心理が動因だから。つまりグローバル経済を左右する100兆円以上の資金が強迫観念で動いてるわけでしょ。そしてニューヨーク
株式市場の10分の1しか資本がない日本の特性は何なのか? 経済のファクターとして
こんなに大きな心理的属性はないでしょ。親子間家庭内暴力も基本的には日本だけだしね。

>>122
>そうなると動機付けの弱い日本人は全く駄目だね。
>一旦は外に敵を見い出してあいつらのせいだとひと暴れしないと駄目らしいという気は
>するね。なんにしても違う原理を出して来ないと不毛に反復するだけだというのは確か
>だわ。
>かなり違う世界観を感じられて参考になった、ありがとう。
動機付けの強さは去勢の度合いに反比例するだろうから去勢が徹底してない日本人は弱いだろうね。吉本理論だと遠隔対称性が弱いとか遠隔化作用が弱いということになるかな。

本当に「違う原理」や「違う世界観」を追究しないと、と思うよね。
オレはマルクスや吉本をヒントに考えるつもりだけどさ。


126 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 04:01:42
>こういう柄谷の強迫観念つまりビョーキと同質もので一般化して世界を席巻したのが
>「大きな物語の消失」だと考えてる。だから「大きな物語が失われた」と発想する時点で、
>その思想家や哲学者はダメだと思ってるんだ。

そうそう「大きな物語の消失」自体が大きな物語だからね

127 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 06:49:00
>想像の共同体が想像的統一性を保てなくなってきてるところに、

それが「大きな物語が失われた」という認識としてあるものなんでしょ?

128 :100:2005/07/17(日) 08:19:55
結局「大きな物語が失われた」って感じること思うことは、
大きな抑圧や去勢が失われたのが原因じゃないかな?
妊娠出産育児の根源的な影響は大きいから。
この時の母(体)と子(胎児、乳幼児)のコミュニケーションは決定的なんだけど、
斉藤環はそのコミュニケーションを認めてないんだよね。斉藤は言語化した以降の
コミュニケーションしか認めない。文藝で怒り狂って断言してたのは残念だったなあ。
経済学でも社会学でも言語化以降のことしか対象にしてないから、そこはネックだろうね。


129 :考える名無しさん:2005/07/17(日) 13:40:08
>>123
> 国家を最上位の共同性だと思わせている<何か>は、
> 別の位相から見れば「大きな物語が失われた」と思わせている<何か>」でしかない
> と考えてるんだけど。

ぶっちゃけナショナリズムだと思うんだけど違うのかな。
近代国家の場合はそれは市場の輪郭とも一致するんだよね。
でも浅田が指摘するように現代資本主義のようにモダンなシステムは、
もともと小さな物語をとっかえひっかえしてる状態だから
大きな物語が失われたってのは今更言うまでもないとも言える。
むしろ今は「ネタ切れ」でパラノドライブが失速しつつあるのかも。

>>124
> 「想像の共同体が想像的統一性を保てなくなってきてる」ことそのものを探究すべきだよね。

宮台は状況把握は正確だけど、対策としては共同体の道徳を維持した方がいいとか
よく分からない方にいくんだよね。たしかに本人が言うように右だわな。
しかし対症療法でプレモダンってのも。

>>128
> この時の母(体)と子(胎児、乳幼児)のコミュニケーションは決定的なんだけど、
> 斉藤環はそのコミュニケーションを認めてないんだよね。斉藤は言語化した以降の
> コミュニケーションしか認めない。文藝で怒り狂って断言してたのは残念だったなあ。
> 経済学でも社会学でも言語化以降のことしか対象にしてないから、そこはネックだろうね。

なんだろ?対象関係論のことなのかな?
でも言語化していないものは認識も出来ないんじゃない?
そこにコミュニケーションがあると名指せるならもう言語化してることになるし。

130 :考える名無しさん:2005/07/18(月) 00:07:52
>>128
斎藤の認める「言語」って非常に狭義のものという気がする。

131 :考える名無しさん:2005/07/20(水) 23:54:25
ラカニアン同士の話は検証不可能なので、
最後に物を言うのは人生経験

132 :考える名無しさん:2005/07/21(木) 00:46:05
よくわかる近代哲学史

経験か理性か(経験論と合理論そしてカントへ)

認識の源は何か

 イギリス経験論ー認識の根源は経験にある
 大陸合理論  ー生得観念を肯定(理性の使用が正しい認識を)

  経験論ーベーコンーロックーヒューム     ┐
                        │ー カント
  合理論ーデカルトースピノザーライプニッツー ┘

133 :考える名無しさん:2005/07/24(日) 02:36:43
今の若い人が求めてるのは安心して負けられる世界なんだよな。
負けても必ずフォローが入る世界。
初対面の他人に始めから「弱い自分を愛しく」思うよう強要する。

134 :網鱈:2005/07/24(日) 16:03:44
「タマキン!私胸が張り裂けそうよ!」

135 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 09:47:05
>>129
> でも浅田が指摘するように現代資本主義のようにモダンなシステムは、
> もともと小さな物語をとっかえひっかえしてる状態だから
> 大きな物語が失われたってのは今更言うまでもないとも言える。

東タンがいうポストモダンは、その浅田氏のいうモダンが徹底化されたものであって、
それが彼も引用するように、宮台氏のいう「成熟社会」ということになるのでは?

> >>124
> 宮台は状況把握は正確だけど、対策としては共同体の道徳を維持した方がいいとか
> よく分からない方にいくんだよね。たしかに本人が言うように右だわな。
> しかし対症療法でプレモダンってのも。

宮台さんってまた転向したの? それとももともとプレモダン主義的なことも
言ってたっけ?

> >>128
> でも言語化していないものは認識も出来ないんじゃない?
> そこにコミュニケーションがあると名指せるならもう言語化してることになるし。

現実界が在る!と名指した途端に現実界は象徴界になっているとかいうこと?

136 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 13:56:42
>>135
指し示してる発言番号と引用してる発言が合ってないよね? 気にしないけど(W

>宮台さんってまた転向したの? それとももともとプレモダン主義的なことも
>言ってたっけ?
宮台の基盤は大衆だから、大衆を<ノセやすい・ノリやすい>ものとしてプレモダンチック
なものを主張するんじゃないのかな? 呉智英やテリー伊藤が江戸時代や封建制に大衆の
安寧を見いだしてるのと同じじゃないかな。宮台は立場上、精神分析や心理学みたいな個人の救済ではなく大衆の救済を打ち出さなければいけないだろうから。

>>でも言語化していないものは認識も出来ないんじゃない?
そこが問題だよね。認識できないんじゃなくて、認識してる自覚ができないんだと思う。
<認識>を通しての自己言及や再帰性が難しいというレベルじゃないかな。

>>130
>斎藤の認める「言語」って非常に狭義のものという気がする。
ラカニアンだからしょうがないけど、ソシュールの範囲内だよね。

137 :考える名無しさん:2005/07/25(月) 15:03:42
>>129
>ぶっちゃけナショナリズムだと思うんだけど違うのかな。
ナショナリズムを成立させている理由だよね、知るべきなのは。
誰にでもその人にとって超えられない最高最強の共同性の意味づけがあるから、
学者とか評論家とかアナリストはそれを解析し意味づける知的な射程距離を
理論や主張として示してほしい。歴史的に見て簡単な事実だけど、国家が存在しない
時代にはその観念的な反映である(にすぎない)ナショナリズムもあり得ない。

近代国家についていえば「近代国家の場合はそれは市場の輪郭とも一致する」からこそ、
Aスミスの「国富論」やそれをベースにしたマルクスが登場して市場を分析し、そこから
上部構造としての国家を把握していくわけでしょ。

それから「小さな物語をとっかえひっかえしてる状態」には、
必ず上位レベルの<「小さな物語をとっかえひっかえしてる状態」の物語>=相対的な大きな物語
が存在するから。それが不可視になっている理由や原因を探るべきだと思うよ。

>>経済学でも社会学でも言語化以降のことしか対象にしてないから、そこはネックだろうね。
>なんだろ?対象関係論のことなのかな?
確かに対象関係論は問題だね。
ラカンは3界論も対象関係論も理念型の理論として完成度が高いと思うけど、
ユークリッド幾何学と同じで理論的な完成度はそれだけ現実とは乖離してるケースは
少なくないでしょ。

浅田の「構造と力」も副題が「構造主義のリミットとしてのラカン」であって、
その目的はラカンを超えること。浅田はマルクス・ニーチェ・フロイトの<タテの思想>に
その可能性があると示して、そこで終わってる。だから浅田はラカンを限界として援用したのであって、ラカンで現代資本主義がクリアできると考えたのではないとこが重要ポイントだろうね。


138 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 12:27:05
>>137
> それから「小さな物語をとっかえひっかえしてる状態」には、
> 必ず上位レベルの<「小さな物語をとっかえひっかえしてる状態」の物語>=相対的な大きな物語
> が存在するから。それが不可視になっている理由や原因を探るべきだと思うよ。

うーん、「消費せよ」という声とかが聞こえてるんじゃ?
具体的な声の中味は「幸福になれ」でも「自分らしさを見つけなさい」でもいいし。
一番核にあるのはしあわせな家族像だろうけど、それは想像以上に天皇制が機能してるかも。
あとはそれらを資本主義の構造が反復強化してるのかなと。

いや、実はよく分からんのだけどw

> ラカンは3界論も対象関係論も理念型の理論として完成度が高いと思うけど、
> ユークリッド幾何学と同じで理論的な完成度はそれだけ現実とは乖離してるケースは
> 少なくないでしょ。

まあそうなのかもしれないけど、そのはみ出す部分を表象しようとすると、
なにかぐちゅぐちゅしたものとかおぞましいものとか幽霊とか言い方をして、
対象aとしてまとめてしまうような感じにならざるをえないんじゃないかな。
というか、それ以上はそれを上回る理論が要るんで俺にはもう分からん。

> その可能性があると示して、そこで終わってる。だから浅田はラカンを限界として援用したのであって、ラカンで現代資本主義がクリアできると考えたのではないとこが重要ポイントだろうね。

でも象徴界でない領域である現実界も外部も他者もイメージは出来ない。
だから言語化しないと見えない以上は言語活動の内部で非言語化することになるんじゃないの?
柄谷的アプローチもそうだし、斎藤氏もラカンでラカンを超えるとか言ってなかった?
そもそもイメージは想起だからかつてない事態である資本主義を超えた状態も
イメージすることはできないはず。しようとするとそれは計画経済になるし。
もちろん商品じゃない品物がたくさんあるように象徴界に回収されない部分はあるわけで、
そういうはみ出していく部分をドゥルーズなんかは直接示そうとするのかもしれないけど、
芸術作品の中などでそれに出会ったときの手応えを示唆しているだけで、
具体的にどうするのかってのは誰も言えてないと思うけどね。

139 :考える名無しさん:2005/07/27(水) 13:17:58
>>128
そればかりか、インターネットを通じたコミュニケーションに対しても微妙じゃない?
ネットでアクティヴにコミュニケーションをとってる状態を、「社会的ひきこもり」の
定義からして「社会参加」とは認めない立場でしょう?

>>136
> >斎藤の認める「言語」って非常に狭義のものという気がする。
> ラカニアンだからしょうがないけど、ソシュールの範囲内だよね。

ソシュールの考える記号システムは、当然、現代の電子ネットワーク
コミュニケーションをも包摂するはず。というか、むしろ、サイバースペースこそを
記号システム(シンボル体系)の本質とソシュールならば見なすはずで。

140 :考える名無しさん:2005/07/29(金) 20:59:10
>>138
>うーん、「消費せよ」という声とかが聞こえてるんじゃ?
その「消費せよ」でも「幸福になれ」でも「自分らしさを見つけなさい」でも....というのが
大きな物語の原点というかスタート点じゃないかな、あるいはタネかな。極限まで抽象すれば
そのように「声とかが聞こえてる」と比喩できる関係性の原点があって、それがどのように
物語化していくかはその個人の経験によると思う。これは受胎以降のすべての経験を含めてね。
その受胎から言語獲得までの身体や性格が形成される段階での非言語コミュニケーションを
否定してるとこが斉藤環の限界。斉藤は東との対談で「ラカンは系統発生を説明できない」と
認めてるし。

>一番核にあるのはしあわせな家族像だろうけど、それは想像以上に天皇制が機能してるかも。
>あとはそれらを資本主義の構造が反復強化してるのかなと。
天皇制が家族の大きなモデルなのは確かだね。企業が演出しようとする会社と社員の一体感も
疑似家族でしょう。でも資本主義はホリエモンみたいなクールな主体も生みつつあるから。
共同体の鋳型の反復強化そのものに亀裂が生じつつあるのが現状だろうね。
斉藤環がホリエモンを熱烈に支持してるとこはいいな。

>対象aとしてまとめてしまうような感じにならざるをえないんじゃないかな。
だからこそ、そこを詰めてくれる理論が必要だと思うんだけど。
自己言及したときに必ず生じる<ゲーデルの定理>的な自己言及できない部分があるでしょ。
これは言語ならばなおさら拘束されてしまう限界であるから。芸術なんかは非言語的に、
この言語の限界を超えようとする強度?の表出なんだろうけどね。

continue


141 :考える名無しさん:2005/07/29(金) 21:00:52
>>138
>でも象徴界でない領域である現実界も外部も他者もイメージは出来ない。
斉藤や新宮が援用するシステム論でも同じような説明をするよね。
システムは外部を認識できない、外部から来るものは<攪乱>としてしか認識しないとか。
これは転倒すると簡単なんだけど、<認識できないモノゴト>は<外部>と見なす....というのが
認識の事実だろうと思う。そっちの方向で考えを進めるというのが自分に課したテーマかな。

>だから言語化しないと見えない以上は言語活動の内部で非言語化することになるんじゃないの?
言語を制度とすればそうなんだけど、胎児乳児幼児にはそれが通用しないワケで、しかもその時期の
体験がその後の主体の認識や行為を規定し左右しちゃうから、どうしてもその非言語時期=受胎から
思春期まで....の検討が必要でしょう。非言語分析が。その点でラカンはフロイトへ帰れと言ってるね。

>そもそもイメージは想起だからかつてない事態である資本主義を超えた状態も
>イメージすることはできないはず。しようとするとそれは計画経済になるし。
それはスルドイ指摘だね。すると矛盾が明らかになる。
つまり完全に制度化・言語化された計画経済がなぜ失敗するのかという....
すると計画経済ではなく市場経済の分析をしたアダムスミスやカールマルクスの理論がポイントだ
と気がついちゃう....<認識できないモノゴト>は<外部>と見なす....のと同じコトだけどね。

たしかに「象徴界に回収されない部分」が芸術であったり病気であったりして、その分析は必要だし
急務だろうね。浅田のようにドゥルーズを高く評価する試みはあったけど、ドゥルーズの社会諸関係の
統一体としての人間という認識はオーソドックスなマルクス(特にフォイエルバッハ由来の)系のものでしょう。
マルクスの認識はもっと先にいってると思う。観念(精神)と身体(マテリアル)の関係が究極に
あるんじゃないかな。


142 :考える名無しさん:2005/07/29(金) 21:01:38
>>139
>ネットでアクティヴにコミュニケーションをとってる状態を、「社会的ひきこもり」の
>定義からして「社会参加」とは認めない立場でしょう?
斉藤ってそんなにイシアタマなの?

>サイバースペースこそを
>記号システム(シンボル体系)の本質とソシュールならば見なすはずで。
あらかじめコミュニケーションが成立してることが前提だとすれば、そうだろうね。
ソシュールにはコミュニケーション外というものは最初から対象外だから。


143 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 08:42:04
ドゥルーズとかに対して斎藤は否定的でしょう?

144 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 08:43:27
>>141
その場合の言語はかなり広い範囲の言語だよね?

145 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 09:51:43
>>143
ドゥルーズよりジジェクの方がいいよね。
同じ共産主義者でもズイブン違う。
たまごっちの分析なんか面白かったし、ジジェクの。

>>144
斉藤も認めてるけど、
漢字に代表される表意文字と表音文字を操る日本人は
言語に関して何か特異な能力を持ってるというのが面白いね。
松岡正剛が指摘する「真名」「仮名」、漢字とひらがなの関係や、
視覚情報=書文字、聴覚情報=言葉のように言語のファクターは
多いからシニフィアン・シニフィエのカップリングだけじゃ
分析ツールが貧弱すぎると思う。


146 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 13:58:50
>>140
> そのように「声とかが聞こえてる」と比喩できる関係性の原点があって、それがどのように
> 物語化していくかはその個人の経験によると思う。これは受胎以降のすべての経験を含めてね。

まず関係性の中に放り込まれるのは確か。

> その受胎から言語獲得までの身体や性格が形成される段階での非言語コミュニケーションを
> 否定してるとこが斉藤環の限界。斉藤は東との対談で「ラカンは系統発生を説明できない」と
> 認めてるし。

その対談は知らないけど、システム論的なラカンの使い方では無理って意味かな。
斎藤は『心理学化する社会』では精神分析は本来「教えるー学ぶ」的な一回性、出来事性を
取り出す技術だと言ってるからね。
それと幼児期の刷り込みがその後の人生にそれほど決定的な影響を与えるかな。

> 共同体の鋳型の反復強化そのものに亀裂が生じつつあるのが現状だろうね。
> 斉藤環がホリエモンを熱烈に支持してるとこはいいな。

伝統的な共同体を駆逐するという意味では近代国家も伝統的な共同体かもしれないんで。
>
> 自己言及したときに必ず生じる<ゲーデルの定理>的な自己言及できない部分があるでしょ。
> これは言語ならばなおさら拘束されてしまう限界であるから。芸術なんかは非言語的に、
> この言語の限界を超えようとする強度?の表出なんだろうけどね。

そもそも主体が象徴界の裂け目で、それ自身の場を欠いた存在、貨幣のような位置にある以上は、
自分が何者であるかを積極的に説明することは出来ない、本気で考えると無根拠に直面する。
欲望は他者の欲望なんで、呼びかけに応じる限りでしか自分を位置づけることは出来ないはず。
その意味で自由意志っていう考え方はかなり怪しい。偶然的な命令を自分で選んだと錯覚しただけかもしれない。
アイロニカルに過ぎるかもしれないけど構造的にそうなるんだよね。
にもかかわらず「私は何者であるか」という問いの答えを
なにがなんでも表象しようとするのが芸術家なのかも。

147 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 14:02:34
>>141
> 言語を制度とすればそうなんだけど、胎児乳児幼児にはそれが通用しないワケで、しかもその時期の
> 体験がその後の主体の認識や行為を規定し左右しちゃうから、どうしてもその非言語時期=受胎から
> 思春期まで....の検討が必要でしょう。非言語分析が。その点でラカンはフロイトへ帰れと言ってるね。

たしかに非言語的な幼児期の刷り込みというのは性格傾向に影響を与えてるだろうけど、
遡行して見いだされた幼児期は現在から見てそのように意味付けられる必要があるのかもしれないし、
斎藤も言っているけどある出来事がトラウマになるかどうかはその後の出来事との関連が問題なんじゃないかと。
それってぶっちゃけ医者でないと扱えない。その意味でフロイトに帰れっていうなら分かる。

あと言語獲得以前、つまり象徴界以前の想像界というのはただのナルシシズムの状態なんで、
そこに可能性を見るのは単に去勢のはたらかない散漫で幼児的なでたらめを多様性と言い出したり、
文明批判とやらで田舎に引っ込むナチュラリストやエコロジストのような本質主義に陥るだけじゃないか。
スキゾ的逃走は相対主義と誤解されやすいんで浅田が最初からそこは強調している。
システム論的なラカンの使用を批判するにしても言語以前ではなく、
「手紙は宛先に必ず届くのか」って郵便的問題から攻める方がいいんじゃないか。

148 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 14:03:50
> つまり完全に制度化・言語化された計画経済がなぜ失敗するのかという....
> すると計画経済ではなく市場経済の分析をしたアダムスミスやカールマルクスの理論がポイントだ
> と気がついちゃう....<認識できないモノゴト>は<外部>と見なす....のと同じコトだけどね。

市場の外、家庭などの<私的空間>は問題になってきてる。
家事や育児などの人的資本の部分は不可視化されている。
これはいわば<女>や無意識に当たるものだけど、やっぱり無意識は構造化はされてるわけでね。
滅私奉公を強いる日本の縁故資本主義は私的空間へのしわ寄せが非常に大きいね。
この<私的空間>が非言語や外部なのかもしれないけど、
これ景気が悪化したときの緩衝剤になっていて、その犠牲で結構持っているんじゃないか。
ただ経済はそれでいいけど意識の場合、非言語的な部分はそれは無意識なのか、
もっと別のなにかかは分からないんじゃない?

149 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 14:09:40
> マルクスの認識はもっと先にいってると思う。観念(精神)と身体(マテリアル)の関係が究極に
> あるんじゃないかな。

物自体や現実界の行き止まりってのは間違いなくあると思うけど、
セクシュアリティーなのか生産関係の変化なのか、それがなんであるかは事後的にしか言えないと。
「相対的な関係の絶対性」っていうのは柄谷が言ってたけど、
そういう関係性、出来事性の部分っていうのが問題。
同じような個体であっても置かれる関係によって発症するやつもいるし、しないやつもいる。
どう表象されるかってのは分からないんだよね。
発話する方にもそれが意味するかしないかってのもわからないんで。

まあ言語のような本来無意味な記号の束を、文脈とでもいおうか、
なんらかの時間軸に配置することで、行き当たりばったりの行動をつじつま合わせて、
「そうか自分はこういうことがしたかったんだな」とか、事後確認しているのが主体なのかもしれない。
さらにいえば資本主義なんてのも自動的に生産しているだけなのに、
作った商品が売れれば「これは価値があった」と事後確認しているといえるかもしれないんでね。
いわゆる親と子の鏡像、想像界の関係が象徴界の垂直軸に再構成されるからシステム的にみえる。
でもラカンはそのプロセスを見てるからただの構造主義じゃないと思う。
結構マルクスっぽいと思うけどね。

浅田がいうように無数の運動を資本主義の強迫的無限ループにとりこまれないように、
「逃走」できればいいけどね。もちろんただの相対主義じゃなくてヘルメス的にね。
象徴界が均質空間だっていっても、単に想像界にとどまってるのはただの幼児的ナルシシズムになるから。
ネット上に散らばってる文章より、やっぱり本屋の書籍の方がまだ相対的にマシ。
もちろんその先に行かなくちゃいけないわけだけど。
そのためには絶対矛盾的にワープ?しないといけないらしいw

150 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 14:22:19
もう少し読みやすく書けんのかね

151 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:41:11
>>146
>まず関係性の中に放り込まれるのは確か。
それは確かだと思う。それしかないし、そこからでしかないだろうから。

>その対談は知らないけど、システム論的なラカンの使い方では無理って意味かな。
自分的にはシステム論(オーポエ)の限界と、ラカンそのものの使い方が?だと思う。
溯行分析でエスや自我の生成過程をもっと丁寧にフォローした方がいいんじゃないかな。

>斎藤は『心理学化する社会』では精神分析は本来「教えるー学ぶ」的な一回性、出来事性を
>取り出す技術だと言ってるからね。
>それと幼児期の刷り込みがその後の人生にそれほど決定的な影響を与えるかな。
「「教えるー学ぶ」的な一回性」はそれこそ一回性だから決定的でしょう。それから
象徴界は刷込み、反復学習、それにチョムスキーじゃないけど先験的に生成する面もある
だろうけど、その辺の成果はまだ個別科学にとどまってるよね。「心の起源」みたいに
生物学に立脚して心の形成を遺伝子レベルからとらえてそこでの記憶と学習の過程を丁寧に
探ったような研究成果もあるので、そういうマテリアルな成果は斉藤でも誰でも参照してほしい。

>そもそも主体が象徴界の裂け目で、それ自身の場を欠いた存在、貨幣のような位置にある以上は、
>自分が何者であるかを積極的に説明することは出来ない、本気で考えると無根拠に直面する。
そうだね、無根拠に気がついたら宗教もファシズムもその可能性はありになる。かろうじて
それを阻止しているのは他者への意識、他者性への何らかのアプローチかな。最低限でも
市場(という幻想あるいは自由という幻想)の存在は守りたいというような。それ自体が
共同幻想だろうけどね。

>その意味で自由意志っていう考え方はかなり怪しい。偶然的な命令を自分で選んだと錯覚した
>だけかもしれない。
たぶん自由意志はないよね。フロイト的にはエスから自我が析出されるときに方向の選択性が
かろうじてあるくらい。それもその後のTPOで解釈は変転していくだろうし。だからその変転の
過程を溯行分析しないと個別的現存でしかないそれぞれの主体についてはわからないでしょう。

152 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:51:13
>>147
>斎藤も言っているけどある出来事がトラウマになるかどうかはその後の出来事との関連が問題なんじ>ゃないかと。
>それってぶっちゃけ医者でないと扱えない。その意味でフロイトに帰れっていうなら分かる。
フロイトへ帰れはその意味でしょ、第一義に。トラウマになるかどうかは主体の認識次第だから、
それぞれの主体を溯行分析するのは避けられないと考えけどね。斉藤は名医年鑑に載ってるし。W

>あと言語獲得以前、つまり象徴界以前の想像界というのはただのナルシシズムの状態なんで、
>そこに可能性を見るのは単に去勢のはたらかない散漫で幼児的なでたらめを多様性と言い出したり、
その「去勢のはたらかない散漫で幼児的なでたらめ」は大前提で、それが整序されていく時のファクターは
いくつもあるだろうけど、学習も刷込みも含めてアフォードしていくものだと思うよ。「でたらめ」な状態から
イギリス人になるか日本人になるか、その後オタクになるか教授になるか、その<なっていく>過程こそがいちばん
意味があるし、なによりも<何かになる>原因?そのものだから。この過程は通時的で、現在から観れば溯行的な分析でしか
把握できないだろうし。

>文明批判とやらで田舎に引っ込むナチュラリストやエコロジストのような本質主義に陥るだけじゃな>いか。
まあ左翼をはじめ現在その手の誤解や失敗は多いだろうけど、それを真正面から批判する論者が少ないのも残念。

>システム論的なラカンの使用を批判するにしても言語以前ではなく、
>「手紙は宛先に必ず届くのか」って郵便的問題から攻める方がいいんじゃないか。
郵便的問題から攻めるのは先駆者がいるし論者も多いみたいだから、自分はオーソドキシーな
ところからいくよ。W

それからまとめて言うと、ラカンやシステム論の批判をしてるのではなくて、その可能性を
拡大するものを探してるとこだね。自分的には吉本隆明周辺は現在進行形で読んでるから、
その辺とマルクス系はこれからしばらくはソースにすると思うよ。もちろん浅田や柄谷、斉藤は
以前から読んでるよ。それらの違いじゃなくて相互に援用できるとこを探したい。
たとえばオーポエ・システム論での<境界>の定義とか、いくつか考えてることがあって。

153 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:52:41
>>148
>市場の外、家庭などの<私的空間>は問題になってきてる。
>家事や育児などの人的資本の部分は不可視化されている。
<経済>の語源はもともと<オイコス>という言葉で家庭のマネージメントや家計を示す言葉でしょ。
それが不可視になってきた理由を探ると国家を頂点とする共同性の本質がわかるかもね。

>滅私奉公を強いる日本の縁故資本主義は私的空間へのしわ寄せが非常に大きいね。
「滅私奉公」の言葉のとおりで<私的空間>を圧迫した分だけ<公的空間>が増長するし、
<公>を減少させた分だけ<私>が増大する。そのシーソーみたいな関係を<遠隔対称性>と
いう概念で説明するんだけど、その辺を駆使した有効な探究をしたいというのが自分の希望かな。

>ただ経済はそれでいいけど意識の場合、非言語的な部分はそれは無意識なのか、
>もっと別のなにかかは分からないんじゃない?
それは前に書いた(>>140)ように意識の場合は自己言及できない自意識の部分で、ゲーデルの定理の
決定不能性に象徴される領域(対象化不可能な領域)だと考えてるよ。対象化したいという志向性が
この決定(対象化)できない領域に<何かを代入してしまう>ということで。逆にそのことによって、
つまり身体的(物理的)にタッチ(関係)できない対象さえも意識は対象化(観念化)できたと
思う。もちろん<代入されたもの>だけどね。意識は常に何かの代理というコトになるけど。
たぶん斉藤ならそれをシニフィアンの連続とかいうと思う。

154 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:53:49
>>149
>同じような個体であっても置かれる関係によって発症するやつもいるし、しないやつもいる。
>どう表象されるかってのは分からないんだよね。
だから探究する必要があるんだよ。そのTPOも、それぞれの主体も、言語も、遺伝的特性も。
まあ主体本人も含めて分析者でも何でも「事後的にしか言えない」のは確かだね。
それも、すべてにわたって。

>いわゆる親と子の鏡像、想像界の関係が象徴界の垂直軸に再構成されるからシステム的にみえる。
>でもラカンはそのプロセスを見てるからただの構造主義じゃないと思う。
>結構マルクスっぽいと思うけどね。
同意。

>「逃走」できればいいけどね。もちろんただの相対主義じゃなくてヘルメス的にね。
>象徴界が均質空間だっていっても、単に想像界にとどまってるのはただの幼児的ナルシシズムになる>から。
>ネット上に散らばってる文章より、やっぱり本屋の書籍の方がまだ相対的にマシ。

まあそうだけど浅田が吉本を理解不能といったり、斉藤と宮台が相互に社会学、心理学は無効と
いったり、著者レベルの人間のそういうスタンスを見ると?と考えちゃうよ。アタマいい(ハズ)のに
他者を否定したり党派的政治的なつまらないことに力を入れないでほしい。山形の「構造と力」の
「クラインの壺」批判なんて、ただの言い掛かりだし。あんなバカだと思わなかった、山形。W
芸術家のように表出するだけじゃなく受容する方に感性を使ってほしい。どんな些細なことからも
世界を把握するキッカケを見つけられるはずだから。マルクスは1個の商品から資本主義のすべてを
解読していったワケだしさ。


>>150
>もう少し読みやすく書けんのかね
スイマセン、いちばん大事なことだと思うんだけど、自信ない....です。ゴメン

155 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:05:32
>>139,142
斎藤はひきこもりはネットをするべきだといっている。
ネットはひきこもりを助長するものではなく、
コミュニケーションへ向かわせる(契機になる)ものだと位置付けている。
重篤なひきこもりはネットすらしないし、
「本当のコミュニケーション」をこそ熱望している(からこそ引きこもってしまう)ひきこもりは
「ネットのコミュニケーションなんか偽りのコミュニケーションだからやりたくない」などと言ってしまう。
そういう状態よりは虚実ないまぜのネットの中を過ごすことが可能であるうことの方がどれほど健全か、と。
但し、斎藤はMMOなどのネットゲームについては有害可能性を示唆しており、
ネトゲ許可する際には制限時間を設けるべきだとしている。

また、韓国精神医学会は、韓国のひきこもりについてはほぼ100%ひきこもりとネットは関係している、としている。

156 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 07:35:53
>>155
だから斎藤がそう言っていることは知っているよ。その上で言っているのです。
じゃあ、なぜ、彼はネットをする「社会的ひきこもり」などという矛盾した言い方をするんだろ?

> ネットはひきこもりを助長するものではなく、
> コミュニケーションへ向かわせる(契機になる)ものだと位置付けている。

コミュニケーションへと向わせる契機って、ネットでのそれはコミュニケーション以前なのか?
言葉の世界以前の世界なのか? 象徴界以前の世界なのか? 社会以前の世界なのか?
斎藤はネットを自らのいう「社会的ひきこもり」の定義にかかわる「社会参加」から排除して
いるのではないか? そういう根本的な疑問を抱くわけですよ。

むしろ、ソシュールのいう記号のシステムという意味で社会システムを捉えるのであるならば、
ネット社会は、社会的・象徴的なるもののもっとも極限的な形態であるのではないかと思うのです。


157 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 07:53:43
>>155
> 「本当のコミュニケーション」をこそ熱望している(からこそ引きこもってしまう)ひきこもりは
> 「ネットのコミュニケーションなんか偽りのコミュニケーションだからやりたくない」などと言ってしまう。
> そういう状態よりは虚実ないまぜのネットの中を過ごすことが可能であるうことの方がどれほど健全か、と。

そこまで言いながら、なぜ「社会参加」の定義からネット社会を排除しちゃうんだろうか?
社会によって、コミュニケーションによって、まるで「社会的ひきこもり」が予め去勢されていない
状態ででもあるかのように、去勢された事実を「否認」しようとするんだろ?
斎藤までもが一緒になって。


158 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 08:04:31
>>148
無意識も言語的に構造化されているわけでしょ?
無賃金労働が行われる場は、女性や子どもの場として、一見、市場原理から
排除されているかのような装いの下に構造化されている。
その場は、システムの内部にできた外部だよね。
斎藤は、その場としてシステムが構造化したものを「社会的ひきこもり」と見なした。


159 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 08:08:30
トラウマは、主体が認識するというよりは、分析家が認識するものでしょ?
その分析家の認識を分析家は、主体の無意識だと言って名づける。

160 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 09:22:53
>>155
>また、韓国精神医学会は、韓国のひきこもりについてはほぼ100%ひきこもりとネットは関係している、としている。
たぶん世界でいちばん日本と似ている文化の韓国でそういう見解が出るワケは....
最終的にはセロトニン受容体の数量に左右される部分とかあるね、きっと。
日本人やポリネシア系はセロトニン受容体が多く、一般的な白人や中国人、韓国人は少ないから。

>>156
>むしろ、ソシュールのいう記号のシステムという意味で社会システムを捉えるのであるならば、
>ネット社会は、社会的・象徴的なるもののもっとも極限的な形態であるのではないかと思うのです。
同意!
斉藤が吉本の「ひきこもれ」に激怒した理由も自分にとっては不明というか、明瞭にしようとすると
斉藤の狭少さに行き当たりそうでヒケるんだよね。

>>157
>そこまで言いながら、なぜ「社会参加」の定義からネット社会を排除しちゃうんだろうか?
>社会によって、コミュニケーションによって、まるで「社会的ひきこもり」が予め去勢されていない
>状態ででもあるかのように、去勢された事実を「否認」しようとするんだろ?
>斎藤までもが一緒になって。
同意!

>>158
>斎藤は、その場としてシステムが構造化したものを「社会的ひきこもり」と見なした。
アナタの言い分がよくわかったよ。なるほど、そのとおりだと思う。

>>159
>その分析家の認識を分析家は、主体の無意識だと言って名づける。
そうだね、プロの立場を守るためにも、そうやってタームの定義や解釈を
自らの専管事項であり権利であるかのように行使するんだろうね。
そういう点でもネットは特に有用だね。ネットでの異議申し立ては自由だから、
その自由は守らないといけない。その面での政治的行動はありかな。


161 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 23:16:04
「本当の自己」がないように「本当のコミュニケーション」も
「本当の社会」も錯覚では?
「自己」や「社会」を実定化しちゃうことは共に危険ではないか?


162 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 23:30:29
ネットは社会の一部であるが、全部ではない。
また、身体性を伴わない。

163 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 00:36:51
>>161
疑念の論理的な順序として、まず問われるのは「本当」の意味では?

>>162
メディアはマクルーハンを待つまでもなく身体の拡張では?
斎藤環は逆説的に「メディアは存在しない」と主張しているが。

164 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 14:15:54
>>151
> 自分的にはシステム論(オーポエ)の限界と、ラカンそのものの使い方が?だと思う。
> 溯行分析でエスや自我の生成過程をもっと丁寧にフォローした方がいいんじゃないかな。

個人的には斎藤の本でもアニメ分析などより精神病理について書いてるものの方が面白いけどね。
ただ世の中はわざとやってるのかってくらい図式で説明できてしまうことが多すぎるよ。

> 生物学に立脚して心の形成を遺伝子レベルからとらえてそこでの記憶と学習の過程を丁寧に
> 探ったような研究成果もあるので、そういうマテリアルな成果は斉藤でも誰でも参照してほしい。

斎藤氏は医者だから生物学的な成果も耳にはいってきてるんじゃないか。
やっぱり器質的変化と病理の因果関係というのは天気予報みたいなものという立場なのでは?
ちょっとずれるけど、まえにネットで見かけた認知科学系の文章で意識は一種の位相空間で、
生物学的な裏付けはどうもとれそうにないとあったよ。
若そうだったし例外的な意見かもしれないけど。

> そうだね、無根拠に気がついたら宗教もファシズムもその可能性はありになる。かろうじて
> それを阻止しているのは他者への意識、他者性への何らかのアプローチかな。最低限でも
> 市場(という幻想あるいは自由という幻想)の存在は守りたいというような。それ自体が
> 共同幻想だろうけどね。

まあ天皇制もあるし。無神論者といえるまで主体的になるなんてそう簡単には出来ない。

> 過程を溯行分析しないと個別的現存でしかないそれぞれの主体についてはわからないでしょう。

遺伝子にどういう人間になるかが書き込まれていて、
その後の環境はほとんど影響しないとなると、それは動物なんで。
というか倫理的に許しがたい見方だと思うけどね。

165 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 14:17:00
>>152
> その「去勢のはたらかない散漫で幼児的なでたらめ」は大前提で、それが整序されていく時のファクターは
> いくつもあるだろうけど、学習も刷込みも含めてアフォードしていくものだと思うよ。

その学習がおこった経験がトラウマになるか、ならないかはその後の状況次第で、
過去が現在に決定的な影響を与えているというより、現在が過去をそのように意味付ける必要を
発生させているという見方をするなら幼児期の非言語的な体験だって立派な体験だというのは同意。

> たとえばオーポエ・システム論での<境界>の定義とか、いくつか考えてることがあって。

柄谷にいわせればそういうのは星で決まってるwらしいから
自分の興味の向いた方に突っ走ればいいんではないでしょうか?
俺はただの哲ヲタなんで読んで理解できたことを
ひまつぶしにカキコするだけで新しいものは生み出せないけどw

166 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 14:20:53
>>153
> 「滅私奉公」の言葉のとおりで<私的空間>を圧迫した分だけ<公的空間>が増長するし、
> <公>を減少させた分だけ<私>が増大する。そのシーソーみたいな関係を<遠隔対称性>と
> いう概念で説明するんだけど、その辺を駆使した有効な探究をしたいというのが自分の希望かな。
>
へー。今後、社会保障とか私的領域をどうするかは問題になってくるだろうから結構タイムリーな気が。

> それは前に書いた(>>140)ように意識の場合は自己言及できない自意識の部分で、ゲーデルの定理の
> 決定不能性に象徴される領域(対象化不可能な領域)だと考えてるよ。

意識をシステム的な閉域だと仮定すると表象不能な領域がでてくるんだろうけど、
それはもともと外部的なものかもしれないし、時間的な差異なのかもしれない。剰余価値?
ラカン的には主体の位置がつまり象徴界の裂け目が現実界へ繋がるところとなってる。
主体的な働きかけがリアルなものに触れる端緒だという感じかな。このへん難しいから曖昧だけど。
マルクスのラインだと商品交換の部分に不透明な部分があるんだということになるかな。
他者なしでは自己は有り得ないけど、他者は自己を危うくする。
というか自分の価値を自分自身で付けようとするから背理になる。
自分が言ってることの意味は他人が了解して成立するもんだから。
それはやってみないと分からない。

167 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 14:23:51
ラカンにとっては他者がアプリオリなの?

168 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 14:34:55
前もってあるともないとも言えないんでは?

169 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/08/01(月) 22:13:55
>>167
斎藤環の分類で行くと、
ラカンの人間(神経症者)は言語がアプリオリに備わっているので、
従って象徴界や他者もアプリオリに要請される存在でしょう
ただし、鏡像段階のように他者出現の過程も説明しています


170 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 23:33:49
>>169
言語=他者?

171 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/08/01(月) 23:37:43
>>170
同じものではないですが、他者の存在には言語が必要だと言えるでしょう


172 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 10:58:09
>>169
そういう認識はソシュール以前のような気もするんだけど。

173 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 15:03:01
>>164
>個人的には斎藤の本でもアニメ分析などより精神病理について書いてるものの方が面白いけどね。
「文脈病」で見せた可能性に期待してるけど、本人はオーソドックなラカニアンになったというか
発言によってスタンスがいろいろだね。

>ちょっとずれるけど、まえにネットで見かけた認知科学系の文章で意識は一種の位相空間で、
>生物学的な裏付けはどうもとれそうにないとあったよ。
>若そうだったし例外的な意見かもしれないけど。
たとえば吉本の「心的現象論序説」そのものがそういったスタンスだね。心理現象を身体や機構に
還元しない・できないところで論じると宣言してる。事実その後の心的現象論の本説や各論との
切断があらかじめ宣言されてて、取り扱いにくいし、事実絶版。著者本人があれはもう取り上げない
的発言してるし、酷い環境で読んでるよ。W

>まあ天皇制もあるし。無神論者といえるまで主体的になるなんてそう簡単には出来ない。
それをやっちゃうのがヒッキーだったりするだろうな。本人も苦労するだろうけど。W
斉藤も指摘してるけどヒッキーは完全無宗教無神論者ばかりらしいから。

>遺伝子にどういう人間になるかが書き込まれていて、
>その後の環境はほとんど影響しないとなると、それは動物なんで。
遺伝子決定論者でない限りそうは考えないでしょ。
その後の思春期までの経験=TPOとの関係が大きく作用するワケで。
たとえば、発ガン遺伝子(遺伝子特性)があっても発ガンのトリガー(経験)に触れなければガン化(発現)しないから。

174 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 15:04:08
>>165
>その学習がおこった経験がトラウマになるか、ならないかはその後の状況次第で、
>過去が現在に決定的な影響を与えているというより、現在が過去をそのように意味付ける必要を
>発生させているという見方をするなら幼児期の非言語的な体験だって立派な体験だというのは同意。
「現在が過去をそのように意味付ける必要を発生させている」というのは同意なんだけど、
トラウマになるかどうかは主体の<耐性>によるんじゃないかな? 
>>149の「同じような個体であっても置かれる関係によって発症するやつもいるし、しないやつもいる。
どう表象されるかってのは分からないんだよね。」だとすれば、「どう表象される」か何故そうなるのか、ということを探究すべきだと考えるわけ。
たとえば「言語障害」の人はしゃべらなければ障害が発現しない。高所恐怖症の人は高い所へ行かなければ
恐怖症は発現しない。でも障害や恐怖症になる可能性は内在させているから、その理由を問うべきだ
ということなんだよね。主体には予期理論的な拘束がかかるわけだから。それらが発現する可能性を
消去すること(治療)も必要かもしれない。そういう意味では「文脈病」で紹介されていたベイトソンの各学習の段階についての論考
などは重要な参考になったよ。学習のやり直しという意味で。

175 :考える名無しさん:2005/08/02(火) 15:04:59
>>166
>へー。今後、社会保障とか私的領域をどうするかは問題になってくるだろうから結構タイムリーな気が。
<公><私>の関係はバランスだからシーソーにように変化して、その相互の関係は
<信用>をバロメーターとして表象するでしょう。
<公>たとえば国家が<私>からの<信用>を失えば革命が起こるかもしれないし。
この<信用>を制御し統御しているのが<貨幣>。貨幣はある種の商品だけど、そのレベルだけで
考えてもせいぜい交換価値しか見いだせない。交換経済はどこでも成り立つので交換を貨幣の役割だと
考えるのは貨幣の過小評価だね。本来的には権力の支配権を表象するのが貨幣の役割で、権力と
被支配者の関係を信用の度合いとして表象し統御してる。たとえば消費税が20%の社会と50%の社会では国家に対する信用度が違うワケで、50%でも反発がなければそれだけ国家への信頼が高い
と見なせる。でも内心は反発しているとすれば革命の危険度が高まっているということになる。
ラカン式に言えば50%は去勢の度合いで、危険度は神経症の度合いだね。

>>それは前に書いた(>>140)ように意識の場合は自己言及できない自意識の部分で、ゲーデルの定理の
>>決定不能性に象徴される領域(対象化不可能な領域)だと考えてるよ。
>意識をシステム的な閉域だと仮定すると表象不能な領域がでてくるんだろうけど、
>それはもともと外部的なものかもしれないし、時間的な差異なのかもしれない。剰余価値?
>>141で書いたけど「<認識できないモノゴト>は<外部>と見なす....というのが認識の事実だろうと思う。」

>ラカン的には主体の位置がつまり象徴界の裂け目が現実界へ繋がるところとなってる。
>主体的な働きかけがリアルなものに触れる端緒だという感じかな。
そうだね、マルクスなんかでも同じ。問題はこの<リアル>の質を問うことだろうね。
感覚器からの刺激をリアルの根拠にする人と価値観の一致をリアルだと思う人だと
前者が動物的で後者が精神病的でしょう。前者は認識の対象を<近隔化>していて後者は<遠隔化>
しているといえる。

176 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/08/04(木) 02:05:09
>>172
いや、ラカンのシニフィアン連鎖はソシュールから受け継いだので。
そもそもアプリオリかアポステリオリかという区分が相応しくないかも。


177 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 13:38:57
>>173
> 斉藤も指摘してるけどヒッキーは完全無宗教無神論者ばかりらしいから。

ああ、なるほどね。完全に「内発性」で行動しようとすると何も出来なくなるわけだ。
動機付けなんてのは「やれって言われたからやってる」っていうのが普通だし、論理的にも正しいw

> トラウマになるかどうかは主体の<耐性>によるんじゃないかな? 
> >>149の「同じような個体であっても置かれる関係によって発症するやつもいるし、しないやつもいる。
> どう表象されるかってのは分からないんだよね。」だとすれば、
> 「どう表象される」か何故そうなるのか、ということを探究すべきだと考えるわけ。

それは探求しても確率的なものになるし、実際の位置は観測しないと
分からないっていう量子力学的なものになりそうだ。
というか精神分析ってまさにそうだよね。

まず<耐性>によるっていってもそれは生物的な問題じゃないと思う。
ヒステリーで歩けないのが「大人になりたくない」とか「誰かに依存したい」ってことの
言い換えになってるみたいに、高所恐怖症とかもある種のメタファー(高所=飛ぶ=挑戦=挫折)でしょ。
実は恐れているのは高所じゃない。「高所」は現在の状況によって恐怖の対象として呼び出されている。
それは現時点での不適応のもったいぶった表現なんだよ。
だからストレスに強い個体と弱い個体があるっていうんじゃなくて、
同じ状況でもそれをストレスと感じる意味付けを持っている人とそうでない人がいるということだ。
生物的なものじゃなくてシニフィエとシニフィアンの結びつきの問題だと思う。
もちろん苦痛は誰にとっても苦痛、しかしトイレと財布が等価で結びつくのが恣意的なように、
トラウマってのは体験の質というよりは解釈に重点があるんじゃないか。
もし生まれつきで決まってるんなら苦手な状況を克服することもないわけでね。

178 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 13:39:58
>> 175
> たとえば消費税が20%の社会と50%の社会では国家に> 対する信用度が違うワケで、
> 50%でも反発がなければそれだけ国家への信頼が高いと見なせる。
> でも内心は反発しているとすれば革命の危険度が高まっているということになる。
> ラカン式に言えば50%は去勢の度合いで、危険度は神経症の度合いだね。

うーむ。そういう見方もあるか。

> そうだね、マルクスなんかでも同じ。問題はこの<リアル>の質を問うことだろうね。
> 感覚器からの刺激をリアルの根拠にする人と価値観の一致をリアルだと思う人だと
> 前者が動物的で後者が精神病的でしょう。前者は認識の対象を<近隔化>していて後者は<遠隔化>
> しているといえる。

ただ岡崎乾二郎が知覚した像と想起した像はほとんど一緒だと言っていたように
知覚もつねにすでに言語化されている。
別の見方をすれば言語化/文節化されていないものは認識も出来ないわけで、
リアルなもの、物自体は象徴界の裂け目からやってくるんだというのは大事なところ。
これを忘れてリアルを構造の内部に取り込もうとするとたちまち構造主義者に逆戻り。

179 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 14:18:14
>>173
> 斉藤も指摘してるけどヒッキーは完全無宗教無神論者ばかりらしいから。

てか、いまどきの若者のほとんどがそうだろ。

180 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 14:51:23
斎藤は稲村と同じくクリスチャンなのか?

181 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 15:06:12
いまどきの若者って無神論者どころかみんなプチウヨじゃないかよw

182 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 18:12:09
ここでは斎藤環の言っていることが真理だから、余計な異論を書いちゃいけません。

183 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 18:16:42
>>181
じゃタマキンは間違いなの?

184 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 18:34:10
無神論者の右翼はふつうにいると思うが

185 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 18:56:57
ヒッキーが無神論者なんじゃないの?

国家=天皇=神だからウヨは無神論者じゃないだろ。

つうか"なんとなく"では無神論者にはなれねえって、
外面的にそういう体裁をとってなくても
宗教として機能している習慣はいくらでもある。

186 :考える名無しさん:2005/08/05(金) 23:51:38
引き籠っちゃう若者もふつーに会社信仰とか学校信仰とか恋愛信仰とか
そういう世俗的な宗教を信仰していると感じるけどねえ。
場合によっては強迫的なくらい。
心の内面ではそういう世俗信仰にがんじがらめになっているというか、
そういう「こだわり」とのあいだでの葛藤を抱えていると思うんだよね。
そういう意味で「世捨て人」とは180度違うというか。

187 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 00:23:03
ヒッキーって自分の引きこもりが治ると、
引きこもりにいちばん厳しい人間になるんだってね。
タマキンが苦笑いしながらTVで言ってた。

188 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/08/06(土) 02:13:17
そろそろ本格的にレスしていきます

>>174
>「言語障害」の人はしゃべらなければ障害が発現しない
記憶や行為に関係するので、喋る以外にも不都合があります。例えばPCを操作するとか
>>175
>消費税が20%の社会と50%の社会では国家に対する信用度が違う
消費税が0%の社会は国家が全く信用されていない? まさか…

>>177
>ヒステリーで歩けないのが「大人になりたくない」とか「誰かに依存したい」ってことの言い換え
そうかなあ
>高所恐怖症とかもある種のメタファー(高所=飛ぶ=挑戦=挫折)
高所恐怖は本能的な側面が大きいのでは。
トリスカイデカフォビアというのがあって、それはもろにメタファーでしょうけどね
不安障害が出てくるのはDSM-3からで、最近の区分です

>>185
>国家=天皇=神だからウヨは無神論者じゃない
右翼は保守主義位の意味では
>>186
>会社信仰とか学校信仰とか恋愛信仰とかそういう世俗的な宗教
比喩でしょう。学歴信仰とか土地神話も宗教じゃないですよ


189 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 10:02:42
>>187
それは引き出し屋に引っ張り出されたようなタイプの
元ヒキにありがちなパターンだと思うよ。
タマキンは自分の臨床現場でのケースを一般化しすぎじゃないか。

190 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 18:59:30
>タマキンは自分の臨床現場でのケースを一般化しすぎじゃないか。
そう、一般化し過ぎなところがたまにキズな感じい。


191 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 19:07:38
>>188
それが「本格的なレス」なの?

192 :考える名無しさん:2005/08/22(月) 21:41:46


193 :考える名無しさん:2005/08/30(火) 18:07:52
最近、スピルバーグの論考を読んでかなりファンになりますた

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