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例え話の論理性

1 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 17:39:53
よく人を納得させる時に使う話術がある。
それは例え話と言う物。
例え話をされると、妙に納得してしまう節がある。
そして、悟りと言う物も例え話からの産物だったりする。
釈迦が限界まで断食した時、琴の弦を張っている人間に出会った。
その時釈迦は悟った。
琴の弦は張りすぎると切れる。緩すぎると良い音色が出ない。
人間も同じで、贅沢三昧しすぎても堕落してしまうし、かと言って断食し続ければ衰弱してしまう。
バランスが大事なのだと悟ったのだった。
他にも色々な例え話があるだろうが、その例え話と、例え話にされる対象の事象は、関連性が全く同じなのだろうか?
そういう例え話について議論していくスレッド。

2 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 17:41:37
メタ言語をメタメタ言語化するわけですね。ハアハア

3 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 18:24:04
メタ語ってなんですか?

4 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 19:59:45
比喩の問題だべ、格好良くいうとメタファーだな。
ウィトゲンシュタインが論理はトートロジーで展開していくみたいな
ことを言ったらしいのだが、これも例えと結論が含蓄深くトートロジーで
結ばれているので、なんらかの効果を生んでいるということでしょう。

5 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 20:21:45
〔(「>>1は童貞」というお前も童貞)というお前も童貞〕

てのがメタ構造というやつの正体だ!

6 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 20:23:59
たとえば1について語ること。
これがすでに1という構造を解析しているわけだから
メタ言語機能を発動していて
1を語る俺を解析する、ということは
メタメタ言語機能を発動させているわけだ。
きりがないのでメタ言語で統一するのがオサレなやり方。

こうやってすべては相対化可能なのでつ。

7 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/07/30(土) 21:04:27
トートロジーとかメタ言語っていうのはちょっと違うと思った。
数式はいつもイコールで結ぶのでトートロジーですが、
比喩で例えば「琴は琴のようだ」はナンセンスなんです。
不可能性は可能性の条件としたもので、違うものにしか喩えられません。
いや、両者に共通の構造を見出したのだ、だからトートロジーだ、という考えはありえます。
AはCという構造がある。BはCという構造がある。よってC(A)=C(B)と。
ところが比喩は非対称性があって、「恋は炎のように燃える」と「炎は恋のように燃える」では
説得力に違いがあるのです。(この場合「燃える」が炎に近いとか色々な要素がある)
また「泥のように眠る」と「眠りは泥のようだ」でも違うでしょう。(眠る行為と眠りという現象の違い)
なので、そう単純には行かないのです。そういう研究が言語学方面なんかでされてるみたいです。
しかしまあ落としどころとしては、オブジェクトの継承というか、
「未知の課題に対して、既存の事物と共通の構造を指摘することによって、
 問題のモデル化と回答の経験的根拠付けを同時にかつ効率的に行う」位は言えますか。


8 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 21:25:00
真理条件が明確に定まっているような言語の使い方がまず先にあり、
そのあとで言語の特殊な使い方として「比喩」というものがある、
というたぶんフレーゲに由来する考え方もあるが、
反対に、比喩的な使用法こそが言語の基本だとする「認知意味論」の
考え方もある。このスレでは、後者の話題がふさわしいんじゃないか?

9 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 21:41:02
双対性

10 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/07/30(土) 21:50:03
そうそう認知系の話題ですね
「人生は川の流れのようなものである」は真か偽か、というのは難しいでしょう
記述的スタイルを取りながら、遂行的な効果がないとナンセンスなんですね

操作的に問題を立てると、人工知能が比喩を使うにはどうしたらよいか、
という話になるでしょう。「中国の部屋」のごとき単なる文法マシンではだめで、
言語構造の外部の実践とか経験を共有しないと比喩の説得力は生じない
まあ相手の反応をデータベース化する道はあるんですけど、その場合も
人間という「知っている主体」が一人は底で支えないと全体が「空転車輪」になります


11 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 21:58:29
名スレの予感がしましたので記念かきこ!

形式意味論対認知意味論の議論で盛り上がるとみまし。

12 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/07/30(土) 22:04:08
一人でずっと喋りすぎると何なんで、問題系を整理だけすると、
比喩の歴史は古くて、古典修辞学で使われるし
イソップの寓話なんかは登場人物(?)の擬人化も一種の比喩です
一方新しい文化でも比喩は魅力的なモチーフです
まず萌え系の絵で猫耳みたいな擬人化が復活していますから。
漫画の漫符が効果があるのは比喩の力でしょうし、
そもそも広告デザインはシンプルに表現するため比喩的表現が多いです
それにGUIとかicon(イコン)とかも比喩と関係するでしょう
インターフェイスをヴィリリオなんかは界面と呼んでいて、境界を繋ぐ存在です
それとGoogleの検索は比喩の機械化、発話遂行の実体化なんです
だから理系の人なら有向グラフから行列や確率過程にもってくとか何とか
とにかく多方面に展開する面白い題材と言えます


13 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:09:06
ロジシャンはどう捉えてるんだろ

14 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:13:24
モジュラー関数

15 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:16:11
そりゃ、人によって違うでしょうけれど、
本物の論理学者だったら、
異なるシステムの間の同型性の直観的把握とかに親しんでいるでしょうから、
認知意味論みたいなものには好意的なんじゃないかなあ?

16 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:28:25
そうかなあ。三浦俊彦はみとめないよ。きっと

17 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:35:25
三浦俊彦って論理学者じゃないでしょ?

18 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 22:56:22
論理パズル学者ですよ

19 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:02:35
パズルに出来ないものは認めない学派

20 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:42:30
体験は比喩的にしか語れない。

21 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:44:23
「50M歩いてきた」は体験じゃないんだ

22 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:51:30
むしろ世界は比喩的にしか語れない

23 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:53:55
「戸棚におやつがある」は世界について述べているじゃん

24 :こういうことか:2005/07/30(土) 23:55:21
形而上的体験は比ゆ的にしか語れない
形而上的世界は比ゆ的にしか語れない


25 :考える名無しさん:2005/07/30(土) 23:57:32
カフカの『喩えについて』の意味が分からん。誰か教えて。

26 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:01:25
知ることによって得られるものは、知ること以上の何者でもない。
人は何事も客観化する権利は持っているが、対象化したものが
そのものとして独立して在るわけではない。
対象化した瞬間に消失するものがある。
それは比喩的にしか伝達できないものだ。

自分でもうまく言えん。

27 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:02:46
>>23の発言を通してはじめて戸棚におやつがあるが成立する。
自己というメタ言語装置がなければ戸棚におやつがあるは成立しない。

てのはどう?

28 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:04:35
いやだから比喩じゃないじゃん

29 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:08:31
>>26
実在は比喩で暗示されるのみ、ってところか

30 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:09:34
結局言語ってやつが、体験を前提としているんだよ。

その言語が世界そのものを記述しようとするとおかしなことになる。




31 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:12:47
物自体は不可知っていう話

32 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:13:21
ウィトゲンシュタインのスレにもあったけど
手を上げることと手が上がることの違いみたいな・・・

そういえばこれも比喩だな

33 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:14:08
比喩の話じゃないし

34 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:16:47
いい例があった。

比喩とは何かを説明すること自体が
比喩的にしか語れないんだよ。
比喩というのはある種の(ビミョーだが)体験なわけ
言語というのはそういうもの

35 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:26:02
僕は君とは少し問題の方向が違ったようです。
 
比喩というものをロジックとして論じるんだったら僕は門外漢でした。

36 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:29:28
>>比喩というものをロジックとして論じる

阪大の中山さんかなーw

37 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:40:25
なんか、猫を転がすような話をしとるな。

38 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:42:51
クラフトアナロジー

39 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:43:25
>>1
その喩えは「悟り」より、むしろ「中庸」ではないか?
安逸も苦行もダメだということを悟ったというならわかるが。

40 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:47:32
>>25
あれは分からんなぁ
自分でもよくわかってないのに言うのもなんだけど、
「喩え」というものを一つの「解釈」と読み替えたらどうだろう。

<岩波文庫からの抜粋>
「なぜさからうの?喩えどおりにすればいい。そうすれば、自分もまた喩えになる。
日常の苦悩から開放される」
「それだって喩えだね。賭けてもいい」
「賭けは君の勝ちだ」
「残念ながら、喩えの中で勝っただけだ」
「いや、ちがう。君はほんとうに賭けに勝った。喩えの中では負けている」

これを

「なぜさからうの?私の解釈に従えばいい。そうすれば君もまた
私の世界解釈の住人になる。日常の苦悩から解放される」
「それだって一つの解釈だよ(全ては解釈に過ぎないよ)。賭けてもいい」
「賭けは君の勝ちだ」
「残念ながら、私の解釈の中で勝っただけだ」
「いやちがう、全ては解釈であると言うのは正しい。私の解釈の中では君は負けている」

と読み替える(という解釈を行うわけだが)と少しはしっくり来る感じ。
あんまりアテにはしないでね。

41 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:49:48
不明瞭でスマソ、
>1 は、バランス、中庸の大事さの喩えで
悟りの喩えじゃないんだよね。といいたかった。

42 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:50:04
「時は金なり」とか具体的なことわざたとえ話を例にして語ってくれないと



43 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:53:42
完璧に意味不明な例えをつくれるかどうか、
試してみれば?

無理やりでも、意味を解釈できちゃうのは駄目。

44 :20=26=30=32=34=35:2005/07/31(日) 00:56:10
>>36
俺はただのダメ人間なんだけど
阪大の先生と言われて

        ______
       /_      |
       /. \ ̄ ̄ ̄ ̄|
     /  /  ― ― |
     |  /    -  - |
     ||| (6      > |
    | | |     ┏━┓|    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   | | | |     ┃─┃|  < 正直、うれしい。
   || | | |  \ ┃  ┃/    \________
   | || | |    ̄  ̄|


45 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 00:59:59
>>43
それは禅の公案みたいなもんだろうから...

46 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:00:08
だからちゃんと例え話をロジックとして論じた「後」じゃないと

47 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 01:03:42
「例え」、隠喩といえば、ラカンでしょう。

48 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:04:26
出た、知ったかぶり

49 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:09:09
たとえ話をロジックとして論じた瞬間に消失するものが
まさにたとえ話のエッセンスであると思うわけであります。(僕の立場)

むろんプログラムのように語ることもできますが?

50 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:12:27
たとえ話はAとBに共通する何かだけでなく、それ以上の類似、共通を
示唆し得る。骨子だけならそれは失われる。


51 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:17:43
主観 対 客観
哲学版では様々なスレでこの問題を見出すことができます。
満ち溢れています。
これに尽きるのではないかとも思います。

では門外漢の私は寝ます。ばいばーい。

52 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:22:33
暗喩はシニフィアンによる情報伝達の限界を表しているというのはどう。
どんなに論理的に精緻にシニフィアンで説明しても、百聞は一見にしかず。
自分が感じたクオリアを伝えるには暗喩のほうが正確な場合がある。
「おやじの背中は小さかった」とは身長が縮んだと言っているわけではない。
「小さかった」と聞いて浮かぶ「みじめさ」「弱さ」「諦め」みたいなクオリアは、
「おやじはみじめで弱くて諦めているように見えた」と直接書くよりもクオリアが伝わる気がする。

「リアル鬼ごっこ」で宮廷の食事を「豪華豪華豪華」
と形容して逆に萎えるのが例になるだろう。

53 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:22:45
つまり基音が伝えたいことだが倍音もあるかもよという。

54 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 01:23:02
ラカンはコミュニケーションを支えているのが隠喩だと考える。
メッセージ、コード的な単純な意味論、さらにメタメッセージ(コンテクスト)重視の
意味論ではなく、他者へのコミュニケーションそのものが、
たえず隠喩という多義的な意味として成り立っている、みたいなことだね。

55 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:27:45
ダブルバインド、或いは弁証法の可能性ってとこか。

56 :52:2005/07/31(日) 01:28:52
連投すんまそん。もっといい例え↓

「165cmの身長にして90cmの長い足」と書くよりは
「ガラスを引き延ばした足」(阿部公房)のほうがクオリアが伝わる。

57 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:30:47
>ぴか
>コード的な単純な意味論
>(コンテクスト)重視の意味論
こいつ意味論しか知らないwww

58 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:32:40
もちろんぴかぁは隠喩とか言って見たいだけですがなにか?

59 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:33:28
とりあえず「例え」の定義を教えてくれ。

60 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:41:50
>>59
>>7
「未知の課題に対して、既存の事物と共通の構造を指摘することによって、
 問題のモデル化と回答の経験的根拠付けを同時にかつ効率的に行う」

61 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:50:40
人生を川に喩えるなら、共通する構造、側面を川がより端的に表現して
いるのであり、更に示された共通性以上の類似・共通性の発見可能性を
与える。


62 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:52:06
>>60
その定義によると、>>56は例えじゃないって事になるよね。

63 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:55:06
>>62
>>60はどちらかというと、喩える事、あるいは喩える事の動機の説明。
それも文学的なそれじゃなくて、論説的な文章を想定しているね。


64 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 01:58:51
「定義」とは何か、よく考えてみるといい。

辞書で言葉を調べると
Aの意味はBであり、Bの意味はCであり、Cの意味はDであり・・・
延々と続く。
なぜ言語というものはそうなのか?
つまり全体としてひとつの環を成していて、
それなのに私たちは言語を理解している。
 論理的断絶

言葉とは知るための道具ではない。言葉とは身体である、というのが
僕の考えありまする。

65 :60,62:2005/07/31(日) 01:59:01
>>63
「たとえ」にもさ、例え、譬え、喩えと3種類(少なくとも俺のATOKには)あるかと思うんだけど、
全部違うものなの?

66 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 02:01:19
>>64
ラカン。

67 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:07:01
俺ラカン読んだことないんだけど、
ラカン並みってことか。
悪くないな。


68 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:08:12
論文での例えは、抽象的に定義した理論の、具体例でなければいかんと思う。
論文で「勃起性の器官は虚数」と書いては、それは文章に神秘性(ハッタリ)を
与える以外に何の役にもたたないだろう。
小説での例えは、クオリアの伝達が目的になるだろう。

69 :ぴかぁ〜 ◆wMDHqGPerU :2005/07/31(日) 02:09:41
それはラカン的には「シニフィアンの連鎖」というが、
ラカンでは、主体そのものが隠喩であるというところへ繋がっていく。
ラカンの導入部だね。

70 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:13:45
哲学というのは
頭の中で神の座に居座らんとする
超越的行為なのだよ。

71 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:20:42
>>64
(ノ∀`)アチャー


72 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 02:37:08
喩えの内容の豊富さは辞書的定義によらず、イメージ喚起によるもの。


73 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 10:18:58
  _
  ノn  ホーホケキョ
 ̄" ̄ ̄

74 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 11:03:00
フォコニエのプラグマティック・ファンクションの考え方は面白くない?

75 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 11:35:28
辞書の説明が例え話ばっか

76 :しろうと ◆AUSirOutoE :2005/07/31(日) 12:24:58
メンタルスペースを論理空間との関連で心理空間と呼びましょう
(「言語のように構造化されている」無意識とかでもいいんですけど)
写像・集合・関数という道具立ても論理空間と同じ発想です
そして心理空間と別の空間のインターフェイス(界面)が比喩にあたる訳です
Windowsのデスクトップにショートカットのiconがあるように、操作しやすいGUIなんです

あるいはコネクショニズムとの関連で比喩はコネクターとしましょう
論理空間を拡張してネットワーク的複数性を持たせたのが心理空間ですが
wwwのハイパーリンクと同じような構造に思えます。
一人で何から何まで記述すると面倒なんでリンク先を読んでちょ、と
完結した個々の文が集積するんじゃなくて、逆につねにWeb全体が先行する

またもや我田引水ですが、自分は単純化した話しかできないんです
が、フロイト的機知は象徴界の短絡路なんで関連がありそうです
またヤコブソンは近接と類似を分けて韻文やメタファーを後者としますが、
ウィトゲンシュタインのアスペクトは類似に基づくので、
大回りして最初の話に戻ります。つまり論考から探求への転向です


77 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 12:34:16
藁人形なんかも、その人形が呪う相手の記号になっているというか、
人形からその人への関数が設定されているというか、そういう感じなんだろうね。
古代には、名前を知られると呪いを掛けられる危険があるから、
本当の名前は隠すという習慣があったそうだが、
記号と記号が指し示している対象の関係を人間がどう理解しているのか
示してくれる例かもしれない。

78 :考える名無しさん:2005/07/31(日) 14:40:56
たとえ-のごびゅう【▼譬えの誤▼謬】

〔論〕〔fallacy of metaphor〕論証にたとえを用いるために生ずる誤謬。譬えの虚偽。



79 :考える名無しさん:2005/08/01(月) 22:48:16
方向性はみんな一緒って事じゃない?

80 :考える名無しさん:2005/08/03(水) 17:38:41
本日のDQN
http://d.hatena.ne.jp/intruder/

81 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 10:34:05
例え話を安易に使うのは、かなり危険だと思うのだが。

下手な比喩をいれることで余計本題をわかりづらくしてることが多すぎる。
しかも本人が得意げだった場合は、なおさら始末に負えない。


82 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 11:38:10
81みたいに比喩を危険視するのは、
哲学系の人間の間ではむしろ紋切り型。
「比喩は危険だよ」というのもたとえ話ですな。

83 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 15:21:23
>>62
比喩がどうこう以前に、まずその日本語なんとかしろ。


84 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 15:24:39
その前に俺は、アンカーくらいちゃんとつけろorz

>>83 は >>82 だ。

85 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 15:35:50
> 例え話を安易に使うのは、かなり危険だと思うのだが。

またプラトン批判か?

86 :考える名無しさん:2005/08/06(土) 16:29:15
>>85
飛躍しすぎ

87 :考える名無しさん:2005/08/07(日) 15:58:44
アナロギアってアリストテレスがなんか論じて無かったっけ?

88 :考える名無しさん:2005/08/10(水) 09:46:58
アナロギアは、どっちかっつーと例えそのものではなく
比例関係というか類比関係に力点がおかれてるのでは?
『隠喩や比喩』と『類比』は分けて考えないと混乱する。

演繹的に神の存在を何かに置き換えて例えたりするのが、類推

このスレで扱われてる『例え話』は、おそらく
意味伝達時に何か他のことを比喩することで、
より直感的理解に訴える例え話がもつ(もちうる)論理性についてだと思われ。

で、1を読むと類比と比喩を混同してる気がするのだが、どうなんだろう。

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