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ルイ16世万歳!!

1 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 19:56:15 0
好きなんですが

2 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 19:59:53 0
不能のルイ

3 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 20:11:54 0
わざわざこの人だけで立てる必要あるまい。

マリー・アントワネット フランス革命
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1066448245/
よい子のフランス革命
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034584986/

4 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 20:28:15 0
だから手術したんです。麻酔なしで。
サイモン・シャーマ「臣民から市民へ」1巻に彼がヨーゼフ2世を信頼して話したあからさまな
事情を、速攻ヨーゼフが弟のレオポルドに教えた内容が載っている。義兄を信頼したルイは本当にかわいそう。

5 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 20:41:04 0
マリー・アントワネットやサン・ジュストやべるばらや×本ひとみの小説には興味ないがルイ16世の人柄と改革と失敗の軌跡には興味あるので。

6 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 20:55:45 0
肖像も威厳が無くて画家にさえ馬鹿にされてる16世

7 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 21:25:18 0
錠前作りとか、手先を使うのが得意でしたね

8 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 21:26:55 0
チャールズ1世にしてもルイ16世にしてもニコライ2世にしても革命前の
王様って暴君ってイメージとは程遠いよね。

9 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 22:04:03 0
暴君でない庸君のほうが、先祖の恨みをまとめて受けたりして殺されるようですね。
しかし、やはり、これはヤベェと気づく程度の才覚があれば、亡命できます。
ルイ16世の場合は、あんた、何考えてるの?というような重装備でこれは無理。

10 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 22:13:58 0
錠前作りは歴代ブルボン王の趣味だったのに。
ルイ16世だけが職人的ないいかたされるのはツヴァイクのせい?

11 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 22:47:31 0
包茎手術をもっと早くしとけば、マリーアントワネットの御乱行も少しは収まって
恨みを買うことも無く、一家皆殺しされずに済んだのだろうか?

12 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 23:01:09 0
>>11
ツヴァイクの理屈だとそうなりますね。

13 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 23:11:10 0
>>11
マリーの贅沢なんて軍事費等に比べれば微々たるものだよ
アメリカの独立支援にかなり出兵したからな、それだよ。
それにしてもフランス国王ですら包茎だったのか・・・親近感わいてきたなw


14 :世界@名無史さん:2005/03/22(火) 23:58:30 0
ツヴァイク。よく読むとルイの知性に結構きづいてているくせにわざと
冷たく描いている。あの小説で日本での彼のイメージが決定したのは残念。
ところで、フランスでの再評価の中心的存在のGirault de Coursac夫妻について。
どうも読んでいると首をかしげたくなるような断定が多く??です。
信頼に値する学者なんだろうか?だれか教えてください。

15 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 00:57:22 0
というか、包茎だったらなんでセクースできないの?
日本人って真性包茎いっぱいいるけどそのひとらは
セクースできないのか?

16 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 01:26:31 0
>>11
ルイ14世のせいではないのか?フランス革命は。

フランスで最も偉大な王として慕われてるけど
ベルサイユ宮殿つくったり戦争とかで、国庫は大変な赤字になったという。

17 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 01:36:30 0
ルイ16世の遺言は泣けますね。

18 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 03:04:45 0
>>13
死刑の決定は確か一票差だったから、
もうちょっと夫妻に人望があればと思ったから。
国外逃亡失敗の方が影響としては大きいだろうが。


>>15
勃起すると痛かったらしい、
まあ普通に言う包茎ととはレベル
が違うワナ。

19 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 03:13:31 0
ボッキすると痛いとシャセイもできないのかな。

完全な夫婦になってなかったって
アントワネットは7年間ずっと処女だったのか、
それともいれるにはいれたがシャセイできなかったのか?

20 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 08:56:35 0
>>19それとも以下が正解です。

21 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 09:02:13 0
>>16
ルイ14世の失政に加え、平民出の有力者を昇進させるシステムが行き詰まったせいと思われ。

飢饉の問題は、大革命以降、改善されたのかな?
農民暴動が起きなくなったが。

22 :世界@名無史さん:2005/03/23(水) 16:59:31 0
革命のきっかけ。課税の平等を目指したルイの諸改革に対し特権を失いたくない貴族が反
抗、勘違いした民衆は貴族=高等法院を支持。
89年当時、飢饉というよりむしろ賦役や教会の十分の一税等中世的な制度が農民の負担を
増していたのでは。行政単位の統一、土地解放は良かったとしても、トータル
で見ると革命とナポレオン戦争はフランスの経済を停滞させた。テュルゴーの
改革が成就していたら、と思わずにはいられない。


23 :世界@名無史さん:2005/03/24(木) 07:17:19 0
ルイは6歳で3歳違いの兄を、10歳で父を、12歳で母を失った。父母は最愛の兄亡き後今度は弟たちを愛し、鈍臭い彼はずーっと孤独だった。15歳でマリー・アントワネットと出会うまでは

24 :世界@名無史さん:2005/03/24(木) 07:38:03 0
持参金制度って、庶民の間でも結婚に必要だったそうですね。
おかげで出稼ぎしなくてはならない娘たちが多く、売春を産む端緒にもなった。

25 :世界@名無史さん:2005/03/24(木) 09:21:49 0
マリー・アントワネットも自分を心から愛してくれているこの夫をバカにしていたし。
ルイ16世は自分を笑いものにしている貴族は嫌いだが、召使とか庶民には優しかったという。
まあ、アントワネットも夫をバカにしながらも最後まで運命をともにしたことを考えると、
それなりに愛していたのだろう。

26 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 00:35:53 0
アントワネットは夫を大変な内気だからだとおもって納得していた。
不能な夫を「かわいそうな人」と呼んだ。
ルイ16世は妻を愛してるのかそれほど愛してないのか
よくわからないひとだった。
乳母がルイ15世のように好色にならないよう
女性はこわいという教育をしてきたのでその影響か?

27 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 11:06:00 0
<<26もちろん愛していたのです、この人の遺書や死刑の前夜の記録は涙なしでは読めない。妻の不行跡の全てを許すまでに。愛していない云々は(母に対する)遊び好きなアントワネットの言い訳。
乳母とは多分マルサン夫人。幼少期、このショワズール一味の乳母というか養育係に不細工というので嫌われ、
その結果内気で臆病な人間に育ってしまったのだ。

28 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 13:29:52 0
27ですが、付けたし。女に気をつけろと教えたのは教育係ド・ラ・ヴォーギョン公爵。ルイの父王太子とはイエズス会支持の仲間。
また、ルイが意思伝達が下手だったのは懺悔聴聞僧の、人に心を読まれないように、という助言のせいとも言われる。

29 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 16:52:34 0
>>27
アントワネットの不行ってなにさ。
愛しているのかわからんというのは、彼の行動から我々が推測するものである。
アントワネットが最初で最後の恋人だったのか、最初から恋なんてしたことないのか。
そういうひとはいるからね。潔癖に育つと。

30 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 17:52:14 0
>>29不行跡。普段の行いが悪いこと、身持ちの悪いこと。この場合、若い頃のアントワネットの浪費、人事への容喙、そして特に30代以降のフェルゼンとの恋愛的関係とそれと同時期(第4子出産後)にルイとの夫婦関係を絶ったことなどを指したつもり。
絶版だが「ルイ16世幽囚記」(福武書店刊)に訳されているタンプル幽閉中の証言、遺言等読んでみてほしいです。またはカストロ著マリー=アントワネットかミシュレのフランス革命史。辛らつなツヴァイクもルイが奥さんを愛していたと渋々認めている。


31 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 18:03:26 0
30です。日々の目撃者、マダム・カンパンおよびランバル公妃のメモワ〜ルも刊行されております。取り寄せて研究しておきます。

32 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 20:14:32 0
言ちゃ悪いが、親族も廷臣も誰もほめないし、敵にも味方にも尊敬されないのでは、
よほど魅力の無い凡庸な人物だったと思う。
平民にうまれていたら誰も相手にするまい。

33 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 22:22:41 0
>>30
浪費については、アントワネットのつかった額はルイ15世や妾などが
つかった額からいけば目立たないものだし、
フェルセンとの恋愛は、肉体関係がないことから不倫とはいえない。

34 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 22:26:38 0
>>32
ルイ16世もアントワネットも人柄はよかった。
革命は起こるべくしておこった。

35 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 22:34:09 0
人柄がいいという人が、
実は仲間うちの受けがいいだけで、
遠巻きには冷たい目で見られていたというのはよくある話。

36 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 22:41:34 0
人柄はいいが、政治能力はなかった。なぜなら
国王は理系人間だったから。
優しいから人民にやりたい放題されたのかもしれないな。

37 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:06:12 0
マリー・アントワネット。でもねえ。TUTTA A TE MI GUIDAの指輪なんて許せない。夫かわいそう。
>>32平民だったら平凡で幸せな人生だっただろうに。
それからテュルゴー、マルゼルブの更迭に手を貸したのはルイ16世の改革の失敗、ひいては革命を招いた点、非常に悔やまれる。大赤字の原因は
アメリカ独立戦争への出兵だがこれも改革が成就していれば、財源確保できたかも、と思う。

38 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:20:47 0
>>37ですが。テュルゴーの更迭。マリ・アントワネットはお気に入りのド・ギーヌの処遇が気に入らず、それを指示した財務総監の罷免を夫に迫った。
アンシャン・レジームはこの改革で近代的税制に生まれ変わるはずだったのに。
アントワネットもつねに旧敵国人として庶民に嫌われ同情に値するのだけれど。

39 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:25:11 0
ルイ14世のころから国庫は大赤字だったという。
だからいくらアメリカ独立戦争がなくてもうめあわせできないだろ。

つまりルイ14世が悪いってことで。

40 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:30:17 0
貴族に税金をかけるのはいまさらすぎるし、
そんなことされたら貴族が黙ってない。
王制を倒すことに加担するに決まってる。
アントワネットの誇りを抜きに考えても
もうどうしょうもなかったんだろ。

41 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:30:55 0
いや、ルイ14世やルイ15世のときは、フランスのGDPは成長を続けていたから、
借金をしてもまだ返せる当てがあった。

ルイ16世の時代になって、成長が停滞したので急激にやばくなった。
(なんか現代の日本みたいだな。)

42 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:36:08 0
王室の借金が返せないから革命になったのではないだろ。
重税に民衆が苦しんでいて、王制を倒すという意識がでてきたからだろ。

43 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:45:45 0
ルイ十六世は、体臭がキツかった。

新婚当時のマリーアントワネットが、「あの人のそばに寄ると、家畜小屋臭いんですもの」などという
手紙を実家に書き送っている。

44 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:49:52 0
そうなのか。
ルイ16世は風呂があまり好きでなかったそうだしな。
しかし時計作りと錠前作りばっかりしてる彼が家畜小屋の匂いとは
どういう生活してたんだ?

45 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:50:53 0
当時のヨーロッパ人なんて、風呂好きの日本人からすれば、みんなホームレス並みの悪臭だろ。

46 :世界@名無史さん:2005/03/25(金) 23:53:10 0
植民地喪失等前任者のツケを一身に背負ってしまったルイ。イギリスに圧倒されつつある現状を憂い、ルイは海軍にも力をいれたがこれも資金不足で半端におわった。陸軍の改革は成功したが結局その恩恵に浴したのはナポレオン。
優柔不断だが決してバカだったわけではなく改革を志していたのだが。ルイは宮廷の貴族社会は嫌いで、職人や農民、兵士と話すのが好きだったとも。
ずるさとか保身が一切なかったのが不幸の原因かも。

47 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:01:39 0
>>43それは狩猟と乗馬に熱中していたせい。フロは結構入っていた、とCoursacが言っててます。(体臭云々)アントワネットのマリア・テレジアとの往復書簡には出てませんでしたが??
まあいつも指先が機械いじりで真っ黒だったそうだし。狩猟に対する情熱に関してはちょっと理解しがたいものがある。


48 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:03:10 0
若白髪じゃなくて若加齢臭だろ。

49 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:09:42 0
ルイ16世が庶民と話すのが好きだったとはよくわれることだが、証拠が無い。
学生時代のロベスピエールだって即位祝賀の演説全く聞いてもらえなかったし
(国王夫妻はあくびばかりしていた。ラテン語なので無理も無いか)錠前の
師匠のガマン親方は秘密の錠前作った直後に気分が悪くなり、毒を盛られたと信じた。
正直そうだが腹の分からない、近くで見たものからは冷血そうな人物だったんだろう。

50 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:12:16 0
王族として落第だから庶民に生まれれば幸福に生きていけるほど世間は甘くないよ。

51 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:20:49 0
ガマン!あいつだけは許せない。マリ・アントワネットに毒を盛られて病気で臥せっていたことにしてチュイルリーの秘密の鉄戸棚の件を半年後だかに(王家の形勢不利と見るや)おそれながら、と国民公会に密告。
保身のためなら長年の付き合いの王なんかどうでもいい、という姿には小人物のあさましさを覚える。まあ秘密の鉄戸棚というのもほめられたハナシではないが。(ミラボーの書簡がかくされていた)

52 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 00:26:00 0
>>51
長い付き合いだから裏切れないという知己の一人も作れなかったルイのほうに
人格的欠陥を感じますがね。

53 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 01:00:07 0
王家に近かったことでいろいろプレッシャーかかってたろうしな(推測ですが)

54 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 01:02:46 0
>>47
マリー・アントワネットは毎日入ってたそうだから
他人の匂いに鼻が敏感だったのかもしれないね。

55 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 01:08:44 0
>>51
錠前作りの先生か。

56 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 01:56:42 0
カスが溜まって、取ってなかったんだろ。

57 :世界@名無史さん:2005/03/26(土) 20:57:17 0
テユルゴー罷免と同時に辞職したマルゼルブ。国王裁判のとき、田舎で隠棲していたにもかかわらず自ら申し出て弁護役を買って出た。
いわく、自分はかつてそれが万人の羨望であった王の顧問職に2度呼ばれた。今同じその職が万人に危険とみなされている時にどうしてその職を引き受けずにいられようか?
彼もまた94年、家族とともに処刑された。トクヴィルの叔父。出版物の自由を保障した百科全書派の恩人でもある。

58 :世界@名無史さん:2005/03/28(月) 14:03:58 0
何たらカンたらいっても、国王でなかったら、こんな人物誰も興味あるまい。

59 :世界@名無史さん:2005/03/28(月) 15:21:11 0
>>33
いや、フェルセンとの肉体関係はあったでしょ。
「あった」事を示す証拠は結構あるが(王妃の部屋に泊まったとか、後年フェルゼンがナポレオンに
「王妃と寝た男」と言われても何ら否定しなかったとか)、「なかった」と示す証拠はない。
ただ、俺はそれを責める気にはならない。命がけで究極な、尊い愛だったと思う。
「別離の絶望と没落の法悦」(ツヴァイク)ってやつですよ。

60 :世界@名無史さん:2005/03/30(水) 20:58:21 0
ツヴァイクは「マリー・アントワネット」の物語にワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をあてはめてしまった。イコール史実とはいえないと思う。
フェルゼン、愛人イパーイいたし。でもともかくルイ16世かわいそう。

61 :世界@名無史さん:2005/03/30(水) 21:25:32 0
>>60
18世紀貴族社会は間男が常識。寝取られたからって誰も同情しない。
無能なおっさんをかわいそうがらなくても、もっと面白い男は山ほどいる。

62 :世界@名無史さん:2005/03/30(水) 23:40:42 0
ラ・ペルーズの航海への助言等並みの知識では出来なかったとおもいますが。宗谷海峡を日本以外ではラ・ペルーズ海峡と呼んでいると、いったいどれほどの日本人が知っているのか?


63 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 02:11:13 0
>>60
アントワネットに愛人はいませんよ。ほとんどが革命プロパガンダでしょう。
唯一恋人といえるのがフェルセンであり、それも死後に発覚したというもの。
しかも当時の状況からしてプラトニックラブだったろうという推論になっている。
だから不倫をし夫を裏切っていたといえるかどうか。

64 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 02:15:44 0
おっと読み違え。
フェルセンに愛人がいっぱいという話ですね。
あの顔で愛人いっぱいとは。
バレンヌ逃亡のときのパスポートを愛人にとってもらってるから
アントワネットは知っていたのだろうな。

65 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 02:23:18 0
>>59
ないことを証明するのは何事においても不可能である。
王族のことはなにからなにまで筒抜けであったし
フェルセンのフランス滞在の期間の短さからいっても
二人が関係を持てる可能性のある時間は少ない上に危険である。
それにマリア・テレジアの影響をうけ貞操には頑固なまでに厳格だったアントワネットが
不倫の肉体関係を求めるようになるとは思えない。

フェルセンがナポレオンの悪口に否定しなかったのは、嬉しかったからと解釈するのが普通だろ。

66 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 11:27:55 0
そうかなあ。
ほんとにプラトニックだったら、否定するんじゃない?
王妃の名誉の為にも。

67 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 12:26:18 0
62です。主語が抜けていました。ラ・ペルーズにルイ16世が助言したといいたかったんです。
です。それからフェルゼンと王妃の関係について。この件、フェルゼンが王妃の真の愛人だったと断言しているのはツヴァイクただ一人という印象があるのですが。
その彼にしても、フェルゼンの手紙の一文「そこ(チュイルリーの王妃の部屋)にとどまった(reste la)」だけが証拠。
でも、プラトニックにしてもなあ。ルイ16世は彼女を熱愛していたのになぁ。やっぱりかわいそうな人。

68 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 16:38:00 0
>>66
じゃあなんで歴史家が肉体関係がないと
推測してるんだよ。

69 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 16:55:55 0
>>68
質問の意図がよくわからんが

(愛人関係じゃないという)確たる証拠がない以上、「そう思い込みたい」からじゃない?
「有徳の王妃」がその歴史家の理想なんだろう。

70 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 17:09:42 0
>>69
いや思い込みたいからじゃなくて
いろいろと理屈を考えるとそうなるらしい。
アモーが表紙のフランス革命本にそう書かれてある。

71 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 17:11:16 0
歴史家がそう言ってるなら
フェルセンが何言ってようと結論は変わらないんじゃないか?

72 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 17:43:38 0
フェルゼンとアントワネットの話だと盛り上がるんですね。
わがルイ16世あいかわらず不人気。


73 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 19:09:42 0
肉体関係は正直どっちでもいい。

それより、類16世の遺言の全文のっているサイト、おしえちくり。

74 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 20:37:54 0
(´・ω・`)知らんがな

75 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 20:57:48 0
http://pierre.lempereur.free.fr/Testament/page%201%20louis.htmに実物の写真(アントワネットのもあり)
きれいな書体で読もうと思えば読み取れます。妻に言及した部分が消して書き直してあり、心の乱れが伺える。涙のしみ?もあり。
日本語ではクレリー他著ブロス編吉田春美訳「ルイ十六世幽囚記」福武書店刊に全文が、ルノートル/カストロ著山本有幸編訳「物語フランス革命史2、血に渇く神々」白水社刊に一部抄訳が載っております。
どちらも多分絶版なので、図書館でどうぞ。日本語全文訳の出ているサイトは多分ないと思います。

76 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 21:55:09 0
75 ですが。下記サイト(まるごとルイ16世フアンサイト)には活字のテクストがあり。(おフランス語)
http://leroietmoi.free.fr/
75の遺書、実物じゃなくて、実写版(ファクシミリ版)でした。ルイは妻が自分の死後、助からないことを予見して、そうなったら妹に子どもの世話をお願いする、と書いているのだが、そこの表現に気を使ったんでしょう、推敲のあとは。
死を覚悟してなお家族にやさしく気を配る彼。

77 :世界@名無史さん:2005/03/31(木) 23:01:59 0
やっぱりルイ16世はヘタレだよ。

男なら、暴徒どもを血祭りに上げ、反対派貴族をバスティーユに押し込め、国王独裁を
確立すべきだった。

78 :世界@名無史さん:エジプト暦2329/04/01(金) 10:25:19 0
あの時代には合わなかった王だけど、もし景気の良い時代で大臣他に恵まれていたら、
彼らのレールに上手に乗って地味な名君になれたのかな?と思える。
「君臨すれども統治せず」を地で出来そう。

79 :世界@名無史さん:エジプト暦2329/04/02(土) 09:00:04 0
抵抗勢力(貴族、教会、その他あらゆる階層の特権所有者、親方でもなんでも)が抵抗したせいで、彼の改革は全部挫折したのだ。
ルイ16世、決してバカじゃなかったから何度も改革に手をつけ、近代的税制を目指したがそのたびに事態は悪化。

80 :世界@名無史さん:エジプト暦2329年,2005/04/03(日) 18:19:13 0
ルイ16世、ナポレオン3世より人気ないのか?あっちのほうがにぎわっているのは鹿島茂の本のおかげか?
残念なことである。善人より怪人が好きなのか。しょぼーん。

81 :世界@名無史さん:2005/04/05(火) 15:47:38 0
age

82 :世界@名無史さん:2005/04/05(火) 23:23:53 0
ルイルイ

83 :世界@名無史さん:2005/04/05(火) 23:35:15 0
ルイ16世のきわめて現実に近い肖像画はいったいどれ?

84 :世界@名無史さん:2005/04/06(水) 00:24:59 0
パタリロ

85 :世界@名無史さん:2005/04/06(水) 10:58:05 0
http://leroietmoi.free.fr/お好きな絵をどうぞ。わては1788年9月fredou作の
未完のパステル画が本人に近いと思っています。
若い頃はひょろひょろ。25歳過ぎて肥満したそうです。
戴冠式の習作も近い気がします。
目だよねぇ、やっぱり、変な印象は。薄水色。ど近眼で焦点合わない感じ。

86 :世界@名無史さん:2005/04/08(金) 08:55:14 0
age


87 :世界@名無史さん:2005/04/09(土) 03:09:16 0
パタリロのがよっぽどましじゃんか!

88 :世界@名無史さん:2005/04/09(土) 08:18:21 0
田中康夫系ですね

89 :世界@名無史さん:2005/04/09(土) 09:56:26 0
体型的には琴欧州なのだよ。カオはヤスオでも。

90 :世界@名無史さん:2005/04/09(土) 11:01:11 0
ザクセン選挙侯の娘である母の血を濃く引いたと思われます。外見、体質、性格、
頭脳等ドイツ人的。怪力は「強王」の祖父譲り。いとこのスペインのカルロス4世
もよく似た体質とおぼしいが同様にザクセンの血を引いている。(でも、カルロスは
ゴヤが描いたとおりのアフォだわ。わがルイ16世とは人品骨柄がちがうわい。)

91 :世界@名無史さん:2005/04/09(土) 11:47:54 0
age

92 :世界@名無史さん:2005/04/10(日) 11:52:30 0
イギリスのチャールズ皇太子観るにつけ、ルイ16世の誠実さがしのばれる。あ〜
むなしい。

93 :世界@名無史さん:2005/04/11(月) 03:02:38 0
イギリスは王様がDQNでも何の問題も無い国ですから。

94 :世界@名無史さん:2005/04/11(月) 11:05:51 0
イギリスの現王室ハノーヴァー家はルイ16世の母の実家ザクセン家と関係あるとかないとか??
チャールズさんとルイは遠い親戚なのかも??やだなあ。

95 :世界@名無史さん:2005/04/12(火) 09:15:52 0
(´・ω・`)ショボーン

96 :世界@名無史さん:2005/04/13(水) 09:08:27 0
ルイ16世6歳の頃。結核に倒れた9歳の兄ブルゴーニュ公の遊び相手を
毎日していた。幼いころから鈍な彼は、この両親に溺愛された兄にトランプで
ズルなどされ、イジワルに泣きながらけなげに看病していたが兄は苦しみなが
ら亡くなった。いじめられ、結核もうつされ、親にも愛されず、それでも兄を
好きだった彼は自分の息子に兄の名をつけたが結局同じように亡くしてしまう。
革命中の行動にもこうした彼の不運な生い立ちが反映していると思う。


97 :世界@名無史さん:2005/04/14(木) 21:33:09 0
age


98 :世界@名無史さん:2005/04/15(金) 16:31:50 0
ずっとるい15が父だと思ってた

99 :世界@名無史さん:2005/04/16(土) 17:52:08 0
age

100 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 02:18:25 0
100get

101 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 02:19:05 0
『2ちゃんねらーらしい方法で中国の反日デモに抗議しよう!』という呼びかけスレが立つ
  ↓
その方法が花束を中国大使館に渡すというもの
  ↓
ダライ・ラマや石原慎太郎ともコンタクトを取っていると宣伝
  ↓
ちょっと待て・・・それって「日本国民が謝罪」してるようにしか見えないじゃん?という疑問
  ↓
OFF会の代表、この質問には答えずのらりくらりとごまかし
  ↓
代表のメアドをググったら衝撃の事実!
なんとプロ市民団体だった!
まとめサイト
http://d.hatena.ne.jp/plummet/20050416/p2
http://matarikougi.seesaa.net/
【大規模OFF板】 鶴田と塩沢に謝罪と賠償を求めるOFF
http://off3.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1113588512/

前スレ
【2ちゃんの危機】プロ市民がOFF板を政治利用【中国抗議OFF】
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/news/1113598794/l50

102 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 13:34:02 0
↑何か無関係な書き込みが…。
あ〜やだ。

103 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 16:42:42 0
age


104 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 16:43:30 0
猫が嫌いだったとか…。

105 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 21:49:30 0
ルイとは友達になれそうだ

106 :世界@名無史さん:2005/05/03(火) 01:36:39 0
勝手にせい!

107 :世界@名無史さん:2005/05/03(火) 10:33:15 0
やっぱりルイ16世はヘタレだよ。

男なら、暴徒どもを血祭りに上げ、反対派貴族をバスティーユに押し込め、国王独裁を
確立すべきだった。

108 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 18:45:21 0
フランスでは再評価が定着したらしい。慶賀の至りである。

109 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 19:55:44 0
ルイ16世は優柔不断なだけでいい奴だと思うよ。
奴の趣味は錠作りだよ。

110 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 09:28:35 0
科学技術への理解と貢献、外交面での決断の正しさ(エスコー川問題、アメリ
カ独立戦争支援、でも赤字国債乱発で財政破綻を招いた)、旧制度改革とくに
税制改革…。同時代のフリードリッヒ大王なんかに比べても結構名君だったの
だ。1787年名士会の開催(地方議会をつくろうとした)が旧制度支持貴族の抵
抗で三部会開催につながったのがすべての不幸の始まり。


111 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 21:59:35 0
正しい着想を持つだけなら多くの人間ができる。

何かをやろうとしたら、抵抗勢力があるのが当たり前で、それを排除して実現できる
のが名君。
抵抗勢力があるので何もできませんと言うのは、暗君。

貴族が抵抗するなら、反抗する貴族の屋敷を焼き討ちにして、一家全員串刺しにすればいい。

112 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 22:30:03 0
しばしば誤解されるところだが、フランスの絶対王政というのは決して専制
君主制と同意義ではなく、むしろ各階層の複雑な既得権にがんじがらめとな
っった封建制を内在する、ゆるやかな統治システムだったのだ。

113 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 23:03:43 0
>貴族が抵抗するなら、反抗する貴族の屋敷を焼き討ちにして、一家全員串刺しにすればいい。

之を暴君という。


114 :世界@名無史さん:2005/05/08(日) 11:38:21 0
革命派も無茶しすぎだからな。国王処刑した後王妃も処刑、そして革命派の独裁。
ルイ16世がすごくかわいそうに思えてきたよ。

115 :世界@名無史さん:2005/05/08(日) 12:37:39 0
昭和天皇と似てるんだよね、この人。
誠実さ、寛容の徳、確かな現実認識、理系の知性、
指導者に必要とされるほとんどの資質を持ちながら、
ただひとつ断固たる決断力を持たなかったがために、
てめーがいい思いしたいだけのクズどもに国を弄ばれて、
最後は国を滅ぼす結果になってしまった。

ルイ自身は別にお飾りの国王にされても、
それで国がまとまるなら仕方ないと思ってたんだろうけど、
王族は宮家の人たちほど物分りがよくなかったし、
ジャコバン派はマッカーサーほど先を見てなかったから、
ああいう事態になって、最後はカエサルの登場だ。

象徴国王制フランス王国。悪くない線だと思うんだけどなあ。

116 :世界@名無史さん:2005/05/08(日) 16:12:00 0
>>115ルイ16世を肯定的に評価してくださるのは嬉しいのだが。昭和天皇について
実際どういう考えの持ち主だったのか。一次史料に基づく客観的評価を知らない
のでわかりません。それとルイ16世、リベラルな考えを持ちイギリスの立憲政体
に詳しかったにもかかわらず、教会の扱いという一点で、どうしても1790年の
憲法を受け入れられず。あげくヴァレンヌ事件。宗教(カトリシズム)、これがルイの矛盾点。
立憲君主としての生き残りを自ら放棄し悲劇を招いた原因。この宗教へのこだわり
は亡き父(王太子)に忠実たらんとしての事。処刑の際の勇気もしかり。むしろ
小泉首相に(他の点は似ていないが)亡父の遺志への過剰適応という共通点ありと観た。


117 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 09:49:02 0
ルイ16世は浩宮くさい

118 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 11:07:40 0
母方のザクセン家の血を多く受け継いで怪力の大男だったのだ。



119 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 02:46:22 0
フランス革命無双が出来たら大活躍しそうだな。

120 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 14:23:41 0
>>119タイツ姿で大活躍。気は優しくて力持ち。ネコは嫌いなんだけどさ!

121 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 21:20:26 0
>>118
しかし精力はない。

アウグスト強健候の半分の精力があれば、マリー・アントワネットをひーひー言わせて
革命も起こらなかったかも。

122 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/05/13(金) 22:21:02 0
ハプスブルク家/ドイツ史関係の本を見てると、しばしば
「フランスとオーストリアの同盟締結時、まだ嬰児だったマリー・アントワネットと
後のルイ十六世との婚約が取り決められ云々」という記述が出てくるが、
実はマリー・アントワネットが最初に婚約したのは、
九歳で死んだというルイ十六世の兄の方なんだろうか?

123 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 10:06:53 0
>>122ようわかりませんが、強引な母マリア・テレジアは、王妃を亡くしたばかり(1768年)
のルイ15世(当時60代)とマリー・アントワネットの歳の離れた姉、エリザベート(25歳)
を結婚させようとさえしていたそうだ。妻を亡くしたヨーゼフ2世にルイ15世の30代独身
の娘たちのだれかを、などとも。アントワネットと王太子の縁談がはっきり合意されたのは
彼女13歳のときだそうで。それまで多分、フランス宮廷内のショワズール一派(ロレーヌの
大貴族で親オーストリア)と亡き王太子夫妻派(ザクセン家寄り)とのせめぎあいから具体
化はしていなかったんでは?ザクセン家出身の母を亡くしたばかりのルイ・オーギュストは
最初オーストリア出身というだけでアントワネットを避けたんだよなあ、きっと。


124 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 17:52:07 0
>>122
つか、本の記述に書いてあるじゃん。
話が決定した段階では既にルイしか残ってなかったって事だ。

125 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2005/05/14(土) 20:09:13 0
>>124
「ドイツ史の方でしばしばそう書かれているように」、
七年戦争での同盟時(1756年)にマリー・アントワネットの婚約が決められたとすれば、
ルイ十六世とマリー・アントワネットは一歳しか年齢差がないから、
当時の彼はまだ二歳くらいと考えられるわけで。
彼の兄は、彼が六歳の時に死んだから、同盟締結時にはまだ兄は生きていたことになる。
となると兄と婚約した方が自然かなと思ったわけ。

ただ、>>123氏の言うことも踏まえて考えてみると、
兄の死でいったん破談になったのか、そもそも決められてなかったのか、
(後者なら、七年戦争に参戦するフランス側の動機が弱くなるが)
婚約は確定してなかったと考える方が適切なようだ。

126 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 22:12:21 0
だからフランスーオーストリア両王家の婚姻は議題に上ってたけど
誰にするかってのは、議論が続いてたの。
最終的に決定したのがルイとマリー・アントワネットであって。
>>123を見たら分かると思うんだけど・・・。

127 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 22:39:23 0
>>122
ブルボン期待の星であるブルゴーニュ公ルイが、何でオーストリアみたいな
クソど田舎の姫と結婚せにゃならんのか!!という雰囲気が強かった。
なので、あんまり期待されてなかったベリー公ルイが選ばれた。元々、攻守同盟の為だけの
婚姻政策だったし、オーストリア側も子沢山だったし。

128 :世界@名無史さん:2005/05/15(日) 00:52:00 0
ブルゴーニュ公は1761年3月に死亡。当時は王太子ルイ・フェルディナンド夫妻
は存命中で、はっきりザクセン家との縁組を望んでいた。彼らが亡くなってから
でしょう?ショワズール一派がルイ15世の支持を得てオーストリアとの縁組を進めたのは。
いずれにしてもカトリックの王室同士の縁組は飽和状態。ルイ・オーギュストの
弟2人は全くいい加減にサヴォイ家の王女姉妹とそれぞれ結婚させられた。
ルイ15世の王妃マリー・レクザンスカも廃され隠居中の元ポーランド王の娘だったし。




129 :世界@名無史さん:2005/05/21(土) 14:51:44 0
シェルブール軍港視察が生涯の晴れ豚いや、晴れ舞台だったんよ。

130 :世界@名無史さん:2005/05/25(水) 23:40:33 0
age

131 :世界@名無史さん:2005/05/26(木) 09:21:00 0
ツイテナイヨナ

132 :世界@名無史さん:2005/05/27(金) 14:12:17 0
ヴェルサイユの噴水を急に噴出させたりして人をびっくりさせるのがお好き。
シェルブール視察でも船酔いした随臣をみてゲラゲラ大笑い。ルイ15世の大臣
ショワズールは彼を「アンベシール」=おバカと呼び、メルシー以下オースト
リアグループもそれにならった。
何しろアントワネットさんの前で兄弟で取っ組み合いのけんかなどしておりま
したので。

133 :世界@名無史さん:2005/05/27(金) 17:06:19 0
弟は2人?

134 :世界@名無史さん:2005/05/27(金) 21:14:18 0
>>133一歳下のプロヴァンス伯と三歳下のアルトワ伯。彼らは幼少時より兄を
小ばかにして、(父や養育係に気に入られていた)自分たちのほうが王位に
ふさわしいと思い込んでいた。長兄の夭折、弟二人(特にプロヴァンスは陰
謀家)というライヴァル、父によるいじめ、母鬱、両親との死別、大臣には
バカと笑われ、そしてとどめをさすように美人だが遊び好きの奥さんがやっ
てきて…。冗談のセンスは悪いが決してバカではなかったのだ。とにかく
不運。不幸。


135 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 09:53:37 0
ageておきます。

136 :嫁との差が・・・:2005/06/07(火) 10:35:02 0
5: ルイ16世万歳!! (135)  6: マリー・アントワネット フランス革命 (748)

137 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 18:10:54 0
>>136これは日本だけの現象!!(あのマンガの影響だ!)本場おフランスじゃあマリー・アントワネット
はあまり人気がない。逆にルイ16世はその業績が最近再評価されているんだい!!
大体、日本でルイ16世だけを扱った本がほとんど出ていない。まあ嫁のほうも
本に関して言えば玉石混交。ひどいのも見受けられるし、またそれを受け売りして、
いつのまにか日本独自のフランス革命史が出来上がっている気がする。


138 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 18:14:51 0
歴史にも通じていて
清教徒革命のチャールズ1世の運命に関心を持っていたらしい。

ヴァレンヌ逃亡事件さえなければ
王位を保持できていたかもしれない。

139 :世界@名無史さん:2005/06/07(火) 21:23:06 0
マリー・アントワネット駄目だよな。
16世は身内運が悪かった。

140 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 14:40:31 0
そう、アントワネットという以上に彼女の目付け役のメルシー伯爵。
ルイ15世の寵臣にして親オーストリア派の首領ショワズール公爵、そして
後にルイ18世、シャルル10世となった二人の弟。いとこのオルレアン公爵。
彼らが流したルイ16世バカ説が200年後まで残ってしまったんだよう!!
あの日記だって彼が事態を認識していなかった証拠のように扱われている
がなにしろ、日記書いた後なんだよ!!
バスティーユの知らせがきたのは!!

141 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 20:46:38 0
ルイ16世はバカかもしれんが善人だ。
それに比べて、弟どもはバカでクズだ。

142 :世界@名無史さん:2005/06/08(水) 23:55:36 0
バカじゃないんだってば!!書簡とか手描きの地図、観たらわかるんだよ〜
毎月英国議会の議事録を取り寄せて読んでいたそうだし。閣議のさい、英国情勢
については大臣たちよりくわしい王様に聞いたそうです。


143 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 07:52:12 0
フランスから逃亡しようとしたのは、判断ミスでバカだろ?

144 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 08:19:11 0
>>143いんや。フランスから逃げ出そうとしたわけではないのだ。
最近の研究では。国境近くのモンメディに行在所というか陣取り
パリに向けての反撃の拠点にしようと思ったのだ。その手前
ヴァレンヌでばれんぬだったんだが。

145 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 11:45:13 0
でもしくじった

146 :世界@名無史さん:2005/06/09(木) 15:19:35 0
悲しい。いい人だけに。

147 :世界@名無史さん:2005/06/15(水) 20:52:47 0
何かお薦めの本はありますか?もちろん日本語で読めるもので。

148 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 23:26:45 0
>>147やはりクレリー他著ブロス編「ルイ十六世幽囚記」
福武書店刊でしょうか?復刊運動があります。
ttp://www.fukkan.com/vote.php3?no=6607
あとはルノートル/カストロ著山本訳「物語フランス革命史1-3」1983年白水社、
カストロ著「マリ=アントワネット」みすず書房。シャーマ著羽木訳
「臣民から市民へ」中公。いずれも革命史として面白くもあるが現在絶版または在庫切れ。図書館かアマゾンで…。
現在流通しているのでは岩波のクリストフ編藤川訳「マリー・アントワネットとマリア・テレジア
秘密の往復書簡」、そしてあのツヴァイクの岩波文庫上下(ツヴァイクのルイ16世に
対する不当な評価が腹立たしいぞ!!)などなど。

149 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 11:42:49 0
まさに男の中の男だ

150 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 08:08:05 0
理想の父親なのだ。獄中で自分の裁判のため引き離される直前まで
やさしく子どもの相手をしていたようすは感動的だ。

151 :147:2005/06/19(日) 12:07:29 0
>>148
有難うございます。ツヴァイクは知ってます、というか自分の中でのルイ16世のイメージは
最近までそのまんまのイメージでした。

他は図書館ででも探してみます。

152 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 17:51:41 0
>>149そうなんです!!その最期はノブレス・オブリージェの極みと思う。
>>151「ルイ十六世幽囚記」は特に感動的です。救いが無い話なのですが。
それと「物語フランス革命史1〜3」。貴族、庶民でも最期が立派なヒト多し。


153 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 20:17:14 0
なめられやすい雰囲気持った人だったんだろうな。
我が国の現皇太子にも感じるが

154 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 12:49:59 0
マリー・アントワネット フランス革命
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1066448245/
よい子のフランス革命
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1034584986/
ルイ16世万歳!!
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1111488975/
ナポレオン・ボナパルトを語り明かすスレッド
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1108396443/l50

155 :世界@名無史さん:2005/06/23(木) 11:05:48 0
<<154ボナパルトのスレなどと一緒にしないでくれ!!

156 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 16:20:16 0
聖なる王権ブルボン家 講談社選書メチエ,長谷川輝夫。ルイ16世について
何か新事実でも、と本屋で立ち読みしたが、ヤパーリありきたりだ!!
一応Girault de Coursac夫妻の本読んでいるのは評価だがや。



157 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 14:40:00 0
ヴェルサイユでもタンプル塔内でも朝食にアントワネットさんはホット・チョ
コレート(バン・ホーテンがココアを発明するまで、これをつくるのに30分は
かかった、モーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」参照)、ルイ16世は海
軍趣味に凝っていたのでレモネードを飲んでいた…。ほかにメロン
なんかも好物。パルマンティエに栽培させたじゃがいもはしかし、嫌い。エグ
味があって不味かったらしい。

158 :世界@名無史さん:2005/07/15(金) 22:01:44 0
「死刑執行人サンソン―ルイ十六世の首を刎ねた男」。
ちょっと資料がいい加減すぎ。ルイ16世をプラス評価しているのはいいのだが、
でも相変わらずステレオタイプ。


159 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 11:25:11 0
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050716-00000008-san-pol
あんまりだぁ!!わが敬愛するルイ16世をあんなのと一緒にするなんて!!


160 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 23:37:18 0
「マリー・アントワネットとマリア・テレジア
秘密の往復書簡」読んだ。
やっぱりマリーはオーストリアの手先だ。オーストリア女と呼ばれたのも分かる
ルイがもっと強ければな〜
ヴァレンヌ逃亡さえしなけりゃ死刑はなかったかも知れん。

161 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 15:28:46 0
>>160そうそう。彼女はつねにオーストリアサイドとして振舞った。
亡き父の所領ロレーヌ奪還をひそかに期していたのか??


162 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 21:55:38 0
だって戦争犯罪人でしょ?アントアネットは。
オーストリアにバンバン情報流してたんだから。
ルイよりフランスにとっての罪は大きい。

163 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 16:55:24 0
アントワネットさんはこの時代のたいていの君主同様国民国家というものを
わかっていなかったのだと思う(領民=君主のものという感覚だけ。)
オーストリアやプロイセンはそれでよかっただろうが、当時のフランス
はイギリスと並ぶ先進国で、すでにアメリカ独立戦争参戦の影響もあって
国民国家意識が高まっていた。ルイ16世はこうした国民意識に気づいていた
し、何より絶対君主のモラル、父である国王が子である国民を庇護すると
いう考え方を最後まで捨てきれなかったのだと思う。処刑もそういう意味で
受け入れたのでは?(神と国民の間を取り持つ犠牲として)
そう思うとアントワネットのほうは何の意味も無く死なねばならなかった
わけで、いっそう哀れだ。

164 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 18:35:04 0
ルイ16世が、ハゲでデブでチビでなければ、
マリー・アントワネットの乱行はなく、フランス革命もなかった。
ハゲ、デブ、チビの三重苦は国を滅ぼす。
日本も容姿を基準に、天皇や首相を選ぶべきである。

165 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 22:56:33 0
マリアテレジアが生きていたら何とかしてくれたかもな。

166 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 23:13:22 0
>>165
マリアテレジアが存命だったら助けていたと思いますか?
威厳を持っていさぎよく神の御許へ…
とは言えないですね、母親だから。


167 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 01:08:39 0
一応ヨーゼフもレオポルドも兄だからどうにかしようとしていた。
フランツになってからダメになったような気がする
マリアテレジアだったら助けていただろうな多分。
往復書簡とか読んでると厳しいながら娘を思ってる、心配してる。
その前に生きてたら革命がこんなに進む前に
助言を与えていただろう。結果実家に逃亡できたであろうとは思ってる。
でもルイは国王は国を捨てるべきじゃないと
最後まで考えていたのだから分からんが。

168 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 08:12:13 0
>>164ルイ16世は少なくともchibiではないのだ。185〜190センチぐらいの身長
でchibiといいますか?アントワネットとの結婚当時はヒョロヒョロ。20代後半
から太ったのは確かだが、それほどでもなかったようだ。
hageも確たる根拠なし。彼をchibiという人は多分沿道臭作の捏造を真に受けた人。
debuというのは弟ルイ18世のイメージとの混同。hageたのはもう晩年。
アントワネットに嫌がられたのは見た目より、その無口で孤独な性格。
>>167ヨーゼフもレオポルドも自国領第一。強国フランスの自滅はむしろ喜ばしい
ぐらいに思っていたのでは?妹だけは助けようとしたかも知りませんが。
アントワネットとルイ16世の疎遠さとかルイの優柔不断の原因も、彼女の
オーストリア実家意識が相当大きかった。ルイはともかくこの時代の君主
としては例外的に国民的感覚を持った統治者だった。国民に銃口を向ける
ことを最後までためらい、結果的に破滅してしまった。



169 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 13:32:43 0
>>168
堅固な支持層が無かったのが致命的。
貴族層は啓蒙カブレか我欲と保身に閉じ籠もるかだし・・・・

ちゃんとした立憲制のイデオローグが居て、
軍隊掌握してて、殺るときゃ殺る。
これなら断頭台は避けられただろうけど。

170 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 16:07:54 0
1790年の状態で均衡保っていればなぁ。強力なイデオローグといえばミラボー。
彼の死後はバルナーヴとか。まあルイ自身が立憲君主制を内心否定していたのも
大きかった。彼の考えによれば最大の失敗は「聖職者民事基本法」を承認してしまった
こと。これに懲りて以後拒否権乱発したんじゃないか?まあ旧制度の赤字はこの
法で没収された教会財産で一息ついたわけだが。

171 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 18:12:59 0
>>170
>最大の失敗は「聖職者民事基本法」を承認してしまった こと
失敗は失敗だけど。旧支配層の財産も保護出来ない、
軟弱な支配者ってことになっちゃった。そして乗り換えられる
別の党派は無かったというか弱かったというか。
旧支配層に依拠しないのならば、
              ↓
>ルイ自身が立憲君主制を内心否定していた
フィヤン派系に自分から積極的に肩入れして、
支持基盤を強化する他なかったとは思うけれど。

突然現出した実力政治の状況に「王の権威」だけを
頼りに対処しようとしてた、って所ですか。


172 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 20:13:47 0
サルコジがシラクをルイ16世になぞらえて馬鹿にしたとか。
小泉の件といいルイ16世は散々だなw

173 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 22:20:02 0
>>172
ルイにシラクぐらいの精力っつーかガッツがあれば

174 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 00:13:12 0
ルイ16世の悪口を言う奴はオラがゆるさねえ!!

175 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 11:51:29 0
>>171外国へ逃げた陰謀家の弟たちのせいで当時相当不利な立場に立たされていた
ことも考えなくては。彼らは安全圏から過激な発言をして煽っていたのだった。
確かに思い切ってバルナーヴを全面に立てて議会に妥協しつつ関与すればよかったのか
なあ。

176 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 16:51:42 0
>>172さるコジ、さくらももこ作。シラク、シュトローブル作。

177 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 21:58:18 0
フランスってバカな国だよな。
革命だって集団ヒステリーみたいなもんだろ?
その後も帝政、王政復古、革命、帝政、革命みたく
あっちについたりこっちについたり。
そのあげくプライドだけは高く英語で話しても分からないふりしたり。

ルイも立憲君主制で上手くやれなかったのかな?
でもあんな国民性じゃどの道無理な話か。

178 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 03:36:32 0
革命で貴族〜ブルジョア層と下層階層が相互に過激に弾圧し合った結果、
19世紀を政治動乱で棒に振り、英の後塵を拝す羽目になるわ独の勃興を許すわ。

フランス革命って結局害も大きかった。

179 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 09:58:28 0
ナポレオンの帝政時代の功績とされるものの大半は革命以前の「アンシャン・レジーム」
末期に全て出揃っていたものばかりだ。ナポレオンの残せたものなんて
国民意識の高揚以外たいしてない。戦役で疲弊し、立ち遅れた経済を考えると
いいこと全くなし。かといって一度死んだ旧制度はもう二度と役に立たなかった。
革命の意義は大きいし本質的には正しかっただろうが、急激だったのと集団ヒス
テリーの無秩序に陥ったのは大失敗。フーキエ・タンヴィルのごとき無能な変質者が
生殺与奪の権を握って神のごとく振舞う…。悪夢というしかない。

180 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:06:36 0
何であんな状態になったの?
今だに分かんない。党派の違うもの同士が権力争いした結果?
それにしてもあの時代は狂ってたとしか思えない。
誰かサルでも分かる革命講座して!w

181 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 10:46:43 0
課税反対の抵抗勢力=貴族・上層ブルジョワがはじめた革命に、都市の下層民
の暴動が呼応してどんどん激化してしまった。

182 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 12:30:30 0
あのチャウシェスクが殺されたルーマニア革命をニュースで見たとき、
悟った。人は腹ペコになると凶暴化するのだ。

183 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 15:20:03 0
>>182
核心をついてると思う。

184 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 21:56:05 0
,へ.,...___./⌒!
              _/.| ,-ヘ.| !|;|r'''.ト-r-:..、__  
       ______ ./´Y ゞ!| !L.._丿!| l\ノ´/i| |\ゞ;´
     /´  ̄`ヽ, }´ } ,へ.\\.| |/l |// ̄|j´Yゞ、!ヾ、
         ,へレ'`"´  \\l| l|.|//  ,::ヘ、   y'"_´\_|、__
        .ト‐|'´ ,;ヘ、  \ヾ;.レ'  ヾ'"´  ./  !i  / |ヾ;ー--`ヽ、
       /し'   `"''`    `ヾ'   , _....:::::.._.\_"___/ | | lヽ、   ` ̄
       /l |/     `ヾ、 _j´!L_,-_;':´:::::::::::::::゛ヽ、ヾ.`ヾ,レ_| !`'ー-
      / il |    ,-‐-、 `ヽ'j_ ,;:':::::/ ̄`ヾ;:::::::!  }ゞ‐-┴'ー―'"´ ̄
___   _/!ヽレ|   /   `i   _.__.!::::::.! 。   .|:::::::|  | ̄_二 -‐'"´ ̄ ̄
---`ニミーゞ_!{   l ・   :} ,-‐  _ヾ::::l    ノ:::::::l  Y´
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 /// /i/!|!       ,.-ー-‐'", ̄´ トへj  |ヽ     ,|  !| .| .| \
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/ / // .リ ! | \ヽ、 |  ////´  `ヾ;、ヽ=|  / ./| l  |  l| l  |
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/   / / || |  .|   ':、`V |_      / _/   {  l  l  l | l
          待でぇええええ゙え゙え゙っあ゙あ゙あ゙っ!!!
          ごろ゙ず!!あ゙っ!!ごろず!!!ゔあ゙あ゙あ゙あ゙っ



185 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 08:56:19 0
↑奈にこれ??

186 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:38:35 0
暴動した市民。w
しかし集団ヒステリーは怖いよな。
王家の墓を荒らしたり、残虐に虐殺したり。
血をみて段々狂ってきたんだろうか?
最初の人権宣言辺りまでは良かったのに。

187 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 15:23:32 0
>>182もうひとつ。自分がものすごく損していて、他人が得していると思った
時、人は残酷になるのだ。パリ市に入る関税で荷物から税を徴収していた徴税
請負人に対する怒りなんて、そりゃあもうすさまじかったようだ。
あと、やはり王家が外国軍侵入の手引きをしているのではないかという疑心暗鬼
と神の意思に逆らっているかも知れない、という恐怖感から、必要以上に王家や
穏健派を警戒したのでは??

188 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 23:31:27 0
実際マリーアントアネットは母国に情報流してたんでしょ?

189 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 00:11:48 0
そう。当時は証拠は無かったが。
まあ状況証拠ってのもあるし、上で話題に出てたがパリを出て
軍と合流するつもりだった、つー話もあるし
疑心暗鬼というより具体的な恐怖だったんだろう。


190 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 10:55:18 0
国王一家は先に亡命した王弟や亡命貴族の過激な反革命に悩まされていた。
対オーストリアの戦争は王が望んだという以上に議会の意思だったし。
ヴァレンヌ事件のさいの軍との合流といってもあくまでブイエ指揮下の
フランスの軍。反革命勢力の糾合をねらったものであり、外国軍との合流
は考えていなかったと思う。ところがこのときのパリ市民の反応は国王が
オーストリア軍を引き入れようとした、というもの。国王が外国と内通し
ていたとしても実際の行動以上に大げさに恐れられていたのでは?

191 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 11:21:24 0
>>190
一国の王たるものが外敵と内通していたならば、どんな結果が出るかは最悪の場合を
想定してしかるべきでは?
実際はたいしたことは考えていなかっただろう、というのは200年後の見解。

192 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 14:49:35 0
 当時の政治情勢ではブルボン家こそがフランス・ナショナリズムの敵だった。
外国とかかわりの深い王族を抹殺することで、フランスは国民統合を成し遂げた。
 同じことは、教会についても言える。カソリックは教皇の影響下にある宗教勢力であり、
なんらかの方法で教会勢力を排除しないと、国民統一がなしとげられない。だから、
革命フランスは、宗教に敵対的だった。
 海外の影響力を排除し、フランス・ナショナリズムを純化するためには、国際的な
基盤を持つ王や教会は邪魔だった。

 ルイ16世が王妃をオーストリアに追放し棄教していれば、王政は存続したかもしれない。
革命当時はナショナリズムに合致した王家が求められていた。外国勢力を頼ったルイ16世は、
国民国家誕生の時流が読みきれなかった。

193 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 17:42:48 0
ヴィ〜ヴ・ル・ナシオンとくらぁ〜!

194 :世界@名無史さん:2005/07/29(金) 14:05:53 0
何しろ国民国家の概念が出来たのがこのフランス革命だったんでしょ?
王にしてみれば国民への裏切りどころか、「謀反人」を排除さえすれば、もとの
善良なる臣民の王国に戻ると信じていたのだろうから。
カトリックに関してはこの時代はすでにガリカニズムを経ているのだからして、
教皇庁追従などは過去の話。当時の教会はあくまでフランスの教会。
その莫大な資産を狙ったんでしょう?革命政府は。赤字解消のために。



195 :世界@名無史さん:2005/07/29(金) 21:35:36 0
マリーアントアネットとマリアテレジアの往復書簡
これ読んだけど、不吉な預言書みたいだね。
ことごとくマリアテレジアの不安が的中してるし。
アントアネットも母の言葉を忠実に受け止めていたなら
ギロチンはなかったかな?
それとも革命は必然で運命には逆らえなかったんだろうか?

196 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 12:28:40 0
最近知ったけど、ルイ16世って左利きだったんだね。

197 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 14:57:08 0
↑gauche=不器用、へまな、という意味もあるので混同した?

198 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 22:18:27 0
>ルイ16世が王妃をオーストリアに追放し棄教していれば
でもヨーロッパの王家って自国の国民より他国の王家との方が血縁とかつながりが濃いし。

199 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 22:32:35 0
<<192私見ですが。ルイ16世が最もこだわったのが、カトリック信仰だと思う。
革命以前はあれほど夫を疎んじた王妃はなぜか革命中は、夫から離れようとしなかったし。
棄教も王妃追放もだからあり得ないです。


200 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 02:30:51 0
200get

201 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 12:49:48 0
1789年の8月4日夜。絶対王政のフランスは死んだ…。あれから216年。…半端な
月日だが。


202 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 16:24:59 0
なんか泣けてきた

203 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 17:46:02 0
>>194
それ以前からスイスやアメリカ合衆国は国民国家だったと思うが

204 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 20:32:25 0
スイスに関しては「近代的国民国家」とは違うのでは?
むしろ封建制の延長線上?そういっていたらベネチアとかハンザ同盟なんかも。
アメリカに関しては確かにそうだとは思うが、フランスのように「王政」を倒
した上で「国民国家」なるものをを構築したわけではないからちょっと違う気が
したのでしたよ。

205 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 14:00:26 0
そして1792年8月10日、チュイルリー襲撃。ルイ16世は立憲君主でさえなくなってしまった。


206 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 08:11:54 0
そして8月23日。ルイ16世生誕201周年!!ヴィ〜ヴ・ル・ロワだよ〜!半端だが。

207 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 08:14:47 0
↑間違えました。251周年でございます。1754年8月23日早朝。母は急に
産気づいてしまった。聖王ルイにあやかって8月25日出産を狙っていた父母だったのだが。

208 :世界@名無史さん:2005/08/11(木) 09:28:32 0
1792年の昨日、チュイルリー襲撃、王一家は議会に避難。王権停止。王は避難の途中
落ち葉を蹴散らして遊ぶ王太子を見て「今年の落ち葉は早い」とつぶやいた。



209 :世界@名無史さん:2005/08/13(土) 00:47:47 0
>>204
スイスは村落自治共同体の連合っぽいね。

210 :世界@名無史さん:2005/08/14(日) 15:03:23 0
ルイ16世の王冠の画像を探してるんだけど、何故かみつからない
ルイ15世のはみつけたんだけどね…

211 :世界@名無史さん:2005/08/15(月) 11:56:33 0
↑戴冠式では同じのをつかったのでは、と思っておりました。「シャルルマーニュ」以来
代々同じやつ。ルイ16世戴冠のさい、重すぎて文句言ったのがまわりに聞こえたらしいけれど。

212 :ショワズ〜ル:2005/08/18(木) 17:55:46 0
おお、陛下、こんなところにsageられて…。地味でございますな。相変わらず
スレも御本人も書き込みも。

213 :世界@名無史さん:2005/08/18(木) 20:19:28 0
地味だという世間の価値観がおかすぃ

214 :世界@名無史さん:2005/08/19(金) 10:26:35 0
1787年外務担当大臣ヴェルジェンヌの死後名士会の失敗でカロンヌ失脚、以後途方にくれて
鬱状態になられたんです、陛下は。それでもうやけになって三部会召集。以後は…。

215 :世界@名無史さん:2005/08/19(金) 21:06:22 0
それにしても、大革命前のフランスって、農民暴動がすごく多いのに、
革命後はなぜ収まったの?

216 :世界@名無史さん:2005/08/23(火) 10:56:17 0
今日はわが敬愛するルイ16世生誕251年の記念日なのだ。バンジャ〜イ!!
わずか39年と5ヶ月の苦難に満ちたその人生に思いを致そうではありませぬか
皆様よ!

217 :世界@名無史さん:2005/08/26(金) 13:46:09 0
↑どなたもご賛同されませんな。ううむ。悲しい。

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