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フス派戦争

1 :カイゼル・ジギスムント:2005/04/12(火) 23:07:37 0
クッソ〜あのメクラ爺に禿げ説教師め!
こっちは欧州統一に忙しいんだ、大人しくしてりゃ慈悲垂れてやるから、ハンガリーでも行っちまえ。
そこっ! お前はランスロットか? 馬車から降りて正々堂々と戦えぃ!

2 :カイゼル・ジギスムント:2005/04/12(火) 23:13:57 0
取り敢えず参考サイトだ。
「ターボル戦記」
ttp://www002.upp.so-net.ne.jp/kolvinus/tabol/top.htm
どうやればコイツを倒せる?
ttp://www.allempires.com/articles/hussite/hussite1.htm
ttp://www.utia.cas.cz/CZrep/husite/husiti4.gif

3 :カイゼル・ジギスムント:2005/04/12(火) 23:18:13 0
ミーに逆らう奴は、みんな死刑ザンズ。
「墓地教会」
ttp://www.kostnice.cz/

4 :世界@名無史さん:2005/04/12(火) 23:27:07 0
http://nokan2000.nobody.jp/switz/page11.html
これが日本の国内に張りめぐらされてしまった

「巨 大 反 日 ネ ッ ト ワ ー ク 」です by 中国 & 韓国 & 北朝鮮

日本国内には、朝日新聞、TBS、テレビ朝日、民主党、社民党、朝鮮総連、市民団体、
反戦団体、婦人団体、日教組、日弁連

5 :カイゼル・ジギスムント:2005/04/13(水) 00:20:06 0
免罪符やるから消えてくれ

6 :世界@名無史さん:2005/04/13(水) 16:30:50 0
荷車の防御陣地は東欧ではポピュラーだったらしいね。オスマン帝国とかも使ってたし。

7 :カイゼル・ジギスムント・フォン・ルクセンブルク:2005/04/13(水) 21:14:09 O
それはハンガリー経由で、フス派の残党が傭兵として活躍した結果だな。
我が国でも、農民戦争の時代に、ボヘミア傭兵を使ったぞ。
荷車こそ使わないが、スペインのテルシオや、ドイツのランツクネヒツも、
塹壕を掘って野戦築城したし、これ以降の戦術は、防衛的な戦闘に変わったのだ。

8 :世界@名無史さん:2005/04/14(木) 12:39:02 O
ちょうど同じ頃に、百年戦争が有るは、ジャンヌダルクは居るはで、脚光を浴びないね、フス派戦争。

9 :世界@名無史さん:2005/04/14(木) 19:38:43 O
このスレも脚光を浴びないね

10 :世界@名無史さん:2005/04/15(金) 00:13:28 0
大昔にもマジャール人が荷車で陣地を作ったことがあったらしい。
遊牧民の伝統的な戦術だったとか。

11 :カイゼル・ジギスムント・フォン・ルクセンブルク:2005/04/15(金) 00:27:44 0
勘弁してよ、アジャンクールの戦いは、フランス二万名対イギリス七千名。
オルレアンの戦いは、たかだかフランス3千名にイギリス4千名の消化試合。
異端十字軍の動員数は13万だよ? フス派だって英仏両軍合わせた程の大軍だったんだから。
そうそう、オルレアンの小娘も、終わったらコッチに来たいと言ってそうだね。

12 :世界@名無史さん:2005/04/15(金) 00:34:19 0
よく神聖ローマ皇帝ごときがそんなに集められたね。

13 :世界@名無史さん:2005/04/15(金) 00:40:04 0
そうだねマイナーだよねフス派戦争って
最近ヤン・ジシュカのこと知った

14 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/04/16(土) 01:25:23 0
>7
フニャディ−・ヤーノシュの配下や北ハンガリーを占拠した傭兵隊長ヤン・イスクラ
の軍あたりが代表的ですが、ポーランドあたりに行った連中もいたようです。



15 :カイゼル・ジギスムント・フォン・ルクセンブルク:2005/04/16(土) 19:05:58 O
これはどうも。
貴方のコテハンは、しばしば拝見しております。
小説の方は如何ですか?

16 :世界@名無史さん:2005/04/16(土) 19:16:15 0
フス派VSヒシン派

17 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 01:54:01 0
 フス派戦争は、つまるところ宗教問題の形を借りた、階級闘争&民族闘争って理解で良いのかね。
階級闘争は何もチェコに限らず、ドイツでも貧しきコンラートの乱、フランツ・フォン・ジッキンゲンの
騎士戦争、トーマス・ミュンツァーの農民戦争と立て続けに起きている。最後のは鉄腕ゲッツでも有名。
 農民に限ればイギリスでジョン・ボールや屋根屋のワット・タイラーによるワット・タイラーの乱、
フランスでジャックリーの乱、ボヘミアでも豚飼いイバイロによる農民戦争が起きている。

 「アダムが耕し、イヴが紡いだとき、誰が領主だったか?」
                                           ジョン=ボール

18 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/04/17(日) 03:29:43 0
>15
小説とは何のことでございましょうや?

>17
どうもそう単純なものでもないようで・・。
フス派といっても穏健派には大貴族も都市の富裕層もおります。
またドイツ対ボヘミアという図式が無くもはないですが、一方で
フス派の指揮官のプロコプ(何人も同名がいますが、所謂「大プ
ロコプ」)はドイツ系の家系だそうです。

いろんな要素があるので私には良くわからないというのが実際で
す・・。
あとイバイロはボヘミアではないですよ。

19 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 05:44:53 O
2ahの歴史感ってのは、精々が近世までらしいな。
中世だともういっぱいいっぱい。
有名どころしか分からない。

20 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/04/17(日) 15:56:58 0
>19
フス戦争に関しては邦文で紹介されている文献が少ないので無理も無いかも・・。
古く入手困難な「フシーテン運動の研究」と薩摩先生の「プラハの異端者たち」
ぐらいしか本はないですし・・。


21 :世界@名無史さん:2005/04/17(日) 21:26:50 0
>17
ジャックリーの反乱の首謀者は、ギョーム=カールだとか。
>18
失礼「大鴉」氏と勘違いしました。
>20
オスプレイの英語版を注文しております。取り敢えず挿し絵が多いですから、
英文が多少判らなくてもと考えまして。


22 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/04/20(水) 01:51:30 0
>21
「近世軍事史の震央」彩流社 にもフス派に関する記載があります。
いちど図書館等でご覧になってみられてはいかがでしょうか。

オスプレイは日本語版の出版が止まってしまったのですね・・
残念です。

23 :世界@名無史さん:2005/04/20(水) 22:24:12 O
情報少ないし、全然のびないな……まだドイツ農民戦争の方が、情報も文献も多い。

24 :世界@名無史さん:2005/04/22(金) 21:48:13 0
農民戦争の方が、現代まで続くプロテスタントが確立した宗教改革と、当時の
社会制度や共同体意識に関係する事象が複雑に結びついているから、社会制度
や思想史などなど考察の対象が多い。宗教改革(リフォメーション)は現代まで
継続する思想潮流のながれをルネサンスと共に形成したという観点から重要視
される時代なわけだ。しかし残念ながらその先駆者たち(早すぎた改革者
たちとそれを巡る社会)に関する研究は余り省みられていないね。
 

25 :世界@名無史さん:2005/04/24(日) 14:50:33 0
フス派の聖杯の旗印って@モードのマークに似てない?

26 :世界@名無史さん:2005/04/26(火) 07:55:56 0
ところで、この戦争での各戦闘の双方の兵力ってどのくらいだったのですかね?
かなりの大軍を破ったとは聞くが、
具体的にどのくらいの兵力差があったのか詳しく知らないのでどなたか教えて欲しい。

27 :世界@名無史さん:2005/04/28(木) 21:49:53 0
異端十字軍が13万で、フス派が4万だったかな?
あくまで公称だから、実際はもっと少なかったかも知れないし、そもそもこれだけの大軍が一度に集結出来るはずも無い。
互いに数方面に分かれて動いてるから、開戦時はもっと少なかったはず。

賛美歌にびびって逃げたから、負けて犠牲者200人なんて話も……お前ら平家か? 十字軍。

28 :世界@名無史さん:2005/04/29(金) 00:48:53 0
>>27
サンクス。

しかし、十字軍13万はまだ分かるけど、
フス派4万人とは。チェコの一地域の反乱だと思っていたが、
認識を改めるべきですかね、それだけの動員力があったということか。
それとも、農民だの市民だのも参加したから、
通常より戦闘員の数が多かったってことなんでしょうか?

29 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 15:51:11 0
 強烈な全体主義組織で、民族的・宗教的イデオロギーの元に、名うての傭兵隊長が
平民層を集めて常備軍を編成したからね。しかしこの時代に常備軍は時期尚早で、
編成は出来ても維持することが出来無い。若い衆が全員兵隊なら、誰が畑を耕す
のだろうか。
 また平等を建前としながら、指導層や騎兵戦力には既在の騎士・貴族階級や、
上流市民を必要としたし。

30 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:08:31 0
フス派の侵攻で、離散農家が3割りとか、酷い時は5割りとか。
いかに恐れられたか判るよな。

31 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 17:34:43 0
>>30
その「離散」てのはフス派が来たので逃げたってこと?

32 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 19:41:24 0
タンネンベルクの戦いにおけるヤン・ジシュカ
ttp://www.pinakoteka.zascianek.pl/Matejko/Images/Grunwald_Zizka.jpg

33 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:58:34 0
>31
そうだよ。農民だからって、容赦はしなかったみたい。

34 :世界@名無史さん:2005/05/03(火) 19:43:09 0
フス派と十字軍の戦闘って実際どういう感じだったんだ?
いくら当時の騎士でも荷車の列に向かって槍を構えて突撃しないと思うがどうか。

35 :クルセイダー:2005/05/06(金) 12:31:01 O
手を拱いて周りを彷徨く内に、石弓と銃砲で被害を受け、うんざりして帰ろうとしたら、後ろから殴られた。

36 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 17:35:20 0
>>35
そもそも何でそこまで近づいたんだ?

37 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 21:26:08 0
>>36
そりゃあ、相手を地上から抹殺する為に大挙して押し寄せていったのだから、
何もせずに見ているわけにもいかんでしょう。
一応攻めていかないと。

というか、戦車だか馬車を防御的に使用するってのは、
同時に機動力をも確保するって意味合いもあったのでしょう?
場合によっては進行方向に回りこまれるとか、
退路を断たれるとかいう状況もあったのではないかね。
いや、完全な推測に過ぎないが。

38 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 13:35:00 O
実際、ヤン・ジェシカの死後、野戦陣地を作る前に強襲された戦いが有った。
大プロフクが、志気を上げる為に歌を歌わせたら、それだけで敵が怯えて逃げそうな。
それで「死んだヤン・ジェシカは、その皮で太鼓が作らせ、死後も敵を悩ませた」って伝説が出来た。

39 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 14:35:04 0
>>37
それならパイク兵の槍衾で防御した方が同時に機動性も保てると思うんだけど

40 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 21:08:08 0
>>39
人間には恐怖心ってものがあるし、
馬車の壁を即席の防御用の構築物代わりにすれば、人員も少なくてすむからね。
塀や柵を防御用に使った方が、槍衾で防御するよりも効率的だというのと同じ理屈よ。
それに「槍衾」を作ってしまっては必然的に使用できる火器の量が制限されるしね。

41 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/05/13(金) 00:35:08 0
>39
40氏の仰せのとおり農具改造の武器を持った農民が主力でしたから、
騎馬で暴れこまれたら蹴散らされたかと思います。


42 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 20:01:28 0
そもそも、スイスのパイク兵あたりが、
真っ向から騎馬の突撃に耐えるということで高く評価されていたのだから、
騎馬の突撃に耐えられるパイク兵自体が極めて稀だったのだろうと思うが。

43 :世界@名無史さん:2005/05/20(金) 00:23:37 0
荷車の防御陣地はバーブルも使ってたらしい

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