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もし前漢王朝とローマ帝国が戦ったら?

1 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:04:11 0
もし前漢王朝とローマ帝国が戦ったら?距離の問題はなしにして
正面からぶつかればどちらが勝つ?


2 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:05:54 0
えっとな、まずその時はローマは共和制。

3 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:08:33 0
いい加減仮想板をたちあげてこの手のスレを分離して欲しい
良スレがまた1つ消えて激しく迷惑

4 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:17:09 0
ローマでしょう
前漢が強いのは武帝宣帝の時代のみ、ほかはしょぼい
パクスーロマーナの200年間にはかなわない

5 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:22:48 0
大体内容もあれな上、重複じゃねえのこれ。

魏・呉・蜀がローマ帝国と戦ったら? 2回戦
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1044176892/


6 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:28:29 0
重複だな>>1削除申請よろ

7 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:32:51 0
>>6
重複じゃねえぞ。魏・呉・蜀と前漢は別の王朝だろ?

8 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:37:04 0
ポエニ戦争の頃のローマ軍と始皇帝の秦が戦ったら、だな。。。
これだったらまだ重複にならない。。。
いい加減にしろといいたいが。

9 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:40:03 0
これで重複じゃないと言ってたら、いくらスレ立ててもおっつかんが。

10 :世界@名無史さん:2005/04/30(土) 23:44:45 0
漢は91年クシャン遠征軍を破っている(正面切った軍事的衝突とは違うが)
クシャンはパルティアを破っている。パルティアはローマと勝ったりまけたり(217年
カラカラ軍を破っている)。
大国の勝敗は、司令官の資質や、時の政治情勢(どの程度周辺国の味方を得られるか)、
戦闘地域の状況などに依存する。直接の比較は空想を楽しむ娯楽以上のものには
ならん。

11 :乳1号:2005/04/30(土) 23:48:26 0
現代社会への影響度で戦えば
まあローマのほうかな

12 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:01:39 0
疲弊した両国を匈奴が制圧すると見た。


13 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 00:53:27 0
ところで、大塚氏の「シーザーの食卓」とかいう本には、漢の時代、
まあ、ローマ時代でもいいが、双方、互いによーく知っていたらしいね。
ずいぶんと情報がいきかっていたようだ。互いに両者を、東の帝国と
西の帝国として意識していて、国家の制度のありようなども、非常に
細かくしっていたことがわかる。
まあ、ローマ時代の少女のミイラが、絹製品を着ていたなんていうのも
あったから、そうとうな交易が行われていたこともたしかなようだ。
互いに、利害が対立しない限りは、戦争なんぞしようとも思わないくらい
遠くにあったことはたしかだが、ただ、互いに注目はしていたというこ
とだろう。

14 :乳1号:2005/05/01(日) 00:57:16 0
セレスはやっぱり秦の発音からかな?
では大秦はどういう意味だろう

15 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:31:36 0
>>13
いうか武帝もアントニオも時代こそ違え、正式に国交を開こうとしていた
のは事実だしな。

16 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:32:14 0
>>10
ローアとパルティアは大体はローマが攻勢だったり。パルティア首都クテシフォンは何度もローマ軍の占領の目に。
しかも両国の国境・交戦地域が、パルティアは首都クテシフォンから目と鼻の先だったのに対して
ローマは首都ローマからかなり離れてたにも関わらず常にローマが優勢だったのだから
両国の地力の差はけっこうあったと思う。

17 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:37:10 0
>>8
260〜220年代あたりのローマと秦、どっちのが強いかと考えるとすごい燃える。
どっちも日の出の勢いで周辺諸国を荒らして勢力を拡大してる時期だからな。
西のジャイアント東のジャイアン、どっちのが強いかと考えると

18 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:37:34 0
>>14
映画村

19 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:38:35 0
前260〜220年代ね

20 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:44:16 0
>>11
>現代社会への影響度で戦えば
>まあローマのほうかな
現代ねえ…

中国は13億人以上を抱える大国で、国連常任理事国。経済急成長中。

イタリアは6千万人に満たない小国で、ドイツの国連常任理事国入りに
嫉妬して反対している国。経済は慢性的な破綻と疲弊の波の中。

21 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 02:51:18 0
>>20
現代のイタリアとローマ帝国は全くの別もんだと思うけど
中国もそうかもしれんが

22 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 03:20:37 0
こないだ県立図書館で
「新羅とローマ」なる本を見つけたが貸し出し中だ。
連休明けて返却されたらちかりようと思うが、果てさてどんな本かのう。

23 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 04:41:34 0
ローマと漢がジャイアンなら匈奴はさしずめかあちゃんか?


24 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 05:09:54 0
マジレスすると匈奴が兄で漢は弟と劉邦が負けたときに盟約
結ばされたんじゃないのか

25 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 09:47:35 0
しかし距離を考えずに戦争するという>>1の発想はすごいよな。
そしてそれらを華麗にする世界史板住人は相変わらずすがすがしい。

26 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 09:48:12 0
華麗にスルーする、だな

27 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 11:28:40 0
たいした発想力じゃない。この手のスレは時折立つし、ほぼ同じスレが
>>5でも出てるように、ありきたりな仮想対決厨の考えることです。

28 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 11:43:59 0
いや、もちろん皮肉ですよ。

29 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 12:06:43 0
まあ、マジレスするとローマだろう
漢はあれほど組織だった常備軍を抱えていないからね

30 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 12:07:39 0
前漢:前206〜後8 後漢:25〜225
ローマ帝国:前27〜1453

普通に対決するなら時間軸が多くかぶっている後漢だとおもうのだが、なぁ>>1 よ。

31 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 12:09:19 0
糞スレに糞レス。

32 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 12:24:11 0
漢はジャイアンって感じしねーな。むしろのび太。
武帝期の漢は、ドラえもんが未来に帰るってことになって奮起してジャイアンに挑んだ時ののび太。
秦はジャイアンだな。

33 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 12:24:30 0
全館とか交換とか言っているのは、日本人だけ


34 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:22:29 0
匈奴->大月氏を破る(前150頃)
大月氏->サカ族を破る(前140頃)
サカ族->パルティアを破る(前130頃)(最終的には服属しているが)
パルティア->ローマを破る(前53年)
パコールースとアントニヌス戦(前38〜36頃)互角

で、この玉突きの最初にあった匈奴を前漢が127〜119の戦闘で破りまくった。

ちなみに、後2世紀にパルティアがローマに敗れたのは、国力が衰退していたことは
もちろんだが、首都放棄はアジア専制国家よくあるパターン。また、衰退していた
わりには、何度かローマ軍を破ったりしている。

ところで、甘粛省にローマ人の村があり、これがカルラエで前53年にパルティアに
敗北したクラッサスの軍隊の末裔であり、その根拠として、前30年代西域で活躍した
陳湯のフェルガナ遠征でローマ軍らしき軍隊と戦闘をもった、という漢書の記述と
その軍を漢土に移住させたという記述ついて誰も触れないね。トンデモだが、
このスレで語るにふさわしい内容と思うが。

35 :世界@名無史さん:2005/05/01(日) 23:32:10 0
>>34
田中芳樹がずいぶん前に触れて既出だが、
現地でも研究が進んでいないから全容が
明らかになるのはもっと先の話しだし

36 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 00:18:08 0
平原などでの正面対決ならどうなる?ただ、ローマは騎兵での戦いが不得意
だから騎兵戦なら勝ち目あるかな?

37 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 01:18:12 0
外征の際に一番の脅威となったのは、疫病や餓死だった。
太平洋戦争での南方戦線での戦死者の六割や七割は広義の餓死だった。
日露戦争でも、脚気などによる病死が多かった。
蒙古が人類史上例がない一大遠征を成功させたのは、遊牧民族である彼らはそうした移動での対応策を経験で技術と知識として得ていたからだろう。
そうでないととてもあんな遠征があの時代には出来るはずがない。

ローマ帝国と中華帝国が直接やりあったことはないが、それはやはり圧倒的な距離が原因だろうな
そもそもローマ帝国の領土も巨大になりすぎて、領土維持にも限界が来ていたし
ローマにはあれ以上、領土を拡大する意思もなかっただろうし

38 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 01:48:21 0
>>7
王朝でなく仮想対決ということで重複
変な組み合わせごとにボコボコ同じようなことやるなよ。

39 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 09:15:26 0
>>38
つ言論の自由

40 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 10:59:37 0
つttp://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1102396469/l50

★☆ 夢の競演・対決 ☆★  無意味な

41 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/05/04(水) 11:18:47 0
>>34
この話題は既に5年前に「中国西域にローマ人の末裔がいるって本当?」という
タイトルのスレで取り上げられてます。その後も時々スレ立てがあったと記憶。
概して否定的な結論なってたように記憶します。

42 :34:2005/05/04(水) 13:03:06 0
やれやれ。書き方が悪かったですね。この論議はよく知ってますよ。
つまり、その上で、「誰かこの話題について指摘する人がいそうなスレですよね〜」だと
思ったので、記載したまでです。詳細を知りたくて書き込んだわけでは
ないので、既出かどうかが知りたいわけではないです。悪しからず。

私は4年ほど前からの参加なのですが、
「中国西域にローマ人の末裔がいるって本当?」は以前見かけた気がします。
また、時々この話題はあちこちのスレで触れられるし、別の一般中国サイトでも
詳細な論議がされていたので知っているということですが。。


43 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 13:07:46 0
>>42
おまえなんかむかつく。

44 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 16:58:25 0
同じ大国同士なんだからそれなりにいい勝負はすると思うぞ?

45 :蕎序:2005/05/04(水) 18:36:46 0
韓信は匈奴に走るわ、ハンカイ・ホウエツ・ゲイフ・ショウリマツは殺されるわ。
ショウカは早死にして、チョウリョウ逃げて、呂氏に専横された時点で前漢終わってる。
武帝は良いけど戦費使いすぎだ。

46 :世界@名無史さん:2005/05/04(水) 21:26:32 0
戦術や歩兵、騎兵での勝負ならどうだ?結構拮抗すると思うけど・・・・・。

47 :赤髭王作戦発動前夜:2005/05/05(木) 01:17:04 0
漢は武帝時代に一応匈奴に勝利したとされるが、褒美欲しさに前線司令官が粉飾報告していた可能性が高いらしい。


48 :蕎序:2005/05/05(木) 03:27:33 0
騎兵戦は結構前漢奮戦するかもw
戦法はモンゴル帝国の集団戦法ならいいけど、
正面衝突なら両方とも甚大な被害はでることは間違いない

49 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 08:55:50 0
場所を分けないと無意味だね
1)海上、ローマの櫓漕ぎの戦艦は地中海でしか通用しない紅海あたりま
でが限界では。樽型の北海型戦艦はたまたま重い大砲を積むのに適してい
たから通用したのでジャンクのほうが合理的だ。船は中国の圧勝。
2)平原、大平原でローマ軍が強かったという話は知らない、ただし中国
も天山山脈を越えて強かったという話しはないし今でも北は露帝に盗られ
て放置したままだ。中国は運次第だがローマは平均して勝つだろう。
3)その他、ローマが強かったのは市民が兵役を分担していた時代まで
軍人が主体になってからはかなり弱くなった印象だ、そのまま進んでい
ればゲルマン人も征服できたかもしれない。中国は対外戦争は勝ったり
負けたりだが中元に資源が集中しているので其処を支配すればその周辺
もあるていど支配できる。直接戦えば戦いなれたローマの圧勝。
4)政治、ローマはユダヤ人に皇帝権を乗っ取られるまではその領域を
維持したがやがて分裂して再統合はされていない、中国は分裂しても直
ぐに統合する傾向にあるが地理的要因が主で良い政治が行われるか否か
は独裁者の人柄次第、中国が優位だがローマに生まれる方が幸せだろう。
終)共産党は劣悪だが、直ぐ分裂すると期待するのは無駄でその豪悪な
性格から支配は今後揺るがず数百年は持つのではないだろうか。

50 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 14:51:27 0
前漢の中国に海軍はあったの?

51 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 14:52:52 0
漢代の中国の船ってどんなんだったんだ。

52 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 15:02:14 0
沙船とか。ジャンクに近い軍船はすでにあったんでは。

53 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 17:35:47 0
まがりなりにもブリタニアを征服したローマよりも、まともな海軍があったか
どうかすら定かではない前漢のほうが海戦に強いというのは、さすがに無理が
あると思うよ。

54 :世界@名無史さん:2005/05/05(木) 19:18:45 0
>中国も天山山脈を越えて強かったという話しはないし
そりゃ補給の問題じゃないかねえ。


55 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 00:29:04 0
ローマ艦隊はそれなりに名が轟いてるが漢艦隊なんて聞いたこと無いからな

56 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 09:20:15 0
シナ大陸で海軍を創設する意義が全く無いわけで。
地中海沿岸部に有力都市が分布してる地域だからこそ海軍が死活的に重要になってくるわけで。
第二次ポエニ戦役でも、ローマに制海権があったからこそ、
カルタゴ本国は南伊のハンニバルをろくにサポートすることができなかったわけで。


57 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 10:22:17 0
確かに中国を征服するには海軍は不要だけど、水軍は必要なんだよね。
北から南へと侵攻した国は大体それで苦労しているし。
でも、仮に長江とかを舞台に戦ったとしても前漢の水軍に対しては
ローマのガレー船が圧勝しそうだけどな。

58 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 22:35:32 0
主君への忠誠度でもかなり違うと思う。前漢は儒教の教えがかなり広まって
おり、主君や目上の人に対する忠誠心はローマの比じゃないよ。ローマなんか
主君が貧しくなればすぐにほかの主君に寝返るという鬼畜みたいな奴が多い。


59 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 22:39:06 0
それに漢は装備とかはローマよりも優れていると思う。秦の始皇帝の墓から
発見された石弓は射程距離は200m程と言われ、これはギリシアの重歩兵の
盾ですら易々と貫通できる程だと本に書いてあった。

60 :世界@名無史さん:2005/05/06(金) 22:40:36 0
ローマの歩兵集団なんて漢の石弓の連射の前には無力だな。

61 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 03:39:39 0
ローマなんて西の果てのローカル国では

まさしく世界そのものであった漢帝国の
前では、貧相に過ぎるよ

62 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 04:21:39 0
そういや漢が匈奴と戦ったとき漢兵が放つ毒矢にあたってバタバタ匈奴兵が死ぬので漢兵は神兵だと匈奴をしていわしめたとあったな。
武器を使いこなせば圧勝かもしれん。

韓信のような将+人海戦術が加わったらまさに圧勝

63 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 04:27:41 0
漢代って、ジャンク船ってあったのかな?

64 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 05:08:40 0
こういう異種格闘技戦では、簡単に結論は出せないでしょう。
敵の研究しないで突っ込んでいった前53年のカルラエでのローマ-パルティア戦では、
クラサスとスレナという司令官の素質で決まった間がある。

例えばイスラム軍と唐軍が激突した751年のタラス河畔では、両軍とも、軍の大半は
現地の中央アジアの諸部族だったため、純粋なアラブと唐の激突にはなっていない。
敗北したのもカルルク族が離反したためで、これはアラブ軍の外交戦術の賜物と言える。

1680年代の清朝とロシア軍のアルバジン城を巡る戦闘では、既に近代化し、銃も大砲も
備えていた清との戦いであったため、あまり異種格闘技という感じがしない。

そういう意味で、ペルシャ戦争は、烏合の衆のアジア軍と、精鋭揃いのギリシャ軍の
激突で、結局重装歩兵というセミプロ軍が、寄せ集め軍に勝利している。
(そもそも、スキタイには焦土戦術で敗れ、中央アジアではマッサゲタイに敗れている
ペルシャ軍が、どうしてエジプト、メディア、リディア、バビロニアを征服
できたのか、むしろその方が不思議である。ひょっとしてメディアを征服した
時みたいに、内応が多く、実は政治力の賜物だったのでは?と思ってしまう)


65 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 14:13:10 0
西の果てって

当時のオリエント〜地中海世界こそが世界の中心ですよ

66 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 17:56:25 0
>>62
仮に個々の兵器の性能が多少上回っていたとしても、あの時代の中国の装備率は
かなり低かったのではないかと思う。
何といっても逃亡した農夫や囚人が即戦力になる時代だからな。
韓信や劉邦が率いていたのだって軍隊というよりは難民の群れと言った方が実状に
近いのでは?

それから韓信は同世代にハンニバルやスピキオがいるから世界的に見れば
あの時代それほど突出した将才の持ち主という訳ではない。

67 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 18:02:32 0
スピキオについて

68 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 18:06:43 0
>>67
ごめん。

69 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 20:03:19 0
ローマはアッティラと戦ったカタラウヌムまで十万規模の戦死者が出るような戦いは無かったような。
「両軍の戦死者の死体で川が溢れた」なんて記述はローマではこれだけだが中国ではざらにある。
項羽や匈奴相手に死者を大量に出しながらも耐えた人的資源の底力は凄い。
修羅場における粘り強さは漢の方が上かもしれない。


70 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 20:43:40 0
まあ戦術面ではどっこいどっこいかもしれんな。

71 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 20:47:11 0
あの当時の漢には武術が発達していたはず。ローマには武術なんてものは特に
ないっぽいし白兵戦になれば漢のほうが有利かも。

72 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 21:12:02 0
卓越した外交で匈奴を引き入れ、包囲戦法かましてローマの圧勝!!!!!!!

73 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 21:48:12 0
>>69
中国の白髪三千杖を忘れてはいけない

74 :世界@名無史さん:2005/05/07(土) 23:59:03 0
>>69
中国のあれを鵜呑みにするとは素人ですね

75 :世界@名無史さん:2005/05/08(日) 00:29:09 0
ローマのほうが文明的という印象がある。


76 :第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/05/10(火) 02:30:53 0
>>71
あるよ。カエサルの頃には剣闘士に手ずから戦い方を教えることが出来た元老院議員や騎士がいたし、帝政になっても
例えばティトスは武術と馬術に優れ、競技会で優勝しているし『ユダヤ戦記』ではおかげで獅子奮迅の戦いをしている。
弟のドミィティアヌスは弓術が優れているし、ハドリアヌス帝は短刀で襲われた時素手で応戦して相手を取り押さえているし、
リアル剣闘士のコンモドゥスも忘れられないところ。

帝国上流階級の個人戦闘能力は結構高かったらしい。
(というか経験不足の若いトリブヌスに部隊の先頭に立って突撃〜!!という事以外あまり期待されていなかったふしがある)

77 :第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/05/10(火) 02:44:06 0
>>59
そういう「おもちゃ」は役に立たなかったようで。ギュムネシアイ諸島(現バレアス諸島)の住民が石弓に優れていたが、
結局メテルスに征服されている。
詳しくはストラボン『世界地誌T』p288

78 :第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/05/10(火) 03:12:42 0
>>49 なんだかよく分からんのですが、一応レスしておくと。
1)海上、ローマの櫓漕ぎの戦艦は地中海でしか通用しない紅海あたりま 
でが限界では。樽型の北海型戦艦はたまたま重い大砲を積むのに適してい 
たから通用したのでジャンクのほうが合理的だ。船は中国の圧勝。

それじゃあ『エリュトラー海案内記』はどうやって成立したのでしょう???
それ以前にもネアルコスの艦隊がインド洋に進出しているけれど...
3段-5段櫂船とかになってくると船首楼/艦尾にカタパルトを設置しますよ。
あと、衝角戦術に対する対応法をヨロシク。こいつをまともに食らうと瞬時に大破です。
 
2)平原、大平原でローマ軍が強かったという話は知らない、ただし中国 
も天山山脈を越えて強かったという話しはないし今でも北は露帝に盗られ 
て放置したままだ。中国は運次第だがローマは平均して勝つだろう。 

サムニウム人相手の戦いで苦戦して、帝政期になっても
"グラウピキウス山の戦い"では接敵するのに苦労していますが。平原で戦うほうが得意。
詳しくは『アグリコラ』を。

3)その他、ローマが強かったのは市民が兵役を分担していた時代まで 
軍人が主体になってからはかなり弱くなった印象だ
フラウティウス朝-五賢帝時代が最強だと思います。根拠は総兵力が小さいから。
それだけの兵力で事足りたということ。

4)政治、ローマはユダヤ人に皇帝権を乗っ取られるまではその領域を 
維持したがやがて分裂して再統合はされていない

サトゥルヌス神を熱烈に信じている変な慣習に凝り固まった東夷=ローマ人のユダヤ人観
(それを反論しているのがフィロンでありヨセフス)
ユダヤ人は皇帝になってませんよ。キリスト教のことを言っているなら的外れ。




79 :第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/05/10(火) 03:23:40 0
>>58
元首が鬼畜だと「暗殺するか?」って話になるのだと(カリグラ/ドミティアヌス)
陰謀と裏切りで片付ける大掛かりな手はよっぽどDQNな人に。
DQNでも元首が強大だと頭を引っ込めておくしかないけれど(ティベリウス/クラウディウス)



80 :世界@名無史さん:2005/05/10(火) 10:41:55 0
もしローマが前漢と戦ったとしたら、ローマにとって難敵となるのは韓信などでは
なく霍去病だろう。
ローマ軍は伝統的に優秀な騎馬部隊を擁する敵には苦戦していたからな。
霍去病の部隊は匈奴すら凌駕する圧倒的な高機動力に加え、優秀な兵器や兵卒が
重点配備されていた。
霍去病の活躍した時代が、ちょうどスキピオ・エミリアヌスが死んでからマリウスが
頭角を現すまでの空白期間で、ローマ側に対抗できるだけの人材がいないのも痛い。

81 :世界@名無史さん:2005/05/10(火) 22:45:26 0
基本的に中国は孫子などを見てもわかるが、
戦略は重視するがそれに比べて戦術と言うものは軽視していたように思う。
もちろんそれは正しいのだが、このスレの例題は「とにかく何が何でも理由は置いといて戦う」なので
つまり戦略はほっぽって、戦術レベルでどちらが強いか、という話になる。
ぞれだとアレクサンダーの戦術を研究でき、ピュロスやハンニバルと戦ってきた
ローマのほうが一日の長があるような気がする。
当時の中国の将軍は斜線陣の概念などを理解していたのだろうか?



82 :第20軍団兵 ◆vthFSU.BqE :2005/05/10(火) 23:11:18 0
>>81

>このスレの例題は「とにかく何が何でも理由は置いといて戦う」
コーヒー吹いてしまいました(w

83 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/05/10(火) 23:18:03 0
一方が他方の、或いは双方が未知の戦場に空間移動。多少の交流があった御蔭
で通訳は存在しており、占領地への支持ぐらいは下せる、といった処ですか。

84 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 00:35:57 0
>>83
もうちっと分かりやすい日本語でお願いします。

85 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 14:19:03 0
>>81
白起(秦代だけど)や韓信はかなり優秀な戦術家だろう。

86 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 17:23:32 0
ローマのほうが全然上だろ。
正常な奴ならそう思うのが普通。

87 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 17:26:34 0
>>86
理由を明確に述べろ。

88 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 20:05:40 0
白起って40万人埋めた奴だっけ?

89 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 20:59:57 0
衛青や霍去病の戦果はかなりの水増しがあったらしいし、軍臣単于が没するまでは匈奴は
漢の李広の部隊を潰滅させ捕虜にするなど、優位に立っていた。
ローマに比べれば漢の騎兵は強いかもしれないが。


90 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 23:02:33 0
>>76
漢も負けてはいないと思う。漢の精鋭歩兵部隊は長年武術を積んだ選りすぐり
の兵士が集められ、体格も大きく、かなりの個人の戦闘力があったと思う。
あの時代のローマ人なんて平均身長が150cm程度のチビばかりだが、前漢
の時代の漢人はかなり体格が大きかったと言われている。

91 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 23:10:43 0
ヨーロッパにおける戦術の革新って
エパミノンダスの斜線陣、アレクサンダーの散兵の確立、
ハンニバル、スキピオ・アフリカヌスの騎兵の遊撃戦力としての使用、など
重要な戦術が発明されていて
現代の士官学校でもイッソスやカンネー、ザマなどの戦いは教えられるが、
中国の戦術って武霊王の胡服騎射における戦車の駆逐以降に
戦術的に何か進歩があったのか?
中国史に出てくる戦いで士官学校の授業にも使われる戦いって
サルフの戦いしか思いつかないんだが。

92 :世界@名無史さん:2005/05/11(水) 23:51:58 0
>>91
戦国期〜秦〜楚/漢での戦況を左右するような戦は城攻めだから。

93 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 00:02:41 0
>>90
 確かローマ正規軍の採用基準は168センチ以上だったと思うが。。。

94 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 00:23:25 0
会戦に応じてくれたらいいけどな。
ハンニバルも強かったけど、ローマも会戦には応ぜずスルーしたし。

95 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 00:51:18 0
>>94
それは中国側が会戦には応じずに篭城すると言うこと?
城攻めのほうがローマはもっと得意だと思うのですが。


96 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 09:29:42 0
ローマが城攻めが得意だとは思わないけどな。
というか、城攻めというのは洋の東西を問わずに困難。
第三次ポエニ戦争でも結局は包囲しての籠城したカルタゴの食料が尽きてからの落城だし。
籠城し、形勢不利になれば後退(それも時には焦土化させたり、堤防を破壊したりして)し、
その間に後方撹乱のゲリラで敵の兵站を破壊するというのが、
中国の伝統的な戦術だからな。
日本軍も戦闘では勝利しても中国大陸の奥行きの深さに負けたようなものだし。


97 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 11:05:31 0
>>96
ローマはカルタゴと戦う以前は主にイタリア内の敵としか戦っていないから、
第三次ポエニ戦争の時点で攻城戦の技術が未熟だったのは仕方がない。
ただ、イタリアの外に侵出するようになってからは、ヘレニズム社会で数世紀に
わたって累積されていた攻城戦技術を専門家を雇ったりして比較的簡単に入手する
ことができた。
AD66〜74年のユダヤ戦争の頃には当時の中国を凌ぐ攻城戦技術を擁していた
と思う。

98 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 13:36:05 0
>>97
逆に中国は後漢に入ってヘタレになっていく頃だな。-->1世紀。

中国の攻城戦の強さは、呉起,楽毅,白起など(○キばかりだ)の戦国後半が極大期だと思う。

99 :世界@名無史さん:2005/05/12(木) 23:12:06 0
>>86
無知な田舎者の発想
英国の炭坑町ででも育ったのか

100 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 17:43:49 0
>>99
あ?
うるさいよ。お前死ねよ。

101 :世界@名無史さん:2005/05/13(金) 17:44:45 0
英国の炭坑町>>

    ∧_∧ ミ ギャーッハッハッハッ!
 o/⌒(. ;´∀`)つ 
  と_)__つノ  ☆ バンバン   ギャーッハッハッハッ!
        ☆ バンバン


102 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 02:10:20 0
>>100
北海を望む
貧しい漁師町育ちかもしれないな

103 :世界@名無史さん:2005/05/14(土) 13:12:48 0
英国の炭坑町>>

    ∧_∧ ミ ギャーッハッハッハッ!
 o/⌒(. ;´∀`)つ 
  と_)__つノ  ☆ バンバン   ギャーッハッハッハッ!
        ☆ バンバン


104 :世界@名無史さん:2005/05/15(日) 02:40:49 0
どうでもいいがAAがずれているぞ。

105 :世界@名無史さん:2005/05/21(土) 02:44:15 0
ダサ

106 :世界@名無史さん:2005/05/24(火) 14:50:40 0
中国の武将はさ、優秀だと皇帝とか、その取り巻きとか、
味方から殺されるパターンが多いじゃん。

それに対して、ローマの武将で,優秀だから殺されたのは
カエサルくらいじゃないか?

だから、中国の武将はさ、もし勝ちそうになったとしても、
後で味方から殺されるのを避けるために、わざと引き分けに
するんじゃないかな。

107 :世界@名無史さん:2005/05/24(火) 21:51:41 0
>>106
プゲラ

108 :世界@名無史さん:2005/05/25(水) 17:27:17 0
>>106
ベリサリウス

109 :世界@名無史さん:2005/05/25(水) 18:00:36 0
衛青や霍去病にローマ軍が勝てるわきゃねーべ?

110 :世界@名無史さん:2005/05/26(木) 20:29:37 0
アッティラはアクィレイアを瞬殺的に陥落させ、残骸すらまともな形状を残さないほど破壊したというのは誇張なのだろうか。


111 :世界@名無史さん:2005/05/29(日) 04:30:28 0
石弓って中国起源だっけ?
パルティアの弓は中国から輸入されたヤツを改良したのかなあ・・・

112 :世界@名無史さん:2005/06/12(日) 19:20:22 0
高祖時代は韓信vsスキピオ・アフリカヌスでほぼ互角
その後の文帝影帝時代は漢は人材なしでローマ優位
武帝時代は衛青・霍去病がおり漢優位、ローマは人材なし
その後の時代はマリウスやスラが出てきて互角
ローマ内乱の時代はカエサル、ポンペイウスなどローマに人材多くローマ優位
紀元前後は漢は滅亡しもちろんローマが優位
後漢成立後和帝時代は班超がおりローマはドミティアヌスの混乱で漢優位
その後はローマ全盛時代でローマ優位でしょうか

113 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 03:23:37 0
そんな単純な問題な訳がない。

114 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 07:38:20 0
いつ、どこで交戦するかによる。
馬鹿馬鹿しいスレだが、一応書き込んでやった程に。

115 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 08:04:41 0
単にそれぞれの戦乱の時代に時代に即した有能な武将が台頭しただけじゃん。
それぞれの平和な時代には武の能力をもったものは隠れているか、出世の機会が無かっただけ。
互いに対戦すれば歴史に名を残していない武将がでてくるでしょ>>112

116 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 11:02:40 0
>>112
指揮官だけで比較するのは乱暴ではないか。
兵力、兵制、兵装、ドクトリン、指揮官、武器 etc

ただ俺自身は、漢代の中国ことを余り知らないのでなんとも言えない。
騎兵戦力で優勢に立ったほうが、勝つとおもうんだけどね。

117 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 14:53:55 0
装甲歩兵の密集方陣って基本的にギリシアとかローマだけのものだよね。
だとしたら前漢の軍隊では、ローマ軍に正面からまともに戦った場合は、
絶対に勝てないような気がするぞ。
騎兵戦力の比較っていっても、ガリアにしろカルタゴにしろローマに
敗れた民族のほとんどが騎兵戦力ではローマ軍より優勢だったわけだし・・・

118 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 16:36:10 0
文化的には、ローマ帝国の方が大幅に上でしょう。
なにせ、ギリシャやエジプトを傘下におさめていたからな・・・。

119 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 18:50:23 0
>>118
ぜんぜん、理由になってない。
なにせ〜〜以降の文脈を成り立たせたかったら、
まずは、ギリシャ、エジプトの文化が漢の文化より上と
言うことを具体的に説明しろ。

120 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 18:54:44 0
>>117
密集方陣がなければ、密集方陣には絶対勝てないわけではない。
ハンニバルは個々の戦闘では何度もローマを撃破している。
紀元前53年にはパルティアが騎兵を中心としてクラッススを撃破しているし
密集方陣は別に撃破不可能なものではない。
もちろんポエニ戦争以降のローマのレギオンがトータルとして
非常によく機能していたことは、その通りだと思うが、
騎兵戦力を上手に活用している相手には苦戦している印象がある。

あと、戦国時代の中国は、各分野にわたって
合理的・先進的な文明が発達していた。
軍制のみに限っても、呉起等の改革にみられる合理的な軍制は
ローマに劣るものではない。
それを受け継いで文化が成熟期に達していただろう前漢武帝の時代であれば
けっして無下にローマに劣ると言い切れないと思うのだが、
前漢時代の兵制について殆ど具体的なことを知らないんだよね。
衛青・霍去病の軍制は対匈奴に特化したものと思われるし。

121 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 19:17:51 0
極限まで軽装化して匈奴の機動力すら上回ったんだよね

122 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 20:42:22 O
文帝・景帝時代には周亜夫がいるぞ

123 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 22:07:43 0
そもそもローマと漢、離れすぎていて、実際に戦うような状況は、想定しづらい。
戦い方なんていろいろなんだし、どんな設定をするかで、結果もまちまちになると思う。
東西でぶつからせるなら、個人的には、ティムールと永楽帝率いる明で想定してみたい。
とりあえず東進するティムール軍を、明軍は河西回廊で迎え撃つことになるかな?

124 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 22:15:32 0
やっぱり時期によるよな

俺は漢に一票
理由は、ローマが地域を治めるのに「属州」みたいに異民族を意識していたのに対し、
漢はわりと同一民族的意識があったから
戦争になれば一体感みたいなものによる士気は馬鹿にできないと思う

125 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 22:23:10 0
前漢って一体感あった?

126 :世界@名無史さん:2005/06/13(月) 22:56:50 0
>>125
124ではないが、
前漢もローマも最盛期の人口は約5000万と言われているから、
ほぼ同レベル。

その上でローマは民族も言語もバラバラで、
ローマ市民とそれ以外の市民権を持たないものとの一体感に欠けたが
前漢はほぼ中原の民で占められており
一体感があったといいたいのではないかな。

もっとも結論には賛同しないが。

127 :世界@名無史さん:2005/06/16(木) 12:27:08 0
>>120
ポエニ戦争は密集方陣同士の戦いだよ。
ハンニバルだってアレクサンドロスやピュロス王を
自らの戦術の師と仰いでいたわけだし。

128 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 18:08:17 0
前漢王朝の軍隊について
重装歩兵、軽装歩兵、重装騎兵、軽装騎兵の4種の兵科。
重装歩兵は、皮革鎧に鉄兜、盾を装備し、軽装歩兵は鎧に弩
騎兵についても大体同じ装備。
重装歩兵が軽装歩兵の前で防ぎ、軽装歩兵の火力で制圧する戦術。

129 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 21:06:49 0
漁夫の利で冒頓単于かな・・・。

130 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 23:32:06 0
ローマのほうが強そうだ。

131 :世界@名無史さん:2005/06/17(金) 23:47:11 0
>>130
漢が騎兵をうまく使えればローマの重装歩兵を打ち破るのは難しくないかと

ただ市民権を持った上流階級のローマ軍と漢の徴兵軍じゃどうなるかわからんが
まあそこでいかに騎馬民族を用いるかですよ

132 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/17(金) 23:56:11 0
春秋戦国時代には中国でも密集陣形はあったから、
ローマの専売特許じゃないと思うんだけどね。

133 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 03:21:19 0
どのような状況を想定するかで結果はまちまちだろうけど、
総合的な国力とかを考えたら、漢の方が優位かな。
ローマは研究なんかが進んでいる分、
どうも過大評価される傾向があるような気もするし。


134 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 10:33:41 0
禿同

135 :世界@名無史さん:2005/06/18(土) 15:28:27 0
羅馬マンセー

136 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 09:06:23 0
>>133
研究が進むってのはそれだけ実情を正確に把握できるようになるって事。
「研究なんかが進んでいる分、過大評価される傾向」って理屈は普通に考えて
おかしいだろ。

137 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 09:38:50 0
研究が進んでいる分、興味を持つ人が増え、
ローママンセーに走る人が多いってことかな。

138 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 10:53:26 0
どちらが過大評価されているかといえば、興味を持つ人が多いにもかかわらず、
研究の進んでいない前漢の方だろうな。

139 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 11:37:58 0
史記自体が誇張の多い書物だからな。
過大評価されても仕方あるまいて

140 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 13:14:29 0
国力だとやっぱりローマより漢の方が上な気がするな。
でも中国の王朝って、内部に問題抱えている時なんか、外敵に弱い傾向がありそうだから、
意外にあっけなく崩壊するかも。
とりあえずローマは、遊牧民族なんか味方につけて、
機動性を高め、奇襲的な形で攻めた方がいいと思う。
正面からぶつかると、漢が倒れる前にローマが消耗しそう。

141 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 13:25:39 0
ローマ軍なんかアレクサンドロスに到底及ばない

142 :世界@名無史さん:2005/06/20(月) 13:29:38 0
>>131
ローマはポエニ以降は伝統的に騎兵+重装歩兵の組み合わせ。
騎兵のいない相手は包囲戦術を徹底、騎兵がいて初めて互角かと。

143 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 08:31:43 0
>>140
ローマはそう簡単には消耗しないぞ。
ハンニバルやピュロス王みたいな強敵と戦った時だって、敗れても敗れても
戦い続ける持久力で、最終的に相手を圧倒しているんだから。
同盟都市戦争によって弱体化した時ですら、直後に東方ではミトリダテス戦争、
西方ではセルトリウス戦争、国内ではスパルタクスの乱という3つの戦争を
同時に戦ってその全てに勝利している。

144 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 11:14:50 0
結局、守りに入った方が勝つ気がするな。
攻めた方が負けると。

145 :世界@名無史さん:2005/06/21(火) 23:51:54 0
>>144
それは仕方ないよな。
国攻めでこの両国を圧倒できる遠征軍なんてちょっと無理だし。
占領目的でなく一戦して略奪とかならともかく。

146 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 00:01:12 0
少し不利になると我先に逃げ出すイメージのある中国の兵に較べてポエニ
戦争での戦いぶりを見るに正面決戦では勝負にならない気がする。

でもハンニバル相手に持久戦方針決めるまでに散々迷走したローマと平気で
1年以上陣地に篭って睨み合う中国側とでは戦略面では随分な差があるし。


147 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 01:23:23 0
>>146
ローマのは課せられた兵役だけど、それを名誉と思ってたみたいだしね。
ガリア戦記の時、貴族のみならず一般市民の子弟までカエサルの下で戦いたがったとかさ。
漢が負けても単に支配者が変わるだけで、一兵士には関係無いと言えば無いしさ。

それにローマは指揮官(役職)の任期が一応決まってたから、
それに応じて戦略を立ててたと言うのもあるかと。

148 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 08:06:28 0
中国の軍隊は、指揮官の質によって、
かなり変わるような印象があるな。

149 :世界@名無史さん:2005/06/22(水) 10:10:54 0
>>148
前漢には下士官に相当する軍人は居たのかな?
100人隊長の有無だけで、正面からぶつかれば蹴散らすような気がするけど。
各小・中隊で、先頭に立って戦うヴェテランの有無は、肉弾戦になれば大きいと思う。
それとローマの軍団は今で言う連隊で、同じ釜の飯を食った仲間意識が高い。
互いの指揮官が同程度なら、果てしなく差が出る部分だと思う。

150 :世界@名無史さん:2005/06/24(金) 17:35:46 0
>>149
いた、というより体制そのものが5人10人単位で上下に区切られてた。

151 :世界@名無史さん:2005/06/25(土) 21:36:26 0
ハンニバルとの戦いでも包囲されたローマ軍は降伏を拒み元老院議員も
無名の兵士も剣を並べて討ち死にとか、ローマへの忠誠心は凄いね。

中国の兵士は基本的に職業軍人だった割にはすぐ逃げるのに。
そのせいで細かな戦術よりも戦略を重視する考えが生まれたとか?

152 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 15:23:24 0
http://hobby8.2ch.net/warhis/#1
マケドニアVS秦

153 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 23:34:35 O
職業軍人って、いつのこといってんの?
秦・漢は基本的に兵農一致だよ。

154 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 15:05:04 0
>>153
漢の徴兵制による兵士は正規軍なのか警護兵なのか
分かってないんじゃなかった?

155 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 21:14:00 O
いや郡兵も南北軍の兵も(農)民だよ本来

更なる選抜制度などがその上にある

農民とかいう言葉のイメージにひきずられてはいないか?

156 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 22:45:54 0
もし前漢王朝とローマ帝国が戦ったら?ていうくくりだけだと比較
しずらくないかい。たとえば俺だったらカエサル全盛期のローマ帝国
と、漢を統一したての劉邦陣営を戦わせたい。なぜなら、実際に会戦
を行った場合、カエサルvs韓信の構図が一番見てみたい。

それとみんな前漢王朝とローマ帝国が戦ったら?であまりその国の指揮官
を気にしてないけど、そこが一番重要なんじゃないの?だってカエサルの
いるローマ帝国といないローマ帝国じゃまったく違う戦闘力になって
しまう気がするんだが‥‥‥‥

157 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:03:19 O
それはカエサル対韓信が見たいのであって、ローマ対漢が見たいのではない。

むしろ指揮官一人に左右されるのではない、戦略的視点で話したい人が多いのでは?

158 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:18:06 O
劉邦軍が天下とったのは軍隊の強さというより時勢的な物が強いしね。日本で言えば足利尊氏みたいな。
悪く言えばドサクサ紛れ。あの連中が対外戦争に勝てるとは思えない。

159 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:26:54 0
戦争は士気を支える大義名分や、兵站、同盟、スパイ活動、動員兵力、
兵器など様々な要因に左右されると思う。
ナポレオン時代のフランスが強かったのは、ナポレオンの才能が
全ての理由ではなく、フランス軍が傭兵ではなく、民兵主体で、
「革命の成果の輸出」に燃えていた宗教的情熱があったから。
あと動員兵力も多かったし。これに対して傭兵は、プロなので、
死ぬ気で戦おうとしない。 こうした点では、初期イスラム軍も同じ。
初期イスラム軍の諸将軍は知名度が低いが、それはある種、本人の才能
以上に、兵士の宗教的情熱の方が認められているからではないか。

それらを考慮すると、カリスマだけで兵士を動員できた(それだって
凄いことだが)ナポレオンより、雑多な民族の同盟を取り付け、
アッチラに勝利したアエティウスの方が、ナポレオンよりも
政治・軍事的に有能かもしれない。

指揮官も大事だが、国力もまた重要かとおもう。

160 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:05:43 0
>>157
ほぼ同意。

個人の資質は優劣は付けがたいし、
そもそも軍隊同士の衝突について勝敗を結論付けるなんて不可能。

前漢帝国当時の中国文明とローマ文明の比較を
軍事力を中心に行なうことに板的な意味があると思うが。

161 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 16:09:55 0
その通り。
別スレにも書いたが、
条件とか国力とかくだらないことを言うから白ける。

条件は、
・それぞれ、その地域の一般的な戦略・戦術を採る指揮官が指揮を執る
・お互いに同数の兵力(10万人対10万人程度?)
・平坦で見晴らしの良い、充分な広さのある草原(地形的な有利不利はない)
・お互いに地理的条件を熟知しているとする
・5月の晴天の午後1時
・食糧・水・兵器の補給は無限
・伏兵なし罠なし(スコルピオとか火牛の計はあり)
のガチンコで勝負したらどうなるか、ってことで。

162 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 08:13:12 0
>条件とか国力とかくだらないことを言うから白ける。
>
>条件は、


163 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 17:26:28 0
だから、お前のような条件とかくだらないことを言う馬鹿がいるから、
俺が条件を決めたんだろ。
雨天か晴天か、地理勘があるか、動員できる兵力はいくらか、
そんなことを言っていたら何も始まらないだろ。

164 :世界@名無史さん:2005/08/06(土) 14:35:50 0
>>161晒し上げ

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