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日本国籍に無理やり帰化させるスレ

1 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:19:04 0
紅斗・武疎理尼

2 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:22:59 O
どの辺が面白いんだ?チョン

3 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:23:48 0
このスレが今後どんなふうに面白くなっていくのか楽しみでしかたない

4 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/26(日) 20:25:20 0
板違いなんで、>>1さんは責任を持って削除依頼してください。

ナチネタと韓国ネタ、反日ネタは学問板としては得るものがない不毛の話題。
はっきりいって、不愉快。

5 :1:2005/06/26(日) 20:46:40 0
いや。。
1が読めればスレの趣旨はおのずと理解されると思ったのだが。
まさか朝鮮絡みと思われるとは、全くの想定外だった。。
堀江さんに叱られそう。

6 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:50:39 0
>>5
珍走団乙

夜露死苦

7 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 20:52:11 0
要するに、世界史の人物の名前を無理矢理(日本風の)漢字変換しよう!とか、そういった趣旨が全く理解されなかったわけだな?

8 :1:2005/06/26(日) 21:00:11 0
>>7
そう…。゚(゚ノд゚)゚。
人物の人と成りを日本風の名前&漢字にしようとするネタスレ。
まさか・・1読めない人居ないでしょ?
有名だし、漢字の選択もベストと自信あったのだが。。

9 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 21:00:48 O
>>7
普通にツマンネ

10 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 21:08:13 0
空気も読めんのかねここの>>1

11 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/26(日) 21:09:57 0
インド辺りは漢訳がある場合も多いですし、西洋は人名の種類に限りが・・・。
柄李座邊巣(えりざべす)、訶流(カール)、夫(オットー)・・・落語風?

12 :1:2005/06/26(日) 21:13:37 0
>>10
「空気は読むものじゃない、作り出すものだ」
我輩のモットーである!
>>11
我がスレにようこそ!
なんなら「日本人」でもいいですよw

13 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/26(日) 21:33:33 0
では、逆に唐名(風)にしてみましょうか。
斎濃南 豊賓慎 源伊崇

14 :1:2005/06/26(日) 21:37:03 0
…orz

読めない。

15 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/26(日) 21:41:00 0
日本人の名前を改変したものですよ。ある意味、二人の存在で分かり易い。

16 :1:2005/06/26(日) 21:50:04 0
ダメだ。。答え。

17 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/26(日) 22:06:08 0
ドイツフリークの森林太郎という石見人は、子供に於莵(オットー)不律(フリッツ)
類(ルイ)茉莉(マリー)杏奴(アンヌ)などと命名してました。私小説の中にまでも
半子(ハンス)という子がのが出てきてます。

18 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/06/26(日) 22:10:12 0
>>17
ふふふ…鴎外は頭あったかい人だから。

19 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/26(日) 22:17:12 0
>>16
斎部信長、豊臣秀吉、源家康。姓は頭の一字をとり、名は音の通じた字を採用。
>17
於莵は、虎ないしは猫の事ですね。『断腸亭日乗』を読んでいると、戦後もつき
あいのあった事が出て来ますが、どこの森さんかは一目瞭然です。

20 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 23:51:32 O
辺真一

21 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 00:08:04 0
坂 仁根

22 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 00:08:56 0
陳玉蘭

23 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/27(月) 00:29:00 0
>>19
信長はインベ姓もあったんですか?
ノブナガの音を擬似するには「納濃」の方が切当するかも。中古音だと納nop濃nangで、
nopu-nangaに転じ易い。律令時代の地名の漢字なんかは概ねそういう当て方だと思います。

24 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 00:39:09 0
>納濃
国文学系の事にも、通じてらっしゃいますね。今更ですが。

>信長はインベ姓もあったんですか?
織田という名字は、越前国丹生郡織田(おた)に由来するもので、本来は
名字の方も、「おた」と発音された由。ご存知とは思いますが。
そして、現地の織田剣神社の神主の家系であり、忌部(斎部)姓であったろ
うという説は、戦前からありました。

25 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 00:47:40 0
(阿弥女さん、よろしければ、中古音に関する良い文献もご教授頂きたいのですが)

26 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 00:49:03 O
安重根

27 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 00:52:15 0
魔裟斗

28 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 00:54:42 0
殺女

29 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/27(月) 01:05:25 0
織田氏は平姓を称する前は藤原姓だったという説は承知してました。
>中古音に関する良い文献
困ったにゃ、うちにあるのは例の藤堂さんの本で、これには大分あちこちから
批判もあるようだし・・・。

30 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 01:09:06 O
おい兄ちゃんをこれからはヒトラーと呼べ

31 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 01:10:40 0
そうですか。ありがとうございます(お気持ちだけ、頂戴しておきます)。
信長の場合、血統は忌部氏でも、確実な名前は曽祖父の代までしか分かりませんが。
当時、世間では源氏に代って平氏として天下を治めるところまでこぎつけた人だと
考えられていました(これもご存知か)。

32 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/27(月) 01:11:45 0
>>22
陳玉蘭 という女性はベトナム難民で日本の看護大学を出て、ニュウースに
なった方ですね、今どうしてらっしゃるか?当時の新聞にトランゴクランと
書かれてました。トランはチャンが正しい発音じゃないかと思ってましたが、
ベトナム関連のスレでサイゴン周辺ではトランと発音するんだと言ってる人が
いました。


33 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/27(月) 01:14:16 0
武疎理尼に対して 
安打拉総統という当て字を見かけたことがあります。


34 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 01:20:29 0
物茂卿

35 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/27(月) 01:24:56 0
>>13
このように2字以上の苗字を支那風に1字に略すのを「修姓」と言って、江戸時代の学者文人は
よくやってました。服部南郭が服南郭、江村北海が江北海とか。荻生徂徠の物徂徠は本姓が
物部だからだそうです。頼山陽は頼住で菅茶山は菅波が本姓だとか。
逆に芝なんとかいう医者は司馬にしたそうです。

36 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 01:32:40 0
苗字というか、ここでは氏名(うじな)を選択しました。
高階(藤原)通憲は高美倫という様に、平安時代から文人が名乗っていたもの
で、翻名(反名)とも言われました。大江匡房なら、江満昌。

37 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 01:54:50 0
>>35-36
なんでそんなことするんだか理解できん。そいつらは反日日本人だったのか?

38 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 02:07:49 0
>>37
最初の反日日本人→晁衡(笑)

39 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 02:38:46 0
>>35-38
中世ヨーロッパの文化人が自分の名前をラテン語風にしたのと
似たようなものと考えればいいんでしょうか?

例)ルネ・デカルト→レナトゥス・カルテシウス

40 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 03:20:52 0
西洋のローマが登用では中国だったのさ。

41 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 03:22:14 0
西洋のケルト人が東洋の日本人
西洋のゲルマン人が東洋のモンゴル人

42 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 03:34:40 0
>>39
「朝衡」など中国における日本人名の場合は、
「読み解く「井真成」の謎」  中日関係史学会副会長 張雲方 によると
ttp://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200505/daodu/jigao22.htm
 @日本語の発音に近い中国の漢字で表記したもの。例えば、『後漢書』に出てくる「卑弥呼」や『魏書』の
  「卑狗」「卑奴母離」などである。
 A日本人が自分の名前として使ってい 漢字の名前を直接使う。例えば、『旧唐書』の「橘逸勢」や「空海」、
  『新唐書』の「栗田」、『宋史』の「玄ム」など。
 B中国に渡り、その地の風習に従って中国の名前を使うか、あるいは朝廷から姓を賜る。
  例えば藤原清河や阿倍仲麻呂は、入唐後、それぞれ「河清」や「朝衡」という名で中国の史書に記載されている。
  「朝衡」は、玄宗皇帝から賜った名である。

どうでもいいが糞スレが名スレに変わる予感!

43 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 04:22:04 0
ウィリアム・ア ダムス→三浦按針
ヤン・ヨーステン→耶楊子
ラフカディオ・ハ−ン→小泉八雲
ビクトール・スタルヒン→須田博
ネルソン吉村→吉村大志郎
ロペス・ワグナー→呂比須ワグナー
マルクス・トゥーリオ→田中マルクス闘莉王
ラモス・ルイ→刈岡瑠偉
アレサンドロ・ドス・サントス→三都主アレサンドロ
呉百福→安藤百福(もふく)日清食品元会長
ジュディ・オング (本名:翁倩玉(オン・チェンユィ= Weng1 Qian4 Yu4)・英語名:Judy→翁玉恵(おきなたまえ)
何智麗→小山ちれ
ジェシー・ジェームス・ワラニ・クハウルア(高見山)→渡辺大五郎
フィヤマル・ペニタニ→武蔵丸光洋
ローウェン・チャド・ジョージ・ハヘオ→曙太郎
サレバ・ファウリ・アティサノエ→小錦八十吉
マルテイ・ツルネン→弦念丸呈

色んな国から帰化してんなぁ。

44 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 05:31:25 O
結局>>1の主旨には沿ってない訳だが。まあ夜露死苦
レベルにしか成り得ないしな。

45 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 08:27:56 0
>>35
それは、欠字の礼とはなんか関係あるのでしょうか。
欠字の礼=名前を全部書かない <− こんな習慣はなかったのかもしれませんが、あったと聞いたことがあります。


46 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 19:38:33 0
李家豊

47 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 20:19:35 0
>>37
>反日日本人
本気で仰られているのだとすれば、色々と毒され過ぎです。
そもそも、当時の日本と中国とでは、文明度からして、比較になりません。
中国風への憧れ=「反日」云々という発想自体、今の感覚によるものです。
>>39も仰られた通り、東アジア史上における漢文の地位は、ラテン語の様な
もの。我が国の漢詩文が全盛を迎えたのは、『凌雲集』などの編纂された嵯峨
天皇の、次いで『経国集』の編纂された淳和天皇の時代でした。
この時代には、仏教・儒教文化の移入が盛んで、淳和天皇の葬送に関するご
遺言により、儒教思想に因んだ散骨も行われました。
経国という名は、「文章者経国之大業、不朽之盛事」という名句に由来。

ここで文章というのは、やはり正統派の文章=漢文を指したものです。
文章博士の地位の変化とか、王朝国家体制への変容とその理由とかいったや
やこしいお話は避けますが、10世紀以降、文章(漢文)で身を立てていた文
人貴族たちの地位は低下するものの、この時代に登場した『土佐日記』ほかの
散文学を著したのは、専門の文章も書ける人々でした。
いわゆる女流文学者たちも、『紫式部日記』や『枕草子』などを読めばお分かりの
通り、学者の家に生まれ、漢詩文を理解した上でああした文学を書いています。

あやめさんが示されたのは、近世の例ですが、やはり儒学や漢文で名を売って
いた人々です。本居宣長は、無理をしてでも大和言葉にこだわりましたが。
日記でも、明治の広瀬武夫までは日記を漢文で書いていましたし、夏目漱石を
はじめとして、一流の文人は、一流の漢文が書けました。

48 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/27(月) 20:20:26 0
ましてや、平安時代の文化・制度面での超大国の影響力は、いかばかりか。
日本の文学は、香炉峰の雪から百代の過客まで、中国文学の素養の下にあった
訳で、あなたはそれを軽く見過ぎです。森鴎外の小説でも、平気で『漢書』など
から「掌上の舞」ほかを引いているでしょう。
谷崎潤一郎は、口語と大和言葉を中心に文章を組み立てていた人で、それは己
がだらだら派で、和語向きだからだと言っていましたが、世間並み以上の漢文
は書けましたし、必要とあらば、文語で名文も作っています。

追記:森家の長女の息子、名前が山田じゃっく(漢字が出ない)でした。

49 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 21:16:01 O
山野は馬鹿だな。
只今歴史の書換作業中なんだよ。

50 :世界@名無史さん:2005/06/27(月) 22:28:00 0
>>49
書換作業中っておまいさん……どこやらの国ぢゃあるまいしw

51 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 00:15:38 0
布施院定












という名前の人が九州に実際にいるらしい。(もちろん元イラク大統領とは別人)

52 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 00:54:52 O
金正日

53 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 00:58:22 0
ひとことで言えば、日本の文人は歴史的に絶えず中国人になりすますお遊戯に興じていたということですな。

沈南蘋、しなびたちんこがピンピンピンとくら。

54 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 01:03:15 0
マルクス・トゥーリオ→田中マルクス闘莉王

田中丸楠とかじゃダメなの?

55 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 01:06:30 0
関係ないが、中国に入った宣教師も中国風の名前を名乗ったわけだが。

例)マテオ・リッチ→利瑪竇

56 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 15:56:32 0
>>19
>於莵は、虎ないしは猫の事ですね
猫は於莵と呼んだ例があるかしら? 虎を「於莵」と呼ぶのは「春秋左氏傳」の宣公四年の
若敖氏の滅亡の個所に関連した記事に出てきます。書き下すと次のとおりです。
「初め若敖はウン(フォントなし、云の右に大里、鄖と同じ字ということなので以下では
鄖で代用します)に娶り、鬭伯比を生む、若敖の卒するや(伯比は)其の母に從がひ鄖に
畜(やしな)はれ、鄖子(鄖は子爵の國)の女(むすめ)に淫し子文を生む焉、鄖の夫人は諸
(これ)を夢(洞庭湖)中に棄てしむ、虎之を乳す、鄖子は田(かり)して之を見、懼れて歸り
以て(私通して生んだ娘に)告げ、遂に之を收めしむ、楚人は乳を穀と、虎を於菟と謂ふ、
故に之に命(なづ)けて鬭穀於菟と曰ひ、其の女を以て伯比に妻(めあ)はす、實に令尹子文
爲り」
令尹子文は「論語」に「三たび仕へて令尹と爲れども、喜ぶ色無し、三たび之を已むれども
慍(いか)れる色無し」と言われた楚の名宰相です。

57 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 16:38:52 0
>>42
「朝衡」は「朝臣」が「朝」に「仲滿」が字(あざな)で名の「衡」に対応した姓名です。
玄宗から姓名を賜ったというのは何を根拠としたものでしょうか?「新唐書」に
「姓名を易(か)へて朝衡と曰ふ」とある「易」を「賜」と見誤ったものでしょうか。
「舊唐書」では「姓名を改めて朝衡と爲す」となっています。

58 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 16:44:29 0
>>46
「李家豊」は「李」が姓で「家豊」が名というわけではなく、「李家」が「りのいえ」という
苗字なんです。

59 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 17:12:06 0
>>48
木の下に爵じゃなかったかしら。
なにしろ鷗外という人は「伊澤蘭軒」だったかに「康煕字典」にもない字を使ってるくらいです。
確か「噛む」という意味の普通の動詞で、固有名詞でもなく古典の引用でのない個所に使ってるんです。

60 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 17:25:21 0
>>51
「〇〇院」という地名は素直に音読できないのが多いです。
雲林院(うじい)安心院(あじむ)安居院(あごい)など・・・。
「布施院」も「ふせいん」と読んでよいものやら。


61 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 18:20:08 0
このように絨毯爆撃されては、>1は漢文嫌いになることが必定であろう。

陳元贇、ちんぽが元気でピンピンピン!

62 :1:2005/06/28(火) 18:28:39 0
いや、思わぬ良スレ化で1冥利に尽きます。

63 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/28(火) 18:33:48 0
>猫は於莵と呼んだ例があるかしら?
無いものを言うほど、ぼけてはおりませんよ。
中世後期以降の古辞書の中に、しばしば「於莵は虎の異名であるが、本朝
の世俗において、猫を指して用いる事もある」というのが出て参ります。
『和漢三才図絵』は、流石に虎に対してしか用いておりませんが。
我が国には、あなたもご存知の『猫の草子』にもある通り、猫を虎の小型版
と見做す風潮がありましたが、これは虎猫が一般的であった為。
『宇多天皇御記』に出て来るのは、珍しい黒猫で、『枕草子』、『更級日記』、
『古今著聞集』などに出て来るのも、白ないしは黒、或いは白黒二色がき
れいに分かれた猫ですが、各地の涅槃図に出て来るのは、虎猫が普通。
『松崎天神縁起』、『信貴山縁起絵巻』で、庶民宅で飼われているのも虎猫。
古くは、『倭名類聚抄』に、虎に似ると書かれており、近世には、東国方言で
猫の事を「とら」と呼んでいました。
狂言「犬山伏」から派生した猫の報恩譚で、猫の名前がとらのままなのも、と
らと言えば、まず猫として違和感なく伝わったせいでしょう。

>木の下に爵じゃなかったかしら。
正解です。

64 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 18:44:11 0
伊東マンショ

65 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 18:55:32 0
猫を虎と呼ぶことは大いにあったでしょう。
「於莵」が「猫を指して用いる事もある」という記載の報告ではなく、実際に
古書中に猫を指して「於莵」と呼んでいる事例があれば御教示ください。

66 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/28(火) 19:14:12 0
『壒嚢抄』巻五に、「猫を乙(おと)と云は何の故ぞ。(中略)世俗猫を呼て
於莵と云へば、猫則喜と云へり。若是を其の意を得ざる人、をとと云へば、
乙の字と思へる歟」。
『運歩色葉集』に、「世俗呼猫曰於莵」とあるぐらいですから、呼ばれもし
たでしょうが・・・。前者だけ見ると、二次的な名称に見えますが。

67 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 19:15:39 0
ついでだからもう一つ山野さんに請教します。
信長の正妻の齋藤氏(歸蝶)を一般に「濃姫」と呼んでいますが、海音寺潮五郎さんが
書いたもの(「武将列伝」だったか)に「これは漢文体の史書に美濃御前という意味で
濃姫(のうき)と書いたものを、学問の乏しい者がノウヒメと読み間違ったものだ」と
批判してたように記憶します。ところが最近ある学者が根拠を示さず、「歸蝶を濃と
書いたものもある」と書いてるのを見かけました。この辺は本当はどうなんでしょうか。

68 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/28(火) 20:09:01 0
信長関係の本は、あるにはあるのですが、範囲が狭くて・・・。
七日以内に、ご返答致しましょう。没年についても、諸説ある人ですが。
しかし、そもそも歸蝶という名前は、蘭丸(一例を除き、同時代史料では乱
丸)同様、近世に広まった名前であった筈なのですが。
しかし、読みはさておき、「濃姫」が所謂名前ではなく、綽名の様なもの
のなのは事実だろうとは、思いますが。

69 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 20:40:50 0
スターボウリングさながらの雰囲気つくるのやめれ。
おまいらのコンビ名は‘地獄へ道連れ’だ。

70 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 20:50:48 0
ジョン万次郎

71 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/28(火) 21:00:09 0
蝶と猫が出てきましたが支那の絵ではこの取り合わせは、とても芽出度い
モチーフということになってます。猫が座ってる上で蝶が舞ってる図柄を
長寿の祝いに描いてもらうというのですが、これを「耋耄圖」と言うのですが
「耋」は七十または八十のこと「耄」は八十または九十のことを言います。
蝶も耋も音はdieで、猫も耄も音はmaoなので長寿の寓意になるのです。

72 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:06:23 0
細川ガラシャ

73 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:10:52 0
匈奴大王吾丁羅攻西羅馬而敗契瑯牟,後転北伊,不可征,教皇礼緒説以神威護羅馬,
吾丁羅退汎濃尼亜,後即死於美女的腹上.嗚呼一英傑,当是一痛快事也!

74 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:14:13 0
殺女(あやめ)

75 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:14:14 0
イサム・ノグチ

76 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:17:01 0
唯留主景察屡凱旋羅馬.従兵皆曰,「禿頭的好色男帰還羅馬,市民諸君隠匿妻子!」.
衆人皆笑.景察屡亦以苦笑.

77 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:22:33 0
羅馬皇帝汪礼李敗於波斯.波斯王捨普瑠,使汪礼李為台座而乗馬.
是羅馬史上第一的屈辱事.捨普瑠刻岩壁是情景.世人見而知羅馬的頽勢.

78 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:27:02 0
えふすー

79 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:29:25 0
>>73>>76>>77
おもろいけど、大秦国の方が普通じゃね?

80 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:35:53 0
>>79
北伊とかあるから羅馬でいいだろ 当是とか好き

81 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:36:14 0
紗羅丁囲聖都.聖都陥.紗羅丁許使衆庶出城外帯私財.世人無不讃紗羅丁的寛大.

西軍占斡箇,而英王裡紗堵(世人曰是“獅子心的王”)見城塔上立墺太利公的軍旗.
裡紗堵憤怒,即使将士降墺太利公的軍旗,而掲英王的軍旗.蓋裡紗堵的強烈自負心,
亦短気的心情故也.
勿論墺太利公大怒,後為裡紗堵王的禍根.当評裡紗堵王大愚!

82 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 21:44:24 0
裡紗堵王有一弟,名捨.捨即編裡王的末子,一名失地王.
彼後陣中桃貪於死.世人嘲是以為愚王.

83 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 22:31:32 0
土屋先生の中国艶本大全でも読んで勉強してくれ。中国人のエロはそんなもんじゃないはず。

84 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/28(火) 22:52:10 0
>>73>>76>>77
二、三秒考えてから、笑ってしまいました。よく撰んで来られたものです。

85 :世界@名無史さん:2005/06/28(火) 23:57:00 O
チャンコロマンセー史観は本当にムカつくな

86 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 00:19:58 0
ピッコロ大魔王

87 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 00:43:03 0
風の谷のナウシカ

88 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 01:26:55 0
ジョルジュ長岡

    _  ∩
  ( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
  (  ⊂彡
   |   | 
   し ⌒J

荒巻スカチノフ
  _,,..,,,,_
 ./ ,' 3  `ヽーっ 
 l   ⊃ ⌒_つ
 `'ー---‐'''''"

89 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 05:22:13 O
カルビー

90 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 14:17:26 0
「猫の歴史」スレに鷗外の子女の命名に関するレスを書きましたのでコピペしときます。
483 名前:世界@名無史さん :2005/06/28(火) 21:44:48 0
なるほど
於莵というのは、「オットー」と「虎夫」とか「虎之助」とか
両方にかけた名前なのですね。最近の親も子供にバタ臭い名を付けますが、
これぐらいの教養のある親はなかなかいないでしょうね。
ところで、「不律」「茉莉」も何か、こういう漢籍に引っ掛けた意味が
あるのでしょうか。
484 名前:あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 12:31:03 0
「不律」とは筆のことです。支那古代のカテゴリー別辞典である「爾雅」に「不律は之を
筆と謂ふ」とあり、また「説文」には「楚には之を聿と謂ひ、呉には之を不律と謂ひ、
燕には之を弗と謂ひ、又た秦には之を筆と謂ふ」とあり、漢代の各地で筆をいろいろに
呼んでいたことが判ります。ただ発音は概ね近似していて秦の統一によって「筆」の
音が標準的になったことが判ります。
「茉莉」はジャスミンのことです。佛経にはしばしば見られますが茉莉はインドの原音を
転写したものかと思います。お経には「茉莉夫人」という賢い女性の話も出てきます。

91 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 14:18:20 0
続き
485 名前:あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 13:16:04 0
ついでに「杏奴」は「紅楼夢」の中の薛蟠が柳湘蓮を口説こうとして逆にぶちのめされる
場面の前後で、賈家の小間使いとして出てくる若い娘です。

92 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 14:29:44 0
          r─ -- 、._   _. -─‐ - 、_
          |f ̄`ヽ、:.:,: ̄:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.` ̄_二ニニヽ.
             |   、ヾソ:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.く  ,    }}
           l. _ニソ:.:.:.:.:.:ー_‐=;;=- 、:_.:.::.:ヽ:.:ヾ彡   /
             l  /:.::.:.:.; イ//´ ||     `ト、:.:.ヽ:.:Y′/
           ∨:.:.:.://,イ/  ||     |l llヽ:.:.:.:l /
           !:.:.:/ //レj __  l!  __ |l ||l, ヽ.:.:V
            |:.:ノ  l/ /'´         ̄` l|  l:.:.|
            l::l i j′,,..ニ,、     ',.ニ:-,、| i il:.:j
           V i i| /{i.:::;:,}     {i.::::;:,ト,j i ル′
            |州||レ‐ヾー'‐ 、___ , ‐`'ー'ヽ.l州|l|
                川j(l、::::::   ノ . 丶  :::::: l)リlハl
              价川ゞ、-- ´     `ー‐ノリリリリ'l  よ、よろしくですにゃ〜
            lヾ川〜'丶、   °_. ィ´"フノル′
                   j  ̄  l_,.-、
                  ,. <^ <.__  _//^>-、
                /: : : `ー-、_l ̄_// /.: : :ヽ
             /: : : : : : : : : | |: :/ /: : : : : :`、
              ハ.: : : : : : : : : : ̄'/ /.: : : : : : : :l
            {: :Y,: : : : : : : : : :/ / : : : : :、: : :ハ

93 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 19:41:10 0
あやめ嬢は、森茉莉みたいな糞ババアが憧れなんですか?
住んでるところは、同じように下北界隈の糞ボロアパートなんでしょうか?

94 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:25:20 0
押井と旅する男

95 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:31:46 O
京成

96 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:37:55 0
「カジを撃ったのはミサト」視聴者67%が勘違い 低年齢層の理解力に懸念
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/taiwan/1081862007/

97 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:50:51 0
京都大学の先生らしいぞ>>93

98 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 20:57:04 0
むしろイタリア語風にしようぜ!
ナポレオーネ
オッディ ノブナグッティ
ジョルジュ天皇
シヴァセーヌ
カヌーウ ウンチョ−レ

99 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 20:59:07 0
>>92
よくできてるわね
>>93
「嬢」でもなく「糞ババア」でもなく
>>94
押井守さんに乱歩作品を映画化してもらうのもいいかも
以下意味不明

100 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 21:15:01 0
オディウス・ノブナジウス
トユトゥミウス・ヒデイス
トクジウス・ヤースス

101 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/29(水) 21:21:28 0
明治初期の翻訳小説では登場する西洋人の名が漢字で表記されることが多かったようです。
ジュール-ベルヌ原作の「二年間のヴァカンス」を森田思軒が訳した「十五少年」が典型例です。
訳文も漢文読み下しみたいな硬い会話だったりしてます。
以下が登場人物のリストです。
伊播孫,韋格,乙部,雅涅,虞路,圭兒,胡太,胡布,呉敦,左毘,弱克,善均,
杜番,土耳,排克,馬克太,福倍,武安,武蘭,武婁,慕員,莫科,祿屈,倭東
「十五少年」は「十五少年漂流記」のタイトルで少年読物の定番となっています。皆さんのお宅にも
あるんじゃないでしょうか?このリストと対照して原名を当ててみませんか。

102 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 21:47:23 0
どれもワケワカメだ。当時の人間は不自然に思わなかったんだろうか。

103 :暴れん坊教員 ◆DxURwv1y8. :2005/06/29(水) 22:00:39 0
明治も後半ですが、夏目漱石の『こころ』には、主人公と先生が墓参りをする場面で、
主人公が「安得烈」とか書いてある墓碑銘の読みを聞く場面がありますね。
先生は苦笑しつつ「アンドレとでも読ませる積もりでしょう」と答え、主人公はそういった様式に滑稽さを覚えています。
やはり当時としても少しは不自然だったのでしょう。

104 :世界@名無史さん:2005/06/29(水) 22:42:05 0
朝鮮の独立運動家:安得烈(1885〜1932)とかいそう。何となく。

105 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 00:16:33 0
明治時代には小説以外でも、哲学者のカントを韓図と書いたりしていた。

「かんず」と読んだヤツ絶対いてたと思う。

106 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 00:58:24 0
芥川龍之介の話ではある文士(名前失念)はチェホフを「智慧豊富」と戯書したそうです。

107 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 02:14:36 0
六車家々とか

108 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 03:02:33 O
阪神金本

109 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 03:43:39 0
某番組で有名になったやつ
シンデレラ→お辛(おしん)
ネロ→清
パトラッシュ→斑(ぶち)
ハイジ→楓
ペーター→辨太(べんた) 
アルムおんじ→爺(おやぢ)
ロッテンマイヤー→古井(ふるい)
クララ・ゼーゼマン→本間久良子

110 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 14:29:15 0
「猫の歴史」スレの鷗外の子女の命名に関するレス続き
486 :世界@名無史さん :2005/06/29(水) 19:37:11 0
「茉莉夫人」と「小間使い」ではちょっと差がありますなあw
「杏奴」ってどんな意味があるんでしょうか。
後、「類」や小説の人名ではありますが、「半子」とかは?
490 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 00:17:40 0
>>486
「夫人」と「小間使い」では差がありすぎるのは確かです。「杏奴」の由来ですが「杏」という字は
董奉という医者が廬山で開業していて、病気が治ったときは重病なら杏木を5株、軽病なら
1株を植えさせたところ林ができてしまったので、世間で董仙の杏林と評判したという話が
「神仙傳」にあります。「杏林大学」とかもこの故事から来た者でしょう。この「杏」がアンズか
イチョウか判然としません。鷗外は医者が本職なのでこの字を使いたかったのかもしれません。
で「奴」ですが本義は女奴隷ですが、女子の謙称として「わらわ」の意味で用いられることがあり、
少女の名に愛称として使われることもあります。「紅楼夢」の場合もそれでしょう。ところで
「杏」の讀音に本来の「きょう」を採らず、唐音の「あん」に敢えて従ったのは突っ込みどころと
言うべきか些か苦しいところです。鷗外漁史もこんなに次々と子供が出来てしまうのは想定の
外であったのかもしれません。

111 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 14:32:10 0
「猫の歴史」スレからのコピペ続き
493 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 00:49:55 0
「類」となると鷗外がいかなる思惑でこんな字にしたのか類推に苦しみます。
西洋風の名に付ける漢語が思いつかずめんどくさくなってたのかもしれません。
「半子」は迴紇の骨咄祿毘伽可汗が唐の徳宗から咸安公主の下嫁を得たので、
恭敬な態度で上書して、「昔は兄弟たり、今は婿にして半子なり」と言った
故事から女婿を「半子」とも言うようになったのです。このことは新旧の
「唐書」の「迴紇傳」に出てきます。これも鷗外がアイディアに窮した末の
採用でしょう。

112 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 15:22:10 0
中国人を二億人くらい日本に帰化させるスレ

113 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 15:32:30 0
>>102
戦前くらいまでニューヨ−クを「紐育」ワシントンを「華盛頓」ウィーンを「維納」
パリを「巴里」または「巴黎」などと書くのが洒落てるというセンスが、けっこう
支配的だったりしてましたからね。もっとも単に「おっしゃれー」だけじゃなく
出現頻度の高い地名の場合は、新聞などでは植字の簡易化や紙面スペースの
節約などの実際的要請もあったようです。

114 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/30(木) 15:52:23 0
>>103
「聖安得烈傳道團」という英国聖公会の系列のキリスト教組織があったようです。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~jhntakna/AM%20&night%20school.html
現在も横浜の聖公会の教会は「聖アンデレ教会」と称してるはずです。

115 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 16:36:40 0
森茉莉の長男が山田爵(ジャック)でこれも鴎外の命名ですね。
どこかの大学のフランス語の先生だった人で、お父さんは山田珠樹。



116 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 19:13:00 0
舞姫商人

117 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 19:13:21 0
呉清源
呉泉

どっちが帰化名だかわかりにくい例
「呉清源というは白楽天というがごとく呉泉というは白居易というがごとし
即ち呉氏は本名をそのまま帰化したわけなのである」とは
観戦記者の三堀将氏の言。

118 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 22:13:20 0
孫文→中山 樵

119 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 22:38:27 0
まあ、むかしの日本人が唐風の名前を名乗って遊んでいたからといって、
日本人としての誇りを棄てていたわけではないようだ。
高島俊男センセの「漢字と日本人」によると、万葉集の、

印結而我定義之住吉乃濱乃小松者後毛吾松
しめゆひてわがさだめてしすみのえのはまのこまつはのちもわがまつ

という歌は、支那の書聖王義之=習字ティーチャーの意味の和漢まぜこぜ語「手師」ということで、
「義之」と書いて「てし」と読ませるおふざけを入れてるとの由。
漢字や大陸文化をありがたがり重宝する一方で、
一歩引いたところから冷静かつ自由自在におちょくりこかしていたのが古代日本人であるといえそうだ。

120 :世界@名無史さん:2005/06/30(木) 23:55:33 0
「魔邪亞留」

>>104
朴念仁(1875-1914)も忘れるなよ。

>>105
韓図は言うまでもなく韓国人(当時の李氏朝鮮北部出身)

教育勅語と戦陣訓って(他にもいろいろありますが)元々漢文で描いたのを書き下したのでしょうか。
それともただ漢文調に書いただけなのでしょうか。
軍歌の敵は幾万はもともと漢文で書いていたのを書き下したものだそうですが。

121 :世界@名無史さん:2005/07/01(金) 04:18:59 O
呉智英

122 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/01(金) 11:34:04 0
「濃姫」についてですが、やはり、講談や小説で広まった呼び名で、美濃から
来た正室というほどの意味なら、「濃御前」や「於濃の方」が相応しい。
近世には、「鷺山殿」とした書もありますが、この方がそれらしいですね。
「濃」だけであれば、通称として間違いではなさそうですが、濃姫か濃御前か
が問題です。「歸蝶」自体が、そもそも怪しいのですが。

>101絡みで、もう一つ。
団友太郎、段倉、梁谷法師。これは、明治の「岩窟王」の訳。
照蔵が代官に強要され、息子の頭の林檎を刀で貫くという話もありました。
『ハムレット』や、『ロミオとジュリエット』の翻案・翻訳された時代です。
勿論、照蔵以下の翻案物は、舞台を日本に移してある訳ですが。
古いものだと、『伊曾保物語』でしょうか。エジプトなども出て参りますが、
描写は完全に中世日本の「御伽草子」のそれです。

123 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 03:19:30 O
珍島物語

124 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 09:23:09 0
>>122
>照蔵が代官に強要され、息子の頭の林檎を刀で貫くという話もありました。

「ウィリアム・テル」の翻案なんだろうけど刀ってのが何だかなぁ。
弓の名手っていえばすでに那須与一がいるから使えなかったのかも知れんが
どうせなら悪大韓、もとい代官が照蔵の息子を船に乗せ、その頭の上にリンゴを乗せて

「照蔵!きさまの弓で岸からこのリンゴを射抜いてみよ!」

ぐらい言わないと。(すれ違いすまぬ)

125 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 11:58:03 0
>>122
「濃姫」の件どうもでした。やはり通常は住居の名称で間接表現というのが多いんでしょうね。
「武田信玄」の大河ドラマでは正室の三條氏を腰元などが「三條様」なんて呼んでましたけど、
彼女は通称が伝わってないんでしょうかね。

「巌窟王」の登場人物
團友太郎(エドモン-ダンテス)お露(メルセデス)次郎(フェルナン)野西子爵(モルセール)
野西武之助(アルベールド-モルセール)段倉喜平次(ダングラール)蛭峰重輔(ヴィルフォール)
梁谷法師(ファリヤ)森江良造(モレル)森江眞太郎(マクシミリヤン-モレル)野々内彈正
(ノワルティエ)粕場毛太郎次(カドルツス)
翻案ではなく翻訳の場合であっても、大衆新聞の続き物ですから一般の日本人に親しめる
呼び方にしたのでしょう。人名ではないけどシャトー-ディーフを泥阜監獄としたのは
感じが出てますね。

126 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 12:02:05 0
>>122>>125
ここは【日本国籍に無理やり帰化させるスレ 】なので
日本の人物の名前について論議するのは板違いだと思うよ。
そういう事がやりたければ日本史板に移動してやるのが筋でしょう。
どうしても世界史板でやりたいって言うなら、雑談スレかな?どこが雑談だという話だけど。

127 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 12:06:58 0
沙比阿著・坪内雄蔵訳「該撒奇談-自由太刀餘波鋭鋒」(カイザルきだん-じゆうのたち
なごりのきれあじ) ジュリアス-シーザー
西基斯比耶著・井上勤訳「西洋珍説-人肉質入裁判」こっちはすぐ判りますよね。


128 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 13:41:43 0
そう言えば出てきてないなと思って話題を一つ

日露戦争時に日本海軍はロシア艦を識別する際に艦名を適当にもじって
呼ばせてましたな。「アレクサンドル三世→呆れ三太」、「アリヨール→蟻寄る」
なんかは有名どころ

129 :1:2005/07/02(土) 14:25:54 0
>>126
スレ立て主に権利があるのかどうか知りませんが、無問題としました。

130 :1:2005/07/02(土) 15:04:08 0
騙り乙につき晒しage。

そもそも立てた奴にそんな権利は無いけどな。

131 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 15:10:12 0
>>129-130
どっちが本物かは知らんが、スレ主が何を言おうが板違い。
日本の姓について語ったり、名前について語るのは日本史板にスレが
あるからそっちでドゾ。

家系厨が湧くから日本史板は嫌だとか言っといて、こっちで日本の姓の話されてもな。

132 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 15:13:18 O
>128

クニャージ・スワロフ→国親父座ろう

ドミトリー・ドンスコイ→ゴミ取り権助

133 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 15:16:55 0
>>128
中でも傑作は「ドミトリー-ドンスコイ」が「ゴミ取り権助」

134 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 15:18:08 0
かぶってしまった

135 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 15:25:38 0
日露戦争時代の新聞にはクロパトキンを「黒鳩公」と書いたりしてました。

136 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 15:44:04 0
久里浜のペリー公園にある「北米合衆国水師提督伯理上陸記念碑」は伊藤博文の
揮毫ということですが、ペリーが日本國皇帝に奉呈した国書の日本語訳文には
合衆國大統領を「伯理璽天徳」と表記していて、「プレジデント」の音写らしく
伊藤公が勘違いしたものかもしれません。

137 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/02(土) 16:00:00 0
明治のお雇い外人で十五代目の市村羽左衛門の実父といわれているル-ジャンドルは
「李仙得」と署名してたそうです。これは彼が駐廈門総領事の当時に付けたものらしい。

138 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 18:02:48 O
イスンヨプ

139 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/02(土) 19:06:32 0
>>124
>刀ってのが何だかなぁ。
舞台で実演したので。小弓はまだ遊ばれていた時代ですが、流石に危険です。
翻案ものといえば、落語の「死神」もありましたね。

140 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 21:45:37 0
立原正秋

141 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 21:53:12 O
柳宗民

142 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:17:53 0
あやめ=在日チョソ

143 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:27:34 0
チャングム見れ

144 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:34:21 0
恵理座辺都皇后様

145 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:37:35 0
一条さゆり

146 :世界@名無史さん:2005/07/02(土) 22:45:31 0
>>124>>139
投げナイフの手品の仕掛け(タネ)も結構古いみたいなんで、芝居ならそれを使ったのでは?
弓矢だとタネがばれやすいから。

147 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 00:54:23 0
>>140
金胤奎やね。それを知っているとは貴様、文学ヲタだな。

日露戦争の鹵獲艦名
インペイラートール・ニコライ・一世→壱岐
ポピエダ→周防
ポルタワ→丹後
レトゥィザン→肥前
ペレスウェート→相模
オリョール→石見
ヘドウイ→皐月
アンガラ→姉川

148 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 03:51:16 O
新井貴浩

149 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:26:54 0
>>120
教育勅語も戦陣訓も、もともと漢文ではなく書き下し文調で書かれた物です。
明治時代の公的な文書は原則として、漢字カナ(カタカナ)混じりの書き下し文調です。
太政官令は殆ど漢文でカナは送り仮名程度ですが、語順は日本語です。
「敵は幾万ありとても」は軍歌としての曲名は「敵は幾万」です。
これは、最初、新体詩として発表されたものなので、始めから漢字かな(ひらがな)混じり文
でしょう。元の表題は「戦景大和魂」と題する8章の詩で、そのうち3章を選んだものです。
山田美妙斎『新体詩選』(明治19年刊)の中にありますが、その前に雑誌などに掲載された
かどうかは不明。作詞者の山田美妙はおそらく漢文は書けなかったかと。

150 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 10:31:39 0
シラノ・ド・ベルジュラック→白野弁十郎

151 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 16:23:48 0
友情

152 :世界@名無史さん:2005/07/03(日) 20:38:23 O


153 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 01:11:14 0
山村美紗?

154 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 04:13:46 O
金保牧師

155 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 09:24:17 0
温八つぁん

156 :世界@名無史さん:2005/07/04(月) 19:17:32 0
氷屋のおっさんにおこられた 「コリャ」

157 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 07:53:02 O
草薙剛

158 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/05(火) 20:49:48 0
>>101
「十五少年」の漢字表記の正解を出しておきます。
杜番(ドノバン)虞路(クロース)武安(ブリアン)馬克太(バクスター)乙部(ウェッブ)
韋格(ヰルコクス)雅涅(ガーネット)左毘(サービス)善均(ゼンキンス)伊播孫(イバーソン)
土耳(ドール)胡太(コスター)呉敦(ゴルドン)弱克(ジャック)莫科(モコー)圭兒(ケート)
福倍(フホーベス)倭東(ワルストン)排克(パイク)祿屈(ロック)胡布(コープ)武蘭(ブラント)
武婁(ブルーク)慕員(ボウドヰン)
原作の読み仮名に準拠しました。

159 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 21:02:05 O
新井将敬

160 :世界@名無史さん:2005/07/05(火) 21:22:44 0
所謂トルコの当て字は日本では「土耳古」だけど
中国では「突厥」になるんですか?
あと、オスマン朝の当て字てのは存在しないんですか?

161 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 01:49:23 O
ペヨンジュン

162 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 02:05:11 0
>>158
      ,-――――――-.
      /           |
     /           |
     /             |
    l"   善均寿司   l
   ,、_lー-―――――‐--、/l
   i ト、ミミ ,r‐- 、``'ニ=‐、.彡リ.
   ヾ,iハ゛.´ _,,、_  i.; _,. ` 彡'i)
    `、j,'  `゚''´:.ノ i::<・ゝ) .ハン
     i,   ` ,、/ i_ `` ,r'
   ,r〃'i  ,r'ヽ、 _,〉  /.
   /i:ト、;;i,  ミ=_‐_-, 'i /ヽ__
r-‐'´i::::ハ;;ヾ、‐‐-、  ノ´/i:::'i`i‐- 、_
::i' .l:i 'i::::i ヾ;;`‐---‐'i':/ i、 'i::! i::::i `
:i' i:| !:::l _,r.、;;;;;,r''´ヽi. ll::i i::i l:::'i

163 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 15:41:11 0
>>158
武安(ブリアン)が主役格で、弱克(ジャック)が出来の悪いその弟、呉敦(ゴルドン)は最年長で温厚で誠実、
杜番(ドノバン)は御大家のお坊ちゃまで敵役と記憶しますが、文字に訳者の好悪が出ているような・・・



164 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 16:13:58 0
>倭東(ワルストン)

中国の反日デモのプラカードに書いてありそうな名だな。

165 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 20:24:50 O
井川遥

166 :世界@名無史さん:2005/07/06(水) 22:57:03 0
田中角栄、小卒

最強の漢詩を中国にて披露。
まがりになりにも漢文が書けたのは戦前教育のおかげか・・・

167 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 00:50:46 0
>>166
いや、いくら戦前教育でも漢文までは無理かと。
やっぱり独学したんでしょう。

関係ないがとりあえず「けざわひがし(毛沢 東)」と書いてみる

168 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/07(木) 01:02:43 0
漢文で育ったのは、大正一桁までは多く生きていた所謂「天保老人」たちが
最後の輝きを放った世代で、素読で5歳頃から『十八史略』等を読んでいま
したが、彼等が死んで、新聞等の投稿詩から漢詩が次第に消え、新体詩が
はばをきかせる様になりました。
曲りなりにも嗜んでいたのは、永井荷風あたりが最後の世代です。彼の父
は著名な詩人で、当人も作詩はしましたが、新体詩の方が多い。
漢文どころか、戦前から文語文が廃れかけており、最後まで残ったのは軍
と銀行とお店の宣伝文でしたが、それも戦後には廃されました。
田中氏の場合、秀吉の和歌並みの漢詩ですし、独学でしょう。
それでも、えらい事だと思いますが。

169 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 08:42:38 0
>>149
レスありがとうございます。
返信遅れてすいませんでした。
私自信も検索してみたのですが教育勅語は漢文に即変換できるようですね。
日本に留学していた清の知識層は漢文知識は普通にあったようですから上記教育勅語の変換は簡単だったらしいです。
「敵は幾萬」については勉強不足でしたね、勉強になりました。

170 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/07(木) 12:44:43 0
「教育勅語」の草稿は漢学者の元田永孚ですから当然に漢文で作ったと思います。
  朕惟我皇祖皇宗、肇國宏遠、樹徳深厚、
  我臣民、克忠克孝、億兆一心、世世濟厥美、
  此我國軆精華、教育淵源、亦實存此、
  爾臣民、孝于父母、友于兄弟、夫婦相和、朋友相信、
  恭儉持己、博愛及衆、修學習業、以啓發智能、成就徳器、
  進廣公益開世務、常重國憲遵國法、
  一旦緩急、義勇奉公、以扶翼天壌無窮之皇運、
  如是者獨非朕忠良臣民、斯道實我皇祖皇宗遺訓、子孫臣民倶所遵守、
  通之古今不謬、施之中外不悖、
  朕庶幾與爾臣民倶拳拳服膺、咸一其徳、
大体はこんなところで助字が足されているかもしれません。
また次のような典故が引用されています。
克忠(商書) 克孝(周頌) 世濟其美(左傳) 拳拳服膺(中庸) 咸一其徳(商書)

171 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/07(木) 13:16:34 0
秀吉の和歌は巧拙はともかく和歌になってますが、田中氏のは漢詩になっていません。
詩は韻文であるということを頭から無視して、漢字を並べてるだけです。

172 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/07(木) 13:41:07 0
>>170
あと「友于兄弟」は「周書」に出てきます。

173 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 17:09:07 0
日本国籍の者を無理やり他国に帰化させるスレ

テンプレ

日名 
漢名
中名 
羅名 
伊名 
仏名
独名
英名

174 :世界@名無史さん:2005/07/07(木) 20:13:00 0
日名  本多忠勝
漢名  源忠勝
中名  本忠勝
羅名  ホンディウス・タダクス
伊名  ホンディーネ・タダッキーチ
仏名  ホン・デ・タダーク
独名  ホンダース・タダカーツ
英名  ホンディー・タダキー

175 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 01:25:31 0
無理強いしてどうすんだ

176 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/08(金) 01:28:23 0
日本名が「源忠勝」でも、別に問題は・・・。

177 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 02:22:05 0
軍事板で大人気の辻政信
中国潜伏時の名前は時政信、あるいは史政信
辻は国字だからです。

178 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/08(金) 18:50:11 0
戦前に北京に居住していた京劇の批評家の辻聽花という人は、有名俳優からも敬重された
人で、芥川や谷崎などが来華して京劇を鑑賞する際にはストーリーや見所などを解説したと
いうことです。この人は支那人に対しても終始「辻」姓を称していましたが、発音は「十」の
音に従がって/shi/としていたようです。

179 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 20:18:58 0
>>168
漢文を読まなくなってから(=中国の古典に触れないようになってから)、
すなわち大正以降、日本人から「歴史感覚」(その場その時に限ってではなく、
何十年何百年のスパンで、自分の行動が一体どういう評価を下されるのだろうか
と考える、後世の目に対する強烈な自律心のようなもの)が急速に失われていったと、
司馬遼太郎が確か『街道をゆく』で指摘していました。これはなるほどと思いました。

180 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 23:35:27 0
>>179
田中芳樹のいう「後世の歴史家」を意識しなくなったというわけですな。

181 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/08(金) 23:43:56 0
>>179
明治の元勲たちの書簡などを読んでいると、史学も(未来の政治家とも成り
うる)留学生の学ぶべき「実学」扱いなのですよ。
それが、今では「何の役に立つのか」ですからね。近現代史だけ学んでいれ
ばいいという人もいますが、そもそも近代という区分自体、それまでの流れ
によって形成されたもので、何時から近代かという問題もあります。
自分が今いる「位置」を知る為にも、歴史は学んでおくべきものですよ。

182 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 23:50:56 0
まあでも、キリスト教的終末観の流布と核の完成と、
昔ほど後世なんて言葉信じられないけど。

183 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 01:01:27 0
チャーリー・コーセイ

184 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 14:31:12 0
頼山陽の『日本外史』は幕末の青年層に最も好まれ、これが読めないと「文盲」扱いされたほど
ポピュラーなものですが、昭和15年に岩波文庫版は「昨今の学生の読解力」にあわせて、
書き下し分に改めています。監修は頼家の人。
大正生まれから、漢文の能力が低下したようです。


185 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 22:56:21 0
治部助=ジュ・ブスケ

186 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/09(土) 23:14:02 0
>>184
作家の故山本夏彦氏は、樋口一葉の知人数十人と知り合いだった人でしたが、
文語文を懐かしみ、文語・漢文が使いこなせ無くなった世代は、『日本外史』を
読みこなしていた以前と以後の世代に分かれると述べておられました。

187 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 23:19:33 0
>>118
>孫文→中山 樵
「中山きこり」て少女漫画家か同人腐女子が使いそうな名前だな。

リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵→青山栄次朗

188 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/10(日) 00:26:36 0
紅衛兵の気炎が熾烈だった時期に北京だかに出かけた有吉佐和子女史、かの地の青少年男女が
余りにも歴史知識が欠如してるので「あなたたちは余りにも自分の国のことを知らなさ過ぎます、
十八史略を読んだことある人は手を挙げて」と尋ねたところ一同キョトンとした顔で無反応。
「これじゃ中国の文化は亡びます」と書いてましたが、「十八史略」は支那の青少年は愚か学者でも
読んだ人は稀でしょう。この本は専ら日本で持て囃された著述で本来は幼学のために刊行された、
「解かる!三角の基礎」みたいな代物ですから。ただ宮崎市定さんも「わりとよくできてる」と仰せで、
その一端として「例えば呉越の銭鏐の鏐にはリウとキウの両音があるが、この本の注にはちゃんと
音留と出ていて、痒いとこに手が届くようになってる」と褒めてます。巻数が確か四巻だったかと
非常にコンパクトなとこが手軽で便利だったんでしょう。因みに支那人がおおまかな史実だけを
手っ取り早く知りたい場合に利用するのは呉乘權の「綱鑑易知録」が多いようです。これは現在も
中華書局の標点本が出いて、原注のほか見出しの年次には西暦が、地名には現地名が補注されて
便利になってます。全8冊3000ページ。


189 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/07/10(日) 00:44:30 0
今ググッてみたら「十八史略」の巻数は原刊本が二巻、音釈を附刻した本が
七巻ということです。

190 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/07/10(日) 00:52:04 0
光緒元年に出ていますね・・・。>『日本外史』
開国以前から、『吾妻鏡』や荻生徂徠の著作は、清に伝わっていたそうですが。
(なお、前者の評価はあまり芳しいものではありませんでした)
『遊仙窟』はともかく、日本に残っていた散逸書が喜ばれたり。

191 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 02:54:41 0
>>188
だが、十八史略のせいで臥薪嘗胆という変な故事が生まれたという罠。
史記、呉越春秋に臥薪嘗胆は出てこない。

て、この話は昔トリビアスレで書いたな。

192 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 04:09:44 O
日本史話に無理やり帰化させるコテハンとそのスレに改題しろ

193 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 04:29:47 0
二夜穂・二夜穂玉九郎 

194 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 05:04:50 0
>>192
いや、それよりも「古代中国人は白人だった。」スレが「エロツアー」スレになっている方が問題だと思うぞ。


俺もいくつかそのスレにカキコしてるけどな(笑)

195 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 10:36:30 0
エロツアーねえ・・・

中国板だと、「今の厨獄塵のほうがよっぽどひどいぞ!」「華僑の幼女処女買いは東南アジア中で嫌われている」的なレスがすぐ付くんだけどね。
世界史板だとどうなるのか、ちょっと楽しみ。

196 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 10:38:25 0
愛親覚羅浩

197 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 18:22:40 0
>>181
スレ違いです。ついでにいうと板違いでもあります。
適切なスレ、板に移動しましょう。

198 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:00:29 0
クマー

199 :世界@名無史さん:2005/07/11(月) 23:17:22 0
このあちこちでクマーとか言ってる奴って、もしかして同一人物?

200 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 23:36:37 0
200get記念

必虎勇源太

201 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 20:47:52 0

■■ 韓国・朝鮮からの帰化者、既に30万人も ■■

・数字は1952年からの帰化者累計(それ以前は不明)
・現在の在日韓国・朝鮮人の人口は約63万人(うち特別永住者が約53万人)
・1995年以降、毎年約1万人のペースで帰化している
・帰化者が増える中、なぜか在日人口がほとんど減っていない
・帰化者の85%は日本人との国際結婚
・ダブル(ハーフ)も既に20万人近くいる
・韓国人の不法滞在者は今年1月で5万6千人
・ニューカマー、帰化者、ダブル、クォータ、まで合わせると約130〜200万人

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1024065041/
http://www.moj.go.jp/TOUKEI/t_minj03.html

ドンドン日本に帰化させて、日本人種、日本民族を滅ぼすのが半島人の狙い。

202 :世界@名無史さん:2005/07/14(木) 23:17:11 0
そういえばセイン=カミュが日本の言葉で一番好きなのは「一期一会」だと言っていたのですが
最初はそれ中国の四文字熟語じゃない?と思っていたのですが
調べてみると日本で作られた言葉、確か千利休。
セインへの好感度がアップしました。

203 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 00:05:56 0
スティーブン・セーガルの娘って、なんて名前だっけ?
ガメラに出てたよな。

204 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 02:36:20 O
藤谷セガール文子

205 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 11:23:47 0
イングリット・フジ子・ゲオルギー・ヘミング

206 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 11:25:56 0
レ・リ・ヘイスリップ

207 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 03:50:00 O
葉千栄

208 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 01:36:10 0
マイケル富岡が明智光秀を演じた件について

209 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 12:42:27 0
フランク・オーテンジォ→王天上

210 :おぎまる ◆JJi5gOTcvk :2005/07/18(月) 22:00:31 0
どうでもいいけどね、本多忠勝は藤原北家兼通流だから唐名は藤忠勝ですよ。
彼は中書を称することが多かったみたいね。中務大輔だったから。

211 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 22:14:26 0
矢野マイケル

212 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 23:43:12 0
マイケルマイケル日本語わからない

213 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 09:16:14 0
>>210
本当にどうでもいい話だね。世界史板にとっては。

214 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 23:33:33 0
新井将敬

215 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 05:10:15 O
朝鮮総連

216 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 10:46:21 0
釈超空→折口信夫

217 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 15:36:09 0
折口信夫→Mr.H・G

218 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 17:22:25 O
金本兄貴

219 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 17:58:01 0
武蔵丸光洋
小錦八十吉
渡辺大五郎

220 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 18:07:37 0
位置詩根

221 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 18:51:41 0
疎微獲吐社会主義共和国連邦最高指導者古史猪夫

222 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 02:16:16 0
イザヤ・ベンダサン→山本七平

223 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 11:04:13 0
鷺澤惠

224 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 02:09:00 0
琴欧州

225 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 20:43:21 0
滝川クリステル

226 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 01:17:01 0
玄月

227 :世界@名無史さん:2005/07/28(木) 13:16:10 O
金原ひとみ

228 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 12:17:03 0
休日は京浜急行で安針塚へ

229 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/08/02(火) 18:39:25 0
>>190
「前者の評価はあまり芳しいものではありませんでした」の「前者」は「吾妻鏡」を指すもので
「日本外史」ではないんでしょうね、念のため。
「日本外史」が清人に知られるようになったのは元治元年(清の同治三年)に上海を訪れた幕吏
山口擧直が道員の應寶から巖垣松苗の「國史略」が読んでみたいと求められたけれど、生憎と
所持していなかったため「日本外史」を贈ったのが最初だそうです。「國史略」は文政中の初刻で
古代から豊臣時代までカヴァーしてるので、明治初年まで教科書代わりに流行したようです。
当時の清朝人士にとっては意外にも「日本外史」より「國史略」の方が著名だったようです。
しかし以後は「日本外史」の方が大いに評判になったようです。ただ「日本外史」については
文章に倭習があると貶す向きがあります。最近では高嶋俊男さんなんかはクソミソですね。
サイデンステッカーだったかも鹽谷宕陰に比し頼山陽はだいぶ落ちるみたいなことを言ってた
記憶があります。ただし吉川幸次郎さんは山陽の倭習はさほどでもないと評価しています。
もっとも日本史プロパーの用語−例えば「犬追物」などは註を附すか本文中に解説を加えるとか、
唐山の読者を意識した配慮も欲しかったと評しています。

230 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/08/02(火) 18:41:14 0
そして清人からも山陽の文章は賞譽されています。光緒五年に錢懌という文人が批語を附刻した
「日本外史」を上海で問世し、山陽の文名がかなり広まるようになったようです。この批評本は
見たことはありませんけど20年ほど前に海音寺潮五郎さんが古書店の販書目録に出てたものを
注文し、入手した本書の紹介を雑誌に書いたものを読んだことがあります。それによると錢氏は
随所で山陽の文章を誉めまくっています。源氏の系譜の発端を叙した何でもない部分からして
筆力が雄偉だというようなことを言っています。また例の川中島の一騎打ちの個所など最高に
持ち上げています。海音寺さんはかねてから「日本外史」の漢文に傾倒していたので、吉川氏と
錢氏の積極評価には大いに意を強くしたようでした。

231 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 20:31:32 0
日本史オタうぜえええ

232 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 22:04:38 0
あやめの中の人も完全復活か?

初代セネガル大統領のくろんぼが、フランス語文学で賞賛される詩人だったみたいなものだな。

233 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 00:10:05 O
王東順

234 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 00:37:05 0
呆三太大王

235 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 00:47:04 0
岩太郎・・・軍制と官僚制を整備し、国家の西欧化に努める。

岩三郎・・・軍事ヲタク。妻のクーデターによって廃位。

236 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 01:51:37 0
>>232
こっちの方が近いかも
「World Haiku Association」
ttp://www.worldhaiku.net/
リンク
ttp://www.worldhaiku.net/links.htm

237 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 11:57:55 0
>>229
>ただ「日本外史」については文章に倭習があると貶す向きがあります。

頼山陽の文は、読み下した時に格好が良いようにできてるからなぁ。
高島俊男みたいな元中文プロパーからすれば、
インチキ中国語みたいに見えてしまうんだろう。


238 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 12:05:29 O
邸永漢

239 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 21:50:39 O
お前らつまんない事言ってねーで和田アキ子について語ろーぜ

240 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 21:55:28 0

 YAP+型は“縄文系”の男性とみられる。宝来聡・総合研究大学院大学教授
(人類学)の研究では、アイヌ民族の88%にYAP+がみられる。古い形質を
残した遺伝子型のようだ。このタイプはアジアでは日本列島だけにあり、朝鮮や
中国、シベリアにはみられない。世界を見渡しても日本人のほかには黒人にしか
みられない変わった遺伝子型だ。

 中堀教授は、YAP+の集団を「タイプ2」とした。タイプ2は、都市部では
北から南まで均等に分布し、金沢、福岡、大阪、札幌のいずれで調べても、人口
の三割程度を占める。しかし本州や四国の山間部では五割を占めていた。
弥生人に追われた縄文人という通説にほぼ合致する結果だ。精子濃度が薄いという
特性があるという。

http://www.horagai.com/www/salon/edit/ed2003g.htm

アジアでは日本列島だけにあり、朝鮮や中国、シベリアにはみられない
アジアでは日本列島だけにあり、朝鮮や中国、シベリアにはみられない
アジアでは日本列島だけにあり、朝鮮や中国、シベリアにはみられない
アジアでは日本列島だけにあり、朝鮮や中国、シベリアにはみられない

241 :世界@名無史さん:2005/08/04(木) 00:02:41 0
フィリピンのコラソン・秋野大統領が来日して「ハイク」を詠んだのも遠い日の想い出だな…

242 :世界@名無史さん:2005/08/06(土) 11:24:11 0
大正区はけっこうアレな土地柄だからな>239


243 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 21:10:37 0
にしきのあきら

244 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 23:03:35 0
砂沢ビッキ

245 :世界@名無史さん:2005/08/10(水) 06:02:48 O
和田サン
アツいヤバいマチガイナい!

246 :世界@名無史さん:2005/08/12(金) 12:13:05 0
又吉イエス

247 :世界@名無史さん:2005/08/12(金) 23:25:25 O
オーヤンフィフィ

248 :世界@名無史さん:2005/08/13(土) 05:07:25 0
兼子二郎→ビートきよし

249 :世界@名無史さん:2005/08/14(日) 14:11:55 0
チャールズ・ブチンスキー→チャールズ・ブロンソン

250 :世界@名無史さん:2005/08/28(日) 21:27:50 0
アンドラシュ・グロフ→アンディ・グローヴ

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