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鎖国していたら日本は超大国になれた

1 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:22:24 0
まちがいない。


前スレ
「鎖国」がなかったらどう変わったか
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1114874805/





2 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:25:20 0
ええと、スレタイ大丈夫?>>1

3 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:26:48 0
まちがえている。

鎖国していなければ日本は超大国になれたと入れたつもりが
誤って送信してしまった。 文意的にはこの>>3でね。

4 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:35:27 0
ハゲワラ

5 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:38:46 0
弘法も筆の誤りというではないか>>1を責めてはいけない。

6 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:52:22 0
このスレは日本が海外から余計な影響を受けたがために
日本の発展性を失ったことを論じるスレになりました。

うーん、たとえば、在日朝鮮人の流入とか?
古代においては有用だったと思うんだけど、近代以降はないねぇ。


7 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 21:17:17 0
鎖国していたから日本は大国になれた

8 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 21:33:23 0
なんだこのスレタイw

9 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 21:41:22 0
>>8
いまも日本は鎖国していれば超大国だった、という仮想歴史のスレです。

「ああ、日露戦争なんかしないで朝鮮半島をほっておけば日本本土はもっと繁栄していた!」
「ああ、太平洋戦争なんかしないで(ry」

というスレですw

10 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 21:41:56 0
スレタイを180度間違えるってのも新しい趣向でいいな

11 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 21:43:28 0
まあ「超大国」といっても国を計る物差しは経済力や軍事力だけじゃないからブータンみたいな国を
超大国と表現しても差し支えないと思う。

12 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/12(火) 21:46:41 0
逆宣伝のためにスレタイを操作する人ってば、イスラムは〜の流れと同じ人?

13 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 22:03:30 0
>>11
21世紀にもなってあんな中世的な活劇を新聞で読むとは思わなかったです。
こんな面白さを提供してくれるのはぶーたん以外にありません。

<<さぁ、つっこめ。この文章につっこめw


14 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 23:48:28 0
>>1
イギリスかロシアの植民地になって終わりだっただろうな。
あと歴史のifは飽きた。

15 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 23:51:48 0
 日本が南北アメリカ大陸くらいのサイズで人口16億越えて
とかいうのなら
鎖国した超大国としてやっていけるんだろうが・・

16 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 23:53:08 0
蝦夷やオランダ、琉球との交易をしないで
自分で、蝦夷、琉球、蘭印に攻め込んで植民地にしちゃえ
、ということですか?

17 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 00:33:53 0
>>16
いいえ贅沢は言わないので
アメリカ大陸の3分の2と豪州ニュージーランドと南アフリカとエジプトスーダンと
シベリアとついでにマダガスカルとブリテン諸島、東インド諸島・太平洋諸島
インドそして東南アジアと中国沿岸部
 くらいは日本領にしていただいて

大英帝国とアメリカ合衆国足したくらいの国力でさえあればいいんです。
そんなささやかな望みですよ。


18 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 00:34:24 0
江戸幕府が存続して貿易を統制し新技術を導入しまくる


19 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 01:39:12 0
吉宗の解禁時もキリスト教の色がつかない事が前提だった訳で新技術の導入はむずかしいんじゃなかろうか。
やっぱ黒舟みたいにガツンと一発こないと幕府の中の人らには西洋にはこうすべくもないと認識できないのかもね。

20 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:22:20 0
19世紀も半ば近くにならないと
ヨーロッパも日本に対してガツンと一発はできないと思う

21 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:25:51 0
>>17
それだけの大領土と多民族を、イデオロギー無しに統治するのは不可能だな。
どんなイデオロギーを採用するつもりだい?
多民族イデオロギー(宗教)戦争に当時の日本人が巻き込まれて
逆に皆殺しに逢う可能性もあるが。

22 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:29:14 0
>>20
はげどう。
朝鮮は攘夷に成功しているし、日本もペリー艦隊に勝負を挑んだらそのときの
戦闘では勝てた可能性が高い。

日本の場合、ペリーとあえて勝負しなかった軍事リアリズムをほめるべきだと思う。

23 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:34:41 0
前スレをがんばって読んだが、なかなか面白かった。
いろいろ疑問点が残ったのだが、鎖国否定を否定してたコテハンさんはまだここ覗いてる?

24 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:34:55 0
超大国モンゴルも退けた武士は世界最強の戦闘集団だ。
俺が大老井伊直弼ならペリーどもを皆殺しにして、
日本を攻められるものなら責めてみろと啖呵切るな。
日本を舐めるな。黒舟なんぞチョチョイのチョイだ。

25 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:39:58 0
>>22
それでもペリーはがつんと一発はできたってこと。
19世紀の最初のころじゃ、どこの国にも日本に一発くれるのは無理だろうし、
開国していたところでがつんと一発くるまで変わりないと思う。

26 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:43:57 0
>>25
ビッドルのときは帆船だったからなあ。
ビッドル(1846)とペリーとのわずか十年間だけで戦略環境が一変してしまった。

27 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:51:13 0
>>26
だから日本の近代化は開国してても鎖国してても19世紀の半ばまではなかったと思う。
そしてそれまで鎖国してたのとしてないのとでは、鎖国してたほうが良かったんじゃないかな。
鎖国してなかったら余計な負担で国内の発展が削がれそうだし、
国内の発展が削がれないようにすれば鎖国しているのと同じことになりそう。

28 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:55:08 0
>>27
ペリーの頃まで鎖国していたおかげで危機感から国民意識が育って動員できた。
それ以前に帆船時代の西洋と接触していたら、こんなに近代化に一丸となって乗り出せたか微妙。

29 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 02:55:45 0
アヘン戦争がなければ日本はがつんとこなかったと思うよ

30 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:00:01 0
>>28
それもあるだろうし、
また鎖国せずずっと西洋との接触が続いていたら、
日本は違った形での発展はあっても国内の発展はおそらく不十分で、
またがつんと来ることもなくヨーロッパの後進国のようなポジションを続けることになったんじゃないかな。

31 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:05:15 0
>>30
わかる。わかる。
鎖国してなかったら周囲の温度が高くなっているのに気がつかないカエルの
ようになって茹でガエルになってしまったかもしれない。

鎖国していたおかげでたった四杯の蒸気船で「熱い!」と飛び跳ねることができた。

32 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:09:56 0
うん。>>27
>だから日本の近代化は開国してても鎖国してても19世紀の半ばまではなかったと思う。
これは少し間違えた。
鎖国がなかったらそれなりに史実とは違う形での発展はしても、
ごく一部の欧米列強と較べればいつの間にか差をつけられるのには変わりがなく、
逆に鎖国をしていなかったためがつんとくることもなくて差をつけられたままの状態が史実よりも長く続くことになったんじゃないかと思う。

33 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:14:36 0
なった可能性もあるしならない可能性もある。

34 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:15:00 0
加えて鎖国してなかったら発展のしかたが、
列強との差に気づいたときに焦っても、
国内がその差を急激に縮めることができるような状態にはなってなさそうだ。

35 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:16:57 0
>>32
オスマン朝やエジプト、ある意味清朝だって日本に比べれば西洋の技術や情報に開かれていたけど
日本より近代化が早かったわけではない。

もっともトルコやエジプトや中国がまったく停滞していたというのももう時代遅れの歴史観で
それなりに近代化への道を歩んでいたことは事実。日本ほど急速ではなかっただけで。

36 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:19:43 0
鎖国していた現実だって日本が植民地になる可能性はあった。
明治維新がうまくいかず、幕府の統制が続けばね。
また日露戦争の時にも、ロスチャイルドから大量の借金をしてようやく勝てた。
もしロシアに勝てなかったら巨額の負債を返済できずロスチャイルドがアメリカやイギリスの艦隊を日本に派遣する可能性があった。
そうしたら国家の資産を担保に取られたかもしれないね。
エジプトのような半植民地化の始まりになりかねなかった。

37 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:23:39 0
>>35
そうそう。
日本が列強にくらべてほんの少し遅れただけで近代化できたのは、
ある時点で近代化への強いモチベーションを持ったこと(がつんときたってこと)と、
近代化を達することができる状態に国内が発展していたことによると思う。

鎖国してなかったら日本はもっと発展していたというには、
日本が近代化への強いモチベーションをいつどのように持つことができるかと、
開国していても国内の発展が十分な状態になれたkとを説明できなければ駄目だと思う。

いずれにせよ19世紀半ばまでは近代化は無理だと思うけれども。

38 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:23:51 0
鎖国していた日本も現実はぎりぎりの線で植民地化を免れた。
ところでオスマン朝やエジプトはイスラムの問題がある。
イスラムは未だに近代化がしにくい文明圏だ。
なぜならイスラムは戒律宗教で政教分離が難しいから。
中国は日本と同じように海禁政策をとっていた。
鎖国に似た状況だね。


39 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:25:31 0
>>36
うん。明治維新は実際奇跡みたいなものだと思う。
いろんな意味で運がよかったと言うしかないほど、いいタイミング、いい形で転換できたと思う。

40 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:28:56 0
以前マダガスカルのスレがあったが(今でもあるかも)
近代化政策をやっていたがフランスに女王の国が滅ぼされたとあった。
結構うまくいっていた国だったそうだが、日本の場合、
やはり一国に依存せずに
複数国が互いにけん制していた事が幸いした面もあると思う。

つか、ペリーが来たのはシナへの寄港地、捕鯨の寄港地という目標があったから
なんだわな。

41 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:31:53 0
つまり明治維新は奇跡のようにすごかったと思うけど、
江戸時代・鎖国がなければ明治維新はなかったし、
それなりの発展はしてもずるずると列強に差をつけられていったと思うのですよ。
おやすみ。

42 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:32:39 0
清も立憲君主国に変わる可能性があったが、ぜーんぶ西太后が潰してしまったからなあ。
女帝が過去に専制ふるった試しも無い訳ではないが、彼女はとかく最悪だったと思う。
国の事を考えているのではなく、全ての発想が自分と一族の守る事にあるもの。

皇族といえども失脚すれば族滅もめずらしくない国の根本的な悪癖だとも思う。

43 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:36:29 0
明治維新は相当な無理をしたわけだからね。
無理をする必要性にかられてた。
鎖国がなければ無理もせず落ちこぼれていった可能性は高いかもな。
気づいたときにはもう遅いみたいな。

44 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 03:57:00 0
( ゚Д゚)ポカーン

45 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 04:34:30 0
たしかに明治維新はうまくいったのだろうけど、
経済成長って、政府の施策で無理やり続けられるものではないからね。

一般的に、長期的な経済成長に重要なのは、教育等の人的資本で
さらに、貿易が自由に行われ、海外からの技術を効率よく吸収できるかも重要なので
鎖国しなければ、やはり、相当な大国になれたと思う。

46 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 06:31:24 0
仮に徳川政権が大陸刈り取って大帝国築き上げても、アメリカみたいに独立戦争が起きて、大英帝国以上の落ちぶれ方してるかもね。


47 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 06:44:55 0
大陸刈り取るっても隣はかの国だそ?

まー前スレにもあったけど、日本でも江戸時代を通じて
国民性が大きく変わったみたく、200年も占領すれば
それなりに道理が通じる土地柄に化けたかもしれないが
大変だぞ、それ。

48 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 08:08:44 0
スレタイワロタ

49 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 10:53:31 0
>>46
それは無理。
日本の船じゃとてもとても。

50 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 10:55:27 0
それにヨーロッパみたいに資本主義やらなにやらが発達してるわけじゃないし食料・資源も足りてるから
植民地を増やすメリットも無し。

51 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 11:11:13 0
>>50
ヨーロッパも別に資本主義が発達したから植民地獲得に走ったわけじゃありませんが。

江戸時代の農村は豊か過ぎるので、海外植民地獲得のメリットがなく、家内制手工業
より先に進む圧力が存在しないのは確かですけど。

52 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 11:25:13 0
江戸時代の農村が豊かって、いったいなにを読んでそんな錯誤を。。。
豊かなのは、天領のさらに一部の地主くらいのもんだよ。
多額の負担を強いられている諸藩では、天領の倍近い税だったから、
とても豊かといえるレベルではなかった。

53 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 12:06:05 0
>>51
ヨーロッパも別に資本主義が発達したから植民地獲得に走ったわけじゃありませんが>>
お前ほんっとバカだな・・・


54 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 12:25:47 0
>>52
江戸暗黒士官乙。 

55 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 12:55:00 0
突然ですが江戸時代はダークサイドに墜ちました

56 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 13:42:20 0
>>52
同時代のヨーロッパの農民の悲惨さに比べれば江戸時代は天国。

57 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 13:47:00 0
来るぞー

58 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 13:54:13 0
二次大戦で日本は他の大国同士が疲弊するのを待っていた方がよかったという
説もあるけど、どうなんでしょうねその辺?

59 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 14:13:54 0
日本もシナ全土から撤退しない限り、石油禁輸で疲弊を待っていました

60 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 14:15:40 0
>>53
実際できなかったんだから取るに足らない妄想ってことでFA。

61 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 15:49:16 0
李朝の近代化が成功していれば、
日本は超経済大国になれた。

62 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 16:47:36 0
>>1
どんな人生送ったらこんな糞スレ立てられるんだよ!

63 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 21:37:45 0
>>62
きっと>>1 自身が鎖国(引きこもり)していたのでしょう。

64 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 20:05:28 0
鎖国しなくてもピョートル大帝のロシアの二の轍で今頃二流国かも

65 :世界@名無史さん:2005/07/16(土) 23:39:48 0
なんかスレタイ変わってから流れが落ちたなw

66 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/16(土) 23:40:21 0
>>52
江戸時代の百姓は本当に貧しかったか?
http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub226.htm
“Pax Tokugawana”(パクス・トクガワーナ、徳川の平和)
http://library.u-gakugei.ac.jp/lbhome/tenjikai/koenkai_H15.html
江戸経済学史
http://www.ops.dti.ne.jp/~makinoh2/edo/menu.html

年貢が高ければ、より有利な地域へと移動するシビアな農民像。
納税者の確保に腐心する大名。
徴税権が切り離された徳川時代では、時代劇の悪代官ような恣意的な徴税はできない。
(参考文献:『逃げる百姓、追う大名―江戸の農民獲得合戦』/宮崎 克則著/中公新書)

形式的年貢率と実質的年貢率の差は三割前後にも及び、生糸、綿、小豆、栗、野菜などの
商品作物の副収入を除外した信濃国川中島平の天保5年(1835年)の税負担率は20%前後。
同様に近江の国膳所藩の実質的年貢率は10〜20%前後。
(参考文献:『貧農史観を見直す―新書・江戸時代(3)』/佐藤 常雄、大石 慎三郎著/ 講談社現代新書)

67 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 06:10:16 0
>>67
カムイ伝は嘘なの?
あと、豊かならなぜ飢饉であれほどの餓死者が出たの?

68 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 06:26:43 0
太平洋戦争をしてなかったらだと?しなかったらそれからアジアは欧米列強
に呑まれ、アジア人は一生欧米の奴隷。牛馬以下の扱いだな。
そこでやってくれたのが僕らの先祖。日本人なんだよ。これはまぎれもない事実。
ろくに歴史も勉強してないクソ餓鬼が偉そうな事
抜かすなぞなもし。おまえには日本に住む資格ないよ。ってか住んで欲しく
ない。本当に。ご先祖様が命がけで護ったこの日本の山や川、海、そして
大地。それは楽なことじゃないよ。今の日本の平和と引き換えに何百
万人ご先祖が血ヘド吐くおもいで働き、苦しみ、死んでいったんだYО・・・
ご先祖様はお前みたいな生き物を護るために死んでいったんじゃねぇんだよ。
お前は本当に何にも考えず生きてきたんだな。戦後のな、アメリカのな
教育にいつまでもやられてんじゃないYООО!!!!立ち上がれ日本人!!
・・・・・・まさに西洋が東洋を支配し、世界征服を完成させようとしていた
1905年、東洋の弱小国・日本が、西洋列強の一翼巨大軍事国家・
ロシア帝国と戦い、その頭脳をフル回転させ神経をボロボロにすり減らせた
日本海海戦において、奇跡的な勝利をおさめた大日本帝国海軍中佐
秋山真之作戦参謀の生涯を書いた漫画である。・・・江川達也、日露戦争物語。
スピリッツにて好評連載中。コミック1〜16も好評発売中!!
僕は思うよ。歴史を勉強すればするほど思うよ。
日本人は凄い。僕らのおじいちゃんよくはやってくれたと思う。
誰のどこの国のやつらにもにも真似できんな。これは
そして僕は今日も日本人である事に喜びに打ち震えるよ・・・



69 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 10:59:32 0
>>68
漫画以外の本もよもーね

70 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 11:02:39 0
>>66
>徴税権が切り離された徳川時代では、時代劇の悪代官ような恣意的な徴税はできない。

私的に割増して徴税しているお代官様なんて、一杯いるんですが?

>商品作物の副収入を除外した信濃国川中島平の天保5年(1835年)の税負担率は20%前後。
>同様に近江の国膳所藩の実質的年貢率は10〜20%前後。

天領や譜代や、江戸近郊の大名は負担が軽い、だから、税金も安くてすむ。
けど、東北や西南諸藩は違うの。
そして形式的な税が七割八割って例もあるから、実質的に三割安くても、
4割は取られるわけなんだよ。戦国時代と変わらないどころか、多くなっているところすらある。
とくに膳所藩は、途中で国高を増やしてもらったりしているから、さらに楽。
外様の場合は、むしろ削られる一方。


71 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 12:29:21 0
>>70さん
>私的に割増して徴税しているお代官様なんて、一杯いるんですが?
一杯具体的な事例を挙げてください。

あと、東北や西南諸藩の税負担も検証可能なソースキボンです。

72 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:09:16 0
あのさ。西欧諸国が力つけたのは、
フランスから国民国家が生まれて陸軍が世界最強になったのと、
イギリスで産業革命が起こってからでしょ。
それが日本の開国の約半世紀前。日本が遅れたのは半世紀なのよ。
二百年遅れたわけではない。

73 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:15:03 0
>>71
>>67の疑問に答えていただけると嬉しいです。

74 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:18:05 0
>>70
日本の農民は土地を私有しているんだよ。
この落差は非常に大きい。
欧州は私有していない。だから領主に土地追い出されて
都市に流入、それがプロレタリアとなり
資本主義の燃料となった。

75 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:24:36 0
>>71
>一杯具体的な事例を挙げてください。

村から見た日本史(田中)
たまりかねて、村民が一揆をおこしたり、直訴にでて、始めて発覚するケースが多い。
その場合、村民が許される場合もあるが、直訴は通ったものの、そのまま首切られる場合もある。

>あと、東北や西南諸藩の税負担も検証可能なソースキボンです。

長州藩の経営管理(林)
これには、長州に移された時、7割五分あたりの税をとったことが記されている。
また租税対象が広く、紙などの商品作物どころか。
庭の野菜や柿の木からも、税を徴収していた。
そしてそれだけやっても、参勤交代や、江戸滞在、城を建てる場所も萩以外却下され、
さらには普請などを次から次へと押しつけられるから、
財政は以前として危機的な状況のまま推移した。

そもそも外様では4割はとっていたというのは、常識ですよ。
天領の約2倍はありました、
(なので天領の農民に限っては、余裕があったので、家内制手工業ができつつあったわけ)
これを明治政府が全国一律にしたため、天領では一揆が多発、ということになったわけです。

76 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:27:09 0
>>74
日本の場合、税が払えなくて、
村捨てて、江戸に難民が流入という形ですね。

77 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:39:11 0
マスコミ評論 社会*政治
http://blogs.yahoo.co.jp/tlabyo

78 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 13:49:33 0
江戸時代は良かったというのは、世界史の比較論から
そういえるだけだよ。当の江戸時代の庶民は
生活に追われる毎日だったろう。

79 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 14:09:37 0
日本の歴史からみても、とても楽な時代とはおもえないけどなあ。
もっとキツそうなのは、奈良平安くらいだが、この時代にしても、
江戸時代ほど飢饉が頻発していないし。

80 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 15:02:55 0
>>67さん
寛永19年(1642)佐渡は不作でしたが、飢饉は農村には起きず、
餓死者が出たのは佐渡銀山の中心地相川。
飢饉だから人が死ぬわけではなく、為政者の対応が死者をだしたの。

飢饉はなぜ起きたのか?
http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub229.htm

農民の年収は平均的中流武士の3倍
http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub226.htm

被差別階級って…?
(参考文献:『身分差別社会の真実』/斉藤 洋一、大石 慎三郎著/ 講談社現代新書)

百姓になるお値段は?
(参考文献:『 「日本」とは何か』/網野善彦著/講談社)

81 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 15:04:11 0
一揆は今日のデモのようなもので、ルールが決まっており、
一揆を行ったからといって必ずしも処罰されるとは限らない。

金森藩(郡上百姓一揆)の事例では、確かに百姓一揆の首謀者が罰せられているが、
藩は取り潰され、幕府要人まで罰せられており、
農民だけが弾圧されたと誇張するのはおかしい。
また、金森藩の農民が脱税用の田んぼ(“隠し田”)を持っていた点も留意すべき。

全国的にみて百姓一揆は平野部よりは山間地に多くおこっている。
しかし、それは経済的窮乏であるがゆえに一揆を多くおこしたのではない。
むしろ山村で養蚕・製紙などの特産物をもち、
交通の便もかなり良い経済的に豊かな地域で多発している。
(参考文献:横山十四男『百姓一揆と義民伝承』/横山十四男著/教育社)

82 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 15:05:38 0
なお、歴史人口学の観点からも江戸貧農史観は否定されてます。
(参考文献:『江戸農民の暮らしと人生』/速水融著/麗澤大学出版会)

83 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 15:08:36 0
>>75さん
書き込んでる内容の真偽がわからないので、
具体的な書籍をご提示願えますか?

84 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/07/17(日) 15:20:51 0
>>83を撤回します。
村から見た日本史(田中)と長州藩の経営管理(林)が参考文献ですね。
早速手配してきます。

85 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 18:21:19 0
>>81
>また、金森藩の農民が脱税用の田んぼ(“隠し田”)を持っていた点も留意すべき。

あのな、それは新田開発というものなの。
それが検地であたらな、所得として認められ、徴税の対象になったわけ、
農民からすれば、自分で開発した土地なのに、徴税の対象にされたらたまらないでしょうが、
当然一揆がおこります。
江戸期で最大クラスの防長の大一揆では13万人が参加していますが、
この時の検地で増えた土地はたったの3万石。
このころの長州藩(本藩だけで)実高で60万石以上ですから、
たったの5%の増加に過ぎないのに、これだけの状況になったのを考えれば、
農民の生活はそれだけギリギリだったってことです。

あと収入が三倍あっても、税で4割取られ、さらに生活費と、来年種籾などを考えれば、
税金のないサラリーマンである、武士と同一視するのは明らかな間違い。
>>82
速水も鬼頭も、中期以降の北関東、東北の人口の減少と貧農は認めているのだが。
恣意的な部分だけ抜き出していないか?

86 :世界@名無史さん:2005/07/17(日) 18:23:46 0
>飢饉だから人が死ぬわけではなく、為政者の対応が死者をだしたの。

だから江戸幕府がクソと言っているのだが?
凶作だけが原因だったら、ただの天候不順だが、
為政者が、飢餓移出を行った結果、餓死者がでているわけ。
そしてその体制を作り維持しているから、幕府が駄目なのです。

87 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 01:27:52 0
幕府は絶対的見地から見て糞だが、相対的にはそうじゃない。
ここが暗黒史観とけっこう裕福史観の違い
共通点はどっちも都合のいい点しか見ないとこね

88 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 03:18:49 0
絶対的見地なんてあるのかよ

89 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 03:36:00 0
現在の日本の庶民生活を基準にすれば世界史上すべての国と時代は糞。

その中では江戸時代の庶民生活は比較的ましな方。

90 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 11:12:56 0
>88
絶対的見地っていうのは、空想的共産主義ぐらいぶっ飛んだユートピア論かそれに順ずる論
「ここには、餓えも病みも苦しみもありません」
暗黒史観論者には結構裕福史観の連中がそう見えるのでしょう
結構裕福史観はただ「暗黒時代〜前大航海時代のヨーロッパほどひどくないし、奈良平安ほど全国的に飢饉や疫病が頻発していない」
といっているだけ

91 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 11:29:18 0
絶対的ねぇ。

タイムマシンでも作って、人類滅亡までの歴史を全部眺めた上で、
非地球人的視点で歴史の記述でもできれば可能かもw

21世紀なんて、その視点で見れば、我々から見た古代人
並みに未開なんだろうなあ。電算機時代のごく黎明期に分類されるでしょうし。

まぁどっちにせよ、板違いかなww

92 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 11:54:30 0
つーか日本の歴史を相対的にみても、江戸時代はマシな時代か?
100年以上、横這いか、マイナス成長。
農村では頻繁に飢饉が起こる。
諸藩と幕府が金をつかう、江戸の町民だけは豊かなほうだけど、
そんなの、一部の特権階級の豊かさとなにが違うんだ?

93 :朱由檢:2005/07/18(月) 12:20:22 O
>>75
紹介された資料の著者名と内容を一読してすぐに気付いたんだけど。あなたってば、この資料に一度もないよね?

『村からみた日本史』の著者、田中圭一さんは貧農史観否定論者で有名な方なの。
貧農史観否定の田中節のきいた本書をして、貧農史観を主張するなんて…。


94 :朱由檢:2005/07/18(月) 12:21:16 O
>>75
紹介された資料の著者名と内容を一読してすぐに気付いたんだけど。あなたってば、この資料に一度もないよね?

『村からみた日本史』の著者、田中圭一さんは貧農史観否定論者で有名な方なの。
貧農史観否定の田中節のきいた本書をして、貧農史観を主張するなんて…。


95 :朱由檢:2005/07/18(月) 12:26:22 O
>村からみた日本史(田中)
>たまりかねて、一揆をおこしたり、直訴にでて、始めて発覚するケースが多い。
>その場合、村民が許される場合もあるが、直訴が通ったものの、そのまま首切られる場合もある。
この文章はどこから引用したの?
『村から見た日本史』/田中圭一著/ちくま新書
越後国魚沼郡の資料を引用して著者は、
>この年貢高は検地帳の公式の石高に対して約三十六パーセントということになるし、
>実際の収穫高三十三石に対しては十八パーセントほどになる。(P.46-51参照)
と、「年貢は本当に重かったのか?」とタイトルまでつけてまで解説しているのに、この本を参照にしたという君が、東北の税率が重かったかと主張するのは、なんで?


96 :朱由檢:2005/07/18(月) 12:34:36 O
裏付けのない知識や思い込みだけで書き込んでるのはわかったから、もう少し勉強しておいでよ。


97 :朱由檢:2005/07/18(月) 12:44:29 O
都知事が駄目だから日本政府が駄目みたいなロジックにウンザり。

98 :朱由檢:2005/07/18(月) 13:10:17 O
正式な新田の認定とか基本から説明するの面倒だから自分で調べなよ。
隠し田と新田を一緒にするなんて…。
誰から吹き込まれたか知らないけど、自分で調べて、本を読みなさい。
江戸暗黒史観なんて江戸時代が貧しくなければ都合の悪い利権団体くらいしか主張してないでしょ。


99 :67:2005/07/18(月) 13:30:33 0
>>80
ありがとうございます。
品種改良や耕作器具の普及等による生産性の高まりが米価の下落を呼び、
飢饉につながったという見方で間違っていないでしょうか。
もしそうだとすると、これは藩の失策ということになるんですかね。

100 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 13:54:57 0
>92
伸び悩んだ後期の100年間は開国したくてもペリーさんが来ないわけだが。
前半は良く伸びてる方

101 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 14:09:37 0
>>100
ペリー以前に1837年モリソン号が来ているわけだが。
開国はぺリーの時だが、それ以前に開国するチャンスがなかったのではない。
日本側はこの時砲撃してアメリカを追い返したよ。
それと、ロシアだって何回も来ている筈だよ。

102 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 15:01:37 O
ぬるぽ

103 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 15:02:06 O
ぬるぽ

104 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 16:02:18 0
>>102-103
ガッ

105 :世界@名無史さん:2005/07/18(月) 16:17:23 0
>>100
別に鎖国しなくても鎖国期の前半100年ぐらいの伸びは達成したと思うが。
逆に後期の100年の停滞は国家の発展上、大きな間違いだったと思うよ。
政策の転換が出来ないなら、最初から鎖国なんかしなければよかったんだよ。

106 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:09:07 0
>>95
はあ?
これは、代官が税金を私的に値上げしていたもののソースとしてだろ。
つーかアンタが、80で手繰ったものにも、(奇しくもソースは一緒だな)
代官が勝手に値上げした例が書かれているじゃん。

>>98
あのねえ、
検地って毎年行われるものじゃないの、
数十年、凄い所は100年に1回とかいう地域もある。
当然検地のたびに、新しい農地が「発見」されるわけだが、
これまで租税の対象に入ってないこの土地は、「隠し田」として処理されてしまうわけ。
自己申告の場合においても、全て報告するほうが珍しいから、多くの隠し田があるしな。

ついでに長州藩の税率は、長州藩の経営管理のほうに記されているんだが、目を通して言っているのか?
つか君、Bの問いに対して、Aの問いに対する答えで違うといい、
Aの問いに対して、Bの問いの答えをみて、そんなこと書かれていないとか言っているけど、
意図的にやっているのか?
それとも真性の人?
前者なら、悪意があって曲解しているクズだし、後者なら国語力をつけることを要求するぞ。
俺は日本語の説明までするつもりはない。

107 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:19:47 0
>越後国魚沼郡の資料を引用して著者は、

江戸の近辺、さらにここは譜代、
遠方の諸藩とは負担が倍は違う、税も当然半分ですむ。
比較的負担が低いところを調べて、負担は軽かったといいますか?

もう少し、本読めよ。
持論に都合のいいものしか読まないから、江戸は豊かだった、負担が軽かったなどという幻想をもつんだ。

108 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:20:52 0
>>105
>別に鎖国しなくても鎖国期の前半100年ぐらいの伸びは達成したと思うが。

自説きぼん

109 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:27:07 0
>>85
5%消費税を上げたら、僕は暴動を起こそうと思います!
福祉に使う?知るかボケ!と税調に言ってやります。

110 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:32:13 0
>>109
けど日本では暴動なんておきなかった。


111 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:36:22 0
>>110
でも2%上げただけで選挙で大負けして政権は吹っ飛んだよ。

112 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:38:47 0
そもそもなんで、江戸の近郊やら、親藩やら譜代など、
比較的負担の少ないところを選んで、
そんなに負担はなかった、とか言うかねえ。
日本の端の薩摩藩の農民の負担とかを調べて、豊かだったと論証すればいいものを。
それなら誰だって納得するさ。

苦しい諸藩のなかには、藩士の給料を毎年、半額にして、さらにそれでもやってけないから、
領土を返そうとかいう話まであった藩があるっていうのに。

113 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:39:45 0
未だに政権もっている・・・

114 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:41:14 0
本州の端っこの30万石くらいだった長州藩が、
幕末には100万石になってたらしいし
人口が3倍ってことは無いと思うので、
一人当たり万石は豊かになったんじゃないの?

115 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:43:59 0
>>113
「任期中は消費税上げない!」
って宣言したから勝てたんだよ、きっと。
拍手喝さいだったじゃん。

116 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:50:05 0
>>112
薩摩藩みたいな武士と農民の比率の異常な例外をとって、江戸時代の標準みたいな議論をしても
しょうがないと思われ。
もっとも薩摩藩でさえも、砂糖産業のおかげで、調所広郷以降は殖産興業に成功したわけですが。

> 苦しい諸藩のなかには、藩士の給料を毎年、半額にして、さらにそれでもやってけないから、
> 領土を返そうとかいう話まであった藩があるっていうのに。
それは、武士の懐具合や、藩の財政の話で、農村や都市が豊かであったかどうかとは基本的には無関係かと。

117 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 01:54:21 0
>>114
その最初の石高が嘘なの、
1600年頃検地したときは、52万石強という数字がでている。
もちろんこの検地は、かなり厳しいもので、
今まで租税の対象ではない、庭の木にまで税を取るという苛酷なものだがね。

で、幕府は西軍総大将を、52万石では示しがつかんってのと、
毛利もこれ以上負担は耐えられんってことで、両者で話し合い、
七割の36万9000石ってことにしたわけ。その分普請などを押し付けられているから、
助かったかどうか微妙だけどね。

なお石高ってのは、米だけの収穫量ではなく、食べれない商品作物や、
さらに作物ではないものまで、米に換算して算出しているものであるから、
石高=米の収穫量とはならない、特に長州藩は初期から商品作物に力を入れていたから、
その傾向が顕著。
最後に言っとくと、その米は領内で賄うものだけじゃない。
参勤交代などの費用に当てるために、江戸などの都市部に移出することになる。
外様は遠方の諸藩は負担がキツイから、これが多くなり、飢餓移出にまで至るケースが多い。

118 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 02:01:03 0
>>116
薩摩で他の諸藩でも「武士」といえるものは、他の諸藩ともそんなに差はありません、
郷士というか城外士(だったかな?)が数万という異常な数字になっているだけ、
これは実質給料などもらってない、農民ですし。

>それは、武士の懐具合や、藩の財政の話で、農村や都市が豊かであったかどうかとは基本的には無関係かと。

そういう例はほぼ全て外様で、そこまで追い詰められているところは、
税金が重いんですよ。自分達が苦しいのに、農民に楽させるわけないじゃないですか。


119 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 02:21:05 0
補足、検地前の長州藩の石高は(太閤検地のとき)29万石です。
かなりの開墾が行われていますが、それでも実質二倍近い増えていることから、
税が倍近くにまでなっているのは否定できません。
領土が4分の一になって、藩士の給料も4分の一にまでして、
さらにやってけない藩士を自主退職と言う名の、リストラしてますから。
出費自体は、かなり抑えているようですけどね。

領土が減らされていない外様は、藩士はいくらかマシですけど、
それでも楽なのは初期だけで、西南諸藩や、東北の諸藩は同じ道を歩むことに。


120 :朱由檢:2005/07/19(火) 22:00:37 0
>>106
村同士の紛争を解決するための地押検地や、
災害後の打直検地など一部の例外を除けば、
18世紀以降の検地は新田のみを対象とした新田検地なの。
だから、あなたが>>106で、
>当然検地のたびに、新しい農地が「発見」されるわけだが、
>これまで租税の対象に入ってないこの土地は、「隠し田」として処理されてしまうわけ。
>自己申告の場合においても、全て報告するほうが珍しいから、多くの隠し田があるしな。
…って、主張しているのは完全に的外れなんだよね。
(参考資料:「貧農史観を見直す」/佐藤常雄、大石新三郎著/講談社現代新書)

121 :朱由檢:2005/07/19(火) 22:01:54 0
>つか君、Bの問いに対して、Aの問いに対する答えで違うといい、
>Aの問いに対して、Bの問いの答えをみて、そんなこと書かれていないとか言っているけど、
>>106のこれって、提示しているソースのうち、
>>75で指摘した箇所だけを取り上げるべきだってこと?
それってば、まさに都合のいい箇所だけを引用してるってことじゃない?

資料を恣意的に引用し、自説に都合の良い意見を強弁してるのはあなたのほうだよね。

122 :朱由檢:2005/07/19(火) 22:03:42 0
東北や西南は重いっていうから越後の事例を挙げたら、
今度は天領や江戸近郊は軽いとかいってるけど、
結局、あなたのほうは満足な事例をひとつを挙げれないよね。

裏づけも中身もないレスって意味ないから、
もう少しマシな内容のレスをお願いします。

123 :朱由檢:2005/07/19(火) 22:07:29 0
あと、『長州藩の経営管理』は取り寄せ中だから、ちゃんと読んで内容を精査するけど、
本当に読んでるの?
先に言っとくけど、
@長州藩の坪単位収穫量は多くないが、石高の伸び率が畿内地方につぐ規模であり、
領土が貧しいわけではない。
A長州藩の財政が苦しくても、民衆が苦しかったとはいえない。
B長州藩で起きた一揆は藩による四白の独占に反発したのであって、
民衆の生活が困窮したためではない。
C薩摩、長州が徳川幕府に対抗するため、
幕末に領民を圧迫した事例を持ち出すべきではない。

124 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 23:10:22 0
>>120
>18世紀以降の検地は新田のみを対象とした新田検地なの。

だからそれは実質隠し田だと、言っているのだが。
もう1度レスを読みなおせ。
>>121
>それってば、まさに都合のいい箇所だけを引用してるってことじゃない?

はい?それじゃあなたは、史料を引用や参考しているものは、一文でも引用や参考にしたら、
全て引用、参考元と、同じ論主にしなければならないといっているの?
・・・自分でなに言っているのかわかっているのか?

つか貧農史観全体についてのソースとして、田中のものを提出したのなら兎も角、
代官が私的にピンはねしたものとしてソースなんだから、
80でおまえさんが、自分で手繰ってきたもので、十分だろうに。
>>122
70で俺がなんと言ったのか、覚えているのか?
>天領や譜代や、江戸近郊の大名は負担が軽い、だから、税金も安くてすむ。
>けど、東北や西南諸藩は違うの。

で、江戸近郊の越後の、しかも譜代の領地をとりあげて、
それは、違うと言い張られてもねえ。
というか、レス確認してから、レスしてくれない?
君自分で曲解して、曲解したものにレスしているだけじゃないか。

125 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 23:39:35 0
>>123
読んでからレスしろ、それが最低限の礼儀だ、思いこみでレスするな。
それを続ける限り、おまえさんはずーーーーーーと厨房のまま成長できない。

1 新田開発と租税対象の拡大
新田開発は益田の手柄で、どっから水を引くのか疑問なほど、山の上のほうまで棚田が作られた、
今でも山口の山の中に入ったら、石垣が残っているのは有名。
で、問題なのは租税対象の拡大、これは何度も示しているように、庭の木にまで拡大した結果。
だから、29万石しかなかったものが、十数年で、七割強も増えたわけ。
つか常識的に考えれば、財政がピンチで大規模な開発ができないのに、
石高が短期間であれだけ伸びたのは、税の対象が拡大したことくらいわかるだろうに、

2 戦国時代に比べ、租税対象の拡大や、税率すらも(形式では)7割〜八割という、桁違いの増税をされて、
民衆がそれ以前より楽になることなどありえないのだが。

3 専売を強化して、安く買い叩き、そして高く売りつければ、農民は困窮するわけだが。
なにを言っているんだ?
4 いつの話だ、
なお幕末では長州では殆ど一揆は起こっていない、(なお田中彰によれば、四件といわれている)
つか幕府の政策に苦しめられ、増税したことは何度もあったが、
幕府に対抗しようとした幕末では、増税は行われていない。
最後に検地したのは何年だと思っているのやら。

126 :朱由檢:2005/07/19(火) 23:56:34 0
>だからそれは実質隠し田だと、言っているのだが。
>もう1度レスを読みなおせ
検地は為政者が一方的に実施するものではなく、
新田の権利と負担を認定するのが検地なんだよ?
だから、農民からの要請で実施されてるケースがあったのわかってる?

>で、江戸近郊の越後の、しかも譜代の領地をとりあげて、
>それは、違うと言い張られてもねえ。
東北と西南諸国は違うと強弁するだけで、
具体的な数字や事例を結局挙げれないじゃない。
説得できるだけのものが無いから挙げれないんでしょ?

資料の引用も出鱈目、参照したと主張する資料の理解もできてない。
恣意的だとか、クズだとか、真性だとか、曲解だとかって、
妄想と人格攻撃だけで反論したと思ってるわけ?

127 :世界@名無史さん:2005/07/19(火) 23:58:55 0
ちょっと訂正、
一揆が四件起こったというのは示したのは、田中じゃなかった。
田中が自著で、その史料をみて、訂正したものだった。
なお田中は天保の大一揆以降は、一揆らしい一揆も起こっていないと書き記している。

128 :朱由檢:2005/07/20(水) 00:00:32 0
慶長七年の事例のように代官が恣意的な搾取を行えば、
代官のみが罰せられるなど公平な対応がとられており、
圧制が布かれていたなんてことはないでしょ。
道理が通っているほうの意見が尊重されてたってことくらい
わかるよね。

あと、260年間でどれくらいの事例があるわけ?
いっぱいあるって言ったのに事例を挙げれないのは、なかったから?
それともあなたの勉強不足?

129 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 00:06:26 0
>>126
>だから、農民からの要請で実施されてるケースがあったのわかってる?

自己申告についてももうすでに触れている、
けど、収入が足りないからと検地をおこなうケースも多々あるわけ。

>説得できるだけのものが無いから挙げれないんでしょ?

はあ?
4割とっていたというもの?
つか形式的には、七割以上の税率をかしたものを示したんだけど、
君記憶力がないの?

>妄想と人格攻撃だけで反論したと思ってるわけ?

はっはっは、93からの自分のレスを見返してから言え、
君の品性のかけたレスは、俺なんか問題にならんよ、
低俗のやからにまで礼儀正しくするつもりはない。

そもそも、出鱈目な引用ってなにさ?

130 :朱由檢:2005/07/20(水) 00:06:53 0
>読んでからレスしろ、それが最低限の礼儀だ、思いこみでレスするな。
そのままお返しするよ。

具体的な事例もないまま、どこから引用したか不明の裏づけの無い話だけでしょ。
あなたのデムパでスレしてる文章って、ぜんぜん参考にならないんだよね。

131 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 00:15:14 0
>つか君、Bの問いに対して、Aの問いに対する答えで違うといい、
>Aの問いに対して、Bの問いの答えをみて、そんなこと書かれていないとか言っているけど、
>意図的にやっているのか?
>それとも真性の人?
>前者なら、悪意があって曲解しているクズだし、後者なら国語力をつけることを要求するぞ。
>俺は日本語の説明までするつもりはない。

つーかクズとか真性と罵倒したというなら、、これに君が該当するのか、
それなら、確かに人格攻撃したことになるなw
だが、そういう奴はクズだろ、違うか?
君の定義はどうだかしらんが、俺的には意図的に曲解する奴はクズ。
読めない奴は勉強してこい、と言う。
>>130
長州藩のは具体的な事例じゃないのか。
そーかそーか、なら肥後藩か、佐賀藩でもいいけどな。
岡山と芸州藩も中々おもしろいが、
いやいや、東北の惨状についてがよいか?

132 :朱由檢:2005/07/20(水) 00:16:19 0
>>129
はいはい、クマクマ。
>自己申告についてももうすでに触れている、
一人合点してるだけで、ぜんぜん説明不足でしょ。
検地が行われなかったって主張してる話との前後関係と食い違ってるって。

>けど、収入が足りないからと検地をおこなうケースも多々あるわけ。
そして、農民から反対されて無期延期とかになってるよね。

>はあ?
>4割とっていたというもの?
>つか形式的には、七割以上の税率をかしたものを示したんだけど、
>君記憶力がないの?
何に対して4割なの?
4割が当たり前、天領とかの2倍って、なんの資料のどこを引用したの?
デムパ資料は再検証できないんだってば(藁

133 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 00:19:12 0
いつの間に基地外がまた入ってきたの?

134 :朱由檢:2005/07/20(水) 00:20:59 0
>>131
事例が挙げれるなら挙げてみたらいいじゃない。
見かけだけの高負担率を挙げて韜晦するんじゃだめだからね、
実際の収入とか挙げてきちんと検証するんだよ。

135 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 00:27:46 0
>>132
>検地が行われなかったって主張してる話との前後関係と食い違ってるって。

検地が行われなかったって?俺はそんなこと言ってないぞ。
検地が行われるペースが何十年、ないところは100年とかに及ぶと言っているだけだ。

>そして、農民から反対されて無期延期とかになってるよね。

一部にそういう事例はあるな、だが、
農民が反対しても強硬して、行われた事例など珍しくないだろう、
酷い所になると、凶作で大飢饉が起こっているのに、検地が強制された事例もあるな。
まあ、たぶん君は都合の悪いことは、聞こえないみたいだから、知らないか、知りたくないんだろうけど。

>何に対して4割なの? 4割が当たり前、天領とかの2倍って、なんの資料のどこを引用したの?

収入に対して、4割ってこと。公式には、六割、五割という比率、
なお手繰ったら、東北のが見付かったんで、
ttp://www.n-museum.jp/kikakuten/h11-fa/zeisei.htm


136 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 00:35:36 0
で、西南雄藩の外様の税率などは、
たしか長野だったかな?
ちょっと題名はうろ憶えだが、
西南諸藩と廃藩置県か、幕藩制国家の領民制となんとか

137 :世界@名無史さん:2005/07/20(水) 01:18:26 O
なんというか歴史問題が起こるわけだ、と考えさせられるスレだなw

名無しの方の論者はスペックは高いが頭は悪いって感じだな。



138 :朱由檢:2005/07/21(木) 01:35:30 0
>>135
事例に挙げてる弘前藩(後の津軽藩)の表石高は10万石だけど、
江戸開府の段階で、実質20万石だったから二倍の開きがあるの。
弘前藩の領内総検地が終了するのは元禄年間に入ってからで、
例示されたデータは17世紀末のものだから、
数字がどちらに近いかによって状況がかわるよね。

現在の青森県内で水稲栽培に適した土地は、
肥沃な沖積土で気候条件の良い津軽平野南部のみなの。
ところが、領内総検地が終了し、
小知行制による開拓民の誘致、土淵堰の開削、
岩木川水系を利用した用水整備によって、
津軽平野南部の新田開発が進んだのって、
四代藩主津軽信政(生1656-没1710)の治世だから。
18世紀までは水稲栽培に適した土地がなかったのわけ。
なんで17世紀のデータを引用してるんだろうね。

なお、津軽平野南部の新田における収穫量なんだけど、
18世紀初頭には約30万石と膨大な量。
(18世紀には凶作が頻発するから、まともな年ならね。)

139 :朱由檢:2005/07/21(木) 01:36:49 0
>>135
まぁ、外様大名領は〜って、言ってるけど、核心を突いてしまえば、
青森、鹿児島と水稲栽培に不向きな地域を挙げてるだけでしょ。
水稲の比率が栽培品目の中で比率が低くても原則年貢は米で納めるから、
少ない収穫量に対して相対的に多く徴収されてるように見えるだけでしょ。

鯵ヶ沢は頻繁に商船(北国船、北前船)が往来し、交易で大いに潤っており、
港湾労働や宿泊施設、それに伴う飲食需要等の大きな市場を提供していた。
(廻米、材木、海産物の集積。北廻船の中継。蝦夷貿易など海上交易の要所だった。)

また、東北地方は良馬の産地で牧畜が盛んな地域だった。
陸上輸送を馬に頼る江戸時代には馬の需要が高く、
馬市には馬喰(ばくらい)と呼ばれる馬商人が活躍し、
莫大な利益を上げていた。
青森民謡「道中馬方節」には、
「一夜五両でも 馬方いやだ 七日七夜の 露を踏む」と謡われているけど、
5両あれば何もしないで家族5人で5ヶ月暮らせる金額なんだよね。
5両×7夜で35両…ヤバイ(w

140 :朱由檢:2005/07/21(木) 01:38:05 0
さらに新鱈漁を正月までに初物好きの江戸に運べば、
新鱈船一艘(100石)当350両の利益を生んだ。
「綿甫要務」(大蔵永常著)で鯡粕の効用が紹介されると、
金肥の主役は干鰯に取ってかわり鯡製品が需要を増大した。
そのため、鯡漁の季間労働(ヤン衆)のみで生活できるため、
農業を放棄するものもでるほど漁業は儲かっていたの。
対清貿易の主要輸出品目だった俵物三品(イリコ、鱶鰭、干し鮑)も、
50%は津軽、南部、松前の三藩が供給するほど海産資源が豊富。

「津軽図譜」(百川学庵作)などで紹介されて、
江戸時代後期の旅行ブームには観光客で賑ったりしている。

交易、牧畜、漁業とかなり潤ってるみたいだね。

141 :朱由檢:2005/07/21(木) 01:43:01 0
(参考文献:「鯵ヶ沢町史」、「青森県の歴史」、「街道の日本史」)

142 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 13:13:24 0
>はい?それじゃあなたは、史料を引用や参考しているものは、一文でも引用や参考にしたら、
>全て引用、参考元と、同じ論主にしなければならないといっているの?
>・・・自分でなに言っているのかわかっているのか?

>まあ、たぶん君は都合の悪いことは、聞こえないみたいだから、知らないか、知りたくないんだろうけど。

ここまで自分の事を棚上げしている真性だと愉快な奴じゃないか?

143 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 22:04:06 0
ここは日本史のスレですか?

144 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 22:09:16 0
要は田沼時代に開国してりゃもっとマシだったって結論でファイナルアンサー?

145 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 23:02:59 0
嫌、最初から鎖国何かしなければよかったでファイナルアンサー

146 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 04:21:42 0
>>131
>なら肥後藩か、佐賀藩でもいいけどな。 岡山と芸州藩も中々おもしろいが、

詳しくたのむ。長州ではアレだからなw


147 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 13:27:42 0
>>144
だからなんで田沼にこだわるかなー
その時代に開国したところで、相手はオランダ中国朝鮮と、
まもなくやってくるロシアだけだぞw

148 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 13:58:54 0
東北地方の住民が半減したという天明の飢饉は天明三年(一七八三)から八年まで、かつてない惨状を呈し、
津軽藩内では人口二十四万人のうち、八万人が餓死、四万人が逃散し、その人口が半減するという全く悲惨
なものであった。特に同三年、四年に被害が集中し、同八年にいたってようやく七分作となった。三月は寒気
が強く、五月には霖雨(りんう)−長雨と冷気−でやませが強く、夏にいたっても寒く遂に作物は稔結せず、
平成五年と同じような状況となった。そのため住民は山菜の根を掘り糊口をしのいでいたが、翌年春までに
は全く食糧がなくなり、遂には犬、猫から、果 ては人肉相喰むというかつてない惨事となり、ばたばたと
死んでいった人が多い。
 天明五年西津軽地方から津軽平野に入った秋田の旅行者で博学者でもある菅江真澄は、その著『
そとが浜風』では村に入ると入口に餓死者の亡骸(なきがら)がうず高く積み上げられていて、正にこの世
の地獄であったというし、夜村中を歩いていると、死骸を踏み、その凄惨さは正に筆舌に尽くし難いと述
べており、蝦夷地に渡れば何とか食えるだろうと、三厩や小泊等の湊場に集まる人達は、長蛇の列を造っていたという。


149 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 14:01:10 0
天明三年(一七八三)
津軽凶作ニ而四十万人がし(餓死)仕候。仙台、秋田、南部夥敷(おびただしき)死、別 而仙台、津軽人多死去。
天明三年秋凶作蔵々御吟味ニ而、米改米持ニ売米爲致村々名主家内書ニ而壱人ニ二合五勺、壱斗百文町役所買受仕。
内々賣十二匁(両)、十三位 (両)(一俵四斗入)。天明四年春米船下り不申候。内(々)廿五匁(両)迄仕候。

とあって米価が日を追う毎に高騰して行く状況が、手に取るように分かる。さらに『常磐井家福島村沿革』においては、

天明三年
凶作、不漁、わらび根、海草を食したれども餓死セシ者無之、続々内地ヨリ移住者入込テ、餓死ヲ免レタリ。
領主ヨリ蔵々吟味致シ、米改ノ上、売米穀サセタリ。村々名主ヨリ家内ヲ書上サセ、壱人ニ付弐合五勺壱ハカリ
百文宛町役所ヨリ買受仕候。内々売ハ十二両、十三両位 也。

とあって、津軽・南部から密かに餓死を免れようと渡海する人達が多かった。ニシンが豊漁であれば何とか生活は可能で
はあったが、換価作物的な要素を踏まえていた蝦夷地では、凶漁によって生活ができず、藩よりのお救米に手当たり次第に
物を混入して食いつなぎ、海草のコンブを粉にして粥に混ぜたのもこの時である。これは干上がったコンブを臼で搗き、
粉にしたものを「おしめコンブ」として食したほか、わらび、笹の実等の山菜の根を食べてしのいだという。ま
た翌年(四年)以降寛政七年(一七九六)まで十四年間道南地方の前浜でのニシン凶漁は続いた。当地方の漁民たちは、
近場所から中場所にかけて追ニシンをして、収入の確保に懸命の努力を続けた。

150 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 14:03:07 0
天保七年の津軽地方凶作の天候状況や凶作状況を知る史料に三厩村(東津軽郡)名主の松前家の本陣松前屋庄平(
三厩村長山田清昭氏の祖先)より、松前藩家老の蠣崎将監(広伴(とも)−広年、波響の子)に宛てた手紙に、次のように報じている。

農業之者初メ一同不案心相募罷在候処、土用過ニ相成候所、存之外稲作、雜穀ニ至迄立直り既ニ六、七歩(分)位 之作年ニ相納り
可申段一統申唱候ニ付、平年同様之用意茂不仕相楽ミ罷在候処、八月上旬ニいたり両三度霜降大障可相成候由。此節苅立最中
ニ付夫々見分方巡行仕候処、不存寄実入無御座一円平均壱歩年無覚束候見込ニ而、全く皆無同前飢饉ニ相成候程ニ御座候。
然者當国者米穀第一之国産ニ而、津出米無御座候而者金銭不融通 ニ而當時買入米船々手段ニ及兼、殊ニ近年違作続ニ而国
中一同不時之用意茂喰尽し此節殆と手を束、困窮差逼り追日雪中ニ茂相成候ハヽ飢渇之者モ不少候相聞説、寔(まこと)ニ歎敷奉存候。
 申十月


松前屋 庄平


 蠣崎 将監 様

http://www.town.fukushima.hokkaido.jp/chiyohshi/mokuji/fukusima_4/4-1-4.html

当時の人々の困窮振りは>>140の交易、牧畜、漁業とかなり潤ってるみたいだね。
とはずいぶんとかけ離れているな。




151 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 14:03:57 0
>>147
樺太→カムチャッカ→アラスカ入植→「アジア」以外に領土を持つ
→石原莞爾が大アジア主義のイデオロギーを持たない→満州事変とか無い→平和→超大国

152 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 14:41:06 0
ここの一部の連中って都合のいい文章しか見えないみたいだね

153 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 15:28:13 0
>152
鎖国完全否定論とそれを完全論破しようとしてるやつな

154 :朱由檢:2005/07/22(金) 18:54:05 0
>>148-150の論旨って、
飢饉のときに悲惨な状況だったんだから、
江戸時代の民衆は貧しかったんだってことだよね。

罹災後の惨状を紹介して、
この時代はずっと貧しいんだって強弁に自分で疑問に思わないの?

155 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 19:05:27 0
悪天候による不作でここまで惨状を呈する地域を
貧しくない、豊かだと強弁するのもいかがなものかとw

156 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 19:12:13 0
結果ありきで議論すんなよアホども

157 :朱由檢:2005/07/22(金) 19:42:35 0
>>155
1840年代から始ったアイルランドのジャガイモ飢饉の推定餓死者数は100万人で、
1933年ソ連統治下のウクライナの餓死者数は700〜800万人。
江戸時代の人口にちかい現代北朝鮮の餓死者数が現在進行形で500万人。

158 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 19:51:31 0
状況も植生も気候も違うような場所の事例持ち出してそれがどうした低学歴www


159 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 20:00:44 0
つーか、比較の対象が
十九世紀のアイルランド、1930年代のウクライナ、現在の北朝鮮ってw
それよりはマシだから「豊か」だってぇの?
腹いてぇw

160 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 20:02:41 0
江戸時代の人口に近いってwwwww
ちょwwww昔の日本は東北まで江戸並みの人口密度なのかwww

161 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 20:28:07 0
>>151
北方に関しては田沼時代以前から鎖国云々はない。進出していた。
しかし北は樺太南端、東は択捉国後が精一杯だったのだから、
アラスカまで行くのは無理がありすぎ。
というか、ロシアのように動物の毛皮を求めたのと、
日本のように土地を開拓していったやり方の違いを考えれば、
わざわざアラスカまで進出する理由もなし。

162 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 21:40:27 0
>>19-

163 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 22:22:49 0
ROMってて面白いので両者には遠慮せずに続けて欲しいけど、少し感想などを・・・。

何をもって農民達が豊かだったか/貧しかったかを計る基準が両者の間で一致してない。
もし、食うに困らない程度の収入があることを基準にしているのなら、重要なのは失業層の規模でしょ。
>>148->>150を読むまでもなく、飢饉ときは悲惨な訳だけど(なんかトートロジーだな)
飢饉ではない時の失業層の規模ってのは計れないものなの?
あと、リカードじゃないけど人口増加率も重要だと思う。
普通に養えるなら子どもを埋めたり姥捨てしたりしないんだから、人口は増えるでしょ。
実際に江戸時代の人口推移は伸び悩んでいる訳だけど、その辺どうなのかな。
それに生産力が高まっても食い扶持が増えれば当然貧しくなる訳で、各種産業が発達しても
それが『豊かさ』に結びついたとは直ちには判断出来ないよね(>>138->>140)。
もっとも朱由檢氏は外国との比較で豊かだったと言おうとしている節もあるから困惑しちゃうんだけどね。

まぁ、社会国家出現以前の社会では何時の時代でも大半の民衆はカツカツで生きていたと思うよ。

164 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 22:37:24 0
>163
結論出すなよ・・・

165 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 22:46:43 0
>>138
なにがいいたいのかわからん、
「藩」の石高が増えても、税率がかわらなければ、農民の生活はいつまでたってもかわらんわけだが、
一人あたりの石高が大幅に増大したりすれば別だが、そういう史料はないしね。

そしてもともと広前藩は4万五千石から、10万石に「表高」を変えられ、
さらに蝦夷地守護という仕事与えられるなどで、藩の財政はいっこうに豊かになってないわけだが。

ついでに一部の商人が儲けていたからって、それがなんだというんだ。
まあ、大型船をいくつももっている、北前船のオーナーや船長も、
身分としたら、(商人でない場合ね)土地をもってないから、最下級の百姓になるそうだから、
一応豊かな農民の例になるけどな。


166 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 22:51:02 0
>>146
前出の長野が佐賀の研究では詳しいな。

なお佐賀藩は、収入の七割が、参勤交代と江戸滞在費で消えるという、かなり財政が厳しい藩。
これをなんとか改革して、藩を潰したときは、長州同様100万両近くの蓄財をなしたのは、
なかなかだと思う。
けど、これも幕府がなければ、もっと楽だったということにしかならん。

167 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:06:32 0
>>154
その餓死が出た原因なんだと思う?
少々の凶作じゃ実は餓死ってなかなかでないの。
だが、収穫が八割になったら、住民全ての食料が八割になるのではなく、
10割そのまま食える層と、食えない二割に分離してしまうのね。
食える人達は、凶作の場合でも、多少は減るものの、どこまでいっても多少でしかないわけ。

で、当時の日本だと、西南諸藩や東北の諸大名は、来年の年貢を担保に金借りて、
参勤交代などの費用を捻出していたから、凶作であっても取れた米は、
売らないと駄目なのね。
(さらに先物取引みたいになって、投機も入っているから、凄いことになっているのだが、これは別の話なので割愛)
結果、領内には、殆ど米がなくなる状況になる。
で、酷い所は、収穫がたらんってことで、飢饉がおこっているのに、
新たに検地をしてまで、収入を得ようとするもんだから、一層飢饉が酷くなる。
諸藩を借金漬けの状況に追いこんでいるから、飢饉が発生してしまうというのを忘れてはいけない。
ただの天候だけの問題じゃないんだよ。

あとは、なれない地域への米の作付けと寒冷化、
商品作物への転作のおかげで、食料確保が難しくなり、飢饉のときは、餓死者がでるというのもある。
つかプランテーション農法と似たようなもん。

168 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:45:42 0
>>167氏の意見には見るべき論点があるように思う。
互いに都合のいい史料を引き合うのはとりあえず中止して、
肯定否定派双方がこの論点について討論するというのはどうだろうか。
(俺は傍観者だけど)

169 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 23:47:42 0
昔の日本が超絶に豊かな国だった結論じゃないと納得しない愛国ニートと
超絶に搾取された貧乏国じゃないと納得しないやつが結果ありきで議論してるんだから無理www

170 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:02:31 0
そか、山野に食ってかかる朱由檢は愛国ニートだったのかなるほどwwww

171 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:19:32 0
豊かさの引き合いに北チョン持ち出してくるしなww

172 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:42:33 0
>>147
はげどう。
田沼時代にはもっとも貿易黒字を稼げる清を相手に俵物の輸出を奨励している。
それ以外と貿易しても大した利益にはならなかった。

欧米諸国の工業化が進み蒸気機関が普及した19世紀半ばの開国は最良のタイミングといえよう。

173 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:46:37 0
そこで優れた日本人なら蒸気機関ぐらい作れると合弁するのがここの一部の人間なわけでw
当時に蒸気機関作って何するんだよw

174 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 00:56:09 0
東北地方の住民が半減しているのに豊かだという超理論が見られる会場はここですか?

175 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 02:50:53 0
>>157
日本の歴史のなかで、江戸時代以上に餓死者が出た時代をあげてみろ。

176 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 02:54:49 0
戦争勝手におっぱじめて飯が無いから食わせろとやってきて
食うだけ食って戦争終われば礼も言わずに帰って景気キターとか言ってんだぜ、田舎をなんだと(ry
ってうちのばあちゃんいつもいってたよ

177 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 04:51:18 0
ところで鎖国肯定論者に日本はロシアに比べて豊かだとかほざく輩がいる。
確かに現在ではそうだ。
しかし第二次大戦までは日本よりロシアのほうが国力が上だった。
日本が世界第2位の豊かな国になったのは冷戦下における戦後の高度経済成長以降。
それが可能だったのは第二次世界大戦の官僚統制型の経済システムが戦後も行われたこと。
その下で、戦闘機や戦艦などから車や造船などに製造業がスムーズに移行したこと。
その大量生産システムを受け入れてくれるアメリカの市場が存在したこと。
などが関係している。
戦前までの日本は、成長率でアメリカはもちろん西欧やロシアに引き離されていた。
日本が西欧に追いついたのは戦後からだよ。
つまり、日本は鎖国による出遅れを敗戦まで克服できなかった。


178 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 04:59:09 0
>>151
アホだな、1930年代でも満州の寒冷と乾燥に東北の貧困農民でさえヒーヒー言っていたのに
当時のカムチャツカやアラスカなんて自殺しに行くようなものだ。
寒冷地に強いロシア人は寧ろ特殊なんだよ。それだって定住なんか一部だけだ。
シベリアなんて今でも過疎地域だろうがよ。日本人は北海道が限界だろ。
>>167
明治政府が東北の貧困を克服できたとは思えないけどな。
実際暴走した関東軍や満州への多くの入植者は東北の人間だろ。
国内の失政を海外に出しただけでないかな?
で、結局は政府は崩壊し植民地は消滅。負けた
米国の豚の餌で食いつないでなんとか社会主義国家を回避でけたわけだ。
戦前戦後を通じて左右ともども(今でもかな?w)社会主義に異常な程の憧憬があった。
豚の餌がなければ赤化していた可能性は十分にあった。
戦前の右翼社会主義者の多くは東北や北陸の貧乏県出身だ。
アジア共栄なんぞは所詮は貧乏人の平等思想夢物語だったわけだよ。

結局は東北中心の日本の貧乏地域を克服したのは米国の食糧や貿易政策だったのだよ。
米国の経済力に負けて、米国の経済力に救われたわけだ。
卑屈なくらい米国に従う日本の起源がここにある。

東北への政策を批判の材料にするのは反則業だな。古来歴代の政権でここを
克服でけた政権なんてないだろ。明治政府も徳川幕府もこの点は同じ。
東北支配は日本統治の鬼門だよ。記紀の時代からだな。
蝦夷なんて言い方もまるで中国が手を焼いていた北方民族を北夷と言うが如し。
で、政策が行き詰まって混乱、と言う輪廻のような歴史の繰り返し。
>>175
あ、またまた反則業。徳川時代ほど地方のデータが残っている以前の時代を挙げて味噌?




179 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 05:16:46 0
>>178
>寒冷地に強いロシア人は寧ろ特殊なんだよ。それだって定住なんか一部だけだ。
>シベリアなんて今でも過疎地域だろうがよ。日本人は北海道が限界だろ

何この文章?正気で書いたのか?

180 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 06:59:33 0
>>179
どんな僻地にどの程度の小村があったのかな?
因みに満蒙開拓団の当初入植予定は満州全人口5000万人の
1割500万人。結果的には70万人の軍人軍属と30万人程度の
農民だけで敗戦だよ。これは当時の大博打と言っていいだろうな。
でもこんな程度だったのだよ。
さぞかし北方には大都市があったんだろーなー。
そりゃ日本の貧乏移民も助かったろーなー。

まさかウラジオストックだとか言い出すわけじゃないよな?
いまだに人口60万程度の都市でどうかなるのか?
しかも当初は多くが軍人や軍属だろ?

なんか人口が増えてやたら喜んでいたおっちょこちょいが上の方にいたなww
はて?なんで明治政府は初頭からわざわざ移民や出稼ぎを奨励したのか?
武士も農民も余っていたからだろうな。
あれれ?あんまり増えてもどうなんだろうか?

日本軍が南方に下りたかったと言うのは資源だけではあるまい。
豊かで農耕に適した土地が欲しかったんだろうな。ぜんぶ既に欧米の土地だww
兵站は現地調達なんて如何にもじゃないかww
人間はどうしても暖かい地方に幻想を抱くんだろうな。

アホは北へ行きたがるらしいけどなwwで皇帝ペンギンにでも会うのか?
そりゃ陛下も嫌がるぞw
なんでロシアが南下したがると思うんだ、アホウ。



181 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 08:53:39 0
>>177第二位の市場のある国だろ。決して「豊かな」とはいえない。
家でたとえると、防犯対策や町内会の集まり、家族のつながりなどを一切
無視して金庫にカネを貯めてただけだろ。どこが世界第二位の豊かさなんだよ。

182 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 11:02:14 0
>>178
>東北の貧困

餓死者がでるような事態には至ってない。

183 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 11:20:09 0
娘売り飛ばしたからね

184 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 12:44:37 0
シベリヤでは小麦が作れないから、延々と西のほうから馬車や橇で運ぶしかない。
途中には泥濘地帯や大河もある。そんなわけで物資輸送が滞ると、すぐさま飢饉になった。
帝政ロシアがしつこく日本との交易を望んでいたのは、日本から穀物を輸入して
シベリアの食料に当てる目論見もあった。
もっとも、江戸期の日本が食料輸出できたとも思えないが。

185 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 13:24:56 0
>>177
戦後いきなり発展したんすか?



ネタにマジレス

186 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 13:56:48 0
>175
人口比では奈良平安。疫病が蔓延して江戸なんか比べ物にならないわけですが。

>180
一応新京と言っておこうw

>185
冷戦まではね、但し鎖国したから云々はこじつけw

187 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 14:09:02 0
鎖骨萌え

188 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 14:34:27 0
江戸幕府にもうちょっと金があれば、
ロシアにたかられてアラスカを売りつけられた。

そして金鉱と油田で大儲けできた。

189 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:21:46 0
>>185
1910年代からすでに日本の経済成長率は異常に高かった。
昭和の戦争は「日本の発展が遅れていたから」ではなく「日本の発展があまりにも急激過ぎたから」。

190 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:27:01 0
>>189
成長論<<<人口成長率だから戦争が起こったわけで。
一般国民の貧困ぶりとか知らないの?

191 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:27:34 0
×成長論
○成長率

192 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 18:14:11 0
>>190
庶民なんていくらでも生まれる時代だったし問題ないだろ。
子供なんて犬の子みたいにいくらでも生まれるからいやなら
死ねばいいんだよ。 
日本帝国には劣等な個体は要らないんだ。

193 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 18:37:41 0
限りなく釣りに近い本音を軽々しく語ってはいかん

194 :朱由檢:2005/07/23(土) 20:01:59 0
>>167
飢饉の被害について人的要素の強いことは>>80でこちらも押さえてるんだし、
あなたの考え方も>>86を見てわかってるから重複して書く必要ないんじゃない?
あとの箇所はあいかわらず個人的なコメントの羅列で反論にすらなってないから割愛ね。

まあ、市場の熟成と経済や社会の発展に関する視点がない人なんだって、再確認。

飢饉の惨状とその被害だけ紹介して、
印象操作に走るって旧い手法をいい加減にやめてようよ。

それから、“強弁”の読み方は“キョウベン”だよ。
“ゴウベン”で誤変換してるみたいだから教えとくね。
日本語を教えてやる〜とか書き込んでてそれじゃあ恥ずかしいから、
他所でやらないでね。

195 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:06:22 0
とニートがなんか言ってる

196 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:18:14 0
人への攻撃性が強いコテがいるようだが、なんからの抑圧を現実世界でうけているのかね。
拳王スレで山野に食ってかかっているし(なぜか検索すると消されてる 誰かかけしたのかなw)
ネットでしか番長になれないとか? そんな事だから山野に関わりたくないとまで言われたコテが
いたな。 山野は大人だから謝罪していたけど、誰かさんは自分から歩み寄らず山野の謝り損。
なんだコイツはと内心思っている住民は多し。


197 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:21:54 0
僕はすばらしい日本国民だけどニートだ
ニートなのはきっと朝鮮人や中国人が僕が嫌いなやつと手を結んでいて僕は悪くないんだ
みたいな感じなんだろ

198 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:33:48 0
ジャガイモまで行かなくとも、
小麦粉食品が和食の中でもっと重要視されていたら、
東北地方の食糧供給はもっと安定しただろうに。
麺とか饅頭(マントウ)を常食する華北型の食文化。

199 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:37:21 0
そんな事するなら米作れって言われるだけよ

200 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:50:25 0
しかし東北は、小麦よりも稗を選んでいたな。
日本人は粉製品より粒製品、つまり飯を常食としていた。

米、粟、稗の類は臼に入れて搗いただけで簡単に精白できる。
しかし小麦は完全に挽き潰し、殻を篩で取り除かなければ食える状況にはならない。
このため小麦を常食とした地帯では早くから製粉技術が発達したが、日本ではその発展は遅れ、
粉を使った麺、団子、饅頭の類は贅沢な食品だった。

201 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 21:13:04 0
日本人だから〜、朝鮮人だから〜という思考しかできない奴らのことか。
日本人だろうとダメな奴は一定確率で産まれるわけで、それが自分だと認めてしまえば楽になれるのに。
端から見てるとそう思う。

202 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 21:23:36 0
その駄目な奴には朝鮮民族やらなんやらの血が混じってると考えるのが彼らですw

203 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 22:38:20 0
>>169
俺は愛国者であり、右寄りの人間だが、
いやだからこそ、江戸幕府はカスで、日本を100年遅らせた幕府を酷評しているんだがなあ。
>>194
農村からの徴税率が低い天領の佐渡と、外様の諸藩を一緒にかたるなよ。

>あとの箇所はあいかわらず個人的なコメントの羅列で反論にすらなってないから割愛ね。

反論できないだけだろ、勉強しなおしてから、レスしてこい。

あとキョウベンってなんのこと?

204 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:26:47 0
>>196
>人への攻撃性が強いコテがいるようだが、なんからの抑圧を現実世界でうけているのかね

180のことかね?

205 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:28:22 0
理論で勝負できないと異常に攻撃的になるパターンが多いんだよな。
例えば>>180とか

206 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:31:49 0
朱由檢が自作自演を始めました。

207 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:38:03 0
180ってまさか例の180ですか?

208 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 23:59:11 0
例の170だろ。でもなんとなくだが、例と朱って行動パターン似ていると
思うぽ。

209 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 00:07:27 0
>>185
>戦後いきなり発展したんすか?

欧米と比べた場合は戦後に急速な発展を遂げたのが日本。
戦前の一人あたりのGDP成長率はアメリカやイギリスを下回る。

210 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 00:09:17 0
>>208

そうそ、突然他の人間にやたらと噛み付き始め、そのために評判落として叩かれまくり、
結果として消えたんだったな。

211 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 00:13:09 0
大して豊かでもなかった日本がアメリカに戦争を売ったから完膚無きまでに叩きのめされたわけ。
アメリカはドイツとも戦争していたんだ。
それでも日本に余裕で勝てた。
日本は軍事大国ではあったが産業大国ではなかった。
現在の日本よりも遙かに国力が劣る存在だった。


212 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 00:17:32 0
要するに、「金持ちと喧嘩するな」「自分の力量をわきまえろ」「やって出来ないことはある」ということ。

しかし・・・
「やって出来ないことは無い」
この言葉ほど、偽善、欺瞞に満ちた言葉も無いと思う。

213 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 04:21:52 0
>>209
1930年代は違うよ。
是清さまのおかげで世界恐慌から割りと速く立ち直れました。

石原莞爾のアホウが余計な事さえしなければ。

214 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 04:30:15 0
ぶっちゃけあれと三国同盟の時点で喚いてもどうにもなんね

215 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 10:12:31 0
>213
莞爾たんがやったのは、国益保全と復活してくるであろうロシアへの対抗のためでしたが。
アメリカと戦争さえしなければ虎頭要塞みたいなのが15個あって北からの攻撃を防げた・・・筈
ただ、独断専行の悪しき先例なので阿呆と言えなくも無い

216 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 13:21:06 0
そもそも北が攻撃してきたかどうかは分からんけどな

217 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 01:58:53 0
中立条約無視して、奇襲してきたのをわすれたのかよ。

218 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 02:06:43 0
宣戦布告はあったはずだが?奇襲ってのは真珠湾のことだろw

そもそも、アメリカと戦争してなければ…というのが>>215の前提なので
国力充実状態の日本にソ連があえて喧嘩を売ってくる可能性は薄いし、売られたとしても充分跳ね返せる

219 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 02:16:59 0
>>215
未だにソ連への防衛に何で満州まで前線を押し上げる必要があったのか
よく分からない。朝満国境なら虎頭要塞みたいなのが5個あれば足りただろうし
釜山まで退却して海軍で後方を脅かし、半島に攻め込んだロスケを一網打尽
という戦略だって取れたのに。わざわざ前線を広げて守りにくくなっただけに思えて成らない。

エカテリンブルクまで打通する気でもあったのだろうか。

220 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 03:04:42 0
>>218
あったか?
国境ぞいの村には、報告より、攻撃のほうが早かったのだけは間違いないんだが。
>>219
遼東半島と、満鉄はどうするの?

221 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 03:14:44 0
>>219
ソ連に備えるだけならそれでいいかも知れんが、
せっかく手に入れた利権をむざむざ手放す必要がどこにあるんだ?

222 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 03:47:24 0
そろそろ本題に戻ろうか

223 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 05:57:28 0
>>220>>221
旅順要塞があるじゃないか。
旅順ある限り、南満州は俺のもの。

224 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:09:26 0
半島全土は日本が統治しているし、鉄道がそれでは取られてしまうのだが。
ついでに満鉄は膨大な黒字を出している。

225 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:20:26 0
じゃあ南満州だけの占領にとどめておけば
自衛のための行動だ、と通せたかも知れない。
勝手に中国側が作った競合線とかも没収か破壊で。

利権保護目的でも、やっぱり満州事変はやりすぎだよ。。

226 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:42:00 0
     /\___/ヽ    
    /    ::::::::::::::::\ 
    |  ,,-‐‐   ‐‐-、 .:::|  そろそろ元の話に戻りませんか
    |  ゙  ̄"  |゙ ̄ " :::|
    |     ` '    ::|  
    \  ヽニニ='  ::/    
    /`'ー‐---‐一'´\ 


227 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:42:47 0
>225
どの辺が?
中国側の作った競合線を潰したりするだけで満州事変と同様のアクションは起こったと思われますが・・・
その場合領域が奉天以南になるだけで、戦略の縦深を考えれば史実の方がマシ。

228 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 23:52:41 0
クソウヨは人の話聞かないから。

229 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 00:28:27 0
元の話って江戸時代の農民は
どれくらい貧しかったか、豊かだったか。の話?

東北の農民なんて今でも貧しいじゃないか!
とか言ってみる。

230 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 05:06:01 0
>>227
すれ違いだがリットン報告書を読めば、既存利権防衛のために南満州一体への出兵のみにとどめていたら
英米の反応、とりわけ英の反応はまったく異なるものであったことがうかがえる。

事変直後の若槻内閣が、南満州鉄道周辺部への出兵にとどめるようにしつこく念を推したのはそのため。

石原莞爾は南満州鉄道周辺部だけの出兵なら国際協調の枠内の一事変として終わってしまうことを
よくわかっていたからこそ錦州爆撃を強行した。

満州事変の首謀者も反対者も>>225のいうことをよーくわかっていた。

231 :世界@名無史さん:2005/07/28(木) 11:45:00 0
東京は東北人、北陸人の血と涙で出来ている

232 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 16:26:06 0
>>1-231
修羅雪姫を見ろ。白雪姫(しらゆきひめ)じゃないぞ
修羅雪姫(しゅらゆきひめ)だ。

233 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 17:12:37 0
ひろゆき姫?

234 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 17:59:05 0
ぬるぽ姫?

235 :世界@名無史さん:2005/08/07(日) 18:16:58 0
>>234 ガッ姫

236 :世界@名無史さん:2005/08/31(水) 15:25:48 0
このスレを立てた>>1は時代劇中毒の中年か熟年のオサーンかオバハン。
最近はTVでも日本は鎖国していなかった証明が放送されているよ。
日本テレビの世界一受けたい授業でも歴史教科書の変遷が紹介されている。
江戸時代は徳川幕府とその取り巻きの藩と業者のみ自由貿易だっただけ。
中央公論関連・毎日新聞関連・後藤寿一さんの著作などから、
>>1が子供の頃から証明されているのにね。

もしもとして、徳川家康の及び歴代将軍の様な下層民の気持ちがわかる
武将が天下を取っていなければ、西アフリカ諸国の様に戦国時代が続いて
新型黒色火薬と内戦捕虜を奴隷として交換して日本社会はアボーンだな。
日本の戦国時代も同じことが行われていて、当時も現代でもそうなのだが
奴隷に売られた日本人50万人のほうが、奴隷商人のスペイン人ポルトガル人よりも
色白で女性比率が70%で男性とともに勤勉だったから、高値で売れたらしいよ。



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