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テュルク系民族を語る

1 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 18:13:35 0
バイカル湖周辺で誕生し、
中央ユーラシアに広く分布し、
支那、アラビア、小アジア、バルカン半島を支配した
テュルク系諸民族について語ろう。

2 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 18:16:15 0
http://allstar.sanyo.co.jp/images/main.jpg

オールスターのポスター
2005年にこのセンス
野球すごい
この人たちの時間は昭和で止まってるんだな

3 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 18:54:29 0
       ヾ       ヾ   
       □       □    
      ( ・Ω・)   (・∀・ )
      (    つ   (    )
      人 Y      人 Y
      し (_)    し (_)
トルコAA
パシャ・オスマン兄弟

4 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 19:49:22 0
オスマン・トルコとかかっこよくないか?

5 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 20:14:17 0
突厥やセルジューク朝も。


6 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 20:57:20 0
Turk

7 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 21:02:04 0
アナトリアのトルコ人とシベリアのサハ人ってどれくらい言葉通じるの?

8 :世界@名無史さん:2005/07/21(木) 21:42:51 0
 世 界 を 制 す る ト ル コ 族

18世紀、トルコ族の勢力圏は史上最大に達した。

華北、東トルキスタン、南ロシア、東欧、西アジア、北アフリカ、イラン、インド

オスマン帝国、ムガル帝国はともにチュルク系帝国であり、
中央アジアから華北・シベリアにいたるまでもチュルク系諸民族の広く分布するところであった。

9 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 06:51:33 0
東トルキスタンを日本は支持するべき

10 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 06:55:15 0
232 :白馬青牛 :2005/07/19(火) 05:49:46
>217
モンゴル側からいえば、ホラズムに送った使節を殺されたわけで。
「使者は殺されぬ」はトルコ族の格言にもあり、これは、当時でも
国際法上の侵犯。日本でも平安期まではそうであった。鎌倉期は
違うであろう。
トルコ人とモンゴル人の区別は、言語、民族によるもので、もちろん
人種的なものでは無い。トルコ人は、支配した農耕、牧畜、狩猟民を
トルコ化し、アナトリアから東シベリアまで、広がっておるが、
モンゴル人は、ツングース的要素のある東胡系は別として、遊牧生活に
こだわり、概ねモンゴル高原のトルコ人をモンゴル化したに過ぎず、
他民族への同化力に違いがあると思う。
トルコ・モンゴル・ツングース系の遊牧民や狩猟民は、
「窃盗、嘘言、詐欺は恥すべき行為」と共通の性質も多いのであるが。
241 :白馬青牛 :2005/07/20(水) 01:36:02
>233
トルコ系でも、オアシス農耕系はさまざまな民族に支配された歴史、
経験から嘘言を吐くでしょう。地域によっても違い、シル河の
トルコ人は漁労民的要素もある。
草原地帯のモンゴル人は、河にかからぬうちから、気の毒なほど
顔面蒼白で、河にかかるとまったく怯え切っている。
大興安嶺東側(満洲北部のツングース的)のモンゴル人は、激流でも、
清くさわやかな水のにおいをかぐと、気分はそう快となり、小船に
乗るか、中流あたりまで馬の背にまたがり、そこから馬をすべりおりて、
尻尾のさきにつかまり、激流をつっ切っていく。おぼれた子供がおれば
泳いで助ける。モンゴル人も地域による違いがある。
トルコ系とツングース系の関係では、ロシアのV・メドヴェジェフ氏に
よると靺鞨は考古学的特徴においてトルコ系の影響が強いと。

11 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 06:58:50 0
277 :日本@名無史さん :2005/07/21(木) 20:51:19
トラキアはブルガールやらフンと関係あるからもしかするとだけど
他に似たものがないから・・

バルカン半島東部の地方。「トラキア」は古名で、現代ギリシア語名
はトラーキThraki (Thrake)。トラキアの範囲は時代によって非常に異なる。
古代ギリシア時代では、西側はマケドニアに接し、東は黒海の西岸と
マルマラ海の北西部、南は沿岸部を除いたエーゲ海に囲まれた地域をさした。
現代では古代のそれよりいくぶん南側の地域をさし、マリーツァ川
(古名ヘブロス川)を境にして、西側のギリシア領を西トラキア、
東側のトルコ領を東トラキアとよんでいる。
 古くからインド・ヨーロッパ語族のトラキア人が居住していたが、
彼らは好戦的で野蛮な民族としてギリシア古典期に知られた。
初期の歴史は不詳で、沿岸各地に紀元前8世紀ごろよりビザンティオン
(現イスタンブール)など幾多のギリシア人植民市が設立されると、
ギリシア人を通して彼らの実態が知られるようになった。彼らの宗教
は原始的で、人身御供{ひとみごくう}や動物崇拝、来世信仰が行われており
、神々としてはベンディスやディオニソスの崇拝がとくに有名である。
前6世紀以後何度かペルシアの侵入を受けたが、ペルシア戦争後は
オドリサイ人のテーレース王のもとにトラキア人のほとんどが統一された。
彼の息子シータルケースはギリシアでも有名であった。前2世紀から
漸次ローマの支配下に入り、当初、自治を保持していたが、
紀元後1世紀にはローマの属州となった。古代末期にゴート人やフン人が、
中世にはブルガリア人が侵入し、15世紀トルコのコンスタンティノープル
(現イスタンブール)制圧後は、完全にトルコ領となった。

12 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 17:28:43 0
東トルキスタンの亡命政府どこにある?

13 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 20:39:29 0
クマン人ってどういう容貌だったのですか?
オスプレイの「ハンガリーと東欧の陥落」って本のイラストではなんと金髪碧眼に描かれてました。

14 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 21:21:15 0
>クマン人ってどういう容貌だったのですか?
多分、タタール化したコーカソイドと思われ。

15 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 21:24:46 0
チュルク民族は人民中国の一部です。 社会主義の建設にまい進しましょう!

16 :世界@名無史さん:2005/07/22(金) 21:56:35 0
>>15
そんなのヤダー

17 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 10:29:19 0
キルギスも支配層は白人みたいな外見だったらしい。

18 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 12:08:04 0
匈奴の頃まで?

19 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 13:59:18 0
トルコではテュルク民族祭りが開かれたらしい。
が、東トルキスタン(ウイグル)亡命政府要人は
中共の圧力で入国できなかった・・・

20 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 14:08:21 0
以前会ったウイグル人が怒ってたな
旧ソ連の西トルキスタン諸国やトルコは
中国共産党べったりで、俺たちウイグル人を見捨てた、
って。

21 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 14:15:00 0
>>17
いや、ウイグルを倒してモンゴル高原を支配した頃の話。

22 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 14:23:50 0
>>13
遊牧生活を送っていたころのクマン人
ttp://www.kipchak.com/interested/Cumanmercenary14th.jpg
ハンガリーへ移住した後のクマン人
ttp://www.kipchak.com/interested/CumanHungarianlightcavalry.jpg

まあアジア系っぽいけどモンゴルとも似てないね。
これがテュルククオリティか。

23 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:38:57 0
テュルクはヨーロッパとアジアどっちに近いのか?

24 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:51:30 0
釣りとしか思えない質問だな

25 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:55:14 0
>>23
どっちにも近くないからテュルクなのです。

26 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 15:59:29 0
サハはアジアの東端にいます
ターキーはアジアの西端にいます

27 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 16:56:08 0
強いていえば、古代日本の出雲国の天孫族や日向国の大和族も、
ある意味テュルク。極東テュルク族と呼ばれてもおかしくないと
思われ。

最西端のテュルクなら、ブルガリアのブルガール族。南独の一部まで及ぶかも。

28 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 18:23:10 0
>>27
何を言ってるんだコイツはw

29 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 19:55:15 0
>>27
天孫族・大和族なんていません。

30 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 20:11:25 0
>>29
ここにちゃんとある。
少なくとも、ツングース=ヲタよりはマシ!

【江上】騎馬民族説は今。。。vol.3【波夫】
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/history/1120222213/

31 :世界@名無史さん:2005/07/23(土) 21:30:46 0
テュルクがヨーロッパを征服する可能性はあったのだろうか?

32 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 01:32:22 0
なんでテュルク民族がバイカル湖周辺の発祥って分かったの?

33 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 08:58:28 0
>>32
>なんでテュルク民族がバイカル湖周辺の発祥って分かったの?
これを見れば、それがわかると思う。(特に初めの部分)
   ↓
鮮卑はトルコ民族か?
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1108895458/

34 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 10:01:45 0
>>33
なるほど、よくわかった

35 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 16:57:55 0
age

36 :29:2005/07/26(火) 18:24:53 0
>>30
古代史妄想には興味がありません。

37 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 18:25:47 0
丁零

38 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 19:22:49 0
>>36
妄想じゃないぞ、世界史ヲタのツングース厨がいうん
だから間違いない!

39 :世界@名無史さん:2005/07/26(火) 19:36:27 0
日本史板の古代史関連スレが熱い!!

40 :よろずこ:2005/07/26(火) 21:04:50 0
>>37
シンプルなコメントを見て思ったのだが、
テュルクって語頭が
"t"ではじまればそうなの?
特に中国の歴史において。

41 :朱由檢:2005/07/26(火) 23:29:25 0
テイレイ、チョクロク、テツロク、トックツ
…現代と当時では読み方が違うからねえ。
ニュアンスが似てるのはわかるんだけど(藁

カラ=ハン朝のトルコ人学者マフムード=アル=カシュガリーが、
11世紀に「テュルク語辞典」でトルコ族について紹介してるらしいけど、
アラビア語が読めないのが残念。
誰か邦訳出さないかな。せめて英語でもいいのに。

42 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 14:18:56 0
世界史の教師が
「突厥を早口で何回も言ってたらテュルクになる」
って言ってたのを思い出した

43 :世界@名無史さん:2005/07/27(水) 15:49:50 0
セント・ニコラスを早口で何回も言ってたらサンタクロースに・・・・
ならない。。。。。

44 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 09:34:56 0
鉄勒

45 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 10:35:24 0
>>38
奄、どちらかというとトルコ厨かな。うん。

46 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 13:58:23 0
「イスラム世界の人びと3 牧畜民」より

この男が、ベキルだった。頬骨のつきでた、平たくて四角い顔だ。
ほそい目が眼窩の奥で柔和にひかっている。目尻には、深くきざまれた
笑いじわが無数にある。短く刈った毛は、ごま塩状の半白髪だ。
肩幅がひろく、手がながい。ひきしまった体に贅肉はなく、いかにも
力が強そうだ。背は中背である。全体的に、どこかモンゴル人を
おもわせるような風貌をしている。あるいは、古来のトルコ人の
面影をつたえているのかもしれない。

47 :世界@名無史さん:2005/07/30(土) 16:17:16 0
ブリヤートも元を辿ればヤクート(サハ)と祖を同じくするチュルク系民族だし。
いや、ツーバもゴルノ・アルタイもハカスも同様かも知れん。

48 :世界@名無史さん:2005/07/31(日) 12:17:55 0
>>47
途中から言語がモンゴル化したということ? <ブリヤート

49 :世界@名無史さん:2005/07/31(日) 12:25:20 0
>>48
うん。その通り。
言語的だけでなく民族的にもモンゴル化したと思うな。

25 :世界@名無史さん :2005/07/02(土) 19:29:35 0
>22
ブリヤートの先祖は、6世紀頃「骨利幹(クリカン)」と
呼ばれたテュルク系民族。その一部は北へ移動しサハ(ヤクート)になった。
残留した「森の民」はモンゴル民族の勃興と共にモンゴル化、
「バルグト(ブラガト)」と呼ばれる。

バルグトはチンギス・ハーンに征服されモンゴル帝国に組み込まれる。

元朝北帰後、14〜16世紀はオイラトと連合して(ドルベン・オイラト)、
北帰モンゴル勢力と対立。この間、具体的にどのような働きをしたのかは
知らない。


50 :世界@名無史さん:2005/08/01(月) 19:18:42 0
http://6038.teacup.com/mappen/bbs

酒井先生=「むじな」は今ここに




51 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 21:55:28 0
ジンギスカン生誕の頃は、言語的にチュルク語・モンゴル語の差異は小さかった?
後にチュルク系の多くの民族はイスラム教徒になったから、アラビア語・ペルシャ語の影響を受け、
モンゴル系はチベット仏教徒になったから、チベット語の影響を受けて、はっきり別の言語となった?

52 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 21:58:00 0
もともと基礎語彙が異なる別系言語同士では。

53 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 00:56:00 0
実はいうと、三国時代には“モンゴル”という民族称はまだなかった。

多分、そのモンゴル人の先祖は遊牧至上主義のトルコ系民族だった可能性がある。
定説としては柔然(蝉々)が最初のモンゴル系民族らしいが。定かでない。
確定といえるのは、隋唐期の蒙兀か或いは萠古がモンゴル族の祖先らしく、
さらに、室韋族などの種族がトルコ族からモンゴル族となり独立された民族
として形成されたと見るのが有力の可能性もある。
だから、トルコとモンゴルは先祖を同じくする民族で言語的にも差異は無かった
と思われる。むしろ、ツングース族が基礎語彙が異なる別系言語同士と思う。

54 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 01:27:27 0
元郷は?

55 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 01:28:34 0
チュルク、モンゴルの原郷はどこ?

56 :世界@名無史さん:2005/08/03(水) 01:56:36 0
>>54-55
>>33

57 :世界@名無史さん:2005/08/05(金) 11:49:54 0
汎トルコ主義者はハザールの子孫が多いといわれる東欧ユダヤ人についてどう思ってるんだ?

58 :世界@名無史さん:2005/08/06(土) 01:39:37 0
トルコン

59 :ムスタファ・ケマル:2005/08/07(日) 01:46:32 0
私がテュルクだっ!

60 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 00:52:41 0
ハザル説はイスラエルがある限りタブー

61 :世界@名無史さん:2005/08/08(月) 01:30:05 0
「私が突厥の子孫です」
by 鶴久政治

62 :世界@名無史さん:2005/08/11(木) 21:09:31 0
晒しage

63 :世界@名無史さん:2005/08/13(土) 14:48:44 0
>>53
しかも当時の蒙兀が住んでいたのは
今の黒竜江省、アムール河畔に近い場所で、モンゴル高原とはだいぶ離れていたんでしたね。
草原で遊牧というより、森林で狩猟が主な生業だったのだろうか?

64 :世界@名無史さん:2005/08/13(土) 15:04:54 0
東胡はどうなのよ

65 :世界@名無史さん:2005/08/14(日) 03:08:22 0
329 :がいやまん :2005/07/27(水) 14:04:08
http://www.evenkya.ru/eng/art/obsh/pic/rossia.jpg
エベンキとは自国を自称したもの、ツングースとは「山を渡る民」という意味。
エベンキの代わりに"ile"(イリ彦と似ている)、人という場合もある。ツングースは
古来よりオホーツク海岸からオビ河の間に住み、東から、海寄りのものは"Even"、
"Lamuti"、(Lamaが海という意味だから、日本語のワヌ、ワニ、、ヤマト、アマツか)、
バイカル湖付近のものを"Murcheni"(murが馬で馬飼い)、一番西側のツングスカ、
アンガラ川流域のものを"Orocheni"(oroが鹿だから鹿飼い)と呼んだ。
だから、彼らが朝鮮半島南端、日本列島にまで南下してもこうした区分はしていた
のではなかろうか。




66 :世界@名無史さん:2005/08/14(日) 22:02:50 0
>>63
チンギス・ハンはじめキヤト、タイチュウト氏族といった
モンゴルの諸族は大興安嶺の西からヘンテイ山地の東麓の
わりと狭い地域に13世紀初頭までずっと暮らしていたらしい。

そこは高原全体からすると比較的雨量が多く山に囲まれてるせい
で草原と森林の混交地域で、当時高原のナイマンなどの有力部族
からはヘンテイ山地から東北方は「森の国」と思われていたらしい。
(バイカル湖南岸にいたメルキトもそのように思われていた節がある)

『元朝秘史』に載るチンギス・ハンの11代以上前の祖先の伝承をみると
牧畜している場面は全く出てこず、鹿を狩ったり黒テンやリスの毛皮を
とっていたことが出てくる。10代前の祖ボドンチャル・ムンカクの頃に
なってようやく羊の群れを牧してこれを家産にしていたことが表れる。

一代20年として単純計算で200年前までは狩猟だけで生活していたことが
伺えるが、考古学の発掘調査によるとモンゴルがヘンテイ山地の東麓まで勢力を
延ばしたのは12世紀初頭からで、それまでは大興安嶺の西麓の一角に集住して
いただけらしい。そのためモンゴルが遊牧を行えるようになったのは、チンギス・
ハンの時代からそんなに昔のことではなかったのだろうと思われている。

67 :世界@名無史さん:2005/08/15(月) 15:12:11 0
サモイェード→トルコ→モンゴル…

アジア系の遊牧民は進化をし続ける…。

68 :世界@名無史さん:2005/08/17(水) 10:42:44 0
狩猟民がすぐに遊牧を覚えれるのか?

69 :世界@名無史さん:2005/08/18(木) 13:24:13 0
>>68
バイカル湖あたりや満州は狩猟と遊牧のボーダーだから移行しやすいんじゃない

70 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 00:37:59 0
バシキール人も元々は狩猟民で中世にはハンガリー語を話してたらしいが
今ではテュルク語民族になってしまった。

71 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 00:56:41 0
チュヴァシ人はカザフと共に匈奴≒フンの末裔だとか。
もちろん、フィン=ウゴル諸族も混じっており、
複雑に混血を重ねて、チュルク化したらしい…。

72 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 01:01:55 0
ウラル語派のフィン=ウゴル諸族のモルドバ・ウドムルト・マリエルなど
の民族は、元々チュルク系民族だったのだろうか?
カザン・タタール人と親近関係がありそうらしいが。

73 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 01:07:24 0
906 :世界@名無史さん :2005/07/12(火) 20:57:11 0

原ウラル族が原フィンウゴル族と原サモイェード族に分裂すると,後者は,シベリアのタイガ-ツンドラ地帯へ移動した。原フィンウゴル族は,前3000年ごろにウゴル系とフィン系民族に分かれた。

http://www.tabiken.com/history/doc/B/B351R100.HTM

フィン族が相当古い、フィン族はゲルマン人の影響をおびた。フィンと呼ばれたのゲルマン人がそう呼んだ。大ロシアとかそのあとにできたものでしょう。このフィン族がシベリアの方まで移動していたのもいろんな民族が移動していた時代があったことがわかる。

この辺はいろいろ民族が混交してわかりにくいわ…


74 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 01:19:47 0
>>71
カザフって近世にウズベクから分かれた集団でないの?
写真とか見るとモンゴル人ぽいが。

75 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 02:53:59 0
>>66
末子相続が普通の蒙古人で一世代20年はなかろうて。

76 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 11:13:51 0
>>74
畏らく、ウズベキ人が匈奴の末裔かも知れない。
コーカソイドの要素が濃いし、アーリア化したタタールともいわれている。
また商業的な遊牧民だから、タタール化したイラン系タジク人とは紙一重かも。
自分の思考では、カザフが元来のモンゴロイドとなると、多分13世紀頃に
南ロシアのヴォルガ河に定住したキプチャック族の末裔かも知れないなと。
たまたま、同じトルコ語派のウズベキ族の部族集団に合流して、そのグループと
して属したのかも。多分、16〜17世紀頃に遊牧至上・商業至上のことで揉み合い
になり、憤激したカザフがウズベキ族の集落から離脱したのかも知れない。

…そんなところか。

77 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 14:48:19 0
南ロシアからカザフスタン辺りにいた遊牧民は、金帳汗国中興の祖ウズベク・ハンにちなんで
周辺民族から「ウズベク・ハンのウルス」と呼ばれてて、それが縮まって「ウズベク」が
あの辺のタタールの総称になったのではないかとか何かで読んだけど。
そう考えると「ウズベク」から離脱した時点で「カザフ」が成立したんでは?
あんまり詳しくないから断言できないが・・・

フンとチュバシの関係はフン→ブルガール→チュバシみたいな感じだろうか?

78 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 19:47:46 0
確かにチンギス・ハーン裔の黄金氏族のうちキプチャック汗国
にはウズベキ・ハーンという人物が実在したな。
それが今日のウズベクの名残というのも納得はできる。

そしてブルガールといえば、現在はスラヴ化したブルガリア人の
先祖の一派で、中央アジアから襲来したフン族のグループに属した
トルコ系の民族と聞いたことがある。

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